伊賀へいらっしゃい

伊賀へいらっしゃい

2019年07月09日
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 12代景行天皇の第七皇女五百野姫(斎王)は峠近くの五百野の地で都に帰る途中、若き生涯を閉じました。その墳墓地です。
五百野姫は斎王としては三代目にあたりますが年代ははっきりしません。
 年代のはっきりしている十代斎王の大来皇女は673-686年です。景行天皇の二代後の雄略天皇は五世紀後半とされていますので五世紀中頃の人達でしょうか。
 そうすると都は飛鳥になりこの行路は少し北過ぎると思うのですが、帰郷路は伊賀を通り往路は現在の青山峠を越え初瀬街道を通ったのでしょう。
 五百野の地名は五百野(いおの)姫からきています。

 伊賀の中柘植の「斎宮芝」は平安遷都794年から現在の国道 1 号線・鈴鹿峠開通(886年)までの    
92 年間、斎王群行の仮宮が営まれていたところ。その間、9 名の斎王が休息したといわれます。







 犬塚(義犬塚)

 狩りに出た時、いつもなら吠えないよく慣れた犬が吠えやまないので首を切るとその首が飛び木の上の大蛇に噛み付いて飼い主をを守ったという義犬伝説に基づく塚。
 この塚から登る旧街道があります。この旧街道を途切れ途切れにですが行ってみました。






 これは行列も通った旧街道
 犬塚から車で現在の伊賀街道を行き旧街道を歩きました。 峠近くの旧街道はこれで広い道です。






 旧街道を登るとほとんど道と言えるものではありませんでした。
 芭蕉も通ったであろう旧街道。茶屋が在ったといわれる場所です。












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Last updated  2019年07月21日 12時33分30秒
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