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小説「ゲノムと体験が織りなす記憶」 第 3 話
「ここです、どうぞ」
流石にケンは焦りを隠せなかったようで
「どうぞって、・・リョウさん、ここって駄菓子屋じゃないのか?・・・」
「そう思うよね、誰でも。だから地元でも穴場なんだよ。まあ、ついて来て。
会長、先導させて頂きます」
「ああ、任せる。いやお願いする」
「いらっしゃい」
奥からこの店の主であるおばあちゃんの声がした。
(まだご健在だ・・・いったい幾つなんだろう)
番台兼この駄菓子屋のレジで人数分の入浴料とタオル、石鹼、シャンプーを
買い求めて秘湯の入り口へ
「このドアを開けて行きます。ついて来て下さい」
リョウが示したのはごく普通のアルミのドアで、人ひとりなら通れるほどの
サイズの曇りガラスで、向こうは見えなく「入り口」としか書かれてないの
で、会長以下みな半信半疑の面持ちである。
リョウが先頭に立ってドアを開けて入っていく。
熱気があふれて温泉独特の匂いがその存在を確かにしてはいるが、湯気で
曇ることはない。それは窓という窓が開け放たれているからだろう。
半ば露天風呂の雰囲気である。
「ここで服を脱いで廊下を横切って中に入ります。先ずは私が先に浴槽入
って秘密の源泉であることを証明してお見せしましょう」
リョウが素早く裸になると、会長が目を見張る。
「ほう、鍛えてあるな、ケンが敵わなかったのも頷ける」
「私も彼の身体を見るのは初めてですが、なるほどと思いました」
「ははは、場所が海水浴場であれば手向かわなかったか?」
「あの場合そうもいきませんでしたが、気を引き締めたであろうことは
間違いないです」
「皆さん、どうぞこちらへ。
幸い今は混んでませんから入りやすいですよ」
「いいですか、見ててください。今でも源泉の湧いているのが少しは
見て取れますが、こうすると」
リョウは湯舟の底にみえる厚い板のすき間につま先を器用に差し込み、
少しずつ両側に寄せていく。
やがて大きく空いた隙間に彼は身を沈めた!
一同「あっ」と声を漏らしたが、リョウの身体は首の辺りから上は
沈むことなく笑いながら、「今、私は立ち泳ぎをしてます。
そうしないと源泉に飲み込まれてしまいますからね。」
そう言って器用に脚でお湯をかき分けながら、両手で身体の傾きを
コントロールしている。
青木氏をはじめ、皆目を大きく見張って初めて見る底の見えない
温泉と、そこで立ち泳ぐリョウの姿に正しく「秘湯中の秘湯」
を目の当たりにして驚嘆し、無言となっている。
そんな中でも流石に会長は肝が据わっている。ただ一人口を開い
たのである。
「何ともこれは驚いた!」
「それでは会長、ごゆっくりお楽しみください。私もマリを母に
引き合わせてゆっくりさせていただきます。明日の待ち合わせ
時間はのちほどケンさんと打ち合わせるということでよろしい
でしょうか」
「うん、そうして下さい。それにしてもこれは本当に秘湯とい
うか、なんと豪快なんだろうねえ。これはこれから当分私の
語り草になるよ、ありがとう」
「いえ、喜んで頂いて私も嬉しいです」
「リョウさん、俺からも礼を言わせてもらうよ、ありがとう」
ケンも嬉しそうに礼を言ってくれたので、案内したリョウも
大満足である。
「いや、そう言ってもらえると嬉しいよ。じゃあこれで
あとはまた連絡します」
「うん」
「会長、今日はこれで失礼いたします」
「ああ、気を付けて行ってらっしゃい」
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