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ジェリーが今死んだ。(12時半頃)ジェリーの事を日記に書こうと思ってパソコンを開けた時、急に呼吸困難を起こし気を失って反応がなくなった。まだ体は温かいからよくわからないけど、獣医さんに電話で聞いてライトで瞳孔を確かめてみたけど、反応がなかった。先生が往診に来てから2週間が経った。先生はあの時「後1~2週間しか生きない」と言われていたのに1日多く生きた。最近、具合悪そうにしてたけど、昨日まで階段の上り下りをしてたから、今週一杯は生きるのかと思ってた。最期、すごく苦しんで呼吸困難起こして見ていられなかった。私と母の側で死んだ。私は苦しんでる間ずっと手を握ってあげてた。獣医さんから呼吸困難で苦しんで死ぬこともあるけど、大抵の猫は貧血でもうろうとして死んでいくと聞いていた。苦しんでほしくなかった。はじめて飼い猫の死を看取った。覚悟が出来ていたとはいえ、辛い・・・天国にはリンクもいるから寂しくないと思う。呼吸困難を起こす少し前にジンジャーが悲しそうに変な声を出して鳴いた。ジンジャーはきっと察知してお別れの言葉を言ったんだと思う。ジェリーは8キロもあって我が家の自慢の猫だった。以前、日記にも書いたけど、最初は帝王切開で生まれて2匹しか生き残らなかった時から10年が過ぎた。尿結石になるから、いつも病院の専門のフードを食べてた。今まで他の猫が食べてるのを見て羨ましかったと思う。この2週間、普通のフードをあげてた。家に生まれて幸せだったと思う。
Sep 28, 2004
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ジェリーが奇跡的に回復してきた!10~13日にかけてはもう死にかけていたと言ってもいい状態だった。呼吸困難を1日に何回も起こし、私達はその度に泣き、覚悟した。13日に主治医の先生が往診して下さり、止血剤、点滴、抗がん剤の注射をしてくれた。翌日から少しエサも食べるようになり、その翌日には何メートルか歩けるようになった。そして、今日は、階段を下り、祖父母の部屋まで歩いて行けるようになった。まだ下痢があり、昨日は血が少し混じったものを吐いたけど、すごい回復したと思う。主治医の先生は優秀で優しい。今日も電話をして容態を聞いてくれた。今日は母が病院に行って下痢に効く缶詰を出してもらった。その時、先生から詳しい話を聞いてきた。抗がん剤を入院中から少しずつ増やしていって、それでも悪化。急性に悪くなっていった。それで13日には、いつもよりかなり多い抗がん剤を注射してくれたらしい。それが効いたと思う。国内で1~2例しかない難病だから完全に治るという事はないかもしれない。でも、こんなに回復させてくれて嬉しい。後1ヶ月くらいは生きるかな?
Sep 18, 2004
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ちょっと前から「下痢」と「吐く」があった。下痢はひどくなかったけれど、吐くのは毎日だった。以前からよく吐く子だったけど、親が心配して病院に連れて行った。病名は「胃腸炎」。この時のレントゲンと血液検査は全く異常がなかった。家で毎日様子を見ていたけれど、吐くのが続いた。そして又、病院に連れて行った。胃腸のバリウムの検査を受けることになり入院した。私はそれから毎日、母猫リンクのお骨箱に向かって「リンク、ジェリーを助けてあげて・・・ 守ってあげて!」って言うようになった。言わずにはいられなかった。9月6日病院に行くと「40度の熱が下がらない」「白血球が多い」「体の内部外部に異常がない。原因がわからない」ということで引き続き入院。先生から電話で「ヘモバルトネラ症(猫伝染性貧血)」の疑いがあるからその薬を試してみるということを言われた。そのせいかわからないけど、次の日熱が下がったと聞いて安心したのにまた40度の熱が出た。次の日も下がらず、その翌日、大変な病名が!国内でも1~2例しかなく先生も診たことがない。治療法さえわからない「好酸球性白血病」という病名が。その日からインターフェロンなどの抗がん剤治療が行われた。翌日、はっきり診断する為に「骨髄検査」をする予定だった。でも、状態が悪くて出来なかった。9月10日結局、5泊入院後、家で死なせてあげようということで退院させた。退院した日、下血と血のかたまりを吐いた。私は初めて血のかたまりを見たのですごく驚いた。あまりにも苦しそうなのでそのまま死ぬと思ったから皆なで泣いた。私は母猫のお骨箱を持ってきた。9月13日今日は先生が往診に来てくれた。「体格が大きいし体力もあるから1週間もつだろう」って、しかし、「気力がないから今週一杯わからない」と言われた。一日に何回も呼吸困難を起こして私と母はその度に「死ぬんじゃないか!?」と思って泣いてた。私は「10年間、有り難う・・・」って言った。いつ死ぬかわからないけど、「頑張れ」と言いたいけど、言わない。それは確かに頑張って生きてほしいけど、死んだ方が苦しさから解放されていいのかもしれない。ジェリーは家に生まれて幸せだったと思う。
Sep 13, 2004
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8月のある日、猫手の編集者の女の人が家にやってきた。予想はしてたけど、一目見ただけでジンジャーは逃げてしまった。なんとか捕まえて応接間に入れて閉め切った。パニックで大鳴きして心が苦しかった。主役のジンジャーいなくなると困るからである。撮影は後にして逃げてるからジンジャーの話を先にすることになった。私は緊張して何も話せなくなってしまうって少し心配してたけど、ジンジャーが大暴れしてたのでそれどころじゃなかった。撮影の時、もちろんジンジャーが大暴れ・・・(-_-;)ジンジャーを捕まえるので精一杯だった。撮影はものすごく大変だった。服がジンジャーの毛だらけになってた。マリーは逃げずにいたから普通に撮れたと思う。数時間の取材が終わって1日分の疲れがどっと出た。編集者の人に申し訳なかった。ジンジャーの真菌症は取材までになんとか治った(^.^)
Sep 4, 2004
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