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久々に。書きたくなりました。誰も読んでいないかもしれないけれど。笑本当に何歳になっても、追い詰められたり、苦しんだりするものです。もっと迷わずに、まっすぐに自分の道をいけるものなのかと思っていました。でも、悩みながらもいつも、進んでいるなら、それでいいんじゃないかと思います。進んでもぶつかり、問題が発生し、困って、変えて、やっとまた再発進する。人生ってそれの繰り返しだなぁと思います。そういうものだから。今苦しんでいる人も、きっとそこを抜けられるから。その苦しみを、自分でぱっと手放してみれば、実は、意外と簡単なことかもしれません。だからそんなに苦しまないで。そして、ときには立ち止まっても、後ろに戻ってもいいから、落ち着いたらまた前に進もう。一緒に歩こう。そんなふうに思います。
2016.02.09
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どんな失敗も、ひどい失恋も、誰が自分にどんなにひどいことを言ったとしても、本当の意味で自分の価値を下げることはないのだ、ということにもっと多くの人が気づくべきだと、最近思います。努力が報われなかった結果。あと一歩足りなかった試験。あの人が自分を愛してくれなかったこと。あの人に負けてしまったこと。上司が自分を評価してくれなかったこと。両親が自分を信じてくれなかったこと。信じていた人に裏切られてしまったこと。どんな出来事も、今現在のあなたを傷つけたり、足をひっぱったり、抑圧したり、することは、本当にはないのです。今のあなたを傷つけているのは、あなたが自分に対して感じていることそのものです。自分は人に愛されるに値しない。人は裏切るものだ。自分は成功などできない。そういう思い込みが、今も自分を苦しめています。けれど、それは過去に起こった出来事そのものではありません。その記憶に未だにこだわっている、あなた自身の心なのです。過去の記憶には、学ぶべきことは学び、これからはこうしよう、と決めたら、あとは、きちんとさよならをしましょう。そんなこともあったな。自分を裏切った人もいたな。失敗もしちゃったな。あの人はこんなことを言ったな。でも、私は、私をこういうふうに考える。私は人に愛されるに値する。私は成功をすることができる。私はまた新しく人とすばらしい関係を築くことができる。人を愛することができる。可能性をもっと切り開いていける。その前提に一度立ってみた上で、現状を見直してみましょう。ほらやっぱり、私は人に愛されないのだ、ではなく、この人は私を愛したわけではなかった。でも、どこかで私を愛し、私が愛する人に出会えるからさっさと次へいこう。と思えるはずなのです。自分をどう思いこむかで現実はまったく変わるのです。ほしい未来を確定させた上でそこに近づく道を選んでいきましょう。
2015.01.17
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10年以上前の自分の文章を読んでその追いつめられたような切迫感、悲壮感、孤独、悲しさ、自己嫌悪に胸が詰まるような気がしました。私は極端すぎるほど自分を追いつめ、自分をとことんまでに卑下していました。今年35歳になりました。35歳になった自分が二十歳の自分を振り返ってあの時の自分に言ってあげたいこと、今の自分だからやっとわかること、そういうことを改めてここに綴っていきたいなと思いました。ーーーーーーーーーー今の自分なら知っていること、それは、人生には多くの出会いとチャンスがあるということです。そして、失敗は唯一絶対の最後ではないということです。私にとって、陸上を諦めるということは、人生を諦めるとほぼ同義でした。もうそれを諦めたら自分には何も残らないと思っていました。でも、それはひとつの通過点に過ぎないのです。人は何かの失敗の後にもまた生きて出会って誰かに喜ばれるような何かをなしたりするものなのです。人生はそんなに簡単に途中で終わったりしないのです。人生を賭けるほど大切な何かをもしも失ったとしてもまた人生を賭けるだけの価値のある何かに出会うチャンスが現れるのです。また、かなえられなかった何かは方法を変えて、手段を変えれば叶えるチャンスはあるのです。人生を、あきらめないで。あなた自身のこれからにある、大切な出会いをあきらめないで。人生は点ではなく、一本道でもなく、たくさんの枝分かれした木のように、多様な選択肢を、選んで行くものなのです。決していきどまりではないのです。自分で思い込んでしまったその行き止まりに、人は立ち止まって何年も動けなくなったりします。でも、時はいつも平等にたんたんと過ぎていっているのです。時間こそがあなたの持ち物なのです。それは、まだ終わりではない。あなたには未来がある。そういうことを、もし二十歳の自分に出会えるなら言ってあげないといけないな、と改めて思ったりします。
2014.10.19
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今年で35歳になるのですが、いくつになっても悩んだりするもんなんですね。大人ってもっとすっきりしてるものかと思ってました。年齢がいけば経験から自信や知恵がつくものかと思ってました。今の会社に入ってもうすぐ4年。こんないい会社はない、入れてもらえて本当にありがたい!と思ってました。でも急成長の4年間で、大企業化し、優秀だった人が辞め、大企業から大企業気質な人が入社し、ベンチャーの熱さや良さは徐々に薄まり、少しずつ残念な会社になってきました。現場を知らない/知ろうともしないマネジメント層が増え、階層が増え、縦に長くなり、フラットでスピーディでたくましい会社が徐々に鈍重になり、業績の低迷に喘ぐ・・・。残念です。でもさらに残念なことは自分がそれを変えられるほどの力も権力もないということです。世の中に価値を提供したい、という思いは私の中でより強くなり、価値がない、価値が薄いと感じる仕事に費やす時間が本当にもったいないと思う毎日です。2020年オリンピックイヤーに向けて日本はもっとがんばらなければならないし、チャンスがくるはずなのに今の私は一体何をしているのだろうと感じてしまいます。今やるべきことは、チャンスや出会いは必ず来ると信じて目の前のことに一生懸命取り組むことでしょうか。何をがんばればいいのでしょうか。疲れ、徒労感がいかんともしがたい毎日です。ちょっとここから前向きにならないとと思っているのですが。。
2014.08.21
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仕事を通じて、学びたいとか、成長したいとか、強くなりたいとか、稼げるようになりたいとか、毎日自分自身のためのことばかり考えてしまうけれど、一体私は、この会社で、何をやりたかったんだっけ、と改めて考えていたら、ああ、私は、人を驚かせて感動させて喜ばせて勇気づけたかったんだ、と思い立った。前職ではすばらしい結婚式場に出会って感動したり、全力で働く社長や社員に出会って勇気づけられたり、すばらしいみかん畑でそのみかんを全国に届けなきゃと思ったり、たくさんの優れたビジネスに出会って、勇気をもらって、一方で、コンサルティングという仕事で社長や社員を勇気づけサポートしたいと思ってきた。前々職では、すばらしい映画に出会って、これを世の中に広めるのが私の仕事だ、と思った。感動するほど優れたサービスや仕事をする人に出会って、ああ、このことを人に伝えなければならない、と思った。もっとさかのぼると、やっぱり原点は陸上だった。スポーツを通じて、どんな気持ちになったか。それは自分ががんばって結果を出すと、周りの人が喜んでくれるんだ、ということだった。中学生の時、始めて全国大会の出場を決めたとき、直後に顧問の先生のところにいくと、その跳躍についてのアドバイスをくれた先生の手が震えていた。学校に戻ると、校長先生が喜んでほめてくれた。好きだった先生が試合前に手紙をくれて、自分らしくがんばれば、結果は出るよと言ってくれた。試合に勝つと、競技場中の観衆が自分を応援してくれているような気がして、実際に一緒に試合に出た選手までも、おめでとう、と言ってくれた。試合で手拍子をもらった。高校の時も、自分のがんばりを、いつも応援し、叱咤激励してくれた先生がいた。県の陸上部の先生は大体私のことを知ってくれていて、試合のたびに、声をかけてアドバイスをしてくれる人がたくさんいた。試合に勝つと、背があまり高くないのにがんばってるね、と言われた。やっぱり、中高生の時のこの経験は強烈で、がんばったら喜んでくれてほめてくれて、勇気づけられたよ、と言ってくれる人がいることが嬉しかった。自分ががんばったら、それが誰かの心に響いたりするんだと思った。オリンピック選手にはなれなかったけど、私はオリンピックを見て感動をしたし、感動をさせられる選手をうらやましいと、すばらしいと思った。悩んだりがんばったりした自分をうまく扱えなかったけれど私自身も、他のスポーツ選手や映画や小説や、様々なビジネスや、働く人たちのがんばりに、勇気づけられたり、驚いたり、喜んだり、感動したりした。結局、そういうことがしたかったんだな、と思い立った。好きだなと思う有名人はスティーブジョブスやココシャネルで、個人の飛び抜けた才能が光って、人が集まってくる。応援する。驚く。喜ぶ。愛する。そんな人になりたかった。そういう仕事がしたかった。そういうことなんだなと、思った。驚くぐらい、はっとするぐらい、人の心を打つもの。何かそういうことをしたい。そういうことだった!オリンピック選手じゃなくても、それはできる!
