つららの戯言

つららの戯言

見てみたら「LAST SHOW」



 2時間の間ずっと爆発物を抱えているような状態。登場人物のそれぞれが大なり小なり心に何かを抱えているのでいろんなところに地雷がおかれている。まぁ人間なんて誰だって「闇」みたいな部分は持っているのだからそれは同じことなんだろうけれど。

 それにしても久しぶりに「核」オチの芝居を見ました。今って余りにもそれが普通にありすぎてオチに使うことってないものね。普通にあるのに近くないから感覚が麻痺しているのかも。第三舞台の頃は米ソ冷戦だったりしたからかなぁ。今だって原子力発電の処理施設の問題やら、北朝鮮の問題やらで耳にしているはずなのに「他人事」感が強い。
 いつ壊れるか分からない主人公のうちの窓から見えるその施設は、人間関係や人間そのものに似ている。

 手前勝手に人生を壊したのを息子のせいだと思い込み、その憎しみだけで生きてきた主人公の父親。風間さんの恐ろしいことと言ったら。舞台全体の支配力の強さはさすがの一言。舞台登場当初から言葉もなくただ嫁である永作さんを見つめる視線だけで「ヤバイよ・・・」っていう今後の物語の流れを決定付けるような勢い。貫禄とはこのこと。本性を現し、怒鳴ったり暴力を振るう前の下準備としては効果てきめん。
 それにしても古ちゃんは凄いなぁ。なんだろう、変幻自在というかある意味卑怯というか。手前勝手な理屈で動物食っている狂った男なのに、その理屈に納得しかけていたりして。げらげら笑かしていたと思ったら、普通に脇の方で犬食べているし、でもそれも本当に日ごろから食べてますっていう風であんまりにも普通で。異常だと判断することがおかしい?って思っちゃうぐらい。「
愛するから食べる」ってなんだか分からない理屈で独白している場面は凄いなぁと思った。愛しているからという観念がいつからか変わっていった狂気みたいなところもきちんとあらわしているあたりも。
 お初なところで市川しんぺーはびっくりだ。登場から存在理由から、物凄く強引で、それまでのリアリティーっぽい流れをぶった切り爆発、暴発的なキャラ。でもそれがOKっていう役者も凄い。確かに見た目は気持ち悪い。中年なのにあの衣装であのぬるっとした感じ。なのに自分の祖父(に当るのか?)に詰め寄る場面はぐっとくるものがある。確かにあんな男でもその人がいなければ自分の父はなく、そして自分もないわけで。自分の両親に害をなすキチガイであろうとつながりだから。

 日記の方にも書いたけれど、最後のあの警告音はあの施設からで、あの家のなかでどんな惨劇が起ころうと、それを記録として残そうと結局は「無」になってしまう。たとえ父を食べても、目の前で子供が流れていっても。

 今回は長塚芝居と言ってもパルコ版なのでまだとてもマイルドだったんだと思う。でも、私はやっぱり苦手。笑いどころとか、感じどころが相容れないところがあるようで。いまどきのはこういうのなのかもしれないけれど。 
 それとやっぱり女性=母性 みたいな表現には飽き飽きだなぁ。まぁ今回は目の前で流産という設定だから仕方ないのかもしれないけれど、何もかも包み込む女性像というのはやっぱり男性脚本家の普遍的に持っているものなんだろうか。


 得点 4点 / 10点 風間さんと古ちゃんに。ある意味役者芝居



© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: