January 20, 2006
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わたしが考えるに


人の器とは年齢とは関係なくその人物の過去、体験。


または、考えの深さ。


実際、いい大人になっても子供のような自己中心的な考えの人や


子供でも、しっかりとした豊かな考えの人。


人の器を測れるほど私は熟していないが、善悪の違いくらいは分かる。


知ったかぶりをする大人。


人間として正しい大人。


では、「正しい」ということは一体どこを指すのだろう?





私は「普通」も、「正しい」もその人間の心の深さで決められていると思う。


例えば神様仏様が数人で「正しい」について話し合うとしたら。


一般的に言われている、「普通」 道徳の本に書かれている「正しい」答えになるだろう。


しかし、善悪の判断もつかぬまま悪事をかさねた人間が数人で話し合うとしたら。


殺人を犯すことはいいこと。「正しい」こと。 そう判断されてもかしくなはいだろう。


なぜなら、「正しい」「普通」という言葉はその人間がはかるものだから。


しかしこんなことを述べている私は 一体正しいのか。


それとも普通なのか。


人間の器は人の判断で決まる。


良くもなれば悪くもなるし、どちらにもならないかもしれない。


「普通」とはなにか?





私は一体、何を知りたいのだろう。


正しさだけがすべて良いことなのか?


普通だけが素晴らしいのか?


分からない。



















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Last updated  January 20, 2006 05:16:09 PM
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