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<光る君へ>本音ぽろりの柄本佑“道長くん”トレンド入り 吉田羊“詮子”との姉弟のやりとりが癒やしに6/10(月) 詮子「あんなに激しく求めあう2人の気持ちがわからないの。お前にはわかる?わからないわよね」道長「私にも妻が2人おりますが…心は違う女を求めております」詮子「やっぱり!誰かいると思っていたのよね」道長「されど、もう終わった話にございます」詮子「捨てたの?」「えっ!?道長を捨てるって、どんな女なの?」道長「よい女でございました」詮子「まぁ…!」「どんなふうによいの?」「なによ、自分から言い出しておいて。もっと聞かせなさいよ!」
2024.06.10
『源氏物語』はどのようにつくられたか?―林望『謹訳 源氏物語 一 改訂新修』『帚木』の巻の中核をなしている、いわゆる「雨夜の品定め」という部分は、この第一部に展開されるさまざまの恋物語のモチーフを提示するという意味を持っている。左馬頭という、この品定めの主導者は、驚くべき率直さと、無類の饒舌を以(もっ)て、滔々(とうとう)と女性論を演説し続ける。その色好みの博士とも言うべき饒舌のなかに、男女の関わり方の、いろいろな形が現われてきて、それを源氏は、半分狸寝入りなんかしながら、ただじっと聴いているということになっている。ここで源氏が耳にした「女の諸相」が、その後の、空蟬、夕顔、紫上、末摘花、花散里、明石の君、そのほかの「意外性のなかに発見された女たち」となって、造形され、展開されていくことは、たしかに認めてよい。帚木の巻は、そういう意味で、多くの登場人物の出現をそこはかとなく予告するという意味を持っている。こんなふうに、左馬頭やら藤式部の丞やらの口を借りて語られる、かなりコミカルで時にしんみりした饒舌のなかから、深刻にして重厚な源氏物語の世界が紡ぎ出されてくることを思うと、ちょっと面白い。しかも、藤式部の丞の語った博士の娘、などという奇矯なる女の描き方を読んでいると、もしやこの人物像のいくぶんかは、紫式部自身の戯画化であろうかとも思われて、ますます興味津々たるものがある。そう思って見ると、藤式部という人名には、どこか紫式部との近縁を思わせるところがあるとも見えるのである。💛林望先生の語り口と切り口の斬新さも面白い「イギリスはおいしい」など、イギリス滞在中のものがたりは意外な発見もあり面白かったリンボウ先生インタビュー(前編) 「思い通りにいかない人生」との付き合い方私が生まれ育った林家には祖父以来、いくつかの家訓がありましてね。つねづね言い聞かされていたのは、「親と同じことをするな」ということ。それから、「子は親を超えよ」というのでした。さらに父雄二郎は、「好きなことを好きなようにやればよろしい。ただし、やるからには中途半端ではなく、徹底的にやれ」と言ったものでした。・・・高校を卒業して大学進学を考えたとき、「将来は国語の教師になろう」と心に決めて文学部以外の学部は受験しませんでした。幼少期から本の虫で、図書館に入り浸るような子どもだったかというとそうではなく、日本の古典文学にも特別親しみを感じていたわけでもありませんでしたが、不思議にそれ以外の選択肢は考えもしませんでした。・・・大学院時代には、東洋書誌学研究の第一人者の阿部隆一先生に師事し、慶應義塾大学の附属研究所斯道文庫の研究員になる道も志しましたが、これも2回チャンスがあったけれども、2回とも銓衡に敗れてしまって果すことができませんでした。その挫折がきっかけとなって、私にイギリス留学を決意させたのです。日本でダメなら、異国の地で書誌学者としての自分の力を認めてもらおう、そんな背水の陣のつもりで日本を離れたのです。私がまだ学部の学生だった時分に、明星大学が八王子のキャンパスに新図書館を開いてシェイクスピアのコレクションを購入したのですが、その開館記念の特別講演会に英国図書館の東洋文献資料室長のケネス・ガードナー氏の講演を聞いたことがあって、そのときの話の内容を覚えていたというのがイギリスに行こうと思ったきっかけでした。本来、この講演会に招待されていたのは父でしたが、父は行かれないというので私に名代として行ってくるといいと言って招待状を手渡されたわけです。いくつもの幸運と、私を評価してくださる方々の援助があって、ロンドン大学アジアアフリカ学部図書館とケンブリッジ大学中央図書館は目録の編纂を私に任せてくれました。特に、ケンブリッジでの目録作りは1年間で1万冊の文献を調べ上げるという過酷な条件での仕事でしたが、日本で果たせなかった思いを晴らしたいという一念で取り組みました。実働250日とすると、1日に40冊ずつ調べなければならないのですから、時間との闘いです。とにかく、働きづめに働いて、最後の1冊を調べ終わったのは、帰国予定の前日の午後4時というギリギリのタイミングでした。その後、『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』は、国際交流基金から国際交流奨励賞という格式ある賞をいただきましたが、当時の苦労がむくわれたと感激したのを覚えています。私の勤務先だった東横学園女子短大には栄養士会という団体があって、イギリスの食物事情について帰朝者として講演をしてくれないかと依頼されたのです。そこで私は、どんな話ができるかという「メニュー」を書いて渡しました。そう、最初はただ話のネタを書き並べただけの、お品書きだったのです。それが『イギリスはおいしい』という本に化けたのは、その講演が「学内の教員に講演料を払うような前例がない」という不可解な理由で立ち消えになったからでした。そのまま捨ててしまうのはもったいないと、薦められるままに文章にしたものが慶應義塾の大先輩の平田萬里遠さんの目にとまって、何社もの編集部に出版の話をしてくれましたが、どこも断られ、最後に平凡社が出版してくれることになり、その予備段階として『月刊百科』という宣伝雑誌に短期連載したものが、丸谷才一さんの目に留まりなどして、あれよあれよという間に出版に向けて話が進んでいったのです。・「イギリスはおいしい」からスコーンの作り方とコツビクトリア時代から変わらないスコーン作りの王道林先生の紹介するレシピ(先生の表現ではレセピ)小麦粉(薄力粉) 220gベーキングパウダー 小さじ2杯半砂糖(ブラウンシュガー) 大さじ1杯〜1杯半塩 1つまみバター(有塩) 40g牛乳 140cc卵黄 1個分・バターは室温の柔らかい状態で用いる・小麦粉とベーキングパウダー、それに塩と砂糖をボウルに入れて、ざっと混ぜ、全体を粉ふるいでよくふるっておく(もっともふるわなくとも大過ない。その場合は、スプーンやヘラなどでよくよく混ぜるということが肝心だ)【スコーンミックスを使えば楽ですね。】・そこに室温のバターを落として、(中略)両手の指先をよく動かしてバターを粉に混ぜ込む(中略)。すなわち「ラブイン(rub-in)」するということが、なによりもこのスコンの出来具合を左右する。【ラブとは”こする”という意味で、LOVEとは発音が違います】・これが全体的に「砂」のようなサラサラ具合になるまで、指先だけをもちいてよくこなし込むことである。手のひらを使ってはいけない。それはバターを無用に融かしてしまうから。【バターが溶けないうちに手早くこすり合わせるように両手の指先で潰して、小さなフレーク状にするのがかなりの力仕事になります】・そこに牛乳をそろそろと混ぜ込み、ゴムベラなどで全体を均質に、混ぜ合わせる。・それをのし板の上にあけ、ちょっと粉を振ってほんの数回ていど軽くニードする。【ニードとはこねることですが、スコーンはこね過ぎるとだめなので、二つ折りにして手の平でグイと押し延ばすのをサッサッサと数回繰り返します】・その生地をのし棒で手早くのし、2センチていどの厚さにもっていく。それを丸い型(直径4〜5センチ)で抜く・いよいよ焼くという手順(中略)ベイキングシートを敷いた天板に、きっちりと隙間なく並べる。この隙間なく並べるというところがミソ・焼くこと190度で12分〜15分程度・狐色に焼け色が付き、全体がホックリと膨れて、スコーン独特の「狼の口」が開いたら、出来上がりである。【焼けて来ると、生地の横腹あたりに割れ目が生じ、それが膨れるにしたがって、ムガーッというように開いてくるのを「狼が口を開いたような」と表現するそうです】
