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日本語の習熟度も遅い方であり、まして手練手管を駆使する女でもなかった。しかし見た目が可愛い、他人の悪口を言うのも聞くのも嫌い、口数は少ないがいつもニコニコと愛想はいい。私は内心『愛美は1~2年後、もっと日本語が上手になれば、水商売の女として大化けするかもしれない』と思うことがあった。お客相手にまともな会話もできない愛美であったが、歌は周囲の小姐より数段上手だった。日本の歌はまだ2~3曲しかできないが、中国の歌は確かに上手い。日本の歌をもっと覚えれば、お客に受け入れられるはずだ。私は愛美にお客が好みそうな日本の歌、特にデュエット曲を教えた。同じマンションに住む愛美を含めて4人の小姐はそれぞれ別々の店に勤めていた。普段の生活ではお互い助け合って仲がいい。別々な店で働いているのが、女同士絶妙な距離感があって良好な関係を維持できているのかもしれない。私は中国語を正式に学んだことはなく中国へ行ったこともない。小姐達との会話の中、中国曲の歌詞で何となく覚えた程度で、この時点で私の中国語と愛美の日本語は同じレベルだった。愛美の得意な日本語は「バカヤロー!コノヤロー!殺すぞー!」だった。それも凄く早口で言う。多分、同郷の小姐が教えたのだろう。この言葉をいろいろ場面で使うので思わず失笑してしまう。例えば、愛美が別なお客を相手にしているとき、ヘルプで付いた小姐と仲よく話していると、戻ってくるなり「ずいぶん仲いいね、バカヤロー!コノヤロー!殺すぞー!」と怒る。男言葉だし時と場所を考えないと大変失礼な言葉になる。愛美が訳も解らず言うから「可愛い」で許されるのだと思う。私は中国の歌を一曲一曲覚えて完璧に歌うことに快感を覚えた。それは若い頃、次々と英語の歌を覚えて味わった達成感と同じであった。私が歌う中国曲の発音や歌唱力はある程度の評価を受けていた。愛美は店では他のお客とは話題を作って喋っていたが、私の側では手はしっかり握っているもののほとんど話さない。店で何も話すことがない理由は後述するとして、私はウーロン茶、愛美は好きなワインを飲みながらカラオケに興じた。私と愛美は共通する点が多かったせいか、相性が良かったせいか、急速に仲が深まっていった。私と愛美の出会いは店の中であったが、それ以降は必ず同伴して一緒に店に入り、閉店まで一緒に過ごし、店を一緒に出るパターンはずっと変わらない。閉店まで一緒に過ごす、とはおかしな表現だか、愛美は私の側にいるときはほとんど仕事はせず、私に密着して、ワインを飲み、歌っているだけ…愛美は実にワインが好きであった。調子がいいとボトル2本をほとんど一人で飲み干すほど。(ママやヘルプの小姐が挨拶に来てそれぞれ2杯程度は飲むが…)私はいつも車だったのでウーロン茶をチビチビ飲むだけ。はた目にはどちらがお客か判らない。しかしワイン2本も空けるとさすがに酔いが回り、愛美はある行動に出る。それは私にとって、時には歓迎すべきことであり、時には迷惑なことであった。4に続く
Aug 22, 2011
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私は愛美(仮名)のうますぎるメールに驚きながらも、休業日の日曜に誘ってくれた真心にちょっと感動した。愛美の勤める「Cバル(仮名)」が入っているビルの前で愛美と待ち合わせした。店の中で見たドレス姿の愛美、ジーンズと黒い革ジャンのカジュアルな服装で現れた愛美、そのギャップがまぶしかった。愛美を車に乗せお台場へ向かう。途中、愛美は私の左手をしっかり両手で握り締めて離そうとしない。当日も寒い日であったが、さすがにお台場、日曜ということもあり、かなりの人手で賑わっていた。愛美は、テレビ局は見たことないと言うので、まずフジテレビを見学。次いで向かいのアクアシティでウィンドウショッピング、そして小香港で食事をすることに…愛美は、お台場は初めてと言う。まず人の多さに驚き、綺麗な店々に目を見張り、昔の中国の街を再現した小香港のレトロな佇まいに感動していた。