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寿司屋について語ろう。 学生のころにバイトしていた寿司屋は、「栄寿司」という店で、おそらく今も太秦にある。 高い店だった。 マグロお造り2万円とかする店なのである。 握りは、一貫800円。 それでもって、お通しは1600円。 座っただけで、1600円である。 高い。 値段をきくと、貧乏性が身についてしまって離れないおれは、「ぼったくりじゃねーのかそれ」と思ってしまうが、しかし値段に見合うものを出していたらしい。商社やら銀行やらのえらいさんとか、ちょっといきったような人が来ていた。 太秦という場所柄、映画関係者なども訪れているようで、知っているところでは松方弘樹が、「みなさんにレミーさしあげて」などと店内の全員にレミーをおごったりしていた。近藤真彦やら見栄晴やら、おれが見た芸能人はどれも微妙なラインでちょっとアレだが、まぁいろいろ来ていた。「料理の鉄人」から出演依頼が来るほどの人だったらしい。 大将とおかみさん、バイトのおれという三人でやっていたのだが、おれはひたすら大根おろしたりアナゴ焼いたりしていたので、くわしいところは知らないのである。 出前に行くときに、「この寿司は崩れんように気ぃつけてな」とやけに厳重に注意するなと思ったら、持っていった先を見たら異様に立派な門構えの邸宅で、「組長かよ」 と思ったことも、一度や二度ではない。 そして、ピンポーンとするとやっぱりヤクザの組長だったわけだが、それはそれでチップはずんでもらえるのでよかったのである。 バイトのあとに、晩飯なぞ食べて帰るのだが、鱧やら鯛やらでてきて、「おれのバイト代よりこの飯のほうが値段高いんじゃねーのか」と思い、やや複雑な気持ちになったりもした。 その店で教わったことで、今も覚えていることは、水割りの飲み方である。「益田クン、水割りのちゃんとした飲み方教えたるわ」 といわれて、21才くらいでいっぱしののんだくれの気分のおれは、「どんなやろ」と興味津々なのである。「こうやってな、ウイスキーをグラスに注ぐやろ」 と大将がウイスキーを注いでくれる。 グラスに氷をいれて、つとととととっとグラス全体の20%ほどに琥珀色の液体を注ぎ込む。 氷にからんでウイスキーがゆらゆら揺れて、じつにいい感じ。「で、水をいれんねん」 と、水を足してくれる。「いただきます」 と、かきまぜてウイスキーを飲もうとすると、「ちょい待ち」 とストップかけられる。 なんだなんだと思ってきくと、待つのだという。 グラスの下のほうに沈むウイスキーと上から注ぎ足した水が、時間の経過とともに、じわじわとまざってゆき、 やがてウイスキーが水面めざして昇ってゆき、 それを見守り、まだかいなまだかいなと待ちながら、 ウイスキーの琥珀と水の透明がやがて均等に混じってゆく。 だんだんと混ざってゆき、まだらのマーブル模様がゆっくりと溶け合って、全体がセピアに混じってゆく、 その、混じった瞬間に飲む。 それが、正しいウイスキーの水割りの飲み方だというのだ。 いいから早くのませんかい、と思いつつ、おれは待った。 じりじり待つうちに、下のほうにたまったウイスキーが吸い寄せられるように水に溶け込んでいって、透明だった水がウイスキーの澄んだ茶色を取り込んで、古い写真のようなセピア色の液体が出来上がる。 そのとき大将が、「よっしゃ、今や」 おれはかっくらったのですよ。 これは、うまかった。 のどにウイスキーがしみわたり、あたまのてっぺんからつま先までうまかった。 上質のミネラルウオーターをのむような澄んだ味で、のどにからむものはなにもない。 ずっと入ってきて、しかし酔いの実感は確実に気持ちを心地よくほぐしてくれるような、絶妙な味だった。「うまいっすね、これ」 感動してそういうと、大将は、「このウイスキー、一本30万やで」 なんつーか、参った。
2005/11/30
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いつの頃からか東京読売巨人軍が大嫌いである。 日本ハムファイターズのファンとしては、「日ハムはドームから出て行け」といい続け、ついに北海道に追いやった渡辺オーナーの尊大な態度や、去年の中村紀洋を獲得しようとしたときの渡辺オーナーの野卑な言動、原前監督の解任のときの三山球団社長のあまりに人をバカにした傲慢さなど、ジャイアンツのおごりを見ると頭にくる。 今年の上原の代理人騒動でも、渡辺オーナーは、「巨人にはくだらん代理人を連れてくるやつはいないだろう。連れてきたら、おれが球団代表に給料をカットしろ、と言う」「それで、五千万、六千万円増えると思ったら、大間違いだ。二千万、三千万円下がるだけだ。嫌なら、自由契約だ。うちに入りたいやつはいくらでもいる」 とルール上認められている代理人制度を否定し、結果的にインチキのような言い訳で切り抜けてみせました。 三山球団社長は、江川卓の巨人入団に際しての「空白の一日」という野球のルールのスキ間をついたアンフェアな策略で渡辺オーナーに気に入られたという人物ですので、やはりどこまでいっても姑息なようです。 ほかにも嫌いな理由をあげればいくらでもあるのだが、要するにカネで選手集めて勝ったらそれでいいのかとか、選手の集め方にポリシーがないだろうとか、スポーツ新聞を読めば書いてあるような理由からである。 今日は、ジャイアンツの歴史の中でもっとも忌まわしき事件として、タブー視されている「湯口事件」について。 岐阜短大付属高校の湯口敏彦投手は、甲子園で活躍をして1970年のドラフトで巨人に1位指名される。 