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背丈が伸びて、身体が大人に近づいてきても、心の動き方や思考はまだ子供に近い、とても中途半端な思春期。そんな時期に息子と息子の友人たちはさしかかったようだ。息子もことあるごとにわたしの忠告や助言に逆らい、近道よりも、自分が思うところを主張するようになってきた。背丈が近づき、腕力が増すとそれだけで大人になったような、わたしを同等のものと錯覚?してる言動が目に付き、友人に遣うような言葉で私に話しかけたり、あるいは私の言動は重要でないと無視したり、あるいは耳障りな騒音という扱いだったり....。友達の前での私の言動、服装に神経を使うようにもなってきてる。そんなふうに心身の成長過渡期にはなってきているけれど、息子が友人のアール君と、小学校4年生に上がる前の夏休みから一緒に習っている英語塾の宿題やら試験勉強を一緒にやるために、アール君が我が家にやってくることになると、彼が大好きなメニューを私はできるだけお昼にこしらえたくなる。お昼のメニューを告げると、電話の彼の声は陽気なトーンに明らかに変化し、たとえそのために必要な足りない食材を買ってきてくれと、彼を遣いっパシリにしてしまっても、子犬のように喜び勇んでやってくるところなどは数年前と全く変わっていない。思春期のはじまりの時期で女の子は容姿や服装が非常に気になり、食事やら、食べ物はそのためにないがしろにされたりすることも多々あるけれど、男の子の方は成長期の食べ盛りで、もちろん男の子も容姿、服装に過敏になるけれど、女の子よりもはるかに身体の欲求に忠実のような気が私はしている。アール君は小学校の4年生の時に、私が作るラザニアに対して、”おばさんはどんな魔法を使ってこんなに美味しいラザニアを作るの?”っという最高の褒め言葉をくれた子で、そんなわけで、この日もアール君が大好きなラザニアを作る下ごしらえをしながら、笑顔で彼を迎えたのだった。アール君と息子この秋から息子だけは、二人の友とは異なる中学に入学する。二人の友は同じ年に生まれた従兄弟同士で、我が家が面している通りを挟んだ、ほぼ向い側に住んでいるご近所さんだけれども、通う学校が異なればおそらく今までのような距離の友達ではなくなるだろう・・・。そんなわけで彼らは彼らなりに、彼らの時代を記憶として刻んできて、これからも刻んでいくのだろう。そしてわたしはわたしで、彼らが気がつかなかった、あるいは刻み忘れた幼稚園から小学校までの7年間の可愛らしかったその姿をこの曲とともに、私の心に刻んでおこうと思う。この記事のトップはこちらおしまい
2016年08月23日
わたしはこの曲のギターの出だしが気に入っていてよく車で聴いていたのだけれど、たまたまこの曲が彼らを学校へ送る時にかかった。イラン人の彼らの両親はまずこういう音楽は聞かないし、知らないだろうから、息子の友人二人にとっては特に新鮮だったらしく、おばさんこの曲いい。もっとvolumeあげて、あげて、あげて!!っとせがまれたものの、イランでは音楽が御法度の部分もあるから、窓をしめて音を大きくして走った。踊る三人の少年は、小学校のある移住地の検問所の警備員にも身体をくねらせながらバイバイをして通ったのだった。それからはわたしが車で送る度にこの曲をリクエストされるようになった。トリオのノリノリの反応をみてわたしは、以前音楽をお仕事とされている方から、良いもの(良い音楽)というのは文句なしに、誰にとっても、理屈なしに良いものなんだよっと教えていただいたことをも思い出したのだった。坊主頭のboyS はこの夏、小学校を卒業した。私にとってはたったの数年でも彼らにとっての数年が心身に与える影響は大きい。三人の中で一番小さい息子でさえ、身長はまだかろうじて越されていないものの、私の手足よりも大きくなり、脚の長さははるかに長く、以前は可愛らしかった骨格やらお尻がそのあたりに横たわっていると、ウザったく感じられるようになってきた。だらしがないから平手で手足やらお尻を叩いたりすると、こちらの手のひらや指の骨が痺れるだけ・・・っというお粗末な結果になってきている。一番背丈が高い男の子は、お父さんもお母さんもとても背が高いご一家なので、わたしの背丈をはるかに超えて、夫(170センチ)に近いほどまでになっている。数日まえに英語の塾の宿題をやりに家にきたときに声をきいたら、変声期にさしあたっているのかな?っと思われる雄鶏の声のような奇妙な雑音が混ざっていた。この記事のトップはこちら3へつづく
2016年08月10日
イランの学校 も 割と 厳しいのでした。Bow's (480x332) posted by (C)maryam f d にほんブログ村
2013年11月06日
