伊賀へいらっしゃい

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2019年07月08日
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 「忠盛塚」ともいわれ平清盛の父平忠盛の産湯池が残り、産まれた時にくるむ胞衣塚もあり伝説地としていますがどうやら忠盛が産まれた地としては、確実のようです。





桓武天皇(在位781~806)(737~806)の曾孫の高望王(たかもちおう)(生没年未詳)を始祖とする平氏は、桓武天皇が建設した平安京にちなんで「平(和訓:多比良)」と名づけたとしています。

平氏はもともと関東地方を根拠地としていましたが承平5年(935年)に発生した「平将門(たいらのまさかど)の乱ののちに、将門を討った平貞盛(たいらのさだもり)(清盛の6代前)らが伊勢国に移り住み、その子である維衡(これひら)が寛弘三年(1006)伊勢守に任じらて、貞盛→維衡→正度(まさのり)と伊勢国に定着。これが「伊勢平氏」の起こりです。
その正度(まさのり)の子が平清盛の祖父正盛です。





平忠盛産湯池が奥に残ります。

清盛の祖父正盛は正度の五男で伊勢平氏の中でも傍系でしたが正盛は六波羅流・六波羅家となり京に役職を得てその系統は特に「平家」と呼ばれます

清盛の父忠盛(1096~1153)は検非違使 検非違使や伯耆、越前、備前、播磨の国守、追捕使(ついぶし)などでの活躍が認められ、武家出身者として初めて院の昇殿を許されることとなります。(伊賀阿拝郡鞆田(ともだ)村の所領荘園を白河上皇に差し出したことによるとの説も)


その子、平清盛(1118~1181)のことは書くまでもないでしょうか。









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Last updated  2019年07月21日 12時35分44秒
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