おとなしい性格で周囲からはプロでやっていけるのかと心配されていたが、やはり『あの巨人からドラフト1位で指名された』という興奮にはあらがえずに、入団した。 背番号は、19。 湯口に対する期待の大きさがわかる。 ストレートの伸びには光るものがあったが、コントロールに難があり、二軍で練習の日が続く。その後も練習過多と肘の故障でなかなか一軍にあがることができず、やがて練習のほかに深夜まで精神修養のため座禅を組まされるなど、気を抜くことのできない毎日が続く。 そして、入団してから二年が過ぎたシーズンオフ、湯口に異変が起きた。 テレビの画面に海の場面が出てくると、その波に異常におびえたり、外の物音に過剰に反応したりしたという。そして夜は一睡もせず朝まで宿舎内をうろついていたという。 うつ病と診断され、入院したが、ジャイアンツは表向きには風邪をこじらせたとし真実を隠していた。 オフが終わり、キャンプが始まると、湯口の姿が消えたことをマスコミが不審がるようになった。報道陣に対して、一度は偽装的に退院させて、宮崎キャンプに合流させ「なんてことない風邪ですよ」とごまかしたが、一目見てわかるほどに湯口の精神状態は不安定で、奇行などによりわずか1日で強制的に病院に帰された。 湯口はキャンプ地の宮崎から東京に降り立つと、羽田空港で突然奇声を上げて暴れだし、空港警備隊に取り押さえられ、そのまま再入院。 ジャイアンツが報道陣に対して箝口令を敷く中、わずかその1カ月後に精神病院で急死した。 くわしくは、プロ野球考古学のサイトを見てください。 湯口投手の葬儀には読売関係者は数人しか参列していない。 大半の関係者は、弔電という簡単な方法で自分の責務を逃れた。 川上監督も中尾二軍監督も葬儀には参列していないが、川上のコメントが残っている。 人格者、野球の神様などと呼ばれている人物の発言だが、この発言を見る限りとてもとても、そのような人物ではないと思う。「巨人こそ大被害を被った。大金を投じ年月をかけて愛情を注いだ選手。マイナス面になるかもしれません。せめてもの救いは、女を乗せての交通事故でなかった事だ」 などといっています。(皮肉なことに後年、湯口と同じ背番号19の上原浩次が「女を乗せての交通事故」を起こしてます。[業務上過失傷害罪で有罪]) ジャイアンツという球団が持つおごりの体質が、ぼくには耐えられないものに感じられてならない。 ぼくがジャイアンツのファンになることは、一生ないです。【追記】 藤見雅希「悪魔の野球」(ぶんか社)という本にも、 いかにジャイアンツがずるくて、がめつくて、えらそうで、高圧的で、わがままで、偽善的で、と読売巨人軍に対してのことが書いてある。 たとえば、デイゲームが巨人は年間に3試合しかないのに、広島23試合、横浜24試合もある。 地方での試合が巨人は年間に8試合、横浜23試合、広島30試合。 これではほかのチームがナイターとデイゲームのちがいや、地方に遠征する疲れで調子を狂わす一方、巨人はずっと空調のきいた東京ドームで、しかも決まった時間に試合をして、地方遠征といっても福岡ドームや夏場の涼しい札幌などラクな遠征であるのに対して、広島は盛岡から秋田、富山、福井、倉敷、松山、長野、相模原、佐賀、長崎と、あちこちを移動しまくっている。 その移動距離をグラフや表にしてのせてあるのだが、それを見れば一目瞭然ジャイアンツがラクをして、自分たちの都合で球界を仕切って、ふんぞりかえっているかわかる。 ジャイアンツが本当に球界の盟主であると自分自身を思っているのなら、ジャイアンツが地方のファンに野球を伝える役目を果たすべきではないか。 しかし、巨人は儲けにつながらない地方遠征はしないのである。 テレビ放送権料と、読売新聞の拡販につながることでなければ、彼らはなにもしない。 といった日程的なことから、ジャイアンツの過去のモラルに欠けた歴史を振り返ったり、ナベツネの言動を見てみたり、巨人のあくどさについて書かれています。 ぼくは前々から、巨人好きだという人が不思議でならないというか、なんであんな独善的な集団が横行しているのかと鼻息荒くしているのですが、またその思いを強くしたのでした。 ジャイアンツのファンだという人は、物事を知らないか、事実を知らないか、道理を知らないか、あるいは何もしらないか。 いずれにしても野球を知らないことは確かだろうと思う。
2005/11/30
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今日は小学生に国語と社会を教えて、 中三の英語と数学。 連立方程式の問題で、 博物館に大人4人と子供7人で行くと1360円、 大人2人と子供2人で行ったら560円でした。 大人1名、子供1名の入館料はいくらでしょう?(数字は覚えてないから適当) そんな問題で、何を計算まちがいしたのか中三のS藤が「大人102260円、子供8590円」 と答えを出して得意顔。「この金額はなんだよおい、こんな博物館あるわけないだろ」 というと、数学の問題だから、こういう数字になることもあるでしょう、などといいやがるので、なんだとコラとよく見ると、「大人-102260円、子供-8590円」 だった。 マイナスってなんじゃそりゃ。 もらえるのか。 だったら、毎日行くぞ。● 田辺聖子「ジョゼと虎と魚たち」 さまざまな男女関係をかいて秀でている田辺聖子の、これもまた良い小説でした。 表題作の「ジョゼと虎と魚たち」は、今度池脇千鶴と妻夫木聡で映画化されてるそうだが、かなしくていいお話。映画にしたくなる作品ですね。 ほかのもよかったよ。● 重松清「リビング」 この人は、うまいなぁ。 見た目むさくるしいおっさんなのに、こまやかでやさしくて、 これだけ、なんというか、走らずに、たんたんと歩いて、小説を進める人は他になかなかいませんね。 あくまでも、踏みしめながら、何度も何度も瞬きを繰り返しながらシーンを刻むように。 30代の人が読んだら面白い小説だと思います。
2005/11/30
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サイトのタイトルを、前に使っていたものに戻しました。 WRITEBROSとはつまり、ライト兄弟のことです。 ライト兄弟の正確なスペルは「WRIGHT」になりますが、 ぼくは文章を書くという思いから「WRITE」 文章を書くのだという思いと、世界で初めての動力飛行に成功したライト兄弟にあやかって、「WRITEBROS」 といって、ネタばらしをしてしまうと、 これはアメリカの文房具メーカー・ペーパーメイト社のロングセラーなボールペンの名前からとったのです。 浪人をしていた頃にずっとこのボールペンでノートを取っていて、 そのなめらかな書き心地とちょっと出過ぎのインクにひかれて、愛用していました。 タイトルにつけた五七五は、「飛びたいと 思う前から 空はある」 たしか寺山修司の本を読んでいて出てきた言葉です。 サイト名はかわりましたが、以後も変わらぬご愛顧を。
2005/11/30
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なんつーか、あれだ。 自慢じゃないが、モテモテライフを満喫するような人生とは無縁に今まで過ごしてきた。 塾の生徒から、「おれモテないんだよ」とかくだらない相談をうけても、親切にこたえをかえすおれだ。「がんばれ」とか、「今は待っとけ」とか、「ひとそれぞれだ」とか、 頼りにならないことこの上ないのが、おれだ。 おれの学生時代には、「ストーカー」という言葉はなかったので、そのような言葉を言われることはなかったのだが、今であったら間違いなくストーカー扱いされるような恋愛をしてきた。 中学生のころは、通学路で待ち伏せするくらいの素晴らしきストーカーだったわけだが、まぁいい思い出。 高校に入ってから、すごくどうしようもなく、好きだという人ができた。 寝てもさめても、朝も夜も、好きだった。 この気持ちを、どうしてくれようかと、彼女が乗る電車を待ち伏せして、「いやぁ、バッタリあったね」作戦だとか、せこい作戦を展開していたのだが、そのうち気持ちを伝えたくなって、手紙を書いた。 ラブレター。 人生初の、ラブレター。 内容は覚えていないが、曖昧に覚えているところでは、「君はほかのだれともちがって、ぼくを照らしてくれる」とか「教室のほかのひとは白黒で、君のことだけがカラーでぼくの目に映る」とか「君をおもうぼくの気持ちは、かわらないだろう」とか「君と話している瞬間は、ぼくのなかで光り輝いている」とか そんな、バカみたいなことを書いたのです。 17歳だから、ゆるして。 その結果、どうなったかだけ書こう。 悲しい話だ。 ぼくが、ドキドキして翌日学校に行くと、 その日はなんもなかった。 その翌日、「あぁ、やっぱり何もないのかなぁ」とうちひしがれていると、 出来事、ありました。 クラスの女子が、クスクスと何かを読んでいる。 見ると、ぼくが苦心の末に選んだレターセット。 彼女らがクスクス笑いながら読んでいるのは「君と話している瞬間は、ぼくのなかで光り輝いている」 とかのぼくの文章。 ぼくのラブレター、回し読みされてました。 そりゃ、笑うわ。 って、ちがうだろおい。 ( 」´0`)」オォーイ! あれは、泣いたね。 岡真史という、12歳で自殺をしてしまった人がいるのだが、その人がいくつかの詩を残している。「道でバッタリ」という詩は、こうだ。みちでバッタリ 出会ったヨなにげなく 出会ったヨそして両方とも 知らんかおでとおりすぎたヨでもぼくにとってこれは世の中がひっくりかえる ことだヨあれからなんべんもこの道を歩いたヨでももう一ども会わなかったヨ こんな日記に引用して申し訳ないのだが、 いい詩です。
2005/11/29
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デートについて デートについて語ろう。 それは、秋頃のこと。「ねぇねぇ、相談なんだけどさ」 と中二のO野くんが言うのだ。「こんど、デートをするんだよ」 と、ニヤケながらそう言うではないか。 O野くんは、モテモテタイプではなく、中二になっていまだにポケモンに熱中してたりするナイスガイだ。 あまり女性に縁があるタイプとも思われない。 おれが塾で生徒を教えているなかで、一番気の合うヤツだったんだが、それはつまり、どこかおかしいということでしかないのだった。 そのO野が、デートだと。 まぁなんだ。 O野というのが実はぜんぜん仮名になっていないという事実はこの際おいといて、デートである。「で、ますますにデートの極意をきこうと、ね」 おれにデートコースを設定してもらおうというのが、すでに大間違いなのだが、それでも彼らよりは多少の経験はある。話をきこうじゃないの、とひたいをつき合わせて相談をうけたのである。「で、どんなかんじのデートコースを考えているんだ?」 と質問すると、「サンクスいって、買い物して、チャリンコでぶらぶらして…」 などと抜かしやがる。 それは、デートではないだろう。 ふつうの下校時の、なんもすることないときの行動パターンでしかない。そんなデートは、認めん。「もっとほかに、オシャレでぐっとくるアイデアないんかい?」 ときくと、「うーん」 と考え込む。「ジャスコに行こうかなぁ」 オシャレでぐっとくるジャスコってのも、なかなかないだろうと思ったのだが、話をきいてるとなんだかほほえましくなってしまって、『ジャスコかよ』と思いつつも、「いや、いいんじゃないの」 と無責任なことをいっていた。 だってなぁ、デートでジャスコて、そんな牧歌的な時代、いつの話だってもんじゃないですか。おれなんぞがアドバイスするのもおこがましい。それはそれで、いいんじゃないかと思ったのだよ。 映画にいけとか、カラオケでバラード歌えとかそんなアドバイスしてる場合じゃないでしょう。 O野は言う。 ジャスコがだめなら、ダイエーだと言う。 その心意気こそが、ブラボーだ。
