マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

2021.11.18
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~沖縄における信仰と祈りの形(1)~



 私は沖縄が大好きだ。だから沖縄の話を書いているうちに死ぬことがあっても本望と思うくらい。わが家にも沖縄のものがたくさんある。シーサー4対。漆器は2個。抱きビン2個。織物2種。トックリ1個お猪口2個。版画数枚。だがそれを撮らずに今日のブログを書き始めたため、とりあえず借り物の写真を載せて置こう。

 漁船はサバニ多分小舟(さぶねの変化だろう)と言い、パイナップルみたいな実はアダンで、ヤシガニの大好物。手前の海がエメラルドグリーンなのは、サンゴが砕けた白い砂のため。沖が紺色なのはそこから急に深くなっているためで、その境にサンゴ礁がある。サンゴ礁の内側がイノー(内海)と言って、昔から潮が引いた時はカニや逃げ遅れた小魚やあーさ(アオサ)を採って食料にしていた。



 これは首里城内にある首里森御嶽(すいむいうたき)。首里城の中でも最も大事な聖地で、私も沖縄勤務当時に見たはず(?)なのに全く厳かさを感じなかったのは、多分現在では信仰の対象ではなかったせいだろう。塀の内側に樹が茂っている多分ガジュマルのはずだ。本来はこの木が樹がご神体だったはず。

  ガジュマル

 沖縄を代表する樹木のガジュマルは成長すると樹高20mにもなる。そして枝から髭のような気根(きこん)を垂らして空気を吸い、それが地面に届くと根付いて太くなると支柱根(しちゅうこん)になる。上の写真にも支柱根が見える。こうして幹だけでなくたくさんの支柱根が生えるのは、強い台風に耐えるため。痩せた土地では根は板根(ばんこん)と言う板のように立った根になって幹を支える。

          ソテツ  



 ソテツは良く見られる植物。沖縄ではクバと言い、この葉を編んで笠にした。クバが変化してフボーと訛る。飢饉の時はソテツの実をあく抜きし、毒素を少なくして食べた。神の島久高島には「フボー御嶽」と呼ばれる聖地があり、島で最も重要な儀式を執り行った。ここは男子禁制で神職の男が最も大切な儀式の時だけ入れた。ガジュマルもソテツも神の憑代(よりしろ)で、神道の神木と一緒。つまり沖縄には日本の古代神道が色濃く残っているのだ。首里城も初めは森しかない聖地で、城はかなり遅れて出来た。



 左は沖縄本島最北端の辺戸(へど)岬。奥の尖った山の頂上に安須森(あすむい)御嶽(右)がある。
私は沖縄在住中に一度だけ登ったことがある。猛毒のハブが出そうで怖かった。長靴を履き、棒で草むらを突きながら用心して登った。頂上には何もない。それが本来の姿。高い峰(沖縄では嶺の字を用いる)に神が降り立つのも内地と同様に北方民族共通の神話なのだ。



 頂上には小さな祠と香炉があり、「ここは神様と交信する大切な場所です。汚さないでください」と書かれた小さな表示板があった。沖縄神話で辺戸岬は沖縄の男女神アマミキヨとシネリキヨが初めて上陸した地とされる。最北端のここに初めて着いたと言うことは神は奄美方面から来たわけで、名前からも海人族(あまぞく)だったことが分かる。縄文土器も神も内地から島伝いにやって来たことを暗示する。

  中城城の大井戸





 ここは宜野湾市にある普天間宮の地下洞窟。ここが元々信仰の対象で、本来は風葬の地だったと私は思っている。だから沖縄人は先祖を祀った。日本神話にもイザナミが亡き妻イザナミを追って黄泉(よみ)の国(あの世)を訪ねる場面があるが、風葬募を想定させる状況だ。温度と湿度が高い沖縄では、洞窟に遺体を置けば、そのまま腐って遺骨だけが残る。神社の建物が建つのは明治以降に日本に帰属してからだ。

  風葬墓

 モノクロなので昔の写真だが、お棺の先に見えるのが人骨。現在ではちゃんとしたお墓(沖縄では色んな形をしたものがある)に葬り、かつての風葬墓は石垣と漆喰で封鎖されるのが大半だが、地方は離島には未だにそのまま残るものがあり、私は本島中央部の嘉手納町で見たことがある。恐らくは戦争で関係者が全員死亡したため、手をつけずに放置した「財産」ではないかと考えられる。<続く>





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Last updated  2021.11.18 00:00:08
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■コメント

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Re:沖縄の話をしよう(2)(11/18)  
あみ3008  さん
コロナが収まったら真っ先に行きたかった国内旅行が沖縄だった。

早く行きたいなぁ。
本土に行ったことがないので・・・。 (2021.11.18 00:02:11)

Re:沖縄の話をしよう(2)(11/18)  
恵美子777  さん
わたしも沖縄が大好きです。

展覧会もサンマリーナホテルや、画廊、リウボウ百貨店で5回程開催したことがあります。

娘の旦那さんのご両親は、奄美大島の出身です。
友人の家は宜野湾市にあり遊びに行ったことがあるので思い出しました。


これからの展開が楽しみです。 (2021.11.18 01:19:05)

Re[1]:沖縄の話をしよう(2)(11/18)  
マックス爺  さん
あみ3008さんへ

お早うございます。お疲れの所
深夜のご来訪とコメントありがとうございます。
とても嬉しく拝見しました。😊

あみさんがどうして行きたかった沖縄本島。
体調が戻ったら行ける時が必ず来ますよ。

その日を信じて、治療頑張ってね。🌸💛
そして快癒されたら、お嬢様、お婿さん、
息子さんと一緒に是非お出かけくださいね。

私も2026年に完成する予定の、再興された
首里城を観たいと願っていますよ。(^^)v

一緒にがんばろうね。(@^^)/~~~🌸
(2021.11.18 11:16:29)

Re[1]:沖縄の話をしよう(2)(11/18)  
マックス爺  さん
恵美子777さんへ

今日は~!!深夜のご来訪とコメント
ありがとうございます。
とても嬉しく拝見しました。

沖縄が大好きとのこと、嬉しい限りです。😊

リウボウ懐かしい名前です。私は沖縄から
転勤して30年になりますが、沖縄で過ごした
3年間は忘れられない思い出ばかりで、
その後も仕事や観光やランニングで何度も
行き、それらの光景が今なおまざまざと
思い出されます。🌸💛

お嬢様がおられる由、これからも安心ですね。(^^)v
奄美はまだ一度も訪れてませんが、飛行機の中からは
60回以上見てるし、テレビなどの番組も観、ことある
ごとにネットで情報を得ているため、とても親しみの
ある島です。

琉球王朝が最高に興隆していた一時期は、奄美諸島の
うち7つは琉球に帰属していました。だから文化や
民俗で共通するところもあり、大宰府政庁と深く関係した
喜界島のように、奄美は九州圏の文化や歴史、琉球との
関係など、私にとっては興味深い地域です。

たまたま見たTV番組から書き出したこのシリーズ
ですが、知識が乏しいのと記憶が怪しくなり、
似たような話や思い込みで書いていることも
あろうかと思います。

期待しないでご覧いただけたら嬉しいです。(@^^)/~~~🌸 (2021.11.18 11:37:11)

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