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台湾人メル友とのやり取りで得た知識、感じた事、興味深かった事を少しずつ書いていこうと思う。今日は一番幅広ーく話しをしているミンくん(ニックネーム)の事を中心に書いていこうかな☆ミンくんは23歳の大学5年生。なぜ5年生か・・・というと徴兵逃れの為、わざと留年したそう。もちろん留年したって卒業した後は兵役に行かなくてはならない。兵役に行く前に日本語を勉強したくて留年したそう。まだ日本語を勉強し始めて1年半、というが・・・かなり上手!!「あれ?私の文章理解できなかったかな・・・?」って思う事もあるけれど。過去・未来・現在の表現を少し苦手にしている様子。日本語の勉強を始めた一番のきっかけは1年半前に九州&東京を旅し、すっかり日本が気に入ってしまったそう。それと、幼い頃から当たり前のように日本文化が身近にあったことらしい。ここらへんの日本文化の話しはまた今度くわしく・・・☆ * * * * * * * *彼の言う「日本大好き!」の中に台湾人としてのコンプレックスも見え隠れしている。台湾には台湾にしかないよさもあるのに・・・☆ * * * * * * * *日本より台湾が勝っているもの、といえばまず「学歴」だろう。台湾は非常に学歴社会だ。日本は学歴社会だ、と思っていたが、彼らから言わせれば「日本は能力社会だ」そう。大学進学率は日本を上回っているし、むしろ大学だけでは足りない、と言う。まだまだ先進国との物価の差はあるものの、海外の大学院へ留学する人も多く(実際メル友にシアトルの大学院に行っている人がいる)エリートが優遇されているよう社会のシステムができているそう。その中でもアメリカ・日本は人気だ。学歴主義が根付いているなぁ・・と強く感じる事があった。台湾の現総統・陳水扁を支持できない理由に「海外留学経験がないから」という理由を何人からも聞いた。・・・とはいえ、陳氏は台湾の東大、ともいえる台湾大学出身であり、大学在学中に弁護士の資格を取得した秀才だ。 ★陳総統に関してはコチラ★ちなみにこの台湾大学も日本統治時代に作られ・旧帝国大学。 大戦中日本国内の旧帝国大学に通っていた台湾人は戦後無試験で台湾大学に入学できたそう。ちなみに大戦中・京都帝国大学に通っていた李登輝前総統は戦後台湾大学に入っている。対して、陳総統の対抗馬・馬英九国民党主席。馬氏は尖閣諸島問題や歴史問題などで日本を牽制する発言を行っている事でお馴染み。馬氏は香港出身であるものの、台湾大学を卒業した後・国民党の奨学金を得て、アメリカへ留学。ニューヨーク大学で修士号、ハーバード大学で法学博士号を取得したのち、弁護士としてアメリカの複数の法律事務所に勤務した。その後、蒋経国総統の個人通訳をするなど経歴は華やか。彼ら曰く「陳総統は国家元首にふさわしくない学歴だ」という。私が「いや、むしろ純台湾産みたいでいいじゃない」と言うと「英語も話せないし恥ずかしいよ」と・・・★・・・・うーーーん・・・(-_-:)もちろん支持しない理由はそれだけでなく、対中対策の迷走が大きい。次の選挙ではまた国民党が政権をとって・馬氏が総統になるだろう、彼らはそう言う。彼らは香港出身の馬氏が国家主席になる、という事に違和感は感じないらしい。馬氏は温和・清廉なイメージと俳優並のルックスを持つため人気もきわめて高く、次期総統の最有力候補とマスコミに持ち上げられる事も多い。馬氏に関してはコチラ★台湾はもともと住んでいた原住民が2%17世紀頃~大戦終了までに大陸から移民してきた漢民族 82%(以上、84%は日本統治時代を経験した台湾人。本省人、と呼ばれています。)そして、大戦後・大陸から移民 16%(外省人と呼ばれています。)元々よそ者ばかりのこの国柄、という事もあるのだろう。陳総統率いる民進党は今まで政治の表舞台に立つことができなかった本省人で結成された政党だ。問題は多いものの「頑張れ」と思わずにはいられない。 * * * * * *彼らの本音としては「中国は嫌いだけど、戦争は嫌」なんだろう。彼らが中国が好きではない、というのに少し驚いた。彼らは学校で中国大陸に関してどのように教わっているんだろうか・・??