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昨日、お友達Yちゃんがハーフの娘を連れて都内にあるモデル事務所に登録に行きました。六本木にある2つの事務所のひとつは、「ここがへんだよ日本人」などの外国人が多数登録している事務所。彼女はトムクルーズ似のかっちょいい旦那さんも連れて行ったのですが、事務所の人から「旦那さんも登録していきませんか?」と勧められたそうです。「うちの主人日本語できませんよ」と言うと「日本語が話せなくても、お仕事はたくさんあります。」と言われて、旦那さんもその気になって、親子で登録したそうです。日本語の話せない外国人モデルのお仕事とはいわゆる「再現VTRモデル」だそうです。「アンビリーバボー」とか「運命のダダダーン」とか「世界仰天ニュース」とか。。。。そういえば埼玉に住む私の友達の旦那さんは先日「運命のダダダーン」の”スピルバーグ特集”の時スピルバーグの父親役として、登場してましたっけ・・・・昼間は英語の先生。そしてちょこっとTVのアルバイト。ちょっとしたおこずかい程度になっていいですよね。そしてYちゃん親子はもうひとつのモデル事務所にも登録に行ったそうです。日本人と違って、外国人やハーフのモデルの場合ひとつの事務所だけに登録しなくてもいいとか???(私も知らなかったけど。。。)そしたらね、「ただいま===」とちょうど事務所に戻ってきた人がいたんですって。なんと「セインカミュさん!!!!」きゃあああーーーー私、9年前に彼がまだNHKの「やさしい英会話」に出演していた頃から、ずーーーっとファンだったんです。今でも彼の出ているビデオとテキストを大事に保管してるんですよ!でもYちゃん、ミーハーMinamiちゃんとは違ってぽよよ~んとした子なので、「あーーーセインカミューだー」だけだったそうなの。なんてもったいない!!でもYちゃんの旦那さんは同じアメリカ人として、ベラベラ話していたそうだけど・・・(うらやましい~)そこの事務所でもYちゃんの旦那さんは「旦那サンも登録しませんか?」と勧められたそうです。そりゃーそうだよなーだってトムクルーズだもん・・・・うちの白熊君を連れていって、果たして「旦那さんも・・・」と勧められるだろうか???と思ってしまった(-_-:おそらく無理だろう、、、、私もその事務所に登録したーーーい!!!とYちゃんに言ったら「じゃあTさんも一緒に連れていきなよー!」と言ってたけど、99%の可能性で何も旦那について言われなさそうだし、言われなかったとき「ああーやっぱりなー」と、わかっていてもがっかりしちゃうだろうから、白熊君は連れて行くのはやっぱりやめよう。。。トムクルーズ似のYちゃんの旦那さん、みんな見てみたいでしょう?ちょこっとだけ見せちゃおう。ボカシ付きでね。 身長は186cmくらいはあると思います←ってなに人の旦那説明してるんだーーー????? *前の日記でHP初登場時の白熊君の写真*w(゜_゜)w オオー! こう見ると全然違うなーーーうちの旦那、やっぱり白熊だ。。。でもぬくぬくして暖っかそう!?(笑)それでも白熊くんの方が好きよ、私!っていう奇特な方、いましたらよろしくお願いしま~す!!
2002年06月30日
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今日思い切ってピアノを購入しちゃいました♪といってもちゃんとしたアコーステイックピアノではなく電子ピアノです。でもメーカーはYamahaでちょっと弾いてみた感じはホントのピアノそっくり。某有名デパートでお値段14万円のが89000円の特別価格でしかもさらにカードを作ったから、特典で5%オフ+1000円値引きでなんだかんだ、さらになんか値引きがあって80000円くらいで買えました。来週配送されてくるんですが、ホント楽しみなんです。小さい頃は無理矢理やらせていたピアノ。ほんとに嫌で嫌で仕方なかった。。☆Minamiちゃんの習い事参照してね☆でもようやっと自分から「やりたい!」という気持ちになって、自ら購入したんだから今度こそちゃんと練習しようと思います。早速母親に電話したら、すごく喜んでいました。「自分からやりたいなんて、初めてじゃない?」母もわかっているんです。私が嫌々やっていたことを・・・購入の手続きをしているときに、ADSLのキャンペーンをしている女の子がいました。白のレースクイーンのようなミニのワンピースにマイクをつけて、宣伝していました。ふと見ると、うちの旦那「ふむふむ」と女の子の説明を食い入るように聞いています。しばらくすると旦那私のところへきて、こう言いました。「あの彼女がきているミニのワンピース、売ってないのかなー?」は~!!!!????何言っとるんじゃ!?ニコニコしながらさらにこう続けます。。。「Minamiがあのワンピースをきて、マイクをつけて僕がお客さんで、、っていうコスプレ・プレイやってみたいなーMinamiがこう言うんだよ「このソファーとても座り心地がよくて、快適ですよー」そして僕が「そうなの?どんな風に快適なんだい?」Minami「お客さま、是非ためしてみてくださいね。どうぞソファーにお座りください!」旦那「おおーー実にいい座り心地だねえーーと思ったら君の上に座ってたねーーどうだい、一緒に横になった感触も味わってみないかーい!?うわっはっはっはっはっ!!!!」あんたねーーーー----(-.-")凸 旦那の一人妄想が暴走しないうちに、私はとっとと購入手続きを済ませ、その場を去りましたわ。。。。人がせっかくピアノをがんばろう!!!と清い心で買い物をしているっつーのに、白熊ったらまったくどうしようもないわーーーーー旦那に宣言「今日の日記はあなたのこのスケベ妄想の話に決まり」旦那「NOOOOOO-------僕がスケベだって思われる~」心配しないでいいですよ。もうみんな知ってるから♪Ψ(`∀´)Ψ
2002年06月29日
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小さい頃からボール遊びが大好きだった息子アンシー。将来なにかスポーツ選手の道へ進んで欲しいと私も旦那も願っている。ベースボール・メジャーリーグ選手になって、ママとダデイーに大きな家を買っておくれ!と1才半の頃からアンシーに言っていた(笑)アメリカンフットボール好きの旦那はNFLの選手になってもいいよ♪なんて言っているけど、いやいや大きな怪我ひとつで選手生命または命さえ落としかねない不安が家族にはあるからそれは駄目よ・・・そもそもうちの旦那小さい頃から2つのスポーツを掛け持ちしていた。1つはベースボール。セカンドを守らせたら右にでるものはいない!とスクールで言われていたくらい、グッドプレイヤー。もう一つはレスリング。おじいちゃんの代からのレスリング一家で、旦那が一番素質があると言われていた。春・夏はベースボール。オフシーズンの冬にレスリングをするというハードスケジュールだった。ベースボールシーズンにはたくさん食べ、体力を付けプレイをしレスリング試合前には3日間絶食して、体重をなるべく落とすというような感じだったらしい。高校の時、野球の世界へ将来進みたいと考えていたがオフシーズン中のレスリングの試合で、左手の手首と指を痛めてしまった。その為にベースボールができなくなってしまった。レスリングではオハイオス州チャンピオンシップにまで出場できるほどで、学校ではちょっとした有名人。でも本人いわく、スポーツ1本の青春だったためにガールフレンドは一人もいなかったらしい(ホントかっ!?) 当時の写真を見せてもらった。キャー細くてかっこいい!この頃に知り合いたかったわーん!だけど旦那レスリングの道へは進む気はなかったみたい。先の日記にもあったように、悪いお友達と知り合いになってしまって、健全なスポーツの青春から、悪の道へ足を踏み入れてしまったの・・・・そんな落ちてしまった旦那を見かねて、旦那のお父さんが「お前はLOOSER!!!(負け犬)悔しかったら どこかの会社に就職してみろ!どこもお前をやとってくれる所はないだろうよ!」と渇を入れてくれて、負けず嫌いの旦那。「親父よ見てろよ。絶対驚かせてやる!」と必死に勉強して、今のコンピュータ会社に就職。仕事の関係で、日本の外資系会社に転勤になったのです。そして日本にきて間もないときに私と運悪く!?知り合って現在に至る・・・・といったところでしょうか・・・(#^0^#)pところで息子のアンシー。ベースボールの道へ進ませたいという旦那の気持ちと裏腹に、「サッカー選手になりたい。べッカムみたくかっこよくなりたい」と最近言うようになった。恐るべしべッカム人気!今朝アンシーは鏡を見ながら、坊主からようやっとのびた短い髪を濡らしながら、べッカムヘアーを作っていた。 携帯で撮ったから見ずらいかもしれないけど、いちおう本人はべッカムのつもり・・・(笑)まだほんの5才。何にでも挑戦できる未来がある。将来どんな道へ進むのか、どんなスポーツを極めていくのか本人のやりたいよう 暖かく見守ってあげたい・・・・***おまけ画像**** 今日は天気もよかったので、ちょっとお腹を出してみた!(なんじゃそれっ)実はこのチェックのシャツ、7年前に購入したもの。へそ出しルックができるのもあと数年(もうやばいって声も聞こえるじょーーーー!!)いつまでも若くいたいと心がけているMinamiちゃんでーす♪(ちょっとぼかしを入れさせてもらったわん!ごめんね!)