色々なタイプの中華料理店が軒を並べていたが、回転寿司ならぬ回転中華が珍しいということで入店した。味は本格的であったが、何か味気なさが残る回転中華だった。食事後、お台場海浜公園へ足を向けた。愛美は革ジャン着ていたが、いやに寒さが身にしみる夜だった。愛美は体を私に擦り寄せながら「好冷!」と呟いた。私は通行人の好奇な視線が気になったが、構わず愛美を引き寄せ強く抱き締めた。愛美は池袋のマンションに同郷の小姐3人と一緒に住んでいた。私はマンション近くまで送ると言うと、愛美は同居しているお姉さん(実の姉ではない)にマンションの場所を私に教えるよう電話した。何とかマンションの前にたどり着いた。私は愛美をそっと抱き寄せ優しく抱擁した。「うっ」と小さなうめき声を上げる愛美。私と愛美の4年間にわたる愛の始まりであった。
Aug 18, 2011
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その日は2月中旬、底冷えのする寒い日だった。東京駅から歩いて20分、会社の決算説明の会場・R会館に赴いた私は、仕事をこなしながら同僚に話しかけた。「決算説明会が終わったら何処に繰り出そうか?」「せっかく東京に来たんだから銀座に行こうか」こういう遊びの話はすぐまとまるもの。銀座7丁目のビル10階、中国パブ「Cバル(仮名)」のドアの前に立った私達は、開店までにはまだ30分あったが、構わず入店する。この店は数年前に何度か通った中国パブであった。予想通り小姐は誰もいない。厨房の大姐が「少し待ってね」と声をかけてきた。8時前になると小姐達がぞろぞろと出勤してきた。さすがに数年前の顔なじみは一人もいなかった。チーママと名乗る小姐が挨拶にくる。なかなかの美形であった。「この店、初めてですよね?」「数年前に何度かきたよ」「そうでしたか。あの頃の店はやめて、今は違う経営者がやっています」一通り挨拶が済むとチーママは「来日したばかりの新人を紹介します。日本語ほとんど分からないので宜しくお願いしますね」私達のテーブルには、私に付いた福建省から2ヶ月前に来日した愛美(仮名)、同僚の隣には大連出身で日本語も英語も堪能な秀才タイプの小姐がきた。愛美は22歳、日本語学校に通っていたが、日本語の修練度は低く、ほとんど片言程度だった。愛美は、純真でとても可愛い小姐、が私の第一印象だった。私の拙い中国語と愛美の日本語が程よいハーモニーとなり、親近感を増す要因になったようだ。愛美にはまだ一人の客もいなかった。日本語がほとんどダメなため、客から敬遠されていたようだ。私は愛美の顔を見ながら「誰かに似ているね」と聞く。「お客さんに韓国のチェ・ジウと言われる」よくよく見ると笑った横顔がそっくりであった。本物のチェ・ジウは身長が170cmを越す大柄な女性であるが、愛美は160cm、小チェ・ジウという感じであった。愛美は、身長は低いがスタイルはモデル並み、私の大好きな美脚の持ち主でもあったが、唯一の劣等感が、目が小さいこと(普通なのに)。後で聞いた話では、初めて会ったときの私の印象は『目が大きくて綺麗だった』そうだ。約4時間、チーママの配慮もあり、愛美はずっと私の側で応対してくれた。途中から愛美は私の左手を両手で包み込むように握り締めて離さなかった。私も徐々に愛美が愛しくなっていった。内心『また悪い病気が始まった』と自戒したが、感情は抑え切れなかった。私と愛美は携帯の番号とメールアドレスを交換した。日本語が苦手なのに、どんなメール送ってくるのか楽しみだった。初めて会った日から3日後、愛美からメールがきた。『先日は有難うございました。貴方に会えてとても嬉しくて幸せでした。明日(日曜)一緒に食事いいですか?返事お待ちしています』え~日本語うまい!! 誰かに書いてもらったな!?『愛美、食事OKだよ』私と愛美の愛のバトルが始まった。2に続く
Aug 17, 2011
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