もっぷ道-season13-わがままなおしゃべり

もっぷ道-season13-わがままなおしゃべり

September 11, 2019
XML
一週間前の夕方 思いがけない電話があった

相手は横浜の義叔父

春から叔母が闘病してて ずっと気にはなっていたが 悪い内容だったら・・

・と思って近況を聞けずにいた

そこに義叔父からの電話

あっ丁度良かった と思ったくらいだった

が 電話の要件は  叔母の危篤

11時間もかかった手術の後は 体調に波があり 入退院を繰り返していたと

のこと

すぐ

来てください と連絡を受けたという

茨城の叔父も駆けつけてくれている  と

詳しい日時は聞いていないが 呼び出しは火曜の深夜だったのだと思う

本家の叔父に何度も連絡を入れているがつながらないと言う事だったから


にほんブログ村 主婦日記ブログへ


連絡の取れない叔父や兄への連絡を買って出て 義叔父には叔母の元で励まし

てくれるように頼んだ


術後 抗がん剤治療はしているのか 気になっていたので聞くと  体力が無く

て治療が出来なかった らしい

病気が分かった時点でかなり状態は悪かった

どのくらい生きられるのかもドクターはハッキリ言わないと 術後に叔母と電



調べてみると1年間の生存率はかなり低い

そこに転移もあったので 月単位だったのか・・・とショックを受けた



その後も気になったが 義叔父は病院に詰めているだろうし 連絡している場

合じゃないだろう

何かあれば知らせが来るだろうと ジッと待つだけ

ここまでやったら叔母は大丈夫

そう思いながら草を刈った

けど メダカやエビが茹だった日  全部終えたらきっと叔母は元気になる  と

思いながらやったけど 暑くて暑くて フラフラ 喉が渇いて どうしてもダ

メだった

あと数時間・・・ 出来なかった   叔母の願を掛けたのに



すると その日の夜 兄から電話があった

義叔父が病院から  もう治療出来る事はありません  と宣告されたとの事

そこで  日曜日に人工呼吸器を外す事にした  と



あぁ まだ生きていた  と思ったと同時に  じゃ 日曜日が命日になるの



母が心肺停止で運ばれて 蘇生しても回復の見込みがなく 機械で心肺蘇生を

していたのを止めるかどうか確認を求められた時 やっぱり罪悪感があった

その機械を止めたら私達が母を死なせたような気がして

でも 義叔父の場合は人工呼吸器だから もっと大きな決断だっただろう

苦渋の決断だったろうなぁ・・・



私が前日除草をやり遂げていたら 結果は違っていたかしら

そう思って 翌土曜日 今度は朝7時から 暑くなる前にやり 9時過ぎ頃に

はやり終えた

それでも 叔母はもうダメなのかしら





日曜日 人工呼吸器を外したはずだけど 外したらすぐなのかな

どんな状態なのか詳しい事が分からない・・・

すると 夜になって 兄から  人工呼吸器を外して 酸素マスクを付け 自立

呼吸を促している状態らしい  と知らせが来た

人工呼吸=呼吸が出来ないと思っていたが 酸素マスクをしていると言う事は 

すぐではないって事

ちょっと安心した




そして 月曜日夜  兄から 叔母の意識が戻った との連絡を受けた

危篤という言葉を聞いた時から 既に葬儀の話が出ていたが意識を戻したなら

一安心

ただ 手術でとりきれなかった癌はそのままあるし 完治した訳でなく 綱渡

りなのは依然として変わらない

でも この一週間 これまでにないくらい叔母の事を考えた

母が急死して 叔母を母代わりに慕っていたのにその存在まで失うのかと

叔母と会えるうちに会いに行きたいと思った



去年 叔母が母の墓参りで来た時に妹と食事をした

そんな時間が いつまでも持てると思っていたのに





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  September 11, 2019 05:10:08 PM コメント(1) | コメントを書く
[実家の事   母の死後] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: