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ども。船沢です。 m(_ _)mヴァイオレンスかつスリリングなものを見てしまいました。いろいろとツッコんでやろうかと思いましたが、事態が余計に悪化しそうなのでやめました。堪えるのって、勇気が要ります。 ……ちょっとオトナの階段を上りました。俺はまだシンデレラですがね。でも、「幸せは誰かがきっと運んでくれる」とはもう思わなくなりました。思い出がいっぱいの、船沢です。m(_ _)mきょうもこんな感じということで。 ◆最近気づいた法則 喧嘩を仲裁しようとあれこれ言いにきた奴が、 余計に事態をこじれさせる。 お知らせ★何の因果か、『船沢荘一 「鵡鷺愚《ぶろぐ》」』の記事が、なんと羽富都史彰社長のブログで取り上げられました! 引用された記事はこちら→ 羽富都史彰:「翔(はばた)く女性を応援するには???」 そもそもは、羽富社長のブログへのコメントとして書いたものだったのですが、そのままコメントとして終わらせるにはもったいない文章だったので、せっかくだから皆様にも見ていただこうと、件の記事の引用も含めて、丸々一本の記事に仕上げてみました。(要は“present”という駄洒落が書きたかっただけ……) そうしたらなんと、逆に私の記事が向こうに引用されるという、自分でも予想外の事態に! 箸にも棒にも、歯牙にもかからないと評判の私のブログに、ようやくスポットライトが当たった瞬間でした。 もうひたすら、「感謝、感謝、感謝」(by羽富社長)です。 そんな“掟破りの逆DDT”を喰らった前回の記事はこちら。 特にネタもないので、今回はここまで。たまってるネタ、何とか形にできるといいなあ。それではまた。 \(^o^)/
2007.05.27
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お元気ざますか。船沢です。 m(_ _)m今回の話は「プレゼント」について一席。 ときに皆さん、「プレゼント」ってもらったことはありますか? 読者の大半は、一度くらいは誰かから何かを“お祝い品”として受け取ったことがあるのではないでしょうか。 私は……ここ10年くらいは、誕生日プレゼントを含めて、そういうのはもらった記憶がないですな(泣)。兄者たちから飲みに連れて行ってもらったり、そういうことは毎年あるのですがね。 ちなみに、自衛官時代に所属の中隊から渡された誕生日プレゼントは「バインダー」。 ……し、しょぼい。 orz 何でまた、唐突にこんな話になったのかというと、“女性の心をつかむ”ことで評判のワクワク系衣料品店、株式会社ロコレディの羽富都史彰社長が、ご自身のブログでこんな話をされていたからです。 彼女たちが働きやすい環境を整えるためには、徹底した「配慮」が求められる。 だが、「遠慮」はしなくていい。 女性が就業しやすいように、いかに現場の環境を整えるか? その一環として、彼女たちの考え方をいかに理解し、どう心理を読むか? それらを踏まえたうえで、従業員に指導を行う必要がある。 「配慮」はするが、「遠慮」はしない。 就業シフトや備品、室内の空気、果ては化粧室(便所)に至るまで、徹底的に気を遣う。そうすることで、彼ら(この場合は彼女ら)は自己の存在意義を会社から認められたと感じ、就業モチベーション(やる気)と会社に対するロイヤリティ(忠誠心)が高まり、ひいては部門もしくは企業全体の業績向上に寄与する。 だが、気後れすることはない。気にしすぎて、下手に遠慮してしまうと、ある者は不安になり、ある者は上司やトップ、会社そのものをナメてかかってしまうだろう――。 従業員の対人マネジメントにおいて、必要不可欠なファクターですね。 ……が、私が注目したのは、じつはそこではありません。 上記の一環として、羽富社長が従業員や採用希望者に対していつも行っている「魔法の人心掌握トーク」に、私がある“想い”を感じたからです。 それは「一期一会」。 いうまでもなく、「たとえ一時でも、竹馬の友、生涯の盟友、高貴なる傑物に接するのと同じように、その出会いを大切にせよ」……という意味ですね。 