全381件 (381件中 1-50件目)
夢に出てきた動物ー犬、猫。建物、アパート同じ階に池川動物園の看板が、でも、私は、池田動物園の間違いでは、と看板をみて思う。夫、私、息子 が横断歩道を歩いている。息子の前に突然街灯が倒れる。あわやというところで、すれすれで息子に当たらずに済む。市か町か、苦情をいう、報告する、ために床屋さん、喫茶店、 店に行く。集合住宅の中にその店はある。2階にいく。そこの真ん中が私たちの部屋で、私は猫を探している。誰か忘れてしまったが、亡き父だろうか、母か、忘れてしまった。猫はどこ?と聞く。上だよ、と言われて、行くと、柵に囲われた中に、猫だけでなく、犬二匹、猫数匹がいて、私は驚く。今私は猫のボランティアをしたい、と考えている、それと関係するのだろうか。今、息子が風邪をひいている、病院に行きたがらない息子を心配してこのような夢を見たのだろうか。夢見が崎動物園を訪れたいと思っているのだが、一人では心細く、そういうのも関係しているのだろうか。
2018年11月29日
昨日は瞑想を時間をかけてしていました。いつもよりも多くの時間を瞑想についやしていました。それでも、苦しみがとれなくて、ベッドで横になっていました。神様助けてください、と心の中で叫んでいました。そのとき私は水晶を左手に握っていました。私は今親戚づきあいがありません。付き合いを絶ったといったほうが正しいです。というのも、私の両親はこんがらがった親戚づきあいをしていました。小さな子供(私)がいる家を甥の下宿先にさせたり、都会に住んでいるたった一人の親戚だからといろいろな人が泊っていきました。迷惑なのは、母でした。母のイライラは私に来ます。母は比較が大好きで、よく私は親戚の同年齢の従姉妹たちと比較されていました。健康でアクティブな従姉とよく比べられては、私の劣った点をなじっていました。私は伯母が好きではありませんでした。その伯母の話をするとある人からは「すごい嫌いなんだね」と言われたことがあります。不思議と私の周りには口汚い人が寄ってきます。口が過ぎる人が集まります。妬みから私をののしる人、父の行いの悪さが子供である私に来たこともありました。私は親戚の中でも母と仲のよかった伯母が嫌いでした。伯母は自分が正しいと思い込んでいる(自覚がない)人でした。型にはめ、学校、就職、結婚とあてはめ、私はその人が嫌いでしたけれど、親戚と言うだけで付き合わなくてはなりませんでした。私はその伯母が嫌いでした。自分の行いを正しいと信じているその伯母が大嫌いでした。迷いに迷った挙句その伯母とも母と縁を切った時縁を切りました。長い年月その伯母への怒りがたまっていました。神に助けを何度もこいました。左腕の上腕の付け根部分から水晶のさきまでその伯母への積年の恨みが出ていきまいた。怨恨というのでしょうか、その悪い念、自分でも知らずにためていました。それらが昨晩できいき、ずいぶんと楽になりました。実はその伯母は、伯母が亡くなった直後私のところに来ました。私は伯母の存在を右首肩付近に感じていました。3日間伯母の存在を感じていました。伯母はなぜ、私が母と縁を切ったのか、を知りたがっていました。3日めに伯母は私のそばを離れました。私は今親戚づきあいはありません。親戚でも、付き合いたいと願う相手もいれば付き合いたくない、という人もいます。付き合いで仕方なくという人には、そのば限りの付き合いを望みます。両親の親戚の付き合いを子供の私に受け継ぐ必要はありません。私は私です。私の付き合い方があります。血のつながりよりも心のつながりを大切にします。私は苦手は血縁者を遠ざけます。付き合いたくもない人と付き合うのは嫌です。孤立するのは百も承知です。血のつながりがあるからといって頼られても私もこまりますし、私も頼るつもりもありません。血の問題ではないのです。心の問題です。付き合いは両親が生きているときに嫌と言うほどしました。もう充分です。親のせいで私まで犠牲になりたくありません。私には私の家族があります。私は私の家族を守るだけで充分です。
2018年10月09日
今月家を中心に子供を育てている親の会に欠席をしてしまいました。次回東京シューレ大田で行われるのは数か月先になるでしょう。私自身が集会を開いてもよいけれど、体調に波があることがネックでできません。開くとすれば川崎市教育文化会館の集会室(1000円以上かかるので、10人以上の集まりがなければできれば一人200円でおさめたい。)集まるだけで相談室ではない、というのが主旨です。
2018年09月23日
新聞をやめた理由はいろいろありますが、時間の流れがはやくて、新聞を読む間もなく、翌日を迎えることが多々あったことです。読まない新聞が古新聞として処分される、このことも悲しかった。お金がもったいない。そして、私の必要としている情報が得られない。マスメディアはさまざまな情報や似たような情報を様々な媒体を通して流しています。私は弱者です。病気を複数持っています。私の周りには将来の心配を抱えている人が多くいます。将来どうやって生活をしていけばいいのか、病気のため働くことが困難。最終的には河川敷に行くしか・・・などなど否定的な考えがたびたび浮かびます。様々な情報のほとんどが、強者による強者のための情報が多いことです。不安をあたえることで商売がなりたつことはわかっています。立場の強い人は食べていくことができます。しかし、立場の弱い人は今の生活をどう維持していけばいいのか、不安で仕方がないのです。弱い立場の視点にたった情報を得るには自分で得るしかない、と考えました。必要な情報を自分で探す。与えられるだけの情報に自分が必要としいているものはなかった。これが新聞をやめた大きな理由の一つです。どうか、弱者の視点に立ってください。紹介するだけでなく、それをどう解決したらいいのか、どのような解決策があるのか、そのためにどのような働きかけが必要なのか、肝心な情報が抜けているような気がしてなりません。お金持ち様に焦点を当てられても、困ってしまいます。
2018年08月01日
