ボランティア三昧

ボランティア三昧

2002年9月6~19日スウェーデン旅行



出産直前に読んで「私も」と憧れたおぐにあやこさんの「ベイビーパッカーでいこう!」という本を片手にパッキングを開始できたのは深夜だった。
9年前にストックホルムを訪れたのは真夏。にもかかわらず、長袖トレーナーを着ても寒く、雨の日にはウールのコートを着ている人もいたほど。そのことを思い出すと今回はかなりの寒さが予想される。大人は多少寒くても我慢できるし、必要ならば買えばいいが、子どもにはあまりつらい思いをさせたくない(風邪を引かせたくない)ため、あれもこれもと欲張っていくうちに衣類で荷物は膨れ上がる一方。また、必要量の紙オムツとお気に入りのおもちゃも忘れるわけにはいかない。しまじろうのパペット、ミキサー車、絵本「ポッペン ポッペン」、こどもちゃれんじ・ぷちの9月号、そして一番のめりこんでいる「鉄道ファン」9月号を持つ。一眼レフのカメラは譲れなかったが、ちょっとおしゃれしたいときに着るものはあっさりあきらめた。
パッキングのあとは、おにぎり作り。電車の中などでおなかがすいたら食べられるように準備。掃除、ゴミ出し、コンビニで宅急便を発送。結局、眠らないまま朝を迎えた。
朝から雨。しかもかなり降っている。しばらく晴天続きだったのにうらめしい。こんな日だからタクシーをつかまえるのも一苦労。が、乗ってしまえば、すぐ名古屋駅。ホームに出ると新幹線や在来線の数々。息子はあちこち指をさし「でんしゃ!」を連発。新幹線に乗れば車窓の変化に興奮気味。普段乗る電車は地下鉄なので景色が見えるのが珍しいらしい。「やま」「たんぼ」「うち」「バス」などを意味する言葉をしきりに発していた。
移動中はコンビ・ニンナナンナの抱っこポーチを使用。肩掛けベルトを使えば短時間なら両手を離せるから、荷物の多いこんなときには重宝する。何せ、2人でスーツケース1個、50リットルのザック1個、手荷物用のかばんやリュックに「息子」という荷物だから。でも、「ラクチン」と気を許していたら突然ガクン! すぐに支えたので事なきを得たが、息子はポーチから落ちかけてしまった。どうやら抱いているうちにお尻の位置がずれたらしい。これ以降、気を引き締めて抱いていたのは言うまでもない。
今日はりんくうタウンの全日空ホテルに宿泊。が、直接ここには向かわず、10月からの夫の勤務先と新居を訪問するため途中下車。夫の打ち合わせ中、母子は駅で待っていたが、階段を何度も何度も上り下りし、電車が来るとあわてて見に行く、を飽きもせず繰り返した。それで疲れたらしく、新しい住まいを見に行っても何もかも気に入らなくなって「バイバイ」と手を振って外に出ようとする始末。抱き上げると顔を胸にこすり付けてきて、電車に乗るとまもなく眠ってしまう。
目を覚ましたときには既にホテルのベッドの上。このあと息子はあま~いお菓子やらジュースやら、たらふく食べて満足げ。夏の間もほとんどジュースを飲ませず、麦茶で通してきたが、この旅行中にジュースやお菓子のおいしさに開眼させてしまった。退屈してたらかわいそう、周りの人たちの迷惑になったら申し訳ない、とついつい与えてしまう実に中途半端な母だった。夕食後は書店で息子が時刻表の表紙に載っている電車の写真をニコニコと見つめている間に「鉄道ジャーナル」を購入。部屋に戻ってベッドに誘うとあっという間に夢の世界へ。