2013.06.06
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誰かのために作る料理は、自分のために作る料理より楽しい。誰かのための家事は、自分のための家事よりやりがいがある。応援したい同僚のための仕事は、自分のためにする仕事よりも力が出る。自分が人生で何が残せるのか、もっと何かできるのではないか、これじゃないんじゃないかとずっと考えて、探してきたけれど。結局のところ、探してどこかに見つかるものなんかではなく、毎日の暮らしや仕事の中に、「誰かのために」という目的を見いだし、心をこめて達成したことの後に、底の深い、地に足のついた満足感のようなものが小さくついてきて、それがじわじわと積み重なっていくことだけが、自分の人生で残せるもの、できること、なんだなぁと最近思う。大きくはなくても、自分の自信となる使命とは、誰かのために生きられることなんだろうなと思う。そして、その力になりたい、愛を注ぎたい、大切にしたい誰かを見いだせれば、それだけで人生は幸せの一歩を踏み出せるのだと。がんばれる対象を見つけられたら、あとはがんばるだけ。私にとっては小さな息子が、何を置いても、大切にしたい、愛する存在で、彼の未来を考えるだけで、やるべきことやりたいことが目の前に出てくる。一方で、避けたい未来も目に浮かぶ。こうはなりたくないから、こうしよう、ということがある。小さい息子に教えてもらった、誰かのために、何かをしようと思う気持ちは、仕事でもまったく同じで、あー、相手の力になるにはどうしたらいいかなぁと考えられるようになったことが、大きな大きな一歩で、私の仕事が前を向いて進み出した、理由なのではないかと振り返ると思い当たる。自分の一時的な楽しみのためにすることは、結局のところ、深い満足にはつながらない。一時的な喜びはどこか地に足がついておらず、自分をそこのとどめる力が弱い。結局のところ、自分のためよりも、誰かのための方が力が出るんだな、と気づく。そして、誰かのためにがんばりたい自分のためには、コンディションを整える必要はあって、がんばりすぎて何も考えられなくなったり、つらくなってしまわないために、そういう自分へ愛や休息やささやかな楽しみや自尊心を持てることをしないといけないなと思う。でも、それは、明日から誰かのためにがんばれる自分でいるために必要なこと。そういう順番で物事を考えられると、自信をもって毎日を過ごせるなと思う。
2013.05.05
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2012年5月9日、男の子を出産しました。ぶっちゃけ、めちゃくちゃかわいいです。そして、守るものができると、母親は変わります。生活の中心にこどもを据えます。未来を考えるようになります。お金のことを考えるようになります。生活の安全安心を大切にします。そして、もしものことを想定するようになります。無理が結果的に子どもに影響することを理解し、バランスを取ろうとするようになります。怖いこと(もしものこと)ができ、それを恐れると同時に、正面からその恐れに向き合って、対処しようとします。何があっても、必ず何とかしてみせる、という覚悟ができるのです。ひとりでは生きられない、育てられないことに気づくので、社会性が少しずつ身についてきます。不思議です。すごいです。母親って。やっぱり、強くなるみたいです。それは、働きウーマンの強さではなくて、底からの力強さというか、地に足のついた極めて現実的な強さなのだと思います。
2012.09.25
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目が冴えてしまってさっぱり眠れないので久しぶりにこのページを開いてみた。とりとめもなく、今思うことを。女性の人生には大きなイベントがあり、変化しゆくものだと思っていたけれどまさにその通りの変化を、今体感している。1月に結婚し、あと数日で出産の予定。結婚では私の生活はほとんど変わらなかったけれど、妊娠を通じて、自分の体と、生活は大きく変化し、おそらくこれから子供が生まれることで、また大きな変化があるのだと思う。特に産休。産前はたった6週間なのだけれど、思う通りにいかない体を抱えながら、その中でも、ぽっかりと空いてしまう時間を持て余す毎日。遠出ができるわけでもなく、何か大きな趣味や仕事を始められるわけでもなく一日中お腹の子供と話していられるわけでもなく、正直、びっくりするほど、暇。退屈。語弊を恐れずにいえば、無意味。というか、盲目的に何かに打ち込み走り続けることを、急にやめざるを得なかったので、びっくりしている。この空っぽな毎日の中で本当の自分の生き方をもう一度見直すお休みをいただいたんだなぁと思っている。記憶のある限りで、これまで、「打ち込むべきことがなかった時期」というのがほとんどなかった気がする。勉強、陸上、仕事、遊び、人間関係、常に課題があり、それを必死で乗り越えることが人生だと思っていたような節がある。どれも全力。そして何かに向かって前進し続けていないと、生きている気がしなかったのだろう。ひととおり、安心できる居場所、暮らし方、最小限の大切な人間関係、を得た上で、では、人は何のために生きているのだろうと、改めて考える。今のように、毎日をただ、過ごしていくのはもったいない。消化するように時間を使うのはもったいない。きっと子育ては、全力で取り組むべき、クリエイティブでわくわくして、難しいこともたくさんある大きなプロジェクトのひとつなのだろうと思う。これはきっとこれからだし、びっくりすることも困ることもたくさんあると思うけれど、なんというか、ひとりの人間が自力で歩き、自力で自分の幸せをつかみ取れるための基礎作りを手助けするようなイメージで、愛しくて、守りたい人が1人増えることには違いなく、生まれてきてくれたことを圧倒的に肯定し、感謝し、愛するのだろうと感じているものの、最終的には、本人の人生が、親になる私とは独立していくのだろうと思っている。まあ、現時点では想像に過ぎないのだけれど、私には私の人生がまず中心になるのだろうと。また、主婦業、というか家庭を維持し、旦那を支え、暮らしやすい家を守っていくことも大切で安定的な日々の仕事なのだろうと思う。産休に入ってから、比較的時間をかけて家事をするようになって、それはそれで楽しくやりがいがあり、大切なことだけれど、それだけではもの足りないとやはり思うようになった。でも、何か、もう1つ、私には、自分から創って、発信して、人と関わって、そして、成長していくべきこと、がないと生きていけない気がする。毎日が楽しい、居心地がいい、以上の、成長の手応えが必要。それが何なのかは、未だにわからず、何となくその「それ」の周りをうろうろしている気がしているのだけれど、歯がゆいことこの上ない。ただ何となく感じている、その「それ」は、こういう条件がある気がする。・何かを知る、得る、消化する、だけのものではないこと。インプットばかりは飽きるし、疲弊する。・何かを自分なりに創って発信する、伝える、ようなこと・そこに他人の評価や喜びがあること(ひとりはつまらない)・ただし、何かを創るためには、インプットする刺激が必要(自分の中から勝手に何かがクリエイティブするわけではない)・前進する、成長する、ようなものであること・特に何か、視覚的に刺激するようなことが必要。かつ、そこに言葉も必要、な気がする。こう書いてみると、「編集」的な機能が、私に向いているような気もする。知ってまとめて伝えて反応を見たい、ということか?とにもかくにも、ひとりで家にいると本当に疲れる。赤ちゃん、早くでておいでー
2012.05.04
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人生は、哀しい。どんなにがんばってもうまくいかないこともある。思い通りにはいかない。けれど、うまくいかないかもしれないからといって諦めるわけではなく、へこたれるわけでもなく、ただバラがバラの花を咲かせるように、桜が桜の花を咲かせるように、命を自分なりにせいいっぱい開かせて自分なりの美しさで輝く。そんな命のあり方に感動を覚えます。その姿に、心を打たれます。すべての生き物が、いつ絶えるかわからぬ命をせいいっぱい燃やしその結果を受け入れ、悲しみに耐えながらも花を開かせる毎日の中に素直に楽しみを見いだし、日々の営みを、毎日のあり方を、きらきらと輝かせる、そのことが、とても美しいのだと思います。ーーー自分が好きなもの、感動するもの、見たくなるもの、体験したくなるものが、多岐にわたっているので、一体私は何を求めているのだろうと、考えてみたら、上に書いてあるようなことに気づきました。映画、絵、音楽、料理、器、本、など、人が作った美しいものが好きです。なぜだろうと思うと、それを作った人の気持ちの本質に心を打たれるのでした。それらの媒体を通じて伝えたい思い、その完成にかけて込めた思い、そこにつながりを感じて、私はそれを作った人たちのあり方に心を打たれるのでした。スポーツ選手の戦う姿、ダンサーの踊り、仕事に打ち込む人の姿、美しくバランスのとれたファッションの人、など、輝いている人も、もちろん、好きです。そこにももちろん、その人のあり方や思いが、貫かれているからです。それは成功している人には限りません。苦悩も含めて、です。そして、花や木を見るのも好きです。一枚の落ち葉、1週間で枯れてしまう切り花、街路樹の緑、・・・そこには見栄も嘘も諦めも不満もないからです。ただ、生きている。木枯らしが吹いても、雨が降らなくても、全力で生きているから。生き物はそうやって、諦めたりせず、まっすぐにただ、生きるのだと思います。人間は、失敗を恐れます。未来を恐れます。努力は実ると信じていたときはよくても一度か二度の失敗、もしくは何か大きな失敗の後に、努力しても、結局実らない、とさじを投げ、心が折れ、願うことさえやめようとします。でも。努力が実るか実らないかは誰にもわからないのです。大切なことは、嘘をつかないこと。まっすぐに願うことのために力を尽くすこと。その過程をも楽しむこと。悲しみの上にある、そういう前向きな生き方に心を打たれるし、私はそういう人を応援したいし、自分もそうでありたいし、そういう人とつながっていたい、と思っていると、気づきました。私が発する言葉や、作るもの、打ち込む仕事、贈るもの、などはすべて、悲しみや楽しみをすべて味わい全部まとめて愛する楽しい人生を送る人とかかわり、勇気をもらったりあげたりしたいからなのだと、思います。
2012.02.07
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私には楽しむ才能があると思う。新しいことを学ぶことを楽しむ才能。いつも、新しいことに出会って、発見して、考えて、やってみて、興奮する。そんな私を最も生かす仕事、生かす環境、周りの人々に今、恵まれていて、本当に感謝している。人が、うまくいくポイントは、まず自分らしくいられる環境を持つこと、(自分に合う環境)その中で長所を伸ばしながら課題も改善していくこと、自分に自信や安心感を持って、どんな環境でも「必ずできる」だから「必ずやる」と思って自分が願う未来を実現するべく動く、そしてどんな環境さえも変えていく働きかけをする、そういうステップになるのかなと思っている。人は変われるし、もっとよくなれる、そう信じて変えていける人は、人生をよいものにできる。最近はそういうふうに思う。そういう信じる力が、一番大切なことだと思う。
2011.11.17
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ウィルキンソンのジンジャーエールが、ペットボトルでファミマに売ってたので、1本買って帰ってスコッチとジンバックで日曜の晩酌。JIN見た。中谷美紀は、幅のある、器の深い女優さん。和服も洋服も、びっくりするほど美しい。何があれほどのオーラを作ったのだろう。最初の仕事で、芸能人たる人にいろいろ会ったけど、美人オーラがもう、存在するだけで立っていたのは2人。木村佳乃さんと中谷美紀さん。木村佳乃さんは、写真NGで取材だけだったが、ノーメイクでさらりと白いTシャツで、登場したとき、風が吹いた。中谷美紀さんは何かの制作発表だったか。髪のさらさらと、存在のオーラが、震えるほどの美人度を醸し出していた。毎日、何を考え、何をしていると、ああいう大人の芯があって、少し読めないようなミステリアスな女性度を発するのだろう。美しい。いいなぁ。最近の私の好きな女優さんは、真矢みき、あまみゆうき、木村佳乃、中谷美紀、蒼井優、滝川クリステル凛とした存在感、賢さ、真摯な前向きさ、痛みを理解して、なおかつ、チャレンジする強さ。みたいな感じ。強い女性は美しい。ストレートに強いわけではないから。生きるうえで大切なものが1つではないから。悩んで迷って困って、大切なものを失って、失敗して苦しんで、なおかつ前を向いた、そんな人を、とても、尊敬するし、素敵だなと思う。女はいいよねぇ。かわいいし、美しいし、ラブリィだし、広いし、深いし、強いし、、、ねぇ。男より10倍かっこいいよねぇ。
2011.06.26
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最近仕事が順調に回るようになってきました。あー、少しほっとしました。新卒のように仕事ができなくなる半年ばかりは31歳にはなかなかきつかったです。しかも周りの20代は優秀だし。でも、本当に、仕事が好きです。そして、まっすぐな成長意欲みたいなものが、自分を、もっともっと、と前進させるようでいて、しかも、仕事の中に時々、考えて実施したことの成果があがる喜びとか、人と心がつながった時の喜びとか、優秀な人の仕事ぶりに感嘆する喜びとか、あたたかな思いやりに触れる喜びとか、できなかったことをうまくできるようになったときの喜びとか、誰かに喜んでもらえた時の喜びとか、毎日小さな発見や驚きや喜びがあって、楽しいなぁと思うのです。私は本当にいいかげんで、弱くて、中途半端でしたが、いつも楽しいことには目がなく、楽しく喜ばしく結果の出ることに、フォーカスしてきました。そして、仕事を今も喜んでいるのです。もっと仕事をして、自分の力を大きく使って、道を切り開いていきたいのです。力を発揮する、役に立つ、もっとよくなる、数字の結果が見える、わからなくてぐちゃぐちゃだった人がほぐれる、って本当に面白いことです。あーーー、仕事に愛されています、今。こういうふうに生きたかったし、働きたかった!