2005/11/29
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野田知佑「新・放浪記」 野田知佑というカヌーのおっさんがいて、いろいろな本を出している。ハムのCMで焚き火のそばでハムをかじるC・W・ニコルとか倉本總とか、おおざっぱに言えばそこらへんなのだが、この人に強く思うのは、孤立した強さであり、あきらめたものの強さだ。 特技は「魚の手つかみと無銭旅行」であるというそのことが、たとえば子供のころに思い描いたシンプルな憧れを思い出させてくれ、今の自分がどこまで歩いてきたのかと、改めて考えてしまう。 新潮文庫の「日本の川を訪ねる」という本がすばらしいのだが、今回はこちらではない。「新・放浪記」という本があり、これは実に力強い本である。 大学のころにこの本を読み、はげしく影響を受けたぼくが大学を途中で辞めるきっかけになってしまったくらいに、どこか人の心の奥底をつきうごかす力を持っている本である。 大学のボート部に所属していた野田知佑が、やがて日本を旅し、外国を旅するようすを書いているのだが、それは旅というよりは「とまどい」であり、「さすらい」である。まさに、それは放浪であった。 印象に残っているシーンがある。 野田知佑がノルウェーの海岸に沿って旅をしていたとき。 夜中にふと目覚め、さまざまな暗い考え、悲観的な想いに押しつぶされそうで、腕立て伏せやスクワットなど、自分の体を痛めつけでもしないといられないような日々。 自分に誇れるものがないから、自信があふれてきたと思った次の瞬間には、何の根拠もなく自信喪失となる。明暗はいそがしく暗転し、旅をつづけるというより、出発をつづけるために旅をしていた頃のこと。 いつも、ここではないどこか、を探して、歩いていた頃に、中年の男が運転する車にヒッチハイクした。「何の本を読んでいたのかね?」 ときかれ、そのとき読んでいたニコス・カザンザキスの「ゾルバ・ザ・グリーク」という本を示すと、それを朗読してくれという。 何ページか読んでいると、しばらくして男はぽつりと言った。「So,you are wrestling with your philosophy.」(で、君は生き方を模索しているわけだ) 何をやってもいいのだ、人はどんな生き方をしてもいいのだ、と野田知佑はこのとき思ったという。「So,you are wrestling with your philosophy.」 そのまんまに訳せば、「で、君は哲学と格闘しているんだね」となるこの言葉が、それ以来ぼくの中で何度も響いてきた。 どのように生きるにしろ、自分の生き方と格闘するような生き方をしなければ、何かをしたという実感は得られないだろう。 人はどのようにでも生きることはできて、そして何かを残すことはむずかしい。 ただ、自分がぽつんと立ち尽くしてしまうようなときに、 ぼくはたまに、この言葉を思い出す。
2005/11/28
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「国語は答えがいくつでもある科目だから」なんていう言い方をよく耳にするが、そんなことはありません。数学などと同じように、答えはひとつだけしかないのです。しかもその答えを決定するプロセスも、数学と同じようにデジタルで明確なものです。「なんとなく本文読んで」とか「てきとうにひらめいて」とか曖昧なものではありません。「国語の答えはいくらでもあるから、なんでこれが答えって言われても困るけど。だってなんとなくそうだろ」もしこんなことを言ってお茶を濁している先生がいたら、その先生は国語についてもっと勉強する必要があるでしょう。物語でも評論でも、文章には型があります。「このテーマだったらこう書く」というのには暗黙の了解のようなものがあって、バリエーションはあまりないです。たとえば、戦争について書くとしたら、これはもう「戦争はいけない、二度と繰り返してはならない」と書くしかない。ほかのテーマでも、文章表現には「お約束」があって、お約束パターンに沿った方向に書かれることがほとんどです。だから、国語の問題の答えはそのお約束パターンの方向に合ったものが答えになる、ということです。「戦争もときとして役に立つ」という選択肢は、答えにはなり得ないのです。他にも例を出してみると、「日本とアメリカの比較」というテーマであれば「アメリカを尊重しながら日本について学ぶことが大事」とかそんな結論になります。入試の問題と言えども学校教育の一環ですから、「日本が一番すごい」「アメリカ最高」といった極端な意見は結論にはならない。「どっちも大事、みんな平和」と八方美人な意見にならざるを得ないわけです。物語にも評論にも、型があるのです。国語の問題を解くのに、こういったパターンの存在を知っていれば、方向を間違わずに正解に到達できます。記述問題についても同様で、パターンが示す方向で書く以外に正答法はありません。もちろん書き方は人によっていくつかありますが、書くべき内容は決まっている。この意味で記述は数学の証明問題と同じだと言えます。「そんなこといっても、小説の受け取り方なんて人それぞれいくらでもあるじゃないか」と思う方もいるかも知れません。