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(コメントのお返事を書きました)わたしは右利きだけど、腕時計は右腕に着ける。高校生ぐらいの時からの習慣だ。よく「利き手に時計は邪魔じゃない?」と訊かれるけれど、もう慣れてしまったので気にならない。時計はきまってバンド部分まで金属製のもので、色は銀。これももう10年ぐらいそうしている。時計は幾つか代替わりしたけれど、常に金属製の銀色だ。結婚指輪はプラチナなのでもちろん銀色。その他に、右手の小指に安物のシルバーの指輪をはめている。就職してすぐに雑貨屋さんで買って以来ほぼ毎日着けている、付き合いの長い指輪だ。わたしのアクセサリーはほとんど銀色。銀は魔除けの聖なる金属だと聞いたことがある。子供の頃。それを聞いて以来、人生の流れが悪いと感じた時には、銀の(或いはただ銀色の)ものを身に着けるようになった。・・・すると自分は、ほんの子供の時代に既に「人生の流れが悪いな」などということを考えていたのか。高校生ぐらいの時から、人生の流れは悪いのが当然になった。わたしはアクセサリーを銀色で固めるようになった。今現在もわたしは銀色の結界を張っている。それで本当に魔は除けられたの?除けられたのかもしれない。でも、自分が一番恐るべきだった「魔」は自分の中に潜んでいたんだ。だからいくら外的な「魔」を除けても仕方がなかったんだ。それに気付いたのは最近のことである。
2006/01/31
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(コメントのお返事を書きました)先日、1月29日。ろくでもない記念日に寄せて長々と心の内にあったモノを書き綴った。それが書けるようになるまでに5年費やした。書いては修正、また書いては修正で、なるべくコンパクトな文に纏めようとしたのだけれど、結構な量の文章になってしまった。それを読んで言葉をくださった人がたくさんいた。ご自分の経験を書いてくださった方もいた。わたしの独りよがりな独白日記で苦い過去を思い出させてしまったのだったとしたら本当に申し訳ないと思う。同時に、もちろん、いただいたアドバイスや励ましのお言葉はとても嬉しくありがたく、ゆっくりと咀嚼しつつ拝見している。言葉にできてよかった。今までできなかったものが言葉にできたのだから、次の一歩も必ず踏み出せるはずだ。自分にとって一番納得できる方法で、この問題を消化し昇華させていきたいと思う。最近低調気味の脳髄はあまり急激な変化を望んでいないようで、朝から知恵熱(わたしは何かを思いつめすぎると熱が出る。それを知恵熱と呼んでる)が出そうだった。これ以上貧弱な脳髄に負担をかけないよう「慌てずのんびり」を心がけながらやろうと思う。牛歩戦術でもいいから。
2006/01/30
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誰にも話していないことがある。あの男と始まってしまったきっかけは配偶者くんとの別れだった。わたしと配偶者くんは、6年ほど前に出会って一旦付き合う事になったものの、半年もせずに別れてしまった。配偶者くんとのいきさつも、あの男との関係も、結構いろんな人に相談したし、ここのフリーページにも少し書いていたりする。でも、別れる時配偶者くんが言った言葉。それだけはほとんど誰にも言えないままに今まで来てしまった。誰も・・心理士さんにさえも。それを今、書いてみようと思う。ここ数日このことを考えていた。だって今日は1月29日。あの男と始まってしまった夜は、5年前の今日のことだったんだ。配偶者くんと付き合う事になって少しして、わたしは彼を「親友」に紹介した。親友とは中学生の頃からの付き合いで、わたしは彼女のことを心底信頼していたし、彼女もまたそうであると単純に信じていた。それが秋の事。そして翌年の1月にはわたしは配偶者くんと別れていた。最後の方は電話で何かを話すたび激しく口論になった。果てしない口論の中で配偶者くんはこんなような内容の事を言ったのだった。「よくわかったよ。あの子が言ってた。『あいつは腐ってるんだよ』って」一瞬、言っている意味がわからなかった。あの子って? あいつって?配偶者くんは彼を親友に紹介した時のお店の名前を言った。「あそこで会ったあなたの友達だよ。あなたがトイレに行った隙に言ってたんだ。『あいつは芯まで腐ってるから駄目なんだよ』って」聞き終わる頃にはわたしはもう配偶者くんとの別れ話なんてどうでもよくなっていた。とにかく早く電話を切りたかった。そして、その通りにした。翌日からわたしは笑顔・・どころか、一切の表情を失った。配偶者くんとの別れは、正直な話、たいした衝撃ではなかった。付き合う事を承知した翌日からもう「いつ別れよう」って考えていたぐらいだったから。でも配偶者くんが語ったそのことは、わたしに正気を失うほどのダメージを与えたのだった。そのときあの男は、わたしの変容にいち早く気づいてしきりに心配してくれた。