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1989年、この頃はシェルティーのシーマ君がいました。確か、当時3才位だったと思います。子犬の頃に、ブリーダーの方から買ってきました。我が家で唯一の血統書犬でしたが、とても、おバカでした。それまでは、迷い犬や貰い犬、捨て犬など可哀そうな子がいると、ついつい拾ってしまい、そのまま飼ってしまうことがほとんどでした。基本的に両親が動物を好きなので、私が物心ついたときから、犬は常にいました。ちなみにシーマ君のおバカな理由は、飼い主の私達が、チャンと躾けなかったからだと思いますが・・・あの顔を見ていると、なんか可哀そうで怒れなかった!人を噛むことだけはしなかったので良かったです♪その後、私は神奈川の大学に行ってしまい、シーマ君とはあまり会えなくなってしまったのですが、1996年か1997年位までは、うちにいたような記憶があります。約11歳位の頃だったと思うのですが、フィラリアにかかってしまい、天国に旅立ってしまいました。そのとき私は全然知らなくて、実家に帰ったときに知らされました。シーマ君の最後を見届けてあげることが出来なかったのが残念です。うちの両親も、シーマが死んだことが相当ショックだったようで、その後しばらく動物を飼わなかったのですが、私の弟が、友達からハムスターを貰って来たのがキッカケで、母がハムスターの可愛さにハマリ、また動物を飼う事に火が付いてしまい、十姉妹とウサギも飼い始めてしまいました。小動物の方が飼いやすいと思ったようなのですが、犬やネコに比べ短命なのがショックだったようです。ですが、ハムスターは3代目位までいました。3代目ハムスター、ゴールデンハムスターなので名前がキンちゃん!すっごい単純。。。 命名は母です。(4/24と同じ写真ですが・・・)ハムスターって、手が可愛いんですよね~♪あの小さい手で、一生懸命ものを掴んで食べる姿が、たまらなくカワユイです!あと、ほお袋いっぱいにひまわりの種などを詰めて、自分の部屋に持ち帰り、隠すところなんかが印象的でした。自分の手のひらの上に乗せると、ハムスターの手の感触がとても気持ち良いんですよ!それと、名前を呼ぶとちゃんと振り返るんです!多分・・・もしかしたら、音に反応しているだけかもしれませんが。。。
2006.04.30
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日記を書いているうちについつい感情的になり、日時がかなり前後してしまいましたので、整理しなおしたいと思います。過去に書いた日記と、同じ様な内容が出てくると思いますが、今まで見て頂いた方、どうか見放さないで下さいませぇ・・・ (^^;特にブログ開設当初から見て頂き、いろいろとご指導して頂きました皆さん、今後とも何とぞよろしくお願い致します。 m(_ _)m2003年10月の半ば頃でした。4匹のニャンコ親子が、うちの庭にチョコチョコと遊びに来るようになりました。もともとうちの家族は、全員動物好きなので、とても興味深く見ていたのですが、前にノラニャンコが庭の植木などで良く爪とぎをしていて、植木が枯れてしまったり、何年もかけ庭石に生え付いた、『コケ』などにイタズラをしてダメにしてしまったことがあり、ニャンコ自体は大好きなんだけど、イタズラが許せん!と言うことで良く父が怒ってました。芝生の上で、良くノラちゃんがゴロゴロしていた。とは言え、犬でもハムスターでも鳥でも金魚でもウサギでも、一般的に家で飼えるような動物は、一通り飼ったことがあったのですが、ニャンコだけは飼ったことがなかったので、家族の皆んなが、とてもニャンコには興味を持っていました。こねこが物置の中でいつの間にか生まれていた事などもあり、何度か家族に迎え入れようと思ったことはあるのですが、ずーっと犬を飼っていたので、犬と猫を”同時に飼う”などと言うことは全く考えませんでした。いつの間にか物置で生まれていたニャンコ達♪気が付いたら、ダンボールの中で『ミューミュー♪』鳴いていました。いま見ると、子猫ってこんなに小さいんですねぇ~。かぁぁわゆ~い♪でも結局、みんな里子に出されてしまいました。。。うちで最後のワンコ、シェルティーの CIMA(シーマ)君です。このとき、日産のCIMA(初代Y31CIMA)が大流行していたので、それにあやかってこの名前になってしまいました。命名by父唯一、血統書付きのワンコでしたが、とぉ~ってもおバカな子で、ご飯をくれれば誰にでも付いて行こうとするし、嬉しいと凄い勢いでグルグル廻るのですが、廻りすぎて目も廻ってしまい、良く家の壁に頭をぶつけてフラフラしていたことがありました。失神してしまったこともある (-_-;でも、とお~っても可愛かった♪などと書いていると、シーマ君の話も書きたくなってしまう・・・とりあえず、おバカなシーマ君の写真!写真の下に、百年プリント1989年と書いてあった。ん~、あれからもう17年、年もとるはずですね~。。。この頃、私は中学生?自分で書いてて言うのも何ですが、なかなか今のニャンコの話になりませんな~ ヽ(  ̄д ̄;)ノ
2006.04.29
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1111 自分で踏んでしまいました.....