2002年06月28日
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テレビ東京の番組「クイズ!!赤恥青恥」というのを知っていますか?4年前アメリカへ引っ越す直前に出演しました。収録はアメリカへ旅立つ2日前、放送は私達が引っ越した後でした。今はどういう形式になったかわかりませんが、当時は9組の回答チームがVTRを通じてそれぞれのクイズに答えていくというもの。私たちは9組の中で最後の「最後のお別れチーム」でした。回答VTRの中で、それぞれみんな自分の趣味や、特技学校の修学旅行や、お店の宣伝などをしながら、順番に答えていくのですが、私たちはちょっと違いました。「アメリカへ旅立つ前に、大好きなお父さんへ最後のお別れを言いたい!」というストーリーでした。実際の出発は2日後だったのですが、テレビ構成上「今夜の成田発の便で出発する」という風にスタッフに言われました。当時7ヶ月だった息子を連れて、旦那と3人で取材クルーと早朝、駅で待ち合わせ。そこでインタビューのあと、1問クイズを答えて「さあ、これからお父さんに会いにいきましょう!」と埼玉までロケバスに乗って出発。~答えは日記の最後にあります!~問題1{アメリカで行われるストーブリーグとは?}父の会社に到着後、スタッフは父のもとへマイクをつけに・・・そして私は「ここが父の会社です」と紹介しながら会社の中に入ります。事前にマイクをスーツの内側につけている父。「どうしたMinami!!(驚!)今夜出発じゃなかったの?」と私が突然会いに来た設定で驚きの演技をする父。そこで父も交えて第2問。問題2{宅配便と宅急便の違いは?} 私 「小さい頃お父さんと行った思い出の場所にいきたい!」というセリフを言います。それは武蔵野村という遊園地なのですが、実際私は行った記憶がないです(笑)武蔵野村に到着。動物と戯れたり、乗り物に乗ったりいろんなシーンの撮影をしました。そこで第3問と第4問を答えます{酒税改正についてとものさしの溝についての問題}さあいよいよ成田へ出発!!!ロケバス成田へ向かいます!!!!!成田へ到着したのはもう夜の10時頃。すべての業務を終了した後の空港だったのか、人が誰も歩いていません。(これも不思議だ!)そこでまず最終問題。{中身の透けているカメラなどの機種をなんと呼ぶ?}そして最後のシーン。スタッフからマフラーと手紙を渡されます。その手紙は実は移動中、スタッフに書くように頼まれたもの。しかもその手紙のナレーションまで録音しました。ゲートの前での撮影。お父さん「Minamiに渡すものがある。これはお父さんが大事にしていたお守り。アメリカでがんば、、、る、、、ん、、、だよ、、、」お父さんいきなりほんとに泣き出した!それを見て思わず私も涙がどばーっとこぼれ落ちる。私「私もお父さんにプレゼントがあるの。これは私がお父さんのために編んだマフラーだよ。使ってね。(さきほど渡されたマフラーです)」そしてお父さん泣きながら息子アンシーへのお別れ。「アンシー元気でね。。。。。。。」私たちはゲートをくぐります。そして、感動の音楽と共に父の大泣きの顔アップ。私が書いた手紙を読む父、そして私のナレーション。「お父さんが大好きでした。アメリカに引っ越すのは本当は寂しくて、お父さんが心配で仕方ありません。~~~中略~~今まで育ててくれて本当にありがとう!!!」小さい頃の写真や、今日撮影したシーンがお父さんの回想シーンとして流れ、終わり。ドラマのような回答VTRにレギュラー出演者「加賀まりこ」さんも涙がちらっ!!!新聞の見出しも「父と娘の最後の別れに加賀まり子も涙」とでてました(笑)実際の出発は2日後で、ゲートを入るシーンを撮影した後はちゃんとまた出てきて「お疲れ様でした♪」と局の用意したタクシーで帰りました。でもお父さんと会うのはその日が最後。だから父も思わず感極まったんでしょうね。放送終了後、父の元へたくさんの花束が届いたそうです。手紙やファックスもすごくて、みんな激励していたそうです。撮影したときはもう日本へはしばらく帰れないと思っていたのに、ちゃっかり3年後に日本に戻ってきた私たち。(^_^:Aでもあの番組に出演した事は、お父さんにとっても私にとっても素敵な思い出になりました。お父さんと口ケンカした日や、お父さんにちょっとむかついた日は「クイズ赤恥青恥」の出演ビデオを見て、あのとき演技ではない本当に流した涙を思い出しています。。。。。***クイズの答え****第1問・・・オフシーズンに行われる、選手のトレードなどの事第2問・・・宅急便はクロネコヤマトの呼び方 宅配便はその他の会社の呼び方最終問題・・・スケルトン(英語でガイコツという意味)
2002年06月26日
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旦那の両親から今日小さなパッケージが届きました。中には「結婚記念日おめでとう!」のカードと両親の最近の写真、そして家族全員へハーレーダビットソンのTシャツが入っていました。これがびっくり!すんごくかわいいの!いつも旦那の両親が選ぶ、子供たちの洋服にしろなんにしろ、ちょっとセンス悪いかなーーーーって思うようなものばかりだったんです。それが今回のハーレーのTシャツはパーフェクト。私の好みをちゃーんとわかってますね~と思わず拍手しちゃうくらい好みとぴったり。 V字ネックに、細身のライン。そして胸にはシルバーの鷲のラメ。サイズもぴったり。娘へのTweetyちゃんのハーレーもめちゃくちゃ可愛い!息子のオレンジもめちゃくちゃ似合う。 そんなんで早速撮影会。息子に顔は写しちゃ駄目よ~と首からしたを撮影してもらったわん♪シャイな旦那は「俺はいいよ、、、」とそそくさゲーマーになってしまいました。じゃあいいもん。うつしてあげないっ!あーうれしい。と喜びの余韻にひたっているところに、旦那の両親の写真が出てきました。「だ、だれこれ????おじいさん????」そこには自家用ボートを運転するひげもじゃのおじいさん。旦那が「そういえばMyDadはひげをはやしてるって言ってたな」うっそーーーーーーーー!!!このおじいさんがお父さん???あのライスプデイングのブラックジョークで私を泣かせた”あの”お父さん??????信じられん!かなり老けてる!!! ということでひげのせいで一気におじいちゃんになったあのお父さんの写真もアップ!!!!ちなみにひげの前の顔はどんなだかまだ見てない方はこちらをどうぞ!左上で中指立ててるのがお父さん!!最近ではこうやって何かあるたびにギフトを送ってくれる両親だけど、カリフォルニアにいる時はそうでもなかったんです。それで一度旦那と大ケンカした事があります。クリスマス、お誕生日、なんだかんだといろいろ日本から送ってくれる私の家族。しかもアメリカに引っ越して半年で会いにきてもくれました。でも旦那の両親、「お金がもったいないから」と会いにきてもくれず息子の1才の誕生日にも何も送ってきてはくれませんでした。「私の両親は高い飛行機代を払って日本から会いにきてくれるのに、どうして同じアメリカ国内のあなたの両親は「高い」といって来てはくれないの?そのくせ、新しいコンピューターを買ったとか、新しいボートを買ったとか、車を買ったとか自慢ばっかりしているよね。」シャワーを浴びている旦那に、シャワーカーテン越しにさんざん旦那の両親の文句をならべた私。途端にシャーっとカーテンが開いたかと思ったら旦那のこぶしが私の顔の目の前に!!!!!!「Minamiが男だったらなぐってたところだったよ。家族の悪口は許さない!!!!!」絶対女性に暴力をふるってはいけないアメリカ。旦那の怒りのこぶしが彼の怒りを象徴していたようです。どうやら彼の地雷をふんだようでした。こんなに怒りをあらわにしたのは、初めてだったから・・・・それ以来、文句はあってもあの時ほどガンガン言わないように気を付けている私です。みなさんは旦那さんの”地雷”ふんだことありますか?****壊れた電化製品今日の報告*****今日壊れたものは子供部屋にある小さなテレビ。音は聞こえるのに画面が写らないという不思議な現象。しばらくチェックしていると、白黒でうつるようになる。白黒で見るテレビ画面、けっこうレトロでおもしろかったです。でも数十分後、自然にカラーに戻りました。いったいなんだったんだ======?????
2002年06月25日
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おかしい!何かおかしい!!!!!絶対何かいる。そしていたずらされている!!!!電化製品がいっせいに壊れるってどういうことだと思います?事の始まりは2日前、乾燥機が突然壊れました。修理やさんを呼んで、修理してもらったのですが、次の日電子レンジが突然壊れた!!!全然熱くならないの。でもこれはずいぶん使っていたものだから寿命といったら寿命かもしれない。そして今日。キムタクのドラマ最終回。先週、先先週とアメリカの友達から電話がかかってきて「ドラマ見てる途中だから掛け直す」とも言えず目はテレビ画面。耳は友達の話ですっかり内容がわからない。そんでもって今日は最終回だから絶対ゆっくり見るぞー友達から電話かかってきても今日こそは後でかけなおすって言うぞーと気合いいれてみていたら、途中ブチッと画面が切れた。うそ・・・・・・・・どのチャンネルをまわしても写らない。ショック~!!!!!Σ( ̄ロ ̄lll)ガーンッ速効友達に電話して、録画してもらうように頼んだらその電話さえもブチッと途中で切れやがった!!!なんでやねん~!!!!ヘ( ̄。 ̄ヘ|||再び友達に掛け直して「ちょっとおかしいよ!」と話していたらリビングのランプの電球がブチッと切れた!!!!ちょっとコワイ・・・{{{(゜д゜;)}}} ゾクッこの部屋になにかいるとしか思えない。私は霊感強くないけど、なにかいたずらされているような気がしてならないの。先日の日記で「天国からきたチャンピオン」を書いたでしょう?その次の日からこの現象が始まりました。明日はいったい何が壊れるのだろう???って思っちゃいます。霊感と言えば、よくワイドショーとかで「新宿の母」とか「銀座の父」という占い氏の事やってますよね。実は私も今の旦那と知り合う前のJさんと遠距離していた時に「銀座の父」へ夜会いにいったことがありました。何も自分のことは話さないんですよ。ただ、名前と生年月日だけ紙に書くだけです。たしかお金は当時3000円だったかな?それで過去の事、現在の事、未来の事を予言してくれます。その時言われた事です。「今あなたと付き合っている方ね。遠くにいますねー日本じゃないでしょう?その人と結婚するかもしれないですね。でもね、あなたの「本当の結婚年齢は2?才なんですよ」それは彼じゃないかもしれないです。」そしてまさに私が今の旦那さんと結婚したのは2?才。銀座の父に言われた年でした。(別に狙ったわけじゃないですよ)一緒に行った友達。当時日本人の彼氏がちゃんといたのにもかかわらず「あなたには海外の匂いがします。北の方、、、、アメリカの北の方に将来住むんじゃないですか?」といわれなんと、その彼女、カナダ人の彼と結婚したんですよ!!!!今その友達とはお付き合いがないので、カナダに住んでいるかどうかはわからないけど、まじめにあの「父」すごいです。先日もテレビでやってましたね。あの「父」健在でなんだかうれしかった!また会いにいきたい反面、今の幸せが壊れるような予言をされたらコワイので行かないでおきます。その「父」言ってました。「僕は予言するだけ。未来を決めるのはあなた次第ですよ」
2002年06月24日
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引越しの時いろいろなビデオを整理していたら私が2?才の時に出演した「ねるとん紅鯨団」の時のビデオがでてきました。うわーなつかしい!思わずビデオデッキにビデオを入れて見始めた私。ちょうどこの頃J君と遠距離していた時で、ミーハーMinamiちゃんはテレビに出たいなーという軽い気持ちで応募したらすぐに書類審査で受かりました。担当の人に電話で「Minamiさんて本当に2?才なんですか?お写真だと全然見えないですよね。すごい若く見えます。今度「年齢シークレット大会」というのがあるので、それに出演してみませんか?」と言われました。撮影場所は羽田空港のそば。都内で集合し、バスで現地へ向かいました。もちろん男子軍団にはあえません。別々に集合でした。出演者女性の中で何人かと仲良くなりました。驚いた事に、みんな当時彼氏がいるということでした。担当の人から電話をもらったときに、「彼氏は絶対いないですね」とみんな念を押されたそうです。。。。(^_^:Aデイレクターの人から今日の司会者は「のりさん」だと教えられると、女性軍みんな大喜び!?「のりさん」人気のようでした♪最初にオープニング用の顔カットを一人ずつ撮影し、その後のりさんとご対面。一人一人のりさんとお話しする所の撮影です。10人くらいいた中で、のりさんとお話ししているシーンをテレビでうつしてくれるのは、たった数人。そのトップバッターが私でした。すっごくうれしかったです♪いよいよ男性人とのご対面です。はずかしくて、一人一人の顔が見れなかったです。でも第一印象の人を決めないといけません。フリータイム。私は第一印象によかった人達のグループにいました。そんなに会話をしなかったけれど、ファッションの事で一時話が合いました。そして告白タイム。何人か「ごめんなさい」をされたのち私が第一印象に気に入った人の番になりました。彼がこちらへ走ってきます。誰のところへ行くのだろう????そしてのりさんが言いました。「Minamiさんの前です~!!!!」えっ!?私????ホント??全然話してないのに。。(笑)そして彼の言葉「全然話ができなかったですけど、どうぞよろしくお願いします」そして私「どうもありがとう!」と出された彼の手を取りました。のりさん「おめでとう~!!Minamiさん決めては?」私「第一印象から決めてました♪(*^0^*)」のりさん「今日は年齢シークレット大会なんだけど、Minamiさんの年は?」私(のりさんの耳元で)「2?才です」のりさん「ええええええ~!!!!!2?才~???うっそー!それで彼は何才?」彼「20才です、、うええーーかなり年上だ~!!!!!!」うえ~とはなんだよ(怒!)かなりは余計だあああ====3のりさん「お姉さんに世話してもらいなさーい!おめでとう!」そして私たちはとりあえずカメラの前で手をつないで、カップル控え室に向かいました。控え室にて、担当の人から説明がありました。「カップルになった方はいちおう電話の交換はして帰ってください。その後付き合って行くかは本人達にまかせます。ごくろう様でした♪」とカップルになった人だけにもらえる「ねるとん」Tシャツとタオルをもらい、バスにのって最寄りの駅まで向かいました。私、とりあえず実家の電話番号を教えました。彼の電話番号をもらったけど、私からはかけるつもりはありませんでした。父の話だと、その彼から一度実家に電話があったそうです。でもそれっきり・・・・・・みんなそんなもんなんでしょう。。。あの番組から本当にカップルになって、結婚された方ってすごいと思います。でもとてもいい思い出になりました。今はもうそういう番組ないですよね。「あいのり」とかぐらい?小さい頃は「フイーリングカップル5対5」に出たくて出たくて仕方なかったです。出たいがためにどこかの大学に入りたかったのを覚えています。またそういうデート番組再開しないかしらね。昔っぽくて、かえって受けるんじゃないかなーー(でも今はもう出れないけどね。。。。!!)