しかし、そんなことはないのです。物語というのは基本的に成長する方向で作られます。少年なら青年へ、田舎から都会へ、ひとりからふたりへ、過去から未来へ、何かが成長する過程を書くのが物語です。(もちろん例外はある、しかし退行する物語は受験ではまず出ない)物語の読み方は、何通りでもあるでしょう。しかし受験において正解とされる読み方は、やはりひとつしかないのです。そこには明確にパターンが存在します。そのパターンを知ることは、国語の問題を解くルールを知ることでもあるのです。ルールを知らずに、思いつきでなんとなく解くよりは、ルールにのっとって問題を読み、解くほうがはるかにラクで、正答率もあがります。「国語の答えはいくらでもあるから勉強のしようがない」そんなふうに思っていた人に、ぼくはこう言いたい。「国語の答えはひとつしかない。文章の型を知ることが国語の勉強だよ」続きはまた
2005/11/28
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麗澤中学などの問題で、文章の要約をするものがあります。 3ページにもわたる長い文章の内容をまとめて、「200字に要約しなさい」というもの。 この要約問題についてのコツを、まとめてみたいと思います。「本を読んで感想を書く」「本を読んで内容をまとめる」というのは、難しいものです。読んでいるときは、「なんとなくこんなことだな」とわかっていても、それを改めてまとめろと言われたら、意外にできないものです。だからできなくても落ち込まないで、コツをマスターすればいいのです。本や文章の要約については、いっぺんに全部を要約しようとしても難しいので、まずは文章を段落や章など、細かいまとまりごとに理解するようにします。 少しずつ読みながら、「ああここはネズミの走る速さについて書いてあったな」とか、「この段落では、日本は戦争をしたらいけないと言っているな」というように、自分なりにその内容を大ざっぱに把握できたら、なるべく短い言葉で文章にまとめます。「ネズミは速い」とか「戦争反対」とか、短ければ短いほどいいです。 あとはその短い言葉を文にして、つなげながら、全体の要約をまとめればいいのです。手順を書くと、1.ざっと読み、文章のテーマを読み取る。(文章のテーマがわからなくても2にスキップ)2.物語の中でとくに大事な言葉に線を引く。(状況を説明するための実例などは省略する)3.長い言葉は、短い言葉におきかえる。4.大事だと思った言葉の、文字数を数える。5.ひとつの文にまとめられるものがあったら、ひとつにまとめてしまう。6.文まとめたら、その文字数を足して200に近い数字になるように選ぶ。(書いているうちに伸びたりするので、この段階では180字くらいでちょうどいいです)7.更に余分な文があったら取り除く。(内容が重なっている文、ほかと比べて重要度の低い文はカット)たとえば、麗澤の平成17年(第1回)の問題でいうと、第1段落を読んで、チェックするべき言葉は「一生懸命働く男の子」「貧しい農家」「夕暮れに自由にできる時間」「丘の上には窓が金とダイアモンドの家」「しばらくするとありきたりの家にしか見えなくなる」 これだけです。 「朝から晩まで」とか「畑で、そして家畜小屋で」とかの部分は、詳しい説明を加えている部分なのでいりません。お父さんのセリフも省略。 これをふまえて、第1段落を要約すると、「一生懸命働く男の子がいた。彼の家は貧しい農家だ。夕暮れになると彼には自由にできる時間がある。彼はいつも丘の上の窓が金とダイアモンドの家を眺める。しかしその家はしばらくするとありきたりの家にしか見えなくなってしまう。」 これで、107字。さらにちぢめます。「一生懸命働く貧しい農家の男の子がいた。彼は夕暮れの自由時間に丘の上の窓が金とダイアモンドの家を眺める。しかししばらくすると普通の家にしか見えなくなってしまう。」 80字。こんなところでしょう。 くわしくは、また授業で話します。 ●塾生だけへのワンポイント 要約において、主語は○○○で○○すること! ○○の中身が聞きたかったら、益田までおたずねください。 塾生以外の方も、メールくれたら教えます。
2005/11/26
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予習シリーズ6年下第十回は「物語・小説のまとめ」です。 テキストは宮本輝「泥の河」 名作です。 ここで出てくるのは二人の男の子。 小説を読むときに注意するのは、登場人物の感情に関する表現。「感情表現」をチェックすることが、小説読解の第一歩です。 読んでいて、登場人物の感情をあらわしている言葉があったら、とりあえず線をひいておく。 とくに抑えるところは、「会話とその前後」「登場人物の仕草」「景色・色に関する情景描写」など。 感情に関する表現があったら、←(・_・┐)))チェック(((┌・_・)→ あとは、場面わけ。 場面わけの問題があるので、時間や場所の変化にも注意しながら、本文を読んでいきます。 読む前に、読みながら、登場人物の背景を想像することも大事。 読んでいると、なんとなく昔の話だなぁ、くらいはわかる。 信雄のほうが喜一よりも年上かな、くらいもわかる。 それだけわかったら充分です。(この小説の実際の設定は昭和30年代、信雄と喜一は同い年の9歳です)◎ まず、はじめの場面。 信雄と喜一が祭りにやってきた場面。 ふたりとも、祭りの雰囲気に興奮してうかれてます。1行目 「初めてや」 → 初めてお金持つ喜一2行目 「そのたびに掌を開いて」 → 不安、確認、ワクワク5行目 「僕のんと合わしたら、何でも買えるで」 → 二人で祭り、二人のお金、嬉しい7行目 「信雄も喜一も、火薬を詰めて飛ばすロケットのおもちゃが欲しかった」 → ロケット欲しい14行目 「祭り気分にうかれていった」 → うかれてる と、感情表現にチェックいれながら本文を読んでゆく。 