9月7日

快適な目ざめ。入浴してから朝食。全日空ホテル内のあてにしていたレストランは8時開店。私たちは8時に出発だから、コンビニで調達した朝食を食べることに。もっともビュッフェ(高い!)は早くから営業していたが。
空港へ到着すると、多くの飛行機。息子は「ひ、こ」と指をさして大はしゃぎ。広い空港で好きなだけ歩き回れるのも手すりにぶら下がれるのも嬉しい様子。運動しまくっていた。今回利用したのはKLMオランダ航空。飛行機に乗り込むと私たちの席はバシネットの取り付けられる機内中央の一番前の席。他の席よりやや広め。落ち着く前に周りの人たちに子どもがいて迷惑をかけることをあらかじめ謝りつつあいさつする。と、いよいよ離陸。狭いところでじっとしているのが気に入らなくてしばらくはグズグズ。こんなときに役に立ったのが新しく買った雑誌。熱心に写真に見入っていると食事の時間。子どもの座席は取らなかったため、食時の時には抱きかかえて食べさせる。狭くて少々面倒でしたが用を足すには十分。息子のグズリは眠かったため。デザートを食べながら寝てしまい、そのまま2時間半ほど私の膝の上で眠った。
起きた後は絶好調! 通路をハイハイも使って行ったりきたり。ビジネスクラスにつながる階段を上ったり下りたり。時々歓声をあげるから、「シー」と口に人差し指を当てると大きな声で「シー」とまねたり。なぜか隣の人に「ちんちん」といいながらズボンとオムツを脱いで中身を見せたり、スチュワーデスさんにくっついていったり。忙しい、忙しい。Nice boy,Lovely,あげくにSweetとまで言われてしまうほどいつもニコニコ。それから電車の本を見ていて眠り1時間半が過ぎるなど、食べて眠って遊んで、とだいたい機嫌よく過ごせた。が、長時間のフライトもいよいよあとわずか、まもなくアムステルダム・スキポール空港という時。シートベルトだけは我慢ができず、絶叫しながら体をのけぞらせたり、よじったりして何とか脱出を試みる。このときばかりは「騒がないでー」とこちらの方が叫びたい気分だったが、飛行機に乗せるのはそれほど大変ではない、と余裕。
スキポール空港での乗り換えは数時間の待ち。アムステルダム市内まで電車で15分と聞いたので、見物に。駅のホームに隣接するインフォメーションに夫が情報収集に行っている間、息子は何本も何本も入ってきては去っていく電車に釘付けであった。息子のお気に入り番組「世界の車窓から」で登場する駅のようだね、などと声をかけると「ななんななな……」とテーマ音楽を体を揺らしながら歌い始めた。
さて、トラムに乗って街の中心部へ。息子にとってははじめての外国。どんな風に感じているのか見当も付かないが、その目はトラムに集中。運河沿いの道を散策する際には石畳を凝視。道の端に埋められているブロックを踏んで前進することに夢中。そんな姿をもう少し見ていたかったが、いったんやみかけた雨が強くなってきたので早めに空港に戻ることにした。
駅のホームには大きな荷物を持った人たちであふれかえっていたが、空港行きの電車の出発時間が過ぎても電車は一向に来ない。おかしいと思っているとアナウンスが入り、ホームが変更になった、とのこと。移動後まもなくやってきた電車に乗り込むと、「あれ? 風景が違う」。15分たっても30分たっても電車は空港へ着きそうな気配はない。同乗している人に夫が尋ねると次の停車駅はライデンで、そこから空港までバスで50分かかる、ライデンまであと何分かかるか分からない、との返答。そのとき既に19時。飛行機は19時55分発。はたから見ていて顔が青ざめるのが分かったんじゃないだろうか。が「まずタクシーと交渉しよう。だけど、今日はライデン泊まりかなあ」などと話してたら7時10分過ぎに駅に到着。タクシー乗り場までダッシュ。運転手からは空港まで15分との返事。バスで50分もかかるのに? と半信半疑だったが、すがるような気持ちで乗車。するとタクシーは160kmのスピードで、時には路側帯を走ってあっという間に空港に到着。チップはもちろん弾んだがお礼もそこそこに走って走って、パスポートチェックや荷物検査等を受けて搭乗口へ。まだ10人ほどの乗客が列を作っており、ホッと一安心。このとき息子は親のあせりも知らず腕の中でスヤスヤ。このままずっと眠っていてほしかったのに、搭乗すると起きてしまう。が、よほどおなかがすいていたのか、お菓子を食べさせていたらシートベルトをしても気づかなかった。今度も飛行機の中では通路を走ったり、寝そべったりして終始ご機嫌。着陸時にはジュースを飲ませて気圧対策とシートベルト対策。空港に着いてまもなく眠ってしまい、朝までグッスリ。宿泊ホテルは空港に併設されているラディソンSAS。部屋はなんだか、寒かった。さすがは寒い国にあるホテル、などと変な感心をしてしまう。とにかく長~い1日、私は疲れて風呂の中で眠ってしまった。

9月8日

疲れているが興奮しているからか私は4時に目が覚めてしまい、それ以上は眠れなかった。気配を察したのか、息子もまもなく目を覚ます。が、寝たりないのかグズグズ。風呂に入ったらサッパリするかと準備。おもしろかろうと泡風呂にしたのが間違いのもと。新しいもの、珍しいものは苦手な息子はかえって泣き叫んでしまった。入浴を済ませると外は明るくなっていて、部屋の窓から飛行機が眺められる。「ひ、こーき」と出発時より上手に発音しているような気がする。

レストランで朝食。夏の間、ご飯やうどんしか食べなかったため、旅行中の食事が不安だった。が、そんな心配は無用! といわんばかりの食欲。コーンフレークやヨーグルト、パンなどをよくもまあこんなに、と驚くほど。日本では暑さで食欲がわかなかったのだろう。オレンジジュースもひとくち飲んで「きかん」(=みかん)。何のジュースかも分かるらしい。親バカながらちょっとしたことに我が子の成長を感じる。

朝、起きたときから「今日も飛行機に乗るよ」と話しかけていたが、ターミナルに向かう途中に眠ってしまう。ルレオまで1時間15分のフライトの間、ずっと眠り続け、目覚めたのは着陸直後。子どもはこれから飛行機に乗るつもりだったようで残念そうだったが、親は楽をさせてもらった。

ルレオは北緯65度、ボスニア湾に面した美しい街。日本で紹介されることはあまりないが、世界遺産にも登録された教会村がある。

空港で荷物が出てくるのを待っていると、夫の知人のクヌート(建築設計事務所経営)とマルガレータ(非常勤の大学職員)が迎えに来てくれる。外は曇り、かなり寒い。2人はコートを着ているほど。今夜から3日間、彼らの家に泊めてもらう。息子はちょっぴり恥ずかしそう。車に乗り込んだあとも緊張しているのか笑顔が固い。でも陽気なクヌートに心をすぐに開いて「じっちゃん、じっちゃん」と何度も呼びかける。家に到着してしばらく休んでから昼食。マルガレータ特製、サーモンのサフランスープやパンをおいしそうに食べていた。ただ、牛乳は味が薄いためか、飲みたがらない。食後、フルーツの盛られたかごを見つけ「じよ(=りんご)、し(=なし)、きかん(=みかん)」と叫び、りんごを食べたそうに何度も持ってくるので、クヌートがむいてくれる。「おいしい」を何度も繰り返す。このとき、クヌートはおいしさを表現するために「うーん」と満足げにうなってみせたら、すぐにそれを真似する。帰国後もしばらくこれを続け、親が「うーん」とうなると「じっちゃん」と叫んでいた。