2024.06.10
「光る君へ」岸谷五朗、宋語ゼリフマスターも演出から思わぬリアクション6/2(日)為時は、越前国府に向かう前に敦賀の松原客館に立ち寄る。松原客館で宋人たちが取っ組み合いのけんかをしていた際に為時が宋語で静め、まひろは「父上が宋の言葉をお話になるのを初めて聞きました」と尊敬のまなざしになった宴のシーンでは為時が漢詩を宋語で披露する。宋人たちに「素晴らしい漢詩」と絶賛される場面だったが、「そんなにしゃべるって聞いていなかった」「そんなにしゃべるって聞いていなかったので(笑)。為時さんは少ししかわからない人なので『しゃべることはないです』と聞いていたら漢詩を宋語に変えてみんなの前で発表するっていうシーンがあって、しかも長いんですよ。久しぶりに暗記することに苦労しました。難しいし、もちろん中国語の先生に習って…それがすごくうれしかったことは、宋語の詩を10行くらいの詩をずっと宋語で読んだときに宋の発音とかを勉強してやったら先生が『これ95点ですよ』って、中国人の先生に言われて『やった~!』と思ったら監督から『もっと下手にやってください』って言われて(笑)。せっかく一生懸命先生について勉強したのに独特のことばのやり方があるんですよね。ちょっと日本語ではない、そのへんを随所に先生に指導してもらって、うますぎるからもっと下手にやってくれって『下手にやれ』って(言われて)こんなにがっかりしたことはありませんでしたね」
2024.06.03
「光る君へ」懐妊定子どうなる?道長“苦虫”内裏復帰NO ネット考察「直秀の時と同じ…自分の甘さが」6/2(日)定子は一条天皇の子を身籠ったと道長に明かした。定子「帝のお子を、身籠っております。(雷鳴が聞こえる)父も母も逝き、兄も弟も遠く、高階に力はなく、帝のお子を、この先どうやって産み育てていけばよいのか。途方に暮れております。左大臣殿、どうか、どうかこの子を、あなたの力で守ってください。私はどうなってもよいのです。されど、この子だけは…」道長は一条天皇に報告道長「勅命に背き、自ら髪を下ろされた中宮様をお上がお訪ねになれば、朝廷のケジメはつきませぬ」一条天皇「ならば中宮を内裏に呼び戻す」道長「朝廷の安定を、第一にお考えくださいませ!」一条天皇「我が子まで宿している中宮に朕は生涯会えぬのか!生涯、会えぬのか…」道長「遠くから、お見守りいただくことしかできませぬ」net考察「定子様の懐妊を告げられて、これは厄介なことになったぞって顔をしている道長くんだが…その子ができたの、道長の手引きで帝に会いに行った時だろうから、これは道長の優しさ(甘さ)が招いたとも言える状況なんだなな…あの苦虫を噛み潰したみたいな表情は、もしかしてそこまで察したのかな」「定子様の懐妊を知った道長、直秀を屋敷で捕縛した時と同じ表情…。“なんで俺にこんな役回りをさせるんだ”。本当は無情なことをしたくないのに。過去に中途半端な介入で事態を悪化させた記憶が、今度は徹底的にやると決心させるのだとしたら」💛なるほど、これは 善人・道長が権力者・道長に変貌する伏線か。このために 直秀 のエピソード全体が伏線だったのだ、「中途半端な介入で事態を悪化させた記憶」→自分の家族と愛する人を守るために変貌するための!?ゴッドファーザーのアル・パチーノのように権力を維持するために手段を択ばなくなる予兆藤原道長を演じる柄本佑「道長に関しては、時の権力者としてのヒールっぽい感じ、家の繁栄のためには家族も利用するというようなイメージがあったのですが、大石先生と初めに打ち合わせをさせてもらった時に、そうではなく実はとても人間味があったんだと。末っ子で、のんびりやだった彼があれよあれよという間に頂点に上り詰めていく、『ゴッドファーザー』のアル・パチーノ(演じるマイケル)のような感じにしていきたいとおっしゃっていました。何がプレッシャーって、それが一番プレッシャーでした(笑)」
2024.06.03
「光る君へ」詮子&道長を呪詛したのは誰?ネット混乱&考察「女院の自作自演か」名探偵倫子が見抜いた?5/19(日)第20話は「望みの先に」。藤原為時(岸谷五朗)が淡路守に任命され、藤原惟規(高杉真宙)いと(信川清順)も大喜び。しかし、まひろ(吉高由里子)は宋の言葉を解する父は越前守の方が適任だと考える。一方、花山院(本郷奏多)の牛車に矢を放った一件により、一条天皇(塩野瑛久)は藤原伊周(三浦翔平)と藤原隆家(竜星涼)に厳しい処分。さらに藤原定子(高畑充希)も、兄弟の不祥事により内裏を出ることを命じられる。絶望の淵に立たされた定子は…という展開。 藤原伊周と藤原隆家が花山法皇を襲い「花山院闘乱事件」とも呼ばれる政変「長徳の変」(長徳2年、996年)が描かれた。 藤原詮子(吉田羊)の体調が思わしくない。源倫子(黒木華)は「悪しき気が漂っておる」と屋敷内を調べるよう女房らに命じた。床下から見つかった壺の中には「呪符」がぎっしり。倫子が詮子の部屋を調べると、そこかしこに呪符が仕込まれていた。 詮子は「中宮は私を嫌っておる。伊周は道長を恨んでおる。あやつら、私と道長を呪っておるのだ。恐ろしや、恐ろしや…許すまじ!」。倫子は何かに勘づいたような表情を浮かべた。 倫子「このことは、私にお任せいただけませんでしょうか。屋敷内で起きたことは、私が責めを負うべきにございます。こたびのことも、私が収めとうございます。殿はどうぞ、内裏でのお役目に専念くださいませ」 道長「されど、女院を呪詛するは、帝を呪詛するに等しいのだぞ」 倫子「それゆえに、間違いがあってはなりませぬ。私にお預けくださいませ」 道長「(一度、考え込むも、倫子の笑みに)あ…そうか。では、そなたに任せよう。このことは帝にも申さぬ。それでよいな」 倫子「(笑顔で頷き)はい、ありがとうございます」 藤原実資(秋山竜次)は、伊周が叔父の高階成忠に命じて詮子と道長を呪詛したと報告。「証言を得ておりますので、間違いはございません」。道長は怪訝な表情を浮かべ、一条天皇は「身内とて罪は罪。厳罰に処せ」と激怒した。 定子の嘆願もあり、死罪は免れ、伊周は大宰府へ、隆家は出雲へ流罪。代わって藤原道綱(上地雄輔)が中納言、藤原斉信(金田哲)が参議に昇進した。 伊周は涙ながらに道長に潔白を訴え。ならば、詮子と道長を呪詛したのは誰なのか。 SNS上には「呪詛も病気も詮子の自作自演のような気がしてきた」「呪詛は倫子の陰謀?恐ろしや…」「何かに気づいた道長くん。たぶん、この呪詛は女院の自作自演なのかな。かつて自分の父(藤原兼家/段田安則)が意識がないふりをして身内をも謀ったように」「呪詛は詮子様の自作自演ってことぉ?伊周と隆家への罰を決定的にするために。で、それを倫子様は気づいちゃってたわけね。まぁ、あんなにあちこち呪詛札を仕込めるの誰よってことよね」「あの呪詛、詮子と安倍清明が絡んで仕組んでいる。聡い道長に心配されて早めに計画を瓦解されたくないから詮子は『倫子は口が軽い』と言った。もちろん呪詛されていないから道長は病んでいないし、詮子も仮病だ。同じく聡い倫子も、右大臣の妻として邸外に噂が拡がらないように収めた」「結局、呪詛したの誰?」「賢い倫子。呪詛は女院詮子の画策と見抜く。次は文箱を見て、為時の名前から道長の最愛の人がまひろと気づくのか」などの声。考察が展開された。
2024.05.19
