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子供に遺伝するあらゆること。たくさん耳にしますよね。でも実際はあまり遺伝とは関係なく、同じ生活環境で培ったもののほうが強く出るそうです。運動神経にしても勉強の出来にしても、特に劣性の遺伝子でない限りその差というものは無く、むしろ運動する環境が常にあったり、勉強出来る環境が揃えられていたということのほうが重要なのだそうです。子供はクローンではないので、その可能性は無限大。そしてそれはすでに一個人なんですね。ただ、9割型遺伝だな~と思う事も多々あります。例えば甥っ子の手相。100人に一人の成功運の持ち主って言われる、感情線と知能線が一本になっているもの。それは父と祖母(甥からみたら祖父と曾祖母)も全く同じ。(この方達が成功を収めたかどうかは…どうかな…)私の次男坊の右側の口角にしか出ないえくぼは、私の兄と全く同じ。その他もろもろありますが、予想だにしない子供達の考えや行動を見て笑ったりハラハラしたりすると、やっぱり個性なんだなと思うんです。病院の待合室でただただじ~っと3時間も待てる、当時2歳前の長男。揚げ句の果てには寝てくれてこの辛抱強い遺伝子は誰のものか?後日、私だ私だと家族が自己主張また、風呂場では浅い湯量にも関わらず絶対に浴槽のヘリから手を離さない、当時2歳半の長男。体育座りしてもその湯量じゃ肩ぐらいでしょ?って言ってもダメ危ないからと子供らしからぬ超慎重派。一方、座ると明らかに口にお湯が入っているのに、ガボガボと時々お湯を飲みながらでも座って遊ぶ1歳2ヶ月の次男。危険なことはかえりみないデンジャラスボーイ浴槽をはい上がってでも湯舟に浸かろうとします手がベタベタすると自ら手を洗い、おしっこが少し付いちゃったと言ってはパンツを履き替え、次男のヨダレが付いたと言っては泣きじゃくる長男。無類の潔癖症一方、湯舟でうんちしちゃう1歳2ヶ月の次男かなりのデンジャラスボーイ1歳でパズル、2歳で人の顔を描き、3歳でひらがなをとんとん拍子に自ら学んでいった長男一方、パズルもクレヨンも食べてしまう次男無類のデンジャラスボーイここまでくると自由人です兄弟だからって性格まで似てる訳ではないんですね夫婦で、どっちが自分に似てるなんてしゃしゃり出て口に出せないのは言うまでもありませんただやっぱり次男のほうが本来の子供らしさなんだと思います毎日面白い
2011.01.24
先日、幼なじみ4人と新年会をしました。 毎年皆の子供達も連れて集まるんですが、1番上の子で今度小学生ってのが3人いて、早くもこんなママ達の集まりに『勘弁してよ~』と来ない子も(笑) 今の子供はしっかりしてますわ〓 子供が出来てからはなかなか会える事も少なくなって、保育園や幼稚園に行く年になると尚更会えず〓でも何とか年に一度お互いの元気な姿を確認出来ています。 今年の話題は、肌荒れやお金の事、更にお墓問題まで〓 かかとのひび割れにはこの靴下が良いだとか、親に小遣いあげる年になっただの、それでもやっぱり金が無いだの、自分は嫁に行ったのに親にお墓をこっちに買いなさいと言われただの、話は尽きませんね。 話題が年々ババ臭くなってくる(笑)仕方ないね、現実だもんね〓 若い頃、飲んでてよく喧嘩して〓そう思うと最近は言い争いすらしなくなったな。少しは大人になったのだろうか。単に相手の粗が見えてないだけだろうか。 その中の一人に、5年前に子宮けい癌を患って経腟と子宮を摘出した子がいるの。幸い、長女を出産後でした。 今では、すっかり元気になって病院の健診も5年毎になって、転移の心配も少なくなるまでに回復してホッとしています。 今回の新年会では、どうしても彼女に伝えたい事がありました。 『生きる』ということ。 たぶんそれは、死と隣り合わせにあったことのある彼女が一番良く知っている事。 でも、どうしても伝えたかった。 私の義姉が精神分裂病を患って、赤ちゃんを育てられなくなった時、私の母が言ったの。 『お母さんさえ元気でいてくれれば、こんな事にはならなかった。』 って。 普段、人の事にはほとんど口出ししない母なので、私も一瞬驚いた。 旦那のお母さんは長年うつ病を患っていて、入院生活もかなり長い。 だから義姉さんは、頼るところもなく、産後も一人で赤ちゃんのお世話と家事をしていたんだと思う。 私の母は私がまだ幼い頃、子宮癌を患って子宮を摘出しています。 病気を宣告された日は、奇しくも宮城県が大洪水に見舞われたあの日で、母は大学病院から帰る時、勾当台公園で一人泣いたそうです。 『死ぬかもしれない…』という不安、入院、手術、仕事は、子供達は、家のことはどうするの…と。 でも、こんなところで死ぬわけにはいかない。まだまだ生きなければならないと強く思ったそうです。 私の母が旦那のお母さんに対して思った『お母さんさえ…』という言葉はきっと、その日母が強く思い、弱音を吐くまいと自分自身を律してきた日々を一気に思い出し口から出た言葉なのだろうと思いました。 その友人が一度目の手術を終え、病院から私に電話をくれた事がありました。 それは、子宮を残すかどうかという相談でした。 癌のある経腟は摘出したけど、転移の可能性、もしくはすでに転移しているかもしれない子宮そのものを摘出するかと病院側から選択を迫られた時、彼女は可能性があるならば、娘にいずれ兄弟を作ってあげたいと思い、子宮は残したいと家族に伝えたそうです。 でも家族はそれに大反対。娘に必要なのは兄弟ではなくて母親なんだと。 どうしても腑に落ちない彼女は私に電話をしてきました。 そこで私が言ったのは、 『私も子宮を残したいと思う』 って言ってしまったの。 彼女は、私に同意され、自分の意見を理解してくれる人がいることに満足して電話を切りました。 その時私はどんなに馬鹿げた事を言ってしまったのか理解する余地もなかったんだけど、今、やっと解った気がして、どうしても彼女に伝えたかった。 あの時、あんな事言ってしまってごめんなさい。 私にとってもあなたの家族にとっても、一番大事なのはあなたの命なんだって今頃気付いたよ。 子供を産むだけが母親じゃない。 子供を子供のうち育てるだけが母親じゃない。 自分に孫やひ孫が生まれた時には、『おばあちゃん』になり、子供を助け、赤子を可愛がり、『おばあちゃん』という存在はどれだけ大事であったかいものなのかを自分自身で教えなければならない。 死ぬまで母親は母親。子供は子供。親の生き様を見て子供がどう捉えるかは自由だけど、生きて示さなければいけないことがたくさんある。 子供が母親を必要としている時に、必ず側にいてやらなければならないと強く思う。 この数ヶ月そのことばかり考えていた。 私なんか、家の事で何かにつまづくとすぐに、私がいなかったら旦那は生きていけるのだろうか、子供達は生きていけるのだろうかってばかり考えちゃうけど、それじゃダメなんだって。 責任感のかけらも無いことに今更気付いたよ。 何を犠牲にしても守らなければいけない存在が出来たのだから、私はもっと強く生きたい。
2011.01.14
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