午後からクヌート家周辺の散策。家は海岸周辺に位置しており、海岸沿いの木立の中にある遊歩道をまずは抱っこしながらゆっくりと歩く。海岸沿いといってもバルト海は塩分濃度はほとんどゼロ。そのため海沿いというより湖のほとりで見られるような植生になっている。透明な空気、夏から秋へと移り変わる木々の微妙な色合いに、しばしうっとり。リンゴンベリーもいたるところで見かける。対岸に見える市街も海や空に溶け込むように広がっている。今回はそれほど歩きはしなかったが、遊歩道自体はかなりの距離があるようで、もっと長時間の散策も楽しめそう。我々はのんびり歩いて桟橋へ。この桟橋は1メートルほどの幅。どうしても、と主張するから歩かせたが、時折フラフラと、時折自分の意思で端に寄っていくので海に落ちそう。後ろにぴったりくっついて海岸に戻る。車が通ったあとをわだちを見つめながら全力で歩く(写真にしたらとぼとぼ歩いている雰囲気になってしまった)。すぐに車道に出て、近所の家を見物しながら歩く。敷地への斜面をどんどん登っていって下りられなくなったり、小石に気を取られながらテクテク歩いていったり。気候がさわやかだからか、日本にいるときよりも活発によく歩く。イチゴ、さくらんぼ、ぶどうなどを頬張りながら(服を汚しながら)どんどん歩いていく。時々クヌートがいないいないばあをするとそれはもう、キャーキャー言って大喜び! 

家に戻ると今度は車に乗り込んで対岸にわたり、街を一望できる丘(ヘビ山というらしい)へ。斜面と見ると付けられた道にはお構いなく、どんどん(というほどの距離でもないが)直登。丘の上からは森と湖の間につつましく市街地が広がって、それはそれは美しい。クヌート家のある方角も自然の中にたたずんでいる。こんな素敵な場所にあるレストランでティータイム。優雅、と言いたいところだが、子どもがいるとゆったりできないのが残念。でも心は十分満足。息子もケーキをお代わりしておなかが満足。その後、クヌートが会員になっているゴルフ場へ。芝生の上を歩くのは楽しいらしいが、コースに転がっているボールが欲しくなり、大暴れ。クヌートが車から自分のゴルフボールを持ってきてくれて、機嫌が直る。握ったり落としたりできて(投げることができない)よかった。

もりだくさんにもそれから、世界遺産になっている古い教会とその周辺の町を見学に。教会内部の見学時間は終わっていたので、外から見るのみ。息子は教会前の広場で、さきほどのゴルフボールで遊びたくて遊びたくて。親の都合で引き回されてちょっとご機嫌斜め。マルガレータの実家は教会村の中の1件の小屋を持っているため、習慣などについて説明してくれたが、私は息子と一緒にボール遊びをするために駐車場まで戻る。が、そのころから私は気分が悪くなってきたので、夕食も失礼して先に休ませてもらった。息子はクヌートに遊んでもらい、夕食もたくさん食べ、一度は私を探しに来たらしいが、結局7時過ぎにはリビングのソファで眠ってしまい、夜遅くに夫が私のベッドに連れてきた。

9月9日

スウェーデンの時間にまだまだなじめないため、息子は早朝に目が覚めてしまう。「じっちゃん、じっちゃん」と言うが、なんとか静かに遊ばせようと試みる。しばらくしてクヌートが起きてきて「おはよう」の挨拶を交わすともう大喜び。クヌートと一緒の朝食は楽しくて、いつもの何倍も食べていた。果物など水気の多いものばかりとったのでおしっこの量も何倍にも増えてしまったが。ところで息子は夫が食べさせようとしても「いやん」と言って拒否する。結局、旅行の間中、夫が差し出すものは何も食べなかった。

この日、夫は立会演説会の視察に出かける予定を組んでいた(私たちも付き合う)。出かけるまでの間、海岸沿いを散歩した。まつぼっくりを投げたり、葉っぱをちぎったり、小石を拾って口に入れたり、と息子の興味は尽きない。歩いた距離はほんのわずかだけど、子どもが熱中している顔を見守るのも楽しい。散歩を切り上げるとクヌートが迎えに来ており、市の中心部へ。ここは歩行者専用、音楽の生演奏など楽しい雰囲気作りがなされ、多くの人が演説を聴くために集まっている。夫の知人であるレナート(引退して悠々自適の生活。若いころは映画俳優)も来ていた。夫は大臣や市長らと挨拶を交わし、しばらく見学。その間、息子はその辺を散策。息子は自由に歩きまわれるのが楽しいようで、「ポッポ」(=はと)「ちゅんちゅん」(=すずめ)などと叫びながら追いかけていた。また、それだけでは飽き足らず、車道へトラックやバスを探しに行ったりもした。それにしても寒く、トレーナーにフリースのベストを着せていたが、鼻も耳も真っ赤。もう1枚欲しいぐらい。私もフリースジャケットだけでは寒かった。