2006.04.28
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最近、チョッと寝不足ぎみなので、今日は少し早めに更新!愛ちゃんの日記を書いていたはずが、いつの間にか、タマちゃんの日記になってしまったので、久々に愛ちゃんのことを、書きたいと思います。あれからちょうど3週間、4月7日の早朝に愛ちゃんは、天国に旅立ちました。その日は少し曇っていたのですが、桜が開花し始めてから、珍しく殆んど雨も降らず、今年は見事に桜が満開に咲きました。愛ちゃんはとても女の子らしく、お花が大好きでした。 でも、気は強かったです。。。いつも、母がリビングに飾っておいたお花や、庭のスイセンなど、お花の香りがするところに、よくいたようです。愛ちゃんが、良く『埋もれていた』スイセンです。(この中に、良く入っていた)先にも書きましたが、この日は桜が満開で、あたかも、愛ちゃんの旅立ちを華やかに彩ってくれていたようにも思います。私自身、悲しみを紛らわせるため、また、愛ちゃんの追悼を思い、翌日ですが桜の写真を撮ってきました。うちの近くの公園です。川沿いの桜も綺麗でした。行ける範囲で、桜の名所を廻っていたら、妙に人が集まっていた場所がありました。野次馬のごとく人込みの中に入っていったら、ちょうどSLが走って来たところです。午前11:00頃の下り線です。これは偶然でした。午後3:00頃の上り線です。こちらは、午前中となりにいた方に、時間を聞きました。この日は、芝桜、枝垂桜、菜の花なども、とても綺麗でした。近所の芝桜です。枝垂桜。菜の花もこんなにたくさん、咲いていました。サクラとのコントラストが、とても綺麗でした。これは、つい2・3日前ですが、ボタン桜も綺麗に咲いてました。こんなにたくさんの、綺麗なお花に囲まれて、旅立って行った愛ちゃんへ・・・天国には、もっとたくさんの綺麗なお花があることでしょう。また、気が向いたら、いつでも戻って来て良いんだからね♪こんどは、ネコじゃなく、人間として戻ってきても楽しいかもね!たくさんの愛、そして感動をありがとう、君と一緒に過ごした日々は、一生忘れないよ。。。なぜ、こんなに早く君が旅立ってしまったのか、私には分からない。だけど、それが運命であるならば、ちゃんと受け入れなければならないのだろう。たぶん君の愛情を、私よりも必要としている人のところに、生まれ変わり行っているのかもしれない。もし、そうだとしたら、私にくれた以上の愛で、その人の心の支えになってあげて欲しい。なぜならば、私が落ち込んだときやイラ立っているとき、体調が悪く心細かったときなど・・・君の顔を見ただけで、心がとても穏やかになり、とても癒され、まるで、魔法にでもかけられたかのように、気持ちが落ち着いたからだ。君はいつも、甘えた声を出し、ひざの上に乗って来たね。そして、体を撫でてあげると、そのまま気持ちよさそうに眠ってしまい、起こしちゃ悪いと思い、私は動けなかったりしたこともあったね。君のその甘える様子、弟をかばいボスに向かって行く勇気、そして愛!すべて私の生きる源とさせてもらっていたよ。でも、愛子、君はもういない。。。だけど、君のことは忘れない。私は人間として、君からたくさんのことを勉強させられた。今の世の中、おかしなことが多すぎる。けして君の死を無駄にしないよう、私は人間として、君から学んだ、愛と勇気、そして少しの甘え上手・・・ 心に刻み、一人でも多くの人・動物が幸せになれるよう、心から願います。ありがとう、本当にありがとう!一歳と言う短命だった君の、生きた証を、いまここに記します。。。さようなら愛子、どうか安らかに・・・
2006.04.27
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タマちゃんがうちに来てから約1ヶ月が経ち、ご飯も寝床も確保し、栄養が回ったのか かなり体格も良くなってきた矢先、どこかのニャンコと喧嘩をしてきたらしく、怪我をしてしまいました。結構やられてしまったようで、苦しがっていました。すぐに動物病院に連れて行き、処置!!!小さめに怪我の写真。。。動物病院で、『しばらく外に出さないで、家の中で飼って下さい。』と言われ、それがキッカケで初めて家の中に入れてもらえました。それまでも、ずっと中に入りたがっていたのですが、キンちゃん(ハムスター)がいるため入れて貰えなかったとは言え、この時は先生に言われてしまったので、仕方なく?と言うか喜んで?入れてあげました。実際は、私も母も、家に入れてあげる為のキッカケが欲しかったのかも知れません。キンちゃん立場なし(ToT) 私の部屋に追いやられてしまします。絶対にドアは開けたままにしておけなかった!少し手術をしたので、エリザベスをして戻ってきたときの写真注射をしたので、腕にテーピングもしています。チョッと申し訳なさそうで、可愛いかったです。こっちの写真の方が、かっこいい感じかな?!11月も終わりの頃だったので、外はかなり寒くなってきた時期でしたが、この日からコタツでヌクヌク生活の始まりです!ご飯が、食べずらそうだったので、とりあえずエリザベスを外してもらい、父と一緒にコタツに入って寝ている姿!フクちゃんは、まだこのときは外での生活でした(><。)。。
2006.04.26
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タマちゃんが、うちに来る様になってから約10日後、『今日もまた、タマちゃん来てるかな~?』と思い、ドアの外を見てみると、なんとこげ茶色のニャンコと2人並んでご飯を食べていました。こげ茶色のニャンコは、タマちゃんがうちに来たときよりさらに小さく、少しヨロヨロしているよな感じでした。私が見ていた事にビックリし、逃げてしまったのですが、その逃げ方も、どうにも力が入らないような感じで、ちょこちょこちょこ・・・ と逃げて行きました。『ありゃりゃ~、1人増えた!』と思い母に言ったら、『えっ?どこどこ???』と、とても見たそうにキョロキョロ探していたのですが、どこかに行ってしまい全然見つかりませんでした。タマちゃんは、キョトンとして私達の方を見て『ニャーニャー』鳴きはじめ、何かを訴えているようにも感じました。そのときに、やっと撮れた、こげ茶ニャンコの写真。黒く見えますが、茶色なんです。後に母が『フクちゃん』と命名!タマちゃんも、うちに来るようになってから10日も経ち、かなり慣れて来て私達を信頼してくれるようになってきたのか、この頃は少しは触らせてくれるようになりました。そんな感じで、タマちゃんをつついて遊んでいたら、垣根の奥の方でフクちゃんが恐る恐るこちらを見ていたことが分かったので、お皿に新しいご飯を入れ、私達は家の中に入りました。するとタマちゃんが、家の中に向かって鳴いていたのですが、しばらくすると、迎えに行ったのかフクちゃんの方に歩いて行き、また2人で戻ってきました。そして、またご飯を食べ始めたのですが、タマちゃんは殆んど食べずに、フクちゃんにあげてしまいました。タマちゃんは、ここに来れば、自分はもう食べられないと言うことは ないと思ったのでしょう。まさかノラ猫がご飯を分け合う、などとは考えてもいなかったので、まずこのとき初めて、ネコの愛情の深さに感動しました。『こんな小さな子達でも、協力し合い一生懸命生きてるんだなぁ~!』