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2005年01月17日
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カテゴリ: 思い出すこと。
1&つう


 高校3年のときNTという私たちと5歳しか違わない社会科の先生がいた。この先生は授業はマイペースの朗読調で少しも面白くなかったが、アフター5には打って変って兄貴分的な親しみを感じさせてくれる人で、学校から歩いて10分もかからない彼の6畳1間の下宿は土曜の午後ともなると一部生徒たちの(あくまで一部、という意味である)溜まり場と化した。

 土曜日の午後そこへ行くとどうなるか、と言うと、夕飯前はそれぞれが菓子などを持ち寄る談笑タイムであり、みんなテーマなど関係なく好き勝手なことをしゃべっている。

 夕食は90センチ四方のコタツを囲んでのお好み焼きと相場が決まっていた。焼くのは先生が大抵仕切っていて、キャベツは手でちぎって載せていくという自称《広島風》であった。

 この夕食は定時制の4年生女子の参加が予定されていると時間が遅れることもあったが、そんなことまでが私たちの楽しみの一つだった。

 キャベツは手で引き千切ること、それともう一つ、お茶は急須の最後の一滴までを湯呑みに入れること(これを私たちは当時の彼のガールフレンドの口調を真似て「最後のポタポタがおいしいのよ!」と呪文を称えながら殆ど儀式的に遂行したのである)、この二つが今ルールとして思い出される。

 テレビは無かった。代わりに自慢のステレオがあった。クラッシックが好きな先生で、私たちがビートルズの「ロール・オーバー・ベートーヴェン」をわざと口ずさんだりすると、即座に「ベートーヴェンがあんな奴らに丸め込まれてたまるか!」と反論して来たが、それを更に「丸め込むって意味じゃねえよ、タ*オ!英語知らねえな」とやり返すのが我々の楽しみの一つだった。そう、我々は教師の名前を呼び捨てにしていた、無論本人の目の前で、しかも本人の部屋で・・・。

 興が乗って来ると、決まってクラッシックタイムだった。電気を消して、真っ暗な中でモーツアルトやベートーヴェンを聴く。


 「よし、第九を聴くぞ!」と来ることもあって、これはシーズン関係なしだった。寝るときもコタツに車座に足を突っ込んで雑魚寝した。深夜裸足の女生徒の足と触れ合っていることに気付いたときなどは、流石に切ないものがあった。・・・。
(この一文は15日付けのジオの日記からの転載です。)

《エーゴ、エーゴ!》
 この国の人は皆、ややもすると外国語即ち英語と独断的に確信しているのではないかと勘ぐりたくなる一面がある。

 この国では大抵の人が最低6年間はこの言語を学ぶのだが、そしてそのお陰をもって、ネイティヴが知らないような文法を知っていたりもするのだが、反面、例えば街中で、周辺の地理やアクセスに困っている「ガイジン」を見掛けた場合でも、例の、薄気味悪いと評判のジャパニーズ・スマイルを浮かべるだけで、ろくすっぽ話も出来ないのである。

 昨年暮れ、大阪淀屋橋でパフォーマンスをしていたスイス人と話す機会があった。私が「自分の葉書絵を世界各国語で出す夢がある」と言うと「それにはまず英語だ」と彼は敢て言ったから、私も「英語は嫌いだ」と敢て言い返した。
彼はニヤリとして「でも必要だ」と答えた。

 その彼が次に挙げたのはスペイン語だった。それには私も不同意ではなかった。

 彼はなんたらいう笛(?)の演奏家で、自分の演奏を録音したCDを持って世界に羽ばたいて来たという。日本には昨年5月に来ていたそうだが、これから寒くなるから南米に行きたいと言っていた。もう大阪にはいないだろう。

 彼は自分のCDを投げ銭で売っていたが、即席の看板には、お金のない人は只で良いと下手な日本語で書いてあった。私がそのとき持っていた葉書絵のファイルを見せると彼は物々交換を提案して来て、結局葉書絵21枚とCD3枚とが交換になったが、商品価値としては多分私の方が大分得をしたように思う。



 外国語は必要に迫られないと覚えられないと、私は思っている。《窮鼠猫を噛む》ではなく、《異国語を齧る》のである。更に言うなら語学は暇がないと学べない。然るにこの国の人はみんな忙しい。

 私は暇な人生を歩んで来たので、ちょくちょくいろんな言語を《齧った》が全て3日坊主に終った。でもそれでいいと思っている。NHKのラジオ講座は(多分今も)週3回一日20分程度だが、予習復習を考えたらそれでも大きな負担になる。

 学問に王道はない。語学の勉強も然りである。毎日コツコツやるしかない。身近にネイティヴスピーカーがいれば条件はいい。
 しかし、毎日では辛いし飽きる。他人のすること、他人の考え方に興味を失えば頓挫する。そしたら止めればいい。誰も止めない。やりたくなったら、またやればいいのである。これも、誰も止めない。


 こういうことが喜びであると言えば言える。ww{~\~}ww





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Last updated  2005年01月18日 10時14分22秒
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