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2007/03/20
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カテゴリ: まいめもりー
「え~~っ! 卒業?」

彼と話をしたのは5年振りくらいだろうか。
いや、もっとかな。


先週末、仕事の話で電話をもらった彼と
肝心な話はそっちのけで、久しぶりなのも忘れて
いつものボケとツッコミ。

ワタシ「ほんで、今は何に乗ってんの~?」

 彼 「んっ?バイク?  ・・・・卒業した。
    4年前のもて耐が最後かいな。」







ワタシのワル~イ頭でも、
鮮明に記憶に残る1980年の鈴鹿8時間耐久レース。



はいはい、オバちゃんの「幻の4時間耐久初戦」の年ですな。
ええ、ええ、左のピョコピョコ変わる画像に出てくる
61番の黄色い子に乗ってた年です。

んなことは、どうでもイイんですが。


この年から鈴鹿8耐が世界選手権シリーズに組み込まれ、
ポイント争いをする世界の耐久レーストップチームが
鈴鹿に集結していたんですよ。

今考えるとこの8耐、
なかなか濃~いライダーがエントリーしてたんですよねえ。。


ホンダブリテンからホールショットのロンことロン・ハスラム、
チームカワサキからZ1でローソン。

ローソンってたって、「マチのほっとステーション」
なんかじゃありませんから。
ファースト・エディの異名をもち、WGP500で4回も


ホンダフランス、スズキフランス、カワサキフランス
の「おフランス」なチームや、

スペンサーやクーリーの「ぼくアメリカン」な
チームなどなど、

ピットクルーやプレスも含めて、たくさんの外国人が
ウヨウヨしているパドックの雰囲気は、日本のサーキットの
ではないような。

なんせ日本で世界選手権が開催されるのは1965年以来
15年振りのことでしたから。
ワタシなんて生まれてませんから。(大ウソ)


えっと、

並み居る世界耐久レーストップチームの中で
日本人ライダーのファイナルは

チームRSC・木山さんちのホンダCB900が5位、
チームカワサキZ1がキヨさんとトクノさんが
組んで7位かな。

トップ争いはヨシムラさんちのGSX1000を駆ける
クーリーとクロスビー組(なっ、懐かしい・・・) VS
チームカワサキZ1のハンスフォードとローソン組。

最後まで目が離せないバトルだったんですよ。
1位と2位の差が40秒でチェッカーでしたもん。

結局、GSXが逃げ切り優勝、78年に次ぐ
ヨシムラさんちの2度目の1等賞に

表彰台に担ぎ上げられたPOPの嬉しそうな顔は
今でも忘れることができません。



っと、

ナンのハナシだっけ?
ムカシの話をしだすと長い長い。

「生まれてないよ!その頃。」な方には
つまんないハナシでして。

はいはい、

冒頭の彼なんですよね。




その80年の8耐に彼がモリワキさんちのチームから
カワサキZ1でエントリーしてたんですな。
はいはい、「モリワキモンスター」と呼ばれた
Z1000ですわ。

先代のZ1000ね。


で、日本人チームでキヨさんちのチームカワサキについで
予選10位、ファイナルも10位だった。

これねえ、レース内容がすごいコトだったですわん。
優勝のヨシムラさんち以外は全てファクトリーマシン
だったんですが、

彼の相棒のライダーがヘアピンで1回、
スプーンの出口で1回転倒しての10位ですから。

一時は4位まで浮上してきちゃってましたから。

転倒後のピットインで20分ロスし、
コレがなかったら表彰台は確実だったんじゃないかと。

日が暮れてから、いきなり速くなったクロスビーと
同じタイムで周回してましたっけ。


~っと、「タラレバ」はレースリザルトには
ご法度でしたわん。
あい。


以来、彼の8耐出場は9回、うち10位が2回。


88年にはカワサキからこ~んなのに乗って

ZRX-7

その年、8耐の日本人最高位の5位でしたっけ?

6位が同じマシンでコーク・バリントンでしたから。
あはは、ですわ。

んで、翌年同じマシンでルマン24時間なんかも
走っちゃってますですわ。





彼とは同じバイク屋さんを拠点にレースをする
仲間で、中山サーキットへよく一緒に行った。

どこを走っても、何に乗っても速く
洗練されたライディングセンスを持つライダーだった。

でも、ヘルメットを脱ぐとその笑いのセンスたるや
秀逸モノ。

ハナシを始めるといつも漫才だ。




あれは81年の鈴鹿2&4だった。
3コーナーで転倒した彼が、救急車でサーキット近く
の病院に運ばれ、後を追ってワタシも病院へ急いだ。

脊椎複雑骨折。
しかも4つもの椎骨が木っ端微塵になっていた。
今のようなガチガチの脊椎パットなんて無い時代である。

手術が終わり主治医から聞かされた言葉に耳を疑った。

「歩行は無理かと・・・・」

頭が真っ白になって、病室に入ることをためらった。

ベッドの上に固定され身動きの取れない彼は、そんな私たちの
心配をよそに、転倒の瞬間を面白おかしく語り
見舞う私たちは病室で大爆笑。

そんな彼に、逆に勇気づけられた。


選手生命どころか歩くことすらできないとまで言われた
彼だったが、奇跡的に驚くほどの速さで回復し、
またサーキットに帰ってきた。

正真正銘の奇跡だった。

なんか、
カッチョよすぎますわ。
ええ。

ホントはただの「オモロイおっさん」なんですが。
あっ、
今は3歳の孫がいるので「オモロイ ジー」です。


そんな彼がなぜバイクを卒業してしまったのか。



近々一緒に食事をする約束をした。

1滴も飲めない彼から「卒業のワケ」を
聞き出す戦略を練りながら、

「卒業を撤回」させる手段を考えている。


だって彼は、
本当のエンデュランスライダーなんだから。



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Last updated  2007/03/20 05:56:39 AM
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