♪アトリエえんどうまめ 今季洋の日記。

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2006.02.19
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スピリチュアルな衝動に身を任せて

私の場合、
アセンダントの影響があるのかな。

魚座7度。
「岩の上に横たわっている十字架」。

仏教の説話の中に
炎の中に身を投げて
死んでしまって

といったウサギの話が
出てきます。

それとそっくりの夢を
けさ、
起きがけに見ました。

スピリチュアルなレベルというのは
人の生死など
軽くはるかに越えてしまっているところがあります。

人は寿命が来れば誰でも死ぬしね。

重心を
どこにおいて生きるのか、


霊的生活において生きるのか、
社会生活において生きるのか、
個人生活において生きるのか。

それが、問われることは
よくあります。


人にはあると思います。

もしくは
すべてを統合した生き方を
めざすことも
きっと、可能です。

ライフシンボルの
9分割のマトリックスを
思い浮かべます。

浮きと重りの比重で言ったら
その重心をどこに置くかは
ひとりひとりが
選択する自由を持っているのだと思います。

個人生活にウエイトを置く人。
社会生活にウエイトを置く人。
霊的生活にウエイトを置く人。

そのウエイトを置く場所は、
同じ人の中でも
年齢とか状況によって
当然、変化するものでしょう。

わたしは、どうするかなぁ。

すくなくとも、
今日、どうするかなぁ。

社会生活を優先するかなぁ。
霊的生活を優先するかなぁ。

今日という一日を
どちらを選択して
生きるかなぁ。

普通の社会では、
「長生き」は「幸福」と
みんな思い込んで生きているところがあります。

なので、長く引き伸ばした生き方をします。
明日のために、今日を犠牲にしたりします。

そういう横のばしの生き方ではなくて、
縦に生きる生き方に「気づきなさい」と
スピリチュアルなものは
言っているところもあります。

今、というこの瞬間瞬間を
せいいっぱいいきいきと生きる
その積み重ねとして
人の人生は存在する、という
考え方。

このふたつは
どちらかひとつはありえなくて
クロスしているものなのだろう、とも
思います。

選べる自由があるということ、
自由は難しい。

自由を目の前にして
それを自在に使える人は
すばらしいと思います。

そういう人は
なかなか居ない、とも思います。

限りない自由を目の前にした時
わたしは喜びよりも恐れを感じます。

逆にどうして良いのかが、わかりません。
自分が「無」になってしまった感覚を持ちます。





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Last updated  2018.11.21 11:25:12
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