興味がある。。。ちなみにこんな意識調査を発見★↓*2000年に行った中華民国国民に就いての意識調査*自分自身のアイデンテティについて。台湾人であり、中国人ではない=42.5% 台湾人であり、中国人である=38.5% 中国人であり、台湾人ではない=13.6% 私は彼らから聞いた話しだと、独立はどうかと思うけれど、現状維持できたらいい、そう考えている人が多かった。「独立したい」という意見はまだ直接聞いた事がない。「独立というと聞こえはいいが、台湾人同士(本省人と外省人)の対立を煽るだけだ。」という意見もあった。台湾には日本同様、中国からの不法入国が絶えず・彼らが犯罪を起こすことも多いそう。ミンくん曰く「日本にはもともと犯罪がなかったのに、中国人が不法入国してきて・中国人が日本人に犯罪を教えた。だから日本では犯罪が増えている」んだそう・・・(苦笑)彼は兵役を終えた後、日本で働きたいと考えている。。。日本をすごくいい所だ、と思っている。。。どうしよう。。。(@。@)「どこの国だって馬鹿はいるよ。日本だって、台湾だって、アメリカだって、馬鹿はいるからね。」と言っているけれど・・・。。。もちろん彼は中国人=悪者、という偏見だけで批判しているわけではなく「中国は都市部以外はうんと貧しいから、彼らは犯罪を起こすんだ。」とも言っている。ちなみに女性の密入国者はやはり性産業に従事することが多いらしい。台湾は日本と違い風俗店はNGらしい。なので店舗を堂々と構える事ができないのでマンションの一室でコッソリ営業するそう。日本でもこういう店ありますわな。中国人の他はベトナム人が多いそう。日本の性産業への偏見のなさや大っぴらさには驚く人も多く「maicoは恥ずかしくないの?」と何度か聞かれた。「恥ずかしくないよ。ああいうお店があるから日本は性犯罪が少ないのかも。」と無難に答えている。 ★ ★ ★ ★ ★ ★こちら↑ 小林よしのり著 台湾論ん?なんか違う??、と思う点もいくつかあるものの、台湾への知識を手軽に深めるのにオススメ。台湾論にもくわしく書いてあるけれど、日本統治時代を経験している世代は日本への思い入れが強い。「たまたまそういう人がいただけでしょ」なんて思っていたし、実際に足を運ぶまで半信半疑だったが、実際に行ってそれを実感した。朝、日本語の歌を公園で歌っているおじいさんも観たし(かわいい・・・)日本人とわかると何人もに話しかけられた。「日本はどぉ?小泉さんはどぉ?」などなど。。。彼らにそのことを話してみると「うん。日本の管理や体制のよさは年寄りはよく言うよ。」と。今でも日本語のカラオケのサークルや短歌のサークルがあり多くのお年寄りが活動している、との事。ミンくんは「きっと台湾だけじゃないと思うよ。アジアにはそういう思いを持った人、多いと思う。」と言っていた。・・・そっか・・・。。考えた事もなかった。。日本は日本兵として戦って亡くなった台湾人戦死者に対して充分な弔慰金を支払えていなかったり、きっと不満もなくはないと思う。けれども彼らにとってかけがえない故郷なのかもしれない。 * * * * * *ちなみにこういった話しは男の人のほうがくわしい。徴兵制度もあり、背を向けることができないのかもしれない。女のこに「台湾について教えて」と言っても「ごめんね。勉強するから待ってて。」と言われてしまう。気楽なメールもいいものなんですけれどね(^▽^)女性の目からみた台湾も聞いてみたいのが本音です。まだまだ書きたい事は山ほどあるけれど・・・キリがいいので続きはまた今度♪さて・勉強しなくちゃ・・・!次こそ合格!そして北京語始めたい!!!★
2006年02月11日