ニャンコと共に生活をするようになってからは、色々と感動も多く、勉強させられているように感じます。昨日の日記に書いたのですが、勝手口の横の物置の下で、タマちゃんが寝泊りしていることは分かっていたのですが、どうやらフクちゃんもそこにいたらしく、小さい体で2人寄り添って、過ごしていたみたいでした。そんな中、ある日父が何気なく、『ノラネコは24時間、常に外敵からの緊張にさらされて大変だよなぁ~!』などと言うものだから、私と母は、確かにそうかも知れないと思い、物置の下では可哀そうになり、物置のドアを少し開け、中にダンボールの箱と毛布を入れておいてあげたら、見事にそこで2人で寝るようになりました。そんな姿を見てしまった日には、もうそのままではいられず、結局、ネコハウスを買ってきて、ご飯のお皿と水も物置の中に置くようになり、いつの間にか、すっかり家族の一員のようになっていました。 \(^0^)/ワ~イ♪でも、ハムスターがいたので、家の中には入れてあげられませんでした。その後、約一ヶ月で2人共こんなに大きくなりました。この時は、もう普通に触らせてくれました。
2006.04.25
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いつも文章ばかりなので、今日はうちの子達を紹介したいと思います。タマちゃんと愛ちゃんは、天国に旅立ってしまいましたが、思い出の写真を載せたいと思います。まずは、タマちゃんからこの子がうちに来たのは、2003年10月23日でした。うちの勝手口の前で、家の中を覗くように『ニャーニャー♪』鳴いていたのですが、ドアを開け、近づこうとすると、すぐに逃げてしまいました。でも、ドアを閉めるとまた戻ってきて『ニャーニャー♪』鳴き始めます。この時うちには、ハムスターの キンちゃん がいたので、ネコは飼えないなぁ~・・・と思いつつも、写真を見て頂ければ分かるように、体も小さく、しかも痩せていて、毛並みもボサボサで、とても可哀そうな感じでした。大きさ比較のため、写真の加工をしないで手前の靴を残しました。私の弟の靴でサイズは25.5cmです。うひぇ~!いま見ても、ちっちゃぁ~。でも、可愛いぃぃぃ♪ついでに、キンちゃんの写真ものせちゃいます。家の中を縦横無尽に遊んでいました。キンちゃんがいるとは言え、タマちゃんのあの可哀そうな状態と、まるで、CMのチワワのクーちゃんのような、つぶらな瞳で見つめられ、私と母は5分でタマちゃんに負けてしまいました。ドアを開けると逃げてしまうので、お皿にノンオイルシーチキン(たまたまあった)を入れて、外に置いといてあげたのがキッカケで、その後、毎日来るようになりました。と言うより、後で分かったのですが、すぐ横の物置のしたで寝泊りしていたようです。こうやって文章にしてみて、いま気が付いたのですが、『キンちゃん』『タマちゃん』って、チョッとヤバいねぇ!おまけに、親戚の家のパグの『ジュン君』ものせちゃいます。遊びに行くと、いつも『ぶはぶは』言いながら、迫ってくる可愛いヤツです。ようやくタマちゃんも、3日目位から段々私達になれてきたようで、10月26日にやっと写真が撮れるまでになりました。上のタマちゃんの写真は、その時の写真です。まだまだ、載せきれそうにないので、また明日載せたいと思います。最後の『オチ』で、友達の家の『マユちゃん』の写真です。決して、書いた訳ではありません! 元からです!!! 『わたし、かわいいでしょ~♪』
2006.04.24
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みなさん、色々とコメントや書き込みなど、本当にありがとうございます。今日は、あちこちのブログを見させてもらいました。ビール飲んじゃったから、眠いっす。。。明日は更新しないとなぁ~...多謝 m(_ _)m
2006.04.23
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忘れもしない、いや 決して忘れられない・・・それは去年(2005年)の7月29日の深夜。『タマちゃん今日も、なかなか帰って来ないね~。。。』家族全員で心配し、念のため家の周りを探してみる。この時期は、発情期だったらしく、数日前から朝帰りや、ひどいときには翌日の午後まで帰ってこないことがしばしばあった為、探しては見るものの、いないであろうことは十分理解していた。『やっぱり、いないなぁ~! まっ、また明日の朝になれば、帰って来るだろう。勝手口のカギだけ開けておいてあげるか!』『いま頃、彼女と仲良くやってんのかな~?!』『もしかしたら、秋になる頃、タマそっくりな子達がいっぱい来るかもね~。』『そしたら、どうする?タマちゃんがお父さんじゃ仕方がないから、責任取って、全部うちで面倒見るか!』などと、冗談を言っていた。親バカ!? とも思われるかと思うが、この子(タマ)は非常に頭が良く、引き戸でも開き戸でも、なんなく開けてしまう! 特に誰かが教えた訳でもなく、1歳くらいから自分で開け始める様になった。しかも奇跡だろうか? 引き戸にいたっては、開けただけでは物足らず、私が見ていたときだけでも、数回は閉めて行ったことがある。父も母も、何回かは見たことがあると言っていた。 私の家は、いなかの風習なのか、寝るとき以外はほとんどカギを締めなかったため、タマが自由に開け閉めをして出入りしていた。(これは、本当に証拠ビデオを撮っておけば良かった・・・ 残念!)ちなみに、テレビで開き戸のドアノブに(タマちゃんは、引き戸・開き戸 両対応です!)上手く爪を引っ掛けて、ドアを開けるネコの面白ペットビデオがあったので、それを見て、開けるだけじゃなく閉めていったら、メチャ面白いだろうなぁ~! などと言うことを家族で話ていて、冗談で『タマちゃん、遊びに行くときドアを開けたら、閉めて行かなくちゃダメでしょう!』と言いながら、母がタマを抱きかかえてタマの前足をドアに引っ掛け”閉める”動作を冗談で何回か教えたら、本当にいつの間にか閉めることも覚えてしまったようだ!ただし、毎回閉める訳ではなく、多分、気が向いたときとか、私たちが見ているときにだけ、ワザと閉めていったように思われる。気分次第! この辺が、ニャンコ特有の面白さだ。そんなこともあって、カギを締めなければ良いだろうと思い、その日のタマちゃん捜索を切り上げ家の中に入ろうと思ったとき、『ニャーニャー、ゴロゴロ!』『あっ?タマ?お帰り~???』『今日は、早かったね~!』『んっ?何か違くない?』タマが帰って来たときにするしぐさと全く同じようなしぐさで、そこに愛ちゃんが現れた!『なんかこの子、しぐさがタマそっくりだね~!』『ホントだ、ホントだ!』『でもまだ、ちいさいねぇ~。』『ニャーニャー、ゴロゴロ!ニャーニャー、ゴロゴロ!』しかし、いままで全く見たこともないニャンコだった。この頃、近所のニャンコ達の中では、タマの勢力がかなり強かったので、ここ2、3ヶ月ほどは、ノラニャンにしても、近所のニャンコにしても、私の家の近くには全く近寄って来ていない状態だった!だが彼女、愛ちゃんはあっさりとそのタマの縄張りを破り、しかも私達と元々一緒に居たかのような見事な甘えぶりだった。しかも、見た目がとても可愛い♪迷いネコなので、間違いなく雑種だろうが、ベンガルやアビシニアンのようにも見える。