2011.06.23
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最近、いい人生になってきたなぁと思う。苦しいことや、難しいことや、困ったことに、ひとつひとつ向き合いながら、ちょっとずつよくしていく。体の真ん中に、自分の芯のようなものが育ち、それはつまり、外に発していく意志のようなもので、不安や不安定さが少しずつ減ってきたような気がする。自分を受け入れて、妙なプライドを捨てて、自分ってまだまだアホだなぁと思いながら、でも、一歩前進できたことも認めて、やっぱりそして前に進んでいく。人が好きで、悲しくて、嬉しくて、愛しくて、泣いたり笑ったり怒ったりしながら、だんだん素の自分と、人と向き合う自分を、形づくり、足下をかためて、前に進んでいく。泣いたり笑ったりしすぎる自分を、持て余していたころから、その感性を持ったままで、でも何か地に足がついた心のたくましさのようなものを身につけてここに生きる自分に対して愛しく思うこともできるようになって、あー、年はとってきたけど、私って割にいいやつじゃんか、とも思えるようになってきて、なんかよかったなと思う。私は私として生まれてきて私として育ってきて、いろんな人に出会えて、いろんな仕事に出会えて、心がいっぱいになって、本当によかったなぁと思う。よかった。
2011.06.05
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人は、何に心を動かされるのだろう?私のこれまでの人生を通しての疑問は、ずっとこれです。もう少し現実的にいうと、好き、とか、嫌い、とか、買おう、とか、こうしようという人の行動とその理由は何なのだろう?とずっと疑問に思っています。今の会社に入ったのも、そうでした。コンサルティング会社に入ったのも、映画の会社に入ったのも人は、なぜ、それを決めたんだろう、ということをずっと疑問に思っているからです。なんでこの人こんなに働くんだろう?どうしてこれが売れているんだろう?なぜこの人はこの人と付き合ったのだろう?どうしてここにいるんだろう?それを知るためには、まずは自分の行動の理由を、明確に知らなければなりません。なぜ今日はこういう1日を選んだのだろう?どうしてこの服を着たのだろう?どうしてこの仕事をするのだろう?どうしてこの映画が好きなのだろう?自分について、理由をもっと深堀して、聞いてみなければ、ならない気がします。自分のことは見えなくて、ずっと無視してきたような気がします。本当は本心とは違う行動をとってきたのかもしれません。本当の気持ちを見つけて、1つ1つ選んでいきたいと考えています。その上でしか、他人の選択の理由は理解できないだろう、と。
2011.05.16
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ブラック・スワンを見てきました。ナタリー・ポートマンの熱演により、心の光と影を描いた作品で、なんというかずしりとくるよい映画でした。少し前の浅田真央ちゃんのような健康的で幸せで影のない姿をうらやましく思ったこともあったけれど一方で影に飲み込まれて自ら死を選んだタレントを少し批判的に見ることもあったけれど、その両方を理解し、自分の中に持ちながら、人生や運命や自分自身を前進していく人の本当の強さや覚悟を今もう一度、すばらしいと感じました。人間の魅力というのは、光輝く幸せ、ではなく、狂気の一歩手前の暗さ、でもなく、その両方を経験した人の、深み、みたいなものなのかもしれません。ブラックスワンでは、清楚で繊細で白そのもののナタリー・ポートマン演じるダンサー・ニナが、妖しい魅力で王子を虜にしていく、自由でセクシーな黒鳥にチャレンジしていきます。欲望やセクシーの表現が理解できないニナ。親やあるべき姿の中に抑制されていたニナは、それをきっかけに自分の中の狂気に翻弄されていきます。幻覚の中、親から自立し、自分自身を確立しようとする彼女は、その過程にあって痛々しく、危険ですらあります。ただ、自分の中の弱さや逃げに立ち向かい、「私は!」と主張しようと殻をやぶる姿は、感動的です。人は年を重ねる中で、誰にも媚びない強い主張で「私はこれをする!」と自分のわがままから逃げないことを、身につけていかねばなりません。醜い感情も美しい感情も、すべて受け入れ立ち向かって、自分の存在を世に打ち出していく。自分の命を、この世に生かしていく。その懸命な生き方が、私にはとても凛々しく美しく、素敵に感じられました。自分の素直な感情から逃げないこと。言葉にすることは簡単ですが、何よりも難しいことで、そのことに人はずっと挑戦し続けるのだと思います。
2011.05.15
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毎日、自信喪失です。あー、仕事ができていない。迷惑かけてる。感情で動き過ぎる。やりますと言ったことを忘れてしまう。結局自分が一番できていないことが、一番の問題で。それなのに、人にお願いをしたりしなければいけなくて。あーーー。自分がいない方がいいのではないかと考えてしまう。自分を信じられていない。信じられる自分にならなければ。思う通りに動けるようにならなければ。はーー。***久しぶりに、昔の彼氏の夢を見ました。ブラウンのアイシャドウの似合う、メイクの上手な今っぽいきれいな女性と一緒でした。「ねぇねぇ、紹介して!どこで出会ったの??」と内心ショックを受けてびっくりしながらも、私は嬉しそうに話しかけて、ふたりに紅茶を入れていました。彼は穏やかな笑顔でした。あまりにもリアリティのある夢だったので、今日はずっとその絵が頭に焼き付いて、離れませんでした。もう何年も会っていないけれど、夢の中の笑顔のように穏やかに幸せでいてくれたらいいなぁと思いました。***人生には、自分にとって意味の大きな出会いというものがあります。そういう人との出会いは、既にその人が亡くなっていたとしても、また、その人と二度と会わないとしても、遠くに離れていても、時間が経ったとしても、心がつながっているものだと感じています。つながっているというのは少し語弊がある気もします。相手にとってどうかはわかりません。ただ、私の心の一部は、いつもその人とともにいて、心を預けているような感覚がします。若くして亡くなった、大好きだった中学校の国語の先生、二度と会えないけれど、悩んだり考えたり、振り返ったりすると、先生の存在がすぐ近くにあるような気がします。先生がここにいるというよりは、私の心の一部は遠く出張をして、先生に今も問いかけているような気がするのです。これで大丈夫ですかね、私間違ってないですかね?って。そして先生だったらこう答えるであろうことを思い浮かべているのです。その意味では、その人との出会いの中で、その人の一部を自分の中に取り込んでしまった、ということなのかもしれません。今まで出会ってきた人を、少しずつ自分の心の中に受け入れ、自分の一部とし、そして生きているのが人間なのかもしれません。心の世界では物理的な距離を超えて、思いのほか、近いのかもしれません。そんな心が、近づく出会いを、これからもたくさんしていくのだと思います。そしてその人の一部を借りていくのかもしれません。人は、社会的な生き物だといいますが、まさにそうだと思います。心の世界で毎日の出来事を見てみると、とても不思議な合成や細胞分裂のようなことが起こっているのかもしれません。
2011.04.19
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売上げで年間6億円の仕事、粗利で年間3000万円ほどの仕事、のコンペ。・・・の、クライアント側になりました。2社の1週間で準備したプレゼン。クライアント、私ひとり。相手、スーツ着た6、7名の男性陣。そして、1社は驚きのマージン、1社は70Pのきめ細かな提案。お金と熱意。大企業とベンチャー。なんとも、対照的な2社でした。そして、何かとても切ない気持ちになりました。低マージンを実現すべく1週間でぎりぎりの社内調整をした大企業、これだってきっと相当大変だったはずです。いろんな人に頭下げて、たぶん○%じゃなきゃ、取れません、この仕事。といって、印をもらいまくった。この仕事取りたいんです、と。1社は全力で調査をし、自分たちができることを最大限に探しました。自分たちがマックスがんばったら、どれだけのことができるか、やれるか。本当に相手が求めていることは何か。具体的に。泥臭くて、面倒な仕事も、覚悟の上で、全員で答えを探しました。自分が、とても罪深いような気がしました。泣きたい気持ちになりました。ぎりぎりの金額。ぎりぎりの工数。チャレンジ。スタンスは違えど相手の本気がうかがえて、ショックを受けました。自分も本気で向き合わなければ。
2011.04.15
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最近考えていることまとめだけ。理由は書かない・やると決めたことは絶対やる、という気迫が大事。守る気のある約束は必ず守れる。・人は自分のことをひとりぼっちだと思い込んでしまう時がある。でもそれは、本当にひとりぼっちなのではなく、心が扉を閉じてしまって、ひとりだと思い込んでいるだけのこと。本当は人は場所や集団の暖かさに支えられている。・何かを学ぶよりも、何かを実行する、作り出す、実施する、その方がずっと得られるものは大きい。そして小さな失敗を1つ1つ乗り越えていくことで人は成長している・多くのやるべきことに囲まれている人は幸せだ。それをやることで、できることが増えていくできることが増えることは、人を幸せにする。・何も本当のゼロから新しいものを作り出す必要はない。人の真似からスタートしていい自分がやりたいことをやるために、その過程で人に学び進むことが大事・リーダーシップを持つということ。責任を持つということは、そこに関わるメンバー全員の幸福について考えること。リーダーは自分ひとりやりたいことをやるためにリーダーなのではない。組織を幸せに導くこと。・愛や優しさがいつも心を満たしていられるように、日々を過ごすように心がける。そしてそれは自分の心から溢れて、自分自身や、ひとつひとつの持ち物や身近な人々へと与えられていく。愛は満たして溢れて広がっていく・無理矢理諦めたり納得させようとしたりしないこと。話を聞くこと。本当のことを理解すること。・人は世の中をほんの少しでもよくするために毎日生きる。世の中が自分の働きでちょっとでもよくなるために働く。・自然はいつも美しい。命は美しい。大きな木、花、野菜、人、生きている存在が光輝いている。その美しさをいつも全力で感じていたい。・役割は自分の中に突然見つかるものではない。人の間で見つかるもの。人との違い、人よりできること、人よりできないこと、だから、役割の定義のためには、どこにいるか、誰の間にいるか、も相当重要。・何度でも食いついていく、何度でも解決策を見つける、決して諦めないということ。・人に指示をし、依頼をする人は、自分の言動を見られている。結局のところ、自分の人間性を見つめ、言動を改め、賢く行動しなければ、人とうまく仕事はできない・自分が多数派でなくたってかまわない。でも多数派が何を考えていて、自分はどのぐらい少数派なのかを把握しておくことがとても大事。・先行管理をする。今日のことを考えながら、明日のことを考える。今週のことを考えながら、来週のことを考える。今月のことを考えながら来月のことを考える。来月、再来月のことをしながら、半年先のことを考える。人より一歩先、半歩先に、準備しておければ、焦らないしスムーズにことを運べる。・やったことは結果を確認し、フィードバックする。できないのならやめるという判断もする・やってみてやりたいことを増やす。やってみないとわからない。・人は傷つく。そして後ろを向いたり、すねたり、立ち止まったり、卑屈になったりする。でも、そこからどうするかが、とても大事。人は本当にその気になれば、挫折を乗り越えられる。失敗や受けた傷を、捨てて、捨てて、また真っ白な気持ちになれるように、自分を律する、コントロールする、前を向く。そして、小さなことから1つ1つやれば自分を信じられる理由を、小さくても1つ1つ作っていければ、もう一度信じることができるようになる。自分を信じないことが、人を最も苦しめる。誰が何を言おうと、自分が自分を信じていれば、まっすぐに生きていける。信じられる自分になろう。