念のために言っておくと、“いちごいちえ”と読みます。“いっきいっかい”じゃありませんぜ。 さて、先述の「魔法の人心掌握トーク」(ついさっき私が命名)は、お察しのとおり、マーケティングトルネードの佐藤昌弘先生が開発・指導している、わずかなステップのダイアログ(対話)で短時間のうちにクライアントの心に入り込み、悩みの原因や、真の欲求をあぶりだす「魔法のセールストーク」と似たようなものです。 もうお気づきかとは思いますが、両者の共通点はまさしく「一期一会」にあるといえます。 いま、このときの出会いに感謝する。 その上で、目の前のクライアントに全身全霊を傾けて、その人の問題を解決する。 正直、解決できるか否かは問題ではありません(そりゃ解決できたほうがいいに決まってるが)。 でも、クライアントにとってみれば、「わざわざ貴重な時間を割いて、自分のために親身になってくれている」――そのことだけで、十分にうれしいのです。 なぜなら、「相手の心に深く入り込み、本当の悩みを聞きだす」というプロセスは、聞き手に極度の忍耐と寛容を強いるからです。そしてそれゆえに、このプロセスに全力を傾けている聞き手(コーチ)の姿を通して、クライアントは彼の「誠実さ」を感じ取ります。 こうした誠実な行動が、クライアントに絶大な感動体験=「ゴールド エクスペリエンス」をもたらすのです。 さて、本題はここからです。 「魔法のトーク」を通じて、話し手であるクライアントは、あれこれ話しているうちに“あること”に気がつきます。 自分自身を掘り下げるダイアログを通じて、自分の「過去(ルーツ)」を知るのです。 その中には、話してみるまで本人でも気がつかなかった、あるいは忘れていた、数々の思い出が含まれています。 自分をぎゅっと抱きしめてくれた、母の胸のぬくもり。 産婦人科の病室での、新しい家族との出会い。 はじめて親に買ってもらったおもちゃ。 遊園地に連れて行ってもらったこと。 テストでいい点をとって、頭をなでてもらったこと。 心配のあまり、今にも泣きそうな顔の親父にぶん殴られたこと。 夏休みに家族で見た、あの山から見下ろす壮大な風景。 自分の将来の進路を話したら、その場で正座させられ、親父に何時間も絞られた。 何もかも投げ出したくなって、ふと見上げた夜空に、やさしく輝くまあるい満月。 中には、親が働いていたり、片方しかいなくて、そういった思い出の少ない人もいるでしょう。 あるいは、いやな思い出しか残らなかった人もいるでしょう。 けれども、それらすべてが、その人のパラダイムを形作る“もと”となっているのです。 つまり、考え方や言葉、対人態度の規範となるものが、この時期――具体的には6~9歳前後に形成されるといわれています。 このように、ダイアログを通して相手の過去の話題へとさかのぼっていくことで、まるでタイムマシンに乗るように、その人の「ルーツ(起源)」を知ることができるのです。 重要なのは、「過去」を知ることで「現在」の姿を理解し、「未来」をつくっていくこと。 余談ですが、「未来(future)」や「過去(past)」に対応する、時間軸としての「現在」を、英語では“プレゼント(present)”といいます。 そう、「(贈り物を)贈る、手渡す」という意味の“present”と同じ言葉です(実際の発音は違うが)。 いま、そこにある現在。 私が、ここにいるということ。 あなたが、そこにいるということ。 私とあなたが、この場で出会えたということ。 この日、この瞬間まで生きてこられたということ。 ――そのすべてが、神様からの“プレゼント”ってわけです。 誰かの「過去」を知ることは、その人の「現在」までの恩恵(プレゼント)に気づかせ、豊かな「未来」へとつなぐためのプロセスでもあります。 自分が受け取った、たくさんの“贈り物”に気づけば、他人にも“贈り物”を与えられる、豊かな自分になれる。 人との出会いや、企業での面接、コンサルティングやカウンセリングには、そんな意味合いもあるのです。 そしてまさに、これこそが「一期一会」の真髄だといえます。 