Wyhappyの部屋

Wyhappyの部屋

中国の巻その2



 朝5時に起きたが、まだ暗い。今日は7時半にホテルを出るので、朝食は6時45分に摂った。朝はお粥に限ると思いながら、つい賤しいので色々なものを取ってしまう。ピータンがあるのが嬉しい。コーヒは濃すぎて不味いが、果物は旨い。みっちゃんと同席し、中国の情報を入れる。会社では会うことが少ないのに、異国のホテルで朝飯なんてちょっと不思議な気がする。実はその後、鈴鹿に行ったTさんや調達のN達にも会った。
 バスは2台きていた。Sさんに偶然会ってXSZ工場まで話をする。Sさんは週に2~3回シンセンの会社に出社するらしい。香港から来る度に、あのめんどうな入国審査を受けるらしい。

 30分ほどで工場に到着した。途中、本当に若い中国人のワーカーが元気に寮から出てくる。彼らは15歳位から21歳位までで、地方の学校から選ばれたエリートであるらしい。寮は6~8畳程度の広さに8~10人位が同居しているらしい。それでも多くの若者は自分のスペースを持てた喜びを自分の好きな柄や色のカーテンで表しているらしい。
 ワーカーの若者は3年から4年して故郷に戻るらしい。食事と寝るところが無料のため、お金を貯めて家族に持ち帰ることが楽しみであり、一方、都会でしかも外国の企業で働いたという勲章が、彼らが田舎に戻ってより良い就職先にありつけることになるらしい。中にはワーカーから引き上げられてスタッフに昇進することもあるらしい。ワーカーとスタッフの違いはかなり大きい。同じ社員であるが、ワーカーは500元から600元(7000円から8500円)の給料で、スタッフになると2000元(28000円)以上にはなる。そして、スタッフは郊外のアパートで共同ではあるが、自分専用のドアーがついた部屋に住むことができる。

 食堂も明確に分かれている。スタッフは2階で食べるが、皿の数が1ツ多いそうだ。ワーカーは1階で食べる。ワーカーと一緒に昼を食べてみたいと言ったが、怒られてしまった。中国ではこれらは差別ではなく区別しなければ統制がとれないことで、ワーカー達も嫌がりますと言われた。
 その国それぞれの文化があり、自分の持っている文化を押し付けられない。ふと、自分のグループのことを思い出し比較してしまった。
品管部では朝礼で挨拶をし、ストレッチを教えた。自己紹介を中国語でやってみたが、後で「なべさんの中国語は下手ねえ」とワーカーの女の子が言っていたらしい。でもとりあえずは皆から「なべさん」と呼ばれるようになった。

 昼の食事は11:50から1時間である。3交替で食事を摂るらしい。飯は不味いがおかずはまあまあである。しかし、初日にアメリカでやったミスを又やってしまった。大根のつけものとピーマンの漬物を取ったが酢漬けでしかも、ピーマンではなく南蛮トンガラシであった。酸っぱいのと辛いので涙が出た。
 食堂の2階には2台のビリヤード台と3台の卓球台があり、5、6台のトレーニングマシンが設置されていた。(誰も使ってはいなかったが、)テレビ室もあった。スタッフはビリヤードを楽しんでいたが、腕前は下手だった。
 部屋に戻ると部員は昼寝をしている。昼寝は中国人の習慣らしい。彼らの邪魔をしないように歯を磨きタバコを吸う。Tが「水道の水は危ないですよ」というので、始めはミネラルウオーターでやっていた。が、ブラッシを水洗いしてしまい、その後はゴロゴロと濯いでやったが、今のところ何も問題はないようだ。

 ワーカーの若い子達と3人の関係は非常にうまくいっていたようで、休憩時間になると10人ぐらいが居室にくる。特にHは人気者のようで、若いお姉ちゃん達に囲まれて嬉しさを隠し切れない。会社や国の枠や言葉の壁を越えて人は分かり合えるものなのだと思う。