飲みに行こう、話しを聞くよ、そう言ってくれた。断る気力もないままに、わたしはあの男についていって、心の中の苦しさをあの男に話した。誰かに聞いてほしかったんだ。わたしにとって、深刻な内容を相談できる相手は当の彼女だけだったから、誰にも話せなかった。お酒の勢いもあって、素直に話ができた。あの男がやさしく聞いてくれたので、わたしは少し救われた。でもそれは間違いだったんだ。その夜から我々の荊の道は始まった。あの男とはその後延々揉め続け、わたしは鬱を発症した。そうして今に至るまであの男の面影に苦しめられている。でも、じゃあ、どうしたらよかったんだろう。ほぼ唯一の友達だった彼女がわたしをそんな風に思っているなんて知ってしまって?足元の地面が突然なくなってしまったようなものだった。自分のいるべき場所を全部奪われた気がした。そこまでの衝撃にひとりで耐える力はなかったんだ。側にいる優しい人・・あの男に頼ってしまった自分の心の弱さを、責めたこともあったけど・・たぶん今全く同じ状況におかれたなら、わたしはやはりあの男が差し伸べた手に縋ると思う。親友の発言の虚実について、その経緯や真意について、配偶者くんにも彼女自身にも確かめた事はない。怖くて切り出せない。親友とはその後特に関係悪化することはなく、今も親友をやっている。結局のところあの男との揉め事をリアルタイムで相談できる相手は彼女しかいなかったし、彼女はいつでもわたしを助けてくれた。その気持ちが偽りだとはどうしても思えない。でも・・もちろん忘れたわけじゃないんだ。ずっとずっと心の中に封印して、不用意に考えてしまわないよう抑圧していただけなんだ。抑圧。自己防衛機能はたいしたもので、あんなに大打撃だったことでさえ、心の表面には浮かんでこないように隠匿してここまでこられた。自分の中で昇華できたら何かが楽になるかもしれない。だけどわたしにはそれを切り出す勇気がない。配偶者くんに対しても、彼女自身に対しても。矯められたココロがいつか揺り返さないっていう保証はないんだ。どうしたらいいんだろう。
2006/01/29
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寝ます。あとお風呂に漬かるのがココロの安らぎ。
2006/01/28
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配偶者くんは4月から上海へ行く。配偶者くんは大丈夫だろうか。それ以上に自分は平気だろうか。それを昨日の夜ほど痛切に思ったのは初めてだった。荒れている。昨日の夜は食事の支度を何もせず(ご飯だけ炊いた)コンビニで唐揚を買ってきて済ませた。文句ひとつ言わずに食べてくれる配偶者くん。夜中にわたしが騒いだら、寝ぼけながら宥めてくれる配偶者くん。(眠りこけすぎて起きもしない時も多いけど)配偶者くんのいないこの家でわたしはまっとうな人間生活を営んでいけるのか。腕の傷はバレなかった。ごめんなさい。こんな人間妻にして、苦労の多い人生だよね・・・本棚の隅っこに「うつと付き合う」という新書がある。わたしはその手の本を買わない。これは結婚前に配偶者くんが買ったんだ。お互い敢えて口には出さないけれども。ごめんね。
2006/01/27
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冬でよかった。寒くてよかった。長袖を着ていれば、新参者の腕の傷は配偶者くんにバレないもんね。エアコンもつけない部屋でひとり転がっていると、だんだん寒さで身体が動かなくなってくる。試しに呼吸を止めてみる。このままゆっくり意識が遠のいていってくれると楽なんだけど。でももちろんそんなことにはならなくて、途中で馬鹿馬鹿しくなってやめる。愛するアーティスト大・小のCDさえ手にとる気になれなかった。自分の脆さを思い知る。
2006/01/26
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駄目だ。考えが纏まらない。ひとつのことを長く考え続けられない。居眠りしてるわけじゃないのに気付くと5分とか経過してる。駄目だ。思考の隙間にろくでもない記憶が混ざる。思い立ったらどうしても我慢ができなくて、今朝書いた日記を削除した。気に入らないこと書いたわけじゃないのに。ここは会社だけど、トイレの棚には歯ブラシや化粧道具と一緒に剃刀が置いてある。薬もたくさん持ってる。ろくでもない記憶以上に、更にろくでもない欲求。駄目だ。駄目だ。駄目なんだ。わからない。
2006/01/25
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(コメントのお返事を書きました)お金のこと。前にも日記に書いたな・・・決して裕福じゃないから、普段から多少は気になっているんだけど、たまに発作的に経済的なことが不安で仕方なくなる。今朝もニュースでライブドア問題を見ていたら急にドキドキしてきた。そういえば昨日はコタツをつけっぱなしで寝てしまった。そのことが妙に神経に障る。電気代、無駄に消費した?ふと思い立って自分のお昼ご飯代を計算してみる。・・・お金かけすぎ?(実際には1食500円かかっていない日の方が多い)うちは共働きの二人暮し。裕福というには程遠いけど、ギリギリまで切羽詰ってるわけじゃない。マンションは買えないから社宅に住んでる。服やアクセサリーだって安物がほとんどだ。でも32条適用無しで医療費を払っていける。そのぐらいのレベル。それでも、お金のことが気になる。今日は歯医者さん通院2回目だ。その医療費さえ気にかかる。お金のことを必要以上に気にしすぎるのはなんだか浅ましい気がして、そんな自分に呆れる。呆れるけど、やっぱり気にかかる。こういう性格をどうにかできれば人生はもう少し明るいのに。
2006/01/24
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(コメントのお返事を書きました)ここ数日見る夢は全部呆れるぐらいにリアルだ。たとえばこんなふう。夜テレビを見ていたら急に「そういえば夕方買ってきた豆腐、冷蔵庫に入れてなかった!」と思い出し、慌てて台所へ向かう夢。(実際にしょっちゅうある出来事だ)欲しい本の発売日をすっかり忘れていて、帰宅してから気付いて悔しく思う夢。ベランダを掃くほうきとちりとりが欲しくて、でもなんとなく買わずにいたのだけど、気に入ったのを見つけたので大喜びで買っている夢。本当に夢なのか、それとも目は覚めていて、何かを思い出したり考えたりしているだけなのかわからなくなるぐらいにリアルで些細なことばかり。夢と現実の境は曖昧で、しっかり目覚めてからも「実際のとこ、ほうきは買ったんだっけ?」とか、本気で考えてしまったりする。夢の中でもわたしは生活に追われているんだろうか。
2006/01/23
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(コメントのお返事を書きました)何かを好きになることは諸刃の剣だった。少なくとも自分にとっては。好きになれば知りたくなる。もし振り向いてくれたなら、もっともっと親密になりたくなる。ともだちでも恋人でも。だけど自分の思いと相手の思いのバランスはいつも不均衡。わたしの感情は重すぎて天秤は傾きっぱなし。同じだけ思い合えないストレスが自分をどんどん追い詰めていく。理性がそれを知っているのに、止められない感情が走る。苦しい気持ちは自己嫌悪に裏打ちされている。だって相手が自分を好きになってくれないのは自分に魅力がないからでしょう?でも実は、問題は気持ちひとつで解決するんだ。その人を、物を、事柄を、好きじゃなければいい。好きじゃなければ欲しくもないから、嫉妬も寂しさも物足りなさも抱かなくて済むのに。好きじゃなければ楽なのに。でも誰も何も好きじゃない人生なんて、きっと粗悪なパンみたいなものなんだろうな。
2006/01/22
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通院日。何を話そう? 何から話そう?話すことは山ほどあるような、なのにひとつも思いつけないような。
2006/01/21
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昨日の日記にたくさんのコメントを頂き、ありがとうございました。ひとりでぼんやりと考えていて、何かが煮えつまって、その凝ったモノを無理矢理言葉にしたような・・そんな日記でしたが、思いのほか多くの方からご意見や励ましをいただいて、嬉しい驚きを感じています。例によってお返事がままならなくて本当に申し訳ありません。でも、ひとつひとつ拝見しています。(僅かずつですが、過去の日記に遡ってお返事を書いています。 昨日の日記にも後日お返事を書けるよう努めます)今日は朝から配偶者くんと微妙に口論。週末なのに気分が暗くなります。はやく仲直りしなくっちゃ・・・
2006/01/20
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生きることは生活することとイコールなのか?わたしは今「生活」している。でもそれは「生きている」ことと同義なんだろうか。友達が言った。「仕事もだけど、プライベートもちゃんと計画を立ててやらないと、上手く回らなくなってきた」その人は人気者であちこちから遊びのお誘いがかかる。それに全部乗っていると、趣味でやってるゴルフとテニスと英会話が全然できないのだそうだ。遊ぶ約束も、先着順で入れていると、ついついいつも同じメンバーで会うことになってしまい、世界が狭くなる気がするのだそうだ。そういう人なのでもちろん仕事も一生懸命だ。わたしなんかより100倍ぐらいきちんとしている。昨日、わたしは会社のテニス同好会の新年会を欠席した。出席で返事をしたのに直前で翻した。そのかわり情報処理試験セミナーに出ようと思ったけど、テキストを家に忘れたのを口実に、それもサボってしまった。家に帰っても特にすることはなかった。配偶者くんも飲み会で、夕ご飯は要らないと言っていたから支度も必要ない。読みかけの本を読もうと思ったけれど、本棚まで行くのが面倒だった。PC散歩でも・・と思ったけれど、それすら面倒だった。わたしは生存している。わたしは生活している。でも、生きていない気がする。
2006/01/19
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この間歯医者さんに行ったとき、予約時間まで結構間があったので、同じビルの中にある本屋さんで文庫を買った。「文人暴食」。同じ著者さんの「文人悪食」の方はナナメに読んだことがあったし、そういえば5分か10分の番組として、テレビでも放映していた気がする。本もテレビも、面白く見た記憶があった。待合室ではその本に没頭していたおかげで、治療前の不安を感じなくて済んだ。文庫とはいえ分厚い本だったから、待合室の30分で読破できるはずもなく、今もまだ途中である。小さないくつもの章に分かれているから、適当に開いて出てきた章を読む、或いは好きな「文人」の章から読む、ということも可能だ。通勤や病院の待ちのお供にもってこいの構成である。暇つぶしにと思って買ったけど、良い方の裏切りで、なかなかいい出会いだった。子供の頃は本が好きだった。毎週図書館で3冊借りてきて読んだ。長じてからも本は好きだ。大学生の時は図書館には行かず、ほしい本は文庫になるのを待って買って読んだ。どうしてもすぐ読みたいものだけ、図書館や友達から借りた。その後鬱の一番ひどいときは本も読めなかった。けど、鬱が出ていても「最高潮」でない時は、物語の世界に逃げ込むのが救いになった。物語に没頭していれば時間は穏やかに過ぎた。夜が来れば薬で眠れたから、余分なことも考えなくて済んで楽だ、というわけだった。昨日の夜は久しぶりに家で暴れた。虫歯の一件と、他にも些細な憂鬱なことが何件かあった。それをぼんやりを考えていたら、「こんな人生嫌だ!!」と発作的に思ってしまった。そう思っている自分にも腹が立ち、世の中全部に腹が立ち、手近にあった洗濯物(せっかく畳んだのに)を全部壁に投げつけた。憂鬱だ。鬱の波の来る前触れだ。妙に冷静にそんなことを考えたりもした。でも何はなくとも本が読める。今日も通勤中に読んできた。文章が追える。大丈夫だ。わたしはまだ大丈夫。余裕があるはずだ。
2006/01/18
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朝のニュースで思い出した。今日は阪神淡路の大震災から11年目の日だった。愛知県も結構揺れたし、自分はその後関西圏で学生時代を過ごしたので、何かと思い入れが深い・・・はずだったのに。朝のニュースを見るまで今日がその日だと気付かなかった。あんなに心を痛めたのに。地震と言えば愛知県は全然他人事じゃないので、そういう点でも怖い思いをしたのに。記憶というのは不確かで薄情なものだ。わたしが薄情な人間だというだけのことかもしれない。でもその薄情な記憶力は、忘れたいことに限って忘れさせてくれない。それにしても歯が痛い。昨日の治療後、その痕がずっと痛い。痛みというよりずっと何かに圧迫されてるような感じだ。ああ・・・・憂鬱。
2006/01/17
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お年玉くじつき年賀はがきの当選番号が今朝の新聞に載っていた。抽選は昨日だからネットニュースではとっくに速報が出てたんだけど、配偶者くんは「明日の新聞で見るのがいいんだ」と言って見ようとしなかった。で、言葉通り、今朝の新聞を嬉しそうにチェックしていた。そういえば子供の頃はこれを楽しみにしてたなぁ。家族で調べて、当たったとか惜しかったとか盛り上がったものだ。きっと配偶者くんもそういう思い出があるんだろうね。ネットニュースで淡々とチェックするのが味気ないと思ったんだろうな。七草粥を欲したり、お年玉くじで盛り上がったり。イベント好きなんだな。配偶者くんは。一緒に楽しめてる自分が不思議だ。およそ世の中のイベントごとのほとんど全てを呪ってた時期もあったのに。不思議だけどそれは悪いことじゃない。ちなみにお年玉くじは、切手シートが3枚当たってた。****人生で初の歯医者さん通院・・かなり大きな虫歯があるといわれ、歯の健康が自慢だっただけに、相当ショック。神経を抜いたり親知らずを抜いたりという騒ぎになるらしく、それを考えただけでもめまいがしそうだ。痛いのは結構平気。削るときの振動も意外に気持ち悪くなかった。でも歯医者さん通院は当分の間わたしのテンションを下げそうな予感がする。久しぶりに「具体的な原因のある憂鬱」っていうものが襲来するかな。どっちがいい?どっちが楽?「具体的な原因のある憂鬱」と、「ただ漠然と薄暮に沈むような憂鬱」と。ああああ、やだやだやだやだッ!!