2002年06月23日
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今日は私たち夫婦の7年目の結婚記念日♪まあーいろいろあったけど、よくここまで”もった”よなーと思う今日この頃・・・・「3年目の浮気」という歌もあるように、だいたい3年~5年目あたりがいちばん危なかったと思います。5年を超えると、相手が何をすれば怒るとか、何をすると機嫌がいいとか、ほとんどわかってくるので、わざわざ旦那を怒らせるような事はしなくなりますね。旦那もきっとそうでしょう。まあ相変わらず多趣味で子供のように「あれも欲しい」「これも欲しい」と言いまくって、結局私に内緒で買って、後でバレるパターンは毎度のことだけど・・・子供を一時保育園に預けて、前から見たくて仕方なかった念願の「スパイダーマン」を見に行きました。コミックおたくの旦那はもうこれで4回目~5回目。出張先のアメリカやアジアなどで、見まくっていたそうです。スパイダーマンは原作を知らない私でも、とーーっても楽しめました。どんくさそうな主人公がどんどんかっこよくなっていく姿が最高でした♪映画を見終わって、当然のごとくパンフレットを買う私。すると旦那も「僕の分も買って!」と言います。1家に2冊もいらないよと思ったら、「コレクションにする」と、店員の差し出したパンフレットに「角が折れていない、手垢もついていない、一番パーフェクトなパンフレットを選んでくれ!」と注文する旦那。。。。出た、出た。。。毎回これよ。店員さんも苦笑いで何冊か取り出した中で、旦那に自身に選ばせてくれました。パフレット売り場で5分・・・・・上からみたり、下からみたり斜めからみたり・・・・・パンフレットに穴があくほど隅々チェックしてようやっと決めた1冊を旦那は大事そうに持ち帰りましたよ・・・(^_^:A家へ戻る途中、私は旦那に言いました。「なんだか映画、続編すぐにできそうだね。だいたい何話くらいあるの?」(☆Д☆)キラリーン♪ 旦那の目が輝やいた!コミックに対して、今まで一度も質問したことのなかった私。だって一度質問したら絶対1~100まで語りそうだったから。。。家に戻ると、自分の持っているスパイダーマンのコミックを真っ先に見せ、熱く語りだしました。*映画をまだ見てない方意味わからなくてごめんね!*「グリーンゴブリンが最初に登場したのは14話目」「MJと友達のハりーが登場したのは25話目」「ゴブリンとの最後の戦いは122話目」「息子ハりーがピーターがスパイダーマンとわかるのが134話目」「息子ハりーがゴブリン2として登場するのが136話目」もういいよーわかったよー!!!じゃあスパイダーマン2が制作されるのは時間の問題なんだね!「いやいや、もうすでにスパイダーマン3の制作について話し合われているよ♪」映画の予告編でやっていた「HULK」。これもスパイダーマンと同じMARVELコミックのものらしい。旦那はニコニコしながら、「HULKも持ってるんだよ~ん」と見せてくれました。残念なことに100冊くらいあったスパイダーマンのコミックを他のコミックを買いたい為に数年前に売ってしまったらしい。売らなければよかった。。。とちょっと公開しているようです。 その中でも大切にとっておいてある2冊を見せてくれました。コミック鑑定会社の鑑定付き(CGC)プラスチックケースに入って保管してあるもの。それでもまだ一番最初の「スパイダーマン」にこだわっていてネットでいつも値段をチェックしています。今だと$28000(約350万円♪)らしいです。もうすぐ旦那のお誕生日。何が欲しい?と訪ねたところ「グリーンゴブリンが最初に登場した14話目がいいな。一番コンデイションのいいもの(NM)だと$2500(31万円)だけど、一番低いコンデイション(G)だと$153(19000円)だからそれでいいよ♪」どうせならいいコンデイションのものを持ってもらいたいけど31万円は無理だからしょうがないね・・・もしアメリカコミックに興味ある方いましたら、旦那になんなりと質問していいですよ。その際熱~く語ってくれること保証します♪
2002年06月21日
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ちょっと昔の映画なんですが「天国からきたチャンピオン」というのをご存知ですか?実はこの映画を教えてくれた彼もうこの世にはいないんです・・・・・・*****天国から来たチャンピオン(1978年) 原題 Heaven can wait**** ウオーレン・ビューテイー扮するアメフト選手のジョーは試合前に交通事故で亡くなってしまう。天国へ連れて行かれたが、じきに天使の間違いだとわかる。元へ戻ろうにも、すでに体は火葬されてしまっていたのでかわりの体を探すのちに、べテイーという女性と出会う. べテイーとしだいに惹かれあっていくが、天使から別の体にうつるよう言われ、べテイーと別れる日がやってくるが・・・・・***********************当時私は18才。一人暮らしをはじめて初めて付き合った彼がいました。彼はNさん。宅配便会社に勤める2才年上の彼でした。ある日彼の家に泊りに行ったとき「Minami,この映画すっごくいいから!絶対一緒に見よう」と言われました。それがこの「天国からきたチャンピオン」でした。でも日ごろの昼・夜のバイトで眠くて仕方なかった私は映画を見ながらうとうとと眠ってしまいました。映画がラストシーンになった頃でしょうか?彼に激しく起こされました!!!「ほら、Minami!!!見て!!!ここ、一番いいシーンなんだよ!」途中寝ていたので、ストーリーがちんぷんかんぷんだったのですが”死んでしまっても、誰かの体にのりうつって君のことを探すから。。。。」とかなんとか映画の中で言っていたようでした。彼はそのシーンとラストにひどく感動していた様子で涙を流しながら「そうかーたとえ死んでしまっても相手を見守ることができるのか・・・・」と納得していました。そのずっと後に公開されたデミムーアの「ゴースト」とはまたちがった映画です。コメデイーなのですがラストの綺麗な風景と、この先も見てみたい。。。と思わせるエンデイングが印象的でした。私が20才前に彼と別れました。遊び盛りの私と、落ち着いて結婚したいと思っていた彼。意見の食い違いから、何度も衝突して結局ケンカ別れのようになってしまいました。数ヶ月たったある日の夜。いつものようにバイトしているとバイト先に電話がかかってきました。「Minami,,,,,,ごめん」受話器の向こうに彼がいたのがわかりました。震える声で、一言言うと電話を切ってしまいました。私は胸騒ぎがしてなりませんでした。そして次の日新聞記事を見て驚きました。彼はマンションの8階から飛び降りてしまったのです。お母様のお話だと、彼の部屋のテーブルには私の写真がおいてあったといいます。自殺してしまった原因は、私と別れた後ちょっとだけ付き合った彼女とうまくいかず、仕事でもノイローゼになり未婚の母として育ててくれたお母様が病気になってしまったこととたくさんの事が彼に重くのしかかってしまったようです。でも私との思い出が一番楽しかったとお母さまにもよく話していたそうです。だから最後に私の写真をテーブルにおき、一言電話してきたのではないでしょうか・・・・その後この映画を改めて見直した私。この映画を一生懸命私に薦めた彼。きっとどこかで彼は私を見守ってくれているのではないだろうか。。。。と感じて涙が止まりませんでした。10年以上たった今でも私の中で大好きな映画のひとつです。
2002年06月20日
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旦那のお母さんは電話するたびに「いつオハイオに遊びにくるの?」「早く子供たちに会いたい!」と言います。本人いわく”孫に会いたい病”なんだそうです。お母さんが最後にジェンを見たのは、ジェンがまだ3ヶ月くらいの時。それ以来会っていない。。。。2才半のかわいい盛りの孫に会いたい気持ちはよーーーーーーくわかる。私もできるならば会わせてあげたい。。。BUT!!!オハイオまでの旅費は高すぎる!!!!!1)大人2人+子供2人の飛行機代 約2000ドル(24万円)2)レンタカー代(2週間で、、14x45ドル=630ドル(78000円)3)ホテル代(2週間で、、14x75ドル=1050ドル(約130000円)4)その他費用 300ドル~合計約4000ドル(約500000万円也り)実家に帰るのに500000万円です。上のリストを見て「なんでホテル?」と思ったでしょう。旦那の両親広~い家と庭があるおうちに住んでいながら「ホテルへ泊れ」っていうんです。その理由は子供がいたずらするから・・・・・スーパー神経質なお父さんはちょっとでもテレビ、窓、ガラスのテーブルなどに手垢や指あかなどつくのを嫌います。しかも自営業なので、家に仕事の電話とかかかって来るときに子供がそばにいてほしくないそうです。まだ私たちがカリフォルニアにいる頃に、1ヶ月実家に帰りたいと旦那が言ったら答えは「NO.too Long(長すぎる)」じゃあ2週間は?「NO.still too long (まだ 長すぎる)」じゃあ10日は?「NO.1week is OK(1週間ならいい)」ということで1週間行くことになったら、今度はホテルに泊れと言われてびっくり。ホテル代はお父さんが払うから・・・と言っていたくせに、結局私たちが払うはめになったのです。それ以来実家へ帰る=ホテル代も必要・・・となってなかなか帰れなくなってしまったの。しかも今じゃ4人分の飛行機代・・・・・とてもじゃないです。それでお母さん達が日本にくればいいんじゃない?と思い、早速提案。だって私たちが日本にいなければ、彼らは一生日本にくることないだろうし、私の父親にだって一度も会ってないのよ。スーパーケチなお父さんがどういう反応をするかドキドキでした。話もきかず「NO,too expencive !(高すぎる)」と言われるのではないかと思ったけど、意外にあっさり「チケットの値段を調べてみる・・・」とちょっぴり進歩。アンシーの1才の誕生日にサンデイエゴに遊びにくると言っていたのに、飛行機だいが高すぎるという理由で結局こなかったお父さん達・・・・日本に引っ越してきてから、「じゃあハワイで待ち合わせしようそしたらお互い旅費は半分で済む」と約束したのに結局それもキャンセル・・・・・そんなんで果たして日本にきてくれるのでしょうか???旦那は「期待しない方がいいよ。とにかくケチだから」と言っていたけど、私たちだって行けないからお母さんの「孫に会いたい病」は爆発するかもしれませんね。今はお父さんからの返事待ちです。みなさんだったら50万かけて行きますか?
