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ヴィトンに気を取られてすっかり今日書くはずだった事を忘れていました。いよいよ、明日RYUの入社試験です。朝9時から16時・・昼食付です(笑)この長い時間にRYUはすでに怖気づいていますがいつも暖かいご声援を下さる皆さんの為にも頑張らせてきます♪明日の帰宅は遅くなりますので報告は遅くなっちゃうかも(^_^;)朝は4時起き・・5時に自宅を出るので寝坊しないようにしなくっちゃ(ーー;)今日、突然ヴィトンとの別れがきた。予定では2日の日に友人宅へ連れて行くはずだったが友人が我が家に迎えにきてくれることになり・・・2ヶ月と8日・・・一緒に暮らした事もあり情が移ってしまいとても寂しい(涙)友人はご主人と、娘さんとでお迎えに来てくれた。ヴィトンが人見知りをしないか心配だったか友人に抱かれても尻尾を振り、顔をペロペロ・・・この分だと大丈夫・・安心したが多分2~3日は環境に慣れるまで鳴くだろうな・・・ヴィトンが行ってしまう時AMIも一緒に車まで見送った。「行ってしまう」と言う事をAMIに分からせたかったのだが AMIは部屋に戻るとヴィトンを探し始めた。いつもヴィトンが入り込んで寝ている家具の隙間やサークルの中・・・よくRYUがヴィトンを隠してAMIをからかっていた事もあり、RYUの足元へ行って「隠してるでしょ?」みたいな顔をして見上げている。RYUは手を広げ「隠してないぞ」と見せるが「いいや!お前だ」とでも言いたそうだ。部屋中を見て回り諦めたようにソファーに寝そべっている。普通なら私達が何かを食べ出すとどこにいても「なになに?私にもちょうだい」と走り寄ってくるのに主人がアイスをあげようとしてもグッタリ・・・可哀想で涙が出てきた。何だかとても罪な事をしてしまったような・・・今までクイ~ル達がいなくなってもこんな事はなかった・・「ゴメンねAMI・・」私自身今までたくさんの仔犬達を養子に出してきたがこんなに辛いのは初めてだ。もっと早くに手放せばいいのかもしれないが犬も生後2ヶ月までは親兄弟と過ごした方がいいという。その仔犬が成長していくのには大切な事だが人間の都合で大体30~45日で引き離されるのが一般的だ。それを思うとヴィトンはしっかり2ヶ月母犬とベッタリ過ごせたので幸せかもしれない。友達家族の元で可愛がってもらえるだろう。私も友達の前では笑って「よろしくね」と言えたが今になって涙うるうる・・・OOちゃん、これからヴィトンをよろしくね♪今度はAMIを連れて私が会いに行きます(*^_^*)
2004年06月30日

今日も相変わらず雨は降っていないもののジメジメ・・・うっとおしいお天気・・・「今日も一日PCするかぁ~」と私は電源をON。ところが・・・「何!何々~~~??」画面が全面デフラグ状態・・・一度電源を落としもう一度・・・「ひぇ~~(+o+)壊れたぁ~!!」何度試しても画面全部に縦の斜線が入っている・・こうなってしまうと、初心者の私にはどうしようもない。昨日もHPの背景を変えるのに一晩かかったぐらいなのだ。考える事もなく私のSOS隊長(PCを仕込んでくれた友達)に電話・・・彼女は最近体調が悪いが起きてるかなと思いつつ・・・「もしもし・・」やはり死にそうな声で出てきた。「おはよう!大丈夫?」とご挨拶代わりに、私はPCの異常を訴えた。(考えると私ってひどいヤツ?)彼女には中々私の例えが通じない・・自分でも何と説明していいか分からない。「携帯で写して画像送る!」としたが送信失敗・・・理由はアドレスの入れ間違い。これも初歩的ミス・・・電話の向こうで彼女がいろいろ調べてくれているが私の説明が悪く状況が飲み込めないようだった。すると・・・パッと画像が蘇った。「あぁ~戻ったよ!!」「戻った?」落ち着いて説明すると私が明け方PCを閉じる時に触ってはいけない物を触ったまま電源を落としていたようだ。それから彼女が私のHPを見てくれながら「ここはこうした方がいいよ」などなどアドバイスをしてくれた。「新しいTABLEなども作って送るから自分で作り上げて使用するように・・」難しい宿題を出されて電話を切った。彼女はこうしていつも私のPC生活を助けてくれる力強い師匠である(笑)PCも元に戻り私はAMI、ヴィトンの写真をたくさん撮る事にした。あと3日でヴィトンは養子へ行ってしまう。いたずら盛りだが可愛い奴・・・でも遠くへ行ってしまうのではないし 友達の所なのでいつでも様子は聞ける。「そうだ~写真をプリントしてヴィトンを連れて行く時に持っていってあげよう」そう思い着せ替え人形のように服を着せて写真を撮った。仔犬って不思議なもので 服を着せると固まってしまう。慣れてくるとそんな事もなくなるのだが・・・ヴィトンも例外なく固まり目だけをキョロキョロ。AMIが心配そうに見ている。「そうだ~AMIもペアルックしようか~」逃げるAMIを捕まえて(AMIは洋服が嫌いである)着せてみた。親バカ?かもしれないが可愛い(*^_^*)私はカメラマンになったつもりでパチパチ・・・「こっち向いて」固まった2匹は言う事を聞かない。仕方なく子供に手伝ってもらい目線を向ける所で大好きなジャーキーをチラチラさせる。「ふふ・・」もう自己満足の世界だ(笑)2匹共イスの上に上げているので逃げる事もできない。小一時間そうやって遊び?解放してあげると2匹共ダッシュで逃げて行き呼んでもこない。「せっかくご褒美にジャーキーあげようと思ったのに!」『ジャーキー』という言葉に反応するAMIだけ飛んできた。「ご苦労様でした」m(__)m
2004年06月29日
今日RYUの試験、面接の予行練習の為脊損センターへ行って来ました。まず、面接の練習に職業訓練科の課長さんが面接官をして下さり、部屋へノックし入る所からスタート・・・私は別室で待っていたので様子は分かりませんでしたが10分弱で終わり 呼ばれて部屋へ行きました。「これだけ落ち着いてたら大丈夫ですよ。受け答えもはっきり出来ているし・・・」といって頂き ホッ(^^)それから性格診断と 大体こんな問題が出るであろうという国語、数学の問題を先生がピックアップしてくれていたので試験と同じ時間を使ってさせる事にしました。1時間40分ぐらいかかると言う事で私は車に戻ってま待っていました。時間になり行って見るとRYUは少々お疲れモード・・作文をやっていました。でも4行・・・昨日6時間もかかってやっと600字程度。新たな題目を出されていましたが やっぱり苦手・・・先生は「家から書いてきた物は立派過ぎます。漢字もきっちり使ってあるし文章は大学受験で書いたの?って言うぐらいです(笑)ここまでりっぱに書かなくていいよ」と言われました。文章は殆ど私が構成を考え 漢字は携帯片手に書いた物。私は勉強は全然だったか 何故か作文は得意(^_^;)性格診断は「何これ?」っていうぐらい数字を書き連ねている・・「お母さんも入社試験とかでされた事があると思いますが」と言われても私はそんな試験のある所で働いた事はない(-_-;)「40分間の間に並んでいる数字の間に足した数を書いていきます。これでその人の性格がおよそわかるんですよ」と先生が言われました。「へぇ~」状態である・・・「これも問題ありません。あと国語と数学ですが・・・」「うぅっ聞きたくないですぅ」と私・・・「(笑)そうですね~漢字と計算のこの部分を少し見直しておいた方がいいでしょうね」と先生。「とにかく自分がここで働きたいと言う事をアピールできれば大丈夫です。先ほどの課長がちょうど2日の日にSONY太陽へ行きますのでRYU君の事を後押しして来ると言われていたし、RYUくん本人が嫌味のない素直な人柄だから あまり考えすぎず自然体で行った方がいいでしょうね」と言って下さいました。「ありがとうございました」私達親子はお礼を言い1日の様子を電話で知らせる事にして帰りました。訓練科を出た瞬間RYUは「疲れたぁ~!!死にそう・・」とぼやきまくり 私は「あんたねー本番は今からだよ~」と言いました。そして車に乗ったRYUが「あのさ・・・」と神妙に・・「何?」私・・・「あのさ、自分のバカさ加減にビックリした・・」と・・思わず吹き出してしまいました。「あんた今頃きづいたの~?私は前から知ってたよ!」RYUはしんみりと「俺って頭悪いやん・・・」だから勉強しろっつうの!!!(*^_^*)---------------------------先ほど、夕食の準備ができ(今日は冷麺)集合をかけてもRYUが中々出て来ない・・・「ご飯だよ~」と言うと「あとで!」と言う。「あとでって麺類だからすぐ食べないとのびるよ!!」と言っても部屋から出て来ない。我が家では全員揃って「いただきます」を言うので部屋まで呼びに行くと、ベットに向かって何やらしている。「何してんの?!」と言うと・・振り向いた目はうつろ・・「何?」と私。「ここまで頭悪いと思わんかった・・」とぼそり・・・「数学は今更やっても遅いから捨てた・・でも漢字だけでも1日までに 出来るだけ覚えようとするけど頭に入らん。」と言う。何処から持ってきたのか小6の国語の教科書。中1の弟に言って私が買い物に行っている間に探させたらしい。「へぇ~あれだけ言ってもしなかったのに、勉強する気になったんだ~」と言うと「どうしても入りたいしね・・」「取り合えずご飯食べなよ」と居間へ・・・食べている間も妹達に「試験に出そうな漢字はどれ?」と聞いている。「お兄ちゃん今更やっても遅いやろ~」とバカにされいつもなら泣かせにかかるのに「お前ら勉強はちゃんとしとけよ。兄ちゃんみたいになるぞ・・」とみんな目が点。笑いたいのを我慢し、あまりに可哀想になので「大丈夫だよ。試験だけで選ぶんだったら 性格診断とか作業診断、面接なんかする必要ないやろ?頭は悪い分人間性の良さで押していけばいいよ!」と言っても「おかん・・それは俺を慰めよるん?それともけなしよるん?」とRYU。「俺は元々人間性はとってもいいの!頭がちょっと悪いだけ・・」と言うので「ハイハイ、そうですか」と私。それから食事が終ると「兄ちゃんの部屋に入ってくるなよ」と妹達に言い部屋に戻っていった。いつまで続く事やら、と思いつつ必要に迫られたとはいえ自分から勉強をしてみようという気になってくれたのはとても嬉しい。やれるだけ頑張ったらいい 駄目な時は他の道もいっぱいあるんだから(*^_^*)あとで お夜食でも作ってあげますか~ふふふ・・・
2004年06月28日
RYUは明日脊損センターに持っていかなければいけない宿題の作文に四苦八苦している・・・1日の入社試験で 作文を書かなければいけない。その予行練習の為、職業訓練科の先生に一昨日出されたのだ。しかし・・・進まない・・こればっかりは私が手伝っても何の意味もない。元々国語は苦手なRYU・・・おまけに事故後勉強という物から遠く離れている。昨日もさせようとしたが 鉛筆を握りデスクに向かった瞬間・・・寝てしまっていた。はぁ~(-_-;)出るのはため息ばかり。本人も自分がやらなければいけないと分かっているものの何をどう書けばいいのか皆目検討もつかないようだ。先生に出された題目は「会社に入るにあたって」・・・「頑張って働きます。しか書けない」というRYU。「それじゃあ駄目やろ。どんな経過を通ってこの会社の試験を受けるようになったか、どうして働きたいのか、入社できたらどんな風に仕事を覚え頑張っていきたいのか。そういう事を順序よく書いて自分をアピールできる文章を書かないと!」と私。400字の原稿用紙に500~600字書かなければならない。私がこうしてPCに向かっている今も 後ろで下の子達は明日から始まる期末テストの勉強、RYUは作文をしているが始めて数時間経っているのにまだ半分も進んでいない・・・ふぅ~とか「あぁ~」とか聞こえてくるのは苦悶の声・・・「頼むよ~あんたってそんなに頭悪かった~」と言うと「そんな事前から知ってるやろ」と偉そうに威張る・・「あほか・・」でもこれをクリア出来ないと話しにならない。RYUが頭を掻きむしり「だめだぁ~」と泣き言を言い出したのでちょっと中断します。続きは作文が完了して書きたいと思います。ふぅ~(T_T)☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆何度もやり直し・・書き直し・・やっと終りました(ーー;)原稿用紙はグチャグチャ・・内容は・・・とても人様に見せられないような(涙)我が子ながら 「何故?」と思ってしまいますがこればっかりは 仕方ないですねー 我が家では元々「勉強しなさい!」という言葉はあまり使っていませんでした。勉強だけは本人がやる気でやらないと いくら周りがうるさく言っても身につかない、そう思っていたからです。自分の経験上でもあります。RYUが中学3年の時 もうすぐ受験というのに高校へ行かずに働きたいと言った事があります。