「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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つららの戯言
見てみたらさぁ2004年下半期
これが「BIG BIZZ」を書いた人なのかと思うほど、まっとうで、綺麗で、悲しい物語。
そのギャップが後藤大王の面白さ。最後がそちらの死で終わるのも、とても大王らしい。
病院で起こる奇跡のドラマという、結構ありきたりな題材を、きっちり笑わせて、泣かせて、楽しませる。さすがです。
ただ、その「さすが」な芝居を台無しにしていただけたのが、主役のお2人。いや、あの2人は主役ではないな。
主役は木場さん演じる、偏屈じじいと記憶がその日一日しか持続しないあの少女だから。
パルコの思惑としては「テレビなどで活躍してる俳優さんを出して、ある程度の集客を見込みたい」と言ったところなんだろう。前売り券全日程完売となっている状況を見ると、その思惑通りにことは運んだと思うのだ。だけれど、あの2人の演技に8000円も払う観客はどうすればいい。
あの2人以外の役者、達者な方々だったのでとてもいい。それぞれ自分の役割や仕事が分かっているのできっちりと、しっかりと場を作っている。山崎さんの飄々として、でもちゃんと患者を受け止める医者には何度も泣かされた。初めて「憎しみ」以下の感情を抱いてどうしようもなくなっている偏屈爺に対するあの場面。地震が起きなければもっとよかっただろうになぁ。
なのに、あの2人が出てくると台無しなのだ。
根本的なことをいうと、ちゃんと台詞が聞こえない。これってどうなんだ。マイクで声を拾っているにしろやっぱり舞台では舞台なりの発声というのがある。そこらへんの準備をした上で、その板の上にお立ちになっているのかと聞いてみたい。細切れで取っているドラマと違うのだ。2時間余り同じ線の上で続く物語。途中で誰かがその線を乱したら、その乱したもののままで進むのが、芝居なの。
「そりゃ、お前じゃ売れないよ」と子役上りだという設定の人に言いたい。オカマなんだろ?設定上は。なかよしやマーガレットみて育って、可愛い可愛いと誉められて生きてきたんだろう。その成りとその設定のギャップが面白いんじゃねえのか?苦悩の欠片も見えませんが。
「設定と君の演技に無理がある」と看護婦のお姉さんに言いたい。綺麗な人が汚い言葉を使うっていう設定が面白いだと思うのだけれども。「北斗のケン」を読め!とあなたにいいたい。ちゃんと決め台詞はいえ、啖呵はきっちり決めろよ、・・・無理があるんじゃないの?
『所詮、テレビの俳優さんは』なんて十把一絡げにしてダメというつもりは毛頭ありませんが、芝居好きからすると「やるなら、しっかりやっておくんなさい」としか言いようがあいません。
劇場も貸す時にいろいろと口を挟むんだろうかねぇ、やっぱり。プロデュース公演とはそういう「大人の事情」がいろいろと絡んでいるのだろうか・・・。
見ている最中、本当に不安になったよ。翌月の彼女たちが・・・。頼むぜ~ぇ、マジで。
点数 4点(10点満点)/2人がぶち壊しにしてくれた雰囲気を差し引いて
作品:『虚飾の町に別れのキスを(黒いハンカチーフL.A.ヴァージョン)』
日・場所:8月12日 紀伊国屋ホール
作・演出:マキノゾミ
出演:三上市朗、小市慢太郎、酒井高陽、木下政治、奥田達士 /他
感想
久しぶりに、大人のストレートなお芝居を堪能した。映画の「スティング」を模した形の筋書き。悪徳ギャングと政治家を詐欺師たちが手玉に取っていく物語。ストーリの落ちは最後の最後以外を除いてはありがちな、途中で落ちが分かるようなものだけれども、2回見た私としてはその落ちが分かっていても楽しめる仕上がりになっていた。役者の演技自体が良くて面白いからか。
改定前は昭和の歌舞伎町が物語の舞台だったらしいが、今回は映画版に戻ってアメリカ。場所はハリウッド。一人の娼婦の死を引き金に、それを仕組んだギャングの大ボスを1幕目で、それと繋がる政治家を2幕目で罠にはめて破滅させるという流れ。悪い側は両方とも同じ俳優が演じる。扉座、岡森さんと新感線の殺陣指導でお馴染のAC社長の田尻さんが勤める。田尻社長、前半はギャングの若頭的で、あの大きな体型にスーツをびっちり決め込んで素敵。さすがに殴る姿もさまになる。岡森さんの嫌味なキャラ爆発。
で、その悪を手玉に取る詐欺集団が三上さん、小市さんたち。ひょうひょうとペテンの天才の三上さんに、三つ組みのスーツを着こなす紳士な小市さん。
政治家をだます過程で、二人が対峙すると舞台がぎゅっと詰まる。その間にたつフットワークの軽い奥田さん。とてもいい3人組。三上さん好きで見に行ったこの芝居だが、見終わる頃には小市熱急上昇。詐欺を働くきっちりとした顔と終わったあとのほんわかした笑顔。あの渋い声。たまらない!