2002年06月19日
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サンデイエゴにいるときに同じアパートにスパニッシュの彼女が引っ越してきた。彼女には私の息子アンシーより2才年上のジョシュアという男の子がいたのだがアンシーとジョシュアはすぐに友達になり、いつも外で一緒に遊ばせていた。彼女も彼女で普通のアメリカ人の奥さん連中とは違って全然お高くとまっていないし、とてもフレンドリーでしかも南米出身の彼女は英語よりもスペイン語の方が話しやすいという言葉の理解もあったので、私もすぐに彼女にうちとけた。ある時彼女が働き出すことになり、ジョシュアのベビーシッターを頼まれた。「1時間$1でどう?」「1ドル~????」アメリカの相場がよくわからなかったので同じアパートに住むアメリカ人の奥さんに相談してみた。「1ドルなんてとんでもないわよ!馬鹿にしてるんじゃない?フレンド価格で$3ならいいけど、このあたりの相場は$5か$6よ!」と奥さんが教えてくれた。彼女の働くと言っていたのは、「サンデイエゴの好きだったお店」の中でも紹介している「衣料・雑貨デイスカウントストアのRoss」時給の安いアメリカ。せいぜい1時間$5とか$6だろう。それなのに、半分以上とれるわけない。とやさしいMinamiちゃんは1時間$2で引き受けることにしました。息子とも仲いいしね。そのかわり、子供の食べ物を持参してもらおう!!!ベビーシッターは毎日だった。9時から夕方5時まで。軽い気持ちで引き受けたのが間違いだった・・・・4才のジョシュアは今の息子のようにスーパーモンスター。持ってきた食べ物は食べたがらずに、うちにあるものをがさごそとあさり、いろいろな物を壊され、ソファーからジャンプ、ジャンプを繰り返し、しまいには私の口紅でテレビとアパートの壁に塗り絵をした。そうついこの間うちの息子がやったことを、すでにジョシュアは2才の息子の前で披露していたのだ!!ちょどその頃私は下の娘ジェンちゃんを妊娠中。ベビーシッターを辞めたいのに、辞めたいと言い出せない。だんだんノイローゼになりそうだった。ハワイ市場さんもこの頃の事をきっと覚えているだろう。ある時ベビーシッターのない時に疲れて息子と昼寝をしていた。ドアのカギをしめていなかったのだろう・・・・突然寝室に誰かが入ってきた。「hey You Lazy Girl!! Get up!!」(ヘイ なまけもののガール!!起きなさいよ!!)飛び起きて見ると、目の前にはスパニッシュの彼女。ど、どうして寝室にいるの???????もうーびっくり仰天だった。しかも土足・・・!?日本人の感覚では考えられないだろう。でも主人いわく南米の大家族で育った彼女はきっと、いつでも誰でも出入り自由の家庭だったんだよ。でもさーもし旦那と変なことをしていた最中だったらどうするわけ???カギをしめなかった私も悪いんだけどね。。。。それでも本人には何も言えなかった私。気が弱いというかなんというか・・・・・(^_^:A彼女からの電話をそのうち避けるようになり、「出産が近いからベビーシッターをやめたい」と思い切って言ってみた。すると、ちょうどジョシュアも幼稚園に9月から通うようになるところだった為、彼女もあっさりOK.ホッとした。ジェンを出産して、しばらくはベビーシッターを頼まれなかったが、ある週末スパニッシュの彼女はクラブに、彼女の旦那も別の友達と遊びに行くのでジョシュアを預かってほしいと頼まれた。1晩で$20くれるという!わお!!!だったらいいよ♪ということで夜10時に預かった私。夜中にひきとりにくるのかなーと思ったら結局翌朝の10時だった・・・・それからはほとんど毎週末に頼まれていた。しかも夫婦それぞれボーイフレンド、ガールフレンドとでかけていたらしい。旦那も愚痴をこぼしはじめていた。「夫婦そろってデイナーとかに行くんだったら、預かってもいいが、旦那も彼女いて、スパニッシュの彼女もボーイフレンドがいて・・・なんで人の浮気におれたちがヘルプしなくちゃいけないんだ!!!」ホントそうだよね。モンスタージョシュアがだんだんかわいそうになってきた。離婚話もしだして、「お前がひきとれ」「あなたがジョシュアの面倒みて」とお互いに押し付けている・・・・その後どうなったのかわからない。二人が別居するかしないかの時に私たちは日本に引っ越してきてしまったから。 引越の荷物の中にまぎれていたジョシュアの写真が彼を思い出させた。ハロウインでスパイダーマンに変装したジョシュア。幸せになっていますように・・・・・
2002年06月18日
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旦那は4人姉弟です。上に1人お姉さんウエンデイー。年子で旦那”通称白熊T”。また年子でダニーという弟。そして8年たって”できちゃった弟”のキュートなボビー。先日旦那の家族写真を公開したけど、旦那のひとつ下のダニーの写真だけアップしませんでした。(あっでも”旦那はスーパーモンスター”の中の最後の3人で写っている子供写真にはダニーいますね。一番右の子)小さい頃この二人はまるで双子の兄弟ね!と言われるほどよく似ていて、しかも仲がよかったそうです。どこへ行くにもダニーと旦那は一緒。いたずら大好きな旦那の真似をするんだけど、いつも怒られるのもかばってくれるのも1つ年上の旦那。ダニーはそんなお兄ちゃんが大好きだった・・・はず・・・・・・旦那高校卒業の年。地元の不良仲間と付き合いだしてしまいました。ダニーは必死に「付き合いをやめるよう」言ったといいます。ダニーは知っていたから。不良グループは麻薬売買にまで手をのばしていたから・・・・・そんなあぶない環境に大好きなお兄さんが染まってほしくないから・・・・懇願するダニーにうちの旦那は約束しました。「もうあの連中とは付き合わないよ」ダニーはホッとしました。ある日の1本の電話がダニーと旦那の今後の仲を変えてしまいした。ダニーと旦那の声は親もまちがえるほどそっくり。ダニーが出た電話を、旦那だと勘違いした不良仲間の友達が言いました。「Hey T,例のドラッグ手に入ったから。昨日話したあの場所で待ち合わせいいか?今回のもすげー上もんだぜー」ダニーは絶句してしまいました。その後旦那に「どういうことなんだよ!約束したじゃないか!」と詰め寄ったのはいうまでもありません。根がまじめなダニーは信頼していた兄に「嘘」をつかれた事がショックでそれ以来旦那とは口をきかなくなってしまいました。「俺はぐうたらなお前とは同じようにはならない」と宣言し超ハイスピードでシカゴの大学を卒業、その後アメリカ陸軍の将校(オフサー)になりました。ヘリコプターで戦地に向かう映画で見るような仕事を選んだ彼。仕事場では鬼の将校と呼ばれるほど、今はかなり厳しい上司になったようです。彼の実家へ何度か遊びにいったことはあっても、ダニーも避けているのかいつも会う事はできませんでした。でもクリスマスの時彼も実家に帰ってきました。初めての対面です。犬猿の仲の兄のワイフをどう思うだろう?私も無視されるのかな。。。ドキドキしていたら、ちゃんと「hello」とあいさつは言ってくれました。もちろん旦那の事は無視。旦那は和解したいと、何度もメールや手紙を送っているのだけどダニーは無視を決めこんでいます。そんな難しい性格の彼。一度駄目と思ったら2度とチャンスを与えてあげないような人間だそうです。昔大学で知り合ったフィリピン人の彼女を実家に連れて帰ってきたダニー。初めての真剣な付き合いの彼女だったらしく両親にも紹介したらしい。1泊した彼女。帰る間際、口を聞かせてもらえなかった旦那のベットルームのドアのところでちょっとだけ会話したそうです。彼女「あいさつができなくてごめんなさいね。ダニーが話すなっていうもんだから・・・・」旦那「いいよ。気にしてないよ。ダニーは根がまじめなやつだから絶対裏切ったりしちゃ駄目だよ。」彼女「わかっているわ。ホント彼まじめだもの・・・・」すると「何やってるんだああああああーーー(怒)!!」と怒っているダニー。それからしばらく彼女との言い合いが旦那には聞こえたそうです。「僕たちはただあいさつしてただけだよ。そんなムキになるなよ」旦那が火に油をそそいでしまったようだ。ダニーは「おまえは黙ってろ!!!!」と怒鳴ったまま二人は荷物をまとめて帰って行きました。結局すぐにダニーと彼女は別れたそうです。気の毒な彼女・・・それ以来、家に彼女を連れて来ることはありませんでした。旦那も日本へ転勤になって私と知り合い、子供も出来本当に心からダニーとの和解を望んでいました。ある日私は思い切ってダニーにメールを出してみました。「あなたたち兄弟のケンカの事を知っているし、あなたが怒っている原因も彼から聞きました。でももうそれは10年以上も前の事。そろそろ彼を許してあげてもらえないでしょうか?私達には息子がいます。いつかダニーも結婚して子供ができるでしょう?そしたらその子供たちはいと同士になるんです。いとこ同士なのに、遊べない、会えないなんてかわいそうだと思いませんか?」彼からの返事はもちろんありませんでした。そのかわり、ダニーから旦那へメールがありました。「もう2度と、おまえのワイフに俺当てのメールを送るなと伝えろ。」そう一言書いてあっただけでした。。。。この二人一生このままの状態なのかな・・・・兄弟なのに・・・いつか分かり合える日がくることを信じている今日この頃です。。。。。
2002年06月16日
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行ってきましたよーー娘の雑誌の撮影!一言・・・・「疲れた・・・」引越の片つけの連日で睡眠が足りてなかったというのもあるんだけど、昨夜もけっこう遅くなってしまって朝早くまた起きて行きました。しかもあいにくの雨・・・最悪です。荷物と傘とベビーカーと。。。ってもう朝からドロドロになりながら六本木へ向かいました(笑)娘の撮影は10時からということで、ちょっと早めに六本木スタジオに到着。スタジオ10くらいある中で、あちこち雑誌の撮影が行われているようでした。私たちが行った部屋はリクルートの「赤ちゃんのためにすぐ使える本」の撮影でした。8月15日に発売になる秋冬号だそうです。最初は他の子供たちの撮影風景を見ながら、子供のご機嫌をとりいつ順番がきてもいいように気を張っていたのですが1時間たち、、、2時間たち、、、、それでもまだ順番が回ってこないので、お財布の中身のレシート類を整理する・・・なんて余裕も見せて待っていました*(笑)娘の機嫌が絶好調にいいときに撮影になってくれたらよかったのだけど、お昼を回ってお腹もすいてきてぐずぐずモードに突入してから「じゃあ次ジェンちゃんお願いします」といわれ、メイク室にまず行きました。プロのやさしいメイクさんに奇麗にメイクなんてうらやましーって私は思うのに、娘には関係ない。「やだああああー泣::」それでも「あっ今ミッキーさんがいたよ。」とか「キテイーちゃんが来るかもよ」とか「デイズニーランドに連れていってあげる」とか自分でもそのうち何を言っているかわからないほど適当な事を次から次へと言って、なんとか娘にメイクをおとなしくやってもらいました。さー次はヘアー。んーーこれは娘が大嫌いの分野。髪の毛とかすのも嫌がるのに、まさに今ぐずぐずモード絶好調の中、とんでもごさいませーんってことで娘は私に抱きつきながらヘアメイクさんがんばってヘアをやってくれました洋服はボーイッシュなカラフルな秋用のパンツ上下でした。これは娘も気に入ったらしく、徐々に機嫌を取り戻しました。(そうだー!がんばれ~!!!)そしてとうとうカメラの前に!!!!初めての経験の為に固まってしまった娘・・・・全然笑いません。顔の表情も変えず固まったまま・・・・シャボン玉をとばしたりして、リアクションをとろうと試みるスタッフの人たち。でも娘は視線だけ動かしています。んんーーーー困った!!!その時私は変なくしゃみをしてしまいました「ぶえええええ~くちょん!」思わず娘、緊張が一瞬ほぐれたのかいつものスマイル!!!おおおおーーー今のいいんじゃな~い???ちゃんと撮った?今の表情???とカメラマンさんを見るとカメラチェンジ真っ最中だった・・・(がっかり・・)そんなんでバシャバシャいっぱい撮ってくれたけどいい表情ができたのが全然なく、ホント申し訳ないって感じです。担当の方は「ジェンちゃんは1カットだけですが、いちおう予定では1ページの半分のサイズの大きさになりますので期待しててくださいね」と言ってくれました。1カットだけなんだ・・・・そうだよね。初めてだし・・・これからまた声がかかるかは今日の出来しだいだったのかしら?でもページ半分の大きさで載るって言ってくれたからそれを期待するしかないわね。載ってなかったらどうしましょう?それも心配,,,,,カチカチ山さんが「デジカメを持っていって撮影風景を撮ったら」と書いてくれたのですが、すっかり忘れていました。デジカメ持っていけばよかったーーーーショック!! でもカメラテストで1枚もらったのでお見せしますね。普段の娘とまた違ったファッションとヘアーだったので記念になりますよね。ホント男の子みたい!?撮影場所で知り合ったママさんは、モデルの応募をして100人くらいのオーデイションの中から選ばれたらしいです。私なんて、友達の紹介で何も苦労せず撮影に参加できたことはやっぱりラッキーと思わないといけないですね。でも子供モデルとしてバリバリやっていくには努力と忍耐だなああーーとつくずく実感!撮影の声がかかるのはホント3~4日前というのがざらだそうです。そういえばテレビの撮影のときも「明日大丈夫ですか?」なんていうのばかりだったですね。しかも待たされる待たされる・・・・・自分だけならいいけど、子供の機嫌をキープするにはホント神経使います。子供の機嫌を取るために今日私はどれだけ”嘘八百”をならべただろう?????ということで更にドロドロになって帰ってきたMinamiちゃん。じぇんちゃんお疲れさまでした♪初の雑誌モデルは記念にたくさん買って旦那の両親や、うちの両親などに送ろうと思っています(早速親ばか発揮!!)本が発売になったら、日記に速効載せますね。楽しみにしていてくださいねーーーーーーーーーーーーー!!それではまた明日~♪