いつものことだが、ノラちゃんにでも近所のニャンコにでも話しかけるときは、なぜか幼児言葉のようになってしまう。『あれ~?どこから来たのかな~?』『もう夜も遅いから、早くお家に帰った方か良いよ♪』『うちはねぇ~、タマちゃんとフクちゃんがいるから、もうダメなんだよ~。。。』動物はやっぱり直感で、優しくしてくれそうな人が分かるのだろう。話かければかけるほど、愛ちゃんは甘えてくる。しかし、家族にしてあげたいのは山々だが、もうすでに2人いるので、ここは心を鬼にして、愛ちゃんを突き放す。『本当にゴメンね! お家に帰るか、どこか他のところ探してね!』と言い、私達は後ろ髪を惹かれる思いで家の中に入っていった。しかし窓の外では、小さい体で精一杯の愛想を振りまき、とても甘えた声えを出し、家の中をのぞいている。『ダメだ、ダメだ、もう皆んな寝よう。』父の言葉に同意し、布団の中に入るも、いつものこととは言え、タマちゃんのこともあるし、窓のすぐ外では鳴いているし、とても気になって眠れるような状態ではなかった。実際、父も母もそうだったようだ。しかし、いつの間にか鳴き声が聞こえなくなった。聞こえなければ聞こえないで、どうしたのかが余計に気になり窓の外を覗いてみる。そこには、もう彼女(愛ちゃん)の姿は無かった。少し悲しかったが、『これで良いんだ!』と自分に言い聞かせ、その晩は眠りについた。
2006.04.22
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禁煙の話。禁煙したいと思っている人、結論から言うと ズバリ! ↓↓↓ ↑↑↑ この本でしょう!!!とは言え、実は私はこの本を読んだことがありませんが・・・ですが、私の友達で5人がこの本を読んで、5人とも禁煙に成功しました!100%の成功率です! すっげぇ~、恐るべし『禁煙セラピー』当たり前ですが、禁煙したい気持ちがありつつも皆な喫煙愛好者でしたので、当然タバコを吸いながらこの本を読み始めたようです。『けっ!こんな本読んだくらいで禁煙出来りゃ、誰も苦労はしないぜ!』と思っていたようです。しかし、読んだ友達全員が、(あくまでも私の友達の5人の統計ですが)言うのですが、『もう、読んでいる途中でタバコを吸ってることがバカらしくなったよ!その場で残ってたタバコ捨てちゃったよ!』と言っていました。全く辞める気が無い人には、効果があるかどうか分かりませんが、少しでも『辞めようかな~。』と思う気持ちがあれば、相当効くようです。禁煙成功者5名。 T先輩、T君、O君、H君、S君。実名出してぇ~!実際、T先輩は直接の友達ではないのですが、最初にT先輩がこの本を読んで、禁煙!それで、T先輩に薦められ、T君、O君、H君、S君達に、この本が回り、なんと全員が禁煙!その流れで私のところにもT君が話を持ってきたのですが、私は自力で、すでに禁煙していたので読まずじまいになってしまいましたぁ~。ん~、この本の紹介をしながら、今になってチョッと後悔。。。私も読んでみれば良かった。私が前に禁煙したいと言っていたので、T君は親身になって”マジ”でこの本を勧めてきたのですが、いつも一緒に飲みに行ってるんだから、私がタバコを吸っていない事に『もっと早く気付けよ!』って感じ。3ヶ月位、気付かなかった人でした~。でも、とても良い友達です!みんな、禁煙してから1年以上経っていますが、何の問題もなく今でも吸っていないようです。 楽天BOOKSやアマゾンなどで、『禁煙セラピー』で検索すればすぐに出てきます。アマゾンでは、70円で古本が売っているみたいです。リンクを張ろうと思ったのですが、楽天のアフィリリンクじゃないと、リンクが張れないようなので、面倒でも検索でお願いします。初版が1999年なので、近所の古本屋、ブックオフなどにも、あるかもしれません! 参考にならないと思いますが、一応 私の禁煙方法も書いても良いですかねぇ~。もし、万が一、サルも木から落ちる、弘法も筆の誤り程度の興味があったら読んでみて下さい。私は競馬・競輪・競艇などはやらないのですが、学生時代の流れから、パチンコ、マージャンなどは結構やっていました。また、お酒も飲みますし、タバコも吸いました。さらに、車が好きだったので、車にもかなりお金を掛けていました。好きなものもガンガン買っていました。なので、当然つねにお金が無い!ですが、20代の頃は全然そんなことは気にならない、遊び優先時期!そんな状態だったので、貯金などあるはずもない。と言うより、ローンばかり (ToT)でも体力は結構あったので、昼間 正社員で働いて、夜はバイト。全然平気。そんな生活をしていましたが、ナゼか突然、年金が気になり出す。(一応まだ30代前半です・・・)自分でも良く分からんが、年金がぁぁぁぁぁぁぁぁ~?!?!?!とにかく、まずは借金を返そう!そう思い、家計簿をつけてみた。収入と支出のバランスをね!みたいな。ん~、みごとに毎月赤字だ。こりゃー、いかん。自己破産も時間の問題かあ?!って、そこまでの借金はありませんでしたが。。。どれどれ、パチンコの勝率は・・・、勝ってるようでも、実際は大負けじゃ~ん・・・( ̄▽ ̄;)飲み代は・・・、ぎょえぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇ! こんなに使ってたんかぁ。。。Σ(゜□゜ノ)ノ車のローン残高は・・・、 もう勝手にしてっ! ヾ(≧∀≦)ノ って感じで、家計簿のおかげで、自分がどのくらいお金を使っていたかを把握することが出来ました。 しっかし、使ってたわ!その中でもまずは、何が削れるか?ローンはしゃーない。 借りたものは返そう!パチンコは、もういいや!(トータルで負けている金額を見て、素直に諦めがついた)居酒屋に行くのも、少し減らそう! この辺りから、少し出費が減ってきて、何となく以前より生活が楽になって来たような気がした。そうすると、何でも割り切れて来るような気がして、『よし!ローンは残るけど、車も売っちゃお~う!』、そして中古の軽を買う。 税金と燃費が楽になる。どんどんに楽になる。『この際だから、あまり使わないものは、売っちゃうか!』ヤフオクにハマる。小銭が入る。ローンの繰上返済が出来る。ついでに部屋の中がキレイになる。少しづつ、貯金も増えてきた。ローンが減ると、出費も減る。当たり前~。どんどん生活が楽にな~る。楽にな~る。貯金も増え~る。少しづつだが、確実に増え~る。だんだん通帳を見るのが楽しみになってくる。(←ちょっと暗いかな?)ん?タバコ! 1日約1箱 280円x365日=1年で 102,200円 10年で、1,022,000円 あっ! 辞~めた!!!と言うような感じで、あっさりその日から辞めましたとさ。なんとも、年寄りくさい話で、年金が気になったのがキッカケで、借金を返そうと思い、どうしたら貯金が出来るかを把握するため、家計簿を付けるようになり、その流れで禁煙となりました。多分、テレビで年金問題を良くやっていたからだと思うのですが、その時は、すげー気になっていたのが、どうしたことか、今はあまり気にならなくなってしまった。まっ、ローン返したし、禁煙出来たし、とっても良かったじゃ~ん♪でも、あの本はマジ凄いらしい・・・!?アマゾンの中古なら、70円だし(別途送料は掛かるが・・・)試しに読んでみてはいかがでしょう?!
