HAPPYな人生のために

HAPPYな人生のために

あきらめようとした時

あきらめようとした時

■2003/01/05 (日) 陸上競技にお別れ

奈良・京都九日間の帰省は、心に風を通してくれたように、
私にリフレッシュをもたらした。

東京に出て、方言を変え、言いたいことを言わないようになってから、いろんな抑制を自分にかけていたんだなと思った。
私らしさを抑え、職場に、東京になじもうとばかりしていたのかもしれない。

それがムダだったとは思わない。
話の聞き手に回る余裕が出来たし、言いたいことを我慢することの必要性も感じた。
でも、芯のところで自分らしさ、自分のやりたいことを失ってはいけないなと再確認する9日間となった。

さて、
ここに報告すべきこととすると、
ようやく陸上に見切りをつける覚悟がつきかけてきたということだろうか。

私にとって、陸上は”競技”でしかなく、
自分の存在を象徴するもので、
その記録や勝利に対する執着心が強かった。

陸上は目的意識がはっきりとしていて、
そのためになすべきこともはっきりとしていて、
そしてその結果もまた、はっきりとしている。

すべてが明確で、
失敗も成功も自分の責任で、
その潔さが好きだった。

そして、その成功をなんとしてもこの手につかみたかったし、
そのための努力は大切だったし、
そして賞賛を浴びたかった。

何度もここに書いたけれど、
試合の緊張感や高揚感そしてその中から生み出すパフォーマンスほど
すばらしいものはひとつもなかった。

私は、目的意識が高過ぎて、プライドも高かったために、
失敗を冒したまま陸上をやめてしまうことが
尻尾を巻いて逃げ出すことような気がして、
どうしてもできなかった。

その気持ちがすっかりなくなったかというとそうでもないが、
競技として陸上にたずさわれた時間はもう過ぎ去ってしまたのではないか、
と思い始めた。

陸上を続けながら、
仕事を続けようと思ったけれど、
二足のわらじなんてはけなかった。

競技者として陸上をやるには、
仕事のウエイトが重すぎた。
できなかった。

目的がなくても、もしできるのなら、
趣味の一つとして陸上ができるならいいなと思う。
そんなの陸上競技といえない、とおっしゃる方がいらっしゃるなら、
あえて”陸上競技”とは言わないでおきます。
あのときほどのことはできないけれど、
体を動かすことに喜びを感じられるから、
何かをできるのかもしれない。

少なくとも、
今でも陸上を愛していると思う。
ただ、表舞台で華々しく活躍しようと思えば思うほど、
私は自分で自分に負担をかけ、
つぶれてしまうのではないかと思う。

この形で、
少しずつ見切りがつけられるのなら、
それでいいのじゃないかと思う。
こうやって、
ここから旅立てたらすばらしいのではないかと思う。

出会いがあったら、別れがある。

陸上に代わるほどの
大きな目的はまだない。
でも、
それと同等かそれ以上のでかいことをやってやろうと思う。
それでお金をもらえるほどのことをやろうと思う。
そこで一流になろうと思う。

陸上で果たしきれなかったことがあるなら、
新たなフィールドでやってやろうと思う。

これだけ、陸上に対しての思いを突き詰めてきても、
まだ未練はたっぷりある気がします。
だって愛していたもの。
それ以上の夢は何一つみつからなかったもの。
でも、
今度こそ別の夢に全力を注ぎたいと思う。

陸上をやめるときに、
京大陸上部の人たちは、
卒部の文章というものを書きます。

私はおととし、
あまりに悲しくて、
陸上を終えられなくて、
本当の心をうまく言葉にすることができませんでした。
怖くて怖くて。

この間、引退した後輩は約40ページの文章を書きました。

ここで、
私の陸上を振り返り、
陸上に対する思いや、そこで得たものを語れたらいいなと思います。
今週いっぱいは仕事がてんこもりなので、
どれほど書けるかはわからないけれど、
書けるだけ、書いてみようと思います。

■2003/01/24 (金) 独白

この日記に書き綴りたい気持ちは、
波のようにやってきては引いてゆく。
だからいつも不定期日記。
どうせもともと自分のために書いているのだから、かまわないだろう。

どうも、今日はネガ気味。

陸上のことを考えると、やはりいつもある程度ネガティブな気分になってくる。陸上人生を考えることはやっぱり後ろ向きな行為でしかないからか。

日々の忙しい生活の中では忘れていく。
ウソにまみれたエンタテインメント業界で、”ハリー・ポッター”の売れ行きがすごいとか、今年のアカデミー賞は混戦だとか、そんなことを言ってれば知らぬ間に日々は過ぎてゆく。
一週間は5日の平日と、2日の休みで、それが延々とぐるぐる回って過ぎてゆく。
タテマエの多い大人の中で、熱さを表に出すこともためらい、逆に押さえつけ、バランスを取りながら生きてゆく。

あれれ、仕事の愚痴なんてどうでもいい。
今のトピックは陸上だった。

どこかで割り切るべきポイントがあるんだろうと思う。
諦めをつける時があるんだと思う。

後悔した自分の行動に、ある程度後から意味をつけ、
そんなこともあったよね、と思えるようになったことも(陸上以外で)あるけれど、
陸上には後悔が尽きない。
やっぱり。
いくら続けるとかやめるとか言ってみても。

生々しく思い出すたびに、
後悔がつのる。
後悔している自分にさえ、また嫌悪感がつのる。

心のもやもやは言葉にして出しても出しても、
気持ち悪く残っていて、形もはっきりせずに、いらいらする。

いつか笑えるようになるんだろうか。

引退してなお1年以上も引きずっている陸上選手もなかなかいないだろうと思う。
バカらしい。

結局日常にまぎれて忘れていくしかないんだろうか。
解決の方法はないんだろうか。
跳びたかった
跳びたかった。跳びたかった。
それしかない。

私は女だった。
強くもないし、独りでもいられなかった。
恋もしたし、過食にも走った。
気持ちが悪かった。
空虚感は埋められず、アホほど泣いた。

ダメだ、これじゃ自分の気持ちも見つめられないし、
何にも見出せない。

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