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何度もこのブログで取り上げているこの詩。 しつこくてごめんなさい(@。@)手帳にもはさんでいて・何かあると見るようにしている。雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 欲ハナク 決シテ瞋(いか)ラズ イツモシズカニワラッテヰル 一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲ食ベ アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ 小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ 南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコワガラナクテモイイトイヒ 北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ ヒデリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハ ナリタイ 人は欲があり、人より優位に立とうとする事によって進歩するのであって、欲もなく生きるなんてきっとつまらない。だからこそこの詩は理想論でしかないのかもしれないけれど、人間のあるべき姿を書いたこの詩には何度読んでも心を動かされる。無理や期待を押し付けるのではなく、ただただ謙虚に全てを受け入れる。当時不治の病と言われた肺炎を患い、病床で手帳に書き記したこの詩。死への不安、覚悟そして生への渇望が文章からにじみでている。 * * * * * * * ☆宮沢賢治文学とは?☆賢治の芸術の根底には、幼い頃から親しんだ仏教、特に後に帰依した国柱会(※1)での法華経による献身的精神があるとされる。しかし法華経は宮沢家の宗派(浄土真宗)と違っていたので、それが父親との対立を生んでしまった。実際、妙法蓮華経に興味を示し日蓮宗へ改宗した時、賢治は家族も改宗する様に説得したという。しかし、厳格だった父はそれに応じなかった。一方、妹のとしは妙法蓮華経に誘われる前、キリスト教にも興味を示していた。だが、賢治はとしを強引に妙法蓮華経に帰依させてしまったという。賢治について書かれている本の中には「宗教にはまり・・」と否定的に書かれているものも多い。無理な上京で体を壊したのも、この対立と無縁ではなく、父子対立は賢治の文学に影を落としているとされる。(しかし賢治が死の床で法華経を印刷して頒布してほしいという願いを口にしたときには、父はそれを許している。)また特異で旺盛な自然との交感力は作品に個性的な魅力を与えた。従来、文学的側面のみが語られてきたが、「教師としての宮沢賢治」の素晴らしさを記述する考察も近年現れている。また、一生女性との性体験を持たなかったことに着目する論考もあるそう。☆宮沢賢治とは・・?☆明治29年8月27日、岩手県花巻町(現花巻市)にて誕生。(戸籍上は8月1日生まれになっています)小学校五年生の時、賢治は父親に将来何になりたいかを訊かれ、「むやみに偉くならなくてもよい。」と答え、家族全員を驚かせたそう。盛岡中(現盛岡第一高校)、盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)を卒業後、稗貫農学校(のち花巻農業学校)や郡立農蚕講習所で教鞭を執りながら文学活動を続ける。15歳頃から短歌を書き始め、22歳頃から童話を書き始めます。同人誌などで活動しながら、自費出版なども行った。(初めての自費出版は「注文の多い料理店」29歳の時、草野心平と知り合い・彼の積極的な紹介により、宮沢賢治の名前は少しずつ知られるようになっていきました。ちなみに草野心平は蛙の詩でもよく知られる詩人。海外への関心が強く・慶應義塾大学を中退し、中国の広東嶺南大学(現・中山大学)に進学するも、排日運動により、帰国せざるを得なかった。1937年のいわゆる南京虐殺事件のとき、南京に滞在していたことでも知られるが、当時の彼の日記に虐殺の記録が一切見られないことが、南京事件「捏造」問題の証左のひとつとも言われている。在中時代は、焼き鳥屋をやっていた経験を持つ。そんな矢先、病床に倒れ昭和3年 32歳の若さで急性肺炎を患い以後病床での日々。敬虔な日蓮宗の信者であった宮沢賢治は亡くなる直前に自分で「南無妙法蓮華経」と唱え、また遺族の手を煩わせないようにと、自分でからだを脱脂綿できれいに拭いてから亡くなったという。最期の言葉は「今夜は電燈が暗いなあ」。享年37歳。