サンクトペテルブルクで4人兄弟の一人として生まれた。兄弟は全員バレエダンサーとなり、そのうち兄フョードル・ロポコフは二度にわたって(1922年-1935年、1951年-1956年)マリインスキー・バレエの主席振付家を務めた。
リディアは帝立バレエ学校で訓練を積んだ。1910年にロシアを離れ、セルゲイ・ディアギレフ主催のバレエ・リュスに加わった。しかし夏の公演旅行後にはアメリカへ発ち、6年滞在した。1916年に再びバレエ・リュスへ戻り、以前のパートナーであったヴァーツラフ・ニジンスキーと組んだ。バレエ団のマネージャーだったランドルフォ・バッロッチと結婚後一時舞台を離れたが、1921年に復帰。『リラの妖精』や『眠れる森の美女』のオーロラ姫を踊った。この頃にストラヴィンスキーやパブロ・ピカソと親交を深め、ピカソは彼女をモデルに何度も絵を描いている。
1946年のケインズの死後、公の舞台から離れひっそりと暮らした。2人の間には、医学的理由から子供ができなかった。

紺野美沙子さん講演会 2024.11.30
なかなか読み応えがありました。 2020.08.16
読書 2020.06.30