ふたりが祭りのにぎやかな雰囲気にうかれていることがわかればいい。 小説の線引きのコツについてはhttp://d.hatena.ne.jp/masu2/20050624 あたりを参考にしてください。 それから、水飴屋の前で喜一が水飴を買おうというのですが、信雄はロケットを買ってからにしようと言います。 しかし焼きイカ屋の前でも喜一は同じことを言う。 このあたり、かなり大事。>> 飲み物や食べ物を売る店の前に来ると、喜一は必ず信雄の肘を引っぱって誘うのだった。「きっちゃん、ロケット欲しいことないんか?」喜一の手を振りほどくと信雄は怒ったように言った。「ロケットも欲しいけど、僕、いろんなもの食べてみたいわ」 口をとがらせて、喜一は脛の虫さされのあとを強く掻きむしった。> すねたふりをして一歩も動こうとしない喜一を尻目に、信雄はひとり境内に向かって歩き出した。歩き始めると、人波に押されて立ち停まることもできなくなってしまった。喜一の顔が遠ざかり見えなくなった。> 人混みを避けて路地の奥に駈け入ると、喜一は服をたくしあげた。おもちゃのロケットがズボンと体の間に挟み込まれていた。「それ、どないしたん?」「おっさんがロケット拾いに行きよった時、盗ったんや。これ、のぶちゃんにやるわ」 信雄は驚いて喜一の傍から離れた。「盗ったん?」 得意そうに頷いている喜一に向かって、信雄は思わず叫んだ。「そんなんいらん。そんなことするのん、泥棒や」 信雄の顔を、喜一は不思議そうに覗き込んだ。「いらんのん?」「いらん」 口汚く怒鳴っていた香具師から、まんまとロケットを盗んできたことは、信雄にも少し痛快なことであった。だが、彼は心とはまったく裏腹な言葉で喜一をなじっていた。喜一の手からロケットを奪い、足下に投げつけた。そして小走りで人混みの中にわけいっていた。喜一はロケットを拾い、追いすがってきて、また言った。「ほんまにいらんのん?」 自分でもはっとする程はげしい言葉が、信雄の口をついてでた。「泥棒、泥棒、泥棒」 人波をかきわけかきわけ、信雄はむきになって歩いた。喜一の悲痛な声が後ろで聞こえた。「ごめんな、ごめんな。もう盗んだりせえへん。のぶちゃん、僕もうこれから絶対物盗ったりせえへん。そやから、そんなこと言わんとってな。もうそんなこと言わんとってな」 振り払っても振り払っても、喜一は泣きながら信雄にまとわりついて離れなかった。二人は縺れ合いながら、少しずつ祭りの賑わいから離れていった。
2005/11/25
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予習シリーズの小6下、第九回、明日のためのシミュレーション実況中継 とりたてて目新しいことも書いてないと思うのだが、どうなのでしょうか? 他の人の授業を見る機会があまりないから、( ′∇ソ ヨーワカラン ぼくのやり方は、小手先のテクニックを教えるもので、まぁせこいやり方。 文章読解というよりも、構文把握です。 内容理解よりも、本文の構造と設問の構文から答えを出すようなやり方です。 なぜなら、入試の国語の問題はだいたいが二項対立の構造になっているし、問題文の形もパターンが決まっているので、それで答えが出てしまうことが多いから。 まぁ前置きはそのくらいにして。 第九回は説明文・論説文のまとめ。 とりあえずこのホームページ上では記述についてを中心に語ります。 選択問題はとばすので、 (・o・)ヨ(・д・)ロ(・ェ・)シ(・ε・)ク この文章は、「自然の恵みで営まれる農業」と「お金を稼ぐための農業」というふたつのことがらを対比させて書かれている文章なので、読む前にひとつ指示。「本文読む前に、いいか~? 赤ペンと青ペンあるか? ペンを2本手に持って、ページのはじっこに『自然の恵みで営まれる農業』って書いて、色で囲め。おれは青で囲むぞ。書いたらもういっこ『お金を稼ぐための農業』って書いて、今度は赤でそれを囲め。別々の色で、文字を囲んだか? 赤青なかったら別の色でもいいけど、おれは赤とか青とかいうからついてこいよー。 そしたら、本文を読んでいくけど、読みながら『自然の農業に関すること』『お金もうけの農業に関すること』があったら、さっきの色でその言葉を囲んでいけよ。色わけしていくんだ。わかったかー!」 と指示して、2色に色わけしながら本文を読む。 ここでは、「自然の恵みで営まれる農業」を青で色わけして、 「お金を稼ぐための農業」を赤わけしたことにして、 話を進めます。 理想的なことを言えば、先にぼくが読んで、そのあとを続いて生徒が読むのがいいんだけど、それは時間の都合で無理。 そんなことで時間とるのはもったいないので、基本的には本文はいつも自分で読んでしまいます。 で、問題。 選択問題はとばして、問3から >>問3 「お金に振り回されて生活する」とありますが、農業経営の場合には、具体的にどのようにするのですか。次の( )に入る言葉を二十字以内で抜き出して答えなさい。( )ということを第一に考えて経営する。>問5 -線4 「農業技術と農業経営の内容が変えられた」とありますが、農業は本来どのようなものでしたか。その特色をよく表している言葉を二つ、それぞれ十二字で探し、抜き出して答えなさい。>問6 「もうひとつ」とありますが、どういうことに対して「もうひとつ」付け加えているのですか。「~ようになること」に続くように七字の言葉を抜き出して答えなさい。>問七 なぜ一面に同じものばかりを植えるようになるのですか。次の文の( )に入る言葉をそれぞれ指定された字数で抜き出して答えなさい。 市場へ( 1 十二字 )を出荷すれば、( 2 五字 )もらえるので、( 3 四字 )で売れるから。>問九 「農業をやる人がどんどん少なくなっていく」のはなぜですか。後の文の( 1 )( 2 )にあてはまる言葉を、次の条件にしたがって答えなさい。1 二十字以内の部分を探し、はじめと終わりの五字を抜き出して答えなさい。2 文章中の言葉を使って、四十五字以内でまとめなさい。 ( 1 )ことを好ましいと思っている現在の世の中で、農業が生き残るには、お金になる農業を目指さざるを得ないが、お金のための農業は( 2 )ので、仕事としての魅力がうすれ、農業をやる人がどんどん少なくなっていく。