われわれは探求をやめてはならない。そして、われわれのすべての探求の最後は、はじめにいた場所であり、その場所をはじめて知ることである。 ――トーマス・スターンズ・エリオット「『言葉』でなく『心』で理解できた!」(『ジョジョの奇妙な冒険』第5部より) 体験、思い出、人との出会い。いいことも、悪いことも。そのすべてが、あなたに与えられた、神様からの「プレゼント」。それらを丸ごと愛したとき、あなたはもっと、豊かで幸せになれる。 こんな感じでしたが、いかがでしょうか。ついでといっては何ですが、形のある「プレゼント」をお求めなら、こちらのお店へどうぞ。それではまた。 \(^o^)/
2007.05.25
船沢です。 m(_ _)m誰とは申しませんが、まあ昔の人々にちょっとした私信を。見ているとも思えないけど、なんか見てるっぽいので。現在の姿を見て接すれば、人は現在のままだろう。 あるべき姿を見て接すれば、人はそのとおりになるだろう。 ――ヴォルフガング・ヨハン・ゲーテ いろいろと言いたいことはあるが、まずはそれだけ。10年あれば、家庭にもよるが、生まれた子供もお赤飯を炊いて祝うお年頃だろう。にもかかわらず、「過去」のものさしで、その人の「現在」を見ようとするのは、あまりにも杓子定規に過ぎないだろうか。もっと簡単に言うと、相手を見る側に、あまりにも進歩がなさ過ぎる。私自身、ここに来るまでに、捨てたものも、失ったものもある。新しいステージに行くために、自分から捨ててしまったものもある。けれども、それ以上に得たものも多い。そうやって、いまの自分があると思っている。おそらくこれからも、人生におけるこうしたトラッシュ&ゲットは続いていくだろう。まあただ、自分自身、そんなに進歩のある人間だとは思えない。払拭したい過去、消せない過ちなど、いくらでもある。しかし、おのれ自身を省みて、少しずつ自分を変えていけるのが「人間」なのだから、いまそこにいるのは、昨日の、1年前の、3年前の、5年前の“あいつ”とはどこか大きく異なっているはずなのだ。そのことを踏まえていないと、かつて鼻で笑っていた相手に、いつか大きく足元をすくわれるかもしれない。「俺」も「君」も「あいつ」も、誰もがみんな、お互いに……だ。 少なくとも、確実に言えることがいくつかある。小さなコミュニティだけが、世界のすべてではないこと。その中で大きなことをやろうとしても、結局世界は何も変わらないということ。何かを啓蒙しても、構成員のパラダイムがすぐに変わるとは思えないし、構成員のプライベートにかかわることまで、コミュニティは何もしてやれない。自分自身が新しい世界を体験して、過去の世界から脱却し、自分自身を変えていくことでしか、自分を取り巻く世界は変えられないのだ。旧世界のパラダイムにしがみつく人は、そのまま取り残されるだけだし、変化が異なる者は、ある変化をした人とは別の世界軸を生きることになるだろう。ひとたび「新世界」を見て、新たな視点を手に入れてしまった人間は、もう過去のステージとパラダイムには戻れないのだ。たとえそのために、身内や友人から「奇人変人」のそしりを受け、あるいは衝突することになろうとも……。 そう考えると、古い世界の色つきメガネでしかモノの見えてない人々の、なんと多いことだろう。誰かの過去の不祥事をいつまでも蒸し返して、掲示板でクダを巻く者も、部下の失敗をあげつらって、ネチネチと何時間も説教する管理職も、居酒屋で酔った勢いで、上司や社長の悪口をまくし立てるサラリーマンも、寄り合いの席で、親戚や町内会のあの人の悪口を言う主婦も、みーんな「同じ穴のムジナ」だ。他人の悪口を言って、余計に胃の中がモヤモヤするくらいだったら、遠出したり、本でも読んでいたほうが、よっぽど頭にも健康にもいい。 というか、そいつの名前を思い出すのもイヤなら、むしろいちいち反応せず、名前も出さずに放っておくべきでは?なぜ彼らは、過去の傷口を、みずからの手で広げるマネをするのか?スティーヴン・コヴィー博士も名著『7つの習慣』で言っているが、「“刺激”に対する“反応”」は、自分の意思で選択できる。そこには、「相手に対する期待」=ビジョンも含まれている。