折れず曲がらず良く斬れる

折れず曲がらず良く斬れる

2017.10.17
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太閤秀吉の猶子になり備前宰相として豊臣政権の大老となって豊臣政権を支えた宇喜多秀家。

天下分け目の関ヶ原では西軍主力として奮戦するも小早川秀秋の寝返りで敗走、八丈島に配流となりました。

家康が亡くなった後、妻の豪姫の縁で前田家が知行を分知するので大名に復帰してはどうかと云う話が八丈島の秀家の元に届けられたそうですが秀家は自分の主君は秀吉だけで徳川を主君に仰げないときっぱりと断ったそうです。

話の真贋は不明ですが秀家ならありえるエピソードだと思います。








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最終更新日  2017.10.20 22:23:36
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