新聞をやめました。実は、7月でやめようとASAに電話をかけたのですが、今月はじめに新聞受けに新聞が入っており、昨晩養生テープを新聞受けに貼り、新聞をやめたこととお礼を言葉を書いた紙をはっておきました。そうしたら今朝みたら、紙が持ち去られていました。ということは、今朝も新聞を入れようとしたのでしょう。今月分の新聞代をとられるところでした。危なかった。なぜ新聞をやめたのか、それはお金がもったいないからです。テレビをつけると緊急速報が入ってきます。NHKは命にかかわる情報を常に画面に記してくれ、しかも緊急速報に切り替えてくれます。パソコンで情報を仕入れることもできます。早いのはテレビ、次にパソコン。うちは鉄筋コンクリートなので、ラジオはパソコンできくしかないのですが、ラジオは家では聞きません。最近見ているのははyahooニュースです。速報は各新聞社ネットですばやく流しています。紙の新聞に何を求めればいいのかがよくわからなくなりました。たまに、私が欲する情報がのるのですが、その頻度はとても低いです。ネットは玉石混交、正確な情報と誤った情報が混ざっています。ほとんど誤っている情報が流れていると思っても間違いないでしょう。その中で正確な情報を入手するのは難しいのですが、新聞に正確な情報だけを求めるにしても、時間がかかりすぎます。私は学校に対してほとんど良い思い出がないので、学校に関する情報、母校を訪ねる、教科について、受験についての情報も興味がありません。とっていた新聞は書道に力を入れていました。書道だけの情報がほしいな、と思ったものの、どこか出展するには、書くしかないのです。とにもかくにも、書く時間がない今、自分の時間をどうやって作ったらいいのかそこから考えなくてはなりません。心温まる情報だったら気持ちがやわらぐのですが、事件事故のニュースが大々的に報じられ、私の気持ちも暗くなりました。刺激が強いニュースは心が疲れます。情報を得ることをやめたほうが、気持ちてきに楽に思えたので、今はニュース、新聞からの情報を得ることをやめてみました。新聞の情報が古すぎることもやめた一因です。すでに得た情報を再び活字で読むことに意義が見出せなくなりました。活字がすきな私は昔は新聞を隅から隅まで読んでいたほど新聞が好きでした。今は年齢とともに気力も衰えました。新聞とはなれる時間をもうけようと思った次第です。
2018年08月01日
大学の裏口入学で問題が起こっています。昔から、私は、大学も誰でもが入れるようになったら、と私は思っていました。大学って遊ぶ場ではなく目的をもって学ぶ場ですから、大学生活は明るいピンク色ではないのです。ダークな色の生活になります。朝から晩まで勉強漬けです。授業が終わっても、(文学部は)課題の資料作り、発表までの勉強などやるべきことがたくさんあります。そして、大学のほうにも問題があります。古いノートを黒板に書き写すようなことはしないように、と教授や大学側に訴えたかった昔の私です。成績が悪いまま、実力がないまま、大学に入っても勉強が追いついていくことができません。目的をもっている人が勉強をするための場です。最終学歴のために入るという時代は終わりました。人生が生きていてよかったと思うためにも人生を充実させるためにも、本当に目的をもって勉強をしてほしい。そのためにも、学ぶ場の金銭的なことを国は考えてほしい。人間プライドがあります。親は子供のためといいながら、子供のプライドを傷つけるようなことはしないように、お願いしたいです。
2018年07月09日
13年前、子どもが生まれて、私はスカートからジーンズになった。私が購入したジーンズは、すごく高い。高かったけれど、伸び縮みがあり、すごくはきやすかった。当時駅ビルがBEと呼ばれたころに購入した。今はもうない。太っていたし、お腹が出ていたし、伸び縮みするそのジーンズの履き心地の良さ。3本くらい購入した。高かった。でも履き心地抜群だった。ビースリーのジーンズ。でも最近児島のジーンズが撥水加工が抜群で人気がある、と聞いた。撥水加工。これも魅力的である。とくに冬の寒い日にはジーンズは最高。
2018年07月08日
今日臨床心理士の先生にフォーカシングをしていただいた。深く深呼吸をしていくうちに瞑想の状態になり、私は内部から徐々に広がる状態になっていった。もちろん、肉体は見た目は変わらない。しかし、内面の私はどんどん広がっていった。私は生命の灯に焦点をあてた。この生命の灯に焦点をあてると、体が温かく、熱を持つようになる。私は生命の灯に焦点をあてたあと、次に丹田に焦点をあてた。焦点を当てるという言葉は、意識をその場所に向けるということだ。生命の灯はみぞおちにあたる部分の背中側のことである。瞑想しているときに、内部の私が上昇したことがあるが、どうやらその状態は気が上に上がっている状態らしい。丹田に意識を向けると気が下がっていくように感じる。以前瞑想しているときに友人が祈りの時間に入ったことがあり、私はそれを感じ取った。友人が祈り始めたのを感じた。肉体は容易に友人に会いに行ける場所ではないが、瞑想、もしくは祈る状態になると内側で感じることができるようだ。今日のフォーカシングでは、内側に入っても、第三者の存在を感じることはなかった。瞑想するたびに、状態が異なる。目に見えない内側の冒険というのだろうか。私は容易に瞑想の状態なれるわけではない。しかし、その状態にまたなりたい、という気持ちよさがある。やんわりとあたたかみのある状態という言葉が適切だろうか。
2018年04月20日
今朝の体重 38.95kg 朝食チーズ9mg 33kcalパン 22g+9mg 69.75kcal小さなきゅうり2本 14kcalポテトチップス 124kcalポテトチップス 100kcalナボナ1個 167kcal舞茸の玉ねぎスープ計507.75kcal昼小さなきゅうり2本 14kcalキャラメルポップコーン 少々 30kcal舞茸の玉ねぎスープりんご半分 70kcalヨーグルト 50kcal計164kcal夜納豆 100kcal豆腐 90kkal舞茸と玉ねぎのスープ黒にんにく1片 13kcal 計203kcal玉ねぎのスープ2袋 28kcal舞茸 16kcal総合計 919kcalだめだ、夕飯直後食べちゃった。お菓子。
2018年03月28日
朝食リンゴ半分味噌汁おお!!いけない。ポテチ、ポップコーン柿の種をぱくついてしまった。遅い昼食炒飯(私の手作り)ご飯と納豆とめかぶ味噌汁チーズど~しても甘いものが食べたくて仕方がない。甘い者依存症だろうか?食事の後片付けがめんどくさい、それでイライラする、ストレスでまた馬鹿食いしそう。夕飯を作るのが面倒だと思っている。ああ、しんど。だめ、だめだめ、だめよ~お菓子やめられない。和菓子たべちゃった。金時豆の甘煮を食べちゃった。もうだめだめ。血糖値フル稼働
2018年03月26日
画面消えちゃった。夕飯は773.2kcal今日一日の接種カロリー 1489 kcal 1200 kcalに抑えないと。現在 ヘモグロビンA1C 7.1 これを 6.2 まで 下げなくては。
2018年03月25日
リンゴ 1個 300g 160kcal粉ミルク 15cc 56kcal計 216kcal
2018年03月25日
ご飯 100g 356kcal納豆 98kcal大麦 少々 計 500kcalくらい?
