シャーマンシリーズの最終回として、前世と幻視についてお話しすることにします。
前世については説明するまでもないと思いますから特には触れませんが、幻視と言うと余りぴんと来ないと思いますので、まず幻視について触れておきます。
幻視とは、読んで字の如く、単純に言えば幻を見ているかのように何かを見ることができる能力ですが、私の場合、現在は主に夢の中でこれを行います。
現在は、と断ったのは、以前はそれ以外の時にもできたためで、小さい頃は何時でも幻視できたのです。
白昼夢を見ているような状態とでも言うのでしょうか、ぼーっとしながら一人で全く別の世界に入っていたわけです。
当然と言いますか、そんな時の私は、現実世界が全く見えません。
精霊の守り人シリーズにでてくる精霊の世界ナユグを見る能力と同じで、ナユグを見ている間は、人間の世界サグを見ることができないのです。
私がどうなったかと言うと、現実世界が全く見えていないのですから、当時は何にもない所で、つなずいたりこけたりしたわけです。
そのため、暴力母に注意力散漫と散々虐待される原因の一つにもなっていたのです。
私が、最初の臨死体験の時に、神様の特別なるご配慮により、特別製の強靭な体を与えられていなかったら、直ぐにまたあの世行きになっていたでしょう。
神様が、このまま帰したら、すぐ舞い戻ってくるからとこの身体を与えてくれなかったら、本当に直ぐ本当に死んでいたでしょう。
ただ、別世界を見ている時の私は、口をあけたままぼーっと宙を眺めているのですから、どう見ても知恵遅れの異常児でした。
その態度や表情も、母を怒らせる原因になっていました。
このような状態は小学校3年の時まで続きましたが、そのために周囲の人々を悩ませたようです。
見かけはどう見てもあほながら、勉強でもピアノでも、こと自分が興味のあることに対しては、何十万人に一人とさえ言われた天才的な能力を発揮していましたから。
ただ、スポーツには興味が無かったためか、当時は全くだめでした。
そのまま続いていれば、社会不適合の問題児のままだったのでしょうが、小学校4年の時に、自我に目覚めたのか自分を意識するようになると、私は突然品行方正の優良児に変身しました。
しかし、その代償として、何時でも幻視できる能力と超人的な思考力を失いました。
絶対音感等の音楽的才能はそのままだったようでしたが、家庭のいざこざもあってピアノをやめざるを得なくなってしまいましたから、わずか 3 年で上級クラスに至った驚異的な進歩も、そこで止まってしまいました。
その代わりなのか、全然できなかった運動もしてみようと思うようになると、不思議にできるようになり、それまで常にどん尻争いをしていたかけっこでも突然速くなりました。
しかしお笑いだったのはそれまでが余りにひどかったため、周囲には走るのが遅いと言う強烈なイメージが定着してしまっており、能力別編成なる変なプログラムでは常に最下級に入れられたのです。
結果としては、A級馬がC級レースに出走し続けたようなもので、小学校を卒業するまで常に大差で楽勝をおさめていましたが、それでも皆遅いと思っていたのですから、それまでがどんなにひどかったか、推して知るべしです。
勉強の方は、頭脳の方が混乱して一時的に急降下しましたが、落ち着くと今度は実力?でトップテンぐらいに戻り、一般的なレベルでは万能になりました。
今考えて見ると、幼少期に発揮していた幻視能力、記憶力、思考力等の能力は、完全に集中すると同時に緊張することなくその行為を楽しんでいたからこそできたことで、その時には、前世の記憶も無意識に利用できていたのだと思います。
小学校低学年まで、授業をほとんど聞かずにほぼ満点を続けられたのも、前世の記憶の一部を利用できたからで、小学生程 0 度の勉強は教えてもらう必要などなかったわけです。
ヴァイオリンやピアノについても、特に教わったと言う感覚無しに弾けていましたから、同様だったのだろうと思います。
しかし、自我の目覚めによって自分自身を意識するようになった結果、完全には集中することができなくなると、勉強も完全には楽しむこともできなくなり、自分が明確になると、他者である前世の記憶も利用できなくなったようで、超人的ともいえた能力が無くなったのでしょう。
そうは言っても、老人となった今でさえ、学ぶ行為自体は楽しいと思っていますから、最盛期の1割以下の能力かなあとは思いながらも、十分なんとかなっているのでしょう。
自分で言うのも変ですが、最盛期は、勉強でも物語でも音楽でも、 1 時間ぐらいまでの容量なら一度で記憶し、かつ理解することができていましたから。
そして、その能力が衰え始めたのは 20 歳過ぎと 40 歳を過ぎてからの二段階であり、大学 3 年頃までは、通常の講義程度なら全て記憶してしまったため、ノートは全く必要ありませんでしたし、実際ほとんどノートをとった覚えがありません。
