多発性硬化症(MS)日記[現病名は、視神経脊髄炎·初見はPC版ページ推奨]

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2006.09.02
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カテゴリ: 雑感
自分が自分であること、をアイデンティティというが、自分のアイデンティティは何かと問われたら、答えるのは難しい。

私は、多発性硬化症の発病前には、仕事ができる方だと思っていたし、それなりの役割も持っていた。

家庭的にも、家を建て、子どもも生まれ、世のIT長者などとは比べものにはならないが、人並みと自分では思える生活をしていた。

しかし、発病してみると、今までの自分のありようというものに疑問がわいてきた。


ネガティブに考えれば、歩行困難や失明など、今まで当たり前に出来たことができなくなるかも知れないという不安、将来には可能性よりも不可能性が広がっている、という思いが強くなった。

仕事ができるとしても、続けられる保証はない。家庭でも、何の役にも立たず、フラフラしている生活。

今まで、自分がそれなりにうまくいっていると思っていたことが、全て奪われるような気がした。

今まで自分が積み重ねてきたこと全てが、否定されるような感覚。人間は、今、どうなのかという状況でなく、将来、どうなるのかという希望で生きるところがある。自分とは一体何なのだろう、そう思った。


今は、家族が大事だと思っている。○○会社の●●、とかでなく、妻の夫、子どもの父、親から見れば子ども、そういうあり方で良いのではと思えている。





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最終更新日  2006.09.06 17:15:53
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