2018年03月25日
家族が骨折し、入院した。病棟に行ったときには、驚いた。「ここは老人ホームか」お年よりは骨折しやすい、と聞くが、まさか、ここまで老人ホーム化しているとは想像していなかった。食事時、デイルームでみた光景は、自分の老後のことだった。骨折。若い人は手術でも治りが早いだろう。しかし、老人はどうだろうか。痛みに耐えかねる人もでるだろう。体が不自由になり、それに耐えかねる人もいるだろう。老後、どうしたいのか。肉体は滅びる。肉体の自由が利かないようになったら、喜んで、肉体とさよならしたい。しかし、現代の医学で無駄に生き延びたいとは私は決して思わない。しかし、死も生もこれだけは私自身どうしようもない。生きるのなら、精一杯生きたい。生を楽しみたい。人は肉体ではない。心に着目してほしい。喜びをもって生きていきたい
2018年02月24日
108と聞いただけで、煩悩と除夜の鐘の数しか思い浮かばない。私の発想は結婚してください、には程遠い。
2018年02月24日
福島県の1,2を争う大きな駅にあるビルの洋菓子店で違法なノルマを従業員に与えている。実はその洋菓子店に親戚が働いていて、クリスマスケーキを従業員一人につき5個売るように洋菓子店主から言いつけられ、ノルマが達成されなくて、その親戚が友達に頼んだり、親戚に頼んだり、家も一つホールケーキを””年始””にもらった。しかし、私も夫も糖尿病。もらったはいいが、二人とも食べることができない。いちど解凍したケーキを人にあげることもできないし、あげる人もいない。どうすればいいのか!!このご時世、食べものに困る人もいるのに、大きな声で言いたい、売れないようなまずいケーキを作るな!!。さばききれないほど、作るな!!従業員にペナルティーをかすくらいなら、子ども食道にだちに無料で配布しなさい。おいしいケーキは並んででも客は買うもの!残るのは、おいしくないかそれか作りすぎ、クリスマスだからと言って、作りすぎは、味が落ちる、まずければ客は買わない。このくらいのことがわからないのか、と言いたい。どうして違法な行為をするのか!!お金お金お金、金のことを考えるのなら、味を考えろ、っていうの!!まずいし高カロリー、これ以上糖尿病患者を作るな!!
2018年01月06日
フィギュアスケート選手に大きな壁がたちはだかる、と聞いた。女性も男性も成長期のころだという。女性はふっくらと丸みをおびたことで、体が重くなり、思うように飛べなくなると聞いた。男性は、背が高くなるころより、思うようにバランスよく飛べないと聞いた。その自然なことを乗り越えた人が銀盤をすべり、3回転ジャンプを披露している。いわば、自然なことでさえも乗り越えた人、なのだろうか。ウィーン少年合唱団で、少年から恐れられているのが、声変わりだという。これも、いわば、自然なことである。どうして自然なことを受け止められず、恐れとみなされるのであろうか。自然なことである成長を恐れと受け止める気持ちを捨てることが、子供の考えとして大人は教えるべきであろう。人間は商品ではない。人間は感情の生き物である。自然なものを恐れるな、受け止め、成長をせよ、と教えるのが正しいのではないか。思考をゆがめてはいけない。さて、私事ではあるが、私の師範は川崎と大森と二つの教室をかけもちしていた。習字を小学校で始めた子供は私の時代では多かった。ところが、小学校高学年になるにつれ、少なくなっていった。中学生になると、姿も減った。中高年の女性が多かった。私も受験を乗り切り、教室を通い続けた。小学校から通い続けた人は、川崎教室では私一人、大森教室でも女性一人だったと聞いた。続けられるために必要なのは、環境と、続ける意志。これがなければ無理だろう。どこの教室でも、良いのだが、相性もあった。師範と私の相性はあまり良いとはいえるものではなかった。しかし、そこ以外行くところがなかった。どうしていいのかわからなかった。やめようと思えばやめられた、はずである。でも、やめなかったのは、私の意志か、親の資格という言葉か。師範との相性か。わからない。どれもミックスされているだろう。今は、続ける意思がある。これは私の意志である。
2017年12月10日
夕飯のおかずに鶏のから揚げを購入。醤油味のから揚げを食べました。肉がおいしくなかった。肉は、私たちの口に入る前は、生きている。したがって、肉質、肉の味を決めるのは、生きている間に食べた食べ物である。肉がおいしくない、うまみがない。それは、生前食べていた食べ物がよくなかったと言えるのではないか。話はかわるが、作家の佐藤愛子さんが、牛に牛の骨粉を与えたことを著書の中で激怒していた。それはそうだろう。人間に例えてみれば、焼いた後の・・・・書かないほうが良いだろう。さて、私たちは、生き物を殺していいのだろうか。命をいただくということは、犠牲になってくれた命に感謝することだ。書いていて、悩む。命を重視すると、味のことは二の次である。しかし、金銭面を考えると、なんでこんなにおいしくないから揚げを買うされなくてはならないのか、と店側に文句をいいたくなる。あえて、店の名は言わないが・・・・。命をいただくことはありがたい。しかし、決して安くはない品物である。いや、安い店でももっとおいしい店もあるだろう。おいしいものが食べたかった。一糖尿病患者のつぶやきである。
2017年11月25日
親は子供のことを常に心配しているものだと私は思うのだが、子供を気にかけない親がいるのだろうか?私には子供が一人いるのだが、この子を授かったとき、一生守ることを自分に誓った。この子を守る。守りきってみせる。私が死んだ後も、すぐにこの子のそばに行きこの子を守ろう。私は瞑想の時、何かしら子供のことを思ったときに、子供に愛の念をおくる。あるとき、ダイニングテーブルに向かい合わせで座っているときに、子供に愛情の念をおくった。というのも、子供はアトピーなのだが、医者嫌い、薬嫌いで、息子がクリニックに行く、と言うまで私も何も言わずに様子を見ることにしている。症状がひどくなり、耐えきれなくなると、子供の方から、クリニックに行く、と言うからだ。アトピーで痒くて肌を衣服の上から、こする子供。心配の言葉をかけては、子供に嫌がられるのがわかっているので、あるときに、愛情の念をおくった。かゆみが少しでもおさまりますように。というのと、守っていますよ。愛していますよ、という意味を込めて。その瞬間、子供の後ろに白い何かがスッと浮かんですぐに消えた。一瞬の出来事だった。「あれっ?もしかして、その白いの私?」精神世界の本を読んでいる。臨死体験をした人の話の本を読む。どうやら、人は点在しているようだ。時間は過去現在未来と平行に並んでいるのではなく、過去も現在も未来も同時進行している。ありとあらゆる次元が同時に存在していて、その中に私たちは点在している、とアニータ・ムアジャーニ著「喜びから人生を生きる。臨死体験が教えてくれたこと」に書かれてあった。私は私の築き上げた家族をまもる。愛というベールに私たちの家族は私の愛に包まれている。
2017年11月16日
ふと、突然思い出す。そういえば、ルキノヴィスコンティ監督の映画に「マーラーの曲」がつかわれていたなぁと。その曲がわからなくて、ググる。マーラーの交響曲、第何番だっけ?そういえば、アダージョ、だった。検索すると、交響曲第5番アダージョでヒットした。今聞いている。いい曲だ。
2017年11月15日