脚本担当の大石静から「玉置さんに今回ピッタリな役があるのよ」と言われたもともと殺人犯や不倫する弁護士など悪役を演じる機会が多かった。「僕、結構クズの役が多いんですよ。だから言い方もありますが、お手のものなんです(笑)」道兼役は想像を超えていた。弟の道長に暴力を振るい、円融天皇退位の陰謀に加担。花山天皇をだまして出家させる。「『よし、やるぞ』っていう気持ちはあったんですが、蓋を開けて台本を見たら、『おい、なかなかじゃねえか』っていうのが来ました」「台本をいただいて、過去の大河ドラマではあまりない流れで、おもしろいじゃないかと正直思ったんです。ただ、1話が衝撃的な終わり方だったので、『こういう話が続くようだったら、今回は見なくていいや』ってなるのも嫌だった。そうなってしまうとしたら、きっかけは自分の所業なので、そういう意味ではプレッシャーはありました」「自分でも、返り血浴びた顔を見て『こいつ、怖い』と思った」ただ、このシーンは物語の流れ上、大事なエピソード。「1話で離れてしまった方は実際いらっしゃると思うんです。けれど、道長とまひろの運命としてはものすごい大事な出来事」共演者やスタッフが肯定してくれたのも心強かったという。「このままこの道兼のヘイト役、ヒール、ヴィランをきちんと全うしようと思えました」「改めてクズ役っていろんなやり方があるんだなって思えました。それはある種、今後のやりがいでもありますし、この作品の中でのやりがいでもあった」「でも、いい人の役やりたいんですよ、本当は」表情豊かな演技がたびたびSNSで話題になった。「顔に関してこんなに反響があると思ってなかったんですよ。『そんな表情筋豊かって言われる?』と。自分の中でちょっと過剰にやってる節はあるかもですけど、そんなに頑張って目や表情筋とかを使ってるつもりはないんです」家は後継に長男の道隆を指名した。その場にいた道兼は、鬼のような形相で激昂し、兼家に向かって、「この老いぼれが…。とっとと死ね!」と吐き捨てた。「道兼は自我を押し殺してきているキャラクター。1番信奉していた人物である父親に対して、あの言葉を吐けたっていうのは、すごい意味のあること。物語上インパクトのあるシーンとして演出されてますけど、彼の人生においても、ものすごい重要な瞬間だった」「道兼なりに積み重ねたヘイトや、物語で描かれてきた働きぶりみたいなものが、実を結んだと深く感じました」第15回、藤原公任のもとに転がり込んでいた道兼を、道長が訪ねる。そして「兄上は変われます」と言われたことで、道兼は再び立ち上がる。疫病の蔓延する世の中で、これまでと違った道に。「道兼の中で変化があって、汚れ役というのが、今までの言葉通りの意味ではなく、要は自分の出世とか欲を解消するためじゃなくて、誰かのため、もしかしたら道長の未来のために汚れ役をちゃんと担っていくようになっていったということなのかなと。何よりも、道長のおかげで、彼は少しだけ真人間になれたのかなと思います」道兼は命を落とす。この死の描写について、本編で用いられることはなかったものの、第18回演出の中泉慧と、印象的なやりとりがあった。「道兼が死んだあと、台本上では風景描写がインサートされることになっていました。そこの描写をどうしようかという話を中泉さんとお話できる機会があったんです。どういう映像になったかはここではお話しませんが、儚さの象徴として中泉さんは、死んだ蝶々をアリが運んでいる描写を入れたいとお話されていました。そのとき僕は、第2回(「めぐりあい」)で父上と山の上から見た風景を改めて挟むのはどうかと提案させていただいたんです。あの風景が、18回まで経って、今どう視聴者に見えるか提示するのはどうかと。全く同じ風景なんですけど、15回からの4話で、道兼の印象もそうですし、あの風景自体もガラッと変わって見えたりしたら面白いんじゃないかと思ったんです。それにしても死んだ後のインサートについて出演者と監督が話すというのは、なかなかないことです。僕自身は出ていないわけですから。そんなすり合わせをさせてもらえるなんて思っていなかったので、すごく印象に残っています」道兼と道長の最後のシーンは、リハーサルで変更が加えられた。「台本上では、疫病にかかってしまった道兼の見舞いにきた道長と、御簾越しに会話をして、“お前はこれからの人間だから、ここで死んだりしたら大変だ”と入ってこようとするのを突っぱねて、道長はそのまま去っていくとなっていました。それを佑くんが、“道長は御簾の中に入って行く。兄に寄り添う”と提案してくれたんです。道兼がゴホゴホ咳をして倒れ込むところをたまらず御簾をバンっとはねのけて入って来て、背中をさすりたいと。もちろん御簾越しのやりとりでも演じられるし、もしかしたらそのほうがいいかもしれない。けれど、そこを佑くんが提案して、かつそれを貫き通してくれた。道長として道兼に再度寄り添ってくれたことに、“兄上は変われます”と言われた転換期があって、道長に救われたと思っていた思いが、その瞬間、一方的なものじゃなかったと分かった。すごく嬉しかったです」さらにカメラが止まってからの秘話も。「劇中を通して、自分という存在をぶらさずに貫いてきた道長という人物が、これだけぶれてきた兄に対して、最後に寄り添ってくれたことに、すごく救われました。佑くんが道長でよかったし、佑くんと今回共演できてよかったと思いました。いろんな思いが渦巻いたら、カメラが止まっても咳がとまらなくなっちゃったんです。そしたら佑くんがずっと背中をさすってくれて、“辛いよね、辛いよね”と言ってくれて。そのことも、自分の役割を、死を全うできるなと思えて幸せでした」そして最後に、最初は大嫌いだった道兼から道長への思いを口に、玉置は道兼を生きた充足感の笑みを見せた。「たとえばちょっと好きになる要素が描かれて、だんだん好きになっていったんじゃなくて、ずっと嫌いでガラッと変わるのって、ドラマチックさも生まれたと思うし、“今超好き!”みたいないい流れだったと思います。ちゃんと嫌いでよかったと思うし、ちゃんと好きになれて良かったなと思いました」「光る君へ」玉置玲央、光堕ち道兼の最期に減量「約2~3週間かけて」「想像力も駆使」“七日関白”の裏側5/5(日) 道兼「近づくな、俺は疫病だ。悲田院で見た者たちと同じである」「(御簾の中に入る道長に)やめろ!おまえが倒れれば、我が家は終わる。二度と来るな!」「出ていけ、早く。俺を苦しめるな。行け!」道長が廊下に出ると、読経を始める。「俺は、浄土に行こうとしておるのか。無様な…こんな悪人が」「関白の慶賀奏上から7日。道兼は、35歳で世を去った」(語り・伊東敏恵アナウンサー) 道兼の最期を演じるにあたり、玉置は減量に挑んだ。「まず、見た目の部分としては2~3週間くらいかけて、普段の食事の内容と量を調整して体重を絞っていっていました。当然、ヘアメイクチームの力も借りて、そういうメイクにしてもらっているのもあります。あとは想像力を駆使して『そう見えるよう』に演じていたという感じですかね」「悲田院で感染ってしまった病がどんなもので、身体にどういう影響があるものなのか、具体的に説明するシーンがあるわけではないので、視聴者の皆さんにもしんどさやつらさが想像できるよう、自分も想像力で補ってお芝居していました。それが表情や雰囲気にも出ていたなら幸いです」まひろ 白居易 の 新楽府 読んでみたいの。「資治通鑑」元和2年11月の条「盩厔尉、集賢校理白居易、楽府及び詩百篇を作り、時事を規諷すること禁中に流聞す、上見て之を悦び、召して翰林に入れしめ学士となす」新樂府 序(壺齋散人注) 序曰、凡九千二百五十二言,斷為五十篇。 篇無定句, 句無定字,系于意,不系于文。 首句標其目,卒章顯其志,詩三百之義也。 其辭質而徑,欲見之者易諭也。其言直而切,欲聞之者深誡也。 其事核而實,使采之者傳信也。其体順而肆,可以播于樂章歌曲也。 總而言之,為君、為臣、為民、為物、為事而作,不為文而作也序に曰く、凡そ九千二百五十二言,斷ちて五十篇と為す篇に定句無く, 句に定字無し,意に系(か)けて,文に系けず。首句其の目を標し,卒章其の志を顯にするは,詩三百の義なり。其の辭質にして徑なるは,之を見る者の諭り易からんことを欲するなり。其の言直にして切なるは,之を聞く者の深く誡めんことを欲するなり。其の事核にして實なるは,之を采る者をして信を傳へしめんとてなり其の体順にして肆なるは,以て樂章歌曲に播すべし。總て之を言へば,君が為、臣が為、民が為、物のため、事のためにして作る,文の為にして作らざるなり序に曰く、ここに九千二百五十二言、これを分けて五十篇とした、一篇に決まった数の句はなく、句に決まった数の字はなく、内容を重んじて、修辞を重んじない最初の句に題名をしるし、末句に趣旨をしるしたのは、詩経にならったもの、表現が質素で直接的なのは、見る者にわかりやすくするため言葉が率直で切実なのは、聞くものが深く自戒してもらいたいため事柄が明確で実直なのは、これを採集する人が後世に伝えやすくするため体裁が素直で音楽的なのは、歌いやすく演奏しやすくするためまとめていえば、君のため、臣のため、民のため、物のため、事のために作ったのであり、文のために作ったのではない新豐の折臂翁 新豐の老翁 八十八,頭鬢 眉鬚 皆 雪に似たり。玄孫に 扶(たす)けられ 店前を行く,左臂(さひ)は 肩に憑(よ)り 右臂は 折る。翁に問ふ: 臂(うで) 折りてより 來(このかた)幾年ぞと,兼(くは)へて問ふ: 折るを致せしは 何の因縁ぞと。翁 云ふ: 貫は 新豐縣に 屬し,生まれて 聖代に逢ひ 征戰 無し。梨園 歌管の聲を 聽くに 慣(な)れ,旗槍と 弓箭とを 識(し)らず。何(いくばく)も 無く 天寶 大いに兵を 徴(め)し,戸に 三丁 有れば 一丁を 點す。點し得て 驅(か)り將(も)ちて 何處(いづく)にか 去る,五月 萬里 雲南に行く。聞道(きくなら)く 雲南に 瀘水(ろすゐ) 有り,椒花 落つる時 瘴煙(しゃうえん) 起る。大軍 徒渉(とせふ)すれば 水 湯の如く,未だ 過(す)ぎざるに 十人に 二三は死すと。村南村北 哭聲 哀(かな)し,兒は 爺孃(やぢゃう)に 別れ 夫は 妻に 別る。皆 云(い)ふ: 前後 蠻を征する者,千萬人 行きて 一の廻(かへ)るもの無しと。是(こ)の時 翁 年二十四,兵部の 牒中(てふちゅう)に 名字 有り。夜 深(ふ)けて 敢へて人をして知らしめず,偸(ひそ)かに 大石を 將(も)ちて 槌(たた)きて臂を折る。弓を 張り 旗を 簸(ふ)る 倶(とも)に堪(た)へず,茲(これ)より 始めて 雲南に 征(ゆ)くを 免(まぬが)る。骨 碎け 筋 傷(いた)むは 苦しからざるに非ざれど,且つ圖(はか)る 揀(えら)び退けられて 鄕土に歸るを。此(こ)の臂(うで) 折れてより 來(このかた) 六十年,一肢 廢すと雖(いへど)も 一身 全うす。今に至るも 風雨 陰寒の夜,直(ひたす)ら 天明に 到るまで 痛みて 眠れず。痛みて眠れざるも, 終(つひ)に 悔(く)いず,且つ喜ぶ 老身 今 獨り在るを。然(しか)らずんば 當時 瀘水の頭(ほとり),身 死し 魂 孤にして 骨 收められず。應(まさ)に 雲南 望鄕の鬼と作(な)り,萬人冢上 哭くこと (いういう)たるべし。老人の言,君 聽取せよ,君 聞かずや 開元の宰相 宋開府,邊功を 賞せずして 黷武(とくぶ)を 防ぐ。又 聞かずや 天寶の宰相 楊國忠,恩幸を 求めんと 欲して 邊功を立つ。邊功 未だ立たざるに 人の怨を 生ぜしを,請ふ 問へ 新豐の 折臂翁に。新豐の老翁は歳88 頭髪も眉やヒゲも皆、雪のように白い。玄孫にたすけられて店の前を行く,左のうでは 肩により 右のうでは 折る。翁に問ふ、 うでを折ってから このかた何年か,くわえて問う どういう訳で腕を折ったのか。翁は言う。私は 新豐県に 属し,生まれて 聖代に逢い 戦争もありません。宮中は 歌管の声を 聴くに 慣れ,旗や槍と 弓矢とを 知りません。いくばくも 無く 天子は 大いに兵をめし,戸に 三人の成人があれば 一人を徴兵する。徴兵して 駆り立てられて どこにか去る,五月 はるか遠くの 雲南に行く。聞きところによると 雲南には 瀘水がある,さんしょうの花が 落ちる時 毒気を含むもやが 起る。大軍が徒歩で渡ると 水は湯のようにたちのぼり,まだ 通り過ぎないのに 十人に 二三は死ぬと。村南村北 の なげきの声は 哀しい,子どもは 父母に 別れ 夫は 妻に 別れる。皆 言う: 前後 蛮族を征する者,千万人 行きて 一人の帰るものも無いと。この時 翁 年24,兵部の 公文書に 名前が有りました。夜ふけて あえて人に知らせず,ひそかに 大石をもって たたいて腕を折る。弓を張り 旗をふる ともにできません,これより 始めて 雲南に ゆくのを 免れました。骨は碎け 筋はいたみます 苦くないわけではないのですが,なお計画しました、 兵に選ばれず退けられて 鄕土に帰ることができました。この腕が 折れてからこのかた 60年,手足を失っても 一身を全うする。今に至るも 風雨は陰寒の夜,ひたすら 天明に到るまで 痛んで 眠れず。痛んで眠れなくても, ついに 悔いません,かつ喜びます 老身で今 独り在ることを。そうでなければ あの時 瀘水のほとりで,身は死んで 魂は孤りで 骨は收められない。まさに 雲南で 望鄕の鬼となっていましょう,万人冢上 泣いていることこのようです。老人の言葉,君よ 聞き取ってください,君は聞いたことはありませんか 開元の宰相の宋開府,邊功を賞しないで 武を示すことを 防いだと。また 聞いたことはありませんか 天宝 (唐) の宰相 楊國忠,恩幸を 求めんと 欲して 辺境で功績を立てる。辺境で功績を立てないうちに 人の怨みを生じたことを,お願いします 問うてください 新豐の 折臂翁に。
2024.05.05
「光る君へ」脚本家・大石静に聞く物語の力 Q「光る君へ」の執筆の只中だと思いますが、どんな意気込みで書かれているのでしょうか。オファーをいただいたのは2年半くらい前で、そこから歴史の勉強をしはじめました。平安時代が舞台ですが、史実として残っている部分も一定はありつつ、資料の時点で相当事実に色がついてしまっていると思うのですよね。資料から得られる情報が限られている分、こうだったのではないかなということを想像しつつ、面白く見せられる術を探りながら書いています。主人公は紫式部という世界的に知名度のある人ですが、実のところ生没年もはっきりとわかっていない。そういう人を書くという点では史実に基づくところと創作の要素の両方が入りまじった特殊な仕事だと感じています。今まで多くのドラマを書いてきましたが、人間をどう描くかということを自分自身で問い詰めていくということに関してはどのドラマも変わりません。ラブストーリーであっても、ホームドラマであっても、刑事物であろうとも、常に人の心ってこういうものなんじゃないの、ということを描いていけたらと思って取り組んでいます。Q 視聴者の心を掴む物語を書くために意識されていることは?キャラクターの設定は視聴者に共感してもらえるような要素だけではダメで、意外性が必要です。驚きのエッセンスですね。共感だけで書かれた作品は、視聴者もつまらないなと感じてしまう。ときにそれは裏切りだったりもしますが、観てくれている人にとって「うっ」と引っかかる違和感がないと。これが常識だとか倫理であると誰もが考えているようなラインをぶち破ったところに、心の震えがあるというか、そこに真実の手応えがあると考えていて、私自身が実際にそういう生き方を実践してきたところもあります。それらをドラマの中にちょびっとずつ出していきたいなと思って書いています。Q 大石さんは紫式部という書き手をどう捉えていますか?紫式部の書いた『源氏物語』は世の中でイメージされているような純然たるラブストーリーではなくて、男をあざ笑うところや、政権への批判もあります。