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2006.10.29
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この物語が小説として出てくることに驚きを隠せません。

5才まで生きられないだろうと宣告された娘を延命させるために
あらゆる手段を求める母親。
究極の選択でその娘にまったく適合した身体を持つ妹を儲ける。

この物語は妹が13才になった時からの家族の葛藤が描かれています。
病気の姉の気持ちと母親の気持ちが微妙にずれていくのですが、
表面にはあらわれません。
やさしい父親は仕事に逃げています。


母親も父親も医師も兄、妹も止めようがないのです。
出口の見つからないトンネルをひた走る母親に
かつての自分を見るようでした。

生きるか死ぬかの病気をまえにしたら
家族は医師のいうままに医療を受けるしかないのです。
医師は病気しか見ていないので
家族の葛藤は主に母親が中心に納めます。
でもその母親もすべてが見えているわけではない。
中心人物である姉のこころもしかり。

生体肝移植が受けられると分かったとき
母である私はやっと希望の光を見たと思って飛びつきました。

この手術の結果私が死んでも
またJ子が死んでも運命だと思えました。
それほどに暗いトンネルの先の光は明るかったのです。

術後、J子が「あんな手術するなんていやだった。」
と、聞いたとき、

と気がつきました。
病気に追いかけられる母親には子供を死に獲られないように
突っ走るしかなかったように思います。
気持ちを待っている余裕がないのです。

この物語の最後は突然です。
実際、死は誰にも公平に隣にあるのでしょう。





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最終更新日  2006.10.29 15:41:21
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