僧はなぜ、寺にこもり修行に励むのかがよくわからなかった。人々を助けることが目的ならば、人々とともに在るのが僧の務めではないだろうか。と長年思ってきたのだが、最近は、僧が人の悩みを聞く居場所を作ったとマスメディアで取り上げていた。寺でお経を読んだり、禅問答をしたり、では、人の心を癒すことができない、と私は考えていたのだけれども、それは何か間違っていたのではとも最近思い始めるようになった。昔は超越瞑想、今はマインドフルネス、など、瞑想を行うようになってからは、私たちの方が、瞑想を行うべきだと考えるようになった。私たちはどこからきてどこへ帰っていくのか、眠りに落ちたとき、私たちはどこにいるのか。私たちは何のために生まれてきたのか、死後体験、輪廻転生など研究されるようになり、また、スピリチュアルな世界の本を読むといかに今まで心が無視されてきたのか、がよくわかる。私たちはかけがえのない生命である。私たち一人一人が尊い存在である。私たちの心に平和が訪れることが大切なことである。このことを思い出すためにも、自分自身に深く入ることが重要である。幸福になるのではなく、幸福であり続けることが幸福への道しるべなのだから。
2017年10月24日
毎日新聞の記事で、売り上げが落ちるので、図書館に文庫本は置かないでほしい、と出版社業界が訴えているとか。以前からこの話は聞かれていた。出版社業界の売り上げがのび悩み、原因は図書館にあるのではないか、と言っていたらしいが、何十年か前、図書館司書資格取得のため、私は授業に出ていたが、どこかの有名な図書館で働いていた先生が、「数多くある本のうち、本当に私たちが必要としている本があるかどうか」正直ないと言わざるを得なかった。多分そういう本は一生でてこないだろう。自分が望む情報はどこにあるのだろうか。私たちはいったいいくらあれば生活ができるのか、という問題と言えるのではないだろうか。売り上げがのびない、イコール、給料の伸び悩みイコール、生活が危うい。ほしい本は、図書館にあるのかもしれない。しかし、本当に欲しい本は、お金に余裕のある人は自分で購入してそばに置くだろう。お金のあるなしにかかわらず、図書館においてない本は購入せざるを得ない。考えてほしいのは、図書館でしか、本を読むことができない人たちのことだ。経済的困窮している人に本を購入する余裕があるだろうか。そういう人たちの生活をさらに追い詰めることはしないでほしい。図書館は知識の宝庫である。しかし、最先端の雑誌は公立の図書館には置かれていない。私たちの生活を脅かしているのは、本を購入するしない、ではないのかもしれない。私は今のところ、読みたいという本がない。購入しようかと悩んでいた本を図書館から借りて、読み、その本を購入することをやめたこともある。内容が私には受け入れなかったからだ。本当に欲しい本は手元に置く。ただ、そういう本がない、というのが今の私の現状である。私たちがほしいと思えるような本はどういう本なのだろうか。難しい。
2017年10月21日
昨日近所のファミリーマートに行った。トイレを借りたら、そこのトイレ、リフォームしたてなのかすごくきれいで、使い心地がよかったので、うきうきして、買い物しすぎてしまった。昔東京下町の有名な料理屋さんでのこと、もう昔の話なので、今は改善されていると思うのだが、男女共同のトイレで、男性が使用している間、女性用の、というか、男性の「大」用のトイレが、すごく使用しづらく、男性が使用している間、私はトイレを我慢していた。私が使用中、男性がトイレ「室」に入って来られるのも嫌だった。トイレを借りる前のトイレを借りた後の料理の味が違った。トイレって意外と大切なんだな、とその時思った。
2017年10月20日
河相我聞さんが高校認定試験を受けて、その結果・・・・1科目残念。でも、頑張って、認定GET。おめでとうございます。人気のタレント某さんが大学入試に向けて大勉強を始めました。進め電波少年の坂本ちゃんが懐かしい。目標を持って大学入試試験を受けるのはとても良いことだと思います。私の場合、私は絵が好きで、デザイン系の専門学校に行こうとしたら、親に反対され、そのままエスカレート式に文学部へ。薬科大に入れたかった父からは、文学部などなんの役に立つのかと言われて、私も、行く目的がわからず、大卒が目的のための大学でした。話はそれますが、将来こうなりたいな、というのは、目的を持つことはいいのですが、それに固執するとつらいものがあります。20歳のときに、書道の仕事に就きたいと思った時、その願いが32年後の私につながっています。ところで、目的を持つのはすばらしいです。某大学の何学部に入ってこういう勉強がしたい、というしっかりとした目標があるのですから、大学での勉強もはかどるでしょう。しかし、専門の勉強は本当に、わずかの時間しかしていないような。私は年齢にかかわらず、もっと、多くの年代の人たちが大学に行ってもいいような気がします。そのためにも、門扉を開く、そのためにも学費をできるだけ低くする、これが一番です。年をとると体力も、気力も、記憶力も衰えるから、格安で長期間通えるという部を設けてほしいです。私も勉強をしたいという気持ちだけはあり続けます。しかし、体力衰え、行動もパニック障害という行動障害の病気を持っているので、どうしても、通信教育があっているような、でも、私の場合、書道を学びたいので、筆さばきとかを直にみないと残念なことにだめなんですよね。もっともっと学ぶ環境がよくなるように祈るばかりです。
2017年10月03日
最近行われた超有名な授賞式でのこと。授賞式に臨んだ日本人を見てがっかり。マスメディアにも公表されるので、できれば、紋付き袴で臨んでほしかったのだが、残念なことに、西洋服の礼装であった。モーニングコートというのだろうか。よくはわかないが。奥様は、もちろんのこと和服でしたが、男性の紋付き袴は、着こなせないのかもしれない。でも、そこは、周囲の日本人が気を利かせて、本人に正装を促せばいいのであって・・・・トイレはどうするのか、という問題もあるのかな。確かに洋服は楽ちん。私も和服は着慣れないし、着るたびに、半襟を洗い付け替え、着物の手入れも大変なことはわかる。しかし、民族衣装を日本を含め、日本以外の方々に披露する良いチャンスではないだろうか。それこそ名だたる授賞式である。これが日本の民族衣装である、という意味においても紋付き袴は、周囲の人の心次第で着用が可能ではなかろうか。
2017年10月02日
昨日夕飯を作っているときに、私の背後を誰かが通った。息子かなと思ったら、息子は目の前にあるリビングを歩いていた。はて、後ろにいた人だ~れ?こわくなかったっす。
2017年09月13日
瞑想をしていました。いつも眠くなって横になると自然に眠りに落ちていきます。昨日は快晴、洗濯物を外に干していると、茶色い蝶がいました。その蝶、なんとなく私にまとわりついてきます。養老猛さんが鎌倉の駐車場の土地に人骨がでたので、供養したところたくさんの蝶が舞ったという話を聞きました。昆虫と仏様切っても切れない縁があるのかもしれません。金魚の海が死んだときも、窓のそとにそれも近くでアゲハチョウが飛んでいました。海が蝶になったのか、と思いました。瞑想して、私の中の何かに変化があって、蝶が近寄ってきたのかもと思ってしまいました。
2017年09月12日
私たちはどこからきて、どこへ帰っていくのか。私たちは何者で、何のためにここにいるのか。生きるとはなんだろうか。死ぬとはどういうことだろうか。目に見えるもの。それは本当に私たちに必要なものなのだろうか。死ぬときに持っていくものとは何だろう。物質は持っていくことはできない。持っていくとしたら、愛情だけ。どれだけの愛情を生きているときにささげたのか。どれだけの愛情をうけとったのか。その愛情だけを、持って天に旅立つことができる。心が大切である。このことが、心でわかることができるだろうか。表面だけではない、心の内側のことだけが大切である
2017年09月11日
ラゾーナ川崎1階にあるパン屋さんムッシュイワンセレクトの「みそパン」がおいしい
2017年09月05日
川崎地下街アゼリアにある「箱根ベーカリー」の「塩パン」が今まで食べてきた他店の塩パンの中でも一番おいしかった。
2017年09月05日
の「くるみブルーチーズ」は美味しい。書いたの何回目かな?