昼食はクヌート、レナートと中華料理。寒いところから暖かいところに入ったため、おなかもすいているはずなのにあっという間にネンネ。床にコートを敷いてその上で眠らせるが、デザートを食べ終わっても眠り続けていた。暖かいものが食べられずに残念だったね。眼が覚めるのを待ってレナート宅へ。ここで簡単な食事をさせてもらい、テラスへ。庭に出ると子どもの声。声のする方へ駆けていくと小学生ぐらいの男の子が5人。遊びに入れて欲しそうに、でも少し気後れして私と手をつなぎながら、ずっと見ている。近くに寄ってきてくれた子に私は英語で声をかけてみたが、通じなかったみたいで逃げられてしまう。それでも立ち去らない。やがてレナートが出てきてくれて彼らと話をつけてくれた。が、一緒に遊べるわけでもない。少年たちはカケッコをしていたのだが。たまたま、息子がゴール近辺までたどり着いたのを見てスタートを切ってくれた。が、その様子を、息子は自分のところに向かってきていると勘違いして逆向きに走ってしまうのだ。みんなが立ち止まらずそのまま行ってしまって不思議そうだった。彼らとしても扱いに困っていたし。そのあとも息子は追いかけて彼なりに全力で走ってはいたが、邪魔にもされないが無視されていた。そのうちつまらなくなって、他の家から聞こえてくる女の子の声がする法へ向かう。トランポリンをする姿が珍しくじっと見ていると、そこの家の子ども(10歳と2歳6ヶ月の男の子)が出てきて話しかけてくれた。が、彼らには関心がなく、置いてある乗り物のおもちゃで遊んでいる。

夜はクヌート家で彼の息子夫婦&娘(マデレーヌ、1歳6ヶ月)とディナー。マデレーヌは息子より体が大きく、しかもパワフルで乱暴。息子はすっかりおびえ、彼女が近寄ってくると、私に抱きついてきて眼を見開き「わー」「イヤー」と叫んでいた。でも時間はかかったが、何とか慣れた。車の取り合い、ボールの取り合いなど、何をしても彼女の方が強い。息子よ、がんばれ! このとき、ロジャーの妻、レネと少し話をした。スウェーデンでは幼児教育にみな熱心で、1歳半からプレ幼稚園に通わせるとのこと。月曜から金曜までの11時から2時までで、読む、書く、聞く、話すを学ぶんだそうだ。本当にそれは必要なことなのか? 息子には嬉しいこともいやなこともまずは体全体でもっと主張できるようになって欲しい。

9月10日

今日も早朝起床。まだ時差ぼけがあるようだ。8時半にマルガレータの息子、ニルスが迎えに来て、ルレオ工科大学へ。車の中では靴を脱がせろ、降りるときにははかせろと主張するようになった。図書館やマルガレータのオフィスを訪問したあと、技術会館へ。ここは子ども向けに地場産業である製糸業・鉄鋼業の仕組みを実際に体験させながら説明するコーナーや自転車をこいで電気を発生させたり、乗り物(電車・飛行機・パワーショベルなど)の運転席に乗れたりできるなど、趣向が凝らしてあって面白い。息子も乗り物がたくさんあるのが気に入ったらしく、もっと遊んでいたいようだった。そうそう、テレビが取材に来ていて、息子が興奮して踊ったり、手すりにつかまりながら階段を下りる様子を撮影されたが、放映されたのだろうか?

11時にレナート宅へ。今日のメインイベントはヒンダーシュ島にあるレナートのサマーハウスを訪問すること。鮮やかな青空が広がり、海に浮かぶ緑の島々の間をレナートが得意げにボートを操る。息子は夫に抱かれてぼんやり外を見ているようだ。朝からはしゃぎすぎて疲れたのか。出発して40分、船は入り江に接岸。船を下りて一歩を踏み出すとそこは別世界。豊かな広葉樹の森の中に白く縁取られた赤や黄色の家が点在。「絵のような」という表現が当てはまる美しい風景。空は晴れ渡り、乾いた空気が心地よい。一歩ごとに、新しい感動が生まれるといったら言い過ぎか。とにかく、まずはレナートの知り合いのレストランでサンドイッチを食べて腹ごしらえ。チーズやハムは口を付けないが息子はパンだけは気に入ってお替りしていた。そこには炭酸飲料しかなかったので、しかたなくそれを注文し、息子もそれを飲もうとしたが、刺激が強すぎて吐き出してしまったので、持ってきた牛乳を飲ませた。ルレオでは携帯できるように牛乳パックにふたがついているのだ。

それからこの島の集落まで少しハイキング。ほんのりと黄色がかった初秋の木立の中を歩いたり立ち止まったり。息子はもっと自由にしていたそうだったが、進まないのも困るので抱き上げて歩く。周囲の風景に見とれ、レナートの説明を聞いているうちに息子はずっしり。眠ってしまった。そのまま船に乗り込みレナートのサマーハウスまで移動。息子をリビングのソファーに寝かせ、周りを見て回る。ここはレナートの義父が何十年もかけてコツコツと作り上げた別荘。トイレやベッドルーム、物置はそれぞれ別の棟。これを譲り受け、レナートもコツコツと維持しているのだ。時間を味方に付けている、そんな生き方の一端を見せてくれたような気がした。さて、息子はまだ眠り続けているが、帰宅のためにサマーハウスをあとにする。ルレオに着いてボートから桟橋に上がるときに抱いていた息子の頭をぶつけてしまった!