2006.04.21
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やっと、ニックネームが変わった!楽天を利用するようになる前は、Yahoo!と【価格.com】などの価格比較サイトばかり利用していたが、ある日何かのきっかけで楽天を利用するようになった。その際、名前や住所、電話番号、ニックネームなどを入力するが、その楽天に登録する前の週末に、友達と居酒屋に行き、九州のプレミア焼酎なる『森伊蔵』なんてものを財布と相談し、覚悟を決めて飲んでみた!芋焼酎がブームらしい?と言う情報を友達と話をしていて、前に酒屋で1升、2,000円位の芋焼酎を買ってきて飲んだことがあるのだが、(先に謝っておきます。好きな方にはごめんなさい m(_ _)m )瓶の蓋を開けた瞬間、鼻に”つーん”と臭いがきて、臭くてとても飲めなかった。。。全く私たちの手には負えなかったので、捨てる訳にもいかずうちの父にあげてみた。『おっ!これぞ芋!この香りが良いんじゃないか!いま流行ってるプレミア芋焼酎なんかじゃ、全然”芋焼酎”の感じがしないからな~♪』などと言い、簡単に飲んでしまった。うひぇ~。。。しかし市場販売価格1升で、3万~4万のプレミア焼酎となれば、やはり興味が絶えず1度は飲んでみたいと思い、2,000円の焼酎には懲りずに、飲んでみる!『えっ?!マジっ!これ本当に芋?』と言うような感じで、やはりその辺の芋焼酎の味とは一線を画した味だった。とても、サラっとしていて、後味がすっきりしている。香るか香らないか程度ののほのかな芋の良い香り。さらにとても飲みやすい!『おぉ~!!!さすがプレミアが付くだけのことはある!美味い!』とは思ったものの、私は純米酒の日本酒が好きなので、正直物足りない感もあったが、美味しかったことに変わりは無い。だが、おちょこ1杯だったか1合だったかは忘れたが、1,500円だか2,000円くらいしたような記憶がある。ん~、2度と飲めないかもしれない・・・と言うような出来事があり、楽天に登録したさい、なかなか良いニックネームが思いつかず、ついつい単純に『森森いいぞう』などと付けてしまったが、ブログを始める段階で、チョッと嫌だったためヘルプからプロフィール変更手順を確認し、ニックネームを変更したにも関わらず、何日たっても変更されなかった。 (ToT)説明には、楽天市場で基本情報を変更すれば、タイムラグがありますが、約2時間程度で楽天広場(ブログ)などへの反映がされます。その際に1度ログアウトして下さい。と言うようなことだったので、その通りにしてみたら、ログイン名やプロフィール欄などのニックネームは変更されているが、掲示板やレス名、ログなどは変更されていなかった。『まぁ~、そのうち変わるだろう』と思いつつ、今となっては本人も変えた事さえ忘れていたが、本日いつのまにかすべて変わっていた。何でだろ~♪何でだろ~♪何でだ何でだろ~♪と思いながら、もう一度調べてみたら、家のパソコンで1台、会社のデスクトップで1台、会社のノートで1台、IDを入力するのが面倒なので、閉じるときはいつもログアウトせず、ページを閉じただけだったので、常にどれかがログイン状態だったようだ。その為、1台でログアウトしても、クッキーの関係で他のログイン状態のパソコンでアクセスすると、また前のニックネームが復活してしまい、掲示板などのニックネームが変わってなかったようだった。自分のIDで接続していたパソコンは、全部ログアウトしないとダメだなんて、知らんかったです。あぁ~、なんて無知・・・。思わず楽天に文句を言うところでした。。。
2006.04.20
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そもそも、愛ちゃんとの出会いは結構 皮肉なもだった。先代のニャンコが交通事故に遭い眠りに付いた、正しくその日だった。交通事故に遭った先代のニャンコの名前はタマ。単純にネコだからタマになってしまったのですが、ネコだから『タマ』と言うのは あまりにも何も考えていないように思われても仕方が無い。ですが、もともとこの子はうちの家族にする予定では無かった為、仮の名称として『タマ』と呼んでいたのが、そのままになってしまった。その当時、私の家ではハムスターの『きんちゃん』(これも単純に、ゴールデンハムスターのゴールドを取って、金ちゃんになってしまった・・・。命名By母)がいたため、母が常に『ハムスターのきんちゃんがいるから、うちは絶対にネコだけは飼えないねぇ~。』などと言っていた。しかし、私達がそう言っていても、比較的私の家の周りにはノラニャンコや近所のニャンコ達がいたため、常にネコの存在は感じていた。そうこうしてる内に、お約束のごとく生まれて間もないまだ2ヶ月位?のニャンコが、勝手口のところからガラス越しに、ミューミュー鳴くようになることがしばしば出てきた。それを見て母は、『可愛そうだけど、ノラちゃんには絶対にエサあげちゃダメだからね!あの子には悪いけど、絶対に知らないふりをして!』と私や父にさんざん強く言っていた。しかし、父と私は『その割には、最近みょうにあそこに来るようになったし、なんか人なつこいよなぁ~!』などと言っていた。だが何のことはない、知らないふりをしろ!と言っていた母が、私達の目を盗み、見ていないであろうと思っていたころで、『はいはい、どこから来たのかな~?悪いんだけど、お家に帰った方が良いよ♪うちには、きんちゃんがいるから飼ってあげられないから、ごめんね。』などと言いながら、ご飯をあげていたではないか!しかし母は、私が見ていたことなど到底知るはずも無く、私の顔を見るたびに『絶対に、ご飯あげちゃだめだからね!』などとまだ言っている。初めのうちは、私も『はいはい』と聞いていたのだが、そのうち笑いが納まらなくなってきて、『おふくろ!実は、おふくろが何日か前から、あの子にご飯あげてるの見ちゃったんだけど・・・』と言ったら、『えっ!、見てたの?!』と濁す言葉もなく素直に認め、二人で大笑いしていた。その晩 父に『みょうに、あのネコが勝手口から離れなかった訳は、実は、おふくろがご飯をあげてたらしいんだ!』と言ったら、『実は俺もあげてた!』とカミングアウト!そう言う私も、実は・・・カミングアウト!ついでに私の弟も同罪!結局、みんながみんな、お互いの目を盗んで、ご飯をあげていたではないか。。。ん~、なんと言う動物バカ家族!とは言え、ハムスターがいたので、本当にもともとは飼う気がなかったことも事実。そのため、仮の名称と言うことでネコだから『タマ』と言う呼び方がそのままになってしまいました。いま思えば、あまりにも単純でかわいそう。。。