HAPPYな人生のために

HAPPYな人生のために

陸上と向き合う

陸上と向き合う

■2003/06/21 (土) 自分を支えるもの

今日は半年ぶりにアリーナのトレーニング室へ行って、
ウェイトトレーニングをした。
本当は跳びたかったのだけれど、今日は跳べる場所を見つけられなかったので、きっちりトレーニングしよ、と思ったのだ。

半年以上前にそのトレーニング室へ行ったときの違和感、
それを思い出した。

そこにいる人たちは、”健康のため””美容のため””かっこいい筋肉をつけるため”などと思いもいにトレーニングに励んでいるのだろうけれど、どうもそこに違和感を感じてしまう。
そりゃ、もちろん何もせずに家でごろごろしている人よりもいいんだけれども、
なぜか、天気のいい休日に、快適な冷房の効いた部屋の中で回るゴムの上を走ったりしているのに違和感を感じるのだ。
一体何のために?と。見せるための体を作ってどうすんだ、何のために使うんだと。
より速く走るためにとか、パワーアップするためにジムにくる人はいないのか。
運動選手はいないのか?!とイラついてしまう。
その中ではまた、フリーウエイトでスクワットに励む女というのが浮いてしまう。
今は私の中ではウエイトトレーニングする意味が確立しているので、
そこでなら浮いてしまってもあまり気にしないことにしているけど。

ちょっと毒舌気味だな。
やめとこ。

陸上を本気で始められたことで、
その場を見つけられたことで、
毎日の生活に張りが出た。

仕事で求めきれない大きな夢を見ることで
生きる指針を見つけられた。

夢のために努力し、進歩していくことが好きだし、
それが本当に楽しい。
トレーニング自体は、疲れはててつらくなることは多いけれども、
それよりも意味のある生活がうれしい。

トレーニング室でのトレーニングを意味のあるものにできてうれしいし、
それでこそトレーニングだと思う。

陸上に出会ってからもう11年が過ぎた。
ずっと喜び悩みし続けてきたけれども、
今は単純に夢を見られることが幸せだなと思う。

学生時代には失敗の連続で、もう夢なんて見なければよかった、出会わなければよかった、と思ったこともあったけれども、
叶うかどうかわからない夢を今またもう一度見られるようになったことがうれしい。
陸上に出会ってよかったと思うし、
それに没頭し続けた自分を、今なら肯定的に見ることができる。

このまま続けて、
いつかまた失敗したとき、
私はどう感じるのだろうか。
また夢なんて見なければよかったと後悔するのだろうか。

そうではないような気がする。

陸上に出会ってから、夢を見て、それが叶って、もっと夢を見て、
失敗に終わり、それから壊れ、迷った。
そしてまた今は同じ夢を見るようになった。

そう考えると
今二回り目の陸上人生を歩んでいるような気がする。
中学から始まって、大学時代で失意の中一度終え、
去年一年迷い続けたことで、ひとつの区切りを得たと思うのだ。

だから、たとえもう一度同じ道を歩んでしまったとしても、
今度は後悔しないんじゃないかなと思う。

紛れもなく自分の意志で選び、
誰にも頼らずに自分でやっている陸上だから、
失敗しても「努力が足りなかった。私が間違っていた」という後悔はしないのじゃないかと思う。

こういうふうにまた、
陸上に向き合えるようになったことを本当に幸せだなと思う。

それは、これまで私の周りで私を支えてくださった人のおかげだろうと思う。

■2003/06/28 (土) 自由になった2

大学を卒業してから、
ずっとここに書き連ねてきたように、陸上を続けることをものすごく迷ったけれども、そのかいあったなと最近しみじみと思う。

私にとって大学時代の陸上は、
高校時代の失敗を取り戻すための陸上でしかなかったような気がする。
京大陸上部への愛着や、そこでも居場所づくりみたいな面もあったが、
突き詰めていくとやはり、吉川先生への償いを続けているようなものだった。

高校時代、本当によく目をかけてもらったと思う。
部員の練習姿を常にじっと見つめていて、
時々言葉少なにアドバイスをする。
そのアドバイスには、真実がこめられていて、
高校生の私には強烈な存在だった。
そして、ほとんど褒めることのない先生だった。

彼は私にとって絶対的な指導者で、その道に沿えばきっと答えが出ると思っていたし、
その先生に褒めてもらえる結果を出さなければと思っていた。
でもインターハイは失敗。

さらに学生時代は何度も「今年こそ」と思ったのにできなかった。
それが本当に悲しかった。

だから、就職してからもまた、なんとかその失敗をチャラにできるほどの結果が欲しくて陸上をやろうかと思った。
でも、それをまた繰り返すことが怖かった。

でも、迷いに迷った挙句、今陸上を本気で始めてから思うことは、
私は先生以上に陸上のことが好きだったのだということだ。
陸上の本質に惚れているし、
私はここで勝ちたい。

そう考えられるようになった。
ある意味、自分で自分に課していた重荷が
なくなった。

私は1番に、私のために陸上をするし、
私がやりたいから、
私の時間を割いて努力する。

練習を休んだことを人に言い訳する必要もないし、
悪いことをしたように感じる必要はない。

だから、
とても自由に前向きに陸上に向き合えるなと今実感している。


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