2006/01/16
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ネットニュースを見ていたら、愛するアーティスト(小)の恋愛の記事が。その件自体は以前から話題になってたし、自分も知ってたけど・・なんかやっぱり腑に落ちない!!本人同士の心模様によって起こったことなら、どういう結末でも納得できると思うけど・・この騒ぎは気に食わないぞ。事務所社長。スキャンダルすらアピール戦略に変えるその手腕はたいしたものだと思うけど、こっちサイドは全くもって気に食わないぞ!!!
2006/01/15
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美容院は苦手で、いつも確たるコンセプトも希望もないまま漠然と行って、なんとなく切ってもらって帰ってくる。だけど一度だけ、雑誌の切抜きを持って行って「こんな感じでお願いします」とお願いしたことがある。切り抜いたのは愛するアーティスト(小)の写真。ストレートなショートボブ、ただし横髪のかなり長めな前下がり。そう書くと何も違和感がないけれど・・・愛するアーティスト(小)は男性なわけで。女のわたしがそれを持ってきたことに、美容師さんもぎょっとしていた。いいじゃん。好きなんだから!!
2006/01/15
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たこ焼き食べたら美味しかった。温泉卵を乗っけてマヨネーズをかけた、微妙な変り種。でも揚げ焼きだったので2個でおなかいっぱいになった。久々に正常な食欲を思い出した。ありがとうたこ焼き。
2006/01/15
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部屋の中を、片付けた。今日はあいにくの雨で大々的な洗濯ができなかったんだけど、その代わり部屋の中を片付けた。「散らかった部屋」選手権が開催されたら、いいセン行くんじゃないだろうか。と思うほど散らかっていたので。配偶者くんは出勤して行った。本当なら休みなんだけど。配偶者くんの部署で作っている製品が爆発したとかで、事象の再現テストをすると言っていた。・・・って、ラボで爆発させるってこと?い、生きて帰って来てね。自分はこれからもう一仕事。アイロンをかけよう。アトピー勃発で痒い背中には気づかなかった振りをしながら。
2006/01/14
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最低な悪夢を見た。もちろんあの男にまつわる夢だ。それも、昔の思い出じゃなく。今現在あの男に会ってしまったというものだった。夢の舞台は自分の会社。何か大きなプロジェクトがあって、精鋭部隊がそこに駆り出されていった。そこに、どういうわけか、配偶者くんも協力会社として来ていた。現実には配偶者くんとわたしは同業じゃないので、そんなことあるはずないんだけど。とにかくそういう設定だった。わたしはそのプロジェクトで必要な資料を作成していた。そしてそれを配偶者くんに渡しに行った。そのフロアに行ってドアを開けたら、すぐのところに配偶者くんがいた。わたしは資料を渡し、軽く雑談をした後、配偶者くんの隣の席の人を何気なく見た。あの男だった。あの男ももちろんわたしを認識した。わたしはたっぷり10秒ぐらいあの男の顔を凝視して、それからその場に無言で倒れた。そこで目が覚めた。目覚めたら4時だった。もう眠れなかった。夜は寒くて暗かった。配偶者くんはそこにいたのにわたしはものすごく孤独だった。孤独。胸を抉るような、肉体的痛みさえ伴う孤独。そこで泣けたら楽だったのかな・・寒いので縮こまりながら寝ている配偶者くんを見ていると、泣くことさえできなかった。頭の中でひたすら繰り返していた。「ごめんなさい」
2006/01/13
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(コメントのお返事を書きました)昨日の帰宅時間のこと。乗ろうと思った電車が止まっていた。途中の駅で人身事故があったため復旧中、目処はなし、という張り紙があった。人身事故・・・。この線ではたまにある。どこの鉄道でもあることなのかもしれないけれど、なにしろこの線は端から端まで乗ったって1時間かからないという小さな線だ。(母体は愛知に名立たる私鉄なんだけど、この線だけ浮いている)たったそれだけの区間なんだと思うと、事故の頻度・・というか、密度?は低くない気がする。でもいつも後日ニュースで知るばかりで、実際に電車が止まってるところに立ち会ったのは初めてだった。人身事故。誰が、どうして、そういう情報は今のところ入っていない。朝のニュースや新聞で得られたかもしれないけれど、今朝は時間がなくてどちらも見られなかった。身近な方法の中で一番確実だと思える轢死に、憧れたこともあったけど。遺される人のこと(たとえ見知らぬ野次馬さんであっても)を思うと、それは実行できなかったな・・