2002年06月15日
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すみませんみなさーん!気が付けば11時半。おおーーーやばい、やばい。早く日記を更新しないと明日になってしまう!!!!まだまだひたすら片し続ける私・・・白熊君は(旦那の事よ)ちゃっかり自分のコンピュータールームでプレステやってるしーーー(ちーとは手伝えよ!!!)あとは私の鏡台付近で終わり♪でも明日は朝早くから東京まで行くから、この日記を書いたらすぐに寝ないといけないわっ!!!!実はですねー友達の紹介からですが、雑誌の撮影に明日娘を連れて行ってきます!とうとうっ!!!初デビューです♪うれしいいい====まだ撮影してないので、どんな感じかはわからないですが明日の日記で詳しく報告しますね!モンスター息子は家で旦那とお留守番。連れて行けばもしかしたら「じゃあお兄ちゃんも撮ってみるかな?」とお声がかかる場合があるかもしれない。でもそのパーセンテージよりも、エキサイトしまくっていたずらしほうだいで、「すいません。。。撮影の邪魔になっちゃうので外で待っててもらえますか?」と迷惑がられる方が高いだろうなーーーーーというわけで連れて行きません。娘は私と二人ならば、めちゃくちゃご機嫌できっといい表情をしてくれるんじゃないかしらー??(すでにステージママ入ってますっ=3)それでは短いですが、明日は朝から六本木周辺に出没するMinamiちゃんと娘ですよ=ちょっと”奇麗な”ママとかわいいハーフの娘が一緒に歩いていたらそれは私でーす!!!!(笑)また明日ねーーおやすみ♪
2002年06月14日
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お待たせしましたーー!!!2日ぶりの復活Minamiちゃんです。留守の間でも訪問してくれたみなさま本当に感謝X2!!!まだ一番大切なキッチンが終わっていないんだけど、終わってないから、ご飯つくれない=外食ってな感じでちゃっかり毎日外食三昧です(笑)でもホント忙しかったんだよ~座るひまがないくらい!ご飯の時と、コンピューターに座っている時とトイレに入っている時だけ座ってる感じ。足が棒のように疲れてます・・・・・・(旦那はさ~いいよね。コンピュータールームしかやらないんだよ。ゆっくりと時間をかけてデイスプレイなんかしちゃって、「マイルーム♪」なんて張り切ってますよ・・・・その間私はリビングの整理と子供部屋と寝室をかけずり回って2人のモンスターはじっとしちゃーいないから人が箱から出したものをばあああああーーーってそこらじゅうに出したり、せっかく整頓してしまったそばからぐちゃぐちゃに出したり・・・・・まあどこの家庭でもきっとそうだよね(と信じたい!!!)ところで、ところでかれこれ引越7~8回くらいだけど今回の引越業者さん。もうー最高!!!!!!!スピード的にはまあどこの業者も似たようなものだけどなんて言っても、みんなニコニコしている!!!!「おはようございます♪」の朝の一言から、にっこり最高の笑顔で挨拶して、私がなにか頼んでも居酒屋じゃないけど「喜んで~♪」って言葉が出てきそうな愛想ぶり。その引越業者さんは・・・・・・ハート引越センターさんです。今回初めての利用でした。元々気前のいい旦那は思いっきりチップをあげていましたよ!でもチップをあげても、全然惜しくないくらいいたれりつくせりの素晴らしい業者さんでした。もし引越する予定がありましたら、是非一度お電話してみては??*なんて私コマーシャルしてますね(^_^:A*さあーてそろそろキッチンやらないとなーーー外食三昧に、チップに、旦那の友達が新しい家具の組み立てを手伝ってくれて、彼らに夕飯をおごってあげて・・・・引越というのは新しいものがすごく増えて・・・・まさに「引越貧乏」と相成りました!そんなわけで、今後ともどうぞよろしゅーお願いいたしやす♪
2002年06月13日
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明日・あさってと引越しになるので2日日記はお休みになりまーす!楽しみにしてくれている”Minamiちゃんのファンの方”待っててくださいねーーーー!!(^0^)/~今夜は壁に飾ってある絵やカレンダー時計などをはずしたり貴重品等をしまうのでけっこうバタバタしています。9時からのキムタクのドラマを見終わったらテレビ周辺のコードを全部はずしてまとめるそうです。コンピューターも私がこの日記を書きおわったらすぐにShut Downしてコードをまとめるそうです。だからみなさんのカキコにお返事すぐにできないですけど復活したら、すぐにまたみなさんのところへ遊びに行くのでよろしくお願いしまーす!!!!でも高校卒業してすぐに1人暮らしをはじめてから9~10回引越ししているMinamiちゃん。まあ慣れたもんだといえばそうなんだけど、でもやっぱりめんどくさいのは変わらないです。日本からアメリカへの引越しとアメリカから日本への引越しはとにかくお金がかかりましたね。荷物が届くまでの間に必要なものを買ったりしたりするの為そのたびに物が増えていくし、まさしく「引越し貧乏」になりそうです。でもまあ引越しするたびに新しい家で新しくレイアウトした部屋で気分もリフレッシュするといえばそうかもしれないですね。あああーーーそばで白熊旦那が「早くしろー!Shut Down するんだよー」と急かしている・・・「ちょっと待ってよーそんなに急かせるとなんて書いていいかわかんなくなるよー」と言い合っているうちに、そろそろキムタクのドラマが始まりそうですね。それではみなさんしばしのお別れで~す!またねええーーーーーばいばい☆Minami☆
2002年06月10日
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サンデイエゴに住んでいる時、3才の息子が高熱を出した。吐いたことはあっても、高熱(39・5度)を出すなんてのは初めてだったので私はものすごく心配で、焦っていた。友達にはすぐに病院に行った方がいいと言われたが、もともと病院嫌いの旦那は「大丈夫だよ。寝ていれば治るよ」と連れていこうとはしなかった。いつものように朝仕事へ行った旦那。650ccのオートバイで通勤していたのだが昼に友達の車で突然帰ってきた。「仕事に必要な書類を忘れてしまった・・・・」しばらく家のデスクのまわりでその書類を探す旦那。そのうち「もしかしたら、車に置き忘れているかもしれないからちょっと車に見にいってくる」と友達を連れて車に見に行った。そして数分後「やっぱり車にあったよ。今日は残業で遅くなるかもしれないよ」とまた友達と共に会社に戻っていったのだった。高熱の息子はぐったりしてますます具合が悪くなっていた。熱を計ったら、朝より上がっていた。近所の友達に解熱剤の薬をもらうと電話したら「すぐに旦那を呼び戻して、病院に行った方がいいよ」と言われ、旦那の携帯に電話しようとした。しかし旦那が持って出かけているはずの携帯が目の前にある。「なんだよー!!!」仕方なく会社に電話してみた。「Tさんをお願いします」と旦那を呼び出すと「今日は午後からみんなお休みになったので、部署には誰にもいませんよ」と言われた。「えっ残業じゃなかったの?????」おかしいなーーーと思った私はさきほど連れて帰ってきた友達の携帯番号にかけてみた。すると、スウエーデン人の彼の奥さんが電話口に出た。私「あのーーーーMr,TのワイフのMinamiですが、Cさんはいらっしゃいますか?」奥さん「Hello、Minami.今日は CとTは午後からゴルフに言ったわよ。聞いてないの?」私「えっ!ゴルフ????残業じゃなかったわけ???」怒りが込み上げてきた。さっき二人で帰ってきたのは車のトランクに入っているゴルフバッグを取りにきた為だと直感した!私は奥さんに息子が高熱で今すぐにでも病院に行きたいということを伝えた。すると「OH My God!!!!今すぐCのポケベルに連絡するからあとでMinamiに折り返し電話するわ!」奥さんはそう言うと、すぐにCさんに連絡とってくれたようで数分後また奥さんから電話がかかってきた。「Tはもう家にむかったわよ。息子さんお大事にね」その後家に戻ってきた旦那。息子が病気だというのに嘘をついてゴルフに出かけた事について、反省しているかと思いきや家に入ってきた時に言った一言・・・「What do you want!!!どうしてほしんだよ!」さすがに私も頭にきた!ケンカになったのは言うまでもない。結局旦那は病院に電話をして、息子の症状を説明しホームケアについて指導され、息子を看病してくれた。旦那の性格上、自分が悪くてもそれを認めないところがある。心の中ではきっと「悪かった」と思っていても素直に「Sorry」と言えなかったのだろう。。。。数日後、私は旦那に聞いてみた。「あの時Cさんの奥さんから電話で言われた時驚いたでしょう?Cさんの奥さんなんて言ってた???」すると旦那、ちょっと苦笑いをして「怒っちゃだめだよ。Cさんの奥さんは{Minamiがなんでそんなに怒るのか理解できない}って言ってたよ」「は~!!!!????何それ?怒るのが理解できないって当たり前じゃない?息子が高熱で病院に連れて行きたいっていうのに、嘘をついてゴルフに行っちゃうんだよ?」すると旦那がこう言った。「スウエーデンでは一家の主が絶対なんだって。主がゴルフに行きたかったら、ワイフは文句言えないだって。主がyesっていったらなんでもyesなんだってさ」ひえええーーー知らなかった。スウエーデンでは昔の日本のような亭主関白の世界なんだ・・・アメリカじゃ考えられないね。レデイーファースト&カカア天下の世界だよ!Cさんもし離婚してもアメリカ人女性とはお付き合いできないだろうなーーーー「Oh My God!」といかにも私の味方をしてくれているような口調だったCさんの奥さんとは、それ以来会う事はなかったMinamiちゃんでした。。。。。
2002年06月09日
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今日は久々に旦那の方から「子供たちを見ててあげるから、1人でゆっくりショッピングでもしてくれば?」と言われた。あら?そう?じゃあお言葉に甘えて♪でも旦那からそんな事いうには何か裏があるに決まってる。今日は土曜日の夜。会社の友達と何か約束しているに違いない!「夜ビリヤードに行きたいんでしょう?」と言うと「Maybe♪」とニヤニヤしていた。それならそれでゆっくりさせてもらいましょう!と出かけたはいいけど、さあどうしよう。子供連れて普段行けないところがいいかな。。。。。洋服をちょっと見て、でもケチな私は2900円のかわいいシャツでも悩んでしまった(苦笑)そしてゆっくりコーヒーを飲んでああーこれからどうしましょう?街を歩いているときに目にとまったデパートのようなでもちがう。。。そうかこれはパチンコ屋さんなのね。そして私は久々にパチンコ屋さんに向かったのでした!初めて私がパチンコ屋さんに行ったのは、まだ小学生くらいの時。下駄をはいた父親の後をくっついて、駅前のパチンコ屋さんで父がやるのを横でみていたっけ。。。。それで下に落ちている玉を拾って自分で打ってみたりした。父親が景品でもらうチョコレートが楽しみで仕方がなかった。2度目に行ったのは20才の頃。当時付き合っていた消防士の彼に連れられて行った。デジタルとかそういうのではなくて玉が真ん中の穴に見事入れば1万円♪みたいなやつだった。きっとそれが1発台というやつだったのだろう。彼氏の横で見よう見真似でやってみて、100円で穴に入ったこともあった。その次は今の旦那との結婚直前。仕事帰りに、仕事場の人に連れられて行ったら、500円が50000円になって、「結婚祝いみたいだねー」なんてみんなが驚いていた。そこで辞めればよかったのに、 見事にはまってしまった。。。Tさんを連れて休みの日によく通ったものだ!息子の妊娠をきっかけにすっかりパチンコから遠ざかっていた私。アメリカには、もちろんパチンコ屋さんなどなく、すっかり興味も失せてしまっていた。久々に行ったパチンコ屋さん・・・・・結果は惨敗・・・・もう昔のように500円とかで当たる世界ではないのね・・・・(T0T)15000円も使ってしまった。。。。だったら2900円の悩んだシャツを買えばよかったわーーーーー!!!目もしょぼしょぼ痛くなって、洋服中にたばこの匂いがすっかり染み込んでしまった私。。。気を取り直して、寿司でも買って帰ろうと思ったわ。でも久々に楽しくリラックスできた時間。旦那に「ありがとう」のキスでもしてあげようかしら???なんていい気分で家に戻ると・・・・・・・そこはおもちゃ箱をひっくり返したような戦場・・・「ママ===!!!」駆け寄ってきた娘の口には私の口紅がべっとり・・・足にはおニューのBarbieのシューズ。「ママーおかえりー」という息子はポケモンのシールを体中いっぱいに貼っている・・・・・・ナゼに????そして旦那は真剣になってプレイステーション2をやっている。。「おおーーい!ただいまーーー!!!!」私が言っても聞こえていない様子だ。すっかり忘れていたよ。うちにはモンスターが3人だったね・・・・その瞬間から現実に引き戻された私。部屋をきれいにするのに、汗だくだくになってしまったのはいうもなでもない・・・・・(疲れたよー)じゃあ今日は特別に3人目のモンスターを披露しようとするか・・・・じゃじゃ~ん!うちのモンスター白熊くんでーす!(携帯で撮影したよ) ちなみに頭は金髪のスポーツ刈りです。鼻フェチな私はこの大きな鼻に惹かれてしまったのよ。ウルフルズのトータス松本とかの鼻も大好き♪ジムに通って鍛えていたマッスルな体も今じゃすっかりぜい肉となった白熊君です。(苦笑)
