♪アトリエえんどうまめ 今季洋の日記。

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2006.09.14
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はるか遠くの恒星に

とりもなおさず

自分自身の
内側への旅を
深めてゆくということ。

ワーグナーの
『ニーベルングの指輪』でも
そうであるように


映画もあったけど、

神々が失われる時が
来ることを
予告する
作品は
数多く存在して居たわけで。

現在においては
「神々が喪失される」という
この言葉の持つ意味を
認識できる人のほうが
逆に少なくなってしまって

思います。

神様に頼らない生き方をすること。

神社が荒れ果てること。

まじないや
祈祷や

頼る生き方が
喪失されること。

というような
理解をされているのが
一般的かと
思います。

まず
江戸が終わって明治になり

そして
特に
戦後において
天皇=神とした
その思想性が
根本的に間違っていたものとして
排斥された
そのあたりから

日本の空気の中に
存在していた
曖昧とした
虚の存在。

それは
神であり
妖怪であり。

それらが
一掃されてしまった感があります。



それはそれで
大きな時代の波かと思うので
良いことでも
悪いことでも
ないはずだ。



わたしが
知っている
神がいて。

わたしは
それこそが
喪失された
神であると
考えたり
感じたりしていて。

これを
何とか
再興させたい
わけです。

とは言っても
特定の宗教では
ありません。
あたりまえですが、
念のため。

ひとり
ひとりの
神話を
取り戻したい
わけです。

それは
作品への同調能力さえ持つことができれば
現代に残る
古い時代の制作物から
リーディングすることは
とっても簡単です。

縄文時代の土器。

紀元前の陶器。

シルクロードの遺物。



当時を生きた人たちは
自分自身の中の神とともに
生きていたことが
わかります。



私が生きてきた
50年近くの時間の中で

わたしは
ほんの数人の
自分自身の神と
共に生きている人との
貴重な出会いを
体験することが
できたように
思います。

その人たちは
芸術家であったり
神秘思想と関わりのある人たちであったり
しました。

その人たちが
ほんとうの
「人」だと
わたしには
思えます。

花開いて
自然体で
生きている
人たちでした。



こう書いてしまうと
凄い人たちだけが
そうであると
思われてしまうかもしれないけど

そうじゃあない。

ご近所の
路地裏の
普通の家に住んでいる
おじさん
おばさんの中にも

自分自身の神とともに
輝きながら生きている人たちは
たくさん居ます。

今でも
居ます。

中世の絵に
太陽の中に
顔が書いてあるのが
たくさんありますが

町の片隅の
おうちの中に住んでいる
おじさん
おばさんは

そんな感じ。

そんな感じに
輝いています。





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Last updated  2019.01.18 10:52:20
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