2006/01/12
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(コメントのお返事を書きました)朝の番組(東海ローカル)を見ていたら、BGMがWinter Againだった。視聴者からのリクエストで週代わりのBGMを流すコーナーだ。GLAYについては不勉強なんだけど、この曲は知ってる。あの男がカラオケで熱唱していた。思えは実に頻繁にカラオケに行ったものだ。今更そんなことで動揺する必要なんてないんだ。だいたい愛するアーティスト(大)に関しては、あの男の思い出がいっぱいだ。それが縁で仲良くなったようなものだったから。ライブに行くと今でも周囲を見回してしまう。ナゴヤドーム2日間、あの男は初日に行くことが多かった。わたしも同じだ。同じ時に同じ場所にいるかもしれない可能性。会いたいのか会いたくないのかわからないけど、とりあえず探してしまう。その時必ず、自分の隣には、一部始終を知っている親友か配偶者くんのどちらかがいるっていうのに。Winter Again。歌えもしないのに自分も一緒になって歌ったな。そういう時間が楽しかった?・・・楽しかったよ。あのまま普通の上司部下でいられたら、今でも楽しかったかな?そんなこと考えてしまう自分に呆れる。もう何年も昔の話なのに。傷が癒されるまでにかかる時間は人それぞれで、長すぎるとか短すぎるとかっていうことはないんだよと心理士さんは言うけれど・・*****頭から離れない。Winter Again。それを歌うあの男の様子。突然マイクを渡されてサビ以外わからないのに無理矢理一緒に歌ってた自分。みんなお酒が入ってて、周りの人も盛り上がってて、終電逃すの承知で騒いだ。終電がなくなって、じゃあタクシーで帰るか!ってことになって、あの男は「自分の家まで一緒にタクシーで来い。そこからは送ってやる」そう言ってわたしを連れてタクを探した。他のメンバーはたまたま他県の人だったからさすがに送れないということで、わたしだけ連れて。「俺の家までならタク代もたいしたことない。 お前の家まで行ったら5000円かかるだろ?」わたしの実家が市内とはいえ北端にあることをからかうように、そう言った。でも、とわたしが遠慮すると、子供のようにもどかしそうに、「いいから来い!」と言ってわたしの手を引っ張った・・。あの時既にあの男はわたしを恋愛対象として見ていたんだろうな。わたしはそんなこと気づかなかった。気づかない振りしてたんじゃなく、本当に気づかなかった。友達(かなり年上なので友達というのも変だけど、まあ)としてなら好きだった。ダメだ・・・・。そんなこと思い出してちゃいけない。だってそれから1年後には、我々は激しく憎み合っていた。キレイな思い出なんか自分の首を締めるだけだ・・。思い出を拾い集めて都合のいいように編集する気はない。だいたいどんなに脚色したところで、我々の辿った道は美しい軌跡を描かない。でも、目を背けて生きることはわたしにはたぶん許されない。だから、あるがままに受け入れろ。そして、乗り越えろ。
2006/01/11
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かげがえのないお友達。同じ涙を流し合える人よ。 「どうか強く手を取り合おう 辛いときは泣けばいい」助けを求めるあなたの声は、きっとその人に届くから。諦めないで、なげやりにならないで。我々は皆、不完全な人間。弱っている心に手を差し伸べることも「お互いを高め合う」ことに繋がるはずだから・・きっとその人はそれに気づいてくれるから。辛いときは泣けばいい。泣いて泣いて泣きやんだら・・美味しいもの食べに行こう。
2006/01/10
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食べすぎだ。明らかに食べすぎだ。しかも身体に悪い感じの食べすぎだ。今日は朝からお菓子しか食べていない気がする。おまけにずっと寝ている。なんだろう。過食衝動大復活だろうか。深夜2時ごろ目が醒めて、お菓子を多量に食べた。尋常じゃないほど。それから始まって、朝ごはんもお菓子だったり、お昼ごはんがぜんざいだったりした。食べるのをやめればいいのに。そうすれば心は平和になるのに。お腹が空いてるわけじゃない。なのに食べるのは、人間の本能じゃない。過食は辛い。でもドクターいわく、そればっかりは薬とかでは治せない。自分の意思にかかってるのだそうだ。ってことは、・・・意志が弱いだけでしょ?自分。自分の首を絞めるのはいつでも自分の意思の弱さなのかもしれない。