2017年09月05日
来年私たち夫婦は結婚〇十年になる。世間一般では、結婚してから一年ごとに〇〇式という正式な名前があるそうですが、私はそういうことにとらわれることなく、来年は、勝手に差し歯交換式と名づけることとします。その後20年したら、入れ歯交換式、それからさらに10年経過したら、杖の交換式、90歳になるころには、天国でも夫婦になる誓いを教会ですることにします。まだ夫婦でいたいか、式。100歳になったときには遺骨ペンダント交換式となります。ちゃんちゃん!
2017年09月04日
今日の夕飯は、アゼリアの日高というお肉屋さんのコロッケでした。普通のポテトのコロッケと、メンチカツ。ポテトは、形が残っていて、ちょっとな・・・・口の中にポテトの塊があって、私はあんまり・・・これは好みの問題かなあ。メンチカツは、さすがお肉屋さんということもあり、お肉がおいしかった。このメンチカツおすすめです。
2017年08月29日
瞑想をし始めたころは、雑念が多く集中できなかった。瞑想は、うつ病の頃はできなかった。今は、瞑想が気持ちよく感じられ、していないと落ち着かなくなる。テレビで、霊媒者の方が出演され、亡き人との会話をしていた。私たちは神仏に守られて生きている。私の父方の祖母は私が幼いころに亡くなった。私はその祖母を、病気が重たかったころに一度見ている。その姿は、全体白であったが、私に姿形がそっくりだった。母に聞いた祖母の姿だった。先日私が瞑想をする前に、霊媒師のテレビを思い出し、霊との交信が瞑想によって可能になるのだろうか。もし、人間が、亡き人、見えないもの木に宿る精霊だとか、とコンタクトできたのなら、もっと生きやすい世の中になるのではなかろうか、と思っていた。瞑想しはじめ、まさか、こんなことが起こるとは思わなかった。私は半眼で瞑想はしない。瞼をとじて、瞑想しているのだが、瞼をとじているのにもかかわらず、祖母が目の前に立つ姿が見えた。祖母はすぐに消えたが、瞑想でこんなことが起こるとは想像していなかった。まあ、ここに書き記しておこう。
2017年08月28日
私が毎日目を通しているブログは、坂上忍さんと髭男爵のひぐち君どちらも、ペット飼っています。坂上忍さんはワンコでひぐち君はうさちゃんどちらも、かわいい♡わんちゃんとうさちゃんのファンになりそう。
2017年08月21日
私が小学4年生の時に、現代で言うと、明らかに「特別支援級の子供」が普通級にいました。行動が変わっていました。黒板に駅名をずらりと書きました。その記憶力たるや並大抵の子供ではありませんでした。そして、信じられないことに、自分の席の前の席に画鋲を置いて、知らずに座った女の子。その子が先生に言って、その変わった男の子は先生にめちゃくちゃ叱られました。当たり前ですよね。こういった行動の子供は私も今までに見たことがありません。ある日、副担任だけのときにその変わった行動をする男の子の母親がその子の弟か妹であろう赤ちゃんを背中におんぶして学校に来て、副担任に怒りをぶちまけていました。その光景を見ていた私ですが、男の子の行動が変だということにお母さんは気づいているのかいないのか、よくはわかりませんでしたが、新しい年度を迎えたときには、その男の子は学校にいませんでした。子供が小学生になり、私も学校に行き、学校の中で子供を見ていました。私が小学4年生のあの変わった行動をする子供は特別支援級の中にもいませんでした。その代り、ちょっと癖があるな、という子供に会いました。私は白黒きっちり分ける性格です。でも、その子は、そのラインがあいまいなのです。人の目が気にならない、とまではいかないのですが、人の家、自分の家、人の物、自分の物のラインがあいまいなのです。こういう子も初めて見ました。私も変わっている人間だと自負していますが、その子も変わった子供だと思いました。その子の父親も穏やかな人でしたが、癖のある人だなと思いながら私は見ていました。丁寧な物腰で、食事の仕方が美しい紳士でした。しかし、ちょっと疑問に思うことが会ううちに出てきました。それがはっきりとわかったときには私は顔が青くなりました。私も神経過敏ですが、その子のお母さんも神経過敏なところがあると私は聞いていました。そういう神経過敏な人間の神経を逆なですることを父子がしでかしているのです。それも、質が悪いな、と思ったのは、父子二人とも、無意識に神経を逆なですることを言ったり行動したりしていることでした。
2017年08月20日
私は、子供を産んで、母のそばによると精神がゆれて、これでは子供を育てることができない、と判断したので、母と縁を切りました。私に対し、長年母は暴言を投げつけました。母自身自分が何を言ったのか理解できないと思います。客観的に暴言を発する母を見て、母が精神的な疾患者であることを私は意識しました。親に人生を狂わせられた人がいます。両親の離婚、両親からの暴力、暴言などなど。私は親になって、子供を大変な思いをして育てて、長い間大変な思いをして育てているからこそ、放したくない、という思いがあり、ある程度子供が育ったら、今度こそ自由になり、自分の人生を歩むためにも、子供から離れようと思う、この二つの考えが交差します。髭男爵の山田ルイ53世著「ヒキコモリ漂流記」を読んで、親には親の人生があるというくだりで、親である私には私の人生がある。私の親にも親なりの人生がある。子供にも子供の人生がある。一人の人間の人生を「ここから」とすぱっと区切ることはできないと思うけれど、弱い立場の人間を常に主軸に考えて行動すれば、不幸の連鎖は、少しでも断ち切れるのでは、と思います。私は私の子供を守るために母と縁を切りました。でないと、私の子供が不幸になります。子供の私の不幸を断ち切るためには、親との縁切りがどうしても必要でした。子供の幸福のためなら、親は子供から縁を切られてもいいと私は今わかりました。子供の幸福のために親は存在しています。親自身の幸福のためにも子供は存在していますが、子供の幸福があっての親の幸福です。子供が幸福であれば、親は身を引いてもいい。親であるというのはそういうものだと私は考えています。私は子供の幸福のためだったら・・・・・
2017年08月18日
