なおしブログ ハワイで起業した100の夢を持つ社長のブログ
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突然ですが、私、内田直は楽天株式会社を退職することになりました。本日が最終出社日です。ご挨拶、ご連絡が出来なかった方申し訳ございませんでした。入社したのが2000年10月1日。そして今が2011年1月31日なので楽天で実に10年以上にわたり働かせて頂き大変感謝しております。楽天に入社してからいろんなことがありました。私の楽天でのキャリアはECコンサルタントとしてスタートしました。当時の私は31歳、上司も含めほとんどが私より年下でした。当時の楽天は総スタッフ数で200人もいないまだまだこれからのベンチャー企業でした。そして当時の私はコピペのショートカットキーも知らない全くのIT音痴。ただ、なんとなくですが営業は自信がある程度でした。ただ、その営業力も楽天の現場では全く通じませんでした。最初に私が感じたプレッシャーは何か早く実績を作らないとこのプロ集団に相手にされないということでした。そこから私は朝7時に会社に行き、大体夜中の2時ぐらいまでほぼ毎日働きました。なぜなら、当時仕事ができると言われていた人たちはみんな朝早く来ていました。なので真似してみようと思ったのです。仕事のできる人たちの行動パターンを全て真似してそれを全部実行すれば早く一人前になれると思った訳です。そして入社して3ヶ月目でECコンサルタントの営業指標で全て1位を取ることができ、ナンバー1ECコンサルタントになりました。楽天賞も入社3ヶ月目でスピード受賞をさせて頂きました。ここから周りの私を見る目が変わります。仕事ができるというイメージが出来たおかげでずいぶん仕事がしやすくなりました。その後、1年以内に部長に昇進、さらにそこから営業事業部門長になるにはさほど時間はかかりませんでした。そして更に営業の現場を離れ、編成・マーケティング部門長、営業企画部門長とほぼほぼ全ての部門長を歴任させて頂きました。そして入社して4年たった頃、インフォシークに異動になりました。三木谷さんがポータルメディア事業カンパニーのカンパニー社長を自分がやると宣言して、楽天市場事業から部門長、部長を5名ほど引き連れて行きました。そのうちの5名に私も入っていたのです。もともと楽天に入る前はメディアにいたのでポータルサイトはめちゃくちゃ興味がありました。どういうビジネスストラクチャーで成り立っているのか知りたいと思っていました。インフォシークでは私はメディア事業部長に任命されインフォシークニュースやマネー、その他メディア系コンテンツをほぼほぼ担当することになりました。ヤフーとの差は何十倍だったでしょうか?これをひっくり返すには?その前に収益構造をよくしなければとタスクは山積みでした。三木谷さんからは、一つ一つのサービスが黒字になれば収益構造がぐっと改善されると言われました。そこから担当サービス毎にかかっている費用、売上、PV、UUなどを細分化して管理しだしました。楽天でいう「因数分解」というやつです。一つ一つサービス毎に管理しだしたら黒字サービス、赤字サービスと明らかになり、一つ一つ赤字サービスを黒字にすることで収益構造を改善することできました。当初メディア事業部は収益構造は赤字でしたがこの管理手法で1年も経たずに黒字に転換することができました。当時の担当プロデューサーの努力の賜物です。そしてインフォシークでもあっという間に4年の月日が流れ、ブログ事業へ異動になりました。ブログ事業の事業長に任命して頂いたのです。ブログ事業は開発スタッフをいれても20名弱の小さいユニットでした。でもそんな小さな事業でも事業責任者という経験は私に取って何物にも代え難い、すごい貴重な経験となりました。当時、コミュニティサービスはCGMと呼ばれていました。今ではソーシャルメディアと名前を変え、時代の潮流に乗っています。フェースブック、twitterのおかげです。私が担当したブログ事業は当初収益構造は余りよくなくこのビジネス構造を変換するのが急務でした。ただ、この事業に携わっているスタッフが営業も開発も編成もみんな仲が良く、事業に対して前向きというか、本当にこのサービスが好きなんだということが伝わってきていたので、何となくやれそうな気はしていました。ブログサービスに対する無償の愛をみんなが持っていました。それだけ楽しい、可能性のある分野だということかも知れません。