2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全5件 (5件中 1-5件目)
1

なつかしの寝台特急「日本海」・演歌をBGMとして見てみると・・・。東海道本線・湖西線・北陸本線・信越本線・羽越本線・奥羽本線を走っていた。
2014年04月19日
コメント(0)

スイッチバックにしなければならないほど傾斜してないように見える・・・。これは、日本海側の直江津港付近に中国大陸・朝鮮半島等の反乱軍が侵攻・上陸して直江津機関区の機関車と列車を乗っ取り長野を経由し松代大本営、東京や京都などに攻め入らないように列車運転妨害するためと、関山演習場内に臨時の軍事工廠をつくり兵器を量産するための部品を搬入・完成品を搬出する貨物駅としての役割もになっていた。[(概要・本文引用)昔は、スイッチバックだった関山駅。時代の流れで消えて行ったスイッチバック。そんな関山駅を訪ねて、昔の風景を重ねてみました。]
2014年04月03日
コメント(0)

明科駅で旧明科機関区の補助機関車(後補機)を連結して、旧信越本線 篠ノ井駅までプッシュプル運転した。中学3年生の修学旅行の帰り、神戸の鷹取工場で検車を終えた新造のモハ165系6両編成回送列車(鷹取工場→長野工場)が木曽地方が集中豪雨で不通になったため、名古屋駅で急遽、中央西線経由から東海道本線・身延線・中央東線経由の臨時団体列車999Mに変更になり乗車できた。名古屋駅から長野駅まで帰る途中に列車行き違いをした思い出の場所の一つでもある。[(概要・本文引用)「旧国鉄篠ノ井線廃線」って検索すると一杯結果が出てくる。そこは、安曇野市が観光として力を入れている一つで、国鉄時代に列車が走っていた廃線跡を歩けるようにした所なのです。行ってみると、そこにはトンネル、架線柱や信号機、キロポスト、勾配標識、速度制限標識と鉄道のグッズが一杯残っている。しかし、そこにはもう線路は無い。ここに昔、列車が走っていた・・・・・と言う伝説が消えないように残されている。でも、どんな列車が走っていたのだろうか?ほんの少しですが、潮沢信号所に列車が走っていたビデオが家の中に眠っていたので、ここにアップロードしました。]
2014年04月03日
コメント(0)

深夜23:24に旧信越本線 横川駅 下り本線4番に到着する金沢駅行き。現在4番線以降は廃止になり、アスファルトの下に眠っている。時刻は1992年3月発売の「小型全国版 総合時刻表 弘済出版社」より[(概要・本文引用)ニコ動から転属]
2014年04月03日
コメント(0)

旧信越本線・碓氷峠区間を越えられるように、キハ81系(11両)を改良しEF63との協調運転が可能な装備を施し、トルク(馬力)を1両分増やして12両にした車両らしい。高度経済成長だった国鉄時代に比べて人口・貨物が減少したんで”キハ”系の気動車を”キイ””キロ”系にしてみてもいいかも知れない。旅客列車の重量区分は”イ・ロ・ハ・ニ・ホ・ヘ・ト”で貨物列車の重量区分は”ム・ラ・サ・キ”になっている。ちなみに客車列車”スハフ”の場合は、水道(洗面台)=”ス”重量区分=”ハ”風呂(シャワー)=”フ”という意味らしい。
2014年04月02日
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1