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2009.09.27
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テーマ: 鉄道雑談(1639)
カテゴリ: 東武電車の話
日付が変わりました。皆様、いかがお過ごしでしょうか。
それでは本日も 「東武特急歴史の旅」 に出発しましょう。まずは時計の針を1956年 (昭和31年) に戻してください。

この年の10月、キハ44800形 (後のキハ55形) による準急 「日光」 号が運転開始されました。それを予想していたのか、東武鉄道ではその年の4月、5700系を上回るほどの豪華特急電車を登場させました。

それが1700系ロマンスカー 「白帯車」 8両です。これは東武としては初のオール電動車 (モハ)

車内の座席はリクライニングシートを採用しました。これも当時の国鉄では、特別2等車 (現在のグリーン車に相当) にしか採用されていなかったもので、斬新的な旅客設備でした。日光方のモハ (A車) には湯沸し器を備え付けた売店が、浅草方のモハ (B車) にはトイレと洗面所が設けられました。洗面所はステンレス製の洗面器の他、客室の仕切り寄りには飲料水タンクも設けられました。


外観は正面・側面とも従来の東武電車のイメージを変えた、スマートなスタイルとなっていました。塗装もマルーン色とベージュ色に塗り分けて、白帯を締めたことから “白帯車(はくたいしゃ)” の通称で親しまれました。この1700系デビューで、最高速度は時速95kmから105kmに引き上げられ、浅草~東武日光間の所要時間は1時間59分40秒となり、2時間の壁をついに破りました。

これに伴い5700系特急電車8両は、1700系と交替するかのように特急の座を下りて青帯を締め、日光線の急行用として使われるようになりました。そして 「急行料金」 が設定され、日光線系統に初めて 「料金が必要な急行列車」 が走る事になりました。尚、5720系4両だけは新性能だったので、白帯を締めて特急用として残り、時には1700系+5720系という特急列車も走りました。

翌1957年 (昭和32年) 8月には、外国人観光客を意識してか、洋式WCを備えた1710系4両を増備しました。これに伴い、特急は全て1700系グループで運転されることになったため、5720系も特急列車の座を下り、急行用に格下げとなりました。

“ノンストップ特急” が運転開始され、所要時間は1時間57分となり、翌1958年 (昭和33年) 4月5日からは1時間55分にまで短縮されました。これは明らかに、ライバル・国鉄のキハ55形準急 「日光」 号への挑戦状です。またスピードアップを図るため、今まで実施されていた、特急列車の日光・鬼怒川併結運転は姿を消しました。売店では、本格的な喫茶の営業も始まり、富士アイスの喫茶部が担当しました。

私の手元にあります東武1700系のカタログ 「新鋭ロマンスカー説明書」(ヤフーオークションで1万円で入手) によりますと、当時のこの特急車の設計にあたっては次の6点が特に重視されています。



(2)平行軸式駆動装置を採用したこと

(3)多段式制御と電空連動制動装置を装備したこと

(4)快適な乗心地を保つよう特に回転式リクライニングシートを採用したこと

(5)車内に売店・その他の施設を備えサービスの向上をはかったこと

(6)私鉄経協制定の標準仕様書に極力準きょしたこと




また、昭和31年12月1日から特急のみに付けられていた列車愛称が、急行にも付けられるようになりました。ちなみにこの頃は列車ごとに名前が異なり、鉄道ファンにとっては楽しいものでした。

それでは、その名前を当時の時刻表から拾ってみる事にしましょう。
●下り特急 
「けごん」、「きぬ」、「おじか」、「たかはら」

●下り急行 
「にょほう」、「ゆにし」、「おくきぬ」、「いかり」、「あかなぎ」

●上り特急 
「けごん」、「きぬ」、「おじか」、「たかはら」、「きりふり」、「さち」

●上り急行
「にょほう」、「ゆにし」、「あかなぎ」、「なんたい」

その後、特急には 「かわじ」 「ようめい」 、急行には 「しもつけ」 が加わります。

1700型 「白帯車」 特急は、これまた特徴だった逆三角形のヘッドマークを付け、日光へ鬼怒川へと走っていました。



この1700系の特徴だった逆三角形ヘッドマークも、後の冷房設置、側窓の固定化工事の際に姿を消しました。

このようにして 「日光線戦争」 で国鉄の新鋭気動車準急 「日光」 号を新型ロマンスカー・1700系「白帯車」で打ち負かせた東武でしたが、その安泰の時期は長くは続きませんでした。

1958年 (昭和33年) 4月14日、東北本線の大宮~宇都宮間の電化が開通しました。翌1959年 (昭和34年) 9月22日にはライバル・国鉄日光線も電化され、キハ55形気動車で運転していた 「日光」 号も当然電車化されることになりました。

そして東武を再度震え上がらせる、あの準急用電車が登場するのです。 「オールド鉄道ファン」 の皆様はもう、これが何の電車だかお分かりですよね。しかし、この電車について語りますとまた長くなってしまいますので、この電車の事はまた次回をお楽しみに。


東武デラックスロマンスカー


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最終更新日  2009.09.27 00:26:04
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