子供は毎日成長しています。子供を見ているとZの字のように行ったり来たり、成長したかなと思ったらまた幼くなって、を繰り返して大人になるんだな、と感じております。昨日はもう消えました。明日はまだ来ていません。今行動をしましょう、という言葉をマザーテレサは言っておられました。「今」よければ、将来も必ず良いでしょう、が私の持論です。引きこもりも、引きこもらなければならないほどの心に傷を負ったのだから、傷が癒えるまでそっとしてあげてほしい。将来など誰もわからない。明日天災がやってくるかもしれない。明日のことさえわからないのだから、将来のことなど考えても仕方がない。今日を無事に終えたのなら、それでいい。環境がかわれば、人は必ず動きます。せっかく家族になったのだから、追い出すようなことを言わない、しない。これが大切。言葉を武器に見立てて使っている人がいます。言葉は生きているから意識して使わないと。相手を心配するというのは嘘。自分が不安から解放されたいだけ。家から追い出すようなことはしない、言わない。でも、思い切って引きこもりたいのなら、思い切って引きこもることのできる場所がほしいなと思います。そういう居場所があってもいいよね。親から逃れたい、家族から逃れたい。もうこれ以上の暴力や暴言をうけたくない、という人のためにも、心やすらぐ場所は作っていく必要があるとおもうのですが。
2017年07月21日
車谷長吉さんは、その小説の中で、ご自身の体験を書いているのですが、車谷さんは、悩みのるつぼの中で「あんた、そんなもん悩みですかいな」と言い切るほどの壮絶な体験をされたことで有名です。芥川賞の西村賢太さん、西村さんも半端ない人生を送られて、それを小説にまとめました。面白いな、と思ったのが、小谷野敦さん。童貞作家として有名な方ですが、頭だけが回転して、小谷野さんご自身が壮絶な体験をされたら、さぞや読者をうならせる私小説ができただろうな、と私は思うのですが。今、私が読みたいのが、末井昭さんの「結婚」。末井昭 結婚とぐぐると出版社に入るまでの、体験がつづられたページにたどりつきます。「放電横丁」の中の「流れる雲のように」です。ああ、面白い話がつづられているな、と思いながら読みました。浜木綿子さんのエッセイ「のびやかに」を全30話まで読みました。離婚されて、お仕事一筋でこられたのが、かえって良かったのではないか、と私は感じました。専業主婦だったら、活躍していないし。逆にエッセイとして読み応えがあるほどの人生を歩まれたと言ってもいいでしょう。私幸せよ、という人の話は、面白くなくて読めません。
2017年07月21日
例えば、有名な音楽家の女性がいます。お父さんの手ほどきで幼いころから音楽を習っていました。大人になりプロになりました。例えば、プロのスポーツ選手がいます。幼いころから親から手ほどきを受けてプロになりました。伝統芸能もそうです。伝統だから、何百年と年続く世界だから、残さなくてはいけない。子供にもその伝統を受け継いでほしい。子供がその世界を希望すれば、それはそれで誰も文句は言いません。親の夢と子供の夢が同じなのですから、ただし、あるスポーツ界の大物選手のように息子にその分野のスポーツを教えたのはいいけれど、ある年齢に達し、お前の好きにしていいよ、と言ったら息子は別の道にいっちゃった。「あれ、お前俺が教えたスポーツのこと好きじゃなかったの?」私が言いたいのはここなのです。親の世界を子供が引き継ぐのは当然だと思っていませんか?違います。映画 SUN&MOONのSUNように商人の子供は商人であることを捨て、修道士となった。ここが重要です。子供には子供の夢があります。親の夢が子供にとり、苦痛になってはいけないと言いたいのです。もっといけないのは、親の世界を歩んでいるのか自分の世界を歩んでいるのかがわからなくなることです。自分の人生だけれども、誰の人生を歩んでいるのかわからない。父親の世界を歩んでいるのか母親の世界を歩んでいるのか自分の人生を歩んでいるのかがよくわからない、混在してしまうことがおそろしいのです。子供には子供の人生があります。親がどんなに権威のある職業についていても子供は本来持った性格があります。裁縫が好きな子供に、水泳の飛び込み選手になれ、とか重量挙げ選手になれと言っているようなものです。つらいよ、と言っても大丈夫だ、頑張れとおぼれている子供に浮き輪もなげず、そのまま川でおぼれるのを見ているようなものです。泳げなくておぼれている子供を大丈夫だと言葉で励ましても、子供は救われません。私はそういう人生を歩みました。だから、親の世界を子供が自分の意志で継いだのなら私はそれでいい、と思いますが、私の人生は親の人生だったの?と疑問に思うようなそういう生き方をしてほしくはないのです。つまり、親と子供の人生は違います。子供の生きづらさの原因が親にあるのだとすれば、親は引き下がりなさい、です。かつて私がパニック障害になり、治したくて、催眠療法を受けに行きました。そこで見た映像は、壺の中に胎児のように丸くなって入っている私に親は無理やり私が入っている壺を叩き割ろうとしている場面でした。私にはどこにも安全安心はありませんでした。豊かさは物の豊かさではなく、心の状態を表します。心が豊かでなければ、それは物にあふれていても不幸です。大学には行かせてくれたけれど、私の人生は・・・・大学まで行かせてくれてありがたい、金銭的には不自由はしていないけれど。でも、何か、何もかもそろっていながら常に不幸を感じていたこういう人生を歩んでほしくはないのです。だから、私は声を大にして、親と子供は性格も人生も何もかも違いますよ、と言いたいのです。
2017年07月21日
舞台はダイニングテーブル体重増加に悩む私単身赴任先から週末帰宅する夫食事制限をする私の横でばくばく食べる夫そんな夫を見て、食べるのを耐える私夫が帰宅することに抵抗を覚え始めた私の様子に夫が変だなと感じ始める「何か言いたいことある」酒の力を借り、思い切って夫が私に尋ねる。「ん、何?」と私。「僕が帰宅するのが嫌なの」「別に嫌じゃないよ」「じゃあなんでそんな顔をするの」「嫌そうな顔だよ」「う~ん、だって」「だって、何」「〇〇君帰ると私食べちゃうんだもん」「へ?」「金曜日の夜帰宅するじゃん。そうすると〇〇君食べるじゃん。だから、私も付き合いで食べちゃうじゃん」「金曜の夜、土曜日、日曜日、食べちゃうじゃん。そして月曜日の朝、体重計にのると、ハーッ(ため息)」「月曜日、火曜日、水曜日、木曜日、食べるのを我慢して、頑張るでしょう」「そして〇〇君が帰宅すると、一緒に食べちゃう。金曜の夜、土曜日、日曜日食べて、月曜日の朝体重計にのるとハーッ(ため息)」「で、また月曜日から食べるの我慢して頑張るでしょう。で、金曜日の夜また食べる、土曜日、日曜日食べて、月曜日の朝体重計にのるハーッ・・・・・」