そしてそれを表立って書くというよりは、むしろひっそりと忍ばせていた紫式部は、深い教養とともに皮肉な感覚の持ち主で、反骨精神があったのだと思います。私が素敵だなと思う作家は、そこも広義の反骨精神の一つになると思うのですが、自己否定の回路で物事を見つめているように感じます。エッセイでも小説でも、私はこんなに素敵な人生を生きてきました、という内容だけだと、読んでも全然面白くない。紫式部もきっとそうだったのだと思いますが、私なんて、という目線を持った人が書いた物語が素敵だと思っています。紫式部は貴族としては決して裕福でない環境に生まれ、若い頃から人生の不条理さを味わって生きてきて、あきらめないといけないこともたくさんあったはずなんです。そんな中、書くチャンスが巡ってきたら怖れることなく反骨精神を発揮し、称賛を得ました。ただ娘とは最後までうまくいってなかったのでは、と私は想像していまして。作家としてもてはやされる裏側で、そういう寂しさを持ちながら生きていることは悲しいことでもあると最期まで思っていたような突き抜け感が素敵だと思っています。劇作家ピーター・シェーファーの「感動することによってのみ人間は変化する」という、私の心の支えになっている言葉があるのですが、それができるのがフィクションの力であり、エンターテインメントの価値だと信じています。*茂木健一郎「脳の働きを変える一番いい方法は、“感動する”こと」自分の脳の働きを変える一番いい方法は、「感動する」ということです。感動することほど、人を変えることはありません。逆に言うと感動は、人間を変えてしまう「劇薬」です。今までの人生を振り返ってみてください。何に感動したかで、おそらく、その人の人生は決まっていると、私は思います。それぐらい感動というのは、根深い。ライアル・ワトソンという動物行動学者がいます。世界各地へ出かけていって、その自然や文化を見て、美しい文章に表現した人です。そのライアル・ワトソンがまだ若かった頃に、インドネシアのある島に行って、夜、ボートで海に漕ぎ出した。すると、海の底のほうから、1つまた1つと小さな明かりが上がってきて、気づいたら、そのボートが光で取り囲まれていました。イカが発光しながら、集まってきたのです。ボートがゆらめくと、イカたちの光もゆらめいて、ボートの端をたたくと、その光も一緒に振動するようにヴァーン、ヴァーンと動く。その感動的な体験が、ワトソンの人生を決定づけました。ワトソンはそのとき、考えた。イカたちは非常に精巧な眼球を持っていて、この眼球は、イカのあの貧弱な中枢神経系では処理しきれないくらいの情報を扱っている。ではなぜ、イカはこんな精巧な眼球を持っているのか。ワトソンはそこで、イカは自分のためではなく、何かもっと大きなもののために世界を見ているのに違いない、という直観を得る。その体験が、後の『水の惑星』や『風の博物誌』などの、一連の仕事につながっていきました。そのときのワトソンの感動を、想像してみてください。そういうときに、「あれはイカだ」とか「ルシフェリン・ルシフェラーゼで光っている」とか、つまらない分析をして片付けてしまう人だったら、あれだけのメッセージは得られないでしょう。ワトソンは、何かを見てしまった。こういうものを見たときに、何を感じるかで、その人の人生は決まるのです。もう1つ例を挙げると、生命を人工的につくろうという「人工生命」という分野があります。そのパイオニアになった、クリストファー・ラングトンという人の話です。ラングトンがある夜、1人で研究室で仕事をしていたら、フッと後ろに誰かがいる気配がして、「何だろう」と思って振り返ってみました。しかし、そこにあったのは、コンピュータのスクリーンに、白と黒がシミュレーション・パターンで点滅する。ライフゲームだった。普通の人だったら、「なんだ、ライフゲームか……」と思うだけでしょう。しかしラングトンは、「このライフゲームは、確かに生きている!」という、強い直観を得たのです。それが、人工生命という研究分野が立ち上がる、決定的なきっかけとなりました。あるいは、近代日本を代表する文芸評論家の小林秀雄さん。小林さんは、戦後すぐにお母さんが亡くなって、そのことが日本が戦争に負けたことよりも、自分にとってはずっと大きな出来事だった、と書いています。ある日、鎌倉の扇ヶ谷というところを歩いていました。お母さんの仏壇に灯すロウソクが切れたのに気づいて、買いに出かけたのです。歩いていると、ずいぶん大ぶりの蛍が、1匹飛んでいる。そのとき唐突に、「ああ、おっかさんは今、蛍になっている」と思う。それが、アンリ・ベルクソンという哲学者を論じた未完の作品、『感想』の冒頭に書かれていることです。このようなとき、ただ「ああ、蛍ね……」と思う人もいる。あるいは「おっかさんの魂が蛍になっているなんていうのは、迷信だ」と嗤う人もいる。しかし、それを見た小林さんが深く感動したという、そのことがやはり大事なのです。感動できるという能力、つまり自分が楽器だとすると、その楽器をどれくらい大きく鳴らせるか――人と会って大切な話をしているとき、あるいは、何か心動かされる物事と向き合っているとき、人生の大事な局面に佇んでいるとき、自分という楽器をどのくらい大きな音で鳴らせるか――、そのことで、人間の器は決まるのです。小さくしか鳴らせない人は、小さな人になってしまうのです。大きく共鳴できる人は、大きな人になるのです。脳の中には、100種類の神経伝達物質があります。ドーパミン、グルタミン酸、ギャバ、ベータエンドルフン、セロトニン――、いろいろな神経伝達物質があって、われわれの脳の中で、その化学物質が、いわばシンフォニーを奏でています。感動する、大きく楽器を鳴らすということは、その化学物質がザワザワザワーッと脳の中の1000億の神経細胞の間を、走り回っているような状態です。そのとき、われわれの脳は変化する。その神経伝達物質は、脳が自分で分泌する化学物質であり、外から入ってくるものではありません。したがって、どういう化学物質が、どういうタイミングで分泌されるかは、体験している現象に対して、われわれがどれくらい脳を共鳴させているかによって、変わってきます。さきほどの小林秀雄さんが、講演で「君子欺くべし」ということについて語っています。小人は、いつも「騙されまい」とビクビク身構えているから、そう簡単には騙されない。でも、君子はコロッと騙されるものだというのです。本当にそうだと思います。しかし、ずっと騙されっぱなしということではありません。それでは愚かですから。1度は騙される、ということです。少し補足しますと、人間にとって「恒常性」は、たいへん大事です。脳の機能の中でもっとも大事なものを1つ挙げろと言われたら、いろいろなものが挙がるでしょうが、その中に恒常性が入るのは間違いありません。感動するということは、自分がよろめいて、揺るがされているということ。涙が出るということは、処理できないくらい多量の情報を、脳が受け取って、オーバーフローすること。どうしようもないことを、なんとか処理しようとしている結果です。涙は産出物ですから、脳が、何かを外に出している。情動系が、感情が、あまりにも巨大なものを受け取ってしまったがために、どうすることもできなくて、涙が出る。そのことで、なんとか恒常性が維持される。ですから、小林秀雄さんにしても、ライアル・ワトソンにしても、とてつもなく恒常性の強い人、言い換えれば、強い芯がある人です。だからこそ、1つひとつの局面では揺れることができる。ですから、揺れ動くときには、思いっ切り揺れ動かないとだめなのです。アクセルを踏みつ放しにしないと、脳が本当には変化できないのです。朝日新聞の日曜版に、「ホタルの木」という記事が出ていました。インドネシアなどで、無数の蛍が集まる木があるそうです。その蛍の木は、どこにでもあるわけではなく、気象や月齢など、さまざまな条件がうまく一致したときに蛍が集まってきて、何十万匹、何百万匹が一斉に光る。