逆に、他人のノートは、出席できなかった講義の内容をテストの 15 分前に行って見せてもらって記憶してテストに臨むためには必要でしたが、それだけで良あるいは優の成績を取っていたのですから、勉強では苦労したことはありませんでした。
これって、別に私が特別なわけではありません。
東大、京大の学生には、それほど珍しいことではありませんでした。
要は、思考及び記憶に対する適性を持った集団だっただけなのだと思います。
私自身のことはさておき、幻視は、前回触れたエクソシストと同様、宗教団体によって正式に認められている能力でもあります。
12 使徒を始めとするキリスト教の聖人たちは、幻視者としても認定されていますが、神の姿を見たり、声を聞くこと自体が幻視なのです。
その幻視者の中で、私が興味を持ち、影響を受けた者として、 12 世紀頃のキリスト教のシスターであった、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンと言う人がいます。
日本では余り知られていませんが、彼女は、宗教家であっただけでなく、教育者であり、著述家であり、音楽家でもあった万能の天才で、それらの功績により、聖人であり、幻視者であったと認められています。
私が特に興味を持ったのは、彼女が幻視したこの世界の最初と最後の様子です。
最初に簡単な訳文で読んだ時はイメージが湧かなかったのですが、私自身も、たまたま同じと思われる光景を幻視してようやく理解できました。
内容としては、今信じられているビッグバンの理論等を完全に否定するものです。
実際、ビッグバン理論にはかなり不備があるため、そのまま信用するのはどうかと思いますが、むしろ仏教の空の思想や、インド哲学、最先端のヴァーチャルリアリティーに通じるものでした。
簡単に言えば、原子段階で、離合集散を繰り返した結果世界ができ、最後はその原子が暴走?して結びつきが壊れ、粉々と言うか、バラバラと言うか、混沌に返ってしまうという感じです。
説明するのも理解するのも難しいので今回はこれ以上触れませんが、その内機会があれば触れてみたいと思います。
幻視に戻りますと、幼少期は幻視対象を自由に選ぶことができたようなのですが、今は残念なことに自由には選べません。
何せ大抵は夢の中のできごとなのですから、これはどうにもならないのです。
しかしまあ、才能と同じで、幼少の頃たるや、この場所には昔こんな建物が立っていたとか、結婚する前に母が垣根に穴を開けてこっそり出かけていたとか、広大な庭園がその内無くなってしまうとか、物置小屋には昔の女中(前々世の愛人)の幽霊が居るとか、ろくな幻視をしていませんでしたから、もったいないこと限りなかったと思います。
実際、競馬の予想でもしていれば、大金持ちになっていたかも知れません。
テレビの競馬中継を見ていて、何気なく「この馬が勝つよ。」と言ったら必ず勝ちましたから。
さて、それでは自我を持ってから以降の私の幻視はと言うと、選べなくはなりましたが、対象は非常に広範囲に及んでいました。
自分の前世についてもその対象の一つですが、時代的にも歴史を超越して何千年、いや何万年(世界の始まりや終わりを考えると何億年となりそうですが、時間とは何かを考えると、これにも疑問があります。)にも及ぶようです。
その中には、困ったことに未来まで含まれます。
仕事をしていた当時一番困ったのはこれで、無駄だと幻視してしまったことを仕事でやらざるを得なくなることで、少しばかばかしくなりました。
それでも、給料もらっている以上、そのプロ意識で割り切ってやるようにはしていました。
大体、未来を話しても、まず信じてもらえませんし、「何故そんなことがわかるんだ。」と怒る人の方が多いから言わない方が得策なのです。
私としても、そうなるから、としか答えようがありませんし。
だから、過去につい言ってしまったことを一つだけ紹介しておきます。
30 年以上前のお話になりますが、某業界で売り上げがずっと落ち込み続けていましたから、「緊急提言」を出すことになったのです。
その説明会の席上で、幻視できる私は、ついつい言ってしまったのです。
「この先まだずっと売上は落ち続けますから、むしろその対策を講じた方がいいのではないですか。」
本当にその通りになりましたし、単純な投資効果の判断から言っても、効果が得られない現状で、積極的な投資はするべきではなかったし、それだけの余裕も無かったと思うのですが、そんなことを言うわけには行かないのが当時の自分の立場でしたから、堂々と言ってしまった私は、当然上司たちからは嫌われました。