2011.04.05
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こんな時に、何を語るべきか、と考えます。ツイッター、ブログ、新聞など、サイトをぱらぱら見ていると随分と感情的なコメントが多く見受けられます。感情的にならざるをえない大災害ですが、だからこそ、慎重に、冷静に、きりりと物事に当たるべきではないかなと思っています。目を覆いたくなるような事実だからこそ、目を見開いて、どうすべきか、これからのことをきちんと考えるべきではないかと思うのです。募金や支援や節電はもちろんのことながら、もう少し落ち着いていたいなと感じます。私自身は、個人的に、自分や身の回りの人の危険を感じた時に、とてもものがシンプルに見えました。どうしても大切にしたいことと、そうでないことの境がくっきりとしました。人が生きていくために、大切にしなければならないものが、浮かび上がったような気もしました。真実に対して真摯であること、具体的でわかりやすく善意の情報だけを選定していくこと、やらなくていいこと、無駄なこと、根源的に必要な、食べること、暮らすこと、眠ること。命。もう少し自分の中で整理が必要だと感じていますが、大切なことは、そんなに多くないし、そこにぴたりと焦点を当てていれば、どんな荒波にぶつかっても、乗り越えていけるというような気がします。生きよう、助けよう、暮らそう、愛そうと、心に決めていたら、そんなに迷わない気がします。原発だって、2度と使えなくなっても仕方がないから、絶対に人の命を害さないようにする必要があると思います。新しい会社に入って半年弱の私は随分と浮足立って、バタバタと慌てていましたが、この災害を機に、ぴしっと焦点が合って、シンプルに立て直せると思います。人の仕事は人を幸せにすることなのだと、改めて思います。
2011.03.14
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最近心がけていること、自分に言い聞かせていること・仕事は早い方が価値が高いと心得る・すぐにできることは後回しにせずにすぐにやって提出したり人に渡したりする・どうすればいいのか、というのを考えるのを途中で放棄しない、○○ができない、というところで思考を止めるのではなく、どうすればできるのかを考えて方法を見つける。自分で見つけられなければ、人に聞く、調べる・できないことを前提とせず、「何が一番の理想か」「どうすれば一番いいか」の最終目的地からスタートして考える・詳細、具体的情報、分析を怠らず、大きなことから、小さなことへと考えるレベルを小さく落としこんで結論を出す・自分の中で仕事を持ちすぎず、きちんと人に手渡したり、頼んだり、伝えたりする・わからないことを放置しない・自分の基準と他人からの見え方の両方をきちんと大切にする・気迫を持って仕事をする・自分が困るような状況を自分で創らない・要望や不満や疑問は口に出して相手に伝えなければ伝わらない・もっと広い視野から、大きな範囲から物事をみて、大事なことから順番に行う
2011.03.02
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今まで楽しいことはたくさんあったけれど今が一番、幸せだなぁと思います。それは望んだことがひとつひとつ叶っているからだと思います。自分が主役で責任を持ててわくわくする仕事、やったことの成果が見えやすく手応えが感じられる仕事、優秀で熱意のある仕事仲間、落ち着いて暮らせるゆとりのある部屋、気に入った雰囲気と店と人のいる街、安心できる人間関係、金銭的に無理のない生活、自分を否定せずに、問題を1つ1つ解決していける心のゆとり、嫌なことから逃げずに乗り越えられる力、細かなことにとらわれすぎない広い視野。安心、安定、熱意、夢、ドライブ感、スピード、気に入った人と関われること。できないことを1つ1つできるようになっていくこと、小さな成功体験。それは毎日トラブルや困ったことにぶつかるし、苦しいなと思うこともあるし、体は結構ぎりぎり必死でがんばってるし、おしゃれも何もあったもんじゃないし、いろいろ変えたいことはたくさんあるけれど、でも、変えられると思えること、ひとつひとつから逃げないでいられること、ああ、この人はすごいなと感銘を受けたり、いいなぁと思って知らずに吸収していけることそういうのが、本当に幸せなことだなぁと思うし、ようやく地に足がついたような気がします。そして、やっと、ようやく、陸上のことも、大学のことも、シンガポールのことも、昔の恋愛も、海外でのきらきらした旅も、たくさんの出会いも、そして今の仕事も生活も、どれがよかったとか悪かったとか、あの頃の自分はがんばってたとか、今は駄目だとか、そんなふうに思わずに、今までのすべての体験をフラットに並列に、でもとても愛おしい体験の1つ1つとして、自分の心の本棚に、1つ1つ整理して収まっていったような感覚があります。そして、多くの感動や涙や悲しみや愛情や、そういう心の動きに満たされた、私の人生を本当に素敵な幸せなものだと考えています。会社も友達も住む街も恋人も、たくさん、ぶつかって失敗もしたけれど、その分濃い人生を過ごしてきていると感じます。自分の過ごしたたくさんの時間と、そこで出会った人々をすべてひっくるめて、とても愛しく感じます。人の3倍濃い時間を。たくさんの街を旅したし、たくさんお酒も飲んだし、たくさんの人の話を聞かせてもらったし、たくさんの本を読んだし、たくさんの絵を見たり、音楽を聞いたり、映画を見たりしたし、たくさんのおいしいものを食べたし、恋もたくさんした。でも、きっとこれからは何かを受け取ったり得たりするだけではなくて、何かをやって創っていくのだと感じている。今の仕事は、私が明確な指示を出さなければ、手伝ってくれる人が困ってしまう。そんな状況におかれて初めて、受け取るのではなく、先に自分が決めるんだと思った。私はこれをする、と決めて、ことを起こして、人を動かし、創っていくのだ、これからはと思っている。私は本当に幸せな人間だなと思う。
2011.02.18
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ようやく仕事が自分の手の中で、コントロールできるようになってきました。何より人に迷惑をかけるのが辛かったですが、全体像を理解して、自分がやりやすいように仕組みを作り直したらマシになりました。人に頼む仕事が多くて辛かったのですが、ともかく自分の時間だけでは間に合わないので、派遣さんや、社内の人、社外の人に仕事を頼むようになり、スムーズに意志疎通ができるようになると飛躍的に仕事が動き出しました。そして、一番うれしいことは、協力してくれた人の仕事に成果が出てきたこと。そのことを伝え、感謝の言葉をかけられること。あー!ひとりじゃないんだぁ!ひとりじゃできないことが、他の人と一緒にやればこんなにできるようになるんだぁと、すごくうれしくなりました。ひとりで完結する仕事が多かった私には、驚きながら、とてもうれしいことでした。この感覚は、中学生の時に、文化祭実行委員をした時以来です。そして、私には仕事によい縁があるという気がします。やっぱり仕事が好きなんだな、とも思いました。これから、ますますよい仕事ができそうです。転職してよかった☆
2010.12.28
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毎日、努力はしてるのだけれども、毎日壁ばかり。ありがたいことだけれども、自分の力以上の仕事に、毎日怯えながら必死で走っている。若い優秀な男の子から、なんでこのぐらいできねーんだよ!という苛立ちを感じながら、アホになったような気分で、毎日質問に謝罪。未経験の転職はきついな~ただ、あるかないかわからないポテンシャルに、見合わないほどの大きい仕事、予算。苦しいし怖いですが、私が願っていた、やりがいがある仕事と環境と同僚に恵まれる職場。一番足りないのは私の経験とスキル。ああ、何ヶ月でこの状態を抜け出せるだろうか。ごめんなさい、わかりません、おしえてください、お願いします、申し訳ありません、スミマセン…、ありがとうございます。最近の頻出ワード。ともかく素直に飛び込むしかないと、思ってます。がんばれ、私。
2010.11.26
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転職の時の私の会社選びの基準は・優秀な人のいる会社・仕事がたくさんある会社ということでした。そして、結果、選んだ会社はある意味、その希望どおり、というか希望以上で、優秀でやる気があって、前向きで脳の回転スピードが早い人がたくさんいました。たぶんその会社の中でも一番優秀な人たちがいる部署とプロジェクトの中にポンと入れていただいて、仕事量も、関わる人の数も、メールの数も、尋常じゃなく、業界未経験の私は、ゼロスタートに近いかたちで話す言葉も、暗黙のルールも、まったく違い、毎日トイレに行く暇もご飯を食べる暇もないぐらいの毎日です。ともかく時間が足りなくて、1日に受け取るメールの数は数百通、その中で、1日に送ったメールの数は約50通、今まで徒歩で歩いていたのに、突然スポーツカーのレース場に来たような感じで、運転技術もスピード感もなく、あちこちで小さな事故を起こしています。希望以上に希望通りの仕事を得て、「なんで私を採用したんだろう・・・正直力不足だ・・・」という気分でいっぱいですが、ともかくしばらくは必死でがんばろうと思います。
2010.11.13
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仕事の量とスピードにあっぷあっぷしていて、あまりにも必死なので、今朝は五時に起きて、早朝から終電まで仕事をした。それも、朝から、あることを心に決めて。…いつもの三倍速で仕事をする!1.5倍じゃぬるい、二倍でも間に合わん、じゃあいっそ三倍だ!と。これはつまり同じ方法でスピードを速くするだけでは解決できないこと。スピーディーに仕事するのはもちろん、大事なことは悩まないことでした。わからないことはすぐ聞く、でした。ともかく、解決できない状態で立ち止まらないこと。何かしらアクションを起こすこと。これを心がけると、今日は、仕事に追われていた状態から、ようやく抜け出しました。よく考えて悩んで答えを出すことが多い私には、とてもよいことでした。うまくいかないときは、やり方を変える、考え方を変える。そうすると道が開けて、すっきりするものです。あー、今日は仕事が片付いてスッキリしたー!
