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先日、伝言板に残してくださったリョウさんの書き込みを読んで、ワタシがバイクに乗り始めた頃のことから、堀さんが亡くなるまでの記憶をたどってみた。毎日、バイクのことばかり考えていた高校生のころ。怖いもの知らずで、コレをしたい、と決めたときにはすでに身体が動いてしまっている性格。周りにどんな目で見られても、ただただ、バイクに乗りたくてサーキットを走りたくて、レーサーを夢見ていた。17歳の高2の時、友人に紹介してもらった神戸のレーシングチーム。早朝の六甲山が、トレーニングの場所だった。岡山のローカルサーキットでのレースにも毎月エントリーしていて、0.1秒でもラップタイムを縮めること、お立ち台に立てることだけを考えていた。そんな時だった。堀さんが企画した女性だけのロードレースが鈴鹿GPのエキジビジョンで開催されることを聞いた。鈴鹿サーキットでのレースデビュー。レースに参戦できたことと同じくらい、堀さんに会えたことが嬉しかった。ワタシが15歳のときにナナハンで世界一周をしたことは、雑誌やテレビで知っていて、ずっと憧れていたのだ。身長167cmの細身の彼女は美しく、その存在はパドックで際立った。どんな男性ライダーよりもレーシングスーツがよく似合い、素敵だった。リッターバイクを操りコーナーに消えてゆく彼女は、とても迫力があった。初めて会ったとき、彼女は29歳、18歳の小娘から見ると、大人の女性である。ひとまわり近くも歳が離れた堀さんと、どうして気があったのか不思議なのであるが、ワタシが大人だったというより、彼女がいつまでも少女の心を持ち続けていたからだとおもう。以来、耐久レース、イーハトーブトライアル、ツーリング、サハラ縦断、東京と兵庫から車を飛ばし、浜松のスズキのテストコースで耐久のマシンやサハラのオフ車を何度もテストした。あるときは、バイクを使わず彼女の運転する車で軽井沢へ旅行したり、温泉にいったりもした。東京と兵庫と距離は離れていたけれど、互いの家にもよく泊まったり。彼女にもらった思い出は数限りなく、そして深い。ワタシの知っている彼女は、彼女の生きた36年間のうちの、たった7年間だけである。しかし、その7年間も含め、彼女がバイクに乗っていた10年あまりの間に彼女が残したもの、それがまさにリョウさんが伝言板に書いてくださった 「類稀なる」 になるのであろう。雑誌や、たくさんある著書では知ることが出来なかったワタシが知っている彼女の魅力を少しずつ紹介していけたら、と思う。
2006/07/10
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ahead7月号が届きました。ウェブ版aheadまるも亜希子さんの連載記事、Vol.3です。根本さんから見た、堀さんが綴られています。まるもさんが最後に書かれた、「彼女は今もまだ、どこか遠くの旅に出ているだけなのかもしれない。」ワタシもまるもさんと同じことを、25年間想っています。
2010/07/17
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堀さんのことを懐かしんで、コメントを残してくださるのが母ちゃんは、なんとも嬉しい。昨日もヤーボーさんが「懐かしさの余り・・」と残してくれたお初のコメントが、逆にワタシにとって懐かしかった。堀さんのお店「ひろこの」が、オープン当初は浜田山の「ホワイト」というバイクショップの一角にあったこと。そのお店に行ったことがある高校生だったヤーボーさんは堀さんの妹のみっこちゃんに会われたそう。ヤーボーさんのコメントを読みながら、「ホワイト」の中に設えられた棚、そしてそこに重ねられたオリジナルのカラフルなペンギンのTシャツが鮮明に蘇った。ワタシは堀さんの家から、スカイラインに乗っけてもらって浜田山の店に行ったっけ。懐かしいなあ・・・「ひろこの」の会員カードを、今でも大切に持たれているヤーボーさんは「優しい女性(ひと)でした。あこがれの、そして尊敬に値する方でした。」と堀さんへの想いを寄せてくださった。私も同じ想いです。堀さんとの思い出バナシ・・・souさんに約束した?!リベンジ4耐のレポも頓挫したままだしナ。(汗さっ、更新、更新。がんばれ、母ちゃん!
2009/09/16
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毎年アイルランドで開催される、スコティシュ6日間トライアルにかめちゃんが参戦したときのリポートが掲載された別冊RIDERS CLUBがあるというので、「見せて~!」と頼み込んで送ってもらった。トライアルライダーであれば、誰もが想いを馳せる、SSDT。夢を抱き、それを現実にしていく彼の情熱とプロセスが綴られた『My dear Scottish Six Day』を一気に読んだ。前例のないノービスライダーによる挑戦は、フロンティアと呼ばれる人達が皆そうであったように、決して容易な道のりではない。SSDTを走りたいという彼の強烈な想いと、周到な準備があったからこそ、その地に立ち、6日間の長丁場、難しいセクションをクリアして完走し、何事にも代えがたい経験と、生涯忘れることのできない大切な思い出を得ることが出来たのだと思う。数ヶ月前にかめちゃんに再会した時に感じたことを、このリポートを読んでいて確信した。彼はものすごく運のいいヒトだということ。偶然としか思えないチャンスにめぐり合えたり、ピンチ~!な時に人とのご縁に助けられたり。それも含めて、母ちゃんがオモウ「運の良い人」というのは、こりゃ不運だ!としか思えないことも、いつの間にか持ち前の明るさで、幸運に変えてしまうことが出来るヒト。自分の直感を信じ、いつも楽観的で、少々のトラブルにはへこたれず、ワクワクするような成功の予感を常にもっているヒト。そんな彼ゆえの、快挙だったんだと思う。そして、憧れだった彼のSSDT参戦に強く影響したヒト、それが堀ひろ子さんだった。そのRIDERS CLUBと一緒に、一枚のDVDも送ってもらった。「ahead」に「堀ひろ子という友人」の連載を担当されたもるも亜希子さんが、動く堀さんを見てみたい、とおっしゃるので「ひろこの」のスタッフだったかめちゃんに依頼したら、なんとか探してもらえるのでは・・・と、お願いしていた。早速に、所持していそうな友人にあたってくれ、「徹子の部屋」に出演したときの堀さんのビデオを手に入れてくれていたのだ。その番組のビデオをデジタル化したDVD。28年前の「徹子の部屋」をワタシは見逃してしまっていたのでとても楽しみで、かめちゃんから受け取ってすぐ再生してみた。司会をする黒柳徹子さんの少しも変わらない容姿も手伝ってか、堀さんの横顔と、鼻に抜ける声、そして見覚えのある少し節の高い指に今、すぐにでも彼女に会えそうな、そんな錯覚をおぼえた。DVDを見る前は感傷的になる自分を想像していたが、全く違った。アフリカの地図の上に、私たちが走ったルートが描かれたフリップを指差しながら、サハラ縦断の話をする堀さん。彼女の発するワタシの名前の声のトーンに、息を飲んだ。ワタシがそこにいるのか、彼女がここにいるのか、時が止まったような、いや、ワープしてしまったような、なんとも不思議な感覚だった。映像の持つ伝搬力に、今さらながら驚いたが液晶画面の中にいる彼女に、えもいわれぬパワーをもらった気がした。
2010/10/02
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