2017年07月20日
保育所で、乳児に塩分を与えた事件。やはり、夏だから塩分を、という考えで与えた結果であったことがyahooニュースでわかった。そうではないか、と私は思っていた。やはり、乳児に蜂蜜を与えた事件があったが、私も乳児に蜂蜜を与えてはいけない、ことを知らなかったら、「自然な糖分」として子供に蜂蜜を与えていたかもしれない。私は幸いなことに蜂蜜を乳幼児に与えてはいけないという知識をどこかしらで得ていたので、そういうことはなかった。が、しかし、私が子供がまだ乳児のころにやってしまったある失敗がある。それは・・・・・。ピーナツオイル。とあるエッセイ漫画に、おむつかぶれにピーナツオイルをぬって治したという場面に私は出くわした。その子供は、インド人と日本人の間に生まれた子供である。早速私は自分の子供にピーナツオイルをぬった。私の子供もおむつかぶれがひどくて、何をぬっても治らなかった。しかし、そのピーナツオイルをぬったら治るかもしれないという期待を私は抱いて、子供にピーナツオイルをぬった。そしたら、医師に怒られた。インドの人の生まれた環境、摂取している食べもの、体質など日本人では違いがあるから、ピーナツオイルが日本人には合わない場合もある。と言われた。私は大いに反省した。しかし、そんな医療に関する情報となるものを漫画に掲載させないでほしいと私は出版社にいいたい。情報が多い現代、何が正しい情報なのか見極めが難しい。
2017年07月20日
命が何よりも大切。命を第一に考えれば、時間は二の次です。命の大切さを子供たちに教えれば、時間は二の次になります。そうすれば、定時に間に合わせるために起こった過去の列車事故は防げたでしょう。時間よりもスピードよりも人の命を優先したのだから。乗客も時間よりも命の大切さを学んできたのですから、時間に遅れたことを怒っても仕方がありません。命が救われたことにより、家族が友人が周囲の人たちが、救われるからです。命よりも仕事の約束の時間が大切ですか?規則よりも命が何よりも大切なことを考えたのなら、校則による校門圧死事件はありませんでした。命が何よりも大切ならば、校門を閉めずに気持ちよく生徒を受け入れたでしょう。命よりも校則が大切なのでしょうか。学校が子供の命を軽視するのならば、私は学校に子供を預けません。我が子の命を奪われたくありませんから。
2017年07月20日
中学校の体育の授業、柔道による事故が新聞にのる。今日はその柔道で死亡した子供の母親がテレビにでていた。私のように悲しい思いをしないでと講演を行っている母親。学校とは何だろう。事故や事件が相次いて起きている。それでも、学校に通わせている親の気持はどうなのだろう。預け続けるのなら、事故を未然に防ぐための対策が必要だろう。いじめを未然に防ぐため、事故を未然に防ぐための第三者による学校内における監視システムを導入してはどうだろうか、と私は提案するがいかがであろうか。私は学校は教育のあり方の一つという見方をしているので、学校以外の教育のありように賛成である。子供を事故に巻き込まれないためにも必要なことだと思う。
2017年07月14日
私は中学生のころから身体症状がでていた。嘔気、めまい、腹痛などなど・・・・今思えば、これらの症状は登校を拒否する心が心身に現れたのだとはっきるわかるが、当時の私には理解できなかった。なぜ、こんな症状に苦しまなくてはならないの?前日の疲れを引きずり、翌日も症状を抱えながら登校する。また、前日の疲れを引きずりながら、しかも、前々日の疲れも取れていない。新しい週になると、前の週の疲れを引きずったまま、登校しなければならない。休むという選択肢が私の頭から外れ、私は3年間皆勤賞を受け取ることになる。幼稚園、小学校、中学、高校、大学、そして見合い、結婚。私が自分で率先して選んだ人生ではない。ただ、助けはあった。結婚をするときだった。配偶者の選択は天からの助けがあった。自分の人生なのか、他人のための人生なのかが私にもよくわからない。最近になって言えることは、敷かれたレールにそった人生だったということだ。これは私の選んだ人生ではないことだけは確かだ。私は自由を望んだ。学校に行かない人生。結婚しない人生。でも、私にはできなかった。弱いから。というよりも、そういう生き方しかできなかった。あまりにも親を心配しすぎた。暴言を吐かれても逃げる場所がなかった。どこに逃げていいのかわからなかった。精神的に追い詰められても、救いがあった。膝にのった猫のために生きようと決めた。親のために生きるのは嫌だ。父の言った「お母さんとはあわないよ」両親から離れた夫と二人だけの生活。両親からの洗脳、呪縛が解かれるのに、3年かかった。憎しみが次から次へと湧いてきた。今でも湧き続けている。これ以上の精神的肉体的苦痛はないだろう。病気になるので、憎しみを捨てたい。捨てられればと願うが過去という年月が長すぎた。沸き上がる憎しみに感謝がところどころ混じる。複雑な感情だ。誰にも気兼ねなく生きていたいと万人が望んでいるだろう。親の敷いたレールの上を歩んだ人生。もっともっと遠くへ遠くへ。人生が爆発した瞬間を体験したかった。
2017年06月27日
