HAPPYな人生のために

HAPPYな人生のために

終わりを意識する



一生の間に、
これをしておかなければ後悔する、という人は
やはり人生を引き算で考えなければならないのかも
しれないという気がしてきた。

終わりの地点から、逆算してきて、
だから今はこれをする、という考え方。

今がよければそれでいいという考え方も、
それはそれでありだけれど、
刹那的で、快楽主義的な気がする。
ただ、私がそういうふうに考えるようになったのは、
以前極端に引き算の考え方だったからかもしれない。

○○のためにしなければいけないこと、というのを並べたてて、
それを実現できない自分がいやになったからだ。
できない自分がもういやだ、
それなら、もう全部ほっぽって今がよければいいじゃんか、と。

結局これも、逃げ口上なのか。
今もって私は自分の失敗から逃げ続けているのか。

終わりを意識する。
タイムリミットを考える。
いつか死ぬことを考える。

全部、今を大切に生きるために、
生きることに正直に向き合うために、
必要なことなのかもしれない。

■2004/06/23 (水) 締め切り

締め切りのない仕事は、
「手が空いたときにやっておこう」と思い、
結局やらないでずるずるおいてしまうことが多い。

やろうと思うことには
「いついつまでにやる」という締め切りを設けないといけないな、
と思った。

******************

学生時代に試験が得意だったのは、
1、悪い成績をとるのはイヤだ
2、試験日を強く意識していて、それまでの計画を立てていた

という2つの理由があったからではないかと思う。

見栄っ張りなところがあるので、
人に知れることだと、
「かっこ悪いこと」「バカにされること」は
極力避けようとする。
逆にそのプライドが、
怠惰な私に歯止めをかけていたのだと思う。

だから、
自分ひとりにしか関係のないことだと、
甘えていいかげんになりがち。
家の掃除や片づけがいいかげんなのは、
誰も見ていないからそこそこ生きていられたらそれでいいや、
みたいなものがある。
また、
見たくないものは見ないでいることも多い。

人は見られているという意識で美しくなる、
とはよく言うが、
まったくその通りだ。

自分が見られている、
という意識があれば、
少なからず自分のプライドを守ろうとそれなりになる。

私に必要なのは、
まず見られているという意識と、
見られていなくても、自分が見ているという意識だろうと思う。

本当は見えているのに、
見えないふりをして、
自分をごまかすのは、
気持ちの悪いことだ。

もうひとりの自分が怠惰な自分を、
常に横から見ているようにしていたい。

そして、
「締め切り」の意識。

夏休みの宿題は
最後の3日間で必死で仕上げたタチだ。
ただ、
1のプライドで、
かろうじて寝ずにでも全部仕上げていたのが、
私だ。

その締め切りに
中間締め切りのようなものを順に作って、
それを強く意識し、
それを守るようにすれば、
いろんなことができるようになるのではないかと思う。

自分の中だけで完結する行動については、
ついつい先延ばしにしがちだけれど、
ともかく締め切りを作ること。

そうやって、
自分が思うとおりの行動を自分でとれるようになるのではないかと思う。

1、プライド
2、締め切り意識

これふたつが、
今の私に必要なものかなと実感。

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