席がすべて後ろだったので、もっと前で皆の表情を見たかった
ハリウッドということでみんな外人名で、アクションも外人風だったりするわけだが、あまり鼻につく嫌味なところもなく受け入れられた。
今回は緑子さんがいないので、女性人が少し薄いかなぁ。まぁ今回は男性人が主の男芝居だったからかもしれないが。白木さんや、林さん、は少ない登場ではあるが存在感がある。それと主じゃないキャストの方と表を張る人との差があるのは、もういかんともしがたいのか。何処の劇団も悩みは同じ。
マキさん、最近は大劇場に呼ばれるたびにあまり脚本や演出でいい話は聞かないが、やっぱりこの人はこのぐらいのキャパの劇場で見るのが楽しいのではと思う。ここの劇団員の方は演技は上手いが、大きい劇場向きではない。大体演出家や脚本家って自分が大劇場に呼ばれると少なからず自分の劇団員を連れて行くことがあるが、ここはそれが出来ない。いちからその脚本の雰囲気を新しい座組に伝えるのって結構大変なんじゃないだろうか?少しでも言葉で言わなくても雰囲気を分かってくれる面子がいた方がやりやすいだろう。
それにしてもタイトル長すぎ(笑)
千秋楽でつけた本人マキさんも失敗したと言っていた。カーテンコールで紹介する三上さんもなかなか覚えられないと言っていた。千秋楽のカーテンコールはとてもMOPらしい、ほんわかと、面白い雰囲気。マキ座長にいちいち突っ込みをいれる三上艦長、横で笑う小市さん。嗚呼、いいトリオだわ。
チケットの売れ行きとか大変かもしれないが、私としてはこのぐらいの劇場で、三上さん、緑子さん、小市さんの3人が作り出すステージを見ていたい。
来年の夏は三人が揃うらしい。今から楽しみだ。
得点 6点/10点 ハーフプライスチケットって偉大だ!!
鈍獣
作・宮藤官九郎
演出・河原雅彦
出演・生瀬勝久・池田成志・古田新太、西田尚美、乙葉、野波麻帆
果たして、この戯曲自体が本当に面白かったのか、楽しめたのかというと、ちょっと首をかしげる部分がある。
それは私が、『宮藤官九郎』という脚本家の面白さを本当のところでわかってないせいかもしれないのだけれども。
もし、この戯曲を誰か別の男性3人組が演じて、同じ演出を付けたとして、これほど面白く、恐ろしく、出来上がることができたのだろうかと。そう感じた、かなり「力技」の芝居でした。
こういう、最初は笑って笑って、最後に一気に恐怖に落とすような種類の芝居はその緩急が鋭ければ鋭いほど面白いのだと思っている。それがこの芝居はなんだか「鈍い」のだ。
本当の凸川はどっち?とかそういう曖昧な設定にするならば、ただ単に何度も生き返るという恐ろしさに加えて、もう少し心理的に迫るような恐怖が欲しい。何度もびっくり箱を開くような登場だけでは、どんなに箱から出てくるものが恐ろしくても慣れてしまう。
たぶん、一番怖いのは・・・・最後に笑い合う、静さん以外の人間の神経なんだと思うのだけれど。
「何度も生き返る」という恐怖よりも、私が恐ろしく感じたのは「人間の記憶の曖昧さ」だ。