その人の「過去の悪い姿」しか頭にないのならば、みずからが望む「相手のあるべき姿」=理想のビジョンを相手に投影すればいい。誰かを王様にしたいなら、その人を「王様」だと思って接し、それにふさわしい言葉をかければよいのだ。あの娘を一流のレディにしたいなら、自分からそのように振舞うべきだし、よい親、よい子であることを望むなら、その希いを日常生活で示せばいい。心理学で言うところの「ピグマリオン効果」である。それほどまでに、その人を「ダメな奴」と思っているのなら、変わってほしいと思う部分、理想の姿を希い、その人が「すばらしい人」になることを常に祈ることだ。やがてその人は、内側から静かに変化を始めるだろう。 変わらないものをいつまでも嘆くより、変えられるものを変えることからはじめよう。まずは毎日の言葉を、明るくハッピーなもの、誰かの豊かな幸せと成功を心から励ますものにすることから。身も蓋もない言葉を投げかけて、相手を落胆させるのは、もう終わりにしよう。本気で成功したいなら、成功者の言葉を選んで使い、成功者と同じマインド(考え方)を身につけることだ。それでも周囲が変化を拒否し、現状維持を望むのなら、彼らに足を引っ張られ、エネルギーを吸い取られる前に、「あれはそういう人種なのだ」と割り切って、自分から遠ざかろう。他人の愚痴や悪口は、悪いオーラを溜め込み、心身を害することはあっても、いいことなんか何一つない。むしろ本人の眼前で直接指摘するほうが、まだお互いのためになる。 ……まあ、そういうことだ。これ以上は何も言うまい。現在のペンネームに決めたときから、旧縁が切れることも覚悟の上。逃げた魚を追いかけるほど、自分も野暮じゃない。とりあえず「達者で生きろ」とは言っておこう。では。以上、私信終わり。それではまた。 \(^o^)/
2007.05.24
どうも。船沢です。 m(_ _)mこれから法事があるので、今週いっぱいまでお休みさせていただきます。留守中のご用件はメールで。それではまた。 (^o^)/
2007.05.16
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ジャンボ!(スワヒリ語) 船沢です。m(_ _)m 今回は経営者や組織のリーダーにも、ぜひオススメしたい「萬画」をひとつ。 ネオ・スポ根の新しい形『おおきく振りかぶって』 今回取り上げるのは、「アフタヌーン」(講談社)で好評連載中の、ひぐちアサ原作による野球萬画『おおきく振りかぶって』(略称「おお振り」)。【重版予約】 おおきく振りかぶって 1~7巻セット 楽天オリジナル特典付き これがただの野球ものとはわけが違う。いまやその人気が高じ、4月からTBS/MBS系列でアニメ化もされています。◆あらすじ かつて存在した軟式野球部を復活させ、埼玉県立西浦高校に新設された硬式野球部。そこに集まったのはたった10名、しかも全員が今年入学したばかりの1年生。 そこでエースピッチャーを張ることになった、実力はあるのにものすごくヘタレた少年・三橋廉と、その才能を見抜き真のエースにしようとするID捕手・阿部隆也。これら実力ぞろい(?)の個性的な面々をまとめる巨乳(!!)女性監督・百枝まりあ(通称モモカン)。 おたがいに成長していく部員たちと共に、阿部は三橋の心に救う根深いトラウマを解決しようと尽力し、三橋もまた気弱で卑屈な自分から抜け出そうとしていく……。 それぞれが数多くの問題を抱えながらも、彼らは甲子園を目指すのだった。◆まったく新しい「スポーツメンタル」という切り口 本作がこれまでの野球マンガと一線を画している点は、精神論や技術ではなく、「スポーツ心理学」という観点から、ライバル校のそれをも含めた選手たちの「メンタル面」を描いたことに尽きます。 各選手のバックボーンに起因する性格描写や葛藤、それらが生み出す息詰まる心理戦。 主人公・三橋のヘタレ化の原因となった、みずからの境遇、それによる中学時代のチームメイトの不信。 部員たちを本気で甲子園に行かせるべく、モモカンと顧問の志賀先生が繰り出してくる数々のトレーニングメニュー。 