夫は2001年の春にある財団の援助によりこのルレオを含むスウェーデン北部を1ヶ月間、5人のグループで研修に訪れた。クヌートもレナートもその財団の会員で、クヌートは夫のホストであった。今回、夫がこの地を訪れたのでクヌートは研修で他のホストをつとめた方たちにも声をかけ、この夜は第1ホテルでディナーとなった。子どもは小さく、ディナーにふさわしい服装もなく、英語も不得手、と気が乗らなかったがしかたがない。そんな気持ちが伝わってしまうのか、息子も落ち着かない。席でじっとしていられないので、テラスに出て歌を歌ったり、ロビーで本を読んで過ごし、料理と料理の間の時間をつぶした。料理自体はソースがおいしくて、息子もおひょうやポテトをおなかが痛くならないかと心配になるほど食べた。が、デザートは語りたくないほどまずかった。

家に戻ってふと上を見上げると、なんだか空全体が緑がかっているような気がした。ひょっとして……と思いつつ「あれは雲?」と聞くと「オーロラ」だという返事。この時期に見えるのは非常にまれなこと。自分たちの幸運に感動し、もっと見ていたかった。が、息子はなんだか分からないという顔をしているし、寒いので家の中に入って寝かせた。しばらくして窓の外を見ると、もっと明るい緑色の帯が見える。夫と外に出て一緒に見ていた。そんなロマンチックな夜でも、息子が目を覚まして泣いたりしないか、の方が気がかりな私はやはり「母」。

9月11日

6時に起床し、朝はライス入りヨーグルトなるものを食べる。甘いヨーグルトにご飯粒がたっぷり入った代物。不思議な味わいだが、まあまあイケる。おなかもふくれる。

ルレオを今日、離れる。荷物をパッキングしたあと、クヌートが迎えに来てくれるまで、海岸沿いの木立の中、桟橋などを散策。特に海岸沿いで何度も何度も繰り返し、石を投げていた(落としていた)。が、時間が来てしまい抱き上げるともっと~と泣く。もっといたいのはお母さんも同じなんだけど、ルレオのこと、クヌートのこといつまで覚えているかな、と少し感傷的になってしまう。

クヌートに頼んで駅でしばらく電車見物。もう釘付け。息子は物足らないと怒っていたが、そのあとクヌートのオフィスやクヌートがかかわっているアイスアリーナ(ホッケー場)の改装工事の現場を見せてもらう。その後、初日にも訪れた丘の上のレストランでパスタとジャガイモをパクパク食べて、車の中で寝ないように声をかけながら空港へ。搭乗するとまもなく眠ってしまい、ストックホルム・アーランダ空港に到着するとお目覚め。息子の趣味を尊重し、犬を思わせる顔をした電車、アーランダ・エクスプレスに乗って中央駅へ。地下鉄に乗り換えて、夫がいつも常宿にしているインゲマルのアパートメントへ。ここは交通至便の上、生協やスーパーも近く、さらに図書館のある王立の公園もすぐそばという好立地。早速おやつと夕飯の買出しに。

環境が変わったためか、昼寝が不十分だったためか、夕方グズグズになる。夕食まで電車の雑誌。夕食後も電車の雑誌。眠るまで電車の雑誌と私から離れられなかった。

9月12日

夜泣きに悩まされたために今日はゆっくり起きて、ゆっくり朝食。それから3人で市内の散策へ。通りをのんびり歩き、インフォメーションや市内最大の書店などに足を運ぶ。登山関係の本は、北部のケブネカイセや王様の散歩道などのルートの解説書が少し。ストックホルム周辺のものはありませんでした。本を物色中、棚の周囲をぐるぐると回り、また、棚に貼ってあるラベルをはがそうとしたりしていた。ここにはクッションや絵本の置いてある小さなスペースがあり、そこで子どもを遊ばせていてもよいらしい。

昼食はセルゲル広場に面した文化会館の2階にあるレストランで。自分でスプーンを持たせると汚れてしまうので(甘やかしすぎ?)、親が口に運んだが、やはり夫からは食べようとしない。でもパスタをはじめ、何でもよく食べてくれるので助かる。ここはメインディッシュにパン、サラダ、ジュース、コーヒーが付いて65krとお値打ち。広くて客も多く少々子どもがうるさくしても気にならないので、以後、何度も利用した。

昼食後は地下鉄に乗って部屋に戻り、鉄道雑誌を読みながら昼寝。目を覚まし、おやつを食べたあと公園へ。ここには児童館のような施設があり、屋外には遊具や砂場、三輪車、ボールやスコップなどのオモチャがあり、集まっている子どもたちも自由に遊んでいる。平日の夕方だというのにお父さんの姿が多さにスウェーデンらしさを感じられた。息子は気後れしてしまったのか、立ち止まって見ているばかり。(月~水・金:9:00~18:00、木:9:00~20:00、日:10:00~17:00)

夕食もしっかり食べ、ご機嫌のうちに眠ったのに、またもや夜泣き。

9月13日

色がわかるようになってきて、通りを走るバスを見て「あお、あか」など、時折間違えながらも指差すようになった。そんな息子とトイパレスへ。どんなおもちゃが見られるか、乗り物はあるかと楽しみにしていたのに定休日だった。残念。予定を変更し、野外民俗博物館スカンセンへ行くことにした。建物には関心がなかろうと、子ども動物園やスカンジナビアの大型動物を集めた動物園に直行したかった。だが、ところどころにある遊具で足が止まってしまう。また途中で出会うハトやすずめを観察するので、時間がかかること、かかること。その子ども動物園にはカモ、ニワトリ、子ネコなどがいた。子ネコもオリのなかにいたのだが、そのオリの外にはなぜだか、数個ずつ束ねられたおしゃぶりが数え切れないほどぶら下がっていた。何の意味があるのかな。息子は猫よりそちらに関心を持ってしまっていた。