私はその時に「高校へ行かずに就職するといって どんな仕事がある?高卒でも 大卒でも今は就職が困難なんだよ例えば職人になりたいとか、目的があって高校へ行かないというのであれば納得できる。でも勉強が嫌だからという理由では はい、そうですかとは言えないよ。今目標がなければ高校の3年間で探せばいい。あくせく仕事をするよりも友達と遊んだり、好きな部活をやったり・・高校の3年間って一番楽しい時期なんだよ。今はわからないだろうけど先々自分の人生を振り返った時に本当にそう思えるんだから。勉強なんて留年しない程度でやっていればいいし いい高校なんていかなくてもいい県立には行って欲しいけど一番楽しい3年を自分で捨てるなんてばかだよ」と私は言いました。勉強なんかどうでもいい・・という気はありませんがもし自分で勉強をしなければなれない、(例えば医師とか)職業を選ぶなら勉強を必死にしなければいけないでしょうがそうでないのなら、男の子であればたとえ結婚しても一生働かなければいけない、それなら何もそんなに早くから苦労をする必要はない・・・というのが私の考えでした。教育を大切に思っている方が読むと「何だって?!」とお叱りを受けるかもしれません。でも私は勉強が全てであり それが人の一生を左右する・・とは思っていないのです。何故なら私を含め私の周りには高校中退の人がたくさんいます。でもそれぞれ自営をしたり、資格を取ったりで必要と思った時に自分で進んで勉強をし、かなりの収入を得ています。だから大学へ行く事がすべてと思わないし高校は自分の将来を見つめながら人生で一番楽しい時期を過ごしてもらいたいと思っています。それを後悔はしていないし、考え方も変わってはいません。だから今中3の長女には理学療法士になりたいという夢があるので それなら勉強は大切であり 自分で努力しなければなれないよと言っているし 勉強に必要な家庭教師をつけたり ビックリするような高い教材も買って使わせています。でも中2の二女は吹奏楽に夢中で先々はその道へ進みたいと思っているので自分が必要と思うまでは勉強は強要していません。高校も特待でもいいと思っています。うまく当てはまる言葉が言えませんが、自分に必要な時に自分から進んでやればいいと・・・間違ってるかもしれないけどそれぞれに合わせたやり方でいいんじゃないかって思います。中1の長男にいたっては 私や主人のように大型の運転手になりたいと・・・だったら高校は楽しむ為に行けばいいと思います。最低限の常識問題はできなければいけませんがいい大学へ行っていい会社に就職する・・・それを子供が望めばその手伝いはどれだけでもするしたとえお金がなくても大学へ行かせる努力をするでしょうでもそうでなければ 高校へ入れる程度の勉強が出来ればいいかなって思っています。でも・・RYUの場合は酷すぎます・・・勉強というより 自分の考えを書く・・と言う事が出来ていないのですから・・・でももしこれでRYUがやはり勉強が大切だと気付けば自分から他の道に転向する事も考えるのではないかと思います。その時はまた一緒にその道を探していこうと思う私はやっぱり間違っているのかな・・(ーー;)
2004年06月27日
昨日の日記について、いろんな方から暖かい言葉を頂きました。本当にありがとうございました。あんなサイトを目にして、ネットなんて・・・見なくていいように辞めてしまおうか・・とも思いましたが 逆にネットでお知り合いになった方々から見ず知らずの私に 本当に心強い応援の言葉を貰ってとても嬉しかったです。私がネットで色んな事を調べたり、検索するようになったのは、このHPを開設してからです。それまでは メールやオークションはしていましたがそれ以外の使い方を考えもしなかったし、正直知識もありませんでした。でもHPを開設してからはいろんな方と知り合い、その方のHPへ行って勉強したり 仲良くなった友達からいろんなサイトを教えてもらったり・・・その内に自分でも少しずつHPの更新だけではなく他の事にもPCを使うようになりました。一ヶ月間 毎日寝る間も惜しんで楽しくやってきましたが きっと昨日一日で 私はネットの恐ろしさとネットの良さを知った気がします。昨日は週末で主人が夜中に帰ってきました。早速私は昨日の事を一気に話し、そして主人にもそのサイトを見せました。「そういう言葉を平気で言える奴こそおかしいんじゃないか」と言った主人が一番心配したのは私と同じRYUのこれからにそんな人間と出会わないとは言い切れない・・という事でした。RYUに限らず障害を抱えながらも努力し社会に出ている人達がそんな心無い人間の言葉の暴力に出会いそしてまた家族の中だけに戻って行ってしまう事があれば親は死んでも死に切れない・・と主人は言いました。でも私は「逆に見ず知らずの人達がこんなにRYUを応援してくれて、暖かい言葉をくれているんだよ」とも言いました。それから2人で寝るまで色んな事を話しました。最終的に 私達の周りには障害を持っていても社会に貢献されている方がたくさんいる事・・・RYUがこれから入社試験を受ける会社の社長さんもそうです。ご自身も脊損で車イスに乗られながら、障害者の雇用の為昭和53年に会社を立ち上げ頑張っておられる。そのおかげで技術を身につけ自立して働いてる方がたくさんいます。RYUの車イスを設計、営業されてるOOさんも車イスに乗っている事を仕事に生かされ同じ目線でより良い車イスを作られています。友達の子供さんは RYUと同じ年の知的障害の子ですが私達が見ても心温まるような手作りの品物を作っています。そんな事を話していくうちに、ほんの一握りの心無い人の言葉に怯えていては何も出来ない、たとえ健常者でも言葉の暴力に傷つき会社を辞めていく人、耐えて努力し頑張っている人、色んな人がいる事を思えばこんな事はRYUが障害者でも、健常者でも有り得た事だと思いました。私達親に出来るのは 一握りの人間に会わせない様守る事より、たとえ運悪く出会ってしまってもその時にRYU自身がそれをバネにできるように導く事だと思います。何を言われても「だから何?それはあなたの考えであって僕は違う」そう胸を張って言える人間になってもらいたい。将来の事をどんなに心配しようと、それはその時にならなければ分かりません。だったら私達は何があっても動じず、RYUが自分で考え、自分で将来を切り開いて行ける様にフォローをしてやれる強い親にならなければ・・と思います。これから先も些細な事で落ち込んだり、悩んだりすると思うし、不安がなくなった訳ではありませんがRYUが動揺する事にぶち当たった時私達が一緒になって不安がっていてはどうしょうもありません。私の一番の欠点は感情がいつも先走りする事です。何事にも冷静に対処できるようになって行けたらと思います。こんな事を考えるきっかけをくれたのは皆さんの優しい言葉でした。本当にありがとうございました。こんな私ですがこれからもよろしくお願いしますm(__)m余談ですが・・・昨日主人に「これお前が言ってたサイトじゃないか?」と言われて新聞を見て気付いたのですが 昨日の新聞にそのサイトから逮捕者が出た事が載っていました。前にも何度か新聞に取り上げられた事もあります。そこを利用している人みなさんがそうではありませんが「やっぱりね・・」と思ってしまった私です(^_^;)
2004年06月26日
RYUは7/1の入社試験に向けてほんのちょっぴり頑張っている。月曜日に脊損センターへ予行練習(面接など)に行くのでそれまでに「会社に入るにあたって」という作文も宿題で先生に出されている。試験の時 国、数理以外に面接、性格診断、作文もあるからだ。そんなRYUには言えないが私はとても気分が滅入っている。私はよくHP以外でも 障害、車イス、というような検索をしている。障害を持ったお子さんを頑張って育てていらっしゃるお母さん方とここでも知り合い相談にも乗って頂いている。でもRYUと同じように事故で中途障害になり車イスでも頑張って働いている方とか その人を見守る家族とかのHPがあれば 同じ境遇の方がどのように頑張り生きていらっしゃるか知りたいと思っていた。それで昨日の夜中 中途障害でいつものように検索していた。すると、何気なく見ていく中で 目が釘付けになるサイトが・・・「障害者はOOされるべきだ」とてもここでは言えないが見た瞬間涙が出た。そのサイトを開いて見て行くと3年ぐらい前の物でチャッと式に書き込みが続いている。何をどのように考えようと、その人の考え方で言論の自由かもしれない。しかし誰もが目に出来るネット上でこんな事を言っても許されるのか・・・これがネットというものなのかと思った。世の中でこんな考え方の人は一握りだろう。もしかしたら私もRYUがこんな風になっていなかったらここまで気に止めなかったかもしれない。しかしそれでもこの内容は酷すぎる物であった。その人に対して常識的な考えの人が入ってきて言い合いになっている。途中で吐き気がしてきて見るのをやめた。こんな人間がRYUが生きていく中で 出会いあんな事をもし言われたら RYUはどうなるだろう。RYUでなくても 何かしらの障害をかかえそれでも精一杯頑張って生きている人が見たらどう思うだろう。考えると恐ろしくなった。言葉の凶器・・・今までもそんな事は知っていたし子供達にもそれがどんなにいけない事かも教えてきた。言い合いになっている常識的な人が言っていた。「そんな考え方しか出来ないあんたこそが障害者だ」と・・その言葉の使い方がいいか、悪いかはわからない。でもそういう言葉を投げつけたくなるほどひどい人だ。「いつ自分がその立場にならないといえる?」そう言われて 帰ってきたレスを見ても心のある人間の言葉とは思えない。ここのHPを開く時 私にPCを教えてくれた友達が「他の人の事を中傷したり個人攻撃になるような書き方はいけない」と言った。私はこの日記でしてはいけないといわれた事を書いているのかもしれない。だけど言わずにはいられなかった。「中途障害」という言葉で障害を持っている子供に検索をさせないで下さい。ここのHPならきっと管理する方があまりに酷ければ削除してくれるのだろうがそのサイトの仕組みはわからない。RYUもたまに自分と同じ境遇の方のHPを探したり車イスバスケなどのサイトを探して見ている。絶対にRYUには見せられない。できるなら3年も前のものだ。削除してもらいたい。RYUの将来・・障害を抱えても頑張って生きているすべての人がこのような考え方の人間に出会いませんように・・・☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆追伸です。こんな日記を書いてしまって・・と思いましたが、皆さんの暖かいコメントやわざわざHPを見て電話をくれた人・・・ありがとうございました。m(__)mいつもマイナス志向で 落ち込むととことん落ちてしまう私ですが、その反面どうにかなるさタイプ。あのサイトの事は忘れて頑張っていこうと思います。昨日はネットって・・・と思いましたが逆にネット上の見ず知らずの方に救われる事もあるんですね。本当にありがとうございました。
2004年06月25日

今日は、どんよりお天気も悪く退屈な一日だ。AMIもヴィトンも、庭に出て遊ぶ事も出来ずつまらなそう・・・と言いつつ元気いっぱいの悪ガキ(笑)ヴィトンは元気にいたずらをしまわっている。最近AMIに「ガウッ」と叱られる回数が増えてきた。隙さえあれば まだお乳に吸い付こうとする。AMIのお乳はもう一滴も出ないし、しぼんで婆乳みたい。完璧に歯が生えているヴィトンが そのお乳に吸いつくとさすがに痛いのか ヴィトンの上がれないソファーの上に飛んで逃げる。 するとヴィトンは 諦めて1人遊びをする。しばらくすると、2匹で走り回り暴れ出した。そこでAMIが「ガウッ」ヴィトン「ヒャ~ン」・・・「何してるの~」と側に行くとAMIはお得意の右手右足をあげて「ごめんなさい」のポーズ。でもAMIが怒るのも無理はない。とにかくヴィトンの小さな歯はとがって痛いのだ。その歯で思いっきりカミカミしてくると私達でもたまらない。ヴィトンはまたしばらくAMIから離れてシュンとしている。AMIはお乳を与えなくなって独身時代?に戻ったようだ。育児をしている時は私達に「遊ぼう」と手で合図したり野うさぎのようにおどけて走り回る事もなくなっていた。でも最近はヴィトンと遊んでいても間に割って入りまるで「私と遊んで~」と言っている様だ。ヴィトンに対しても暴れる時は思いっきりやっている。あんまり激しい時は叱るが 大抵見ていると仕掛かったヴィトンの方が尻尾を巻いて逃げ回っている。何時間見てても飽きないし おもしろい(^O^)AMIも私が出掛けようとすると 出産前のように玄関までついてきて「連れて行って」と目をウルウル。「ヴィトンとお留守番!」と言うと諦めて部屋に戻る。体の大きさはまだ全然違うか 母子と言うより遊び友達のようだ。唯一AMIが母性を忘れていないって思えるのは食べる物をなんでもヴィトンに分けてあげる事。必ず何でも先にAMIにあげるが ヴィトンは小さいのでAMIの3分の1しかあげない。ヴィトンはあっという間に食べてしまいAMIのを取りに行く・・・AMIは必ず黙っておやつを置いて場所を譲っている。それを見ていて「何ていい子なの~」と涙目になる私を子供達は今日もバカにする「親バカもいいとこ!!」(^_^;)☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆暴れる姿があまりに可愛かったので写真UPしました♪親バカです(#^.^#)