ことに注目に値するのは、志賀先生が唐突に提案する、セミナー仕込みのメンタルトレーニングの数々でしょう(ただし話の振り方がおかしいのか、部員たちは毎度、面食らっています)。 中でも最初の合宿で、先生が右脳の働きを理解させるためにフォトリーディング®(作中では単に「速読術」と呼称)について取り上げたシーンを見たときには、私は「この作者、間違いなくやってるな」と思ったものです。 また、登場人物のダイアログ(会話)――特にモモカンが部員たちにアドバイスを行う各場面、あるいは阿部が三橋の過去に触れようとするシーン――において、心理学やコーチングのメソッドを応用した(と思われる)やり取りが用いられていることも見逃せません。 こうした一連の心理描写から、作品の舞台や世界観に至るまで、すべてが忠実かつリアルに作りこまれているのが、本作の大きな魅力といえます(ちなみに舞台となる高校は作者の母校がモデルになっています)。 この面白さを裏付けるかのように、本作は2006年に第10回手塚治虫文化賞新生賞を、2007年には第31回講談社漫画賞一般部門を受賞しています。◆人を描くには、まず「人を知る」こと それもそのはずで、作者のひぐちアサ先生は、法政大学にてスポーツ心理学を学んだという、クリエイターとしては異色の経歴を持っています。 在学中より体得した心理学やコーチング理論などを、キャラクターの描写やダイアログに織り込むという独特の作劇術によって、彼女はそれまでの根性論や技術向上を謳ったスポーツマンガとは異なる、新しい境地を開拓したのです。 何よりそのメソッドがもたらす最大の利点は、「読者はほぼ必ず、登場人物の誰かに感情移入できる」ところにあります。 登場人物の性格や心理、行動原理などを、その基盤から逆算して作りこんでいるので、彼らはみな、とても生き生きとリアルに描かれているのです。たとえ端役でも「こいつは俺に似ている」……そう思わせるキャラクターがいても、なんら不思議ではありません。 またそのことによって多くの葛藤が生じ、実に深みのあるドラマ(劇)がつくり出されています。 ドラマとはダイアログの積み重ねであり、同時にそれは制約と葛藤の中からしか生まれないので、登場人物たちの葛藤や断絶が大きくなるほど、物語のドラマが転がりやすい(=先の読めない、面白い展開になる)ということがいえます。感性や画力・文章力だけではクリエイターになれない ところで登場人物の作り込みは、クリエイターなら誰もがやっていることでしょう。 しかしながら、そのための体系的・実践的な理論を知っているのとそうでないのとでは、人物像や世界観のリアルさに雲泥の差が生じます。 たとえ実体験が豊富でも、その再現性が著しく異なるのです。 もっともわかりやすい例でいくと、たとえば「身内が死んだとき」。 ステレオタイプな場面描写では、こんな感じでしょうか。「心電計が止まると共に、パタリと落ちる患者の手」「すがり付いて泣き崩れる親族」「親族や友人に報告の電話をするが、絶句してそれ以上声にならない」 ……あー、これってよくドラマで見かけますねぇ。こうした作劇上の“落としどころ”によって、観客の涙を誘おうってわけです。 でも、じつはここからすでに、物語などでは決して描かれることのない「真実の瞬間」があるのです。 実際に当事者として立ち会ったことのある人ならおわかりになるかと思いますが、実際には必ずしもあんなふうにはなりません。 とても繊細な人だったり、不慮の事故などで「突然に死なれた」などの状況だったらたぶんそうなるのでしょうが、多くの場合、むしろ逆にとても冷静になってしまいます(一方、極度のストレスで心拍は上昇し、血流や血圧も高まっています)。 「死」という非現実的な状況を自分の中で何とか受け止めようとするために、脳がフル回転を始めるのです。 まあちょっとしたプチパニック状態、すなわち「ブレインストーム」ですね(心の弱い人は、この時点で現実を消化しきれずに大パニックを起こし、廃人化します)。 ちなみに5年くらい前に私が見たよそ様の事例では、「目の前で夫が倒れ、そのまま逝ってしまった」ことを奥さんが家族に電話していたのですが、そのときの話しぶりは妙にテンションが高く、努めて平静さを保とうとするあまり、本人はむしろ嬉々として夫の最期を伝えていました。 