人間は、記憶を作り変えるという機能があるらしいとどこかで読んだことがある。自分の都合のいいように記憶を作り変える。それも無自覚に。
そして、大人になると「社交辞令」とか「その場しのぎ」なんていう動作も身に着けることもできるので厄介だ。
誰かが作り上げた記憶に、また誰かが「その場しのぎ」で同調する。
そうするとその記憶はその場にいた人にとって『正しい記憶』として存在する。
過去の凸川の記憶を振り返る江田や岡本の記憶は本物なのか。ノラが振り返る順子の思い出は本物なのか。それを証明するものなど何もない。「思い出せない」と「そんなことはない」は記憶にとっては同意語だ。
そこらへんをもっと深く、心理的にぐぐっと観客に恐怖として認識させてくれるような芝居だったら面白かったのになぁ~。凸川がどっちだっていんだよ、って思うぐらいのさ。
役者さんですが・・・
女優人頑張ってましたよ。「私たち頑張ってます」ってオーラだしまくりですけれど(笑) ドラマをあまり見ない私なので、乙葉以外の女優さんたちは名前も知らないぐらい初見です。極力ねずみ~ずはアドリブを回さないようにしてましたね、彼女たちに。神戸千秋楽でアドリブ振られて、本当にぷっつり切れてましたから、野波さんも、乙葉さんも。まだ3人に自在に絡むというわけにはいかない。
ねずみ~ずの貫禄というか、技量というか、やっぱり凄いなぁと改めて関心。
成志はキモイとおかしいのぎりぎりのハザマを保ちつつ。生瀬さんは最後の落とし具合が鋭角。笑いながらの発砲、怖い。表情がみたいなぁ。古ちゃん、歌って踊って、最後にちょっといい風になったりして、オイシイ役所。
何処まで本当に河原さんが演出をつけたのか・・・KIOSKなんて、きっと、3人で作ったんじゃないだろうか?
最後の神戸公演で見た、私の最終的な凸ヤンは・・・ホストクラブに現れたのは初代凸、そして物書きなのは2代目。2代目は・・・きっと何処かで生きているのでしょう。「鈍い獣」として生きているんじゃないかと。初代凸ヤンは最初鉄橋に現れた時点で、その人が人間だったのか?まぁこれは私が感じた結論。見る人によって違っていいんじゃないかなぁと。
得点 5点/10点満点中 芝居全体としては、『面白い!!』と太鼓判を押せるかは甚だ心もとない。役者の技量は楽しめけれど。
「髑髏城の七人-アオドクロ-」
新感線が作る芝居は壮大なる張りぼてだと思っていた。
豪華で、派手で、面白くって、手間隙惜しまず、馬鹿げたことに時間と金をかけた壮大なる張りぼて。張りぼてって言葉が適当であるかどうかは甚だ不安ではるけれど。でもその張りぼてには、きっちりと想いがこめられているから見ている人は涙したり、笑ったりして、充実した時間を過ごしてるんだと思っている。
でも、今回の青髑髏は、その「想い」が入っていない、ただの張りぼてだ。
いくら豪華に飾っても中身がなければただの人形・・・。
髑髏城の七人という脚本がとてもよく出来ていて、後半盛り上がっていくのはそのお陰なんじゃないだろうかと。でも、果たして演じている人たちから感じられる想いで、興奮したり、ドキドキしたりしているだろうか?