さらに進んで動物園へ行くと、何頭ものクマ。広いスペースにクマが放されており、上から見下ろせたり、またすぐ近くからガラスを隔てて見学させるなど、見せ方にも工夫がされていた。息子はそれらを見て一言「わんわん」。うーん、違うんだけどなあ。それよりも仰向けになった実物大のクマの方に興味。子どもたちはそのおなかを滑り台代わりにして遊んでいる。息子も近寄っていき遊びたそうにしていたが、うまく登れないのであきらめていた。それでも、そのクマから離れずに観察し、股の間からのぞいている尻尾を指差し「ちんちん」。確かに最近、気になるもののひとつのようだが……。

疲れてきたのか抱っこをせがみ、ぼんやりしながらも、トナカイやヘラジカを見て、そのうちに眠ってしまった。そのまま、部屋に着くまでずっと抱いていて私は疲れたが、着くやいなや起きてしまったので、そのまま外出して生協におやつを買いに行って食べた。もう昼寝は十分なようなので昨日と同じ公園へ。2度目とあって昨日より、かなり積極的。汽車の車両を行ったりきたり。ハンドルを回したり、テーブルに乗ったりと、現地の子どもたちが言葉も通じない、平ぺったい顔したこの子は誰? という顔をしていても関係なし。よそのお母さんが彼女の子どもを「テュテュ」とあやすのを見て、ぼくにもやってくれと要求。自分から彼女に向かって「チュチュ」と声をかけていた。彼女が別のお母さんと話をしていると、彼女に「テュテュ」というように頼め、といわんばかりに私の手を引っ張る。三輪車が8台、円形につながった遊具も、スウェーデンの子どもたちが使っていたのに進んで入っていって大喜び。かなり遊べたね。

翌日、早い時間に部屋を空けなければならなかったので、荷物の整理をしていたときのこと。やけにベッドの端っこにいるなあ、とは気づいていたものの……。下を向いてなにやら遊んでいたようだが、突然顔を上げた瞬間、バランスを崩してベッドから落ちてしまった。床は石。かなり派手な音がして、しばらく泣き止まなかった。旅行も半ば、私の方にも疲れがたまって、注意を払う余裕がなくなってしまった。かわいそうなことをした。


9月14日

肌寒い。厚着をして2人で市庁舎へ。その手前の橋を渡る途中、風の強さが気になり、息子の帽子の向きを変えた。すると手を離したとたん、突風が帽子を吹き飛ばし、メーラレン湖に消えてしまった。お気に入りの帽子が……。息子に謝ると「うん」と分かったようにうなずいたが、何度も頭に手をやり「あうし」と叫んでいた。市庁舎広場に行ってもあまり嬉しくなさそうなので、中央駅で電車を見ることにした。ホームで電車を見送るたび「でんしゃ」「でんしゃ」と喜んでいたが、あまりの寒さに2階のコンコースへ。窓から電車を見下ろすつもりだったが、コインを入れると動く木馬や自動車(ミッキーマウスが乗っている)、それに2台のすべり台が置かれた子供用の広場があった。横棒にぶら下がってゆらゆら揺れたり、トンネルをくぐったり。しばらく好きなように遊ばせておいた。おかしかったのは自分ひとりだけの時には見向きもしないのに、他の子がやってきてミッキー付き自動車に乗ると、「ぼくも」か「乗っちゃだめ」かよく分からないが指をさしてなにやら主張すること。隣の木馬に乗せてやるとおとなしくなり、その子が行ってしまうとすぐに下りたがるのもおかしい。この遊び場とホームを何度も行ったりきたりして疲れきり、昼食も取らずに眠ってしまった。

午後からインゲマルの知人、スティーグ宅を訪問。インゲマルとスティーグの妻アンはイタリア語講座で知り合ったとのこと。スティーグはデザイナーで広告代理店経営、アンは法律家とのこと。アンは出張のため、今回は会えなかったが、夫とは何度か顔をあわせている。インゲマルと我々3人は船に乗ってスティーグの家のあるユステル島へ。息子は昼食後に部屋に戻った際に軽くパンを食べてはいたが、まだ少しおなかがすいていたのか、周囲の人たちが何やら飲み食いしているのを見て欲しくなる。が、船の中には食事というよりおつまみやお菓子の類ばかり。しょうがないなあ、と思いつつジャムやホイップクリームのたっぷりのったパンケーキでおなかを膨らませた。

雨も降ってきてあいにくの天気だったが、緑に覆われた島々が点在する風景は美しい。氷河に覆われていたスカンジナビアは今も隆起を続けていて、海には島が、陸には湖が点在するという複雑な地形を生み出したのだという。

船着場にはスティーグとその息子ペールが迎えに来ていた。息子はペールのことは怖がらなかったが、おもちゃを貸してくれない、取られたといって、またペールが私にじゃれついてくると激しくやきもちを焼き、大粒の涙を流していた。まだまだ、友達と一緒に遊ぶのは難しい。

夕食はスティーグがニシンとじゃがいもをソテーしたスウェーデンの伝統料理をご馳走してくれた。

夜、ベッドが狭いので寝かしつけたあと、ベビーベッドに移動させたが夜中に目を覚まし、激しく泣いた。私の横で一緒に寝ようとしたが、ぴったりくっつき、私が少しでも動くと背中に回した手に力が入った。いつもと違う部屋でしかも真っ暗でよほど怖かったのだろう。が、綿棒で耳の穴をつついていたら、眠った。