その光景が傍目にはとても奇異に見え、またかえってそのことが「日常に潜む非日常」を浮き彫りにしていたのです。 こうした現実にもっとも近いシチュエーションを描いた萬画作品といったら、まず間違いなく『タッチ』(あだち充/小学館)を挙げることができましょう。 仄暗い病院の霊安室で、上杉達也が朝倉南に淡々と語りかけるあの名シーンを引き合いに出すまでもなく、同作は登場人物たちにとっての現実をある日突然打ち砕く“身近な者の「死」”を極めてリアルに描いたという点で、ある意味歴史に残る傑作といえます。◆人間の「しくみ」を知ると、“人間”がわかる どうしてこのようなことが起こるのかというと、人間はパニックに陥った場合、少しでも理想と現実のギャップを埋めて心の平安を取り戻そうとするべく、その問題を解決しようとする行動や、思ったこととは正反対の行動を取ってしまうという性質があります。 いわゆる「振り子の法則」と呼ばれているものです。 ちなみに神田昌典先生が提唱されている「感情マーケティング®」では、こうした心理的事象に着目し、顧客の潜在的な不安を取り除くことで企業との間に長期的・永続的な信頼関係を構築していきます。 一般に「お客を心理的に操作する」などといった誤解を招いていますが、実際はお客の心理状態の流れを「読み」、その悩みや不安の根本を探ることで、その人を何としても救いたいという“心からの希い”としてお客の悩みを解決に導く――というのが本質です。 このように、一見して複雑多面に見える人間の感情には、ある“スイッチ”を刺激することで特定の行動をとってしまうというメカニカルな一面があります。 心理学や神話学は、人間の心の機微や物語の展開、登場人物の役割などをパターン化し、体系化することで、より深いレベルでの理解と実践的活用に寄与しようという学問です。 その意味で両者は、古来より変わることのない普遍的な「人間のメカニズム」を学ぶ学問であるといえるでしょう。 これらを昨今のマーケッターやクリエイター、デザイナーがビジネス上の必須科目としているのも頷けます。 「人間が、機械的にコントロールできるはずがない」「人の性格や人間関係はもっと複雑なもので、パターン化できるとは思えない」 ……本当にそう思います? 現実もフィクションも、役者や舞台装置、セリフなどが異なるだけで、じつは同じ状況が何千年にもわたって繰り返されているのだとしたら……? さらにこれを逆手に取り、ビジネスや教育、日常生活での問題が解決できるとしたら……? これを使わない手はないですよね。⇒以前の記事『神話から学ぶ、パターン(お約束)を読む力』もあわせてどうぞ。 この調子でいくと、「おお振り」の作中にマインドマップ®が登場するのも時間の問題かと。 それにしても、いいすね、モモカン。 もう、お乳様に足を向けて寝られない!(笑) ではまた。 (^o^)/
2007.05.14
どうも。船沢です。m(_ _)mお久しぶりというかそんな感じです。忘れてる人もそうでない人も、懲りずによろしく。見てのとおり、ダラダラやっていたら、いつの間にか丸一年勃ちました。もとい、立ちました。思えばこの間、いろいろなことがあったものです……(遠い目)。でも何割かは書き込み自体がめんどくさいので省略。あと、何やら新しい(怪しい)動きがあった模様です。詳細は決まり次第、追って連絡したりするかもしれません(やや弱気)。これからのキーワードは「おもしろまったり」――つーことでどっすか?ちなみに「まりもっこり」とは関係ないですよ(笑)。面白きことなき世を面白く。そして人生をまったりと。……ええ、ロハスですよLOHAS。そゆことです。書きかけのネタがやたら溜まってきているので、そろそろどうにかしたい。何か頭をスッキリさせる方法はないものでしょうか。……などと文句のひとつも言いつつ、それではまた。\(^o^)/
2007.05.10
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