この数日息子の学校から理科の教材を・・・というのでこんなものを作った。息子は2年生で、太陽系の惑星は4年生の最後のほうに習うそうだが、息子が興味を持っていたので・・・IMG_3999 posted by (C)maryam f dIMG_4000 posted by (C)maryam f d私が習った頃は 9個の惑星 水 金 地 火 木 土 天 冥 海(または 海 冥)と習ったが、今は8個で、小さい惑星が5つとかいう区分だそうで、、、これは英語版ウィキペディアで見たのだが・・・日本の学校教育ではどういう扱いなのかな~~~などと思った。にほんブログ村
2012年02月06日
今日は息子に 一の位と十の位を教えようと思ったのだが・・・これは教えるのが難しかった。お団子の串を使ったり、飴玉を使ったりしたが駄目で、最後に 123 という数字を使ってこれは100円玉がひとつ、十円玉が二つ 一円玉が三つの意味で、百の位の1 と 一の位の3では数字の大きさをみると3のほうが多くみえるけどそうじゃない、百円玉一つと 1円玉三つではもらうとしたらどっちが嬉しいの?と問いかけたが、最後まで理解させることができなかった。半分ぐらいは理解したのだろうか???・・・・だといいな、といった感じか?今日は実際にお金を使ったわけではなかったから、実際にお金を目の前にして説明したらもっとわかりやすかったかもしれない。もう少し時間をかけて教えてみることにする。にほんブログ村
2011年07月25日
イランの夏休みは小学生は高学年になるまでは、4ヶ月もある。中高生でも3ヶ月はある。日本人の親には信じられないかもしれない。日本人の小学生にはうらやましいかもしれない。でもその間、勉強する子はゼミナールのような特別な教室に通ってみっちりと勉強する。小学生などは絵や音楽、スポーツ、語学などの習い事を余裕のある家は習わせることが多い。。下に子供がいる家では24時間 やんちゃ なのにいられると大変で身が持たないのが実情かもしれない。それでも、もうそろそろ半分が過ぎようとしている。息子と私は日本から戻ってから、3週間ぐらい金曜日以外は空手に通っていた。それが先週終わった。息子には英語がいい?ピアノは?などと尋ねてみたが家でのんびりが大好きな息子はどれも嫌。といったのでお金のかからない子だわいと放っておくことにした。彼がやりたいのは カンフーだと。空手で黒帯とったら好きにしな。と、答えた。 息子はやはりどうしても普通のイラン人の子供よりもペルシャ語の単語数が少ない。私との会話では単語が増えることはない。私のほうが息子に習うことが去年からは増えてしまった。私との会話は日本語でもあるし、その上・・・彼は 英語、イタリア語、アラビア語、フランス語、スペイン語どんな言葉で話しているアニメでも見る。言葉はわかっていないとはおもうけど、ちゃんと楽しんでいる。ポケモンとミスタービーンはイタリア語、イナズマイレブンはアラビア語、韓国の忍者の漫画はスペイン語かなんかでみている。イラン国営放送などは全く見ない。これではペルシャ語が弱くなるのは当たり前なのだが・・・でも、私はあまり気にしてない。息子、自分で頑張れよ!といったところか。今日は息子がゲームばかりやっているのでちょっとここへ来て、、、とよんで少し算数の勉強しようか?言った。小学一年だが、数は100までならった。今日息子に100たす50は? 150。50たす100は? ???500?これができなかったので教えた。あとは20がふたつでは?30がふたつでは?40?50?これはよくできた。60たす8は?これはペルシャ語で言い直したら答えがでた。腹筋を60回した後にもう40回したら全部で何回したことになる?70たす20は?これもよくできた。タハは50枚のパンツをもっていたけど、2枚は水で濡らしました、きれいなパンツは何枚残っているの?これもすぐに答えがかえってきた。タハは50個動物のおもちゃをもっていました。従兄弟から13個の動物をもらいました。全部でいくつになりますか?これもできた。続けてタハは51個のおもちゃをもっていました。従兄弟から13個の動物をもらいました。全部でいくつ?これもクリア。ポケモンのカードを16枚もっていて、12枚買い足したら?これもクリア。小学生の勉強はこんなもんでいいのでは?すこしずつレベルをあげていけばいいかな?それから、お金にうるさい息子だから、銀行から細かいお金をもらってきたら、それを使って買い物の練習でもしようかとおもう。私がやると彼は日本語をつかって計算することにもなる。ペルシャ語のほうは夫か学校に任せよう。追記ある言葉を使って思考させること。。。これが大切です。日本の数字はとてもわかりやすい仕組みです。1から10を覚えると楽に99まで数えられるでしょう?10と1で11 10が二つで20。日本語では当たり前ですがそうでない言語も多くあります。だから算数は日本語を使うと楽かもしれません。九九も日本語は歌のようだから、覚えやすいと思います。にほんブログ村
2011年07月20日
