伊賀へいらっしゃい

伊賀へいらっしゃい

2016年08月07日
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テレビ番組「ぶっちゃけ寺」で東京上野の東照宮が公開されました、黄金の扉の奥に徳川家康
公の右に藤堂高虎、左に天海僧正が奉られていました。

藤堂家は代々、日蓮宗でしたが、(1616)1月、家康は鷹狩に出た先で倒れた。
その年の2月、藤堂高虎と天海僧正は病の家康を見舞うため駿府城を訪れました。
徳川家康が病気見舞いに来た高虎に
「死後も話したいが宗派が違うので無理であろうな」
と言ったのですぐに天台宗の僧である天海僧正に頼み改宗したという逸話が残っています。

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上野東照宮内、金色社殿


「我れ死後は遺骸を久能山に納め、葬儀は江戸増上寺で営み、位牌は三河大樹寺に立て起き、
一周忌を過ぎてから下野日光に小さき堂を建て勧請し、関八州の鎮守にせよ」と遺言した。

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徳川家康のひだりに藤堂高虎、右に天海僧正


そして徳川家康が臨終の際、「われ来世において、権現となろう。天海と藤堂高虎は長くわれ
の左右にあって徳川家の守護となれ」と語り、東照宮の奥社の塔の中、東照大権現の左は、
高虎像と天海像が安置されたといわれていましたがこの逸話は出来すぎていて天海僧正が後に
作り上げた話かもしれませんが
実際に東照宮に並んで奉られていたら信じるしかありません。。





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Last updated  2016年08月07日 22時50分16秒
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