9月15日

ベビーベッドを指差し「夕べ、ここに寝たのは覚えてる?」「うん」「いやだったの?」「うん」。偶然かもしれないが、これが息子との記念すべき初めての会話であった。

スティーグに続き、息子もコップを割るなど騒々しい朝食のあとはペールの部屋で過ごす。2人で交互にすべり台を滑る際の動作もかなり機敏になってきた。その後、スティーグの持っているヨットを見に海岸へ。息子は「ひこうき、ひこうき」と指差す。スティーグの車には息子用のチャイルドシートも準備してくれていたが、非常に嫌がる。このチャイルドシート、肩と胸しかベルトをないので暴れると下の方へずれていってしまう。しばらく暴れているうちにオムツも脱げてしまった。スティーグは運転しながら島のビューポイントを案内してくれていたが、息子はずっと怒っていた。

車は森の中にとまり、我々は森の中を散策。すぐに海岸に出る。雨に濡れて岩がすべりやすくなっている。そこは抱いて通ったが、木道が付けられているところは歩きたそうにしていたので下ろしてみた。傾斜のあるその道はバランスが取れず、うまく歩けなくて大いに不満そうであった。森の中の道はテクテクとみんなに置いていかれまいと一生懸命歩いた。

昼食のスティーグ特製、トマトソースのパスタもこれまたよく食べ、3回もお替りした。この家を訪れてからウンチも4回。そりゃ、それぐらい出るよ、とあきれるほど食べた。

帰路は築100年以上の船に乗ってストックホルム市街へ戻る。一度インゲマル宅へ寄り、私と息子は留守番。夫はインゲマルが投票に行くのに付き合った。それから、今夜からの宿、メーラレン・デン・レーダという船のYHへ移動。インゲマルにもやっと慣れ、「じっちゃん」と呼び、「Yoho」と相づちをまねしするようになったのに残念。お別れするときも「いーゆー(=See You)」と手を振っていた。本当はずっとインゲマルの家に泊めて欲しかったのだが、先約があったのだ。またちょうど、医学関係の国際学会が開かれていて、どこも満室。今夜からはガムラスタンとスルッセンの近くという立地条件はよいが、とても狭い1室に押し込められることになってしまった。

息子はかなり物事が分かってきたようで、顔を洗ってくるからお部屋で待っててね、と言えばおとなしく待っていることができた(鉄道雑誌を読んでいたが)。食事は相変わらず夫とは一緒に食べたくないようで、夫が食べさせようとすると、いやんと言い、ついでに自分で自分のおでこをピシッとたたく。いつも夫がたたくのを真似しているのだ。夫は腹を立てながらも笑いをこらえきれないようだった。

9月16日

船上で朝食ビュッフェ。ちょうど電車がよく見える席で食事どころではなく「電車! あか! あお!」と大騒ぎ。眺めがよすぎて息子にはかえって不向き。

午前中は夫と一緒にガムラスタンを通ってドロットニングガータンへ。このあたりは歩行者専用なので文化会館までトコトコ歩いた。今日はなくした帽子の代わりを購入しようと張り切っていたのだがPUBの子供服売り場にも3軒のアウトドアショップ(別項参照)にも適当なものがない。もっと物色したかったが、息子が眠くなって不機嫌になってきたのであきらめた。そういえば、地元の人たち、厚着をしている割に、帽子をかぶっている姿は見かけない。

昼食後、文化会館の4階にある乳幼児ルーム(無料)へ。ずらりと絵本の棚が並ぶ様子は壮観。だが、おもちゃ類は少ない。来ている子どもは赤ちゃんばかりであった。奥には造形教室があり、有料だが誰でも利用できるようであった。その後は夫と別行動。ガムラスタンでお土産を物色。息子は抱いていたら眠ってしまい、そんな状態での買い物はなかなか大変。商品は持てないから息子と私の胸に乗せ、お財布を出すのも面倒、クレジットカード買い物をするときのサインも手伝ってもらいながら、という有様。もっとゆっくり散策したかったが必要な買い物だけ済ませた。スティーグの家に歯ブラシを忘れたので生協で買い求めたのだが、これがまた巨大なものばかり。日本で売っている歯ブラシのヘッドと比べ2倍近くありそうなものばかり。もちろん口の形に合わせてカーブがつけられているのだが、一度に欲張って磨かなくても、とあきれてしまう。

YHに戻ると目を覚まし、おやつを食べたりゴロゴロしたり絵本を見たりして過ごす。飲み物を欲しがるので牛乳の入ったコップをわたすと、口に含んでくちゅくちゅしたと思うとぺっと吐き出してしまった。厳しくしかると反省したのか私のすぐ傍らで絵本をおとなしく見ていた。

今日は私の誕生日。夫がケーキを買ってきてくれたので食後に食べる。コーヒークリームののったメレンゲケーキは(夫には悪いが)何もかも気持ち悪くなるほど甘い。が息子はムシャムシャと頬張っている。半分ほど食べてから、夫の食べている木いちごのムースと交換しようとしたら、激怒して手が付けられなくなってしまった。お父さんが食べているものは食べたくないらしい。この後ずっとご機嫌斜めで外に電車を眺めに行ってもダメ。部屋に戻っても何もかも気に入らない様子だったが、単に眠かっただけのこと。着替えさせたらあっという間に寝た。