まあ、私が言ったとおりになりましたから、嘘つきではなく、預言者か超能力者と思われたでしょうが、肯定的な意見が言える状況にありませんでしたから、ことごとく嫌われるような否定的発言を繰り返すことになりました。
そのせいとも言い切れませんが、能力やキャリア程には出世しませんでした。
でも、最初からリタイヤしてのんびりしている現在の自分が一番幸福だと、サヴァン症候群の超越的演算能力でシミュレートして判断したことでしたから、現在の自分を目標として、その状況になるようにしただけで、出世しないのもその手段であり、計画の内だったのです。
さて、仕事に関係する話はさておき、前世の話については、幽霊と同じで、信じられない人は絶対信じないと思いますから、私も信じてもらおうとは思いません。
興味のある人だけ読むか、変人の空想と割り切ってください。
まず、前世の記憶について面白いのは、当然時代も場所も違いますが、記憶の中には当時の言語がほとんど登場しないことです。
実際、レムリア時代の 3 人の妃のように、テレパシーでコミュニケーションできた相手もいましたが、当然あった会話も、ほとんどが現代の日本語に変換されてしまっているのです。
このことはずっと疑問に思っていたのですが、自分で海外に行ってようやくわかりました。
海外研修で6カ国巡った時に、会話は主に英語で、フランス、ドイツ、イタリアでは部分的にそれらの言語も使っていたにもかかわらず、記憶としては全て見事に日本語に変換されてしまったのです。
同様に、当時全く不自由しないぐらいできた英会話の能力も、成田に帰着した途端無くしてしまったようでした。
英会話はともかく、もし前世の会話や記録を記憶できていたら、そして神殿の壁に書かれていた予言の書の文字も読んでいたのですから、それらを当時の言語でもいいから記憶できていれば、現在なお解読されていない古代文字の解読に役立ったのだろうと思いますし、考古学的にも大変貴重だったと思いますから残念ですが、断片的には残っています。
前世の中でも一番古い時代ではないかと思われるレムリア(実際こう呼んでいたかと問われますと、前述のとおり記憶が日本語に変換されているため困るのですが、現在の伝説で主にレムリアと呼ばれているものに相当すると思いますから、便宜上そう呼ぶことにします。)の記憶が何故か一番鮮明であり、全てに暗示的なのですが、当時のレムリアでは、ピラミッドや神殿のような石造建築物をヤカタと呼んでいました。
これも日本語ではないかと半分疑っていたのですが、調べて見ると古代のマヤではピラミッドよりも日本の感覚の館に近い石造の建築物をヤカタと呼んでいたことがわかりました。
同様に国王の尊称になっていたミトラスと言う名称は、古代から存在していて、インド神話の神の名ミトラもしくはミスラからローマ時代まで栄えていたミトラス神教につながっているようです。
3人の妃のうちの一人の名のトゥーラも、メキシコに同じ名前の遺跡がありますが、アステカの伝説によると、人々のあるいはそれを越えた魂の故郷を表す言葉であると言います。
実際彼女は、表向きはレムリア奥地の神殿都市パレンケ(これも本当にこう呼んでいたかははっきりしませんが、便宜上そう記述しています。)の大神官の娘で、レムリア最高の巫女でしたが、レムリアの中でも異系の民族(インカス・ククルカンと呼んでいましたが、中肉中背で白い肌に金髪碧眼の民族でした。)の者で、魂の故郷とも言われる異世界シャンバラ(これは、世界中に伝説として残っている不思議な世界で、当時もそう呼んでいたと思います。)の王女でもありましたから、その点も符合します。
このレムリア、時代も場所もよくわからないのですが、記憶から類推すると、現在の中央アメリカから太平洋、大西洋に渡る地域にあったように思われます。
したがって、現在伝説上のレムリア大陸と呼ばれているものよりはムー大陸に近いように思います。
そして、当時アトランティスならぬアストランもしくはアズトランが存在しました。
レムリアから見て南から南西方向の亜大陸と言っていましたから、現在の地理で該当するのは、オーストラリアか南極大陸ですが、これはそのままあてはまらないことは後ほど触れたいと思います。
そのアストラン、伝説どおり大異変により滅亡したのですが、アストラン大陸のほぼ中央にあったカノン火山が物凄い規模の大地震を伴って爆発的に噴火したのです。
このアストラン滅亡を伴った大異変の際には、かなり離れたレムリアにも、百メートルを超える大津波とともに、天をもおおうばかりの高さ(最高 8 千メートルあったらしい)の大火砕流が押し寄せてきました。
この記憶、実は雲仙の火砕流事故の時に、私は無意識の内に「いや、今アトランティスと呼ばれている国の滅亡の時はもっと凄かった。」とつぶやいていたのです。
火砕流自体非常に珍しい自然現象ですし、自分が何故それを知っていてしかもそんなことをつぶやいたのかわからないでいたところ、夢でこの大火砕流を幻視させてもらえたのです。