天魔王から感じられる冷血さは血の通っていないもののようで、好きになれない。人をだまし、落としいれ、殺戮を繰り返す冷徹非道な男だから、血の通っていないっていう風な設定なのかしれないが、なんていうかそれでも彼の中の天を目指す心意気という血は通わせて欲しい。あれじゃただの人殺しだ。
舞いながら扇で人をあやめるシーンもそう。あれじゃ人は殺せない。月影先生風で言うなら、やられ役の人に「あなたは本当に死にましたか!」と聞いてみたいものだ(笑)
捨之助は・・・ごめんなさいね、出雲にしか見えないわ。オンオフのスイッチが不明確なのよ。無界屋に現れた飄々とした佇まいと、蘭丸を助け出し、天魔王を倒そうという強い思いの、オンオフが。あれが、地のものとして地下にもぐり世情をさぐる男かい?地を這うもののと言われてしまう男かい?地のものとしての優しさや大らかな感じ薄い。
沙霧は出番減ったのかい?と思うほどの存在感の薄さ。あなたの存在で捨之助が走るのよ!あなたを守るために捨之助は命をかけるのよ!二人の間にそんな思いを通わせるだけの何かを見出せるか? 薄いよな、繋がりが。
蘭兵衛さんは・・・もう文句も言いたくない。『動くな!しゃべるな!殺陣するな!」ですな。彼に一人で日生劇場の舞台をしょわせるのは酷です。一人髑髏城に向かう場面、左右には一面の白い蘭の花。多用しすぎでありがたみの欠片もなくなってしまったその白い蘭に囲まれても、なんの緊迫感も抱かせない彼の演技。いや…、新感線に舞台初挑戦の人を連れてきてはいけません。だって、いのうえさんは人材を育成することを放棄したから劇団員を補充することをやめ、客演システムを選んだ人なんです。それに今回は染さんだって、自分のことでいっぱいいっぱいなんです。座長として誰かの演技を手助けしてあげたり、教えてあげたりしている余裕ないんです。なのに、その染さんと常に一緒にいる蘭を初舞台の人にやらせるとはある意味染さんも可哀想なのかもしれません。
忠馬はは~っと溜息。お前も大変な役引き受けちゃったよねと。下手すると捨&天より厄介かもしれませんな。下手に設定を変えられて、分かりにくい役柄にされてしまったから。彼に従う子分たちとの関係性も、愛する太夫を守るという男気もなんも見えなかった。「友の思いを拳に込めて!」なんて説明台詞、説得力ないですね。だって繋がり見えないもん。
太夫&無界屋の女性方 女性陣の顔も名前も全然分からないから、あの遺髪で名前を読みあがる場面もなんの感情も沸きはしない。およし、おかなでさえそんな状態。寝返った(というか正体ばれた)時にも衝撃ないし。太夫・・いつから忠馬のマブになったん?「惚れた男が命かける」って台詞が繋がらない。
面白かったのはカンテツだけか。彼だけが新感線の面白さをきっちりと観客に伝えている。唯一の救いか。百人切りをしているのは、捨之助じゃなくて、カンテツです。カンテツの動きしか見てないし(笑)
どんなに、派手に、豪華に、歌あり、踊りありにしてもらっても結構ですが、ちゃんと心を入れてください。なぜ命を懸けて守りたいのか、なにが走らせるのか、どうして求めあうのか、なんで惹かれてしまうか。
アカの『縁』という濃さが私にこびり付いているのかもしれないけれど、あんな祭りにもなりきれない中途半 端な派手さはいらない。やるならとことん突き進めればいいのに。
アツヒロにローラーシューズ履かせたり、粟根さんに大算盤持たせたり、蘭兵衛に白蘭を持たせたり、インスト曲を97、アカと使いまくっているのなら、97年、アカとど~っとまとめたような大きな祭りにすればいいのに。キャラクター祭りにもなりゃしない。
それにあの衣装。どうなのよ、いったい。思い知ったことがある。いのうえ歌舞伎の重要なファクターは司さんの音楽もそうだけれども、団吾さんの衣装もそうなのね。普通、いのうえ歌舞伎の見せ所の殺陣をするために、あんな動きづらい西洋甲冑みたいなの着せないでしょ?天魔のマントも長すぎで綺麗じゃない。ステージの広さとあってないんだよ。ひらりとはためかせる余裕もなく後ろに消えちゃうし。移動式の大きなフローとのセットを使ったから日生の大きな舞台のはずがとても狭い。もったいない!なんかこじんまりしちゃってるし。照明のお楽しみ度はかなり低い。