今日は息子の終業式でした。イランでは小学1年生の終業式だけパーティーを催します。アルファベット(イランで alef,ba という名なので)、アレフバー を習得して、字の読み書きができるようになった、本が読めるようになった お祝いのパーティーです。第九のメロディーに アレフバーから 最後の音 イェ(英語の音でいうとZ)までをのせて歌っていました。息子もずいぶん街角の看板や広告を読めるようになりました。IMG_2961 posted by (C)maryam f dIMG_2964 posted by (C)maryam f dIMG_2988 posted by (C)maryam f dIMG_2990 posted by (C)maryam f dIMG_2991 posted by (C)maryam f dIMG_2997 posted by (C)maryam f dサロンでは ゲームをやったり、歌をうたったり、踊ったり、教室に戻ってきて、バナナとケーキとジュースを飲食しました。木 金 は休みで 土曜日は朝7時から10時までの間に成績表を受け取って第1学年が終了します。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2011年05月18日
今日はあまり更新できなかった。いろいろ思うことはあるのだが、気持ちを言葉に変えるまでには至らない、なんとなくちょっと気持ち悪い気分。考えがまとまらなく、それは気持ちが定まっていないから。心も目も澄み切っていないから。今日は息子のクラスにちょっとしたものをプレゼントする順番に当たっていた。イランのアルファベット、ここでは ALEF BAというのだが、その文字の息子の名前の一文字、テインという文字を習う日で、その文字にちなんだものをいくつか集めてプレゼントした。息子の名の一文字は使用頻度が少ない文字なのでとても探すのが大変だった。鸚鵡、孔雀、ターレビというメロンの一種、金、縄、グレー、ぐらいしか思い浮かばない、結局、金色の紙に包まれたコイン型のチョコ、ターレビ味の牛乳、孔雀の羽が3つ手に入ったのでそれを33人分にハサミで切ったものを準備した。そしておまけにテインという文字には関係ないけれどケーキを添えて袋にいれて持っていった。休み時間から戻った子供達に配ろうとしたら子供達は大喜び、元気一杯の声でお手数をおかけいたしました。本当にありがとうございました。と全員が感謝の気持ちを述べてくれた。その時のマルス(火星)のエネルギーはものすごかった。子供達の目の輝きは私がいくら空手で鍛え、組み手していて全力でエネルギーを消費しているようなときにもとても叶わないような底の知れない、溢れるような、迸るような、若い、若い、エネルギーの塊りであった。そのおかげか朝起きたときから痛んでいた頭がすっかり良くなってしまったほど。早く私も自分自身を取り戻したい!と思った。子供のエネルギーは真似できないけど、でも心は、息子ぐらいの歳だった自分の心を思い出して、ほんの些細なことにでも一生懸命なれるように、ほんの些細なことが一大事となるように毎日の生活に、日常に前向きになりたいと思った。私は彼らよりも三十年以上も前から生きているけど、私の一瞬という時も、彼らの一瞬もその重さは同じなのだと思ったから。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2011年04月11日
息子の入学式の画像。去年通った幼稚園と同じ所の小学校へ。息子は日本でいうと4月の生まれであと三週間ぐらい早く生まれていたら去年一年生だった。でもそのおかげで身長は平均程度。もし一年早く学校へいっていたらかなり小さかったはず。私も高校一年まではチビの痩せで小学校5年生に間違えられるほどだったからショウガナイ。日本のように厳粛な式ではないが、まあ、子供も親もお気楽気分でいかれていいかも。IMG_2258 posted by (C)maryam f dIMG_2264 posted by (C)maryam f dIMG_2274 posted by (C)maryam f dIMG_2277 posted by (C)maryam f d幼児のときから学校嫌いの息子は前日はウツになり大好きな空手の先生(17歳の乙女)に学校嫌だ、行きたくない、僕生まれてこなければよかった、、、などと話し彼女に大笑いされた。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2010年09月28日
国柄の違いか、日本の卒園式のように涙をそそるような式ではなかったけれども、それなりに楽しかった。子供たちがいす取りゲームなどしたり父親が歌や詩を披露したり。IMG_1773 posted by (C)maryam f dIMG_1784 posted by (C)maryam f dIMG_1801 posted by (C)maryam f d子供にとってはなんと一学年が終わるのが長いこと、、、と思うのだろうが、私の年になると本当にあっという間。何年生?ときかれるといつも ゼロ!っと答えていた息子、長期夏季休暇のあと彼にとっては、”やっと”一年生になる。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2010年05月13日