2004年06月24日

実は・・・今書き上げた日記が消えてしまいました(T_T)今から書き直しです・・・(涙)今日はRYUの病院行きの予定だったが先生から電話があり中止になった。「すみません。はずせない会議が入ってしまって・・・」「いいですよ~では明日伺います」と電話を切った・・・しかしすでに私は変身していた。つまり化粧をし、着替え後はRYUの用意が出来れば「いってきま~す」状態だったのだ。「もう少し早く電話くれればいいのに・・化粧一回分損した・・・」とブツブツ言っているとRYUが「そんな事を言うっていうのはオバンになった証拠」と言った。「なんだって?!」と振り返ると「おぉ~こわっ・・今日一日きれいでいられると思えばいいじゃん」と言う。確かに私は家から出る用事が無い時は化粧はしない。特に夏場は化粧したまま家事なんぞしていると化粧は落ち目の周りはマスカラやアイラインで真っ黒だ。ある日拭き掃除を必死に汗をカキカキしているとガチャッ「ただいま~」と旦那様が帰ってきた。「えっ早かったね~おかえり~」と振り返った瞬間「間違えました~」とドアを閉める旦那・・・「もう~忙しいのに何かのコントでもしているつもり~」と言うとドアを開け「お前鏡見てん」と言う。「何なのよ~まったく!」と洗面所の鏡を見てビックリ。目の周りが真っ黒なだけでなく眉毛は消え黒い汗が・・・「よかったの~客が来なくて」旦那が言った。確かに・・インターホンが鳴っていたら私は「はーい」と玄関を開けていただろう・・・だから特に夏は化粧はしない。でもスッピンに自信がある訳ではないので買い物行くにしてもいちいち化粧をして行くが(-_-;)結局一日何の予定もなくなったので今日はPCの勉強をしようと思いPCデスクに座った。すると最近いたずら三昧するようになったヴィトンが足をガジガジ・・・歯が生えてから まだ甘噛みする事を知らないヴィトンに噛まれるのはたまらない。仕方なくしばらく遊んでやる事に・・・ぬいぐるみでひとしきり遊んでやり 骨っこを与えて夢中になって食べていたので私はPCへ。立ち上げて取り合えずメールのチェックをしていると視線を感じる。サークルには給水器をつけているがまだ上手に飲めないヴィトンの為に小さな容器に水を入れている。感じた視線の先を見るとヴィトンが容器の中に座っている。「(・_・;)えっ・・?水がないの?」と思った瞬間ヴィトンが部屋の中を走り回りだした。「こら~」追いかけると家具の隙間に逃げ込む。ヴィトンが走った後はベチャベチャ・・・「もう!水浴びでもしてるつもり~」やっと捕まえて体を拭いてやり ついでに拭き掃除・・・クーラーを入れているので暑いはずはない・・・最近悪知恵のついてきたヴィトンは私達が何かをしていると注意を引こうとするのかいたずらばかり。AMIと暴れ出したので「まったく~」と思いつつPCへ。フリーアドレスを取るのに必死になっていると「クチャクチャ」何処からともなく音が・・・隣の部屋をのぞくとヴィトンがお気に入りのクッションの上で延長コードをカミカミしている。我が家ではワンコ達がいたずらしないようにコンセントに繋がっているコードは隠したり家具で入り込めないようにしている。ヴィトンが噛んでいるのは数日前プリンターが届かなかった時の為に買ってきたばかりの延長コード。「あ~っ」取り上げたが時すでに遅し・・・ビニール部分はめくれ銅線があっちこっち出て歯型だらけ。叱ろうとするとRYUが横から「犬に駄目って言っても分からんもんねーきちんと片付けていない人間が悪いね~」と言う。「はいはい・・出しっぱなしにしてた私が悪いのよね・・」あっと言う間にヴィトンはAMIの横でお昼寝。その写真をUPしました。寝ている時は可愛いのに~もうすぐヴィトンは養子に行く。養子先の友達に「こんな悪ガキいらない!!」って言われたらどうしよう・・超心配である(^_^;)その後友達と2時間近く長電話をし、切ったと同時に義理の妹が「ショウガ焼きってどうやって作るの~?」と来た。結局PCの勉強と言いつつ出来たのはフリーアドレスをひとつ取っただけだった・・・(涙)
2004年06月23日

6/6に生まれたモモコの仔犬達・・・粒が揃ってなくて心配したけど、ほんの半月で今までの仔犬達よりも大きい・・一匹を除いてだが・・・産まれた時一番小さかった女の子は今も小さいままだ。他の3匹に比べると半分位しかない。体重もとても軽いが元気はいっぱいだ(^^)大きな子達に弾き飛ばされても 必死に戻ってお乳に吸い付いている。この子は尻尾が途中でカクッと折れてしまっている。お腹の中で他の子達に押され大きくなれなかったのかなー モモコはもう7歳近い。去年出産した時は1匹だけだった。「もう産まないだろう」家族のみんな思っていたのに今回は4匹・・・でも今回の出産で終わりにするつもりだ。モモコ自体はよく肥えていて健康状態もいいがやはりベビー達はお腹の中で栄養が行き届いているとは言えない様だ。しかし・・一番大きく産まれた子はチワワのヴィトン(2ヶ月)よりも大きく重たい(笑)「何でお乳だけでこんなにデカクなっちゃったの~」って感じだ。モモコとシンバの子供達は今までに50匹位誕生している。友達とかに養子に出さない限りは いつも最初にシンバを買ったブリーダーさんにお願いして養子先を見つけて貰っている。いつも生後一ヶ月で連れて行くが「どうして弥月さんの所のシーズーちゃんはこんなに発育がいいのぉ~」と驚かれる。同じ日数でも おばちゃんの所のベビーは家の子の三分の二ぐらいだ。今まで面ずれ(カオの柄のづれ)も一度も無かったしみんなコロコロ元気に同じ大きさだった。でも今回は生後一週間の時連れて行ってブリーダーのおばちゃんにも見てもらったが「うーん、3匹は問題ないけどこのチビちゃんを見ると自然にまかせて産ませるのはもうこれで最後かなー」と言われた。「やっぱり、私もそう思っていました」と言ったがシンバとモモコの夫婦はとってもラブラブカップルで子育ての一ヶ月間以外はベッタリいつも一緒だ。見ていてうらやましいぐらい(#^.^#)どちらかと言えばシンバはモモコの尻に引かれている。この2匹を離すのは可哀想だし・・・交配時期だけ離すにしても気付かずに時期を見過ごすと困るし~う~ん・・どうすればいいのだろう・・シンバも8歳なのでこの年になって去勢するのは可哀想だ。私の悩みを知ってか知らずか・・・4匹の仔犬達は産まれた時えらく鼻がつぶれてまるでパグの子のようだった。確かに成犬になって鼻のとがったシーズーは見ないがそれでもつぶれ過ぎだろう~と(笑)「ぶちゃいくだ・・・」誰が見てもそう言っていたのに目が開くとみんな可愛らしい顔になった。チワワのAMIは自分も出産したばかりだからかシーズーのベビー達がとても気になるらしく「キュ~ン」という鳴き声を聞くと走って見に行く。でも警戒態勢のモモコに吠えまくられ固まってしまう。ヴィトンも大きさの変わらないベビー達がめずらしいらしくちょこんと座って遠目にみている。母犬のAMIが吠えられ追い返されているのを見て決して一定の距離を詰めることはないのだが・・・シーズーの子供達が巣立って言ったら次はそろそろヨーキーのルナに時期がやってくる。ルナはRYUの犬だが 私の弟に産まれたベビーを1匹あげる約束をしているので「時期が来たら交配させてね」と言われている。しかし8月の初めにはチワワの女の子がセナの変わりにやって来るし私もチワワとシーズーの子育て応援隊でちょっぴりバテている。「まだ1才になってないから次の機会の方がいいんじゃない?」と言うのだが「ルナの子供がみたい!」とごねる~(-_-;)ふぅ~この様子だとルナの子も一匹残すと言いかねない・・・RYUの就職が決まって寮生活になれば諦めてもらうが・・とにかく現在ワンコ11匹!!りっぱな犬屋敷だ(^_^;)大変と言えば大変だが ワンコ達が私達家族に与えてくれる癒し・・楽しさにはやはり変えられない。ちなみに二女の4歳になるウサギもいます・・・でも決して我が家は野中の一軒家ではありません(笑)
2004年06月22日

昨日は、画像倉庫の整理をしていてHPにupしている写真は消してはいけないとわからずに・・・何枚か消した後ふっと気になってページに戻ってみると・・「消えているぅ~~」(涙)それから編集しなおして 登録して・・・ごめんなさい。そのせいで数日前の日記がnewになってしまいました。日記をリンクしてくださってる方本当にm(__)mです。昨日画像の整理をしよう!と思い立ったのは新しいデジカメで撮った写真を取り込みたかったからだ。イマイチ操作方法は分からないものの AMIとヴィトンを追い掛け回して撮ってみた。「ジッとして」と言っても彼女達にわかるはずもなく・・・たくさん撮っても結局使えるのは数枚だけだった。「よし!じゃ~トップに写真を増やそう!」と思ったのが運のつきで・・・初心者の私は必死でコピペを繰り返し・・結局朝までかかってしまった。もし明け方にHPを見てる方がいたらきっと「こいつ一体何がしたいの?」と思われただろう。写真が思う位置に動いてくれず編集と確認の繰り返し。やっと何とか貼り付けて 写真のサイズがマチマチなのはしようがないか~と諦め「少し寝よう・・」と思ったのは午前9時を回っていた。お昼過ぎに起きてPCを立ち上げているとRYUが部屋から出てきて「ほぼ一日中座ってないですか?」と嫌味を言う。私はどちらかと言えば 飽きっぽい立ちだし何をやり出すにも始めるまで時間がかかる。でも「これをしよう」と決めてしまうと何時間でも納得するまでやってしまう。ふっと気付くと 外は真っ暗・・とかもう朝・・とか(^_^;)よく子供達に「ご飯は!!」と言われ我に帰る私である~AMIとヴィトン親子・・・とても仲がいい♪2匹でじゃれ回ったり 走り回ったり・・何時間見てても飽きない。今日ちょっとした発見をした。ササミのジャーキーはAMIの大好物で 食べている時にルナやRIKUが横を通っただけで「取られる!!」と思うのか「うぅっ~~」と低い唸り声をあげて威嚇していたそれがさっきあげたばかりなのに足元に来て目をウルウル。「何?もう食べたの?」そんなはずはと思いつつもう一枚あげて様子を見ていると3分の1食べるとヴィトンの前に銜えていきポトッと置いている。よく見るとヴィトンにはあげていないのに ジャーキーに悪戦苦闘している。「AMI~」と呼ぶとまた足元に来てウルウル。ヴィトンにちゃんと分けてあげていたのだ。ジャーキーだけには異様な執着心を持っていたAMIもやっぱり我が子は可愛いらしい。「お利口だね~」いつもは2枚しかあげないのだが今日は特別にたくさんあげた。犬と言ってもちゃんと親子愛はあるのだ。今までシーズーのモモコを見ててもそれは分かっていたが離乳の時期になると母犬の方から子離れをする。動物の本能だろうなーと思っていたが やはり長く一緒にいると一概には言えないんだと思った。今の世の中 簡単に我が子を手にかける親がビックリするほどいる。動物でさえ我が子を大切に育て愛情をかけるのに・・・唯一理性を持っている人間が何でだろうと考えてしまった。我が家では子供達が小さい時から何かしら動物がいる。犬であったり猫であったり、ウサギもハムスターもいたなーいなくなったり、死んでしまった子もいる。その度に子供は泣いたし「もう生き物を飼うのはよそうか」と思うのだが家族全員動物好きだしいないのは寂しい。逆に犬、猫達の出産なども小さい時から何度も見てきて命の大切さを教える事も出来た。子供達は兄弟喧嘩もすればいたずらもする。頭もそんなに良くないけど(笑)親の欲目かみんな優しい。今まで家族の一員として側にいてくれたペット達のお陰だと思っている。ご飯をやる順番で揉めたり 散歩をさばったりもあるが我が家から動物がいなくなる事はきっとないと思う。寿命が短いこの子達との別れは必ずくるし きっとまたみんなで泣く事になるだろうが 家族全員を癒してくれるこの子達をそれまで精一杯可愛がろうと思う。
2004年06月21日