すんませんな、こんなことしか思えなくて。
所詮、私はアカを見すぎた女だからさ。仕方ないのよ。
得点 4点/10点満点中 (カンテツに
赤鬼
10月16日PM2 シアターコクーン
作・演出:野田秀樹
出演:小西真奈美・大倉孝ニ・野田秀樹・ヨハネス・フラッシュバーガー
まるで、小さい劇場で息苦しいなか見ているような気持ちになった舞台だった。
『希望』と『絶望』は対義語だったことを思い出す。
人が頑張って、歯を食いしばって高みを目指すのは、そこから見える何を欲しているためだ。それを希望と呼ぶ。
人間と人間が気持ちを通わせるためには言葉というものが必要で、でもその言葉を使えるからといって相手のすべての気持ちが分かるわけではなく、使えるからこそ分からないことがある。
「海の向こう」という言葉。島国の私にしてみたら、それはこの陸地からみた海でしかなく、海に漂う人々から見たら、彼らの「海の向こう」はこの陸地なんだなぁと。探しているものは「海の向こう」にあるの。でもどちらもそちらを欲しがっている。
なんだかそういうことを見ながらいっぱい感じた。いや、もっといろんなことをいっぱい感じなら、4人の人間(主に3人)がかわるがわる演じるさまざまな種類の人間を見ていた。
小西さんは、もしかしたらNODAMAP史上一番声の通りの悪い女優さんかもしれない(笑)いわゆる「野田さんが好きな女優声」とは遠くかけ離れたところにいる。早口になると何をいっているのか分からなくなりがちなところがあるが、
それを補って余りある演技であったと思う。阻害されていた彼女が、言葉も通じなく、逃げ惑う赤鬼をかばうのは己の姿を見たからか?
小さい彼女が大きな赤鬼の前で、生きるために懸命に己の気持ちを伝える姿はなんだか潔い
大倉君はいつもの飄々とした佇まいと、嫉妬に狂い、不器用に人を愛する姿がいとおしい。くねくねとした演技はそのままなのに、なぜかとても力強く見えるのはなぜだろう。ちょっと惚れた(笑)
野田さんにストリーテラーさせるのは卑怯だ!
自分が紡いだ物語なんだから、一番どういう風に言えば観客に伝わるかわかっているのだから。非常に、ずるい。野田さんのあの頭が悪い風な演技に弱い私にとっては、卑怯という言葉以外ない。
小西さんと、大倉くんが、比較的さらりと確信を突くような台詞を伝えてくるのと違って野田さんの場合は、さらりとでも確実にどすんと重いものを私の中においていく。
照明がとてもシンプルなのに、美しく、また決めの場所ではガラリと雰囲気を変えて迫ってきた。セットもそう。網と棒、そして瓶、数少ない小道具が姿をさまざまに変えていった。
オイルも分かりやすい戯曲だったけれど、それ以上に赤鬼はとても分かりやすく、でもすべての感情がこの1時間半という短い間に詰まっている。
野田さんが語り続ける最後の場面、希望という欠片を掴みかけていた女が、握っていたのは限りない絶望だと知ったあの場面。彼女の表情ではなく、私は背中を見つめる客席にいた。とても遠くに彼女の背中を感じていた。
すっと照明が落ち、再びライトが付いたとき、私の中の緊張の糸がぷっつんと切れたように涙が溢れて体が震えた。なんだろう、こんな感じ初めてかもしれない。
ああ、野田のレビューは本当に上手くかけないなぁ。
見終わった後にすぐにかけばいいのかしら?飲んだのがいけないのかしらねぇ(笑)
得点 7点/10点満点中 別の角度からも見てみたかった。違う国版も
花組芝居[和宮様御留」
2004年 10月24日 シアターアプル
原作は有吉佐和子の長編。私は未読。
去年やっていたテレビドラマの大奥さえも見ていないので、
皇女和宮という女性の生き様もよく知らないのです、実際のところ。
