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2006.08.01
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きのうの「翻訳とはなにか」よりも、非学術的なので読みやすいだろう。
(・・・というか、新聞などに載ったものの寄せ集めらしいので、最後まで一貫した話でないので、変と言えば変。多様といえば多様。)



日本の文化は受け身文化とはよく言われることだが、言葉も受け身だった。
著者の言葉を借りれば「凹文化」だそうだ。

昔は中国から漢字を、最近では英語などを受け入れてきた。
そして、それらは全て「名詞」だったというのは、言われてみれば!!と眼からウロコだった。

「名詞+する」「名詞+な形容詞」のように全て派生語としてしか使用されていない。漢字でもカタカナでもそうだ。

それは、著者の言葉によると「『旺盛』かつ『貪欲』に、『異質なものを受け入れて』いき、『調和を先にし、理解を後回し』」だったそうだ。



これを著者は「」と呼んでいる。つまり箱が先、中身は後っていう意味らしい。
(なにか別の命名だったら、学術界でも有名になっていたかもしれない・・・と思うのだが、この「命名」イマイチわかりにくいよね・・・??)



あと、翻訳された文学で私が一番嫌いなのは「彼」がやたら登場することで、彼の、彼による、彼のための・・・ってリンカーンかい!!っていつも思う。

でも、日本の文豪たちは違った。志賀直哉は「彼」を第三人称ではなく、「主人公」にしてしまったのだった。

これって「恋人」を「彼」というのに似ている用法かもしれないが、志賀直哉が先駆けだったらしい。


そうそう、憲法や法律での「その」の乱用や、主語と述語が離れするぎているのは、翻訳調に依っているらしい。わかるような、わからないような法律用語。

もしかして、国民を目くらまししてる??!!





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最終更新日  2006.08.01 12:04:54 コメント(2) | コメントを書く


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