2002年06月08日
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4日間にわたる長い日記を読んでいただき本当にありがとうございます。私も改めて旦那Tさんとの出会いを振りかえる事ができました。昨日の最終回ではあまりに日記が長くなってしまった為に細かなことや、それぞれ関わった人々のその後について書けなかったので、今日は”番外編”として書きたいと思います。**大好きだったN君**彼からもう一度やり直したいと言われた後、私はそれを振り切ったわけですが、何故かその後彼は離婚したKさんと寄りを戻しお付き合いを続けていったそうです。結婚したかはわかりません。**1度目の結婚相手Mさん**某ホテルを辞め、自分の夢だったお店を持つ事を実現。埼玉スーパーアリーナのあたりで、居酒屋を経営していると聞きました。私は一度も行った事ないですけど。。。。**英会話スクールのJ君***スクールで知り合った彼女と結婚し、レストランシェフになったらしいです。茅ヶ崎の方で奥さんとお店を持ったと聞きました。**仲良かったRちゃん***彼女がプールバーに連れていってくれなければ今の旦那と出会わなかったでしょう。でもJ君のことで大ケンカになり、その後絶交してしまいました。彼女も彼女で、外資系会社に勤めるアメリカ人男性と結婚し、お子さんと共にしあわせになったようです。**出ていった母***しばらく音信不通でしたが、私がアメリカに住んでいるとき妹の元へ母から連絡があり、20才年上の男性とは別れ今は再婚して幸せに暮らしています。娘をアメリカで出産したとき、たった1人で母は会いにきてくれました。泣きながら「ごめんね、ごめんね、、、」と繰り返していた母に憎んでいた気持ちも遠のき、「もういいよ。。。」と母と和解しました。**今の旦那Tさん***私と知り合った当初、たくさんの友人から「好きになっちゃ駄目だ、相手は婚約者がいるんだぞ」と忠告されていたそうです。でもJ君と結婚後、最初に再会したとき彼はこう言いました。「もしかしたら2年後にアメリカに転勤になるかもしれない。 その時もし、今のように君を好きでいたらJ君から君を奪い 一緒にアメリカへ連れて行くつもりだ」***そして一番心配だった父****母と離婚して、実家を売って、心機一転新しい家で元気に暮らしています。60才からはじめた社交ダンスを通じて、素敵な女性と知り合い、新たなロマンスが芽生えたところです。こうやって振り返ってみると、それぞれみんな幸せを見つけたような気がします。これからはまた今までと同じ、明るく、元気でユーモアたっぷりの日記を書いていきますので、みなさんも楽しみにしていてくださいね!!!最後に掲示板で応援してくれたみなさま本当にありがとう!
2002年06月07日
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★一昨昨日からの日記の続きです。今日始めて読む方は~波乱人生幕開け編~を先にどうぞ!★J君と婚約した私もそして父も今度こそうまくいくようにと思っていました。結婚前にマリッジブルーになるとよく言いますが私の場合、Mさんの事があった為に余計、2度目の結婚に不安でいっぱいでした。やっぱりもうちょっと結婚は待った方がいいのではないかと日に日にそう感じるようになっていましたがアメリカのJ君は着々と結婚の準備を始めて、結婚したら日本で働けるようにと、日本の英会話スクールの就職手続きも済ませていました。私とJ君は遠距離の2年の間に4度あっただけ。。普段どんな生活をする人なのか、どんなくせがあるのか結婚してからでないと、わからない事もあるのではないか。。。結婚後豹変してしまったMさんの事が頭から離れません。そんなナーバスな日を過ごしていた私に、当時とても仲良くしていたRちゃんが「都内の某プールバーに行こう」と誘ってくれました。都内の外資系企業で働いていたRちゃんの行き付けのプールバーには、外国人がたくさん常連さんとして来ていました。英語を勉強中の私は一生懸命、Rちゃんの友達と会話していました。何度かRちゃんに連れられてお店に通うのち、いつもビリヤードをしている外国人男性が目にとまるようになりました。彼は黙々と友達とビリヤードをしていて、女の子と話すとか他の友達とわいわいやっている様子もなく、クールにプレイしていたので余計気になってしまいました。Rちゃんに「あの人友達?」と聞くと「知らない。。。。でもよく来ているよね。すごいビリヤードが上手だよ」と言っていました。私は彼のビリヤードを夢中になって見ていました。本当に上手。私もやってみたい。。話してみたい。彼はなんて名前なんだろう???でも私から声なんてかけられません。だからいつも見ているだけでした。ある日の週末、いつものようにお店に行くとめずらしくその男性は友達と楽しそうに飲んでいました。私はその友達と目が合ってしまい、思わず下を向いてしまいました。すると何やらその友達と彼がこそこそ話し出して、「OK,OK!!!」と彼が言うと、私の方へやってきました。(実はこのとき、友達に言われたそうです。「彼女はお前に気があるぞ!声をかけてやれ」彼はそんなことない!と言ったけれど、友達が「お前が声をかけないなら、僕がかけちゃうぞ!」と急かしたそうです)「Would you like to play some pool? ビリヤードやってみますか?」いつも見ていた彼から始めて声をかけられた!動揺してしまった私は思わず「NONONONONO~~~!!」と顔を真っ赤にしてしまいました。そう、その彼こそ今の旦那Tさんです。「Comon!!!! Let’s play!!! I will teach you!プレイしようよ!教えてあげるよ」Tさんは恥かしがる私に丁寧にビリヤードを教えてくれました。それを見ていたRちゃん。すかさずTさんに「彼女は駄目よ。もうすぐ結婚するんだから!」と言いました。それでもTさん明るく「そうなの?OK!じゃあ友達としてね!」と言ってくれました。その笑顔が本当にまぶしいくらい素敵でした。翌週もお店でビリヤードを教えてくれるという約束でRちゃんも、その友達も含めみんなで会いました。でもアメリカでの結婚式は日に日に迫ってきていました。だんだんと私の中で結婚したくない!という気持ちが大きくなり父に相談してみました。すると「今さらそんな事いい出して。。。。J君はもう招待状まで出したそうじゃないか。キャンセルなんかできないぞ」父を早く安心させてあげたい。。。そう思った私は結局予定通り父とアメリカへ行く事を決めました。アメリカへ行く2日前、プールバーでTさんに言いました。「結婚してしまったら、今までのようにこのお店にこれなくなると思います。今まで楽しかったです。ありがとう」Tさんは「婚約者がいなければきっと君を好きになっていたよ。 でもしょうがないね。僕はいつでもこの店にいるから。 遊びにきたくなったらおいでよね。」ああああーーこれから結婚するという私になんでそんな事いうのー!!!!複雑な思いがますます複雑になってしまったーーー!アメリカに言って、久しぶりに会うJ君。でも何故か前のようなときめきはありませんでした。Tさんにあんな事言われたから、、Tさんの存在が私の中で次第に大きくなっていくのがわかりました。J君に言いました。「一緒に日本で暮らしてからじゃ駄目ですか?」J君は「何を今更!!!もうあさってには僕たち結婚するんだよ!」半分J君に押し切られるように2度目のウエデイングドレスをきた私。そしてJ君と共に日本に戻ってきました。初めてJ君と一緒の生活。私の心の中にTさんの存在があった為かJ君の嫌なところばかり目につくようになりました。J君は1人っ子なので、ものすごくわがままでした。「僕はアメリカ人。なにをやっても許される」そんな考えを持っていました。大学で交換留学生として日本にきたときに、かなりみんなにチヤホヤされたのでしょう。なんでも許されると勘違いしていた彼。父の食事中にいきなりTシャツを抜いで目の前でほこりをはたいたり、父が大好きな時代劇を見ている最中に目の前でギターを弾いて注意されたり。。。。でも決まって彼はこう言いました。「僕はアメリカ人だよ。アメリカでは注意されたことないのになんでここで注意されないといけないの?」反省とかそういう気持ちの全くないJ君に、父もただただ驚くばかり。。。。しかも就職した英会話スクールでは生徒さんにかなり人気だったらしく、「やっぱり僕はモテルんだ」なんて言うようになりました。「あああーやっぱり一緒に生活してみないとわからない面がたくさんあったんだ。。。」と後悔している矢先突然Tさんから電話がありました。ちょっと酔った声のTさん。「会いたい・・明日店で待っているから。。。。。」私は迷いました。今こんな気持ちでまた会ってしまったらどうなるかわからない。でも私も会いたい・・・・・次の日。友達のバースデーパーテイーがあるからとJ君に言って、再びプールバーの店に行った私。久しぶりに会うTさん。「本当にきてくれたんだね!」笑顔がほんとうにまぶしかった!それから2週間に一度、J君の仕事が遅い時私はプールバーに通いました。自分でもどうしていいのかわからなかった。今の状態がいつまでも続くとは思っていませんでした。ある土曜日。プールバーでいつものように一緒にビリヤードをやっていると、目の前にJ君が現れました。私「どうしてここに・・・・・」J君「おかしいと思ったんだ。最近いつも心が上の空。 こういうことだったんだな!!」そばにはRちゃんが立っていました。「私が連れてきたの。だってわたしMinamiちゃんが許せないもん。J君と結婚しておきながら、Tさんと遊んでいるなんて!」J君はTさんに詰め寄りました。「僕のワイフをどうするつもりだ!」Tさんは言いました。「ビリヤードを教えているだけだ、僕たちは君の思っているような変な関係ではない!」一発触発状態でした。J君は今にもなぐりかかりそうな勢いでした。とりあえず、お店の外にJ君を連れ出しました。J君「帰るぞ!」私 「嫌。もうJ君なんか嫌い。」J君「いいかげんにしろ!Fxxxing Bxxh!!!!」 (この売女めっ!!!というようなニュアンスです)私 「なんと言われても帰らない。」J君「OK.Fine.好きにしろ」J君はRちゃんと帰っていきました。(その後Rちゃんとは絶交 状態になってしまいました)私は大泣きしてしまいました。私がいけないんだ!!!自分を責めているとその時Tさんは言いました。 「こんな事になったのは僕のせいだ。もし離婚とかになってしまったら、僕がMinamiを守るから・・・・約束する。僕は君を泣かしたりしないよ」J君はその夜、荷物をまとめて家を出て行きました。日本人の友達の家へ行ったのでしょう。その友達から「J君が離婚したいと言っている」という事を伝えられました。J君の決断は早いもので、お店に怒鳴りこんできて1週間後私たちは離婚届けにサインすることになりました。父は私を責めたりしませんでした。むしろ「Minamiが結婚を伸ばしたいと言っていたのにお父さんがそんなの駄目だと無理強いしたからいけなかったんだね」と言ってくれました。でもJ君と知り合ったことを後悔していません。だってMさんとの地獄の結婚生活から、勇気を出して強くなれと教えてくれたのはJ君なのだから。。。そんなJ君をこんな形で裏切る形になってしまって本当に申し訳ないと思っています。でもJ君はその後、英会話スクールで素敵な女性と出会い結婚して幸せになったと聞きました。そして1年後、私は3度目のウエデイングドレスを着ることになりました。もう大丈夫。とても長い道のりだったけれどようやっと本当の幸せを手に入れた私。旦那と子供2人に囲まれて、HPのみんなに励まされ、波乱万丈の人生を振りかえることができました。4日にわたる長い日記をここまで読んでくれたみんなどうもありがとう!!!!