今日の夕方やっと旦那様がご出勤しました~(^^)先日の木曜日、RYUの会社見学の為に有給を使って休んでいた。旦那さんの仕事は名古屋までを週2往復、次の週は3往復と決まったペースで走っている。今週は2往復週だった為 水、木、金、土とそして今日の夕方まで家にいた。長距離に乗り出した15年前は子供達も後追いして泣くし私も寂しくて出掛けるたびに泣いていた。しかしこの年になってくると「亭主元気で留守がいい」になっている。私って成長したのね~と自分で思っているが。子供達もパパが帰ってくるとなると 「片付けなきゃ」「好きなテレビが見れない」と言う様になった。週末以外の私と子供達はまったりノンビリと過ごしている。ご飯も「今日はある物でいいね」とか「暑いからそうめんにしよう」とか(笑)旦那自体は食事に文句を言う人ではない。「おかずが多いと飯を食いすぎてしまう」というぐらいだ。嫌いなものを出さない限り漬物でお茶漬けといっても何も言わない。じゃ何でいると疲れるか・・・何となく気ぜわしい(笑)物が散らばっている事が嫌いな主人は「これは誰のか~」から始まってゴミを集めたり 洗濯機を回し出したり・・別に勝手にやってくれるのでほおって置いてもいいのだがあまりにほおって置くと不機嫌に・・・結局主人が何かしだすと私も子供もいそいそ動いている。居てくれると当然楽しいのだが 私自身週末しかいない主人が当たり前になっているのか連休でいると・・・主人の会社は運送会社だが大きな会社の部品関係を運んでいる為休みも大手と一緒だ。盆、正月は10連休だしゴールデンウィークも8~9日。盆正月は暮れで忙しかったり 夏は毎年三泊四日でキャンプに行くので 慌しく過ぎていくが・・・結局今回の休みも 木曜日は大分まで行き、金曜日はハローワークへ。土曜日は買い物へ行った。私の使っているPCはOoOネットで買ったセット物。デジカメとプリンターとPC。でもセット物だけあってあまりよろしくない・・・HPに写真をUPしても画像が悪いしそんなに使ってないのにインクがすぐに切れた。前々からCMでやっていた 古い写真の色あせが直せる、ネガがあれば写真を家でプリント出来る、複合機と言われるプリンターが欲しかった。デジカメも望遠機能がないのでせっかく取ってもプリントすると画像が悪かった。何度か「欲しいな~」とそれとなく言ってきたのだが反応なし・・・ところが子供達には甘あまな主人・・・RYUが「友達が持っているプリンターすごいよ~画像はきれいだしデジカメもいいの使ってるから望遠もすごいし、チビ達のマーチングコンクールの時なんかあんなので撮ったら表情までバッチリ撮れるよね~」と言うと「そうやの~」とすぐに話しに乗ってきた。私はRYUにもっと言ってと目配せ・・・「友達の写真とか焼き増ししたくてもネガがないしでも今あるプリンターじゃ画像が汚くて駄目なんよねー」とRYUが続ける。主人「う~ん」と聞いている。「今からキャンプもあるし チビの大会もあればすぐに体育祭もあるよ~おとんの(お父さん)バイクももっときれいなパネルに出来るんじゃない?」これが効いた!主人のバイクをデジカメに撮り大きくして飾っているのだかたしかに無理に引き伸ばしているのでボケている。「そうやの」主人が立ち上がって寝室へ行った。私とRYUは「やったね!!」とガッツポーズ。ほどなくして主人が自分の”貯金箱”を持って降りてきた。主人はお小遣いはないが運行費の残った分を貯金している。貯まると家族に使われる(笑)「あんまりたまってないと思うけどの~」と言いながらカッターで容器を切り出した。彼の貯金箱は空いた容器を使っている。いっぱいになる前にいつも開ける為ちゃんとした貯金箱は勿体無いからだ。3人で数える・・ほとんど500円玉だがO万円あった。RYUとふたりで大袈裟なくらい「パパすご~い!」とおだてる(これも毎回のパターン)そして某電気やさんへ・・・お目当てのプリンターはちょうどセールで4千円安くなり3台しか残ってなかった。セ~フ(^_^;)ついでにデジカメも・・・店員さんに違いを説明してもらい少々高かったが光学10倍の物に決めた。「もう本当に子供には甘いんだから~」とニコニコ顔で帰った。帰ってセッティングしてもらい早速使おうと・・・わからない・・・「お前PCしてるからわかるやろ?」と言われても私はまだまだ初心者・・自分の使っている操作以外はさっぱり・・・主人が説明書を読み2人でああじゃない?こうじゃない言いながらやっと一枚目が・・・やっぱり今までの物と全然違ってとてもきれいだ。「自分で使いこなせる様に勉強してRYUのをしてやれよ」「ハイハイ」である。そして今日は父の日・・・朝主人が寝ている間に長女とふたりで買い物に・・・4人で何をプレゼントするか話し合っていたらしくZIPPOを買いに行った。チビ3人が少ない小遣いから500円づつ・・・去年までは私に「手伝って~」と泣きついていたが今年はRYUが「残りは兄ちゃんにまかせとけ」と威張って出してくれたらしい。家に帰ると主人も起きていた。二男が前々から友達と約束があった為手紙を残して出掛けていた。照れくさそうに読んだ主人は「何か働け~働け~って言われてるみたいやの」と笑っていた。「僕も頑張って勉強するからパパも頑張って働いてね。いい大学に行っていい会社に入ったら親孝行するからそれまで頑張って働いてね・・・etc」たしかに「働いてね」が何度も出てくる(笑)長女が「4人からだよ。」とプレゼントを渡した。そして主人は嬉しそうにちょっとウルウルして仕事へ。行った瞬間「あぁ~金曜までゆっくりできるね~」と背伸びしている私達親子ってひどい親子かしら??(笑)
2004年06月20日
昨日7/1に就職試験を受ける為、ハローワークに紹介状を書いてもらいに行った。我が家から車で30分弱の所にあるのでRYUの運転で行く事にした。4/7に晴れてAT限定で”やっと”免許を取得したRYUだが・・・初心者の運転は・・怖い・・・私も含め誰もが初めから運転が上手く出来る訳ではない。分かってはいるが・・・下手だ(笑)免許を取ってしばらくは私なり主人なり助手席に乗って運転させた。RYU曰く「親が一緒に乗ってるから緊張して下手になる」と言う。ならばと 中学生3人の送迎と主人の母・・お祖母ちゃんの家に行く事は許した。学校へは約5分、祖母宅へは15分の距離だ。中学生組みは 部活で帰りが8時近くなる為RYUが毎日のように迎えに行ってくれる。最初は不安だったが 慣れたようだ。祖母宅へも 弟か妹を休みの日に乗せて行っている。主人の母はRYUが初孫で跡取り?(主人の兄がいるが娘2人)なので生まれて18年間、目に入れても痛くないほど可愛がってくれている。RYUの入院中も毎日バスに乗って来てくれていた。RYUもそれは分かっていて「免許取ったら週に何回か買い物とか連れて行ってやるね」と言っていたのだが祖母はいまだにRYU1人の運転の時は乗った事がない。「もうちょっとRYUちゃんが上手くなったらね」が今も続いている(笑)私も主人もここ数週間RYUの車には乗っていなかった。最近は近くの友達の家にも行くようになっていたし本人が「もうバッチリよ~」といつも自信満々言っているので、「じゃあ久々にRYUの車で行こう」となったのだ。ところが乗って1分もしない内に私からも主人からも「スピード出し過ぎ!」「団地の中は危ないっていつも言ってるやろ!」「右に寄り過ぎ!」と注意の嵐・・・本人はブーたれているものの本当の事だから仕方がない。「あんたの運転は自意識過剰運転なの!大丈夫、自分は上手いって言ってるヤツが一番危ないんだから!!」とハローワークに着くが着くまで怒られっぱなし・・・でもきつく言っておかないと 車は走る凶器だ。自分が注意していても事故に繋がる事もある。「スピード出す事が上手いのでも カッコいいのでもないよ基本の運転ができなくて何がバッチリだ」主人にも怒られシュンとなったRYUだった。ハローワークではすぐに紹介状を書いてもらえた。5月の初めに職探しに行った時は障害者訓練校に行く事を強く勧められていたが 今回は「頑張って入社出来るといいですね」と言ってもらった。帰りもRYUの運転で主人の実家へ行った。運転もそうだが 道を知らない。自分がいつも乗っている家の近所以外は「次どっち?」「まっすぐでいい?」と聞きながらでなければ どこへもいけない状態だ。「あんたね~何年ここの道通ってるの?」と言っても「自分が運転してないから知らない」と言う。それなのにもし大分の就職が決まれば 自分の愛車も持っていって休みの日には運転して帰って来ると言う。「お願いだから勘弁して・・」である。方向音痴のRYUの事だ、きっと「ここはどこ?」になる。「じゃあそうならない為にナビを買って」と言う。ナビの事は前々から言っていたが「免許も取らせて車まで買ってあげたんだから後は自分で働いてお金を貯めて買いなさい!」と私も主人も言っていた。だが主人は「よし、就職試験に頑張ってパスして入社が決まったら買ってやろう」といきなり言い出した。「本当?!ゴリラ(ナビの商品名)買ってくれる?!」「受かったらぞ」「うん!頑張る」と男同士勝手に話を進めている・・「一体いくらするの?」と聞くと「14万ちょっとかな~」(-_-;)ふぅ~本当に子に甘い父親だ・・・とにかく就職が決まる、決まらないは別にしてもう少し安心して横に乗っていられる運転が出来るようになるのが先だ。RYUの従姉・・義兄の娘もRYUと同級だったので最近免許を取った。義母いわく こちらもRYUの上をいく怖い運転をするらしい・・・自分の命だけでなく 他人を巻き込まないように安全運転をさせなければ・・特にRYUは車椅子の為何かあってもとっさに車から降りることも出来ない。その辺の事は何度も言って聞かせているが・・・買ってまだ2ヶ月のRYUの愛車はあっちに擦りこっちに擦り・・・傷だらけだ。当てる物が壁やポールだからまだいいが・・・車椅子のRYUにとって車は大切な交通手段であるし車のお陰で行動範囲も広がっている・・・でも・・・でも・・気が休まる間がない!!初心者のお子さんを持つ母ってみんなそうなのかなー(^_^;)
2004年06月19日
昨日、RYUの就職活動で 大分県の会社へ 見学、説明を受けに行ってきた。午後に約束だったので 有給を取った主人とRYUと3人で朝9時に我が家を出発・・・ちょうどお昼の12時に相手先についた。場所は別府の入り口?といった所。お昼休みに伺っては申し訳ないので車の中で時間調整。1時になって 事務所に入り担当の方の名前を伝え出てこられるのを待った。RYUは面接では まだないものの就職活動という事で普段ははかない スラックスにカッターシャツ・・・先日1時間以上かかって 書き上げた履歴書をもって緊張の面持ちで待っていた。担当の係長さんは女性の方だった。まず第一声RYUを見て「可愛い顔しているね」と言われた。「もしあなたがここに来る事になればあなたが一番若いわよ」と。仕事の内容、作っているものなどの説明を受けた。SONYで機械で大量生産できない物をここで作っている。歌手がレコーディングで使うマイク。「これは浜崎あゆみが使っている物。こっちのはローリング・ストーンが使うマイク。こちらはキャスターがニュースを読み上げる時に付けているマイク。」などなど・・・私達が「へぇ~」と思うような品々がここで作られている。ここはSONYの子会社になるが 社長が脊損で車イスに乗られている。その社長が障害者雇用の為に作った会社で200人近い社員のうち120人ぐらいの方が何かしらの障害を持たれている。車椅子の方は20人ほど。耳の聞こえない方や上肢が不自由な方、筋ジストロフィの方もおられた。目に見える障害はなくても内臓疾患の方、心臓の悪い方。工場の中を見学させて頂いて驚いたのは その人の障害に合わせて 仕事がしやすいように設備が整っている事だ。耳の聞こえない方の為にモニターが用意されていて目で情報を得られる。車イスの人がひとつのデスクに座って全ての仕事が出来るようにデスク上の配置や使いやすさ・・・きっと障害者の目線で考えられていると言う事が一目見てわかる。上肢のない方が 義手でも簡単に機械操作できるように作られているもの・・これも全てここで開発商品化された物だという。工場内はとてもクリーンでみなさん一生懸命自分の仕事を進められていた。見学の後 担当の方が言われた。「ここでは健常者も障害者もありません。例えば他の会社の障害者雇用枠で入っても この仕事だけ・・と言うのが殆どの所です。しかしここでは能力次第でどなたでも上に上がっていけるし 製造ではいっても 企画や人事、総務自分がやりたいと思える仕事に転向もできる。賞与も新入社員だから これだけ 長く働いているからこれだけという事はありません。その人の能力次第頑張り次第で例え入社一年目の人でも長年いる人よりも高い賞与がもらえます。」と説明してくれた。福利厚生もSONY自体で作られているものが適用されているのですごく良くて驚いた。休みも年間100数十日。仕事自体はマイクロホンなどを作っている為細かい作業が多いが初めは教育する方が丁寧に教えてくれるそうだ。当然自分でも電気の事など勉強しなくてはいけないが・・・仕事以外でも 工場棟を出れば すぐ前が寮になっていてすべてスロープで繋いである。その向かいには障害者の体調管理の為の医療棟があり24時間体制で管理してくれる。週2回専属の看護士もきてくれる。その横には食堂・・朝食はないが昼、夜はそこで食事が出来る。寮も見せてもらった。広い扉の引き戸式になっていて すべてバリアフリー。簡易キッチンもついており自炊も出来る。部屋は10畳程のワンルームだが半間の押入れ以外にも収納スペースが備わっており車イスのRYUにも十分な広さだ。バストイレが一体式になっているものの 4畳ほどある。直接医療棟につながっているインターホンもついている。窓も大きな掃き出し窓で明るい。これなら安心だと思える。「さぁ後はRYUが入社出来るかどうかだね」と主人と話した。「7月1日に 面接、簡単な試験、性格診断があります。来週詳しくは郵送でお知らせしますが お近くの職安で紹介状を書いてもらって着て下さい。あとは君の頑張り次第だよ」と担当の方がRYUに言われた。試験の事を聞いてから勉強嫌いなRYUは「きっと落ちるよ・・」と後ろ向きな考えだったが「試験だけで採用を決めるわけじゃないよ。あなたの仕事に対する意欲や性格姿勢・・全てを見ての事だから頑張って」と言われ少し安心したようだった。「では1日にお待ちしています。気をつけてきてね」「ありがとうございました。お世話様でした。」と挨拶して会社をあとにした。障害者雇用の為に作られた会社と聞いていた私達は考えていたよりもはるかに高度な仕事をしている所だと思った。担当の方も「授産施設のように思われていたでしょう?でも違うんですよ。SONYの中でも高度な製品を扱っているんです。」と言われていたがその通りだ。ここにRYUが入社出来るのか・・仮に入社出来てもこの仕事を続けて行けるのか・・不安材料はいっぱいだ。でも進まなければ何も始まらない。駄目だったらまた違う道を探せばいいし、まだ18歳。焦らなくてもいい。そんな気持ちで応援し見守っていこう。これが昨日夫婦2人で寝る前に話した事だ。昨日ご報告するつもりでしたが とっても疲れてしまい日記も書けませんでした。心配して頂いてる方申し訳ありませんm(__)mまたHP開設23日目にして 2000アクセス超えましたありがとうございます。2000のキリ番踏んで頂いたのはあつこ@岡山さんです。ありがとう(*^。^*)これからもRYUの現在まで愛犬のベビーのその後など頑張ってページを更新して行こうと思っています。いつもみなさんのRYUに対するあたたかいお言葉、とても嬉しく思っています。これからもよろしくお願いしますm(__)m
2004年06月18日

今日シーズーのシンバ♂とヨーキーのルナ♀をカットに出した。我が家では雑種のテツ以外 順番でカットへ出さなければいけない。AMIも産後出してないし~どうしたものかと悩んだが一番毛が伸びて「何犬??」って感じだった2匹を出した。シーズーのシンバとモモコは大体は隣の実家の母がカットをしてくれる。隣にもシーズーが3匹いるため始めはカットが下手で散切り状態にしてくれていた母も腕を上げている。「ルナもAMIもみんなカットしてやろうか~?」というがそれは勘弁してもらっている。腕を上げたとはいえ たまに「あらっやっちゃった・・」があるからだ。シンバは数年前 10日近く行方不明になった事がある。幸い見つかったのだが その時子供に苛められたらしく性格が変わって帰ってきた。家族以外には 牙を剥く・・・特に子供は苦手だ・・だからシンバは ほとんどカットに出す事はなかった。しかし今回えらく毛玉が出来てしまい 母曰く「これは・・私が切るとあっちこっちはげるかも・・」それは困る!と言うわけで 美容室の方がお迎えに来てくれた時「この子は気性が荒くて家族以外ダメなんです。無理そうだったら 辞めときますが・・」と言うと「名前はなんですか?」と言われたので「シンバです」と答えた。するとその方はシンバの目線にしゃがみ「しんちゃ~ん♪」と何度もおいでおいでをしながら呼んだ。「いい子だねー可愛いねー(ぶちゃいくなのだが)」と優しい言葉で呼びかけると 警戒態勢だったシンバがほんの少しだが尻尾を振り寄って行った。私は「ガブッ」といっては大変なので首輪を抑えていたが「大丈夫ですよ」とその人は自分の腕をシンバに嗅がせた。そしておもむろに抱っこするとゲージの中へ・・・すごい・・これがプロ?それともこの人が犬の警戒を解かせる事が出来るだけ???驚いている私を残し「じゃ~行ってきまーす」とその方は2匹を連れて行った。4時過ぎに帰ってきた2匹はとても落ち着いていた。前に違うカット屋さんへ出した時 とてもグッタリしていた時があった。後でわかったのだが そこは言う事を聞かせるために叩きまわしてカットしていたらしい。たまたまお客の指摘で噂が広まりつぶれた。今回のカット屋さんはいいようだ。値段も家の母がお得意様なので・・と2匹で5千円にしてくれた。送迎つきである。来月はAMIとRIKUをお願いしよう。さっぱりして帰ってきたので ルナをリビングで遊ばせる事に・・・いつもはルナはRYUの部屋だけにいる・・・それ以外の部屋すべてAMIのテリトリーなので犬猿の仲のルナがくるとAMIが飛んできて押さえつける。ルナはAMIの姿を見ただけでおもらしをする事も・・・AMIの方が先住犬なので仕方がないのだがルナに対しては何故か気が合わないようである。何倍も体の大きいテツやシーズー達とは仲がいいのに・・・自分のルナをいじめるAMIに前々からムカついていたRYUは「よ~し!今から2匹を仲良くさせる!」と無理やりAMIを脅して取ったのが上の写真だ。私が側にいるとRYUの言う事は聞かないが私の姿が見えないと仕方なく従っている。ところがこの写真の後 ルナがヴィトンに興味を示し近づこうとした瞬間・・・AMIもガマンの限界だったのか思いっきりルナの鼻面を噛んだ。「キャイ~ン!」可哀想なルナはウOチを漏らしながら自分のテリトリーであるRYUの部屋へ飛んで逃げた。「無理やりそんな事するからよ!!」とRYUを怒ると「AMI~覚えとけよ~」と捨て台詞(^_^;)幸いルナに怪我はなく・・・しかしその後どんなに呼んでも部屋からは出てこない・・・こんな風に我が家はとても賑やかである(^O^)(我が家の愛犬のページにワンコ全員の写真UPしました。よかったら見てくださいね♪)
2004年06月16日
今日、RYUがリハビリ入院して今のように身の回りの事を自分で出来るように訓練してくれた病院へ行ってきた。明後日の木曜日、病院の職業訓練科から紹介された会社へ見学に行く。その為の打ち合わせと、履歴書を書く為に・・・ここの訓練科の先生がとてもRYUの事を真剣に考えて下さっていて「どうにかここへ入れたらねー」と言う。去年の11月にリハ中止・・となってからRYUのこれからをずっと相談に乗ってくださった。私も先生も 障害者職業訓練校に行く事を進めていた。その為に私は家からそう遠くない訓練校に見学に連れて行ったし 先生も良いと思われる訓練校の資料を集めて下さったりしていた。RYUは高校1年に事故に遭い、安定するまで約2年かかった。高校側はずっと休学扱いにして待っていてくれたが 3年も遅れてしまう事、車イスでの通学には学校が遠かった事など本人がどうしても行きたがらなかった。だから中卒である。中卒になると受けられる訓練の門も狭い。その中にどうしてもRYUのしたい事が見つからなかった。義手義足、補そう具を作る所を希望したが 車イスでは無理と言われた。「どんなにしたい事があっても 車椅子ではどうしてもデスクワークが主になってしまう。今は一般の事務職でもPCは必要だから」 PC学校へ行く事を勧めた。先生は岡山の吉備か、所沢の訓練校を勧めてくれた。「就職率がとてもいい」という事で・・・寮生活になるがRYUぐらい自分の事が出来るなら大丈夫と。しかし「PCは性に合わない。地元で就職したい。物を作る事が好きだから 工場とかでもいい」と言う。先生もRYUの性分を見てきたせいか「この子は確かに何かを作ると言う方が向いてると思う」と言われる。勉強が今どうしても嫌ならば 自分が必要と思えた時に学校へ行けばいい・・私もそういう考えに変わっていった。将来を慌てる必要は無い。色んな事を経験してじっくり先のことを考えればいい。と私も主人も思っていたが本人は「早く働いて自立したい」と言う。多分親の負担も考えての事だと思った。我が家にはRYUの下に中1.2.3年の弟妹が3人いる。来年から受験、卒業、入学が3年連続する。「そういう心配はしなくていいんよ」と話し合ったが「それもあったけど 自分自身勉強は嫌いだし障害を持った人だけの中にいるのは嫌だ。健常者と一緒に働きたい」がRYUの希望である。友達がみんな今年3月卒業して就職し自立して行っている事にも刺激されているようだ。何度も親子会議をしたがRYUの気持ちは変わらなかった。「将来勉強しなければこれ以上進めないしいう壁にぶち当たった時いつでも方向転換してやり直す」と言う事を約束しRYUのしたいようにさせる事にした。そして今月の始めに訓練科の先生からSONY太陽という会社のお話をもらった。大分県の別府にあるので我が家からは車で3時間ちょっとかかる。通勤は当然無理なので 寮生活になる。SONYが障害者雇用の為に作った会社なのでバリアフリーなどの設備も整っている。社員200人のうち120人が何かしらの障害を持たれた方が働いている。車椅子の方も多いそうだ。そこに明後日見学、説明を受けるように会社側から連絡があった。病院を通してのお話なので一般で行くよりはいいようだ。見学の後 後日面接、試験(これが問題・・)性格診断などがある。これがパスできればRYUの第一歩が始まる。勉強と言うものから 何年も遠ざかってたRYUは履歴書を書くのも一苦労した。漢字を知らない・・書き順はめちゃめちゃ・・「あんた中学校の授業中何聞いてたの?!」思わす゛頭を叩いた。「デヘヘヘヘ」笑ってごまかす。先生と付きっ切りで 1時間かかって完成させた。うまくはないが大きくのびのび書いている。性格がよく出ているもんだと先生と笑った。「木曜日 頑張ってきてね!!」「帰ったらすぐ電話で連絡します」と言い合って帰ってきた。さぁ~今日から妹達の教科書を持ってきて試験勉強させなくっちゃ!!一般常識程度とは言えどもRYUにとっては 高校受験と同じようなものだ。今もPCをしている私の後ろで妹たちに「お兄ちゃん!!それ違うって言ったやろ!!」と怒られながらちょっとだけ勉強しているRYUである(^_^;)事故から長かったし将来はあるのかと不安な日々を過ごした事も多かったが 今一歩ずつでも前へ進みだした。親として応援すると共に ダメだった場合の次の手も考えなくては(笑)
2004年06月15日

クイ~ルとボ~ちゃんが養子に行ってしまいしばらくの間元気のなかったヴィトン・・・3匹であれだけ暴れまわっていたのに 仕方ないか・・と思っていた。所が朝起きてみるとひきつけを起こしている。ビックリして抱いてしばらく撫でていると落ち着いた。食欲もあまりなかった為 必殺注射器を使い無理やり口に流し込む。午後になってまた軽いひきつけ。病院へ行った方がいいのか迷い ブリーダーさんに電話で相談した。私が焦って話しているのにブリーダーさんは笑いながらこう言った。「それはね 低血糖症よ~」エッ??何??「病気ですか?」と聞くとまたも笑いながら「仔犬とか小さい犬はなりやすいの。ハチミツがあったら舐めさせてごらん。なければ濃い砂糖水でもいいから」と言う。「病院へ行かなくていいの?」と私。「病院へ行ってもする事は同じよ~」とブリーダーさん。「まだ小さいから一日一回でいいからご飯に砂糖を少量かけてあげたら大丈夫」と言われた。半信半疑ながら言われたとおり 濃い砂糖水を注射器で飲ませて様子を見た。すると一時間後には走り回っている!!呼ぶと尻尾をフリフリ転げてくるし AMIと一緒に暴れまわっている。そのうちカリカリ(ドライフード)まで食べ出した。クイ~ル達がいなくなって 寂しかったんじゃなくて体の中で糖分が不足していただけだったのだ。安心したものの 気が抜けた。サークルに入れて扉を閉めてしまうと出せとばかりに鳴く。仕方なく出していると チョロチョロ動き回り踏んでしまいそうだ。今もパワー全快でAMIと走り回っている。あと半月もすればヴィトンも養子に行ってしまう。友達の家では小3の娘さんが 首を長くして待ってる。でも・・正直とっても辛いかも~(ToT)ここまで手がかかって 可愛いしぐさを目の辺りにすると情を移すなという方が無理である。友達に渡す時泣いてしまうかも知れない。でもどちらにしても我が家にはRIKUがいるので男の子は置けないのである。だから全員養子に・・・AMIも今度ばかりはガックリくるかもしれない。いつも2匹寄り添っているからだ。でも来月の中旬になれば 我が家にもまた女の子のチワワンベビーがやってくる。シーズーの仔犬達も養子に行くまではまだ間がある。ヴィトンがいなくなっても癒してくれるだろう。ヴィトンも環境に慣れるまで寂しがるかもしれないが友達は昔から犬に関わっているようで安心してお願い出来る。子供さんもみんな犬が好きそうだ。きっと舐めるように可愛がられて幸せになるだろう(*^。^*)