2010.11.09
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毎日、一日が過ぎるのがあっという間で、仕事量に対してスピードが追いついていない。全くイヤになる。そして毎日必死な分、物事の大きな方向性を、考える暇がなく、地に足が着いていない感じで空回りしている。仕事の量、責任の範囲、ともに大き過ぎて、恐ろしい。お金を稼ぐのも大変だけど、お金を使って投資するのも大変なことだと知った。一万円稼ぐのにも必死だったから、余計にかもしれない。今の願い。早く今の仕事に必要な知識と判断力を身に付けて、実務を余裕を持ってスピーディにさばけるようになりたい。その上で物事の全体像を即時に見極めて、よりよい未来のために物事を実行する力と勇気を持ちたい。足りないことがたくさんある。早く力をつけたい!
2010.11.02
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映画『悪人』を見てきました。原作を読んですごく気に入っていたのだけれど、映画もまた、すばらしい作品でした。キャラクターがいい、俳優がいい、コンセプトがいい、絵もいい。いやー、久々に私の中で高得点の映画でしたー。よかったぁ。何よりも私が好きなのは、主人公の殺人者です。妻夫木くんが演じる”悪人”です。そして、映画は、妻夫木くんとの組み合わせで、深津絵里が、光ってました。いやー、深津絵里、すごい。どんな経験をしていて、なぜ、こんな役柄を演じられるのだろうと思いました。そんな孤独を、あなたは感じたことがあったのか、と問いたくなります。孤独と愛。生と性と死。その深いテーマの鋭く切り込む物語。いやー、あまりうまく書けないな。でも、物語って、映画って、いいな、と改めて思った作品でした。
2010.10.06
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今日は誕生日です。なんと・・・31歳!わー!ちょうど先週会社を辞めて、ものすごく気持ちがすっきりしているところに誕生日もきたものだから、とても新しい気持ちで、今日を迎えられました。仕事もほぼ決まり、新しいフィールドでまた再度チャレンジしてみようと思っています。もう一度チャレンジできることに感謝。夢を持てたことに感謝。明日からまたがんばろうと思います。
2010.10.04
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今日から、シリア・ヨルダンの旅にいってきます!就職活動はちょっと休憩!
2010.09.16
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内定がいくつか出そうだけれどいまだに決められない。どれも自分の中に決め手がないのは、どれでもないということなのだろうか。それとも、ここで何かを我慢して妥協すべきなのか。どこまでなら、いつまで我慢できるものか。どんな未来を自分で作っていけるのか。わからんーーー
2010.09.07
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ともかく、何とかゼロよりもマイナスの状況の、落ち込んだ自分を何とかせねば、生きていかなければ、というところからスタートして、まずは、仕事に就かなければと、就職活動を始めました。そして、そこで出会った人たちの期待にこたえるべく、全力で「自分が入社すればこんなことができる!」という未来予想図を一生懸命描いてアピールすることで、内定を取ろうと考え、その過程で、自分の可能性の一端みたいなものを垣間見ました。そこで、結果何社かの入社の可能性のある会社に出会い、そこから、なかなか決めきれずに、再度、その会社に入って何をしたいのかを考えました。給与や待遇、周りの環境・・・選ぶべきこと。その中で、私が本当にやりたい、思いを込めてできることは何か。そう考えて、もう一度原点に戻りました。私が今までに、本当にうれしかったことは。映画会社に入ったのは、映画には人の心を救う力があると思ったからです。陸上で失敗して、落ち込んでいた私の気を紛らわしてくれて、夢中にさせてくれたもの、生きる力をくれたもの。これは人の心に命を与えてくれるものだ。だから、私はこれを世の中に送り出していく手伝いをしようと思いました。そこで得た仕事。でも、映画が、人の心に届いているのか、本当に必要な映画なのか、ということに疑問を抱きました。いくつか、心に残る映画に出会ったけれど、その作品が売れるかどうかは、いい映画かどうかと直接はリンクしない。どちらかというと「売れる映画とは何か」ということを、店舗に指南することが仕事でした。そして、媒体の仕事は、手ごたえが感じられませんでした。本当に私の仕事が役に立っているのか。そして、私はこの仕事を通じて、もっと成長できるのか。それに対する疑問符がつき、会社を辞めることにしました。次に入った会社は、「媒体では店舗の手助けができているかどうかわからない」「よい映画を世の中に送り届けていくような仕事ができない」との思いをひっくり返すために、「直接働く人を手助けに行こう」と思い、コンサルの仕事につきました。でも、この仕事は「稼ぐこと」がもっとも重視される仕事でした。「どうすれば業績が上がるか」ということを、手助けする仕事です。お金には、まったく執着心がありませんでした。夢をもてませんでした。自由な生活を手に入れるために、独自の稼ぎ方を身につけて、それを商品に中小企業を相手に稼ぎましょう、なんて。会社の方針に夢をもてませんでした。人の心に影響を与えたい。喜んでもらいたい。勇気付けたい。「ああ、この人に会えてよかった」と感じてもらいたい。そういう役割を果たしたい。それが、私の原点です。私の心は、たくさん傷ついたり、悲しんだり、悩んだりしてきた中で、たくさんの人の愛情に支えられてきたから、その愛をお返ししたい。生きることにチャレンジしている人、行き詰まっているけれども何とかしたいと考えている人、夢があるけど方法が見つからない人、悩んでいる人、をサポートしたい。心をサポートしたい。そういうことが、私の仕事の原点です。たぶん。今までの仕事でうれしかったこと。社長が提案に泣いて喜んでくれたこと。クライアントの社員がひとつのイベントを、一生懸命やりぬいたこと。そういう努力する人、チャレンジする人のサポーターになりたい。私の仕事の原点は、そこのような気がしています。
2010.09.06
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書類に通る会社、通らない会社はあったけれど筆記試験、面接は非常に好調で、結局今のところ7社の候補があります。私を採りたいと言ってくださる会社がいくつかあって、そろそろ私の方で最終的に優先順位を決めなければという感じになってきました。ここで100%よいと思える会社がなかったので随分迷ったのだけれども、いろんな人に相談をしながら、3社ぐらいにしぼり、そこからもう一度検討しなおしています。何とか就職できそうな感じがしてきて、少し安心です。
2010.09.03
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いつも、フラットに、偏らず、自分と他人を見つめることは難しい。自分を卑下したり、傲慢になったり。感情的で衝動的。私はいつも大切なことを見失う。ただ、目の前のことしか見えなくなる。客観的に、理性的に、そして、未来に向かってポジティブに、きちんと生きていきたい。逃げずに、驕らずに、日々に感謝をして、人とかかわって、仕事とかかわっていきたい。
2010.08.30
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あぢーーーくーたーびーれーたー毎日毎日出張やら面接やらーーーうえーー
2010.08.27
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いくつか会社に行ってみると、就職活動というのは、自分について、客観的な理解を深めるということだなぁと気づきました。企業を鏡にして、自分の姿を見る。この会社は自分のことをこう評価する、私はこの会社をこうだと思う。素直な自分が、一体どういう場所で活躍がしやすく、誰と相性がよく、誰とならダメで、どういう文化や考え方をいいと思うか。私は、子会社も合わせて3社経験していますが、どこも、あまり自分に合った会社ではなかったと感じています。軽すぎて、ノリが特殊で合わなかった会社、ぬるま湯すぎて、出る杭打たれて、成長が難しいと思った会社、ど根性過ぎて、バカで行動力だけがある会社。多くの会社に出会って、いろいろと考えていかなきゃならないと思っています。私にとっての会社選びの価値観としては・会社、商品、社員に力がある会社がよい(商品が売れる、仕事が入ってくる仕組みがあること 優秀な上司・同僚がいて、わくわくすること、 そういう場所を活用して、のびのびと成長できること 人を育てる余裕のある会社がよい)・自立のみに任せた“ど”ベンチャーは無理(死ぬ気で髪を振り乱して一人で勝手にやれ、という会社は無理 根性が足りないからお前はダメ、という会社も無理)・ぬるま湯に依存している社員が多すぎる会社は無理(会社に力がありすぎて、社員がバカになっている会社も無理)・モノやサービス、コンテンツが売れて社員やお客さんが喜ぶ仕組みを構築していくような仕事がしたい。という感じです。どこにあるかなぁ、そんな会社。
2010.08.17
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懐が深く、前向きで、明るい転職エージェントの女性のおかげで、元気が出てきた。ようやく心と体が前進し始めた。1ヶ月半の完全なダウンだった。でも、底までたどり着くと、上しかなくなる。ベクトルが上を向くとがんばれる。目標があって、前に進んでいるときは楽しい。何を努力すればいいかわからず、誰も味方がいないような気がして、気持ちがストップしているときが一番つらい。ここ2、3週間は、朝、頭が重くて全然起きられなかったのに、やることがあると思うと、スパッと目が覚めるようになった。それでも、書類に落ちると、少々がくっときそうになって、「ああ、もう二度とろくな仕事につけなくて、 取り返しがつかなくなったらどうしよう」と思うのだけれど、そういう自分を見ていて、大事なことは、そうやって気持ちをアップダウンさせずに、絶対に希望を見失わず、自分を信じて、淡々と前進することだと気づいた。エントリーした20社近くのうち、今日2社書類が落ちて、1社面接が決まった。書類通過率6%というから、上出来だ。今のところ、知り合いのベンチャーの面接が1社、コンサルの面接が1社、ネット系の面接が1社。ともかく、走ってみようと思った。そして、進んでみると、私の中にはまだまだエネルギーがあったんだと気づいた。そして、人よりもずっと、強烈なエネルギーだという気がした。決めたことは、全力でやる。あきらめない。私にこんな力があったんだと思った。転職活動は、心の安定が一番大切だ。地に足をつけて、全力で進んでみようと思う。
2010.08.13
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ようやく、やる気が出てきたので、転職エージェントに行ってみたら、今日会ったキャリアアドバイザーの女性は、すごく素敵で優秀な方で、感激した!この人が手伝ってくださるのだから、がんばらなくちゃと思った。びっくりした。人身売買のような転職エージェントの仕事で、ここまでレベルの高い方がいらっしゃることにも、びっくり。ようやくやる気がでた。必ず、内定取れますから、という言葉に勇気づけられました。この間、とあるセラピストのところに行ってみたら、あなたは、誰もあなたのことを責めていないのに、自分を責め続けている、と言われました。確かにそのとおりで、誰もダメだなんていってないのに、自分でダメだダメだと言っていると思いました。私に必要なことは、ずっと、「もういいよ」って自分に言ってあげることだったのではないかと思いました。自分に、もういいから、前に進みな、って言ってあげることだったのでは、と。私はもう、今まで十分がんばったから、これからまだがんばるにしても、一度「がんばったね」って言った方がいいのではないかなと思いました。私、がんばったよね?