学校に行きたくないとお子様が訴えた場合、言葉に出さなくても、足が痛いと訴えたり、食欲不振、睡眠障害、腹痛、嘔気、などの症状が出た場合には、速やかにお子様を学校から離し、登校を促さず、家でゆっくり休ませてください。上記の症状がでたときにはすでにもうエネルギーが消耗しきっている状態です。学校における事件事故が後を絶ちません。子供を危険から守るためにも子供を育てるのは、基本的には親であることを知ってください。親御さんが子供に家庭に居場所を作ってあげてください。ストレスがなく、安心して子供が育つ、安全な場所が家庭なのですから。将来への不安、勉強、友達、心配なことは多々あるでしょう。しかし、命というかけがえのないものを守ることを第一に考えてください。お子様が「今ここに生きていること」だけで充分です。今を楽しく満喫できるのでしたら、将来も大丈夫です。安心してください。親が子供に教えることなどありません。逆に子供から学ぶことが多いです。誠実、信頼、責任を持って生きることにより、その生き方を子供は見て学びます。愛情とやさしさで心を満たしてあげてください。親に守られることにより、安心して子供は生きることができます。
2017年05月28日
私の持っている水晶は、私が生まれて初めてアルバイトしたときの初めてのバイト代で購入したものです。その当時私は20代半ばでした。不安と恐怖で社会にでれない有様でした。大学をでたものの、嘔気、腹痛、めまい、目的地に行くことができない、電車の中で呼吸ができないなどの症状で悩んでいました。父の死の恐怖、社会にでることへの恐怖に悩まされていました。そして、アルバイトをしようと決心し、実行するまで3年ほどかかりました。アルバイトの条件として、トイレが近いこと、嘔気があったので、授業中のように、とつぜんの吐き気に襲われたとき、トイレにかけこむことができるように、トイレが近いことを条件としました。そして、やめたときに、その店に近づかないことも考えていました。現川崎アトレ、昔のBEで、インテリアのお店があり、そこでアルバイトを募集していたので、思い切ってアルバイトをすることを決心しました。そのお店を選んで、人間関係以外に泣いたこと、包装が上手にできなくて泣きました。1か月後初のバイト代が入りました。そして、6階にあるラブランドというスピリチュアルグッズが売っているお店で、水晶を購入しようと決心していました。予算は1万円。1万円を握りしめ、ラブランドに向った私は、店の前で敷布の上に水晶が置かれているのに気が付きました。オーナーの話によると、その日に届いた水晶だということでした。いくつか水晶が床に敷布の受けに置かれていて、その一つに私は魅了されました。なんとも奥深い色の水晶でした。「スモーキークオーツ」店長さんが教えてくださいました。他の水晶も見せていただきました。いわゆる透明の水晶です。透明の水晶を持って眺めたときに、最初に持った水晶のような奥深さを感じることはできませんでした。そして、店内に15000円の水晶が置かれていました。値段の違いをオーナーさんに伺うと、外国で磨かれた水晶と日本で磨かれた水晶の違いとのことでした。日本で磨かれた水晶は、表面がでこぼこしていない、雑な磨き方ではなくて、外国で磨かれた水晶は、表面に凹凸があり、雑であることで、若干値段が低くなっているという説明でした。予算1万円でしたが、その磨かれ具合で、心がゆれました。そこでオーナーさんが、最初に手に取った水晶が良いと思う、とアドバイスしてくれました。私の家は、後になってわかったことですが、霊的に良くないと霊能者から指摘されました。私は気づきませんでした。それに、あとで、指摘されても、もう遅かったとしか言いようがありません。立て直すときに、宜保愛子さんの本を読んで、敷地の隅4カ所に小豆、塩、米を半紙にくるんで埋めました。お酒を水で薄めて、敷地全体に撒きました。そうすることで、土地を清めたかったのです。その土地に住んでいるときに、金縛りに何度もあいました。あるとき、金縛りにあったとき、邪悪な霊が水晶の中にはいったことがありました。水晶が助けてくれたのでしょう。最近のことですが、水晶とともに寝起きをしている私です。瞑想をするときに、水晶を持つと、体の中を何かが通ることに気が付きます。ある日、水晶がそばになくて、水晶のことをよんでいたら、ごとっと音がしました。音の方をさぐると、水晶がみつかりました。ラブランドで一目見たとき、何かの縁があったのだと思います。それはもう、大切にしている水晶です。ラブランドは、アトレから移転して、今は川崎市幸区中幸町にあります。川崎市 ラブランドと検索するとヒットします。店に入ると、水晶がたくさんおかれているからでしょう。空気が違います。オーナーがどのようなきっかけでスピリチュアルのお店を開いたのかわかりませんが、行われているイベントとかに興味があります。こういうお店があること自体面白いな、と思います。
2017年05月27日
川崎市幸区中幸町ハッピーロードという商店街にあるパン屋さん「poco a poco」の今の季節限定の苺大福あんぱんがとてもおいしかった♡というのも、求肥というのか、餅みたいなのが入っていて食感がもちもちとしておいし~い。あんもしつこい甘さではなく、塩加減もとてもおいし~い。とってもおすすめ~♡
2017年05月19日
朝方だったろうか、ベッドの下、床上に何かゴトン、ゴロゴロゴロと物が落ちて、それがころがる音がした。眠気の残る頭で、私のベッドの上にある水晶が下に落ち、それが転がる音だろうと、思い、その日の午後、ベッド下を懐中電灯でかざしてみた。水晶があるはず、と探したのだが、どこにもない。あれっ?水晶は・・・・あったベッドの上にある。これは不思議現象だろうか・・・・。以前、ネットを通して霊能者に霊視をしてもらったことがある。そうしたら、私の実家は霊的にいうとかなり悪い場所だということがわかった。霊道だと言われた。そして、今住んでいるところも、その霊能者は霊道だという。私が生まれ住んでいたところならいざしらず、今住んでいる場所も、霊道だというのはどういうことだろう。なんで?という疑問がふつふつわいた。その霊能者は理由は言わなかった。ただ霊道だというだけだった。それが本当なら、生まれ育った場所、そして今住んでいる場所霊道に誰がひきつけたんだろう。父か私か、両方か。
2017年03月09日
昨日スカッとジャパンを見ました。とある俳優さんにくぎづけ、「なんという演技力。すごい。この人誰?」木下ほうかさん。うわぁ、こんな実力のある俳優さんを久しぶりに見た。感激でした。また、斎藤こず恵さんを久しぶりに見ましたが、えっ、という驚き、衝撃が・・・・・太ったのね。それも激太り・・・・でも、懐かしかった。
2017年03月07日
全381件 (381件中 1-50件目)