2004年06月14日
今日、6/13日は入籍記念日です。私達夫婦は入籍と結婚式の日にちが離れています。昭和60年・・その頃結構流行だった(笑)出来ちゃった結婚だった為母子手帳の関係で19年前の今日入籍。結婚式は7/28日でそれまで当然同居もしていませんでした。元々は私の親に大反対されていて家出、連れ戻され・・を繰り返し私が18歳になった時APを借りて同棲・・・親とは絶縁てきでした。でも1年後親が「どうしても結婚したいなら一年だけでもお互いの家に戻り 結婚費用を貯めなさい」と折れてきたので お互いの実家に帰る事に・・・車で15分の距離だったので毎日のように会っていましたが・・・そしてきっかり1年後妊娠・・・親ももう何も言わず「お腹が目立たないうちに式を挙げなくては!!」とバタバタ事は運んでいきました。そして7/28私は自宅から白無垢を着てお嫁に・・お腹の方は5ヶ月でギリギリだったかなー昨日そんな事を旦那と話しながら「もう20年目だね」と言い合いました。さて今日になり・・・我が家では入籍と挙式の日が違いすぎる為元々結婚記念日のお祝いはしていません。3月の20日、22日の 知り合った日、付き合いだした日を年に一回お祝いします。 旅行に行ったり 食事に行ったり お泊りだったり!(^^)!でも今年はダイエット宣言をして「成功するまで何もナシ」と約束していたので プレゼントも何もありませんでした。だから今ダイエットもいい感じで進んできてるし・・今日当たり・・・と当てにはしていない期待をしていたのですが・・・朝から起きてくると 旦那はお洗濯をしてくれていました。いつもながら「ご苦労」と言い(笑)朝食の準備・・ホットケーキを食べて ちょっと掃除。昼過ぎてする事もなかったので「ドライブでも行く」と聞いてみたけどパスされてしまいました。今日の12時頃から仕事に出なくてはいけないからと・・「ふ~ん」とそのままテレビでも見てると「ホームセンター行こうか?」と旦那。(旦那はここが好きである)さっきドライブをパスされた私は「う~ん・・」と曖昧に返事・・・そのうち旦那はバイクを磨き出し私とめずらしく部活が休みで家にいる二女はお昼寝。とても天気がよく爽やかな風が吹いている今日は気持ちよく・・・ところが 「キー取って」「これ捨てて」「あれどこやったかな?」寝てられない!!って言うの!!うつらうつら夢見心地だったのに~~~(;一_一)仕方なくPCを立ち上げて今日記を書いております・・・旦那はと言うと「あれ?する事なくてPC?」と笑いながらバイクを片付け家の中に入った途端・・・今ソファーで高いびきをかいている・・・こいつだけは~!と思う私。自分が寝る時は気持ちよくおやすみになるのに私が寝ていたりPCやり出すとちょっかいをかけてくる・・「お前は子供か・・」と思う。でも取り立てて何もないものの幸せな一日である♪
2004年06月13日

今日はちょっと雲が架かっているもののいいお天気です。我が家の旦那様は朝から 会社の同僚とバイクでツーリング。8時過ぎに部活組みの下2人を学校へ送っていき戻って着替えて颯爽とお出かけになりました。去年の12月に私の入院の為 1200ccのまだまだ新車だったバイクを泣く泣く手放し・・(苦笑)3人立て続けの 入院だった為 入院費が足りなかったのです(T_T)戻ってきた保険のお金で 違うバイクを買ってあげるつもりでしたが「今年から下3人中学生だしお金かかるからいいや」と旦那が言った為そのままになっていました。私は心の中で「当たり前ダ~」と思ってたけど・・・だって家の旦那様のお仕事は長距離トラックの運転手。大体家にいるのは週末の土日だけ・・・私も400ccに乗っていた時は一緒に走ったものの1人になるとほとんど乗らない。乗らないからガソリンは減らない。とはいえ毎月保険代は落ちるのに・・・結局一ヶ月に一度乗るか乗らないか・・・通勤は軽自動車に乗っている為バイクはお飾り状態だった。「乗らないバイクに毎月何千円もかかってはもったいない」が私の常日頃思っていた事である。しかし・・・3月、4月と気候が良くなってくると毎年恒例の「バイクのシーズンやな~」が出てきた。「来たか・・・」と思いつつしばらくは無視していたものの「自分の運行費を貯めて買ってもいいか?」ときた。ちなみに旦那には小遣いというものはない。それは15年前にトラックに乗り出してずっとである。今の会社になって 運行費は名古屋1往復5000円。高速指定の定期便の為 週に2往復週と 3往復週の一週間交代である。大体月10回から11回往復するので5万か5万5千円。それが旦那の食事代込みの小遣い?である。旦那はその中から貯金の出来る人だ。私には到底真似できないが・・・でも飲みにも行かないし 家にいる時は必ず私と行動が一緒なので旦那がお金を使う事はほとんどない。「今から学費がかかるからって買わないって言わなかったっけ?」と言いつつ予測していた事だったので「いいよ」と4月に見に行った。今回は「中古でいい」と言うので何軒かバイクショップを周り750ccのバイクに決めた。4月末にバイクが着て今日までに乗ったのは2回だけだった。多分彼はそこにバイクがあればいいのだ。そして今日やっとツーリングで結構長い距離を走るようだ。私は去年の5月 RYUが脊損センターに入院した時そこにRYUと変わらない年の子達がバイク事故で脊損や頚損で車椅子になってしまっている姿を見て怖くなりバイクに乗るのを辞めた。独身ならばまだしも 子供達の事を考えると「もし事故ったら・・」と恐ろしくなったのだ。旦那は「気をつけて乗れば大丈夫!」と言ったがバイクは自分が気をつけていても他の車に当てられただけで大事故になる事が多い。新車で買って貰ってまだ200Kmちょっとしか走ってなかったが潔く?売った。旦那にも「楽しんできてね」と送り出したものの帰ってくるまで心配だ。
2004年06月12日
我が家では金曜日は大掃除の日と決まっている。他の日も散らかればやっているけど、殆ど金曜に集中。理由は簡単旦那が帰ってくる日だからだ(笑)平日は私と子供達 ワンコ達だけなので 気ままに過ごしているが 週末になると全員で取り掛かる。私は子供4人 おまけに下3人は年子を育ててきたせいか少々散らかっていても「掃除してもすぐまた散らかすから」が長年の間に当たり前になってしまっている。だから 育児ノイローゼにもならずこれたのだが・・初めからそうだったわけではない。2人目まではタオルを持って子供の行く所行くとこ追いかけて拭いていたが 3人目を産んだ後疲れてしまった掃除しても次から次へと汚してくれる・・・3人目を産んですぐ4人目がお腹に入った為動くのもおっくうになり・・・そのうち少々散らかってても死にはしない!という考えに辿り着いた。2人目が生まれてすぐ旦那は長距離に乗り出して平日は私とチビッコギャングだけだったし・・・家のだんな様は帰ってくると掃除も洗濯も手伝ってくれる。特別綺麗好きではないが 物が散乱しているのは嫌らしい。洗濯物がたまっているのは嫌いみたいで日曜などは私が起きてくるとすでに洗濯物が干してある・・・「何で娘と母ちゃんのパンツまでほさないかんのや~」と言いながら(笑)ちなみにこんな旦那に似ているのは二女だけて゛後は全員私に似ていいかげんだ(^_^;)旦那がたまに言う 「この家の中俺がいない時はどうなっているんだか・・」と。私はすぐに言い返す。「私がこれだけ大雑把な性格だから育児ノイローゼにもならずパパは仕事に専念出来たでしょ?」と・・・今は私も専業主婦なので仕事をしていた時のようにひどく散らかる事はないがどうしても「後でまとめてしよっ」という感覚は抜けそうも無い。でも帰って来る時は綺麗に片付いているんだからお互いこれでいいかな~と思っている。
2004年06月11日
今日の朝、ブリーダーさんから電話があり「ショップの人が仔犬を連れてきてって連絡あったから迎えに行きます。」と言う事だった。クイ~ルもボ~ちゃんも 自分でしっかり離乳食を食べれるようになり体重も増えとても元気になった。ヴィトンと一緒に3匹でAMIの後を追っかけたり「グルゥルルルゥ」と暴れまわったり・・・とても可愛い盛りだ。今まで何度もシーズーの子を養子に出してきたがいつもちょうど一ヶ月目で連れて行ってたので「元気で新しい飼い主さんに可愛がってもらうんだよ」と思うぐらいだった。つまり情が移る前にお別れが来ていたのだ。ところが クイ~ル達は一度 一ヶ月ちょっとで行ってしまったものの ご飯が食べれなくなり私の手に戻ってきた。AMIのお乳を搾乳して飲ませ 一日3食離乳食を無理やりでも食べさせ 病院へ連れて行ったりとても手がかかった・・・手が掛かった分情も移ってしまった・・・呼べば尻尾を思いっきり振って転がりながら飛んで来るしあっちをガリガリ・・こっちをガリガリかじり回ったり・・特にAMIそっくりなクイ~ルは手放しがたく・・・でもこの子達の行き先はもう決まっていて変更は出来ない。電話の後 最後の離乳食を作ってやりホットタオルで体を拭いてやった。うっうっ・・(涙)こんなにお別れが辛いなんて・・はじめてだぁ~~~(T_T)ブリーダーさんが来て2匹を見てビックリしてた。「すっごく元気になってるね~」と・・(私もブリーダーに向いてるんじゃないかしらと自分で思ったぐらい)「ご飯はこれとこれを食べさせています。ショップの人に出来るだけ同じサークルに入れてくれるように頼んでください」とお願いした。きっと一匹にしたら またご飯を食べなくなって元気もなくなるだろう・・・実際家に残ったヴィトンは掌返したように大人しくなってしまった。3匹の中で一番悪ガキだったのに・・・こんなに別れが辛いならもう産ませるのはやめようかな・・とも考えている・・・でもあと2ヶ月ぐらいしたら セナの代わりの女の子が我が家へやって来る。楽しみだ。
2004年06月10日
私は今ダイエットの為にある漢方薬を飲んでいる。それは一ヶ月前メールから仲良くなったお友達に教えてもらった病院で貰っている。一度に二週間分頂けるので月2回の通院・・・今日薬が無くなったので 病院へ行ってきた。用事が長引き5時過ぎていたので「お薬だけ頂けますか?」と受付でお願いしていると 担当の先生が出てこられて「おぉっ」と言う・・・「エッ?何?」と思っていると受付の方が「先生が診察もしましょうと言われています」というので 中へ入った。するといきなり「アゴのラインが出てきれいになったね~」と先生が言われた。「確か今日で一ヶ月だよね?何キロ減ったの?」と聞かれたので「6キロちょっとです」と答えた。「一ヶ月で?どうやったの?」と聞かれ私は叱られるかなと思いつつ「頂いた漢方を飲んで一日一食です」と答えると「頑張ったねーこの漢方は基本的に普通通り3食食べても 脂肪をエネルギー燃やす脂肪に変えていくから 一ヶ月に1キロずつ落ちていくけどそれに食事療法を加えるともっと体重が落ちるからねー」と言われた。「普通3食必ず食べなさいってどんなダイエット方でも言われるからやり方が悪いって言われると思ってました」言うと先生は「今はカロリー重視で考えるのが当たり前になってるけど 必ずしもそうではない。断食も体のためにはいい事で 一日一食 それも夜の方が食べたものすべて栄養として吸収するからいいんですよ、西洋医学とは考え方は違いますが・・信じられないと思うかもしれないけど 一食の食事に感謝の念を送って食べる事です」と言われた。聞いた瞬間「感謝?念?」と思ったが「例えば水道水を コップに二杯用意し 片方だけに一分ぐらい おいしくなれって念を送ります。飲み比べると味も違うし科学的にも立証されたんだけど 顕微鏡で見ると結晶などがきれいに並んでるんです。」と言う。「ここ病院だったよな・・」と思いつつも目からウロコだった。「漢方でも薬でも効かないと思い込んで飲めば効かないし あなたのように これが合うみたいでよく効くって思えば効きます。」とにこやかに言われた。 ここ一ヶ月私のやり方はまずい・・と思いながら一日一食を続けてきたが医師に「そのまま続けて下さい」と言われ安心した。この漢方にはリバウンドを抑える効果もあるそうである。実際私は6キロ落ちても 髪もパサついてないし肌荒れもふら付きもない・・・前にリンゴダイエットなどで3ヶ月で10キロちょっと落とした時はフラフラになったし肌も荒れおまけにすぐリバウンドした。「このまま頑張っていいんだ」嬉しくなって病院を後にした。この漢方も病院なので保険が効くし安い。試しに先生に「この薬は一般でも売られているんですか?」と聞くと「うーん。売られているとは思うけど保険が効かないと高いだろうね」と言われた。この病院と この薬の事を教えてくれた友達に感謝感謝である(*^_^*)そしてもうひとつ嬉しかったのは今日用事で半年振りに知人(男性)に会ったのだが「あれっ?痩せた??何かきれいになって色っぽくなったねー」と言われてお世辞と分かってても痩せた事に気付いてくれてとても嬉しかった。帰って早々旦那に「病院の先生とOOさんにこう言われたんだよ!!」と報告すると「ふ~ん」とちょっとおもしろくなさそうだったかなー(笑)夏に向けてもっと頑張ろう!!っと(^O^)