2005/11/23
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国語のテストで、よく生徒がぼやくのは、「記述問題、何書いていいかわかんなーい」 で、実際に答案を見てみると、ほんとうに見当はずれなことを書く生徒がいる。 でも、それはこちらのほうにも問題があるのです。 問題集の答えを見ても、記述の書き方はわからない。 正直なところをいうと、塾の先生の中にも、ピントのはずれた教え方をしている先生がいる。 算数だったら、解答を見たらやり方が示してあるのに、 国語は答えを見ても、答えはわかるけど、やり方がわからない。 だから、塾の先生は答えの書き方、記述を書くやり方を教えるべきなのに、 答えを教えて、それで終わってしまっている人がいるというのが実際ではないのか。 たとえば、記述の問題を「穴埋めにする」というのがあります。 模範解答に「人間と自然の関係を見直し、文明を見直すこと」 とあったら、「○○と○○の関係を○○し、○○を○○すこと」 と黒板に書いて、「○に当てはまる言葉を考えてみよう」とやる。 これも、ひとつの方法です。 でも、これで記述のチカラがつくのかというと、ぼくはあまりそうは思わない。 それをするのならむしろ、 黒板に、「人間と自然の関係 文明 見直す」と書いて、「これをつなげて解答をつくれ」とやったほうが身に付くように思う。 つまり、記述の問題とは、【本文からキーワードを抜き出して、それを問題の形式にそった形で文にする】 そういった作業だと思うのです。 だから、ぼくの国語の授業では、記述の問題は、だいたいこんな感じです。 とりあえず手元に予習シリーズの小6上があったので、 予シリ6年上の第1回の問11をやってみる。 以下、実況中継形式で、『よーし、じゃあ次は問11、【 自然が「未来からあずかった大切な財産」であると言えるのはなぜですか。三十字以上四十字以内で答えなさい 】 ってことだから、まず答えの形は決まってくる。 もうみんなわかってると思うけど、「なぜですか?」ってきかれたら、「~~から」だね。 ってことは、本文から「~~から」って書いてある部分を探す。 どうだ? あったか?」(と、しばらく考えさせる。見つからなければ、)「だいたい、答えはまとめのところにあるんだよ、だからそこから探してみ」(ぼくは説明文でも小説でも、部分分けの問題があったらそれを先にやるし、なくてもまず文章を部分分けするようにしています。1話題 2例 3まとめ 4例 5全体のまとめ といった具合に、文章全体の構成を示してから、問題に入る。) まとめの部分、3か5の部分に「~~から」ってのがあったら、くさいぞー」(そこまできたら、何人かは「あった」とか言い出す)「はいありました。45行目のあたり、 「保存されている自然は、私たちが利用しようとしている土地の自然の成り立ちや仕組みを教えてくれ、万一、その土地の利用が失敗したときの自然回復のお手本にもなるからです。」 とある、ここがそのまま使えそう。 でもこのままじゃ長すぎるね。 予シリは一行30文字だから、これじゃ70字くらいある。(問題を解く前に1行が何文字か数えろといつも言います。後でラクだから) そしたら、キーワードを抜き出してみる。私たちが利用しようとしている土地 16字 自然の成り立ちや仕組み 11字土地の利用が失敗 8字自然回復のお手本 8字から。 3字 30~40字で、最後の「から」の2文字は決定だ。 あと、どれをつかうか、どうやってつなぐか。 そしたら、書いてみて。(書かせて、見て回る。 消しゴムを持って見回りながら、見当ちがいなものは容赦なく消しまくる)「そしたら、見てみよう。 まず、絶対になくてはならないのは、「自然の成り立ちや仕組みを教えてくれる」ってのと、「自然回復のお手本になる」ってふたつ。 私たちが利用しようと、してなかろうと、自然は大事だから、 土地の利用が失敗しようがなんだろうが、自然は大事だから、 このふたつはいらない。 とりあえずそれでつくってみると、「自然の成り立ちや仕組みを教えてくれ、自然回復のお手本になるから」 31字。 これでひとまずオッケー。 もし欲張りたかったら、後ろのほうにある「あるがままの自然」とか入れて、「あるがままの自然は自然の成り立ちや仕組みを教えてくれ、自然回復のお手本になるから」 これで40字ジャスト。 この問題は、問題文に「なぜですか」ってあるから、それがヒントだね。「なぜですか」ってあったら、「~~から」 そんでもって作者の主張は具体例じゃなくてまとめの部分にあるから、そこから「~~から」の言葉を探す、と。 それで、まとめてオッケー。』 といった感じにやります。 手順としては、1 問題文から、解答の形を決定する。2 その付近からキーワードを抜き出す3 キーワードの字数を数える4 とりあえずつなげてみる5 オーバーしてたら、いらないものを探す。足りなかったら、他にキーワードを探す。