と、話が愛ちゃんから反れてしまっていますが、愛ちゃんとの出会いを語る上でタマちゃんの存在は、絶対に外せないため、書かせて頂きます。タマちゃんは男の子で当時約2才位。とても活発な年齢だったことと、でどうやら最近ボスの座を争奪したらしくとても行動が広範囲に及んでいた。うちから片道1km近くある公園で、『えっ?もしかしてタマ?』と思い車を止めて呼んでみると、ニャーニャー言いながら寄ってきて、まさしくタマだったことが何度もある。こんな遠くまで来ても、呼べばちゃんと来るなんて、ワンコなら分かるけどニャンコもなかなか捨てたものじゃないな~。と思いつつ、車に乗せ一緒に家まで帰ったことがしばしばあった。だが、家族みんなで心配していたことで、その公園は国道を渡った先にある公園だった。『まさか、あんなところまで行くとは思わなかったよね~。車に気を付けて。って言っても分かんないしね~。』とみんなで言ってはいたのだが、うちの子が"ひかれる"なんてことは全く想像もしていなかった。しかし、この時期はかなり”フケ”ていた時期だったので、ノラちゃんや近所のニャンコ達が車にひかれ、道路の上で永遠の眠りについている姿がかなり目に付いた時期だった。最近では、ほとんど去勢された女の子しかいなくなってしまい、機能を果たせる子がかなり少なくなってしまったようで、この時期はボスも何も関係なく、毎晩のように壮絶な闘いが、日々攻防されていたことが記憶に残っている。やはり、この世に生まれてきたからには、自分の子孫を残さなくてはならないのは、ネコの世界でも人間の世界でも一緒だろう。詳細は分からないが、”メス”を追いかけて、もしくは喧嘩の相手を追いかけて、だろうか?タマは私達が気にしていた、”国道”のセンターラインの上で、横になっていた。顔の左側に、多少はねられた痕はあったものの、ほとんど原型を留めていたことだけは不幸中の幸である。と言うのも、発見がかなり早かったようで、まだ体自体も硬直してなく、多少ぬくもりがあったように記憶をしている。その事故の1週間ほど前から、朝帰りや帰ってこなかったりする日々が続き、冗談で、『最近うちのタマが、朝帰りばかりしているから、見つけたらちゃんと家に帰るように言っといてね!』などと、動物に理解のある近所の人や、近くに住んでいる親戚の人などに母がよく言っていた。そのかいが、あったからだろうか?近所の人が犬の散歩中に気が付いたらしく、朝6時半頃電話で『大変!タマちゃんにそっくりな子が道路でひかれてるみたいなんだけど・・・、怖くて近寄れないんだけど、タマちゃんお家に帰ってる?』と連絡をくれた。電話を受けたのは父だったが、私も母もビックリして飛び起き、タマを探し回ったが見つからない。まっ、まさか!とは思ったものの、いつもの公園の方角と最近のタマの行動。それになにより家に帰って来ていないという現実から、覚悟を決めダンボールの箱を持ち、私は様子をに行った。そこに眠っていたのは、まさしくタマだった。。。発見してくれた近所の人は、幸にも、とても動物好きなひとで、タマを見かけると、声を掛け遊んだりしてくれていた人だった。それもあったからだろうか、その人も電話を掛けて来てくれたときは、かなり動揺していたらしく、私が行くまで遠くから、見守っていたらしい。私が行くと『タマじゃないよね?タマじゃないよね?』と、とても心配してくれていた。私は、遠くからでも一目で分かった。『あっ、やっぱりタマだ・・・。バカだな~、お前は・・・』と口ずさみながら、走ってくる車に止まってもらい、拾い上げた。その時は、私はナゼか全然悲しい思いが立ち込めて来なかった。逆に連絡をくれた近所の人の方が泣いていた。『連絡、有難うございました。もしこの時間に気が付いてもらえなかったら、原型がなかったかもしれません。本当にありがとうございました。。。』いなかとは言え、国道は国道。早朝でもかなりの交通量がある。もしあそこで気が付いてもらえなかったら、本当に原型は無かっただろう。可愛そうだが、現に、ボロ雑巾のようになっても誰にも拾ってもらえない子もたくさんいる。完全にノラちゃんなのか、本当は飼い主がいるにも関わらず、知らないふりをしているのか・・・タマを連れ帰った瞬間、父は年甲斐もなく、大泣きしていた。その後、2・3日、全く気が抜けた状態だった。だが私は、どうにも”死”と言うことに対する現実を受け止められなかった。今回の愛子の件でもそうだが、やはりヒョッコリ帰って来るのではないか?何かの見間違いなのでは無いか?と思い素直に受け入れられない傾向にあるようだ。しかし、やはり”死”んだものは戻らない。2日経ち、3日経ち、1週間が過ぎ、タマの姿が見えないと言う現実に対し、日に日に実感が湧き悲しみに満ちてきた。だが初めに書いたように、皮肉なことに、愛子との出会いはタマが ひかれている事に気付く約6時間ほど前のことだった。その日もタマが帰って来なかったため、12時を過ぎているにも関わらず、家族で家の周りを探していたときに彼女が現れた。『ニャーニャー、ゴロゴロ!』『あっ?タマ?お帰り~???』『んっ?何か違くない?』タマが帰って来たときにするしぐさと全く同じだった。『なんかこの子、しぐさがタマそっくりだね~!』この時は誰も、このあと数時間後にタマが ひかれることなど考えていなかったことは、言うまでもない。
2006.04.19
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私達以上に他の子達も『愛ちゃん』が帰ってこないことに対しとても心配している様子です。完全な家ネコではないため、いつもなら、家と外を自由気ままに出入りしながら遊びまわっているはずなのですが、ここのところ、窓の外を眺めながらボーっとしていることが、とても多くなりました。しかも、愛ちゃんが私達に連れて行かれた方向を見たまま・・・多分、みんな父親も母親も違うでしょう。ですが短い期間とは言え、家の中を走り回っている姿や、外に出て他のネコと鉢合せしてしまったとき、うちの子達が協力をして相手に対抗する姿など、一緒にいたことを感じていたのは、私達以上にこの子達の方が感じていると思います。特に私としては、協力して相手に対抗する姿は忘れられません。一番下の子が男の子なのですが、(パンチ君と言います。)その子が、生まれてまだ半年位のころ、その当時この地域のボスであろうネコちゃんと、ついつい鉢合せしてしまいました。すごい声がしていたので声のする方へ行ってみたら、うちのパンチ君がボスに睨まれ、身が縮んでしまいどうにも逃げられない状態になっているではないですか。しかしそこは彼らの世界なので、私はあえて後ろから見物をさせてもらいました。とは言え、本当にマズイ状態になりそうだったら助けるつもりでしたが・・・(彼らの喧嘩に、人間が出て行く方がマズイかな?)