夢の中の大火砕流は、放電現象による雷光を伴った高さ何千メートルにも及ぶもので、大津波のように迫ってきました。
この大異変、世界の約9割を水没させた大津波も伴っていて、レムリアの首都であった港湾都市ティカル(この旧都をティカル、妃トゥーラの出身地で異変時に私たちがそこに避難し、その周辺だけが無傷で残った関係で新都とした山奥の神殿都市をパレンケと呼んでいますが、現在のティカルとパレンケに相当しているかは、現世で当地に行ったことがないのでよくわかりません。)は壊滅し、世界の人口も以前の5パーセント以下にまで激減しました。
異変の直接の原因は、異変後太陽の出る方角が変わったと報告されましたから、どうも自転軸の移動だったようです。
しかし、遠因としては、他の天体による影響があったようにも思われます。
当時の幻視者兼予言者のヴァルナ様(彼、不老不死でしたから、まだどこかで生きているかもしれません。)が、原因は星の動きにあると答えてくれましたから。
結果として世界の気候も大きく変動し、元は温帯だったレムリアが亜熱帯に変わったのです。
この点はレムリアには大変幸いだったのですが、逆に温帯や熱帯から寒帯に変わってしまった地域は、異変後大飢饉となり、折角生き残った少数の人間の間で、世界的な食糧戦争になってしまいました。
この時の殺し合いは凄まじいもので、世界の復興で各国が最も苦労したのは、この闘争だったのです。
レムリアでも、生き残った少数の国民に供給する食糧の確保のために、止むを得ず、海賊になったり難民となって押し寄せてきた人々数千人の命を、人類生き残りの大義名分の元に葬り去ることになりました。
当時の文明は不思議なもので、この掃討戦で活躍したレムリアの空飛ぶ戦艦ヴィマーナ・ウシャスは、あらゆるエナジーを利用することができ、何と宇宙空間まで航行可能と言われていました。
形状は、卵型 UFO と言えばよいような感じでしたが、現代の文明をもはるかに超越した兵器でもあったウシャスは、ヒンダス(おそらく言語の特徴からも、今のインドあたりではないかと思います。)の山奥に太古に天空から訪れた神々の遺産として格納されていたものを、私の3人の妃の内の一人で、ヒンダス出身で天空の神々の血を引いていると伝えられていたツィンツン(古代マヤの言葉でハチドリを意味するのですが、その名前どおり飛ぶことができたのです。ヒンダス名は、ラクシュミ・アーディティーで、そのアーディティーが、天空の女神の名前だったのです。)が受け継いだものだったのです。
この戦艦、何と人間のような意志と思考能力を持っていたのですが、彼女の人格は、ウシャスを作った異星人ミケーラの妻であったウシャスの人格をそのまま再現したものであったとのことでした。
ヴィマーナ・ウシャスは、主人となったツィンツンに従順に仕えましたが、彼女の死後、元のヒンダス北方の格納シェルターに帰り、再び主人となる能力のある者が出現するまで眠りに付くと言っていました。(当時の私は、ツィンツンよりも先に死んでしまいましたから、定かではありません。生前そうすると聞いていただけです。)
もしかしたら、今でもまだその格納シェルターの中に眠っているのかもしれません。
ウシャスの主要兵器は、全ての物質を破壊し分解するエナジービームでした。
このエナジービームを使って、数少ない生き残りの人間を更に数千人単位で淘汰していくことになりましたから、合計数万人は間引いたものと思います。
ヒンダス本国も、同じ様な空飛ぶ戦艦ヴィマーナ・インドラを保有しており、こちらはやや大型で、釣鐘型 UFO に近いものでした。
インドラは、意思をもつ機械ではありませんでしたが、搭載されていた兵器アグニの光(本来の名は、「火の神アグニの鉄槌」でした。)は、現代の核兵器よりも威力が大きくかつ比較的安全な、複合核兵器とも言うものでした。
ヒンダス王家は、大異変後に北部都市国家連合との生き残り掃討戦で、やむを得ずアグニの光を使用して、 6 つの大規模な都市国家を住民ごと完全に破壊しました。
後にヒンダス国王から伝え聞いたところでは、メカニズムとしては、まず目標地点に2段になった爆弾を投下し、1段目の爆発で白銀色の粉(熱線を反射する物質であり、放射線も反射する特性を持っていたようです。)を拡散させて目標を半球状に包み、2段目の爆発でその半球内に核融合を起こすと思われる物質の黒い粉(これは、放射性物質だったようで、そのものが大変な毒性ももっていました。)を拡散させ、最後に宇宙空間に近い超高空に滞空していたヴィマーナ・インドラからエナジービームを半球の中心に向けて発射させると、ビームと核融合物質が反応して半球内が連鎖的核融合反応を起こして一瞬のうちに超高温の半球と化し、生物はおろか、都市国家の堅固な城壁まで、全てのものを、焼き尽くし溶かし去ったのです。