そして担当して3ヶ月目に単月ですが収益構造がよくなり、Profitableなサービスになりました。この時思ったのが、ノリの悪いやつはだめだということです。やはりインターネットビジネスはある意味、クレイジービジネスです。そのクレイジービジネスを楽しむにはノリのよさが極めて重要だと思います。「これやってみようか?」という問いに対し、「いいね!」と二つ返事で返して、「そしたらこれをこうしたらもっと面白くなるかも?」といった提案が出てくるようなノリです。「それやって意味あるんですか?」というアイスブロック的な受け答えをする人は間違いなくコミュニケーション力が低く仕事ができない人だと思います。ネットベンチャーではいらない人種です。また、重要な要素の一つにお互いをRespectし合うというのもあります。これは極めて重要なファクターです。これがブログ事業に携わっていたスタッフにはありました。それがあのサービスをあの少人数でまわすことができた原因だったと思います。そしてブログ事業で2年事業長をさせて頂いた後海外志向の強い私は最後の異動をします。最後は楽天が今一番強く押し進めているプロジェクト、英語公用語化プロジェクト通称English-nizationです。ここで学んだ英語教育産業はすごい面白く、勉強になりました。何社のベンダーさんとお話しさせて頂いたでしょうか?各社それぞれ特徴があってかなり面白かったです。そのうちいくつかの英語学校にも通いましたしオンラインのサービスも受けました。もともと早稲田の教育学部英語英文学科卒という私は英語に対してかなり興味を持っています。以前のブログにも書きましたが英語教育産業とダイエット産業は産業構造がそっくりです。英語商材、英会話サービスも本当にいいものからインチキなものまでさまざまです。そして、英語が出来るようになるには結局は継続して、根気よく、勉強し続けるしかないのです。ただ、そのプロセスでモチベーション高く頑張る方法や効率的に勉強する方法はたくさんあります。ここをクリエイトできるかどうかが成功するかしないかの境目だと思います。私の持論ですが、10年前に三木谷さんが絶対にみんなインターネットで買い物するようになると言っていたことが今や現実になったように、英語もあと10年もしたらみんな普通に使うようになっていると思います。ここにビジネスチャンスがあると思います。そしてこの英語公用語化の流れが私が楽天を退職する決意をする後押しをしてくれました。もともと私は独立志向が強く、楽天に入社した時からいつかは起業とずっと思っていました。この会社で学ぶものがなくなったら辞めて独立しようと心に決めていました。ただ、この会社のダイナミックさも手伝って10年以上の月日が経ってしまいました。笑英語化推進プロジェクトで英語を勉強していて思ったのは、英語を勉強するだけではもったいないということです。英語を勉強するのではなく、英語で何かを勉強するということが一番生きた英語が身に付くと感じました。その何かが私の場合、ビジネスでした。なので退職後は3月から海外でビジネス留学します。年齢も年齢なのでMBAとかではありません。もっと短期的なスパンでグローバルリーダーシップマネジメントが学べるカリキュラムを提供している学校です。そこの学校から入学許可の合格通知をもらったのが昨年の暮れでした。そこからばたばたでしたが何とか円満退社をすることができました。そしてこの決断を後押ししてくれたのは武田常務と三木谷さんでした。年齢は関係ない頑張ってこいと。そして三木谷さんに最後の挨拶をさせて頂いた金曜日あるありがたい言葉を頂きました。三木谷さんの本こちら↓↓↓↓ 【送料無料】成功の法則92ヶ条記念にサインを頂きました!! そして最後に三木谷さんから、「また、帰ってきてよ!」と気さくにお声がけ頂きました。「帰ってこいよ」ではなく「帰ってきてよ」というところに三木谷さんのこれだけ会社が大きくなってもまだまだ謙虚であり続ける姿勢を感じました。ああ、この人に10年以上仕えてきて本当によかったなあと感じた瞬間でした。本当に心の底から感謝しております。長い間育てて頂き、ありがとうございました!さて、このなおしブログの更新どうしようかな???ランキングの順位はここをクリック!↓↓↓↓↓twitterもフォローお願いします~!
Jan 31, 2011
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