2002年06月06日
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★一昨日からの日記の続きです。今日始めて読む方は~波乱人生幕開け編~を先にどうぞ!★文通していたJ君との手紙をある日Mさんに見つかってしまいました。英語ばかりの手紙で何を書いてあるのか、わからないだろうと思っていたら「俺だって I like you くらいわかるんだよっ!!」と怒鳴られました。たしかにJ君の手紙には時々そういう事も書いてありました。でもそんないやらしい気持ちなどなく本当に友達として付き合っていたので、Mさんの怒りに私も納得のいかないものを感じました。「離婚の時、慰謝料取ってやるからな!覚えておけ!」と彼は身の回りの自分の洋服などをかばんに詰めて家を出ていってしまいました。でも何故かホッとした気分でいっぱいでした。「もういつ別れてもいい、、、」そう思っていました。数日後彼から電話がありました。「仕事に車が必要だろうから、Minami用に中古車を用意したから。。しばらく別居しよう。俺もよく考えてみる」それから半年の間私たちは別居という形を取りました。でも私は彼からの酒乱暴力から開放された安堵感ですごくすがすがしかったのを覚えています。そんな時、失踪した母の弁護士という人から父の元へと連絡が入りました。弁護士の言い分では「離婚してほしい。慰謝料を1000万請求します」ということでした。私も父も「勝手に出ていってなんなんだ!?」と母への嫌悪感を募らせていました。それから母と父との離婚裁判が始まりました。裁判は数年かかりました。家庭裁判所で母に怒鳴りつけたりもしました。私がずーっと調べていてわかった事は母には男の人ができたのでした。その男は母より20才も年上のよぼよぼのおじいさんで、しかもちゃんと家庭があるのにもかかわらず、母をそそのかしたのです。私は別居中の半年の間、父の支えになり、そしてそんな私を文通で支えてくれたのがJ君でした。別居してからは、お互い電話で会話したり、ビデオレターを送り合ったりしました。私の気持ちの中でJ君の存在がしだいに大きくなり、J君もまた私に会いたくて仕方ないという気持ちでいっぱいでした。彼の大学の夏休みにアメリカへ遊びにこないか?と誘われました。でもまだちゃんと離婚していない私は、この中途半端な状態では彼には会えないと思い、Mさんにはっきり「離婚したい」と伝えました。Mさんは土下座して謝りました。「許してほしい。もう一度やり直したい」でも私の答えは「ノー」でした。以前の私だったら、きっと許していたかもしれません。でもJ君との文通の中で、「強くならなくちゃいけない」という事を教えられました。そしてついに「離婚」。父や母のようにドロドロ裁判をしたくなかったので、慰謝料ちょっとと車をもらい離婚しました。晴れやかな気分で私はアメリカのJ君に会いに行きました。でも初めてのアメリカ旅行への不安と、J君の家へは泊れない、、と思って女友達を誘っての旅行でした。久々に会うJ君。初めてのアメリカ。何もかも新鮮でした。そして私とJ君は改めてお互いの気持ちを確認しあいました。1週間の滞在の後、私とJ君の遠距離恋愛が始まりました。J君とは合計で2年付き合いました。でも実際合ったのは4度。夏に私が会いにいき、冬に彼が会いにくる。。。という遠距離でした。最後に日本に遊びに来たとき、J君にプロポーズされました。「来年大学を卒業する。そしたら結婚してほしい。。。。」結婚への不安がなかったとも言えません。結婚するまであんなに紳士でやさしかったMさんが豹変してしまったショックも忘れたわけじゃありません。でもこの2年一生懸命遠距離恋愛をつらぬいてきたJ君とならきっとうまくやっていける。そう信じていました。そして彼がアメリカへ帰る前日、プロポーズの返事をしました。彼はものすごく喜び、アメリカへ戻ったらすぐに両親に話して、結婚の準備を進めると言ってアメリカへ帰っていきました。母と父との離婚裁判もようやっと決着し、慰謝料なし、お互いが弁護士料を払うということで終わりました。ほっとした父を前に私もJ君との婚約を告げました。父はものすごく喜んでくれました。「今度の結婚こそうまく行くといいね。」と言ってくれました。今度こそ・・・・・私は本当にそう思っていたんです。あの日、今の主人Tさんに出会うまでは・・・・・すみません。。。。期待させてしまって・・・・明日が最終回です。ようやっと主人が出てきたところで明日の修羅場も是非期待していてください!
2002年06月05日
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★昨日の日記の続きです。。。。今日始めて読む方は~波乱人生幕開け編~を先にどうぞ!★N君に手紙を出してすぐ私はプロポーズしてくれたMさんに「結婚してもいいです」と返事をしました。Mさんは大喜びでいろいろと準備を進めてくれました。もちろん夜のバイトもやめ、Mさんは毎日のようにアパートに迎えにきてくれて、高級レストランをあちこち連れていってくれました。Mさんは某ホテルのレストランマネージャーをつとめるやり手の人。将来は自分でお店を持ちたいという野望も持っていました。こういう人に愛されて幸せになっていくのが一番なんだと自分に何度も言い聞かせました。ある日突然N君から仕事場に電話がありました。会えなくなってから初めて彼からの電話に胸をドキドキさせました。「話したいことがあるから、今日会えないか」と誘われ、付き合っていた頃よくデートしたお店で待ち合わせをしました。約束の時間に行くと、すでに彼は待っていて、サラサラの髪をちょっとかき上げ「久しぶり♪」とさわやかに微笑みました。あああーーやっぱりかっこいいっ!!!久しぶりに二人でいろいろな事を話しました。そして彼の車で家へ送ってもらいました。彼は言いました。N君「結婚するんだってね。どんな人?」私 「とてもいい人だよ。お金持ってるし。。。。」N君「そいつの事好きなの?」私 「・・・う、うん。好きだよ。」N君「僕たちさ、、やり直せないかな。。。」待ちに待ったこの言葉!!!N君を振り向かせるにはもう時間の問題!!!でも私はKさんの事が気になりました。私 「Kさんはどうしたのよ?好きだったんでしょ?」N君 「ああーーKさんね。離婚したみたいだよ。ちょっと付き合っていたけど、、、、どうでもよくなった。」その言葉を聞いた瞬間、何かが弾けたように目が覚めました。「どうでもよくなった?????何それ???」たしかにここでまた彼を振り向かせる事はできる。でもその後は?またきっと彼は気持ちが冷めてしまうかもしれない。彼が夢中になっているのは、婚約中のMinamiなのだから。。。その時ふとMさんの顔が浮かびました。「私何やっているんだろう・・・・・Mさんごめんなさい」N君は私にキスをしてこようとしました。でも「ごめん、できないよ。私結婚するんだもん!」***************************N君をようやく振り切る事ができたMinamiちゃん。あとはMさんとの幸せな結婚生活が待っているだけ!!!期待に胸を膨らますMinamiちゃんでした。Mさんとつき合いはじめて半年後、結婚式1週間前私の母は突然蒸発しました。必死に探しました。でもどこに行ったのかわかりませんでした。バックひとつで何も持たず、出ていった母・・・・・・それでも結婚式は某ホテルで予定通り行われました。式では「母は急病の為不在」と伝えられました。結婚してからは、私は母探しに一生懸命になりました。そして残された父の事も心配で、いつも実家に行っていました。そんな私をMさんは応援しているかのように見えましたがしだいに仕事の帰りも遅くなり、地元の友達と一緒にキャバクラなどに行くようになりました。週末に行っていたキャバクラも毎晩になり、それに私が文句を言うと、暴力を振るうようになりました。酔って帰ってきては暴力を振るう。。。。いきなりベットから蹴られて、落とされたこともありました。母の事も心配・・・・父の事も心配・・・Mさんは豹変してしまった・・・・もうボロボロでした。結婚なんかしなければよかった。ある日酔って暴れた旦那に言われました。「お前なんかと結婚しなくてもよかったんだ。キャバクラにはお前よりいい女はたくさんいる。」それでも朝になると、泣いて謝る旦那。一種の酒乱だったんでしょう。私もどうしていいかわからなくなってしまいました。そんなある日、、私の勤めているデパートに一人の男性が買い物にきました。彼の名はJ君。アメリカ人で日本の大学に交換留学をしていると言いました。慣れない英語で必死に接客をした私に彼は感激しそれから毎日のようにJ君はお店にやってきました。ある時J君に質問されました。「付き合っている人はいるの?」私は「結婚しているのよ」と答えました。でもその時脳裏に暴力を振るう旦那が浮かんだのか、自然に表情が暗くなってしまった私。そんな暗い私を見て、J君が心配そうに「あなたの旦那さんはきっとあなたを幸せにはしてくれていないんだね。。。」と言っていました。誰かに言いたかった。親にも友達にも暴力の事を相談できずにいた私は思わず彼に話してしまいました。彼はひどく驚いて言いました、「暴力なんてとんでもない!」しかし続けて彼は言いました。「もっと相談にのってあげたいけど、僕はあさってアメリカに戻らないといけないんだ。よかったら文通をしないか?君の抱えている悩みごとを聞いてあげるよ!」お互い住所を交換しあい、J君はアメリカへ帰っていきました。それから私たちは文通をはじめました。愛とか恋とかそういうのは全くありませんでした。純粋に友達として私たちは文通をしていただけでした。しかし、ある時隠し持っていた彼からの手紙をMさんに見つかってしまうことになるのです。。。。。この後も大変なことになりました。母からは弁護士を通して、父の元へ連絡もあるし、波乱万丈人生はまだまだ続きます・・・・・・
2002年06月04日
