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二年たってもまだまだ皆さんに励ましていただいてしまいました。ありがとうございます16日は仕事も休みで、ぐりのお墓まいりに行く予定だったのですが、仕事現場で激しく転倒してしまい休みの間はおとなしくしていました。斜面の土が凍結して、アイスバーン状態滑って転んでいるその間、子供のときスキーにいってアイスバーンの斜面で転んだ記憶が鮮明によみがえりました。お尻というか腰を強打してしまい、しばらく立ち上がれないし、恥ずかしいし・・その後歩くことも出来ましたしたたいてもさして響かないので、骨とかには影響はないと思うのですが、何しろ激しい打撲、一日は階段を上るにもうめき声が出ちゃいました。今は安静のおかげでだいぶよくなりほっとしています。ぐりにはいけたんさんからお花を頂きました。ありがとうございます
January 18, 2009
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ぐりが虹の橋に旅立ってから二年。あっという間のような、そうでないような。ただ、ぐりのことは忘れないし、忘れられるわけもない大事な大事な存在いまさらながら、かわいかったなあと思う日々です二年たち、あの時の日記を読み返してみました。今となれば、とことん悪いのに、そう思ってない自分がこっけいな感じがしましたが、水を飲んだ、少し眠った、呼びかけにこたえた、呼吸が楽になった。そんな些細なことがうれしかったのが思い出されますそれでもやっぱり16日には逝ってしまって・・当たり前だけど号泣してしまいました私って馬鹿?ぐりは半年ほど霞がかかったような感じで、反応が乏しく、私も物足りないような思いをしましたが、ぐりも霞の向こうでもがいていたんだろうと思います私はもっともっと声をかけ安心させてやれなかったんだろうか?いまだにそんなことを思います後悔は尽きないんでしょうね。それでも逝ってしまう前ぐりはいつものぐりに何回か戻ってくれました。亡くなるほんの少し前も私めがけて歩いてきてくれました。あんなに具合が悪いのに、肺の中が水で一杯なのに。ぐりは最後までがんばってたなあ・・・本当に私ぐりにあえてよかったよ!!愛美さん、にゃんさんからお花を頂きました。何年もたっているのに、命日に合わせてお花をお送りいただき感謝しています素敵なお花、ありがとうございます
January 16, 2009
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昨日が仕事始め。そして、今日は休み・・・( ̄m ̄〃)仕事しろよ~~!^^;そして、今日遅ればせながら初詣にいってきました。うちは神奈川県の西の隅にある、大雄山というところに行きます。混んでいるのと、正月三が日は来るまで行けないのでたいがい遅くに行きます。ここには奥の院というところがあって、かなり登るんですよね。けれど一年通勤でがんばったせいか、ほいほい山登りできちゃいました。結婚してから毎年登っているけど今年が一番ラク。足腰は鍛えなきゃ(それほど鍛えちゃいませんが・・)だめだなあと思った私です。初詣はぐりと毎年一緒でした。ぐりにかわいいお洋服着せて・・( ̄m ̄〃)かわいい!な~~んて言ってもらえて、親ばか冥利に浸っちゃたりして・・懐かしい思い出ですさて、またまた遺跡の話去年出たものですが尖頭器(せんとうき)というもの。槍の先でしょうか?ただ小さいし、使った形跡がないので、祭祀的なものかも知れませんとってもつくりがすばらしいんですよ~~右のものなんて先のほうはぎざぎざまでついてるし!すごいなあ~~と思って・・写真とってきちゃいました(≧ε≦*)ぷっ
January 7, 2009
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明けましておめでとうございます今年もよろしくお願いいたします。イラレを使って、ぐりを書いて見ました。牛に変身のつもりでしたが、ダルメシアンに変身?見たいでしたかね~~さてすっかりご無沙汰してしまいました。ブログはサボりだすと、なかなか・・・^^;私の今やっている遺跡調査の現場は1月で調査が終了。これからは報告書作りとなります。私はイラレでデジタルトレースというものをすることになります。こういう図面をこんな風に書き直す。というか機械に写し取る。手書きで書いた図面を清書する・・・という感じでしょうか。これは縄文時代の石の集まり。たぶん何か調理した時のものかと思われますが、まだわかりません。さて、遺跡ですが、ある場所を掘ると何かが出る・・・わけですが、お役所には遺跡台帳と言うものがあり、この辺は遺跡が出ますよ~~と書いてある地図があるのです。その場所は調査をしないと、家を建てたり道路を作ることは出来ません。そしてその調査費用は・・その土地を持っている人の負担になります。ぎょえええ~~ですよね。そのほか遺跡台帳に乗っていない土地でも遺跡が出ちゃったら調査する義務、があります。私たち日本人の歴史を知るためには大事なこと。壊してしまえば二度と戻らない大切なもの。そんな風に思ってもらえればと思います。地面には地層があり、一番上が私たちが住んでいる現代、それから近世、中世、奈良平安時代、古墳時代、弥生時代、縄文時代、旧石器時代と地層は積み重なっていくわけで、調査は上から順番にやって行きますですから近世、明治、江戸時代とかの時代のものがでた場所の下から、平安時代の住居の跡が出る。そんな風になるわけです。私が調査した場所も、昭和から江戸時代あたりの畑の跡やごみ?(お皿のかけら)などがでてそれから中世時代、奈良平安時代、縄文、旧石器の跡が出ました。上から調査して掘り下げていきますから、調査の仕事は記録は残りますが、遺跡を壊して進められます。後世に残すべきすばらしいものはそのまま、保存されます。国指定などというものですね。私の調査してところの遺物のうちお墓?と思われるものからアクセサリー?と考えられるものがでて、県の歴史博物館に展示されました。やっぱりこういうのは感動しますね。住居の跡などを見るとその人たちの生活を少し垣間見ることが出来るような気がします。あるひとつの住居はものすごく陶器の破片が出たのです。理由はわかりませんが、生活している床の面からではなく、ある一定の高さにその陶器片はでるのです。普通家は引越しとか、その家がすまなくなってしまって、朽ちていく。そんなパターンが多いので、陶器などのかけらは床の辺りに残るのが普通です。それが違う。家が何かの理由で壊され、そこの上に陶器片がばら撒かれた。そんな遺跡なのです。まかれた当初は陶器は形のあるものであった可能性も高いのですが・・かなり立派な陶器で、(須恵器、土師器というものですが)何かとてもロマンを感じます。これからの報告書作りで、これらの陶器片は形を元に戻され、いろいろ検証して、推測していくこととなると思いますが、こんな話を聞いているだけで、本当に楽しい仕事です。皆様、今年もなにとぞよろしくお願いいたします
January 2, 2009
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