備忘録その 12. Weingut Weiser-Künstler
その日最後の訪問先のヴァイサー・キュンストラー醸造所は、フォレンヴァイダー醸造所とモーゼル川をはさんで対岸にある。車でものの 5 分ほどで、泊まっていたホテルからもごく近い。前日チェックインした時、エレベーターの中に地元の醸造家団体クリッツ・クライナー・リングのイヴェントのポスターが貼ってあり、そこに写っていたのはヴァイサー・キュンストラー醸造所の二人だった。葡萄畑の休憩所と思しき小屋の前で、ほほえんで立つコンスタンティン・ヴァイサーの頬に、アレクサンドラ・キュンストラーがキスしようとしているようにもみえる、なんともロマンティックな写真だった。
彼らがトラーベン・トラーバッハの町にちかい、エンキルヒャー・エラーグルーブの畑 0.8ha
を借りて二人でワイン造りを始めたのは 2005
年のことだ。もともとシュヴァーベン地方出身で銀行員になるはずだったコンスタンティンが、モーゼルで醸造家となったのは、先のフォレンヴァイダーと似た状況だ。実際、ヴァイサー・キュンストラーが 2007
年に廃業した昔の醸造所を購入するまで、フォレンヴァイダー醸造所のセラーを間借りしてワインを造っていた。
トラーベン・トラーバッハには、彼らのように新規に起業した生産者が多い気がする。木製のバスケットプレスを愛用することで知られるマーティン・ミュレンも、 1991
年に起業している。我々が泊まったホテルを運営しているオラフ・シュナイダーも、 2005
年に 0.2ha
の葡萄畑を譲り受けてワイン造りを始めたという。彼らはクリッツ・クライナー・リングのメンバーで、 9
醸造所が加盟している( 2015
年 4
月)。うち捨てられた銘醸畑を蘇らせるためのプロジェクトワイン「ベルクレットゥング」を醸造して危機的状況をアピールするとともに、そこから得た資金で葡萄畑を整備することが目的の団体だ。
モ
ーゼルの若手の生産者達のネットワークの一端が、この町に凝縮している。コンスタンティン・ヴァイザーは、現在ゲルノート・コルマンが切り盛りしているイミッヒ・バッテリーベルクの醸造責任者だった。ゲルノートは昔 Dr.
ローゼンで働いていて、同じ頃にやはりローゼンで働いていたフォレンヴァイダーと知り合ったはずだ。クレメンス・ブッシュも以前はクリッツ・クライナー・リングのメンバーだったが、 VDP
に加盟したことで脱退を余儀なくされた。他に日本に入っているメルスハイマーもメンバーだ。
ちなみに、モーゼルにはリングと名が付く醸造所団体が三つある。一つは VDP
で、グローサー・リング(大同盟)と呼ばれる。二つ目はベルンカステラー・リングで、別名クライナー・リング(小同盟)。そして三つ目がこのクリッツ・クライナー・リングであり、意味は「極小同盟」。 VDP
を揶揄してつけたのではないかとも言われている。
ヴァイサー・キュンストラーでは今回、彼らが最初にワイン造りをはじめたエンキルヒャー・エラーグルーブの畑を見に行った。耕地整理されていない急斜面なので、トラクターも入ることは出来ず、小さな階段を昇って上までいくか、小型のモノレールで移動する。棒仕立ての葡萄樹は手作業で彼ら二人が世話している。畑は全部で 3.3ha
で、うちエラーグルーブが 1.5ha
。もしもこれをビオで栽培するとしたら、夏場は毎週 30kg
ある噴霧器を背負ってくまなく散布して歩かなければならないのだから、ビオに転換するのを躊躇するのもよくわかる( 2020
年には有機認証済)。除草剤と化学合成肥料は使っていない。
エラーグルーブの土壌は、青色粘板岩に珪岩が混じっている。露出している断層にも、ごつい珪岩が混じっていて、ラインガウの下流のロルヒのあたりでも、似たような地層があったのを思い出す。そしてここに育つ葡萄樹のほとんどが自根で、樹齢 100 年くらいという古木もある。
急な斜面を登り切った先には、ポスターにあった小屋が建っていた。簡素な、今にも崩れそうな小屋だが景色は素晴らしい。しかし灯りがないから、バーベキューをするとしたら昼間だろう。暗闇で足を踏み外したらただじゃすまない。
手作業の収穫を野生酵母で発酵する彼らのワインは、上質なグーズベリーとリンゴの果実味でほっそりとして、ミネラル感と酸がピュアな印象を残す。特徴の一つが、残糖分が分析値よりも少なく感じることで、ハルプトロッケンでも辛口にしか思えない。甘口のカビネットでようやくハルプトロッケンあたりの感じだ。それだけ酸味とエキストラクトが充実している。辛口では酸味がしっかりと感じられるが、熟した酸味なので飲み慣れると次第に心地よくなってくる。何より軽やかで上品だ。 2013
年産の平均収穫量は 35hℓ/ha
。
ヴァイサー・キュンストラーはこの 10 年を地道に、一歩一歩、丁寧に歩んでいる。 2007 年に訪れた時から醸造所の様子はあまりかわっておらず、質素で、収入のほとんどを葡萄畑とセラーにつぎ込んできたという。収入といっても、 3.3 ヘクタールと小規模な葡萄畑で、ワインの値段も、フラッグシップに 30 ユーロ前後をつける生産者が増えている中では手頃感がある。あのエラーグルーブの急斜面を体験した後では、ことさらそう感じる。
(つづく)
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