2004年06月09日
私達夫婦は多分仲のいい方だと思う。出会ったのは私が高校1年の3月旦那は18歳で社会人をしていた。知り合った時旦那には同棲解消寸前の彼女がいた。別れる原因は彼女の浮気だったらしい・・その頃私は学校近くの飲食店で仲の良い友人とバイトをしていた。私の両親は「ちょっとおかしいんじゃない?」という位私に厳しかった。高校生になっても 門限は6時・・一分でも遅れると厳しく怒られた。友達と約束しても家から出してもらえるのは午後2時・・そして6時には戻って来いと言う。「4時間で何が出来る訳~」と思いつつ親が怖くて反抗できない私は従うしかなかった。だから両親が土日のバイトを「社会勉強の為」と許してくれたのは私には信じられない事だった。でもこの判断が両親にとっては一生の不覚だったのよねー同じ学校の1歳上の先輩と(女)仲良くなりそしてその彼氏とも仲良くなった。相変わらず門限は厳しかったので遠出なんかは出来なかったが私には十分新鮮で新しい世界だった。母はのちに私の事を「ずっと箱入り娘のまま嫁に出したかった」と言ったが まさに箱に入った状態であった(+o+)ある日先輩が「仲間内でパーティーやるんだけどいかない?」と誘ってくれた。でも・・・私には鬼より怖い親が・・・すると先輩は「私にまかせて!」と言い葉書きに何かを書き始めた。「帰りにポストに入れてね」なになに?内容は誕生パーティーへのお誘い?看護学校へ入学した友達の1人の為にパーティーを開くがその子は昼間病院勤務の為夜しか集まれない。よって一泊とまりがけで・・・誰の事よ~と思わず吹き出してしまったがこれで行けるかな?とちょっと期待に胸膨らませた。次の日 ドキドキしながら葉書きの到着を待ち着いた瞬間父に持っていった(母が苦手だった私は何でも先に父に話した)「お父さんこれ行ってもいい?」恐る恐る手渡すと父は無言・・・ダメかなーと思ったところへ電話が・・・葉書きを書いてくれた先輩だった。「親に代わって」と言うので父に代わった。何をどう話したかは後になっても教えてくれなかったが 父は電話を切った後「あんなにしっかりした先輩が一緒ならいいだろう」と許可をくれたのだ。「うっそ~?!」と心が躍った。生まれて初めて親を欺いての外泊である。当日もう1人の友達と一緒に先輩たちとの待ち合わせ場所へ行った。友達も私もまだまだお子チャマの世界にいたのでまるで知らない大人の世界へ足を踏み入れるかのような感覚だった。パーティーと言われる催しのあるAPへ到着・・・中へ入ると10数人の男女がいた。初めての私達にみんな気さくに話しかけてくれた。その中に旦那もいたのだが・・・見た瞬間「こいつの側には絶対行かない!」と思った。当時人気のあった「横浜銀蝿」の頭だったのだ。友達と小声で「あの人の近くにはいかないようにしよう」と言い合った。4人いた女の人達が「何飲む?」と世話をやいてくれまたまた生まれて初めてコークハイなるお酒を飲んだ。とても楽しくていつの間にか輪の中へ入っていけた。その内トランプをする人達 お酒を飲みながらおしゃべりをする人達 酔いつぶれた人達・・・3つのグループに分かれていて私達はトランプをしていた。その中に旦那もいて「思ったほど怖くない?」と思った。とても楽しいひと時でみんなはそこでざこ寝。私と友達は先輩たちと先輩の家に泊まった。次の朝前夜の人達とドライブへ行く事になっていたためまたAPへ。車4台みんな乗り込み海へ向かった。私は友達と先輩の彼氏の車に乗せられたのだが途中その頃旦那の乗っていたケンメリと呼ばれるまるでゾッキー車がエンジントラブル・・・そこで先輩の彼と仲のよかった旦那が私の横に乗り込んできた。ヒェ~と思ったが昨日のトランプで見た目と違って優しそうな人ってわかってたし・・車で海岸線をドライブし寒い中浜辺で遊んだ。楽しくて時間が経つのも忘れていたがハッと気付いた時はすでに門限は過ぎていた・・ヤバイ・・・でも「門限あるから送って」なんぞいえないし・・・私も楽しかったので開き直った。なるようになるさ~自宅近くまで 送ってもらったのが21時を回っていた。帰ってから地獄を見たが・・後もう少し遅れていたら警察に捜索願を出される所だったのだ。でも怒鳴り怒られまわっていても私はたった一日で大人になったような気がしてうれしかった。二日後の3/22にまた先輩に誘われ彼氏の車でドライブに連れて行ってもらうことに。行くと何故か旦那が来ていた。4人で楽しくドライブしてまた浜辺で遊んだ。その時先輩の彼が「OOが付き合いたいってよ」と言った。「えっ?でもこの間の彼女は?」パーティーには彼女も一緒だったし あのAPは2人の家だったのだ。「あぁあいつら別れるんよ。彼女にこれ(親指)が出来てね」と彼が教えてくれた。「でも仲良さそうだったのになー」「APも彼女がそのまま住んでOOは実家に戻るらしいよ」と言った。私は16だったが高校は女子高だし 親はあんなだし男の人と付き合ったことはなかった。結局その場では何も言わずみんなで楽しく過ごした。この間のパーティーの後家で怒られたのを話していたので門限に間に合うように家の近くまで送ってもらった。「ありがとうございました」と帰ろうとすると「ちょっと待って」と旦那が降りてきて「付き合ってくれる?」といった。私は化粧もしてないし髪も黒 当然パーマもかけてない。あの時いた4人のお姉さま達とは全然違うタイプである。それにやはり彼女の事が気になった。すると旦那は「今度の週末に俺の荷物は引き払う事になってる。実家に戻るからいやじゃなかったら・・」と言われ何故か「うん。」と返事した私。パーティーから帰った夜どんなに怒られても何となく嬉しかったのは私も旦那に好意に似たものを感じていたのだとその時分かった。後日私が彼女の事を気にしている事を旦那が言ったのか彼女から手紙を貰った。「私に気兼ねしないで付き合って。私もまだ若いんです。自由にはばたきます。」と・・・今読むと譲り状じゃん!って思うけど当時は安心した。でもこの彼女にも後に長い年月悩まされる事になる・・・今日はここまで(^_^;)
2004年06月08日

弱って危なかったボ~ちゃんも何とか復活!!ご飯も自分から食べてくれるようになった。よかったぁ~昨日までは注射器にAMIのお乳を搾乳して飲ませていたが今日は何故か自分で飲んでくれるように・・サークルの中に ドライフードを小さく刻んだものを入れてやると3匹共必死に噛んで食べている。朝と夜は離乳食を与え日に何度かお乳。やっぱり母犬のお乳が良かったのだろうと思う。とにかくやっとこれで一安心である。しかし私は一日中犬の食事を作っているような・・・昨日出産したモモコにも日に3食あげなければいけないし・・・RYUからは「あの~犬のご飯もだけど僕のご飯は~」と言われ「あんたは自分でできるでしょ!」と言ってしまった。だって母は忙しいのよ まったく・・・今日はRYUの就職の事でリハ入院していた病院へ行ってきた。時間が間に合わず就職先の関係者の方にお会いする事が出来なかったのだが 担当の先生がRYUの事を話してくれているので 向こうの担当の方も「一度ご本人を連れて見学に来られるよう伝えて下さい」と伝言されて帰られたようだった。勤務地は 我が家から車で3時間。当然通勤は無理なので寮生活になる。でも母体がSONYでそこが障害者を雇用する為に作られた会社なので当然バリアフリーで設備も整っているそうである。寮での1人暮らし・・ちょっと・・いやかなり心配ではあるがRYUもいつまでも親元でぬくぬくしていたのでは本人の将来にもかかわる・・・旦那に「平日に見学に来てって言われたら私が連れて行ってくるから」と報告した。旦那も「そこに決まったらいいな」って言ってたけど私が「1人暮らしが心配なのよねー取り合えず慣れるまでの数ヶ月は私が週1ぐらい様子見に行くわー」と言うと「過保護すぎる!」と怒られてしまった(T_T)でも体力だって万全!っていえる訳でもないし1人は寂しいだろうし・・・こんな風に思うのはやっぱり甘いのかな~それからもうひとつ・・電話でRYUに「車イスバスケをしませんか?」とのお誘いがあった。メンバーを募集しているらしく一度見学に来て欲しいとの事。就職が決まれば無理ですが・・・と前置きして近いうちに見学に行く約束をした。何だか・・何となく・・・いい方向へ向かっているのかしらと1人にやけてしまった。就職でもバスケでもいいからRYUが何か出来る場所を与えてもらえる事はとてもありがたい事だ。本当に感謝です。
2004年06月07日
2日間PCに触らない間にたくさんの出来事が・・まずボ~ちゃんが戻ってきました(チワワンベビー)土曜日の朝、ブリーダさんから電話があり「預かりの男の子の方が離乳がうまく行かず具合が悪いので病院へ行ってる」との事・・クイ~ルも行って4日目で弱って戻ってきました。クイ~ルは帰ってきてAMIを見た瞬間お乳に慌てて吸い付き その後下痢とかあったものの今は元気になり離乳もすすんでいる。でもボ~ちゃんは 目も力がなく グッタリ・・・AMIを見ても無関心。12日も離れていたので。金曜まではブリーダさんがミルクをあげたりエサを色々試したりしてくれたそうで元気も良かったらしいのですが・・・仔犬は弱るとあっという間に死んでしまいます。離乳が早かったのか理由がわかりません。ブリーダーさんもこんな事は初めてと言っていました。とにかく私が面倒みたいからと連れてきてもらいました。戻ってから離乳食を作ってクイ~ルの時に病院で貰っていた注射器で無理やり少し食べさせました。しばらくすると病院の注射も効いたのか尻尾を振るように。一安心してその日の夕方は二女と二男の大会前日の練習があったので旦那と見に行きました。当日はビデオ、カメラが禁止されているので先に撮ることに。2時間半ぐらいで 買い物もすませて帰るとボ~ちゃんはグッタリで立てなくなっていました。「なんで~!」と思い・・・だってさっきは元気になっていたし ペット用のアンカーもいれてあげてるし・・どうしようと思いつつ 注射器にAMIのお乳を搾りました。もう3日クイ~ルもヴィトンもお乳を離していたので結構でました。3ml入る注射器で3回搾っては飲ませました。それからタオルで包みアンカーの温度を少し上げてその上にのせました。旦那と「この子はダメかもしれない」と話しながら様子を見る事に・・・その後家事をしながらバタバタしてると「ク~ンク~ン」と鳴き声が。鳴いてるのはボ~ちゃんでした。そばへ寄るとさっきまで立てなくなっていたのに二本足で立ちかごから出せと騒いでいます。何とか持ち直したようでよかったよかった・・・それから3時間置きにお乳を搾って注射器で飲ませました。お乳を吸ってくれると楽なのですかどうやっても吸おうとしませんでした。そして今日の朝・・・かごを覗くとアンカーの上で寝ていました。撫でてやるとまた「出せ~」とばかりに大騒ぎ。大丈夫だと思いました。元気になったので ヴィトンとクイ~ルの入っている大きいサークルに一緒に入れました。今度は3匹でアンカーの取り合い・・・兄弟だとわかっているのかどうかはわかりませんがサークルの中でのボーちゃんは新顔という事で他の2匹に意地悪をされています。かと言って別のかごに戻すと 大騒ぎ・・仕方なく今も様子を見ながら一緒にしています。離れ離れになるまではボ~ちゃんが一番悪がきで強かったんだけどな~そして今日日曜日は二女と二男の吹奏楽部の福岡大会でした。去年二女は違う大会で全国まで行っています。今日金賞か銀賞が取れれば 鹿児島の九州大会最終は神戸での全国大会です。旦那が今日の夕方から仕事だったので昼頃から出て子供達の演奏だけ見る事に・・・6分の演奏を見て会場外で写真を取って「パパ会社だから先に帰るねー結果でたら電話してよ」と言って帰りました。帰りの車の中で「今年も行けるね~全国へ・・でも2人分だからお金かかるだろうねー」などと話しながら会社に旦那を送っていきました。帰ってくるとまたまた大騒ぎ・・・シーズーのモモコのお産が始まっていたのです。すでに4匹のベビーを自力で産んでくれてました。モモコは出産10数回目のベテランママです。もう7歳前と 犬にとっては高齢な為かベビーはいつもより小さめ・・でも元気にお乳を吸っています。「偉かったね~」と大好きな缶詰をたくさんあげました。モモコは育児も上手で安心です。そしてさきほど 二女と二男が帰ってきました。結果は銀賞で 鹿児島大会出場決定です。よかったね~と言いつつ また練習練習で毎日おそくなるんだろうなー・・・吹奏楽といっても マーチングなので帰ってきたらグッタリ特に二男はまだ慣れていない為帰宅すると勉強どころかご飯の途中に寝てしまうことも・・・嬉しいような でも勉強がついて行かず困ったような。でもひとつの事に必死に頑張ってる2人を見てるとまっいいか~どうせ親の私も大した頭してないし~と思い「高校は推薦か特待だな・・」と狙っております。