ただ、素晴らしいことに、白銀の半球の外には熱線も放射線もほとんど漏れ出ることはありませんでしたから、放射能汚染はもたらさなかったのです。
現代、インド北部からトルコにかけての地帯に高温で溶かされた遺跡が点在していることが明らかとなっていますから、レムリア時代のアグニの光と何らかの関係があるのかも知れません。
また、インドの叙事詩マハーバーラタの一節に、この時の戦闘の様子を表したような記述があります。
空が暗くなり、人々は逃げ惑い、降ってきた黒い粉に触れると飛んでいた鳥もばたばたと落下し、誰も逃げることができず、最後は全てが焼き尽くされたとありますから、私の幻視のヒンダス国王の説明と余りにも似ていて気味が悪いのです。
結局、心ならずも各国で生き残った人間を更に淘汰した後、当時の私は、残りの人生を文明の復興と世界の国交の再建に費やしました。
と言えば聞こえはよいのですが、要は、レムリアとヒンダス 2 国のヴィマーナの持つ圧倒的火力と、ヤシマが抱えていた世界最強の暗殺者集団の脅威に加え、政略結婚から食料配給まで、利用できる手段を総動員して国内外の紛争防止と国交回復を図ったのです。
ですから、やったこと自体は、日本の戦国時代と大した変わりはありません。
まあ、レムリアには超人的な 3 人の妃と、ヴィマーナ・ウシャス(これは、ツィンツン王妃のおかげ)がありましたし、政略結婚も利用して同盟国とした、ヤシマ(日本?)とヒンダス(これはインドでしょう)も加えて、周囲の国々を次々に平定して行きました。
ヴィマーナ・ウシャスとヒンダスのヴィマーナ・インドラの火力に対抗できる兵器は、世界に存在しませんでしたし、ヤシマは、世界最高の暗殺部隊を抱えていましたし、単に移動手段としては、ヤシマもアマノトリフネなるヴィマーナも持っていました。
そして何と、この世界の最初から存在していたと言う、人間を超越した不老不死の存在であり、過去の人類の全ての文明の知識も持っている天使たちまで、レムリア国王となった私に協力してくれましたから、事実上世界にこの 3 国連合に敵対できる国はありませんでした。
ですから、抵抗はあまりありませんでしたが、ほぼ全世界の平定を完了したところで、時間切れとなりました。
レムリア国王の私が、 51 歳で死んだからです。
その次の記憶は、アステカ時代のような記憶で、こちらは荒唐無稽なレムリアよりも、超越的な文明が既に忘れ去られており、現代に近い分、考古学的に非常に興味深かったのですが、壮大な石造都市チーチェンの滅亡に立ち会っていました。
いや、自分で引き起こしたのですから、滅亡させた当事者です。
これまた何故か国王兼大神官の前世なのですが、当時 5 1歳になると国王兼大神官は自らを生贄として神に捧げて死ぬことが慣例となっていました。
更に昔と思われるレムリア国王の時には 5 1歳で死んでいますから、この符合は面白いと思いますし、実際アステカの一部族は 5 1歳で死ぬ風習があったと伝えられています。
レムリアとその部族とは、何らかの関係があったのかも知れません。
当時の私は、自分が死ぬのは構わないが、死後の花嫁に定められた 16 歳の巫女の少女を殉死させるのは可哀想だし、神がそんなことを望んでいるとは思えないと考え、言うことを聞かねばチーチェンを滅亡させるぞと神官たちを恫喝して、人身御供の風習を止めさせようとしたのです。
これが結果的には政争となり、首席神官が、その少女を始末してしまえば、私もまさか都市を滅亡させはしまいと、他の神官たちと申し合わせて、巫女の代わりに生贄にするはずの豚を彼女と入れ替えて殺してしまったため、私は、怒り狂って、首謀者であった首席神官以下全員を市民の目前で処刑しました。
大神官が怒り狂って神官を皆殺しにしているようでは、その資質が疑われますが、一種の念力なのか、手刀を振るっただけで、反対派の神官全員の首を一瞬のうちに切り落としたのです。
その後、即座に都市から立ち去るよう市民達に警告し、 2 時間ぐらい待った後、歴代の大神官に伝えられていた滅亡の呪文を唱えたのです。
呪文自体は前述のとおり言語としては覚えていませんが、意訳としては、「天使と人間の王ミトラスの名において命ず。チーチェンよ、我と共に滅ぶべし。」といったものだったと思います。
すると、現代的に言えばその呪文に対する音声認識発火装置が働いて、都市全体が猛火に包まれました。
燃えるはずのない石造都市が燃えたのです。
どうも、都市内を縦横に走っていた水路の水を制御物質に使った常温核融合反応のようでしたから、都市を築いた文明は、常温核融合を可能とするだけ、本当に超越的だったのです。
そして、大火災が都市を焼き尽くした後、張り巡らされていた水路が自動的に決壊して全てを押し流し、大都市チーチェンは滅亡したのです。