一週間前に息子たちは卒園用写真を、よくアメリカで大学を卒業するときにかぶる帽子と肩掛けのような上着をきて撮影していた。この格好、もともとはイブン スィーナ(イブンシーナ http://www.weblio.jp/content/%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%8A )の格好が元祖であるという話をきいたことがある。IMG_1779 posted by (C)maryam f dなかにはこんな格好できていた子もいた。IMG_1782 posted by (C)maryam f dIMG_1781 posted by (C)maryam f dイランの子供たちに人気キャラクターといったら、バットマン、スーパーマン、そしてスパイダーマン。このあたりが日本の男の子たちと異なるところ。IMG_1783 posted by (C)maryam f dにほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2010年05月13日
本日は息子の卒園式だった。園服ではなくてきちんとした服装でくるように指示されたので、すべての子供が私服できていた。いつもは8時から始まるが今日は9時半に来るようにいわれた。IMG_1769 posted by (C)maryam f dIMG_1778 posted by (C)maryam f dIMG_1768 posted by (C)maryam f dIMG_1780 posted by (C)maryam f d昨日は思い出の写真がはいったCDと動画の入ったDVDをもらってきていた。私の子供のときのように重たいアルバムではなくてコンパクトディスク2枚で済んでしまうからほんとに便利な世の中。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2010年05月13日
昨日の朝、息子の従姉妹はフランスへ発っていった。今朝、彼女の妹から聞いたら、無事にパリに着き、フィアンセが迎えにきてくれて、フィアンセの実家があるレン?レーン?へ行ったということであった。息子も全快し、元気に学校、空手に通っている。私は家事炊事の間に、イスラム教についての文章の翻訳をしたり、フランス語を勉強したり、夫のフランス語を助けたりしている。DSC01689 posted by (C)maryam f dこちらは先生の日に撮影したもの。携帯でとったので質が良くないが、雰囲気は伝わるのではないか?とアップした。担任の先生の息子も同じクラスにいる。この子たちは秋に皆一緒にピカピカの一年生になる。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2010年05月05日
日曜日に息子の幼稚園で凧揚げ会があった。いつもは8時からはじまる幼稚園、、、といってもイランは春分の日辺りからサマータイムを実施中なので本当は7時なのだが、、、この日はお天気がよかったら9時に近所の警察公園という名の場所に保護者と現地集合することになっていた。前の日は午後から曇って、雨だったのでどうかな?と思ったのだが、快晴!私は朝やることがたくさんあるので夫に9時半までみてもらい9時半から息子とともにこの会に出席した。本当にこんなに良いお天気に恵まれるとは思っていなかった。空気は澄み、涼しく、日差しは輝き、暖かく、誠に気持ち良い気候であった。凧は前日に先生から手渡されていた。この日は風がほどほどにあったが、急にパタリと止む、あるいは急に風向きが変わり、多少あがっていくのだが、すぐに急降下してしまった。それでも中には鳩が高度上空を飛ぶようにあげていた父親もいた。子供たちよりも親たちのほうが熱心に凧と戯れていたような雰囲気であった。このぐらいまでは結構あげられた、、、すぐに落ちてきたけれども、、、。息子もそれなりに楽しそうであった。凧と駆け回った後は芝生にゴロリ。イランの教育機関はそろそろ年度末になる。就学をひかえた幼稚園児の場合は5月の20日ぐらいで終わり、新学年が始まる秋分の日まで長い長い夏休みにはいる。小学生低学年でも学年末の試験がおわるのが6月の第一週ぐらいまで、そのあと長期休暇。中学、高校でも3ヶ月ぐらいは休みがある。日本の子供たちにはきっと羨ましい限りであることであろう。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村
2010年04月28日