2006/01/09
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(コメントのお返事を書きました)新春マラソンに参加した・・・朝8時に家を出て、10時半スタートで、3kmジョギングコース。競技に出るほどじゃないけどマラソンを楽しみたい人用コースだ。マラソンなんて初めてだし、そもそも3キロも走ったことなんてない。完走できれば御の字ぐらいに思ってたけど、意外に走れるものだった。14分48秒というのは初心者的にどんなレベルのものだろう。それにしても元気ね、自分。昨日の夜はこのマラソンのことで配偶者くんと揉めた・・。今朝も引き続き揉めた。それで意地になって走った。足が疲れる前に呼吸が苦しくなって、のどが痛くてもうだめだと思ったときゴールがあった。配偶者くんとははぐれてしまっていた。その後合流して結果を見てみると、わたしの方が1分ほど早かった。・・・手加減して走ってくれてた?・・・それともホントに身体がなまってた?とりあえず今は、燃え尽き。
2006/01/08
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(コメントのお返事を書きました)七草粥を炊いてみた。今まで七草粥なんて食べたことがない。母が作ってくれたこともなかった。母いわく、「田舎育ちだから、ハコベとかセリとか嫌と言うほど見たし、食べた。 それを今更わざわざお金を出して買う気になれない」だそうである。なるほど。でもうちは「七草粥セット」を買ってみた。お手軽だ。おかゆを炊いて、七草を湯がいて刻んで・・・・・・という作業を朝の4時からやっていた。眠れなかったから。おかげで今朝の朝ごはんは七草粥。配偶者くんはそういう季節の行事が好きなので喜んでくれた。早朝から米を洗うわたしを不審に思いながらも。実際、お粥はあまり上出来ではなかった。米粒が堅すぎてお粥というより雑炊のようだった。七草どころか、そもそもお粥なんて炊いたことないんだもん。
2006/01/07
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(コメントのお返事を書きました)・・・といっても、ここに下ネタを展開するわけではなく。下ネタというものについての思い出を書いてみる。下ネタは、一切受け付けません!ということはないけれど、決して好きでもない。ただ知識はそれなりにある。女子大生だったから・・・。友達との会話の中で、聞くともなしに聞きかじった言葉たちは、耳の底に沈んで、今も役立っている。どんな風に役立ったかというと、社会人になってからのことである。会社の飲み会などに行くと、古典的なセクハラトークをされるわけだ。「ちょっとエッチな話を仕掛けて、照れる小娘の様子を楽しむ」というようなノリで、おじさまたちに下ネタを振られることがままあった。「えっ・・そんな。困ります」みたいな反応を期待されているかと思うと、俄然反抗心が燃え上がって、(絶対照れてやるものか! 逆に赤面させてやる!)という勢いで、振られた下ネタを笑顔で受けた。更に上乗せして返すこともあった。おじさまたちも呆れるぐらいに。そういうときは、(元女子大生をなめるな。そんな程度の下ネタなら、日常会話レベルだ!)などと思って心の中で勝ち誇っていた。でも勿論弊害もある。そういうのを続けていると「こいつは下ネタOK」と認識されてしまうのだ。当然である。で、その後は普通にそういう話題を振られるようになる。いい加減うんざりする。殴ってやろうかと思うことも多々あった。でもやっぱり「えっ・・そんな」的な反応は、悔しくてできなかった。その程度でわたしを赤面させようなんておこがましいんだよ!!と思ってしまうのだった。それもこれももう昔の話。今は会社の飲み会なんてものには一切出席しないから。下ネタを振られることもなくなった。配偶者くんは古風な考え方の持ち主らしく「女性がそのようなことを口にするものではない」と思っている様子がうかがえるので、当然我々の会話に下ネタはあまり混じらない。安泰だ。
2006/01/07
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(コメントへのお返事を書きました)ホームベーカリーでパンを焼いた。配偶者くんが買ってくれたのだ。海外赴任用モバイルパソコンを買ったときのポイントで払えたよ、といって、うどんも打てるやつを買ってきてくれた。なので早速食パン作成。朝から焼きたてパンって幸せな感じ。でもそれが赴任用パソコンのおかげかと思うとちょっと複雑・・・