なので、最初は京言葉、宮中用語の応酬にヘロヘロ。人間関係相関図を最初に配ってくれるのはとても有り難いのだけれども、芝居が始まってしまうとそれを確認することができるほど明かりが豊富なわけではないので、結局分からず仕舞いな部分も多数。できたら、配役を公表して頂いてその役者の名前込みの相関図を作っていただきたかったなぁ。
今回は奇をてらわずに、どど~んと王道の女形芝居。十二単の裾裁きも艶やかに女の争い、挙党、嫉妬、慕情、破綻、とどろどろの人間模様。
狂乱の植本潤は、さすがの出来栄え。心の支えがぷつりと切れて、崩れ行く様はさすが。ちょっと前は狂っても笑いが起こるようなことがあったが、最近は、狂乱の中に哀しみにじませ、胸が詰る。
和宮の母は加納さん、美しく、頭が切れ、自尊心が強い。ふきを仕立てるのは
自分の娘を守るためとはちょいと思えないところが残念。でも兄相手の丁丁発止はいい調子。自分を守るためなら何事にも屈しない。鼻持ちならないいい女だ(笑)
原川、溝口の重鎮はやすがの貫禄。ばばあとじじいをやらせたら間違いない。
八代もいいよなぁ、やっぱり。舞台上の口喧嘩で加納さんと戦って負けないのはこの人ぐらいかしら?(笑)手堅い演技、きっちり笑いを取りつつ、締めるところはきっちり締める。最後の大奥の女と対峙するときの笑い声、こわ~・・・・新人君が本気でたじたじしそうね。
洋ちゃんと大井くん、いつ笑いにもっていくのだろうかといつもの調子で思っていたらずっと真面目芝居で驚いた(爆) いや、宇多絵は悲しいねぇ~、ふきもそうだけれど。
2時間半途中休憩なしという長丁場、途中用語の読解を諦めてしまった(笑)
途中10分でいいから休憩が欲しい。休憩入れて、前後20分づつ伸ばして、狂いはじめたふきや、八代と加納の嫌な女の戦いの部分をどろどろとしたところをもっと描いたら、物語の奥行きや深さが増すだろうに。物語を追うだけでさらっとしてしまった感がある。最後に、全然別の女性を人身御供に仕立て、己が立場を守るためにいがみ合っていたものたちが結束するあたりがもっと面白くなったろうに、ちょっと残念。
でも、これぞ「花組芝居」という路線復活でとても嬉しい。 この調子でお願いしますね、座長。
得点 5点/10点満点 面白いんだけどさ、もう少し見る人の立場を考えて
初回感想を忘れないように、とりあえず箇条書きに
・中島さんの『書きたいこと』『伝えたいこと』を1本の本に集約するって言うのは非常に困難なことなんだろうか?何故かそれぞれの役がなんか中途半端な印象。登場人物の背景や思いが分からぬままに進められた印象
・中川君を口説き落とせ事がこの舞台の成功の2/3を占めていると思われる。
彼の声は御子の声、父である、神に対してキレたあの場面、破滅に向かうあの場面の歌声は至極。羽をもがれた叫びにも似て。彼は天使ではなく、御子。紙に使わされしものではなく、産み落とされたもの。
・団吾さんの衣装はさすがの一言。色目を抑えながらも、敵味方が分かりやすく、激しい色使いの背景画にあった配色。役者が動きやすく、そして美しく舞台栄えのするフォルム。
・ミュージカルなんだか仕方ないのかもしれないが、『歌うことで民を導く』というシローの歌が栄えるようにはできないのだろうか?特に後半は中川くん以外の歌を削って、言葉と知恵で民を導こうとする四郎と、歌声で民を導き、癒そうとするシローの対比がはっきりしてもよかったと思うけれど。
・寿庵と四郎の最期の部分がとても唐突。それまで二人の結びつきが希薄なので、なぜ彼が最後の願いとして彼女の命を救おうとしたのかが伝わらない。
四郎がシローに嫉妬し、悩み悶える部分も弱い感が。
・リオって何?なぜ二人のSHIROHにだけ見えた?二人を結びつかせる事で、何をしたかったの?彼女が最後に救ったのはシローなのでしょ?四郎の懺悔の気持ちを呼び起こさせるためのもの?
・そういう、関係性やらは無視して突っ走っていいの?ミュージカルって?