イランの幼稚園では週一回母親の一人が一クラス分のご飯を作って持っていく。午後からの幼稚園の場合はお昼ご飯を、、、たとえばピラフなどを作ってもっていく。息子は午前の部なので朝ごはんを作る、、、といっても日本のような朝ごはんではなくてイランの場合は アダスィ、、アダスというお豆をトロトロになるまで煮詰めたもの。甘くないお汁粉みたいなで、塩味でバターなどを加える、、、とかアーシュ、、野菜とお豆のうどんや粥のようなもの、やハリム、、、羊の脂つき、骨付きの肉と小麦を煮詰めたものや、スープを作る。私は麦のスープを作った。フレークス状の小麦に韮とディルとイタリアンパセリ、三つ葉などの芳香野菜とにんじんとトマトと肉汁、、、鶏でも牛でも羊でもいいのだが、今回私は牛の足の煮汁をいれて煮て、最後にトマトピューレを炒めたものを入れ、煮て、火を止めたあとイタリアンパセリのみじん切りを上に浮かべる。好みでレモン汁を入れる。早朝だったので携帯で撮影、、、画像が悪く恐縮。にほんブログ村
2010年01月12日
息子も幼稚園に慣れてきました。絵を描いたり、歌を歌ったり、かけっこしたり、粘土で遊んだりしています。息子は朝8時15分前にでます。お友達の家に寄って一緒に8時に登園します。お教室の様子はお迎えを待っているいる教室の様子、、、ですが、私は11時ぎりぎりに行ったらほとんど子供たちは引き取られていました。入園して数日はこの画像のように学校の裏口から園児がでてくるのを親が待っていましたが、11時は小学生が休み時間が終わり、教室に戻るのとかさなり、階段が混雑するからか?その後は教室まで親が行き、子供をひきとるような形になりました。
2009年10月20日
昨日は入園式でした。指定された品物などは持っていかなくていい、手ぶらで七時半に学校へくるように前々日に電話がありました。息子が通うことになる幼稚園と小学校。行ってみると、軽快な音楽とともに小学生がおそらくクラスごとに並んで、集まっていました。出席をここでとるのかどうかわかりませんでしたが、、、。小学生が教室に入ったあと幼稚園児が式場に案内され、その後父兄が同じ場所に呼ばれました。園児が並んでいる様子学校の建物に入る入り口、玄関日本だけではないでしょうけれども、、、世界的な少子化現象が信じられないように、園児だけでおそらく50人から60人はいたように思います。案内された式場は楽しく明るく装飾されていました。日本のように園長の話などはほとんどなく、コールアンが読める子が一人指名されて披露し、そのあと父兄の一人が、、、なんと夫が指名されてしまいました、、、学校の思い出を言わされ、あとは人形劇で歯をみがきましょう、、、みたいなないようなものが上演されました。イランの父兄も日本並に子供の晴れ姿を記念に残そうと熱が入っていた。息子は劇よりも隣に座った男の子と夢中になって終始おしゃべりをしていました。でも誰にも何も言われないし、まったくそういうことには制裁がないようで、日本よりもこのあたりはいい意味でおおらかで好感が持てました。親にしてみれば、子供に早くお友達ができて幼稚園になじんでくれることが一番だから。それが終わったら、先生4人が紹介されて、木金曜日は休みで土曜日は8時に指定された学用品とともに来るようにいわれ、そのときにクラスと担任が発表されること、土曜日も一時間程度で日程が終わり、日曜日から通常時間8時から11時のスケジュールをこなすようになると言い渡されました。帰り際にミニカップケーキ(ケーキ ヤーズディ)と鉛筆一本と消しゴムが配られました。 アジールというミックスナッツと一緒においてあったのでてっきりお菓子だとおもったら、中身は鉛筆と消しゴムでした。
2009年10月08日
明日から息子は幼稚園。学校は2週間前から始まっていたが、幼稚園は遅めに始まる。幼稚園から指定された、クレヨン、色鉛筆、マジック、ノート、水彩絵の具などを購入。だいたい4000円ぐらいになった。服は1000円。もう一着必要かもしれない。幼稚園の費用は年間3万円。でもこのほかにまだ少しかかるかもしれない。通園バスなどをしようの場合はもう1万円ぐらい年間でかかるはず。息子の幼稚園は公立なのでこんな感じのお値段。明日は7時半に来るようにいわれた。通常はおそらく8時から11時までだと思う。木金曜日は休み。学校になるともっと拘束時間がながく木曜も登校する。空手の師範のお嬢さんは同じ幼稚園の午後から通うことになった。イランの学校は男女別々。就学一年前の幼稚園も男女別。年少幼稚園や保育園の場合は男女一緒。イランの学校は男女のどちらかが午前、どちらかが午後と分けられている。今まで私は教育機関に通う子供がいなかったのでイランの学校のことがわからなかったが、息子の入園を期に幼稚園の様子や出来事を書いていきたいと思っている。
2009年10月06日
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