2006/01/06
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(コメントへのお返事を書きました)そういえば今年に入ってから日記のタイトルを変えていた。「生活記」っていうのを止めていたんだけど、特に意味はない。大急ぎで記入していることが多かったから端折っただけだ。というわけで、今日から復活。配偶者くんはただいま準備中。何の準備中かというと、勿論海外転勤である。英会話教室に通わなきゃ、といって資料を集めたり(学ぶべきは英語じゃないのに)、海外からもメールが自由にできるようにするためモバイルパソコンを買ったりしている。なんだか楽しそう。楽しそうな彼を見てちょっと複雑。海外転勤はズバリ出世コースというわけではないけれど、これを断ると出世の道は険しくなるね、という感じのものではあるらしい。関係会社に出向という形で赴任するため、今月辞令が降りて異動になり、ついでに役職つきになるらしい。その「役職」がどれほどのものかわからないけど。あちらでは技術営業や現地監査が仕事になるのだそうだ。営業系の人は肩書きがあった方がいいから出世が早いという例に倣って、配偶者くんもプチ出世。出世って言っても、ダミーみたいな役職だよと配偶者くんは笑った。帰国したら剥奪されると思うし、と。でも勿論嬉しそうだった。男の夢なんだろうね、やっぱり。普段どんなに出世には興味がないって公言してても、役をもらってみれば嬉しいんだろうね。嬉しいし、自覚というか責任感というか・・そういうものも芽生えるんだろうね。それを応援したいよ。でもさ・・、やっぱり複雑。行かないでって言えないし。今すぐついていく決心もできないし(だって海外なんだもの・・)。今はもう平静な心で受け止めているって思ってたけど、やっぱりいろいろ気持ちは揺れるものなんだな。昨日、配偶者くんはお正月休みの続きだったので、1日家にいた。夜はふたりで「古畑任三郎」を見て、イチローを愛でて喜んでいた。こーゆう生活もあと3ヶ月かぁ。
2006/01/05
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(コメントのお返事書きました)今日から出勤。4連休は慌しく終わって、何事もなかったように今日から出勤だ。ほんと、ゴールデンウィークの方がよっぽど長い。まあいいんだ。5日以上も休んだ日には、2度と会社に行きたくなくなってしまいそうだから。4月から、配偶者くんの転勤が決定したのである。以前から話はあったんだけど、ほんとに行くのか、行くならいつから行くのか、サッパリ決まらないまま数ヶ月引っ張られてしまった。それが年末頃にようやく決まって、決まったと思ったら出発ももう目前で、おまけに行き先は海外なので、わたしはついて行かず配偶者くん単身での赴任になった。とりあえずはね。単身赴任で。そのうち我慢ができなくなったら、海外でもどこでも飛んでいこうと思う。いろいろ考えて悩んだり騒いだりしたピークはもう過ぎた。いざ出発っていう直前になればまた不安定になるんだろうけど、今は結構落ち着いている。そんな感じの2006年、どうなることやら。
2006/01/04
コメント(6)
(コメントのお返事を書きました)なんだか停滞してる。心身ともに。
2006/01/03
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(コメントのお返事を書きました)帰ってきました。本州の果ては遠かいです、やはり。700系のぞみのおかげで大幅時短とはいえ、贅沢を言うなら、飛行機のひとつも飛ばしてほしいところです。疲れてないつもりだったけど、家に帰って腰を落ち着けてみると、やっぱり疲労が溜まってるなあと感じます。明日は自分の実家に行く予定だし、何かと忙しい正月休み。明後日から出勤です。・・・・・・なのに眠くないのはどういうわけだッ!?***配偶者くんの実家からこれを入力する、呆れた嫁です。12時頃こっちを出て新幹線に乗る予定。夕方には自宅につくはず・・自分の家が恋しいです。あんな狭い「ザッツ・ウサギ小屋」であっても。****
2006/01/02
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(コメントのお返事を書きました)配偶者くんの実家に向かう新幹線の中です。風邪は全快せず…。しかし配偶者くんのご実家は都会じゃないから。長男の嫁は顔見せなきゃマズそうだ。やれやれ…。
2006/01/01
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