そんなものは幻視ではなく本当の幻だろうと言われそうですが、近年になってメキシコに現存している巨大遺跡テオティワカンが、大火災により破棄されたのではないかとの研究結果や、太陽の神殿に国王らしい遺体が埋葬されていたことも判明していますから、チーチェンとは、現在のテオティワカンのことかも知れません。
なお、このチーチェンは、当時、人間ではなく天使たちが一夜にして築いた都市であると言い伝えられていました。
舞台が日本である記憶もあり、古いのは、ヤマトタケルノミコトのモデルなのではないかと思われるものです。
本当の名前は確かではありませんが、これは少々違っていても日本語ですから、記憶している感じとしては、イソタケルあるいはイツセノミコと呼ばれていたように思います。
大和から東征したことは共通しますが、理由は弟を後継者にしたがっていた継母である皇后に嫌われ、夫婦で命を狙われたため、妻(ヤマトタケルの物語ではオトタチバナとなりますが、姉妹の妹であったことは共通しますが、何故か彼女の名前は覚えていません。)を引き連れて遠征にかこつけて逃げ出したのが真相でした。
ところが、母の皇后、遠征先にまで暗殺者を差し向け、今の三重県から愛知県に渡る海上で、その妻が、私の身代わりになって殺されてしまいました。
当時、王子がいることが天皇に即位する条件の一つとされていましたから、自分自身よりも妻の命が危ないと思って東征にかこつけて彼女を連れて大和を離れたのですから、私は、暗殺者を惨殺した後、しばらく何のために東征してきたかわからなくなって、生きる気力も失って、海を渡った当地(アツタ)に止まっていました。
ヤマトタケルの伝説と違って、この前世の私の実像は、武術よりも文芸の方が好きな男であり、戦闘の時は、恐怖に怯え、狂気を帯びて戦っていただけだったのです。
しかし、狂気に走ると、妻を暗殺した犯人の両手両足を簡単にもぎ取って殺したほど、超人的に強かったのです。
妻を失って、人生の目標を見失ってしまった私はしばらく廃人のようになっていましたが、アツタの国司の娘ミヤ(ミヤズではありません。ミヤでした。)が、そんな私のことを理解し、心配して優しく支えてくれたため、彼女と結婚し、立ち直って、敵方と巧妙に示し合わせて、全面的衝突を避けつつ、散発的に戦闘を繰り返して関東北部まで進撃し、現地勢力と和睦して引き返しました。
結果的に東征が成功したことになったため、母の皇后は快く思わず、更に暗殺者を差し向けてきたのですが、同行していた幼馴染で腹心の将軍が、皇后の内通者でありながら、私の実像を知り、亡くなった妻のことも思って、暗殺を手引きする振りをして暗殺者を捕らえ、皇后の命令であったことを軍勢の前で白状させたのです。
私は、その将軍を許すとともに、私と妻のミヤは暗殺者に殺されたことにして、皇后から反逆者であるから私を討てと命ぜられていた今の滋賀県あたりの豪族の頭領イノカミの本拠地イブキに乗り込んで、事情を話して雲隠れすることにしました。
その頭領は偉大な猪と呼ばれていましたから、伝説と共通する面がありますが、曲がったことが大嫌いな好人物で、事情を知ると、寝返った将軍を今の丹後地方に逃がし、死んだことにした私とミヤ二人の遺髪を奉じて私とイブキの軍を統合した大軍を率いて大和に向かうと、父の国王に捕らえた暗殺者を突き出して事情を話し、母の皇后を幽閉した後自殺に追い込んで、イブキに引き上げました。
その後元部下の将軍の側用人に化けた私とミヤは、今の若狭あたりから日本海沿いに北に向かい、今の津軽のあたりに 20 年近く留まって現地の人々と交流しました。
現地の人々は、当時大和の人間が考えていたのとは違って非常に文化的であり、大和系ではなく出雲系の人々(元は同じだと思うのですが、何故か区別していたようです。)や今で言うアイヌ系の人々蝦夷だけでなく、ロシア系やチュクチ・イヌイット系の人々も一緒に平和に暮らしていました。
そこでミヤとの間に生まれた息子や娘たちは、出雲系や現地の蝦夷族他の部族の王子や王女と結婚して津軽に留まりましたが、私は、死ぬ前にミヤとともに今の丹後半島の付け根あたりまで戻ってきてひっそり暮らしました。
ミヤの方が長生きしましたから、今の宮津は、もしかしたら、ミヤがくらしていた海辺の町という意味から来ているのかも知れません。
しかし、元将軍がその地域の長となっていた関係もあって、当地の人々は、私たちが本当は大和の王族であったことを知っており、私が死んだ時には墳墓を築いてくれたのです。
この話も嘘だと言われそうですが、確かお墓は丹後に近い峰山のこの辺にあるはずだと思っていたところ、数年前にその地域から本当に当時の墳墓が発見されました。
したがってこれは現実のできごとだったのではないかと思っています。