その1、2週間後ぐらいの朝日新聞に、また「ホタルの木」の話が出ていました。どういう話かというと、戦争中、南方戦線に送られた日本の兵士の方々が、たいへんな苦労をされた。その方々が、蛍の木を見たのです。でもそのときは、何か意味がわからなかった。光っている木が確かにあるのだけれども、自分たちは、明日をも知れぬ命です。そういうときに、木が光っているのを見て、あれは何なのだろう、とずっと不思議に思ってきた。戦後60年以上が過ぎましたが、その記事ではじめて、60年以上前に見た、光る木が何だったのかがわかったという手紙が新聞社に送られてきて、掲載されたのです。私は感動して、心の底で、何かが動く気がしました。そういうときに冷めた反応をする人はだめです。私もいろいろな人を観察してきましたが、そういう人は、自分の中に何かとても弱いものがある、あるいは、何か自分を守ろうとしている人が多いように思います。強い人ほど表面は柔らかく、揺れ動くことができる。そして、そういう人のほうが得をします。なぜなら、それだけ、自分を変えるきっかけがあるからです。芯が弱い人は、表面をガチガチに固めて、それを守ろうとしてしまう。せっかく変わることができるチャンスがあるのに、それを逃してしまうのですから、実にもったいないことだと思います。変わるためにどうしても必要なことは、自分の心を開くこと、そしてなるべく恐れをなくして、その状況の中に飛び込むことです。
2024.05.05
第18話 光堕ち道兼に悲劇…道隆の次は“七日関白”後継者は伊周か道長か4/28(日) 第18話は「岐路」。藤原道隆の死後、一条天皇が次の関白にと命じたのは藤原道兼だった。道兼は民のために良き政をと奮起していたが、関白就任の日に倒れ、7日後にこの世を去る。その頃、ききょうがまひろを訪ねてくる。次の関白は藤原伊周か藤原道長か、内裏で話が持ち切りだという。夜、まひろが道長との思い出の場所へ行く。 藤原道兼が“七日関白”と呼ばれる史実通りの流れ。父・藤原兼家に命じられた汚れ仕事を遂行も、後継者に指名されず自暴自棄に陥った日々から“光落ち(堕ち)”(ヒール役の改心などを表すワード)。藤原道兼役の玉置玲央の「摂政を殺せられれば魂なぞくれてやる」という一人芝居が圧巻だった。シェークスピア劇を日本の平安の世におきかえて心理描写を演じる。藤原道隆役の井浦新は、豊臣秀吉の徳川家康ら五大老に「秀頼を頼む」を言い残すのを彷彿させるかのように、見苦しくも「藤原伊周を関白に」と一条天皇に、そして道兼の手をとって頼む。錯乱寸前の演技は、シェークスピアのリヤ王を意識しているのかもしれない。千年の物語(源氏物語)と千年の演劇(シェークスピア劇)との融合「光る君へ」定子に「足りない」連発!崇徳上皇?哀れ道隆“狂気の最期”にネット戦慄「凄まじい怪演」藤原道隆は笛の演奏をした直後に昏倒。安倍晴明を呼び「目が霞む、手が痺れる、喉が乾く。これは、誰ぞの呪詛に違いない」「心当たりはありすぎる!」「おまえの祈祷で、わしの寿命を伸ばせ!」晴明「もう関白は何をしても助からぬ」と弟子の須麻流に祈祷を任せる。道隆は藤原道兼も呼び「もしわしが倒れても、いまだ懐妊せぬ中宮様も、貴子も、伊周も、隆家も、支えてやってくれ。酷なことをしないでくれ。どうか、どうか、どうか、どうか…伊周を、我が家を、頼む」と懇願した。内大臣・伊周に「内覧」(帝に奏上する文書や帝が宣下する文書を事前に読むことが可能な、関白に準じる職)の宣旨を、という道隆の願いを一条天皇は保留し「下がれ」。打ちのめされると、その足で定子に「早く皇子を産め!」「足りない、足りない、足りない、足りない、足りない、足りない」と鬼気迫る様子で詰め寄る。 一条天皇は伊周に内覧を許可したが、「関白の病の間」という条件付き。内裏の公卿からも疫病による死者が出た。 道隆の病状は悪化し、足元もおぼつかない。 御簾をめくり上げ、一条天皇に「お上!伊周を、関白に!」。周囲の者に制止されるほど、狂気が宿った。 長徳元年(995年)4月10日。 道隆は高階貴子に見守られ、亡くなる。43歳の生涯だった。 道隆「そなたに会ったのは、内裏の内侍所であった。スンと済ました、女子(おなご)であった」 貴子「道隆様は、お背が高く、キラキラと輝くような、殿御(とのご)でございました」 道隆「忘れじの 行く末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな。あの歌で、貴子と決めた」 藤原道隆の最期は酒好き、飲水の病(糖尿病)が原因とされる。儀同三司母(藤原伊周の母、高階貴子)が女心を詠んだ「忘れじの 行く末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな」は百人一首の54番。あなたはおっしゃった「いつまでもあなたの事を忘れない」けれど将来の事は分らない幸せな言葉を聞いた今ここで命が終わればいいのにと思う 井浦は2012年の大河「平清盛」で菅原道真・平将門と並ぶ“日本三大怨霊”崇徳上皇の最期を怪演。その再来とも呼べるような道隆の狂気を体現した。SNS上には「崇徳上皇を彷彿とさせる井浦関白様の怪演が凄まじかった」「道隆に崇徳上皇が乗り移っておる」「哀れだ、道隆。関白秀吉の最後みたい」「家康に秀頼を頼む秀吉状態」「完全に悪鬼」「井浦さんの狂気の芝居、最高」「知的で冷静だった道隆が見る影もなく完全にご乱心。自分自身の欲望に呪詛されてしまったような浅ましい悪霊じみた様に」などの声が続出。視聴者に戦慄が走るとともに、井浦の熱演には絶賛の声が相次いだ。
2024.04.29
藤原道兼は内大臣になった藤原伊周に「おまえは疫病のことをどう思っておる」伊周「貧しい者にうつる病ですゆえ、我々は心配ないかと」道兼「そのような考えで内大臣が務まるとは思えぬな」伊周「叔父上は何か良きことをなさったのでしょうか? このまま何もなさらないのも悪くはないと存じますが」と疫病の状況を把握しようと、藤原道長が患者のいる悲田院に行こうとすると道兼は「やめておけ」「俺が見てくる。汚れ仕事は俺の役目だ」都で疫病が蔓延し、以前文字を教えていた少女・たねを悲田院で看病していたまひろ。看病の甲斐なくたねは亡くなってしまう。悲田院にはたまたま道長も駆けつけており、2人は久しぶりの再会を果たす。しかし、まひろの息は荒くぐったりとしており、感染している様子。道長は、倒れかけたまひろをお姫様だっこで抱きかかえ、彼女の自宅に運ぶ。そして、一晩まひろを看病する。「生まれてきた意味は見つかったのか?」「逝くな! 戻って来い!」💛「何かよきことをなさったのでしょうか?叔父上は?」俺がみてくる!「叔父上は?」を「あなたは?」へ自らの問いかけとしてみる。「俺がみてくる!」を「私がやります!」と実践に移す習慣にする(^^)*藤原道隆「さような汚らわしきこと、お上がお知りになるまでもございませぬ」一条天皇「病に苦しむ民を放っておいて良い訳がない」「煬帝の隋がほろびたのは、兵の備えを怠ったからではない。 民をおろそかにし、徳による政を行わなかったから、と書いてある」一条天皇を演じる塩野瑛久「幼いころに即位して自分の中で自覚が芽生えつつも、まだ若いというところで至らないところもあると自覚はしているものの、民に寄り添い本当にこの国をよくしようと一生懸命動こうとしている描写はいくつかあって。関白の言いなりになるのではなく、自分の頭で考え、自分で行動し、よき政を行っていこうという意志はすごく感じ取れるので、すごく聡明な愛情深い天皇なんじゃないかなと思っております」貞観四年(六三〇)に、房玄齢が「今、武器を調べましたところ、隋の時代よりもはるかに充実しています」と報告した。太宗は答えた。「武器を整備して敵に備えるのは確かに重要なことではあるが、それよりも私は、そなたたちが心を政治の道に留め、忠義と貞節を尽くして人民の生活を安泰にしてほしいと願う。それこそが私の武器である。隋の煬帝は、兵器が足りなくて国を滅亡させたのではないであろう。まさに仁義の道を修めなかったために、天下の人々が怨んで反乱を起こしたから滅んだのである。そのことを心に留めておかねばならない。(講談社学術文庫「貞観政要 全訳注」)