6 字数に合わせてキーワードをつなげた文を作る。 小説の場合はまた違ってきますが、説明文だったらほとんどこれです。 ぼくは現在、小学生中学生の下のほうのクラスを受け持つことが多いのですが、このやり方でだいたい納得してもらってる。 10点満点として、6点から8点の解答を作ることはできると思う。 ほかにいいやり方があるのなら、教えて欲しい。 国語という教科は他の教科よりもなめられる傾向にあり、 新人の先生とかをどこかのクラスに入れるときに、「とりあえず国語だったらできるだろう」とかって思われるもんなのですが、 そんなもんでもないだろうと思う。 よく、「数学には答えはひとつしかないけど、国語には答えはいくらでもある」 なんていう物言いを耳にしますが、 それはどうかと思うのです。 ぼくから言わせれば、「小説の読み方はいくらでもあるけど、国語の問題として見たら、やっぱり答えはひとつ」 出題者がいて、問題があって、模範解答がある以上、やっぱり『こう書くべき』というものは存在します。 その意味で、国語の答えというのは、基本的にはひとつしかない。 それは、広くいえば作文とか読書感想文とかでも同じこと。 学校教育であり、入試問題である以上、書くべき方向というものはおのずと決まって来ます。 野球でいえば、来たボールをカキーンと打って、飛んだら気持ちいい。 それがファールだろうが、フェアだろうが、打った感触はどっちも気持ちいい。 でも、ファールはファールなんです。 それは、意味がない。 そこには、ルールというものがある。 国語の記述問題の教え方というものは、書き方のルールを教えて、 そのルールにそった解答を書くやり方を示すものでなくてはならないと思います。「なんとなく」とか「自分の思った通りに」とか、そんなものが入ってくる余地はないのではないか。「自分の書きたいことを書いた、おれは満足」 でもそれはファールでは意味がない。 ボテボテの打球でも、ポテンヒットでも、 この方向に打ったらヒットになるってのを教えないといけない。 次回から、予シリの問題に即して記述の書き方、考え方を示してみようと思います。 とりあえず今回はここまで。
2005/11/11
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明日の授業をシミュレーションで実況中継してみることにする。 予行練習と、他の先生たちに「ぼくはこんな感じです」ってのを示すために。 予習シリーズ6年下 第8回 詩・短歌・俳句の読み方 はいどーも、ますだです。 えーっと、今回は「詩」 いきなり詩を読めって言われても、詩なんか読んだことないからきついけど、 受験の問題では詩と鑑賞文がセットで出されることが多いです。 鑑賞文ってのは、感想文みたいなやつね。 それをヒントにすること。 とりあえず、読んでみよう。 「 夜明けに 吉原幸子 」 1 こんなしらじら明けが 2 いつかもきたとき 3 わたしには父があった 4 わたしには母があった 5 小さなわたしは ふたりの間を 6 あるいていた 7 眠っている街のまんなかを 8 アスファルトに 高くひびいた 9 父の 登山用の ステッキの音 10 小さなわたしは 11 小さなリュックサックをしょって 12 そうして こんなしらじら明けの 13 今日 14 眠っている街のまんなかで 15 見えないリュックサックをしょって 16 わたしには 父もない 母もない 17 小さなおまえ 18 おまえにも 父もない 母もない はい、よくわかりません。 よくわからないんだけど、父とか母とかあるから「親子について」の詩だというのはわかるでしょう。 さらにするどい人だったら、「孤独」とか「ひとりぼっち」といった雰囲気をこの詩から感じることができる。 ひとまず、この詩については「親子について」書いていて、「ひとりぼっち」なんだ、ということがわかれば、はじめはそれでオッケーです。 読んでいて、「わたし」というのが自分の小さい頃のことだというのはわかるけれども、「おまえ」ってのが誰かわからない。 おまえって誰だろう。 小さなおまえって。 で、鑑賞文を見ればわかる。 「我が子に呼びかけた一連の詩」とあるから、「おまえ」ってのは自分の子供、それも「あたらしいいのち」である生まれたばかりの我が子のことだとわかる。 そこまでわかったら、あとは問題やりながらみていけばいいです。 いってみよー。● 問1 この詩を二つの部分に分けると、後半は何行目からになりますか。 部分わけの問題。 説明文での部分わけは先週やったけど、これは詩の部分わけ。 でも、基本的にはやり方かわらん。 先週のノート出して。 ↓ 先週書かせたのはこれ ↓>>部分わけの問題 1 「さて」「ところで」「それでは」などの話題転換語に注意!2 文中の繰り返し語句や内容が、急に変わる。 (1は邪道、2は王道。しかし1、2ともにほぼ100%の確率で分かれる場所)3 時間が変わる。 (一ヶ月後、しばらくして、それから、そうしているうちに、など時間の経過を示す言葉)4 場面が変わる。 (「教室を出ると」「夏の太陽がまぶしかった」など場所や情景に関する言葉) ( 4は小説のとき )5 1から4がすべて駄目でピンチなとき → 逆接で始まる段落 (ただし信頼度はかなり落ちる)6 結論の段落は、それだけ独立している。 たとえば、 12 - 345 - 67 - 8 (8が結論だとして、78とくっつくのはあまりない)>記述のオキテ「具体例をあげて」とか「具体的に」とか言われない限り、解答に具体例を書いてはならない。
2005/11/04
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