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2011年3月11日、PM14時46分。地震発生。 その30分後くらいに津波が来たようです。 私は地震直後に原因不明の停電によりテレビも一切観られず、地震の震度や震源地等の情報が遮断されたまま。 電気もつかないので化粧も出来ず、信号もとまっていると予測していたので早めにすっぴんで仕事場へ向かうことになりました。 結局、津波の映像とか遮断されたまま見たことがなかったので…初めて見たときは衝撃的でした。 私の親戚も…先日、無事が確認されましたが…津波の被害により家を流された一人です。 命が無事だっただけ幸せなことですが、生きていくには沢山の課題があります。。 津波の被害で家を建てるのにはまたローンを組んだり、はたまた新築だった場合には保険加入していなければ二重にローンを抱えることになるし 車も購入となれば…二重、四重ローンとなり…被災者を苦しめる結果に。 今はまだ地震直後だから、そこまで考えている余裕がないかもしれないけれど、時間が経過するにつれて被災者にとっては頭を抱える日々が待っているかもしれません。 だから「生きていて良かったのか?」「こんなことなら…」と思う人もいるかもしれません。 実際、自殺してしまった被災者もいます。 これから復興に向けて私たちは義援金を継続すること、被災地の品物を購入したりすることで協力出来ればと思います。 義援金も一回きりでは無意味だそうで、継続することが重要なのです。私もこの地震のことを忘れないために義援金の協力をしたいです。(被災地の動物たちにも) 現に地震後から変な現象が起こり、人々の感覚が狂ったようにガソリン、乾電池、懐中電灯、パン、牛乳、トイレットペーパー、水…とありとあらゆる物がこの群馬だけでなく関東地方で不足。 未だに水や牛乳、乾電池は流通していない。 ここは被災地ではないのに…みんなパニック状態になって買い占めや相当神経質になっているようです。 そう思うと私は冷静に避難リュックを用意して、余震のたびにドアを開けてました。 地震があったらドアや窓は開けた方がいい。家が押しつぶされたとしてもドアや窓が開いていれば逃げられるからです。 日本人の記憶からこの震災がいつの日か忘れ去られないように…。 絶対忘れて風化されてはいけない事柄なのです。
2011年04月06日
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