2024.04.23
「光る君へ」道長が朝帰り→名探偵倫子の勘&不敵な笑みにネット戦慄「黒木“華の影”」まひろと劇的再会4/21(日) “ラブストーリーの名手”大石静氏がオリジナル脚本を手掛ける大河ドラマ63作目。千年の時を超えるベストセラー「源氏物語」を紡いだ女流作家・紫式部の波乱の生涯を描く。大石氏は2006年「功名が辻」以来2回目の大河脚本。吉高は08年「篤姫」以来2回目の大河出演、初主演となる。 第16話は「華の影」。近江・石山寺からの帰路。まひろは図らずも、さわを傷つけていることを知り、落胆。後宮に藤原伊周や藤原隆家らが集って賑わう中、藤原詮子が現れ、一条天皇らに緊張が走る。その頃、都は疫病が蔓延。ある日、たねがまひろを訪ね、悲田院に行った父母が戻らないと助けを求める。悲田院に向かった目にしたのは…という展開。 疫病対策を藤原道隆に訴える藤原道長も悲田院へ。「汚れ仕事は、俺の役目だ」と先着した藤原道兼に合流。惨状を目の当たりした。 そして、まひろと運命の再会。子どもたちを看病し、自らも病を患ったまひろは意識を失う。 道長は高熱のまひろを藤原為時(岸谷五朗)の屋敷に連れて帰り、夜を徹しての看病。「久しいのう。なぜ、あそこにいた。生まれてきた意味は、見つかったのか。逝くな。戻ってこい」と、うなされるまひろに語り掛けた。 翌朝、熱は下がった様子。為時は感謝しつつも、政務を担う道長を気遣い、帰宅を促した。道長はまひろの手を握るのをやめ「大事にいたせ」(心の声)と立ち去った。 土御門殿。源倫子は愛猫・小麻呂を抱きかかえながら「お帰りなさいませ」と道長を出迎え。赤染衛門が「ゆうべは高松殿でございましたか」と声を掛けると、倫子は「衛門。殿様、ゆうべは高松殿ではないと思うの。殿の心には、私ではない、明子様でもない、もう一人の誰かがいるわ」と低い声。直後、口角を上げ「フフフ」「オホホホホホ」と微笑んだ。 SNS上「名探偵倫子。不気味な笑み」「笑ったのは正妻の矜持か」「不敵に笑う倫子さま、素敵」「いよいよ倫子のうふふふ…がホラーみを帯びてきた今日この頃」「流石の女の勘」「鋭すぎる洞察と笑い声が…こ、怖い」「華の影。道隆一家の横暴云々という意味だけではなく『(黒木)華の影』という意味もありますよね?」「サブタイと倫子様の中の人の名前が掛かってるのかな?」「(まひろと道長が)ここで会えるなんて」「こんな再会の仕方…王道少女漫画やん!そして姫抱き!」などの声が続出。視聴者を恐怖に陥れるなど、反響を呼んだ。*倫子の発言にざわつくネット 倫子はまひろへ「少しお話を」といって引き留める。 まひろは兼家が摂政となり、父が役職をクビになったため、倫子になんとかならないかと相談を持ちかけていたが、倫子からそれは無理だと断られていた。 倫子はその後のまひろの父の様子を尋ねながらも、女子トークを開始。まひろ「なぜ倫子様は婿を取られないのですか?殿御から文が山のようにとお聞きしてましたのに」倫子「今、狙っている人がいるの」「両親は私が猫にしか興味がないと思ってますけど、思う人はいるのです」まひろ「それはどなたでございますか?」倫子「言えない~」「でも、必ず夫にします。この家の婿にします」まひろ「それは楽しみでございますね」SNS「うわー!ものすごくハンターじゃないですか!狙った獲物は逃がさない!必ず夫にする、この家の婿にするって、うわー!倫子めっちゃ肉食だったわー!」「『必ず夫にします』肉食系女子倫子様」「倫子“必ず夫にします”だなんて強気で好きだわ」「倫子様、道長のことを『好きな人』ではなく『狙っている人』、『夫にしたい』ではなく『夫にする』と言い切る辺り強くて好き」これって、荒井由美の『待ち伏せ』の歌の世界(^^)
2024.04.22
<光る君へ>泣き叫ぶ玉置玲央“道兼”に視聴者くぎ付け「まるで舞台!」舞台出身俳優の魅力爆発4/20(土) 「源氏物語」を生み出した平安時代の女流作家・紫式部の人生を描く「光る君へ」。脚本家・大石静が脚本を務め、主人公・紫式部こと“まひろ”を吉高が、彼女の生涯の“ソウルメート”となっていく藤原道長を柄本佑が演じている。第15回では、藤原兼家の死後、その長男である道隆一族が強大な権力を握っていく様子が描かれた。娘・定子が一条帝の寵愛を受けていることも追い風に、自身は摂政となり、息子・伊周も順調に出世…と隆盛を極める道隆。その一方で、兼家に尽くした挙句、冷たい仕打ちを受けた道兼は、公任の家に入りびたり、酒におぼれる日々を過ごしていた。公任から事情を聞き、道兼を連れ戻そうと道長がやってきた。道長「兄上のこのようなお姿、見たくありません」道兼「俺は父上に騙され、ずっと己を殺して生きてきた。そして父にも妻にも子にも捨てられた。俺のことなぞ忘れろ」道兼「俺はもう死んでんだ。とっくの昔に死んでんだ。死んだ俺が摂政を殺したとて、誰も責められぬ。摂政が殺せたら魂などくれてやる。」道長「まだこれからではありませぬか!兄上は変われます」「しっかりなさいませ!」今回「光る君へ」で、まるでスポットライトが当たっているかのように視線を引きつける演技を見せた玉置。全身にみなぎる緊張感も、舞台俳優としてのキャリアの賜物だろう。視聴者からも「道兼と道長のシーン、まるで舞台を見ているようだった」「道兼が涙を流すシーン、シェイクスピアの舞台を見ているみたいだった」「道兼の声がいい。舞台俳優さんだからか、納得」といった声が上がった。4月21日(日)放送の第16回「華の影」予告では、道兼がなにやら決心した表情で道長に「汚れ仕事は俺の役目だ」と伝える場面も。どん底から這い上がった道兼が、道長と力を合わせる展開となるのだろうか。「光る君へ」藤原道長は『ゴッドファーザー』アル・パチーノをイメージ 柄本佑、プレッシャーを明かす2024年3月18日柄本は本作の道長像について、脚本を手掛ける大石静からイメージとして提示されたのが映画『ゴッドファーザー』シリーズ(1972・1974・1990)でアル・パチーノが演じたマイケル・コルレオーネだったことにプレッシャーを感じたと話す。 「吉高さん、大石先生とは過去に1度同じ座組でご一緒させてもらったことがあったのですが、その現場がすごく楽しくて。僕にお話をいただく前にニュースなどでお二人で大河をやられると知って“ちぇっ、いいな……楽しそうだな”と寂しく思っていたので、その座組に入れる喜びがまずありました。道長に関しては、時の権力者としてのヒールっぽい感じ、家の繁栄のためには家族も利用するというようなイメージがあったのですが、大石先生と初めに打ち合わせをさせてもらった時に、そうではなく実はとても人間味があったんだと。末っ子で、のんびりやだった彼があれよあれよという間に頂点に上り詰めていく、『ゴッドファーザー』のアル・パチーノ(演じるマイケル)のような感じにしていきたいとおっしゃっていました。何がプレッシャーって、それが一番プレッシャーでした(笑)」
2024.04.21
