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岡田 経営者でも「倒産や投獄、闘病や戦争を経験した経営者は強い」とよく言われるのですが、どん底に行った時に人間というのは「ポーンとスイッチが入る」という言い方をします。これを(生物学者の)村上和雄先生なんかは「遺伝子にスイッチが入る」とよく言います。我々は氷河期や飢餓期というものを超えてきた強い遺伝子をご先祖様から受け継いでいるんですよ。ところが、こんな便利で快適で安全な、のほほんとした社会で暮らしていると、その遺伝子にスイッチが入らないんです。強さが出てこないんですよね。ところがどん底に行った時に、ポーンとスイッチが入るんですよ。
僕は1997年のフランスW杯予選の時にスイッチが入りました。当時は今なんかと比べ物にならないくらい、日本中がちょっと気が狂っていたかのように大騒動していました。初めて出られるかもしれないW杯を前にして、みんなが何も分からなかったんです。
スタジアムでイスを投げられたりして、(国立競技場の警備をしていた)四谷警察署の人から「危険ですから裏から逃げてください」と言われて、「何で逃げなきゃいけないんだ。俺は何も悪いことをしていない。正面から出て行く」と言っても、パトカーに押し込まれて裏から逃げたりね。それは悔しかったですよ。
僕はあの時も急に監督になったので、有名になると思っていなかったから電話帳に(住所や電話番号を)載せていたんです。脅迫状や脅迫電話が止まらなかったですよ。家には変な人が来るしね。僕の家は24時間パトカーが守っていて、「子どもは危険なので、学校の送り迎えをしてください」という状況で戦っていました。
ある時、ピンポーンと鳴って、「はい」と言って出たら、「私、中田さんと結婚したいんですけどどうしたらいいでしょうか」と言われて、「はあ、ちょっとサッカー協会に聞いてみてください」と答えたらいったん帰ったものの、またピンポーンと来て、「あのう、サッカー協会の電話番号を教えてください」と言われて、「ほっといてくれよ」と思ったこともあります(笑)。それは、まだいい方ですよ。
本当にありとあらゆることがあって、テレビで僕のことがボロカスに言われているのを子どもが見て泣いていたりとか、家族も本当に大変な経験をしました。自分自身もそんな強い人間ではないですから、のたうちまわっていましたね。自分の部屋でものを投げたりすることもありました。
そんな中、最後にマレーシアのジョホールバルというところで、イランとの最終決戦がありました。そこで負けてもオーストラリアとのプレーオフがあったのですが、オーストラリアは大変だということで、僕はジョホールバルから家内に電話して、「もしイランに勝てなかったら、俺たちは日本に住めないと思う」と言いました。冗談じゃなく、その時本気で考えていたんです。「2年くらい海外で住むことになると思うから覚悟していてくれ」と本気で話していました。
ところが、その電話をしてちょっとすると、何かポーンと吹っ切れたんです。「ちょっと待てよ。日本のサッカーの将来が俺の肩にかかっているって、俺1人でそんなもの背負えるかい。俺は今の俺にできるベストを死ぬ気でやる、すべてを出す。でも、それ以外はできない。それでダメなら俺のせいちゃうなこれは。絶対俺のせいちゃう。あいつあいつ、俺を選んだ(日本サッカー協会)会長、あいつのせいや(笑)」と完全に開き直ってしまった。
そうしたら、怖いものは何もなくなった。何か言われても「悪いなあ、俺一生懸命やってんだけどそれ以上できないんでな。もう後はあの人(会長)に言って」という感じに完全に開き直った。本当にスイッチが入るという感じだった。要するにそうやって人間が本当に苦しい時に、簡単に逃げたりあきらめたりしなかったら、遺伝子にスイッチが入ってくるということです。
よく標語が書いてあるカレンダーがあるじゃないですか。ジョホールバルから帰ってきた後、吊るしてあったのをたまたま見ると、「途中にいるから中途半端、底まで落ちたら地に足がつく」と書いてあったんです。その通りなんですよ。苦しい、もうどうしようもない、もう手がない。でも、それがどん底までいってしまうと足がつくんですよ。無心になんか中々なれないけど、そういうどん底のところで苦しみながらも耐えたらスイッチが入ってくるということです。
●目標はすべてを変える
岡田 そうやって開き直って無心に近い状態で決断すると大体当たる。そうでない時にはやっぱり外れる。僕はバーレーン戦で負けた時に昔を思い出して、完全に開き直れたんですね。それからは「自分の思った通りやる。秘密の鍵もくそもねえ。自分の今やれることをやるんだ」ということで、コンセプトを作って、何とか3次予選を突破しました。
そして最終予選に向かう前、夏(2008年8月20日)にウルグアイと札幌で試合をしました。夏の暑い時、Jリーグの連戦の最中で、札幌に2日前に集合して、パッと試合して解散するというものでした。全然ベストメンバーが呼べなくて、呼ばれた選手にしてみれば、ひょっとしたら「あーあ、呼ばれてしまった」という感じの試合だったんですね。
代表チームというのは難しくて、みんな自分のチームがあるので逃げ道があるわけです。代表でダメでも、自分のチームに帰ればいいよと。この試合は3対1で完敗しました。ところが選手は、「呼ばれましたから来ました」「試合出ろと言われましたから出ました」「こういうサッカーやれって言われたからやりました」「はい負けました。帰ります、さようなら」と淡々と帰っていったんです。