と、そこへ『愛子』さんが”猛ダッシュ”で登場!もともと、とても細身の感じなのですが、このときは全身の毛を奮い立たせ、最大限自分を大きく見せ、私達の前では出したことも無いような大きな声でボスに対し威嚇を始めました。普段はとても甘えんぼうな彼女の、意外な一面を目の当たりにした瞬間でした。『思ったよりかなり気が強いんじゃん!ねこなだけに普段はかなりネコ被ってるなぁ~。。。』とか思いながら・・・しかし相手は、この辺一帯をしきるボス!ヒョッと出のガキんちょになんか負けねぇ~ぞ!とばかりに反撃の威嚇!ですが、姉 愛子の頑張っている姿を見て、ここでやっと弟のパンチも勇気が出てきたらしく、愛子・パンチのダブル威嚇でボスも諦めたのか、お互い威嚇だけで団子状態の喧嘩にはならず、何とかこの場は無事に過ぎ去りました。と言うか、攻防が終わるまで約1時間半。たまたま日曜日だったのですが、見ていた私はとても暇人。。。当たり前ですが、彼らに曜日は関係無いでしょうから、平日にも私の知らないところで、こういう事はあったのでしょう。しかし、ネコである彼らが、協力して困難を乗り切るとは、とても思ってもみませんでした。それを見て、私も親・兄弟・友達など、大切にしなくちゃなぁ~、と、とても勉強させられた気がします。あの時の愛ちゃんの姿は、パンチ君にとっては正義の味方そのものだったのではないでしょうか?兄弟愛。いま思い出しても感動して、涙が出そうです!
2006.04.17
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母が体調を悪くし 2、3日寝込んでいたりしたときなど、母の体調が良くなるまでのあいだ、トイレとご飯のとき以外、ほとんど母に寄り添った状態で、時々母を舐めたりしてとても心配そうにしていたこともある。このとき母は、とてもこの子達に元気付けられたと言っていました。私や父より、よほど頼りになると言われてしまった。人間に限らず、動物も生きている限り、不安な時や、調子の悪いとき、心配事があるときなどは、やはり誰かに頼りたくなる、もしくは側にいて欲しくなるのではないでしょうか?うちには男の子もいるので、特に外で喧嘩などをして負けてきたときなど、とても落ち込んだ様子で帰ってきて、うつむいたまま私の足のところにくっついてきて、そのまま寝てしまったり、いたずらをして怒られたときなど、他の人のところに行き、顔をうずめるようにして寄り添ってみたり、一緒に住んでいると、喜怒哀楽がちゃんとあり、ただの『ペット』ではなく、この子達もやはり家族の一員なんだとつくづく思います。まぁ~、喧嘩に負けた、お父さんに怒られた、など基本的に頻度としてはあまり多くは無いので、どちらかと言うと私達の方が何倍もこの子達に癒されいるのが現状でしょう。会社の上司に怒られた、彼女と喧嘩した、今月も赤字ギリギリで貯金も出来ない、将来どうしたものか?などなど・・・わたしは今30代ですが、自分自身この先、生きていく為のことを考えると常に不安がともないますが、仕事が終わり家に帰ると、うちの子達が甘えた声でお出迎えをしてくれます。も~それだけで1日の疲れやストレスが吹っ飛びます!その中でも特に、先日病気で旅だってしまった子が私に一番なついていました。あれから約10日、まだ実感がわきません。そのうち、ひょっこり帰ってくるのではないかと今でも思います。ですが、私達以上に他の子達も『愛ちゃん』が帰ってこないことに対し・・・
2006.04.16
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しかし、今振り返ってみると、環境以前にとても重大な会話をしていることに気が付いた。入院翌日に、引き取りに言ったときの会話だが、『先生、うちの子どうでしたか?』『ええ、とても良い子にしてましたよ! ただ、途中で ニャーニャー鳴いているときがありましたけど、すぐに鳴き止みました。寂しかったのかな~?!』『でも先生、獣医さんとかやってると、動物の言葉とか分かるようになるんじゃありません?』『ん~、でも人間の言葉じゃないから、やっぱり分からないかな~!』『はははははははははっ・・・!』(最後に2人で笑っていた)などと言う会話をしたことがある。いま思えば、とても無責任であったのではないだろうか?言葉が通じないからこそ、最大限、人間の方が注意を払ってあげるべきだと言う事に、この時に気付くべきだったのだ。私達は、『ニャーニャー!』と鳴いていると、その時の周りの状況などから、『そうかそうか!よし、分かった分かった。ん~、可愛いね~!』などと言いながら、こうして欲しいんだな!などと勝手に解釈をしてしまう。まぁ~、実際半分くらいは当たっているとは思うが、残りの半分に問題があることなど今までは全く考えなかった。飼い主の勝手な解釈により、彼らを困らせていたのかもしれない。しかし、ネコは思った以上に私達に従順だ。しかも情も厚い。一般的には、ネコは自由気ままでわがままで、気分やだ!などと良く言われるが、いままで、ほとんどそのように感じたことは無い。仕事から帰れば、玄関先まで出迎えにも来るし、私達の気分で、無理矢理抱っこをしても我慢をする。それに、母が体調を悪くし 2、3日寝込んでいたときなど・・・
2006.04.15
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しかし翌朝・・・4/7の午前8時頃、動物病院より連絡があった。申し訳ありません・・・。大変言いずらいのですが・・・。。お力になれませんでした。。。先生もなかなか言い出せなかったようだ。昨夜、大変苦しがり、とても暴れてしまったようで・・・その後、段々と力が無くなり、早朝に・・・と言う事だった。この頃は、昼間はとても暖かいが、夜はまだまだ寒い。寒暖の差がとてもある時期だ。しかも、この日の昼間は特別に暖かかった。23~24℃位にはなったように記憶をしている。しかし、その晩は寒かった。10℃前後だったと思う。この寒暖の差による体力の消耗、及び昼間の直射日光による脱水状態また、環境の変化によるストレス。私には、どうしても風邪やインフルエンザではなく、これらが一番の原因のような気がしてならない。しかし、悲しいことに私は獣医ではない。。。脱水症状を立証することが出来ない。だが先生に対し、それらのことで責めようとも思わない。たぶん、獣医として考えられることはしたのだとは思う。暖かい場所に入院させ、抗体と点滴を打つ。わたしの考えでは、大学や開業前の勤務先などでは、常識的な処置だったのではないだろうか?しかもまだ春先。サンルーム内での直射日光のことなど、頭の中には無いだろう。以前に他の子が怪我をして、一晩だけお泊り入院をしたことがあった。この時はたんに怪我だったので、体力的には何も問題が無かったため、環境のことなど全く気にもならなかった。しかし、いま振り返ってみると・・・