※1 国柱会(こくちゅうかい 國柱會)は、元・日蓮宗僧侶である田中智学(たなかちがく)が還俗して明治17年に設立した法華系の新宗教。日蓮系教団の中ではエリート集団を標榜し、入会はきわめて難しい。明治36年(1903年)、日蓮を中心にして「日本國はまさしく宇内を靈的に統一すべき天職を有す」という意味の「八紘一宇」を『日本書紀』巻第三神武天皇の条にある「掩八紘而爲宇」から造語し、大正2年(1923年)3月11日に機関紙の国柱新聞に「神武天皇の建国」においても言及した。この思想は軍部に取り入れられ、八紘一宇・五族協和思想のバックボーンの一つとして極めて重要な役割を果たした。一方で、大衆集会や演劇などや秘密結社的雰囲気が一部の知識人に受け、特に当時の文学界に一定の影響を与えている。戦後はその政治的主張を徐々に薄めつつあるが、田中智学やA級戦犯の烙印を押された東条英機の墓所を設けるなど戦後もその役割は大きい。
2006年02月08日
台湾に行く前、情報を集める為に募集した台湾人メル友。半年近くたった今、何人か途切れたものの、大体は続いている。「今はすごく忙しいので、時間のある時に返事するから!」と伝えてあるので最近あまりメールのやりとりはしていないけれど、「風邪ひかないでね」や「仕事、試験頑張って!」や関東が大雪の時は「大丈夫??」とメールをくれたり。(英語で文章綴るのはもちろん、nativeでない相手にわかりやすい日本語で文章を綴るのも、けっこう時間がかかる。)前回の試験の時はお守りのシール(?)を送ってくれたこもいた。(なのに不合格でごめんなさい・・・。。。)外人の友達というのが物珍しくて気を使ってくれるんだろう。それと「日本人は礼儀正しい」、台湾人何人もに言われた。(きっとどこの国の人もこう思うだろう)そのイメージもあってか、律儀にいろいろ気を使ってくれるんだろうか。 * * * * * *何人かとは歴史や政治・国際情勢の話しなんかもする。ここらへんもすごく興味深い。時間ができたらアップしたいと思う。お互いの国に興味があるので、本当にいろいろな話しをする。読んだ本、歴史、経済、両国の教育制度、給食の話し、ドラマ、映画・更には両国の性産業の事も(笑)日本=性への規制が緩いというイメージがあるらしい。ひどい人だと日本の女のこ=AV女優、だそう(笑)日本への偏見や勘違い。これもそのうちアップしますね☆ * * * * * * *こう考えてみると、彼女たちとのメールのやり取りで得た知識や情報でブログが作れそうなくらいある。みんなに知ってほしい事、考えてもらいたい事。それもたくさんある。やっぱり、まだブログ続けてみよう。日台の架け橋なんて言うと大袈裟すぎるけど(笑)台湾一人旅に行って、すっかりはまってしまったのもきっと何かの縁だろう。こうなったら台湾通になってみよう。北京語にも挑戦したい。(全て試験後までお預けですが)もちろん、台湾だけにとどまるつもりもありません(^▽^)いろいろな国について深く知っていきます☆もちろんこれからも、その時感じた事・興味を持った事・映画やTVなどなどノンジャンルで書いていこうかな。時々、台湾情報アップしていきます☆ * * * * * *ブログの閉鎖を考えていた理由は内容に関してのクレームが身近な人からありました。悪気はなかった事はわかります。それ以来思うように文章が綴れなくなっていました。誰の為のブログか?それ以来考えていました。閉鎖をしてまた新しいブログを開設する事も考えたのですが、それだとただ彼から逃げるだけになってしまう。そう思っていたのでこのままブログを続けるか・もう一切ブログをやらないか、考えていました。少し考えてみて、やっぱり文章を綴っていきたいなぁ、感じた事や情報を発信していきたいなぁ、と。今はまだ超多忙な日々ですが、また落ち着いたら更新します。未熟な私ですがこれからもお付き合いください☆メッセージ・メールをくださった皆様、本当にありがとうございました!!!!感謝(^人^)これからもよろしくお願いしますね☆では・これから勉強します!一日40時間欲しい~~~~~~~~~~****
2006年02月04日
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