他にも、以前触れましたが、平安時代に陰陽師であった記憶もあり、レムリアのトゥーラとこの時の妻梨花、恐らくはミヤも、現世の家内の前世のようです。
しかし、陰陽師の私は、安倍清明のモデルの一人らしい腕利きの割には、実像は傲慢不遜な小役人で、方違えを悪用した貴族の男たちの浮気を斡旋するコーディネーターみたいなことをして稼いでいましたから、嫉妬した妻(私自身は浮気していませんでしたから、無実だったのですが。)と弟子に殺されてしまう惨めな一生でした。
この一部が安倍晴明の逸話として、宇治拾遺物語に伝わっていますが、現実?は、妻と弟子に騙されて殺されただけのつまらないお話でした。
安土桃山から江戸にかけての時代には武芸者だったようで、この前世の記憶なのか、私は現世では剣道を一切教わったことがないのに、妙な剣術を使うことができました。
中学生の時に一時剣道をしていた息子と木刀でちゃんばらして遊んだ時に思い出したのですが、刃を痛めないように峰で相手の剣をからめながらさばいたり、突いたりしていく変則剣術で、相手の頚動脈あたりを徹底して狙うものでしたから、確かに殺人剣としては合理的でした。
この前世では今の息子が義理の息子で登場し、彼は恐ろしく腕は立ちましたが、辻斬りを斬り捨てたことをきっかけに、武芸者ではなく単なる殺人者となり、手に負えなくなってしまったため、悩んだ末弟子たちを総動員し、だまし討ちにして殺してしまいました。
形は違いますが、伊藤一刀斎の弟子であった御子神典善と善鬼三介の伝説に似ていますから、その元になった事件だったのかも知れません。
その前世の影響なのか、息子の剣戟は、中学生とは思えぬ重さがあり、まともに受けたら木刀が折れたのではないかと思ったほどでしたから、感心しました。
その力と前世の記憶の為もあり、私は、現世では、息子に異常に厳しいところがありました。
そうしなければ、現世でも殺人者になりそうでしたから。
時代が下るに従って記憶が逆にあいまいになるというおかしなところもありますが、前々世は、江戸から明治にかけて、今の大阪府茨木市あたりの庄屋の息子だったようで、使用人(これまた現世の妻の前世)に手をつけて、妊娠させてしまい、とてもいい子でしたから結婚しようとしたものの、身分の違いで認められず、悲観した身重の彼女に自殺されたり、時代に翻弄されたり、結構大変な生涯でした。
直近の前世は、京都帝国大学の学生で、学徒動員されてフィリピンあたりで戦死したようです。
この時には、何と現世の母が許嫁だったのです。
しかし、恋人と言うよりは兄のような清い関係のままでしたから、運命とは皮肉なものだと思います。
出征の前夜、最後のデートの後、別れる前に「もっと勉強したかった。今は敵となってしまっているが、アメリカやイギリスのことも知りたかった。」と言った覚えがあったので確かめたところ、母は、確かにその人からそう言われたと答えました。
それから、この時最後に母が頼んだことを、母が、面倒を見てくれていた妹の家庭を破壊して我が家に転がり込んで来てから思い出しました。
「私、子供があなたと同じ大学に行けるようにあなたに教えて欲しいわ。」
これは、母なりのプロポーズだったのですが、当時の私は、生きて帰って来れたらそうしようとしか答えることはできませんでした。
でも、この母の願い、結果的には私自身が母の子供に転生してかなえることになったのですから、転生とは面白いものです。
ただ、その後の母は、戦争で引き裂かれた恋人との運命を呪うかのように自分の運命から逃れようとして人生を棒に振っただけでなく、少なからぬ人に迷惑をかけました。
それなのに全く反省しておらず、自分は何も悪くない、悪いのは夫だと言い張りましたから、私はつい怒りの余り、我が家に転がり込んできた母に、こう言ってしまいました。
「子供が私と同じ大学に行けるようにするとの願いはかなえただろう。何が不満だ。これ以上何を望む。」
これは、ある面危険な幻視です。ハイヤーセルフを通さずに前世を経験すると、現在の自分の人格が混乱するのです。
別の人生を、実体験することになってしまいますから。
母は、呆然としていましたが、その後急激に呆けてしまいましたから、婚約者しか知らいはずの言葉を私から言われたことが、余程ショックだったのでしょう。
最後に、そんな実例をもう一つお話ししましょう。
ある夜の夢の中で、結婚前の両親が口論している場面に出会いました。
不思議なことに、その時の私は、小さい子供のような姿で二人の側に居るのに、二人には私の姿は全く見えていないのです。
時期的には私が生まれる 2 年以上前ですから、母のお腹の中にいたわけではありません。
場面は、父が母にプロポーズしようとしていたところらしく、父は、「僕は財産は無いが、十分な収入はある。」と言いました。