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昔の写真を整理していたとき、私の人生を大きく変えるきっかけとなった彼の写真が出てきました。彼の名はN君。背は185cm、当時人気あった吉田栄作に似て、サラサラヘアにえくぼの似合うハンサムなト●タに勤める営業マン。Minamiちゃん22才の頃通っていたデイスコでナンパされ、お付き合いをはじめました。同じ埼玉出身だということもあって、いつも彼は私の1人暮らしをするアパートに遊びにきてくれました。数ヶ月たったある日彼がいいました。「Minamiといつも会いたいから、Minamiの家のそばの営業所に転勤願い出そうと思うんだ」とても幸せでした。こんな幸せがいつまでも続くと思っていました。しかし、彼からの連絡がしだいに途絶え、携帯のなかった時代だったので、ひたすら彼からの電話を待つしかありませんでした。ある時勇気を出して彼の家へ訪ねていきました。彼は両親と住んでいたのですが、一度遊びに行ったことがある為お兄さんが「あいつはまだ帰ってきてないけど部屋で待っていたらいいよ」と家へあがらせてもらいました。彼の部屋で待つ事数十分、机の上にあった日記に目がとまりました。彼から毎日日記をつけていることは知らされていたのですが実際本物の彼の日記を目の前にして、「見ちゃいなよ!」「絶対見ちゃだめ」と私の耳で悪魔と天使がささやき始めました。見てはいけないとわかっていても、誘惑にまけてページをめくってしまった私・・・・・私たちが知り合った頃からずっと書き続けてありました。彼の態度がよそよそしくなった頃の日記を読むとこんな事が書いてありました。「Minamiに言わなければいけない。でも言い出せない 自分もいる。どうしたらいいだろう???? でもKさんは僕にとって今一番大切人だ。なんとか彼女を ヘルプしてあげたい。手が届きそうなのに、手が届かない。。。 僕はKさんが好きだ」ガーーーーーーーーン!!!!!!!!!他に好きな人ができたのではないかと薄々気がついてたはいたけれど、目の前のこの日記が、私の中で否定し続けていた事実を私につきつけました。Kさん。。。。いったい誰なのだろう???同じ職場の人?ヘルプっていったい何のこと???私の中で疑問が湧き出してくると、その時N君が帰ってきました。N君の目がまっさきに日記に向けられたのを感じました。私はいろいろ聞きたい事があったけれど、あえて何も聞かず「会いたかっただけ・・・」と言って帰りました。それからN君からの連絡はなく、私からも連絡がとれなくなり自然消滅になってしまいました。。。。それでも私は彼の事で頭がいっぱい。いつかもう一度振り向かせたい!とそう思っていました。Kさんの事を調べてみました。Kさんは同じ営業所の年上の女性。結婚しているものの、最近旦那とうまくいかず、離婚問題で悩んでいたらしい。そしてその相談相手になっていたN君はしだにKさんに惹かれていったと、N君の友達は教えてくれた。そしてその友達こんな事を教えてくれました。「Nは手に入らないものを追いたくなる性格なんだよ。 だからKさんに今夢中になっているけど、でも本当にKさんが離婚して彼の元へ行ったらNの気持ちはさめてしまうと思うよ」そうか!手が届かないものを追いたくなるのか!!!だったら私が結婚してしまったら、N君は追いかけてくるの?そんな馬鹿な事を思い付いてしまったMinami,,(-_-:当時夜のバイトで一生懸命私にアプローチしてきた男性がいました。N君を忘れる為にその男性と付き合い出した私。数ヶ月後、彼からのプロポーズ。そして私、1通の手紙をN君に出しました。「あなたの事が大好きでした。でもあなたを忘れたい一心で付き合った男性と結婚することになりました。本当に忘れます。さようなら・・・・」これは私賭けでした。N君は再び連絡をくれるのでしょうか?私は本当にこの男性と結婚してしまったのでしょうか?この後私の人生は大きく変りました。日記。。。。続く。。。。。。
2002年06月03日
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昔からテレビに出る事が大好きだったは、今度は「ステージママになろう!」と決心。1年半前に日本に帰ってきて早速オーデイション雑誌「キッズデビュー」を購入しました。そこにいろいろオーデイションが載っているのだけれどまず手始めに「キッズデビュー」の「子供オーデイション」に申込み。息子と娘の写真を貼り付けた履歴書を送りました。が、来た返事は「システム変更」のお知らせと共にこれからは入会費や毎月の登録料がかかるという事でした。(今までは無料だったのに!)友達の子供は横浜を歩いていたらモデル事務所にスカウトされてパンパースのCMに出演したことがありました。「お金を払うのもなあああ~スカウトされないかしら??」と横浜や渋谷を子連れで歩いてみました。が、、、、、やっぱりこればっかりは運。どうせお金を払うなら、ちゃんとした事務所に登録しようと決めた私。数年前のNHK紅白歌合戦で、ミッキーやミニー達と踊った子供たちが、外国人・ハーフ専門の「S」という事務所だった為、インターネットで調べて電話してみました。早速登録に来てくださいということで、広尾にある事務所まで子供2人連れて行きました。「ハーフのお子さんなので、登録料は1000円です」と言われました。「えっそんな安くていいの?」と不安に思いましたが、事務所の方が「お子さまにお仕事がくるかどうかは、お母さまの努力しだいなので、毎月毎月写真を送ってきてくれると、仕事が入りやすいですよ」と言っていたので、それからがんばって毎月たくさんの写真を撮り、サイズ等計って事務所に送っていました。登録にいったのは去年の3月のお話。。。。。つい先日突然事務所から電話がありました。「とうとうお仕事のお話?」とワクワクしていると「去年の5月からシステムチェンジになりまして。。。。 年間登録料と3ヶ月に1度行われる写真撮影代をお支払いしてもらうことになりました。今月末に撮影会がありますが参加されますか?」と言われました。「は???何それ?」私は3月に申し込みに行って、それから毎月毎月写真をたくさん事務所に送っていたんです。5月にシステムチェンジになったことすら知りませんでした。今までじゃあ私が送っていた写真等は無視されていたってことですよね????いったい兄妹で年間いくらかかるのか聞いてみると「兄妹で10万円くらいです」とさらりと答えていました。年間10万円・・・・他の外国人の親は本当に払っているのだろうか??と疑問に思って聞いてみると「両親外国人の場合は一切無料です。ハーフのお子さんと両親共に日本人のお子さんの場合お金がかかります」という答え。ぬあに~!!!!!!(怒!!)なんじゃそれ~!!??さらに「ハーフのお子さんは最近増えてきまして、希少価値がなくなっていますので、プロのカメラマンで撮影した写真じゃないと、クライアントの目にとまらないのです」と説明されました。。。でもね、私が納得いかないのは今までなぜ一切連絡してこなかったかって事。今回連絡してきたのだって撮影会に参加させてお金を取りたかっただけじゃないのー?と思ってしまう。こんな事務所こっちから願いさげよーーーーーー!!と早速退会手続きをして、事務所「S」を辞めました。そしていろいろ他の事務所に電話してみたんですけどある事務所にこう質問されました。事務所「お子さん達はどちら似ですか?」私 「どういう意味ですか?」事務所「アメリカ人よりの顔ですと、外国人登録になりまして 費用は一切無料ですが、日本人よりですと、日本人と しての登録になりまして、名前も日本の名前をつけて いただいて、費用も数万円になります」私「はああ・・・・・・(-_-:,,,,,,」聞くところによると日本にいる芸能人で、顔はどう見てもハーフなのに名前は日本名で、本人もハーフであることを隠している人がけっこういるそうです。。。。そういえばいるよね。。。モデル事務所のお金事情を調べていくうちになんだかめんどくさくなってきた私。やっぱり私にはステージママは無理かな。。。視聴者参加番組に応募するとかして誰かの目にとまってスカウトされるのを待つしかないのかもしれないね。誰かスカウトしてくれないかしら。。。。いい情報がありましたら教えてくださいねーー!(*^0^*)/~***中学時代の写真とジュリアナで遊んでいた頃の写真****写真が見付かりましたので、リクエストにお応えしてアップします。いじめられた中学時代の日記の頃の中学時代の写真とその後のジュリアナでの危険な体験頃の写真です。 Minamiちゃん中学時代と21才以上の頃の写真
2002年06月02日
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**いかにもいたずらそうでしょ!?ホームアローンのマコーレカルキン君のような旦那の子供時代写真UPしました**私の旦那はいつもこう言います。「どうしてうちの息子はモンスターなんだ!!」そして私は答えてあげます。「それはね。あなたが子供の頃”スーパーモンスター”だったからよ」 そう。うちの旦那。”スーパー”がつくほどのモンスター。映画「ホームアローン」を見たことありますか?あの映画を見た旦那の両親が「自分たちの子供をモデルにしたに違いない!」と思ったほどだったそうです。数々のいたずらを両親から教えてもらいましたが、一番驚いたのは、「ベースボールカードファイアー事件」旦那が5才か6才の頃、することなくて暇をもてあましていたので、自分の持っていたベースボールカードをジャッジ(判定)する遊びを思い付きました。両親が隠し持っていたライターをこっそり盗み出し「お前は悪い投手だから、ファイアー!!!」「お前は昨日打てなかったから、ファイアー!!」「うーん、、、、お前は最近がんばっているからセーフ」「お前は昨日エラーしたからファイアー!!」とジャッジしながら、ファイアーとなった選手のカードにライターで火をつけて、2階の窓から放りなげていました。もちろん窓の下の芝生は焦げ焦げ・・・・・1階にいたお母さん、なんだか変な匂いにきがついて窓の外を見て大騒ぎ!!!!思いっきり旦那を叱り、手を叩いたら旦那が一言「今度叩いたら、児童虐待で訴えてやる!!!!!!」お母さん、すぐにお父さんに電話。仕事から戻ってきたお父さん。有無を言わさず彼の荷物をまとめ、玄関先に置きました。お父さん「今すぐこの家を出ろ!」旦那 「こんな夜遅く危ないよ。しかも僕まだ6才だよ」お父さん「Just Get Out!!!!!!」両親はもちろん旦那が泣いてあやまってくると思っていたらしいが、そこがスーパーモンスター。「わかったよ」と荷物を持って家を出て行きました。そしてご近所の戸をたたき「すみません。僕は家を追い出されました。今日からあなたの家の子にしてください」と言って回ったという。両親は玄関に座っていると思っていた旦那がいない事に気がつき慌てて探し出しました。そして家から数百メーターのところをトボトボ歩いている旦那を発見!家に連れ戻ったそうです。もしあのとき、警察が彼を見つけていたら・・・・と考えるとかなり焦ったらしい。。。。そんなんで数々の苦労させられた旦那の両親。私たちに男の子が誕生したことを知ると、それはそれは喜びました。「ああーーーとうとうリベンジのときが来たのね。 私たちが苦労したように、あなたも息子に苦労させられる のよ~ Ψ( `▽´ )Ψケケケケ♪ 」そして今、まさにモンスター息子に私たちは頭を悩ましているのです。。。。私は神様に祈るばかり。「どうぞ息子が旦那のようになりませんよーに!!!!!」**スーパーモンスターの頃の旦那(真ん中)とお姉さん(左)そしてひとつ年下の弟(右)←キュートな弟とは違うよ**
2002年06月01日
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