ニコラ-イ2世の子供たち
‡オ-リガ・ニコラ・エヴナ〈長女〉大公女
1895(明治28)年11月3日-1918(大正7)年7月17日
‡タチア-ナ・ニコラ-エヴナ〈次女〉大公女
1897(明治30)年5月29日-1918年7月17日
‡マリ-ア・ニコラ-エヴナ〈三女〉
1899(明治32)年6月14日-1918年7月17日
‡アナスタ-シア・ニコラ-エヴナ〈四女〉
1901(明治34)年6月5日-1918年7月17日
‡アレクセ-イ・ニコラ-エヴィチ〈皇太子〉
1904(明治37)年7月30日-1918年7月17日
[生まれた皇子アレクセ-イは血友病で、我が子の命を救おうとする
親心から父・ニコライ2世は、怪僧ラスプ-チンを登用し、催眠術を用いて
血を止めようとするなどの逸話が今に残る]。
1918年7月16日から17日にかけての夜、エカテリンブ-ルクで家族と共に
処刑された。
2000(平成12)年8月、ロマノフ朝最後の皇帝ニコライ2世とその家族が
ロシア正教会より列聖される。
しかし、その従者達も運命を共にしたのである。
その名を挙げる
‡ドクタ-/ボ-トキン。‡従僕/トル-プ。‡コック/チホミ-ロフ(実際はハリト-ノフ)。
‡もう1人のコック。‡女官/ア-ンナ・デミ-ドヴァ。
参考文献=ロマ-ノフ王朝滅亡・革命期の政治と夢と個人の苦闘・大月書店。
[新版]ロシアを知る事典・平凡社刊
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