もいっか★フィンランド

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博士論文公開審査

博士論文公開審査


私は昨年の9月より、フィンランドの大学院に留学している。 専攻はコミュニケーション学。「なぜフィンランド?」という素朴な質問に応じるスペースがないのは残念だが、将来はこちらの博士課程に進学を希望している。さて欧米の大学では、博士課程の最終段階で博士論文の公開審査が行われ、ここフィンランドの大学も例外ではない。ただ、その儀式的な審査と一般大衆への公開性は、幾分ユニークである。ここではフィンランドのケースを関係者や、実際の審査に臨んだ博士号取得者の談話を参考に紹介してみたい。

当たり前だが、公開審査に臨むにあたって、まず博士論文が論文委員から許可されなくてはならない。論文委員は通常、3名からなり、いずれも博士候補者の所属とは異なる学部、大学から招聘される。慣習的に3名の内、1名は海外の大学から呼ばれることが多い。次にこれは最近までの話だが、フィンランドでは公開審査前に論文を出版しなくてはならなかった。大学出版と商業出版の選択肢はあるが、後者の場合、出版までに半年近くかかるといわれている。博士号取得に手間取る、と言われた理由の一つにこの手続き上のハードルがあった。だが現在は、未出版の段階で公開審査をできるように制度が改正され、博士候補者の多くは安堵しているようだ。

さて論文の出版段階までこぎつけると、いよいよ公開審査の日程を定めることとなる。審査会場の確保や審査後のレセプションの準備等、大学機関からの援助はあるが、基本的に本人が執り行なければならない。予算については、大学、所属学部で一部負担してもらえる。日程が確定すると、最終段階として公開審査スケジュールの一般公開がある。俗にプレスリリースと呼ばれ、審査当日の数日前に、一般の新聞に審査スケジュールが掲載される。当初、私はこの普通紙で、しかも本人の写真付きで予告されることに驚かされた。

審査当日。理由は特に無いようだが、公開審査のほとんどが正午過ぎから始まる。関係者はもちろん、博士候補者の家族、親類、友人の多くが参加。一般者の参観も当然可能で、「何人も拒否することはできない」(審査手続係)とプレスリリースの件も含め、公開の原則が徹底されている。これに乗じて私も実際に数回ほど、視聴してみたが、大体40~50名、多い時は100名ぐらいが集うイベントとなっていた。当日の主役である博士候補者、対立論者(論文委員から1~2名が選出)、そして護衛官と呼ばれる仲裁役(通常、候補者のアドバイザーが務める)は、正装に黒のガウンを着用して登場、護衛官の木槌で審査の開始が宣言。さながら法廷の一場面のようだ。

審査はまず博士候補者が、論文内容を正味20分程度で紹介。次に対立論者が簡単なコメント(論文の学問的な重要性など)を述べた後、両者の質疑応答に入る。海外出身の対立論者の場合、質疑が英語になる。 議論の内容は本当に多様で、具体的な研究方法や事実の確認がある一方、論文内容を超えた議論が展開することもたまにある。質疑応答が二時間弱行われた後、対立論者が、「本論文を承認します」と宣言。博士候補者はさらにここで、「私の論文に関して、批判やコメントがある者は、護衛官に許可の下、述べて頂きたい」と視聴者に対し批判を求める。儀式的なゼスチャーなので、実際に質問、異議が出ることは稀だ。やがて視聴者からの「沈黙」の承認を確認すると、護衛官が公式に論文の承認を宣言し、木槌の乾いた響きとともに審査が終了。この瞬間、新たな博士が誕生する。

審査終了後、博士取得者は会場をいち早く退出し、参加者の出迎え準備に入る。参加者は大列をなし、順番に博士取得者を称えていく。祝福の花束やプレゼントが手渡されることが多い。ここは感動的なシーンで、赤の他人の私でも思わず映像に収めたくなる。

博士候補者、取得者とのインタビューで、多くが「時間がかかった」「審査までにたどり着くまでに疲れた」と語る。審査に臨む不安、緊張よりも疲労を表明する者が多かったのが少し意外であった。「審査で論文が却下されることはまずないし、セレモニー性を強調しすぎて、建設的な論争が生まれにくい」という批判もあった。ただフィンランドの公開審査には、一般公開の徹底性と通過儀礼の側面があるのではないか。論文内容はもちろん、一般に対するプレゼンテーション能力や、英語で行なう場合、語学力も審査で問われるからだ。私のいる大学では毎年、約100名前後がこの公開審査に臨む。(2004年1月)

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ポスト・スクリプト

某大学の機関紙に寄稿したものを転載。もしフィンランドで博士課程にそのまま進学することになれば、僕もこの公開審査の洗礼を受けることになる。なんとなく憧れるな。



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