確かに当時の父は、一流商社系の会社に勤めていました。
母は、「何年付き合ってるのよ。踏み切れないのは何故かわかるの。」と言い返しました。
それでも、父の消極的なプロポーズは何となく成功しそうな雰囲気になったので、私は思わず二人の間に割って入って、「私はあんたたちの息子だ。その結婚は失敗する。結婚したら二人とも不幸になるんだ。」と叫ぼうとしました。
すると、目に見えない存在が、私をその場から引き離したのです。
離せ、二人とも不幸になるから止めさせるんだ、とその時の私は暴れて抵抗しましたが、しばらくしてその見えない存在の拘束が解けると、我が家の布団の中でした。
妻は、夜中に私が何か叫んで起き上がってから、「これでよかったんだろうな。」とつぶやいたことを覚えていました。
本人たちは、結婚の時の事情を一切話してくれませんでしたが、祖母から伝え聞いていた当時の状況を考えると、二人の会話は現実にあったことのように思われます。
もし、私が二人に向かって本当に叫んでいたらどうなったのでしょうか。
二人が結婚しなければ、当然私は生まれていませんから、私が帰るべき未来はなくなってしまいます。
魂としては転生していても、全く別の人間になっているはずなのです。
アメリカの大分昔( 60 年以上前)の人気テレビドラマ「アウター・リミッツ」の一話だったと思いますが、世界を破滅させた男を生まれさせないようにするため、その男の息子が、タイムマシンで過去に戻って、祖父母を結婚させないようにする話がありました。
今考えてみると、映画「ターミネーター」にも似ていますが、そのドラマでは、主人公が祖母に付きまとって口説きまくって祖父に誤解させた結果、二人の結婚は破談になり、目的を達しましたが、主人公は、祖母の目の前で消えてしまいました。
私が消えることのないように引き止めてくれたのは、時を操る神様だったのか、恐ろしく強力な守護霊だったのか、何も見えませんでしたから確かめようはありませんが、感謝しなくてはならないでしょう。
ただ、今まで何度と無く行ってきた幻視の体験でも、その時のようなことは初めてでしたから戸惑いました。
今までは、ハイヤーセルフの管理下で客観的に眺めていただけだったためか、前世の自分の出来事で、その感情を実感してさえ運命を書き換えようとは思いませんでしたし、現在の歴史を変えるようなことを試みることもなかったのです。
大体、この幻視のように、傍観者としてその場に存在する形は、今までの経験にはなかったものだったのです。
2 人の結婚を妨害する行為は、自分自身の存在にかかわることですから、利己的なものではないことは確かですし、両親に同情したわけでもないように思えます。
神様は、私にどちらを要求したのでしょうか。
冷静に黙って見ていることだったのでしょうか、それとも自分自身を否定してでも止めさせることだったのでしょうか。
そう考えると、中国の唐宋伝奇集の「杜子春」にも似ているなと思い当たりました。
なお、本物の杜子春は、芥川龍之介の小説とは全然違います。
興味がある方は原典を読みましょう。
そして私は、この経験で、レムリア時代の大異変直前に、王妃件巫女であった母シーヴァ・アーリアン・アースガルトに言われた言葉を思い出しまた。
「ミド(ミチュエラが本名だったのですが、こう呼ばれていた。)、あなたは未来だけでなく過去にも行けるでしょう。でも、絶対過去に行ってはだめよ。過去に囚われたり、あなたが干渉して過去が変われば、帰るべき未来が無くなってしまうのよ。」
これらの前世記憶は、普通の人には信じられないと思いますが、大学では科学者の卵でもあった私が、自分自身の体験を客観的に捉えた結果として、単なる空想ではどこかで論理的に破綻するのですが、これらの経験は、一貫性があるため、現実にあったことと考えた方が合理的と判断したものなのですから。
ただ、こんな前世記憶があると、現在の自分は本当に存在しているのか、幼少の頃から疑問に思っていました。
自分が誰で、何歳なのかわからなくなることもしばしばありました。
その整理のためもあって、私はこれらの記憶を小説に書き直しているのですが、まあ、自分でもよくもまあこんなに沢山書いたものだなあと感心するほどの量になっています。
こんなできごとも全て素晴らしい縁であり、これからもそんな縁を大切にしていきたいと思っています。
また機会があれば、そんなお話しをすることにしましょう。
公開した小説群は、下記で読むことができますのでどうぞ。
小説(神 坂 俊一郎)
カクヨム

おなじみ凱旋門です。
凱旋門から見たエッフェル塔です。
オルセーにある有名な絵ですが、この絵の右端に黒猫が描かれています。
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