2010.08.11
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最近、あまりにも体調が悪いので、何とかせねばと思ってます。私は体というのは心と基本的には直結していて、心身の健康を維持することが必要だと考えています。病院は病気を治してくれる場所ではなくて、痛みを和らげたり、体が切れたら縫い合わせてくれたり、悪いところを切り取ったりしてくれる場所です。そうなる前に、体を守り、強くすることが大切だなぁと最近思います。たぶん、私は、時期的なものもあるとは思いますが、いろんな悪い気や人の悪意や、もちろんよい気も、受け取ってしまいやすい体質なので、それに対して自分をコントロールする技が必要だなぁという気がしていました。悪い人には会いたくないとか、いい人だけがいる場所にいたいとか、考えたりもするのですが、この世で生きていくことが自分の使命ですから、そういう人に会ったとしても悪影響を受けない技術が必要です。何かいいものはないかなぁといろいろと精神療法的なものや、スピリチュアルに走ったのですが、心や頭だけを使うものは手ごたえが感じにくいし、宗教じみてへんな人もいっぱいいるので、余計に病気になりそうだという気がします。そして、ふと、バレエのレッスンに行くときはいつも調子がよいので、あー、そうか、体を使うことが必要なんだと思い、何かそういうもので自分をコントロールしたいなと思っています。思い出すと、アロマテラピーや、お酒のテイスティングがすきなのは、香りに対して意識を集中することが私に向いているということ。絵を描くのが好きなのは、対象をじっとみつめて、視覚的に集中することが気持ちがいいから。陸上や水泳やスキーは、体の感覚やバランスに意識を集中させるのが楽しいということ。歌を歌うのが好きなのは、音を聞くのと発するのが楽しいということ。あー、そうか、私は五感をうまく使うのが、大事なんだなぁと思い出しました。しばらく、疲れているので、体を動かすこと、五感を働かせることに時間を使って、元気になろうと思いました。さらには、今興味があるのは、気功。調べると面白そうなんです。怪しいなぁと思っていましたが、いろんな本、どちらかというと西洋系のスピリチュアルの本を読んで私が感じていた、人とエネルギー、場所とエネルギーの関係についての考え方が、よく似ていて、西洋も東洋も同じなんだなぁと感じました。以前から、東洋医学や陰陽五行説、易などには興味がありましたが、ちょっと時間をかけて勉強してみようかなーと思っています。また、本が増える・・・苦笑
2010.08.06
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結婚”できない”理由、だなんて、いやな言い方するなぁと、昨日の日記を見て改めて思いました。別に”できなかった”んじゃなくて、”しなかった”んだい!と。笑自分を卑下するのはやめようと思いました。自分も他人も、同等に大切にしようと思いました。謙虚にでも大切に。なんとなくいつも極端に走りがちですが、いろいろといったりきたりする中で、ちょうどいい、真ん中に落ち着けたらいいなぁと思っています。
2010.08.04
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いろいろと今までのことを振り返って、自分のことを考えていると、本当に子供のまま30歳になってしまったなぁと改めてちょっと落ち込みました。私が自分で全く気づいていなかった性質。これは、感情と行動が直結している、ということです。今、やりたいからする、好きだから、やる、気に食わないからやらない、嫌だからやらない、むっとしたから怒る、腹が立ったからそれを伝える楽しいから喜ぶ、嬉しいからありがとうと言う子供というか、動物??自分の目標と、それに対する長期的なプランというものが、ないのです。そのために今した方がいいこと、という理性的な判断できていないのです。相手の気持ちを理解する前に、自分の感情でいっぱいになってしまうのです。なんということだ・・・。このことに全然気づいていなかったなんて・・。まだ、距離のある相手なら、まだましですが、自分だけの問題、もしくは、自分と親しい人間との関係において、ビジョンややるべきことというのが、全然意識されていないのです。今まで結婚をしなかった理由。タイミングが合わなかったというのもありますが、これも、私のこういうところに、男性が引いてしまったというのがあるのではないか、と今更ながら気づいてしまいました。同時に、恋愛はそれなりにしていた理由。これは、私と一緒にいると楽しいからです。私は、遊ぶのがうまいのです。適当な距離感があれば、聞き上手だし、楽しむのも上手だし、悪くないのです。が、、、好きになればなるほど、親しくなればなるほど、私の感情的な部分が見えてしまうのですね。そして、仕事ばっかして、必死だったのが、今となっては、ちょっとイタイ感じなのではないか。家庭的とは程遠い生活・・・。ようやく料理をするようになったけど・・・。一生一緒にいるにはちょっとキツイな、安定した安心できる生活ができるのかいな?と、今まで付き合った男性は、考えたのでしょう。あー、誰も、言ってくれなかった。このままじゃダメだって。仕事なんかできなくてもいい、って。何だよー、一生懸命仕事して、自立して稼ごうと思ったのにーそんなの男性は求めていないじゃんかーーなんて。30歳10ヶ月、いまさら、こんなことに気づいてしまった。就職活動もですが、花嫁修業が必要そうです。動物的な感情のままに猪突猛進する人生はもうやめて、大人の、安定的な、そして、長期的なプランに基づいた人生に変えるのです!!もーやだ!こんな人生!・・・笑ここで、人生のギアを変えるのです。決意!
2010.08.03
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西洋占星術的に言うと、今はTスクエアというビッグイベントのある時期で、誰にとっても何かが変わる大きなタイミングで、宇宙から大きなエネルギーが降り注いでいます。特に、活動宮と呼ばれる、おひつじ座、かに座、てんびん座、やぎ座にとっては、もろにこのパワーがやってきます。よくも悪くも何かを変えざるを得ない時期で、それが、何か新しい時代を切り開くための課題であるといわれています。私のてんびん座は、まさに結構大変な星座で、土星という課題と試練を突きつける星座ががつんとてんびん座に到着しまして、しっかりしろ、きちんと難局を乗り越えろと、いう声が届くかのようです。私の転職の時期とこれが重なったのは、偶然ではない気がして、よくも悪くも宇宙の法則に、体が反応してしまったのかなぁという気がしています。私には、ここ10年ほど処理しないで心の奥に貯めてきてしまった澱のようなものを、大掃除する時期という気がしています。経済的なことは、気にはなりますが、何か、その大掃除をしない限りは、就職もできない気がして、どうも転職活動には身が入らず、退職を決めてから1ヶ月が過ぎてしまいました。ただ、この大掃除が、少しずつ進んでいる感じがしていて、これは今の時期の収穫です。忘れたふりをして、記憶にふたをしてきたことを、ぱかっとふたをあけて掃除をしなおしている、そんな感じがするのです。古いパソコンとバックアップデータの入ったハードディスクを、整理して片付けようを開いたら、まさにこのふたをあけた感じがしました。パンドラの箱、でした。好きだった人、楽しかったこと、悲しかったこと・・・最近どうもあいまいな記憶の夢ばかりみるので、このふたをそろそろあけなければという、警告のようなものだったのだなぁと思いました。沖縄の離島に行ったこと、初めてスキーに行ったこと、ハムスターを飼っていたこと、死なせてしまったこと、あじさいを見にいったこと、京大のグランドで走ったこと、寒い中自転車に乗って家庭教師のアルバイトに行ったこと、携帯電話を買ったこと、デジカメを買ったこと、・・・楽しいことはたくさんあって、そのあとに悲しいことがありました。今振り返ると、すべて自分の欠点が引き起こしてしまった、悲しいことでした。私は、いつも不安と恐怖を感じています。いつか、大事な人を悲しませてしまう、という恐怖。その悲しみが、胸に突き刺さって、怖くて仕方がないのです。インターハイの失敗と、恋愛の失敗、そして、仕事の失敗。仕事の失敗は、もっと、もっと根本的な自分の精神的な不安定さが原因だと今になって感じました。不安、恐怖、受動的、被害妄想、・・・。これを解決しないといけません。自分の失敗を、少しだけ大人になった今の冷静な視点で見つめなおし、精神的に解決し、前進したいのです。これが今一番したいことです。***そんな中、私がチャレンジしたいことは。1、何でも人のせい、環境のせいにするのをやめて、自分の責任で物事をきちんと実行していくこと2、他人の感情を感じ取って、それに対して感情的に反応するのではなくて、感情に対して理性的に対処すること自分の一時的な視野の狭い感情におぼれず、理性的に判断をし、それを感情的に対処するか否かを判断すること3、性急に結果を求め、成果がでなければやる気を下げるのをやめ長期的な視野を持って、こつこつと物事に取り組むこと4、他人や環境や他人のアドバイスなどに、強固に反発するのをやめて、素直に受け入れてみて、その力を活用すること自分の性質、他人の性質や環境など、現実、事実をそういうものなんだといったん受け止めて、それに対する自分の行動を検討すること5、好奇心旺盛に人と一緒に遊ぶこと、楽しむことが必要なので、適度に楽しむ時間を作ること遊びに夢中になりすぎて、大きな目標を見失わないこと6、繊細に人の感情を察知する性質があり、人の意欲や悲しみに触れて、元気や力がでる性質があるので、人との接触を大切にすること7、本当にやりたくないことをいやいややっても成果は出ないので本当にやりたいことを、きちんと見つめること自分にとって価値観に合わないこと、意に染まないことを、考えなしに実行しないこと8、恐れや不安を払拭し、人生の幸せを見つめて追求すること、学び、努力し、夢を実現していくこと9、心の奥の傷つかない自分の存在を信じること10、心のあり方を変えて、それにあわせた新しい自分の見た目に変えること11、部屋をきれいに維持し、多すぎるものを処分し、料理や洗濯や掃除などの家事を楽しむこと
2010.08.01