大河ドラマ「光る君へ」藤原道兼役・玉置玲央「勝手に尊敬しています」と語る“共演者”とは?💛4月14日の「光の君へ」の玉置玲央が演じた藤原道兼はシェースクピア劇を見ているようだった。それまでは己の激情と父の命を忠実に果たそうと花山天皇を唆して出家させる裏切りを憎々しげに演じていたが、己の政権トップになろうとする野望を父に「「お前のような人殺しに一族の長が務まると思うのか!」と叱責、道兼も一歩も退かず、「父上こそ、帝の父の円融院に毒を盛り、花山院の女御様とそのお子を呪詛した挙句、殺め奉った張本人」と、父を憎しむ。父の喪にも服さず、酒におぼれる日々に妻も愛想をつかして、子と共に去り、藤原公任(きんとう)の元に転がり込んで酒びたりの日々。道長は公任に頼まれ、兄を連れ戻しに来る。そこから「摂政(兄・道隆)を殺しせたら、俺の魂などくれてやる」と苦悩に憔悴した悲壮な一人舞台を演ずる。まるで暗闇の中でシェークスピア劇の名優がスポットライトを浴びて演じているような真骨頂を見ているようだった。しかし、キリスト教文化圏では、オセローなどのように、悪役は悪役(悪魔は悪魔)のままなのに対し、仏教文化圏では、生まれ変われることを信じる。道長「もう父は死にました。兄上は生れ変れます。」「人はこの世において生れ変れる」後に道兼は、道隆についで関白となる。それは道長が関白になるためにも必要なステップでもあった。道隆の息子 伊周(これちか)が弓比べで叔父道長に「願い事を言って競いましょう」と挑み「我が家より天皇が出る」と言って的から外す。道長も同じく「我が家より天皇が出る」と言って的のど真ん中に的中する。伊周は「我、関白になる」と言って、的を大きく外す。道長も「我、関白になる」と言って、的に矢を向ける。鷹揚に見ていた道隆は「もうやめよ」と弓比べをやめさせる。シェークスピア劇の 魔女が将来を予言する場面を 弓比べ に置き換えたよう(^^)玉置玲央「現場の雰囲気はものすごく良くて、出演者同士みんな仲がいいですし、和気あいあいと撮影を進めている感じです」山崎怜奈「(藤原道兼は)1話目から衝撃的でしたね!」「いたたまれないというか、だんだん不憫になってくる」玉置「時代も進んでいって、人間関係もどんどん変わっていき、新しい登場人物とかも出てきて、立場もそれぞれ変わっていく。なので、藤原道兼も彼なりに成長し、変化が起こっていくんじゃないかな」山崎「影響を受けた共演者は?」玉置「皆さん素晴らしい俳優さんばかりですが、やっぱり父上(藤原兼家役)の段田安則さんじゃないですかね。自然体なお芝居を当たり前のようにやられていて、一緒に撮影するなかで“これはおいそれとはできないな”と思いますし、僕が勝手に尊敬しています」玉置さんは、3月8日(金)~3月31日(日)から東京芸術劇場 プレイハウスで上演される「PARCO PRODUCE2024リア王」の舞台を演じた。ここでは、異母兄エドガーを追放に追い込むエドマンド役という、これまたひと癖あるキャラクターを演じた。玉置「たまたまなんですけど、藤原道兼にちょっと通じるような、“悪い人”という括りでいうと、結構通じるところがありますね(苦笑)」(イギリスの演出家ショーン・ホームズの演出法について)「ものすごく独特で、演劇は最終的に上演することを目的として作っていくわけですが、彼の演出は実験的なことが多いです。例えば、(今まで稽古してきたものを)当たり前のようにゼロに戻す。俳優にとっては、せっかく組み立ててきたものを壊すのは不安になるんですけど、それを恐れずやっていって、気づいたらできあがっている。不思議な演出というか、毎日油断できないですね」リスナーから届いた「なぜ400年以上も前にできたシェイクスピア作品は、今もなお愛されているのでしょうか?」とのメッセージに対し玉置「やっていて思うのは、(シェイクスピア作品はどれも)現代に通じる普遍的なテーマを必ず扱っています。例えば、家族問題や政治、人種問題など、400年経っても人間は同じ問題を抱えている。それを扱っていることが、現代でも愛される部分だと思いますし、僕ら演じる側も、取り組んでいて“楽しい”というか、前のめりにやれる部分でもありますね」💛やはり玉置玲央は「光る君へ」で、シェイクスピア作品を演じていたのである(^^)玉置玲央さん「視聴者から嫌われるかと心配でしたが、意外と好意的に見ていただけてホッとしています。」【今会いたい男】4/14(日) 玉置玲央さんは、ヒールに当たる藤原道兼を演じて、一躍注目を浴びている。「視聴者から嫌われるかと心配でしたが、意外と好意的に見ていただけてホッとしています。最近は“不憫”と同情の声もあって。父親役の段田安則さんにまで、父に人生を左右されて可哀想になってきたとからかわれました(笑)」段田さんとの共演とヒール役が続く舞台『リア王』でも、観客と舞台をつなぐ役割を任されているのだと語った。「ひとりで何かをするより、誰かに助けてもらって何かすることが性に合っているような気がします」「『リア王』は正しいと思うことをした人が早逝する悲劇の物語。僕は正しいと思うことを貫くことに共感します」『光る君へ』の今後は、あまり仲良くない藤原三兄弟(井浦新、玉置、柄本佑)が力を合わせる局面がお気に入りだと言う。「大石静さんの脚本には時々、感情や動きが目に見えるように細やかに書いてあって、まるで演じる俳優に対する恋文のようです。それを完璧に再現するか、あえて選択しないか、それも自分の信念に従っていいんじゃないかな」「シェイクスピアの戯曲というのは、登場人物が衝動的に動くこともあります。理詰めじゃなく沸騰したように急に怒ったり、突如として恋に落ちてしまったり。感情の振れ幅が極端なのもシェイクスピア戯曲の面白さで、それをどう成立させるかは、演じる側の力量が問われるところなんです。『リア王』はダイナミックに展開する作品ですが、今回は“どうして、そういう結果になってしまったのか”という悲劇に至るキャラクターの精神面をクローズアップして描きます」「段田さんはどの役に取り組んでいらっしゃる時も、どの現場でご一緒する時も、きちんと芯を持っていらっしゃって、同時に、そのお芝居や戯曲の中で役を演じる際、まるで散歩や泳ぐように、ある種エンジョイして演じられている姿をどの現場でもお見かけしました。その背中を追い掛けていこうと思える偉大な先輩だと思います」
2024.04.15
『光る君へ』柄本佑は“字が道長” 書道指導・根本知氏も驚き「道長の生まれ変わりのような方」4/7(日)『光る君へ』道長役の柄本佑(たすく)は、書道シーンのみならず、手紙などの作り物も自身が書いている。実際に残っている道長の字と柄本が書いた字が似ていたそうで、題字と書道指導を担当している根本知(さとし)氏は「柄本さんは道長の生まれ変わりのような方」と語る。書道シーンはキャストが実際に書いているが、完成版として登場する手紙や巻物などの作り物は基本的には根本氏が手掛けている。だが、道長に関しては、柄本が書いた字が道長の字と似ていたため、作り物も柄本が書くことに。根本氏は「字が道長だったので、素晴らしい配役だなと思いました」と驚いたという。「道長の字は『御堂関白記』で残っている。自分の日記だから気楽に書いていて、乱雑ですが温かい字なんです。その字と、柄本さんに初めて会って書いてもらった仮名文字がすごくリンクしていて、僕は“佑フォント”と呼んでいますが、文字からみる柄本さんは道長の生き写しのような方。生まれ変わりのような方だと思っています」練習を重ねて、柄本の字も上達。根本氏は「最近の悩みは柄本さんの字がうまくなっていること」だと語る。「能力が高い方なので、練習しているとどんどんうまくなるんです。最近は、一番はじめに書いた、ちょっとつたないものを使うように。柄本さんが『これ使うの!?』とおっしゃっても、『これじゃないと、うますぎてOKが出ません』と」ただ、“書の達人”である藤原行成(渡辺大知)から書を指南してもらうシーン(第12回)以降は、うまくなっていく必要があるため、その上達ぶりに応じて柄本の字も変えていくのだという。根本氏は「シーンによって、うまく書いてはいけないとか、逆にうまく書かないといけないとか、大変ですよね」と柄本を労う。そして、作り物の制作にも疲れた顔を見せずに協力している柄本の姿勢も称賛。「柄本さんはリハーサルが終わった後に1時間くらい残って作り物を書いてくださっていて、お疲れなはずなのに、『やるよ! 好きだから』と言ってくださっていて、素晴らしい方だなと感じています」
2024.04.08
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