 6時のバスでホテルへ戻る。途中で関門があり、パスポートを見せる。行きはOKだったのに何故、帰りにチェックが入るのか?シンセン市はもともと香港の自由経済を学ぶために社会主義の中華人民共和国政府が造った人口の町である。埼玉県位の広さがあり、約300万人が住んでいる。特別区の経済の成長は著しく、シンセン特別区で働く人達と他地区との貧困の差が大きい。そのため、我を先にと中国人が押し寄せる特別区への他地区からの人口の流入を押さえる必要があるとのことだった。

 夕食は徒歩で10分位の所にあるデパートの5階の「曜角軒火鍋海鮮大酒楼」というレストランにした。火鍋料理とはどんなものだろう?メニューは「正価火鍋配科価目」と言うらしいが、なんと読むのかは判らない。ちょっと違っているが、漢字なので何となく判るだろうと高をくくってみたが、内容が判らない。

 ウエートレスの曹春玉(cao cang yi)にお薦めを指差してもらった。すると「九苧虫下」という一番高いものを示す。「お主やるな」と思いながらも値段は58元(約750円)と安い。その他に彼女の好きなものを注文すると、美国肥牛(38元)、鮮鵝豚(28元)、四宝丸(32元)、鮮冬茹(23元)、香芋片(12元)、乍支竹(16元)、北方水餃(22元)、馬蹄(12元)、西洋菜(12元)、菜心(12元)、となったので、「もう良いか、不足するようなら又頼もう」となった。

 飲み物は青島ビール(アルコール度数が3.5%と低く、癖がないので飲みやすい。)ウーロン茶、そして、老酒(ビンと値段を確認)を頼んだ。スープは2種類で別料金となっている。何が出てくるかお楽しみという感じで料理を待ちながら、酒を飲み始めた。

 始めに、「九苧虫下」が出て来て皆で驚いた。車海老が生きたまま串刺しにされている。しかも、驚くような本数がきた。「独りじゃ食いきれないよなあ。」と言いながら鍋に入れてシャブシャブのようにして食べるとこれがメチャ旨い。それからが大変だった。次から次へと運ばれてくる料理の量の多さには驚いてしまった。
 因みに、先ほど頼んだものは以下のようになっていた。美国肥牛(アメリカの牛肉)、鮮鵝豚(なにかのモツ)、四宝丸(肉か魚の肉団子)、鮮冬茹(椎茸)、香芋片(芋とコンビーフの蒲鉾)、乍支竹(乾燥した湯葉)、北方水餃(水餃子)、馬蹄(くわい)、西洋菜(ハーブの葉)、菜心(小松菜に似た野菜)。乍支竹は不味かったが、他は本当に旨かった。残念なのは食いきれなかったことである。
 途中でスープがなくなり追加したときにトラブルが発生した。違うスープを入れたため味が変化し、不味くなった。主任とかのプレートをつけた美南嫣(wu nan jiu)に文句を言ったら新しい鍋に交換してくれた。

 とにかく4人で腹一杯食べて飲んだ。テーブルを担当したウエートレスの曹春玉は素直で明るいいい子だったし、料理は旨かったし、料金も550元と安かったし、大満足で帰宅の途についた。
 Kがホテルへ戻りたいというので、Tと2人を帰し、Hと夜の街を冷やかしに行った。活気に溢れた街で人通りが多い。途中、贋物の店でプラダを購入する。値段は交渉次第で何とでもなるのが面白い。交渉が終わりお金を渡すと、釣銭でさえ他のものを買わそうとする。売るほうは商品がさばければ儲かるので、客がどこで買おうとしているのかを探る。妥協したほうが負ける、そんな駆け引きが面白いと思った。Hに言わせると、「ナベサンは隙だらけで、如何にも俺は日本人で金を持っているぞ風なので、危ないですよ。」と言われる。

 とにかく、1日目が終わった。昨夜も寝不足だったが、今夜も12時を回っている。おやすみ。 

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