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転職を機に自分を振り返ってみて、本当によかったなぁとここ数日考えています。自分の長所と短所をよーく振り返ってみたところ、短所はほとんどは長所が行き過ぎたもので、裏返しであり、私はそういう人間だとしっかりと理解をし、それに対する対応を考え、それを実行していこうと決意をすると、ああ、欠点のある自分もちゃんと考えてちゃんと行動すれば、そんなに悪いやつじゃない、と思えて、初めて全部の自分を好きになれました。他人に対する理解の目を自分に対して客観的に冷静に同じように向けてみると私はとても自分に対して優しく広く受け止めて愛せるようになったのです。自分を理解するのは一番難しいことです。でも、勇気を持って自分の欠点もダメなところも失敗も挫折も、正面から見つめて対決してみたら、意外と乗り越えられるものです。そして、振り返ってみれば、今まで出会ってきた人や環境というのは、よい人も悪い人と思えた人も、逆境も、すべていつも自分の欠点を乗り越えるために、やってきてくれたもので、それに気づかせてくれたものなのです。感謝です。今まで本当の自分を、受け入れていませんでした。自分は傷つきやすいということに気づいていなかったし、受け入れてなかったので、その傷つきやすさがもたらす様々な弊害、たとえば、会社が怖くていけなくなったり、自分勝手な人に巻き込まれてしまったり、誰かを傷つけたことに普通以上にショックを受けてしまったり、くよくよと思い悩んだり、電話に出られなくなったり、遅刻したときに、ちゃんといえなかったり、逃げてしまったり、受身になって自分では何もできないと思ったり、ということを、解決できずに、「自分はなんていい加減でダメなやつなんだ」と、重ねて自分を責めて、そして、それをどうにもできず、ますます怖くなって、同じことを繰り返すという状況に陥っていました。そのことを知って、人の痛みに共感的で繊細で、傷つきやすくて打たれ弱い自分を、丁寧に理解をして、それをよいとも悪いとも判断せずに「ああ、私ってそういうものなんだ」とただ、受け入れたことで、「じゃあ、こういうときにはどうすればいいだろう?」と考えられるようになりました。自分の性質は、変えられない。それは、私が生まれ持ったギフトだから、変えようとするのではなく、その自分がもっと上手に生きていくための、考え方や行動の仕方を変えること、それが一番大事なことだと思いました。自分は変えられないから。自分を受け入れれば、そこを出発点にして、変えたいことは変えられる。そのことは、何かすごい私の中での進歩でした。まだもう少し、自分の中で消化していかなければならないことやチャレンジしなければいけないことがあるけれど、もうたぶん大丈夫だなという気がしています。ここを超えれば、私はどこでも上手に働く場所と働き方を見つけることができるし、毎日を楽しむことができます。
2010.07.30
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自分が人とどう違うのか、というのは、自分が持っているものが当たり前で気にもしない場合は、なかなか理解しづらいものだと思います。私の場合も、昨日ここに書いたような、人に接する時に感じていること、――たとえば、この人が今どう考えていて、どんな不満を持っていて、この人とこの人の関係がどうで、この人は毎日どんな苦労や思いがあるのか――そういう感性が、他の人とどのぐらい違うのかは私自身あまり意識していませんでした。私だけが知っているというのは、おこがましい気もするし、そんなの見てればわかるもんだと思い、普通以上の感覚の人なら、当たり前だと思っていました。が、今日、支援先の式場で結婚式に立ち会っていて、その時にもっとこうした方がいいということ、というのをレビューをした時に、あー、それは、私だけに見えていたことだったのか、という気がしました。特に年配のおじいちゃん、おばあちゃん、言葉の通じにくい外国人の方、赤ちゃんや小さな子供など、「五体満足、普通の大人」のルールにそぐわない方が感じていることには、独特の感性が必要なものなのだと思いました。急な階段がおばあちゃんには怖いこと、赤ちゃんにはカメラのフラッシュが怖いこと、作り物の笑顔が子供には見抜かれてしまうこと、ある輪に属する人だけが作る雰囲気になじめない人がいること、社会的な弱者(という言葉はあまり好きではないけれど)が感じることに、私は他の人よりも敏感なのだと感じました。理由を考えてみると、やはり大きいのは、小学生のころに外国に行き、言葉も違う、まったく別の文化の中に飛び込み、そこで人と関係をしながら生き抜くという経験をしたこともあるのかなぁという気がしました。その後も、性別も年齢も国籍も年収も肩書きも、違う人の中に飛び込むことが多く、その中で磨かれてきたのかなと。男性ばかりの陸上部での少数の女子。中高年のおじさんおばさんばかりの専門学校で、少数の若者。男性の社長ばかりの中での女性ひとり。理系出身なのに文系社会。田舎から都会へ。都会から地方へ。エンタメ系からコンサル会社へ。自分とは違う人との関係を、ある意味好んで飛び込んできたので、「この人はどういう人で、何を考えていて、 幸せか、不幸か、 居心地がよいかどうか」というのを、様々な人の中に、瞬時に見抜くことが多くなったのだと思います。そして、前職は、「人の話を引き出して文章にするのが仕事」という編集者の立場になり、会話の中で相手の思いを引き出すことに、長けてきました。すごく聞き上手、リアクション上手な先輩が身近にいたので、彼女をモデルに、私もそれを職として、身につけてきました。さらには、インターハイの挫折から、私はずっと「自分はできるはずだ」という自尊心とともに「きっと無理だ」という自己不信の両方を抱えてきたために、いつも迷ったり悩んだりして苦しんできました。そんな状況を打開したくて、スピリチュアル系の本、自己啓発系の本などをたくさん読み、西洋占星術を中心にタロット、四柱推命、手相、易などで自分を理解しようとつとめ、、さらに、オーラソーマというカラーセラピーを学び、風水から東洋医学、気功、アロマセラピーなどの癒し、ヒーリングを知識として学んでいきました。全部、自分のためです。辛くて仕方がなかったから、何か答えはないかと必死でした。さらには、今の会社に入って、激務とストレスに何度か体を壊し、その原因を探る中で、心と体の関係を知りました。骨にヒビが入るほどひどい咳の時は、言いたいことを我慢していた時期でした。胃が痛くておかしくなった時は、自尊心を失っていった時でした。頭痛がひどいのは、考えすぎで物事をシンプルに考えられなくなっていたときでした。そして、コンサルティングの仕事の中では、社長とスタッフが作る有機的な組織である企業の業績アップをサポートする中で社長の意欲や、スタッフとスタッフの間にある、流れや気持ちの変化や、お客様への思い入れや、そういうものが成果に影響すること、それを何とか上向けるために、かけるべき言葉、サポートすべきこと、というのを学びました。でも、本当のところは、ずっとよくわからなかったんです。自分のことはちっとも解決できなかったし、インターハイから13年、苦しいだけで答えは見つかりませんでした。自分を信じられなかったし、不安だったし、怖かったし、挑戦することを恐れていたし、他人の批判や期待を裏切ることが怖かった。傷つきやすく、打たれ弱くて、本当にダメ人間でした。いろんなことから逃げ出したし、いろんな失敗や後悔を何度も繰り返しながら、恐れを飲み込んで勇気を持って本気でチャレンジすることができませんでした。その分、悩みや傷のラインナップが、すごく多いと思います。そして、ふと気づくと、私は私自身を救いきれなかったけれど、私は周りの方の傷を理解することは自分のことのようにできて、心に寄り添うことができる。人々の心の叫びを理解する手段や言葉も、多く身につけてきた。もちろん、わからないことだってたくさんあるし、本当のところ、人は人を理解することは、本当にはできないのだろうけれど、近づくことはできる。そのことに、昨日、気づきました。だから私は、そんな人が立ち直り、勇気を持ってチャレンジし、充実した人生を送るための手伝いをしたいんじゃないかな、もしかすると、そういう活動を通じて、私は私自身を救えるのかもしれないな、と思いました。私の特異性は、そうやって活用するものなんじゃないか、それが私の使命みたいなものなんじゃないかと、気づきました。多くの人をサポートできるように、強くなり、柔らかな心で、支えて、背中を押してあげたい、なんとなくそんなふうに思っています。
2010.07.28
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せっかくなので、自分の繊細さ、弱さみたいのを、少し掘り下げてみようと思います。今まで当たり前のことだと思っていたけれどどうやら人と違う部分のようだと思うことを、少し書いてみます。私は、人に会うと、大体、その人が感じている幸せ・不幸の程度を、直感的に感じています。そういうのがわかるようになったのは、今の仕事を始めてからが最も顕著な気がします。何か足りなさそうだ、何かを求めていそうだ、愛情や幸せに満ちていそうだ、それが全部正しいかどうかは実際にはわからないけれど、たとえ権力がある人でも、お金持ちでも肩書きがある人でも、「無理をしている」「しんどそうだ」「何かが鬱屈している」というのを大体感じ取ってしまいます。育った家庭環境、今の家庭や仕事、恋愛?のようなプライベートの、根っこの、部分。もちろん、この人は嫌だというのも、すごく一瞬で感じます。この人は、すごく自己主張が強くてやかましい人だ、かかわりたくない、何か否定的な感情を周り中に発散している人だ。悪意がある、厄介だ、何かコンプレックスがある。そういうのが、私の繊細すぎて生きにくい部分です。たぶん。敏感すぎて体調が悪いときなどは、コンビニや電車などが、もう無理です。そういう悪い気のようなものを、受け入れてしまうので、本当に気分が悪くなるのです。そして、その人が話したいこと、受け入れてほしいこと、何か迷っていること、背中を押してほしいこと、認めてほしいこと、本当に大切にしていること、なども、少し話をすると大体わかってしまいます。なので、そのことについて役に立ってあげたいと、思って話をしてしまいます。ここで私がダメなのは、自分が受けとめきれない部分まで受けとめようとしてしまうこと、共感しすぎてしまうことです。すごく話したい人、聞いてほしい人に対して、私は自分のキャパを超えて聞きすぎてしまう。だから、何時間も、酒を飲みながらその人の話を聞いて、結果的に気分が悪くなってしまう。これは、相手にとっても失礼な話です。自分ができないことをしてはいけないのです。相手だって私を傷つけたいわけではないのだから。仮に「もっと聞いてほしい」と相手が思っていたとしても「私はこれ以上は無理」ときちんと言って、自分を守るべきなのです。でも、この話を聞く部分が、特に年長の方に引き立てていただける理由だとも思います。話を一生懸命、聞くから、相手も私を気に入ってくださり、たくさん話を聞かせてくれるのです。基本的には、聞き好きなので、それでいいのです。自分のリミットをちゃんと理解していれば。そして、大体の第一印象から、丁寧に相手の話を聞いていくと、「こうかな」「やっぱり」ということを繰り返すことで、この人はきっとこういう使命のある人なんだろうな、というのがわかります。これはだいぶ親しく話をした場合に限りますが。その人が得意なことや、出会ってきた環境や困難や、それに対処してきた方法などから、「ああ、きっとこういうことをするために生まれてきた人なんだ」というのが、わかります。そして、その先の未来の可能性を感じるのです。さらに、最近、この直感に磨きがかかってきました。体の不調がわかるのです。精神の不調と体の不調は、基本的につながっています。のどの調子が悪い人は、何かいいたいことを言えていない人だし、胃がなど消化器系がおかしい人は、自分を卑下したり、自信を持てない人です。頭が痛いのは、考え過ぎだし、肩がこるのは、いろんなものを背負いすぎです。そういうのが、体験的に(自分の体で)理解できてきたと同時に、人を見ると、直感的に、「のどが悪いんじゃないか」「頭が詰まっているんじゃないか」というのがわかるようになってきました。これも直感レベルなので、100%正しいわけではないのでしょうが、体と心の不調が、ぱっと見でわかるのです。目で見る以上に、親しい関係の相手であれば、体に触れたり、手をかざしたりすると、もっとリアルにわかります。あ、ここがおかしい、って。それと、これは、場所にもあてはまります。コンサルティングの現場でよく思うことですが、あ、この場所、何か空気がよどんでいる、何か調子がわるい、と感じると、大体、店の売り上げが落ちていたりスタッフの元気がなかったり、何か少しもめていたりします。このあたりは、コンサルティング、オーラソーマ、占星術、タロット占い、風水、マッサージなどを通じて、身につけてきたような気がします。苦しい自分の状況を打開するために、スピリチュアルな様々な本を読んできましたが、ちっとも自分を癒せない、と感じていたものの、いつのまにか、あー、他人のことを理解するための、技術として手にいれていたんだなぁと改めてここに書きながら気がつきました。まあ、こう書いてみたけれど、体調がうんぬんを除けば、人と真剣にかかわってきた人なら、当たり前に身に着ける特質なのかもしれないとも思います。必要なことは、この感じすぎる部分を、もう少しコントロールし、人に影響されすぎない力を身につけることです。こうやって書いてみると、私はやっぱり奮闘する今までの私のような人を、助けるというかサポートするために、生きているのかもしれないと思います。私が他人のことを理解する以上に、自分のことを理解するのは難しいことです。もう少し生きやすい生き方を身につけたいものです。