・【歌が上手い】と【ミュージカルで歌が上手い】というのは違うというのははっきりと分かった。
杏子さんは確かに上手い。音程だって安定してるし、司さんや小暮さんが作った楽曲にも大変あっていると思う。ただ、あれはいつもの新感線が劇中に歌っている(カナコさんや右近ちゃんが)風な感じ。1曲っていう感じ。
でも秋山さんや上川さんがもつ上手さというのは歌に台詞として感情を乗せれるってことなんだなぁって。ミュージカルなんてあまり見たことない私はいうのはおこがましいですが。
・なぜ、というか、いつまで中島、いのうえのコンビで外部に出るたびに『新感線』という名前をつれていくつもりなんだろう。
私も一応【劇団☆新感線】のファンです。でも今回の劇団員のレベルを見るにつれ、別に連れて行かなくてもいいと思うし、出す必要もないだろうと感じちゃうわけです。お飾りのようなとってつけたような場面や台詞を振られても劇団ファンは納得できないだろうし。とうの役者さんはどう思っているのやらと。新感線固有のスタッフをつれていくのと話が違うだろうと思うんです。歌やダンスのレベルの差。痛いたしくなったり・・・してねぇ。
・江守さんが歌うなら、高田さんが変わりに歌えばいいと思う。あの御大にあのリズムを要求するほうが悪いような(笑) あと10年後ぐらいには古ちゃんで是非(笑)
とはいうものの、非常に楽しく・・・インタレスティングの方・・・みることが出来た。アオから約1ヶ月後にこんな180度違う芝居を作ってしまうことに心底尊敬する。ミュージカルを見ないのでどんだけ凄いことなのか半分も分かってないけれど、30年以上ぶりの新作和製ミュージカルっちゅうことだけでも十分意味がある。
8点/10点満点中 すごいなぁって。天使の歌声と新感線のスタッフワークと東宝の技量に(笑)
戸田恵子1人芝居「なにわバタフライ」
作・演出:三谷幸喜
出演:戸田恵子
実在のミヤコ蝶々さんを人生を題材にした1人芝居。
彼女を取り巻く、通り過ぎた男たちとそれに振り回され、振り回し、女として、女優として懸命に生きてきた女性の物語。
ミヤコ蝶々さんという方は小さい頃見ていた、昼のワイドショーで嫁姑問題にずばずばと物をいう大阪のおばあちゃんというイメージしかなく、彼女についての知識はほとんどないままの観劇。
三谷さん特有のどたばた、伏線、爆笑、ほんわか、というものは1人芝居のためか薄いけれど、しっかりとした脚本ときっちりとした演出で、たった一人舞台に立つ戸田恵子という女優のよさ、素晴らしさが際立った。
生瀬さんが関西弁の指導をしたということで、ホントに流暢なあざとくない言葉遣い。最初、記者を相手に話し始めるところは、私の知っている「ミヤコ蝶々」の話方で少々焦った。
「ミヤコ蝶々」という壮絶な生き方を演じる、「戸田恵子」という女優の懐の深さ、技量の大きさに驚く。「ミヤコ蝶々」が初舞台を踏む6歳から初老まで見事に演じきる。楽屋にある何気ないものが帯になったり、衣装になったりするのがとても面白い。照明の大きさで他の登場人物(男達)を表現する辺りも見事。特に彼女の父親が年をとるにつけ小さい、小さいサスになるのが面白い。
なんでもその登場しない男達にも三谷さん的には仮想しているキャストがいて、彼女の父は小日向さんだそうだ。まさにそんな感じ。見えない相手役の台詞もきちんと台本にあるのだとか。だから違和感のない、一人芝居なのかもしれないが。
女の強さと弱さは紙一重。弱さを見せんが為に、足を踏ん張って、歯を食いしばっているのを知らない人から見たら「強い」と表現されてしまうのかもしれない。そうしなければ倒れてしまう自分を知っているから、無理矢理自分を叱咤しながら立っているのに。
でも、「弱い」ということを周りに悟って欲しいわけじゃない、そんなの恥ずかしすぎるし、そんなことを言われても寄りかかれる場所なんて早々あるもんじゃない。寄りかかれた場所に裏切られつづけた彼女の人生は幸せだったのか、どうかは分からない。でも後を振り向かず懸命に生きた彼女は素晴らしいと思った。
年末に、ぐっと腹に落ちるいい芝居をみせていただきました。最後のオチは余計かなぁと思うけれど。まぁそれが三谷流なんだと思うけれど。
得点 8点/10点満点中 照明のよさ、小道具の面白さ、そして戸田恵子の凄さ
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