2004年06月06日
ここ数日、HPのページの更新に熱中していた私は少々疲れが出てきた。毎日睡眠時間3時間・・朝学校に子供達を送り出してからの仮眠状態・・・疲れるのも当たり前か~と思い今日は更新するのではなく他の方のHPを見せて頂きに行ってお勉強をしてこようと思ったのです。初めは同じペットサイトから飛んで行き、「可愛い♪」とか「きれいなページ♪」とか思いつつ・・そのうちランダムに飛んで行こうとページをめくって行きました。そのうち昔私が体験した事と同じ事を体験された方のHPに行き着いた。日記を読ませて頂くと 初めから読んで行きたくなりずっとかじりつくように読み続けました。その方の毎日の気持ちの移り変わりや考える事など当時の自分に重なり・・・何とも言えない気持ちになった。ひとつ違うのは その方は前へ・・とプラス思考で私は抜け出せないタイプのマイナス思考・・・いつも自分の性格が嫌だなーと思っている私・・気は強いのに 意気地がない。強がるけどすぐに泣く。考え出すと 地球の裏まで掘り下げる・・・カッとなると考えるより先に口から言葉が機関銃のように飛び出して後でいつも後悔する。神経質そうで 大雑把・・・昔旦那にも言われた事がある。「お前の性格って・・・よくわからん」と。私自身が分かってないのだから旦那に分かるはずもない(笑)私は多分考え方も2歳年上の旦那より18歳の息子に近い。そう言えば「もう少し大人になれ」とか「年相応の考え方をしろ」とか言われた覚えもあるな~(-_-;)我が家では夫婦揃って どちらかというと依頼心が強い・・つまりお互い1人は苦手である。旦那も付き合っている時から 1人で出掛けたりする事はなかった(昔おいたをした時は別であるが・・)それはずっと変わっていない。会社の出事とかは別だが。RYUの事故までは4年半旦那と同じ会社だったので忘年会も飲み事も一緒だった。一時期旦那への執着が強いから過去の事や色んな事も忘れられなかったり疑心暗鬼になったりするんだと思い私は自分をしっかり持とう!と意を決したのだが結局何も思いつかず・・・ちなみに旦那はすぐそこの本屋にでも1人で行かない。隣が私の実家なので母に「あんたらはいつまで経ってもベタベタして・・そうかと思えばカナキリ声だして大喧嘩するしハァ~(+o+)」と言われる。本当の事なので 返す言葉もないが・・・これはこれで居心地いいのだが最近考えるようになった。もう数年もすれば子供達も独立していくし旦那だけ見てるのはダメなんじゃないか・・と。(浮気とか遊びたいとかではないので勘違いしないで頂きたいのだが)かと言って何をすればいいか・・う~ん難しい・・旦那と同じ会社で大型に乗っていた頃の私はとても充実していた。毎朝5時起きで家を出て熊本まで7箇所の積み下ろし。止まるヒマも昼食をとる時間もなかったが好きな仕事をしているっていう事がとても楽しかったし 給料もそこらの男性よりもよかったと思う。定年まで働きたかったぐらいである。今でも求人を見るがその会社程の待遇はどこにもないしRYUの将来も決まってない今まだフルで働くのは無理である。取り合えず今はPCという趣味?を見つけたが旦那のいる週末は機嫌が悪くなるのであまりさわれない。やり始めると私は黙々と何時間もやってしまうので旦那はつまらないらしい。今思うと 大型に乗っていた4年半が今までで一番楽しくいい時だったのかなー子供も大分手を離れてたし 同僚もいい人ばかりで大勢でカラオケや飲み会にも行った。旦那も一緒なので気兼ねも要らなかったし・・・うん?待てよ・・・こんな事を考えられるようになった今こそがとっても幸せなのかもしれない。RYUが事故に遭って2年半・・・去年の夏ごろまではこんな事を考える余裕さえなかった。退院してきて半年近くは身の回りの事はすべて私にかかっていたし リハで入院した時も毎日病院へ通い・・去年の秋ぐらいからやっとRYUの体力も安定してきて自動車学校への送迎もなくなったし・・きっと時間に余裕が出てきたってことなのねーと妙に納得(^^ゞ私はRYUが事故に遭った後数ヶ月経った時RYUとある約束をしている。車イスになると分かった後だが(RYUも受け入れていた)「今からのママの10年間をあんたにあげる。その代わり10年経った時には親がいなくても生きていける位までに自立しててよ」と・・・RYUは「え~っ!普通親って一生面倒見てくれるとか言うんじゃないのぉ~」と言ったが「甘えるんじゃないよ~親がいなくなったら100%チビ達(下の子)におんぶに抱っこは出来ないんだよーあんたが頑張らなきゃ!!」とあえて厳しい事を言った。RYUは笑っていたが その言葉は本人の心の中にあるようだ。だから早く仕事を持って自立するんだと常々言っている。私も日頃は忘れているが時々思い出す。後7年・・・その頃には一番下も20歳近くになっている。うん!!7年間子供の為に頑張ろう♪その先はまたその時に考えよう。私の性格の特徴にもうひとつ付け足さなければいけなかった。私は自他共に認める”どうにかなるさ”タイプであった(笑)ここはいい所でもあり悪い所でもありますが。???何を書きたかったのかさっぱり分からなくなったのでここで終ります(#^.^#)
2004年06月03日
先週の土、日曜日長女のテニス部のオープン戦があったのですが、土曜日は試合に行ったものの その夜中から彼女は熱を出しました。「明日の試合どうしよう・・」と言うので「具合が悪いのに無理に行っても迷惑だから休んだ方が良いんじゃない?試合は出るの?」と聞くと「ううん、明日は出ない」と言うので「だったら休みなさい、明日は雨みたいだし」と言う会話をして寝たのです。ところが次の日の朝、8時前に電話が・・・テニスの顧問でした。顧問の先生は2人いて男の先生は何年も前から顧問をしていて女の先生は今年4月に赴任して来たばかりです。電話は女の先生で思いっきりムカついてます!みたいな声で「OOさんは?」と言われたので私も「しまった!」と思ったのです。多分長女は連絡を入れてないんだと思い長女の部屋を覗きに行きながら「申し訳ありません。夜中から熱を出していて今も寝ています」と伝えた。実際長女は赤い顔で寝ていたのだが・・・「困るんですよね!連絡もなしに休まれると!」と言われその言い方に(朝っぱらから失礼じゃない!)と思いつつ「申し訳ありません。私も気付かなくて」と丁寧に誤った。するとその先生は「本人出してもらえますぅっ?!」と言った。切れてはダメ・・・と思いつつその言い方にあまりにもムカッときてしまい「具合が悪くて寝ていますので 叱るのは明日にしてもらえませんか?」と言いました。「はぁ~?」と言われたので私も切れた声で「具合が悪くて寝ているんです。叱るのは明日にして下さい」と言ってしまった。その教師は「わかりました!失礼します」と電話をきりました。連絡を入れなかった私の娘が悪い・・悪いのはわかっているが その教師の失礼さに頭にきました。元々4月にその教師が赴任してきて顧問になってから娘は「部活がおもしろくなくなった。辞めたい」と言ってました。理由は 3月までは部活というより同好会的な感じで男の先生も力を入れてなかったのかどうかはわからないけど生徒たちが 先輩 後輩で楽しくしていたそうです。それがその女の先生が来ていきなりスパルタ式になったようでした。帰る時間も遅くなり 練習試合を見に行っても姿は女だけど 中身は男?って感じでした。部活を強くする為に張り切るのはわかりますが生徒との信頼関係も出来上がらないうちからビシバシッやってもついていけない子がでるんじゃないかなと思ってはいました。現に楽しく部活をしていた娘が行きたがらなくなったし。でもやってる以上はルールは守らなくてはいけないしちょうど日曜で主人もいたので 娘をきつく叱りました。「具合が悪くて休むのは仕方ない。でも連絡を入れるのが当たり前だろう」と。前日に部長さんに連絡してるものと思った私も悪かったのですが・・・話がこれで終ればよかったのですが次の日娘が先生に謝りに行くと「お前なんか認めん!」と目の前で娘の入部届けを破ったそうです。娘が帰ってから半泣きでそう言った時私もカーッとなってしまいました。厳しく叱られるであろうという事は私にもわかっていましたし それはルールを破った娘の為でもあると思っていました。しかしお前なんか・・・という言葉は酷すぎます。「そんな部活はやめていい!」と私は言ってしまいました。お前なんか認めんって言葉は娘の人格自体否定する言葉ではないでしょうか・・・私は4人も子供がいるためか少々の事では学校に文句も言った事はないし 怪我をしたと言って先生が謝ってこられても 「家の子も悪いんですから」と言ってきた。私自身中学の時に教師に否定されるような言い方をされてとても傷ついた経験があります。だからどうしてもガマンできずに担任の先生へ手紙を書き次の日に娘に持たせました。今この日記の中で書いてきたような事をそっくりそのまま・・・娘も退部する事に決めました。男の顧問の先生が昨日電話をかけてきて「今辞めさせたくないし あと一ヵ月半で3年生は部活も終わりだし・・・本人と話し合いをして女教師の行き過ぎた分は本人に謝らせました。」だからいかがでしょう?みたいに言われましたが私はその先生と娘自身の気持ちに任せる事にしました。我が家の下2人も吹奏楽で結構きつい練習をしています。顧問の先生は悪い時は引っ叩いたりもするそうです。それに対して腹は立ちません。悪ければ怒られて当然だし行きすぎでなけれは体罰も気にしません。でも理不尽な事で自分の子が叱られたり今回のように娘が悪いにしてもその子の人格を傷つけるようなヒステリックな叱り方は許せません。私の考え方がおかしいかなーと思いつつ・・・他のお母さん方ってどうなんでしょう???
2004年06月02日
今日RYUがお友達とドライブに行った。数時間経って夕方我が家の前で話をしていたようだが、しばらくするとRYUの呼ぶ声が・・・「何?」と行ってみるとお友達の車のバッテリーが上がってしまったらしく エンジンが掛からない・・・「エンジン同士繋げるケーブルある?」と言うので「確かあんたが免許取った時に買ったはずよ」と探してみたが見つからない・・・「おとんに聞いてよ」と言うが喧嘩続行中なので 掛けたくない・・でもいつもRYUを外へ連れ出してくれる友達が困っているので仕方なく電話をかけた。「もしもし・・」と言うと第一声が「電話もメールもせんのやなかったんや」・・・こいつ~~っと思いつつ「緊急事態です!」と言い状況を説明した。「RYUの車のトランクの左下に入ってる」と聞き「ありがとうございました!!」と電話を切った。お友達の車は無事エンジンがかかりみんなで「よかったよかった」と一安心。しばらくエンジンを温めお友達は帰って行った。その後片付けRYUの車を車庫になおし家の中に入ると 携帯に着信お知らせが・・・旦那である。どうしようかと思ったものの多分車の事を聞きたいのだろうと電話・・・「どうやったか?掛かったか?」と聞かれたので「うん。エンジンが止まらないうちに帰ったよ」と伝えた。「そうやー」の後に昨日の事が・・・来たか~と思いつつ私も昨日とは違い冷静に話をした。旦那いわく「俺の言い方も悪かったけどお前もこうやろうが・・・」の言い方に私も素直に悪かった点は認めた。「こういう所は こうして欲しい」と言いたい事はいい旦那の言い分も聞いた。「とにかく何も言わずに飛び出すのは卑怯だし 探すなと言われても心配だから探す」と言われ「ごめんなさい」と誤った。我が家の喧嘩はいつも こういうパターンで終る。はぁ~?と思われるかもしれないが 私達夫婦は年に2~3回こんな喧嘩を繰り返しながら16歳で付き合いだしてから23年今に至る(~_~メ)おバカなカップルである。それは子供達も よく分かっていて「もう喧嘩はすんだ訳~~~」とバカにする。長男に至っては「ほんっと!犬も食わんわ~あほらしー」と言ってのける。「これこれ、君達親に向かって・・」と思うが本当の事なので仕方ない。若い頃はもっと死ぬの生きるの 別れるの別れないのやっていた為か子供達にはしっかり免疫が出来ていてワーッと始まりだすと1人また1人と自分の部屋へ戻っていき時間を見計らって「もう終った~?見たいテレビあるんだけど」とこうである。きっと私達夫婦はこれから先も しょうもない喧嘩を繰り返しながら仲良くやっていけると思う・・・おのろけですみません(^_^;)
2004年06月01日
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