2010.07.27
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自分の本当の現実に向き合うこと。そして、そこから、本当の自分の生き方の主軸を見出すこと。これが、今の私が、チャレンジしていることです。うそをつかないこと。本当の自分に本気でチャレンジすること。これが、とても難しいことです。考えてみると、私は自分にたくさんうそをついて、現実からたくさん逃げてきました。そのことにちゃんと気づかずにいて、でもずっと漠然とした不安感を抱えていました。転職活動をしていると、こんなうそばかりの自分だと、到底、本気の人に挑戦ができないことがわかりました。もう、本当のことしかいらない、と。ところが、本当のことって思いのほか難しいのです。自分の長所と短所から始めました。何人か親しい人に、私の長所と短所はなんだと思うか教えて、と聞きました。そうすると、長所・やさしい、愛情深い・聞き上手で人に好かれやすい・行動力がある・好奇心が旺盛・決めたら全力、決めたことをやりぬく、粘り強い・がんばりや短所・気分にムラがある・雑務を期限どおりにできない・ひとつに集中するとほかがおろそかになる・のろま、マイペース・打たれ弱い・ヒステリックでめんどくさい・理詰めで批判的・自己中心的・わがままというのが出てきました。まあ、ほぼ自己認識のとおりです。そして、長所と短所というのは基本的には裏返しなものなんですね。ただ、自分で十分に理解していなかったことは優しい、愛情深い⇔打たれ弱いの部分です。自分勝手だと思っていたし、利己的な部分があると思っていましたが、よく自分のことを見直してみると、私は思っていた以上に、感受性が鋭く、繊細で、傷つきやすいようです。小さいころはあまり感じなかった部分ですが、私が今困難な状況に陥っているのは、この打たれ弱さが原因のような気がするのです。人の気持ちに敏感で、痛みや傷を感じとりやすいので、同情的で愛情深い部分がありますが、その分、自己主張の強い人に巻き込まれたり否定的な人に引き込まれたりします。思い出してみれば、小さい頃からいじめられっこに好かれて、嫌だといえないところがありました。繊細で鋭いのはいいけれど、その自分の中に、環境や他人に振り回されない強い軸みたいなものが必要なのです。私がこれから幸せに生きていくために、最も必要なことは、このたくましく強い、自分の軸、人に振り回されないしたたかさ、強気な人、自己主張の強い人に流されない力だと感じました。これがないために、今の会社では、すごく生きていきづらかったのです。私を行動的、努力家だと評する人も多く、そう考えると、今の私は、すごく怠惰で行動力がなくて、ダメなやつだと感じていたけれど、どちらかというと、弱い自分が打ちのめされてしまって、その反動がたくさん出てしまっていたのだろうと。自分の努力や誠実さを疑うのではなくて、弱った自分を、強化することが今一番必要なことなんだなと思いました。強くなりたいのです。人を守り、大切にし、育て、喜びを提供できる人間になるために、したたかさを身につけたいのです。
2010.07.27
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次の仕事を考える中で、リフレーミングを実践しています。これは、フレームをかけなおす、つまり事実に対する見方を変える、ということです。私は、基本的に、ネガティブに、自分が一番悪いという風にとらえてしまうのが、悪い癖です。そして、悪い部分にばかり目を向けてしまいます。「○○だからいやだ」「○○が嫌い」「○○がよくなかった」でも、これは要は思考停止です。「○○だからいやだ」→だからといって何もしない。「○○がよくなかった」→失敗したことをいつまでもくよくよと思い悩む。そうではなくて、「いやだ」は「本当はこうしたい」の裏返しであり「○○がよくなかった」は、「だから今度はこうしよう」のための学びなのです。そういうふうに自分が感じていたことを、一歩先に進め、そのためにどう未来を作るのか、そのための、フレームのかけなおしを行うのです。未来へ前進することを前提に、事実を受け止め、学びへとチェンジしていくのです。この転職活動は、私の心の中身をポジティブで、行動的で、明るい性格に変えるための、活動のタイミングだと思っています。だから、しっかりと、事実から逃げ出さずに、向き合おうと思うのです。***そんなふうに考えなおしていると、私のひとつの、大切な望みに気づきました。それは「優秀な人と一緒に仕事をしたい」ということ。ひとりで仕事がしたいだなんて、全然思っていませんでした。でも周りに、一緒にやりたいと思う人がいなかったから「ひとりでいい」と本当は、「人とともに働きたい」という願いを押し込めていたのです。心が震えるほどうれしい仕事は、いつも誰かとともにありました。クライアント企業の社員とと一緒に仕事をしていること。制作のスタッフと一緒に広告やサイトを作り上げていくこと。一生懸命でバカな1年生を一生懸命導き、小さな仕事がひとつ出来上がったこと。優秀な先輩に仕事の出来をほめられたこと。私の仕事には、いつも人がいたのです。次は人がたくさんいて、一緒に仕事をしていく働き方がしたいと思います。
2010.07.21
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私を信じてくださったお客様2社。退職日うんぬんで、粘ったのは、この2社のためでしたが、今も、この2社の方々には、励まされています。また、私の思い入れは伝わっていたんだなぁと思えてうれしくもなります。この半年間、私が辞めないで、心が完全に折れて逃げ出したりしなかったのは、この2社の方々が私を支えてくださったからです。人は、お客様にお仕事を提供して、対価をいただいていますが、本当の真実は、逆に、お客様に支えられ、お客様に勇気付けられているような気がします。仕事は提供するものだけれど、実は多くのものをいただいているのかもしれません。そんなお客様に出会えたことは、本当に素敵なことでうれしいことです。だから、仕事がやめられないのだと思います。お客様に支えられました。
2010.07.21
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すごい色の夕焼け空です。携帯メールから更新してみました。うまくいくかな?
2010.07.20
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冷静に自分の能力や経験を見直し、今までのことの反省やこれからのビジョンを思い描き、少しずつ、気持ちが落ち着いてきました。焦りがなくなり、たぶん、コツコツと就職活動をすれば、きっといいところとめぐり合い、よい仕事ができるようになるだろう、という気がしてきました。ほとんど見えなくなっていた自分のよいところや、特徴や、大事にしていた価値観を見つめ、ほどよく力が抜けて、のびのびとした気持ちになりました。自分を信じる気持ちを取り戻しながら、目指したい未来を思い描き、自分、自分で、見えなくなっていた、世間のことや、周りの人の気持ちも、少しずつわかるようになってきた気がしました。まっすぐに事実と向き合って、リスタートするためには、まずは安心して、落ち着いていられる状況が必要です。人は、思っているよりも環境に左右される生き物です。安心できる環境、それは、心と体の両方の、を作ってこそ、ようやく、がんばれるものなのだと思います。人は、それほど強くないと、思うようになりました。人は、ひとりでできることには限界があると思うようになりました。たったひとりで、仕事の人生をひた走るよりも、志を同じくする人と、私らしい働きを提供しながら、働いてみたい。そんなふうに思うようになりました。何度もリスタートするのは苦しいことですが、もう一度、ゼロからでも、スタートしてみようと思います。失敗、逃げていたこと、できなかったことを、見つめながらも、これからのもっとよい人生のために、がんばろうと思っています。
2010.07.20
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人を100%信じてもいけないし、100%疑ってもいけないなと、最近気づきました。人はいい面も悪い面も持つし、他人を助けたいと思うことも、他人を利用してやろうと思うことも、無意識のうちであります。大事なことは、なるべく人のよい面と付き合い、よい面を受け入れることと、悪い面は見抜き、自分の安全のために、やんわりと押し戻す。結局、私は、品性が低い、くだらないと思った人のことは、見向きもしないし耳も傾けず、この人だと思った人のことを妄信し、利用され、疲れ果てる、ということを繰り返していたのかなと思いました。それほど暖かな会社ではないし、社員は基本的に粗利に予算に汲々しているので、時には、人をだますし、利用するし、自分の目的のために人を活用します。そんな資本主義の只中みたいな会社に、丸裸でぼんやりと子供のままいたようなものなのだろうと思いました。私があまりにも、馬鹿だったというのもあるでしょうが、やっぱり私には向かない場所でした。今度は、比較的ゆとりがありながら、意欲をもって成長をし続けている会社、そういうところで働きたいなぁと思います。社員にお金がない会社は、数字に追い回されている会社は、私にはあまり合いません。よく4年間もがんばりました。ここで学ぶべきだったことは、他人に利用されず、他人とうまく協力しながら、したたかに生きるということだったのだと思います。どんな心の持ち主と同じ環境にいることになったとしても、泥の中に咲く蓮の花のように、凛とした美しい透明な心でいたいと思います。自分の心の平和を乱すことなく、負けない自分になりたいと思います。そして、懸命ながら、迷い惑う人を手助けするような仕事ができればいいなぁと思います。しかし、今度は清流とはいかなくても、比較的きれいな水の流れる場所に行こう。
2010.07.16
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