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久しぶりに通院して来ました。睡眠薬が無くなってきたので。年末年始、眠れなくてもいいや、と思って睡眠薬を飲まずに過ごしていたので、しばらく病院へ行っていなかったのですが、ついに薬が無くなってきました。前回の通院時に、もう鬱じゃないんじゃないのと言われたのですが、最近やっぱりまだ鬱っぽいです。まあ、特定の状況下においてだけですが。はっきり言っちゃうと、仕事がだめですね。社会復帰出来ていません。会社には行っているんですが、まともな仕事っぷりじゃないですね。只、通っているって感じです。こんなのいつまでも許されないだろうな。人を減らさないといけない状況で、まともに仕事が出来ない人は要らないでしょう。どうするんだろう。この年で首切られたら、どこにも入れないだろうな。しかも病歴有りだからね。それから、大学時代の仲間が同窓会を開こうと言ってきたので、鬱だって事、皆に知らせちゃいました。特定の仲の良い何人かには知らせていたんだけど。皆、なんか反応してくれるかな?反応出来ないかもね。大抵の人は、どう扱って良いか分からないだろうからね。あたりさわりの無い事を言ってくるか、触らぬ神にたたり無しって感じで、何も言ってこないかってのが相場だな、きっと。
2009年01月17日
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去年の7月3日に親友に助けられた、と言う話しを書いた。今日はもう一人の親友のお話し。彼の誕生日は今日、1月2日である。7月3日の親友は、私が死ぬと言ったら、次の日に大阪から会いに来てくれたが、今日の親友は、なんと夜電話したら、その日のうちに宇都宮から新幹線で会いに来てくれた。私が自分の家には味方が誰もいないと騒ぎたて、どうにかしてくれ、俺はこんな家にいたくないと言ったら、「俺はお前の味方だ!」と言って、駆けつけてくれたのだった。その頃の自分は、自分でコントロール出来なくなっていた。抗鬱剤を飲み、躁状態になっていた。かといって、基本は鬱であり、躁と鬱の間を行ったり来たり、フラフラとしていた。義父の葬儀の夜、心無い家族や親類の言動に、ぶち切れたのでした。妻は、自分の力で私を御すことが出来なくなり、私の親を呼び、親友にまで助けを求めた。呼び出された親友は、きっとどうして良いか分からない状態だったと思う。だが、兎に角来てくれたのだった。嬉しかった。来てくれただけで嬉しかった。来てくれた後、何かしてくれと頼んだ訳でもない。ただ、昔の馬鹿話をしながら、酒を飲んだだけだった。それから先、事が全て解決した訳ではない。家庭内のギクシャクはずっと続いている。ただ、二人の親友のお陰で、死ぬ、などという馬鹿な事はやめようと思った。それだけと言えば、それだけの話しである。しかし、それだけの事で、私が彼らにどれだけ感謝している事か。
2009年01月02日
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