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実は14日の朝、起きてこなくて、心配になって救急車を呼んだら、脳内出血とのこと。ともかくその日は何も出来ないのでみんな家に帰りました。
で、それから意識の無いままずっと病院の集中治療室に入ってました。
それが、今日の午後いつものように母親が病院に様子を見に行ったら、看護婦さんの動きがあわただしく、
「あ、お母さん、何度も電話したのよ。ちょっと呼吸が乱れているから、ちょっと見てて。」
といわれたそうです。いわゆる急変ってやつです。
それからしばらく病院にいたらしいのですが、また動きがあったら知らせてくれるというので、母はいったん家に帰りました。その数十分後、また病院から電話が有り、
「お母さん、もうホントに危ないから急いできてくれる?」といわれ、あわてて病院に行ったそうです。
病院についてから先生に聞くと、もうホントに5、6分かもというところまできてたみたいです。母もあわてて、先生に
「家族呼びますか?」
と聞いたのですが、そんな暇はないといわれ、それからすぐ亡くなったみたいです。
その直後、私に電話があり、あわてて早退して病院に駆けつけた次第です。
そのときはもう、どうなってるのか自分でもわからないくらい混乱してました。まあ、ずっと昏睡状態だったので、どうなるかわからないとはいえ、いざとなると手が震えたり、どうしていいかわからなくなっちゃいますね。。。
これを書いているのは全てが終わった27日なので、結構冷静に書いてますが、そのときの自分のあわてようといったら、なかったですね。
まあ、そんなわけで、初めてのお葬式体験(主催者側)です。
いざ、身内が亡くなると、悲しみよりも混乱のほうが早く来ます。ので、家に帰った後も結構ハイテンションで、家の片付けや掃除を早く進められました。
今回は密葬で行ってしまうという父の方針だったので、とりあえずいったん御祖父さんを家に帰して、そこで葬儀屋さんと話をする。次に、火葬の日取りを決めて、火葬場から直接お寺に行くということになりました。
「なりました。」って簡単に書いてますけど、とにかく父親も母親も父親の妹もみんなどうしていいかわからなくなってたので、比較的冷静な私があっちこっちの対応をしていました。(葬儀社との連絡、お寺との連絡、夕飯の買出しなどなど。)
とにかくその日の夕方におじいちゃんが帰ってきて、仏壇の部屋で眠っていました。
私は今まで、ほらドラマとかで身内がなくなると「寝ずの番」っていって、遺体の隣で一晩過ごすとかやってるじゃないすか。あれって気味が悪いものなんじゃないかなって勝手に思ってたんですが、いざ自分の身内が亡くなって、脇にいても全く気味悪くなんか無いんですね。むしろかなり普通にただ寝てるだけみたいな感じでした。
寝ずの番は父親がやると言い出しました。しかし、私もなんだか寝付けなくて、パソコンをいじったり本を読んだりしてました。すると、1階の仏壇の間の方から、父親の泣き声が聞こえてきたんです。
やはり肉親の死というものは、よっぽどこたえるものなんだなと改めて感じました。
しかし、一時間近く経つのにまだ泣き止みません。自分の父親が亡くなって、おかしくなっちゃったかと心配になり、祖父と父の様子を見ようと、自分も仏壇の間までいきました。幸い、普通にないてるだけだったので、しばらくそっとしておこうと仏壇の間の隣で読書していました。
そうこうするうちに、父親からこっちこいと呼ばれまして、祖父と父と私で3人で酒を飲みました。最も、祖父は酒で唇を湿らせるだけですが、父親としてはそれで満足なようなので、私が何かいうことでもないので、一緒に言われるまま酒を飲んでいました。そのまま4時まで起きていましたが、流石に眠くなり、2時間ほど眠りました。
とりあえず、一日目はこんな感じでした。
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