「負けるのは仕方がない。でも、このままだと何回やっても同じことの繰り返しだ。どうしたらいいんだろう」ということで考えたのが、明確な共通した目標を持つこと。そしてもう1つは、「このチームはこういうチームなんだ」という“フィロソフィー(哲学)”を作ること。実は僕はどこのチームの監督をやる時でも、フィロソフィーを作っていたのですが、日本代表だけは「たまに集まるチームだから、そんなのやってもしょうがない」と思って作っていなかったんです。そしてこの時、初めてフィロソフィーを作りました。
明確な目標はもちろん「W杯本大会でベスト4入ることに本気でチャレンジしねえか」ということ。みなさんはいろんな成功の書とか読んで「目標設定って大事だ」と思っているでしょうが、今みなさんが思っている10倍、目標は大事です。目標はすべてを変えます。
W杯で世界を驚かすために、パススピードを上げたり、フィジカルを強くしたりと、1つずつ変えていくと、かなりの時間がかかります。
ところが、一番上の目標をポンと変えると、オセロのように全部が変わります。「お前、そのパスフィードでベスト4行けるの?」「お前、そんなことでベスト4行けるのか?」と何人かの選手にはっきりと言いました。「お前、その腹でベスト4行けると思うか?」「夜、酒かっくらっていて、お前ベスト4行ける?」「しょっちゅう痛い痛いと言ってグラウンドに寝転んでいて、お前ベスト4行けると思うか?」、もうこれだけでいいんです。
本気でチャレンジすることは、生半可なことではありません。犠牲が必要です。「はい、ベスト4行きます」と言うだけで行けるわけがない。やることをやらないといけない。それは大変なことです。でも、「本気でチャレンジしてみないか」という問いかけを始めて、最初は3~4人だったのが、どんどん増えてきた。これは見ていれば分かります。本気で目指すということは半端じゃないことです。それを今、やり始めてくれているんです。
●「Enjoy」とはどういうことか
岡田 もう1つのフィロソフィーについては、マスコミさんがいる前では話したことがないのですが、最近はこの話を選手にもしなくなった。というより、する必要がなくなった。だから今日はちょっと簡単にお話ししようと思います。
1つは「Enjoy」と言っています。「楽しむ」ということなのですが、英語で言っているのは日本語で「楽しむ」と言っても何かピンとこないからです。
日本代表選手になるくらいの奴は子どものころ、「俺にボールよこせ」「俺にボールよこせ」とお山の大将です。プロだろうが日本代表だろうがW杯だろうが、そのサッカーを始めた時の喜びやボールを触る楽しみを絶対忘れてはいけないということです。
大人になってくると、「今、ちょっとボールいらない」とだんだんなってきます。なぜか? 「プレッシャーが強いし、ミスをしそうだ」ということで守りに入っているからです。そうしてうまくなった選手を今まで見たことありません。相手を恐れておどおどプレーしたり、ミスを恐れて腰の引けたプレーをしたりする姿は絶対見たくない。「みんながピッチの上で目を輝かせてプレーする姿を見たい」ということです。
Enjoyの究極はどういうことかというと、自分の責任でリスクを冒すことなんです。日本の選手は「ミスしてもいいから」と言ったら、リスクを冒してチャレンジをするんです。ところが「ミスするな」と言ったら、途端にミスしないようにリスクを負わなくなるんです。
例えばギャンブルで、大金持ちのお金を分けてもらって「それで遊んでいいよ」と言われて大もうけしても失っても、面白くもくそもないでしょ。自分のなけなしの金を賭けるから、増えたら「やったー」と思うし、なくなった時に「うわ、やばい」と思う。要するに「ミスするなよ」と言われている中でいかにリスクを自分の責任で負えるか、それが本当のスポーツのEnjoyなんです。
本当にEnjoyするためには何をしないといけないかというと、「頭で考えながらプレーするな」ということです。どういうことかというと、脳は(大脳)新皮質と(大脳)旧皮質からできていて、脊髄からつながっているところが旧皮質で、簡単に言うとどんな動物でも持っている本能のようなところです。そして、人間と一部の動物が発達しているのがその周りの新皮質で、ここは物事を論理的に考えたり、言葉を喋ったりするところです。
ところが、コンピュータの演算速度で例えると、新皮質は演算速度が非常に遅い。例えば、新皮質で考えながら自転車には乗れない。右足のひざをこの辺まで曲げて、このくらいまでいったら体重を左にかけて……なんて考えながら乗れないですよね。キャッチボールもできない。ひじを伸ばして、ボールが来たから指を開いて、次に閉じて……と考えていたら間に合わない。旧皮質で感覚的にやっていかないといけない。スポーツというのは旧皮質でやらないといけないんです。
ところが日本人はどうも教えられ慣れているので、ボールが来たから胸でトラップして……と新皮質で考えながらやってしまう。だから、向こうでは全然大したことないようなブラジル人がバンバン点を取る。あいつら何も考えていない。来たボールをボンと蹴るだけ。ある意味そういうことも大切。練習では考えてやらないといけない。でも、「試合ではそれを頭を使ってやるな。自分が感じたことを信じて、勇気を持ってプレーしなさい」、それがEnjoyです。