9月17日

午前中はトイ・ミュージアムに行った。アンティークの人形、飛行機の模型、ミッキーマウスなどのコレクションが展示されていて大人のマニアが楽しめるところかも。でも、地下の鉄道コーナーには精巧なジオラマが展示してあってくぎ付けに。しばらくしてスイッチを押すと電車が動くことに気づき、何度も何度もスイッチを押した。そのあと古いレゴのようなブロックや滑り台のあるプレイルームへ。はじめは一人だったがまもなくスウェーデン人の兄弟がやってきた。追いかけたりまねをしたり、と一緒に遊んでいるつもり。滑り台は高くて急傾斜だったがシューと言いながら嬉しそうに滑った。が、調子に乗りすぎて階段で足を踏み外しずるずると落ちかけた。すぐに受け止めてやったが怖くなってしまったようだ。ちなみに日本に帰ってからも滑り台は少し怖いようで登っていかない。気分を変えるためにもう一度電車コーナーへ行ってから中央駅で夫と待ち合わせて昼食。オープンテラスのカフェだったが子供用のいすがなくじっとしていないため、目を離すや否や探し回ることになってしまった(他の客の陰に隠れたりしているので迷惑この上ない!)。その後、夫と別れて中央駅のシャワー室(20KR、バスタオル付き)へ。YHのシャワーはあまりに狭くて2人で使うと体が壁にくっついてしまうほど。また寒くて寒くて湯をかけていればまだよいが着替えのときなどこどもにとっては気の毒だったので、ためしにここへ来てみた。シャワーは可動式、ブースも広くてなかなか快適だった。結局、YHのシャワー室はこの晩から暖房が入ったので寒さの心配はいらなかったのだが。

さっぱりしたあとは、セルゲル広場の階段を上り下り。何度も繰り返してから地下鉄で1区間のガムラスタンまで行き、線路の脇で電車をしばらく見た。ここは地下鉄も地上を走り、国鉄や、バスやトラックの通行量の多い幹線道路も並行しているので息子のお気に入りスポットのひとつであった。

もう、スウェーデンも最後の夜。夕食後は3人でガムラスタンに出かける。観光客もそれなりにいる。古い町並みが街灯に浮かび上がって幻想的。子ども連れの私たちは気弱にも、雰囲気の良さそうなコーヒー専門店ではなく、長年にわたって保存されてきた地区に不似合いなセブンイレブンでコーヒー(息子は牛乳)を飲んでしまった。

寒いところにしばらくいたにもかかわらず、息子は部屋に戻ってもなかなか寝付かない。泣いて泣いて12時を回ったころにやっと静かになった。

9月18日~19日

夜中にも一度起きて泣いたため、息子の寝起きは悪い。が、バスに乗るよ、電車に乗るよ、と声をかければとたんにご機嫌。乗り物好きで本当に助かる。アーランダ空港へ向かうバスの中でもすれ違うトラックやバスを見ていればあきないらしい。私には窓の外に広がる秋の気配漂う、草原と森の生み出すのどかな風景の方が100倍魅力的なのだが。

朝食はアーランダ空港で。食べ終わるとすぐに搭乗。チェックが厳しい。席は窓側だったので窓の外を見たり、絵本や雑誌を見たり、ジュースを飲んだりしているうちにあっという間にスキポール空港へ。降下を続けている間、耳がおかしいのか時々耳を触っていた。水を飲ませたり、口を大きく開けさせるために「あーん」と言わせていたら、それ以上おかしくはならなかったようだ。

アムステルダムから大阪へ向かう便でも窓側だった。夫は空いている席に移ったので幸い息子の席もできた。本当は通路側の席に座っている人にその席に移ってもらえたらベストだったのだが、通路側がよいということだった。

昼過ぎの離陸時には眠っていた。食事が配られるころになると起きた。空いている座席に座らせて食べさせようとしたら嫌がったので、ひざの上で食べさせた。食後は絶好調になり、機内のあちこちを探検。オシッコをするとわざわざトイレの前に行ってごろんと転がったり、階段を登ったり下りたり手すりにぶら下がってゆらゆら揺れたり。

夜になり、大半の乗客が眠っている状態になったので、息子にもおとなしく座席で本を読ませ、あわよくば眠らせようとしたのだが、彼の体内時計は夕方のまま。じっとしているなんてできるわけがない。通路側の人を起こすのも悪くて、とその場であやそうとしたのが間違い。激怒して絶叫してしまった。「ちゃん、ちゃん(=座る)」と言うので隣の席に座らせても収まらない。しかたがないので通路に出ると、とたんにニコニコ顔。機内中をところせましと駆け回るのについて回った。階段でじっと座っているのも気に入っているようだったので「さっき『ちゃん』と言っていたのは階段に座りたい、という意味だったの?」と聞くと「うん」とうなずいた。話していること理解しているのかな?

やがて、その階段にはラテン系の美女もやってきた。彼女に何度も何度も近寄っていく。子どもでもきれいな人には敏感。その他、席を譲ってくれたり抱っこしてくれたりした、本を読んで一晩中起きていた男性や体調を崩すより元気な方がいい、と声をかけてくれたお姉さんに励まされて数時間を過ごした。

朝になって食事を取るために座席へ。彼の体内時計はやっと夜中。食べながら眠ってしまい、到着までそのまま。やっとホッとできた。

9月19日

関西国際空港に到着し、荷物を待っていると、1歳過ぎの男の子をベビーカーに乗せた夫婦を発見。同じ飛行機に乗っていたのだが、息子以外の子どもの声などまったくしなかった。自分が一晩、眠らずに子どもに付き合っただけにショックだった。そういうお子さんもいるのねえ~。

空港で目を覚ましたあとも移動の際にはまた眠ったが、新幹線に乗る段でまた目を覚ましてしまい、グズグズ言う。が「これから新幹線に乗るよ」の一言で、すべての注意は新幹線へ。乗り物好きって本当に助かる。乗り物に助けられた長旅であった。

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