2006.04.14
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父は・・・私と同意見だ。ネコは環境に敏感だ!ほとんど知らないところに連れて行かれ、カゴの中に閉じ込められ、周りはうるさく、私達の姿も見えない。こんな状況では、体調に係わらず心配で、どちらにしても食べるに食べれないだろう?!特にあの子は、気が強いように見えても、甘えん坊で臆病だからよけいにそうだ。と、私と並び母に言った。どちらにしても早いほうが良い!明日の朝一番にでも、先生に相談して一度返してもらった方が良いだろう!最終的に皆の意見がまとまった。家族会議も終了し、解散となった。しかし翌朝・・・
2006.04.13
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だが・・・しかし、母は先生の説明を聞いてきただけで自分のほうからは何も言わなかったと言う。『おふくろっ!何言ってんだ!あんなに先生に言ってくれって言っただろう?!愛子のあの苦しみようみただろう!!!』母は、先生を信じている。しかし、愛子の容態も尋常でないことも承知している。かなり苦悩はあるようだが、母は引き取ってきたところで、私たちには何も出来ないことを主張する。確かにそうかもしれない。だが、最悪のことは考えたくないとしても、私としてはその場合『彼女自身も自分の家で。。。』と思っている様に思えた。と言うより、苦しみながら声を出し、もがく姿がとても家に帰りたそうに見えた。実際、もし自分がその立場であれば、こんな所にはいたくないだろう。一刻も早く家に帰りたいだろう。しつこいようだが、最悪の状況は考えたくない。しかし、彼女自身、もう自分はもうダメであろう事は、感じていたように思う。たまたまだろうか?彼女のもがく姿は、自分の家の方向を向き、しきりに前足を"前"に出すように動かしている。だが、立てるような体力はもちろんない。むなしい事に、足の動きだけが空回りする。苦しい、だけど帰りたい・・・苦しい、だけど帰りたい・・・私には、どうしても彼女がそう言っているようにしか見えなかった。その夜、家族会議をする。父は・・・
2006.04.12
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こっこれは・・・もしかして、熱中症?もしくは、脱水症状ではないのか?!私は母に、いくらなんでも、3週間も入院をしていて一向に良くならず、逆に悪くなっているのは、カゼだけが原因とはとても考えられない事を伝えた。しかし母は、看護担当の女の子や獣医の先生と毎日話しをしている為、獣医の先生を信じきっている。また、余計な事を言い獣医の先生の気分を悪くさせたくない事もあるだろう。私の意見など眼中にないようだ。とにかくこの苦しみ様は尋常じゃない!私は大至急、日陰で風通しの良い涼しい所に移動してもらうよう先生に言ってくれと母に講義した!このままでは危ない。考えたくは無いが、最悪の状況も考慮し最後は家で・・・とも思い、場合によってはこのまま連れて帰った方が良いのではないだろうか?とも言った。仕方なく 母は一応、先生に言ってみるとのことで、動物病院の入口の方に向かって行った。私は仕事中だったので、ここで一旦会社に戻る。仕事が終わり家に帰って母の話を聞く。だが・・・
2006.04.11
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しかし、あまりにも騒々しすぎる!たかがガラス1枚で隔てられた2m程先には、たくさんの犬!彼女の体の何倍もある、犬・犬・犬!大きな声で”バウバウ”吠えている。彼女のカゴの大きさは、約50cm四方。逃げ場など無い。隠れることも出来ない。かなりの恐怖にさらされていたことだろう。私たちが、面会に行った時間は午前10時頃。この日はとても天気が良く、サンルームの中はさぞかし暖かいだろう!だが、面会している間、私は背中が暑くなって来ることに気が付いた。もしや、サンルーム内は暖かいどころではなく、かなり暑いのでは?良く見るとそれだけでは無い!なんと彼女のカゴの中には、全くと言って良いほど日陰が無いではないか!彼女はよだれを垂らし、泡を吹きながらもがいている。こ、これは・・・
2006.04.10
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つらい、とてもつらい。彼女は、とてももがいている。体を頻りに動かし、母と私に何かを訴えているような感じもした。私たちは彼女をやさしく撫で、『愛ちゃん早く良くなって、おうちに帰ってこようね!』と声を掛ける。すると、精一杯の力を振り絞り『ニャ~。。。』と答えるも、目はかなりウツロな状態だ。担当のお姉さんに話を聞く、『ご飯は食べてますか?水は飲んでますか?』状況を見ればわかる事だが、もちろんお姉さんは、ご飯も水も全く食べないし飲まない!と答える。しかしそこには、ご飯のトレーも水のトレーも無い!置いてないのに、食べるも飲むも分からないのではないだろうか?口から泡を吹き、体を動かしもがく。とてもネコの病状とは思えない。現在、この子以外あと2人の子がうちにはいる。過去同じような感じの病気にかかった子がいるが、ここまで酷い状態は見たことが無い。過去に病気になった子達は、多少は苦しんだものの暴れもがくようなことは無かった。たしかに、病院に連れて行き、診断の結果、『入院』ということにはなったが、その時のその子達の様子は、体全体で息をし苦しい事は見て分かるが、ご飯こそ食べないものの、出来るだけ体力を消耗しないよう、丸くなりじっとして動かないで治す傾向があったように思う。入院環境を見て、初めてわかったことがある。動物病院という特性上、多種多様な動物がいて騒々しいであろう事は分かっていた。
2006.04.09
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4/7 早朝、彼女は天明を全うした。。。 3週間ほどまえ体調を崩し、動物病院で診てもらった結果『ネコのインフルエンザ』と言うことで緊急入院になった。その後、体調が回復し1週間程で1度退院したのだが、ご飯が全く食べられなく再入院となってしまった。どうやら喉が痛いらしく、食べられなかったようだ。再入院後も全く食べられず毎日、点滴の生活。面会に行く時には、当り前だが動物病院の正面入口から入る。そして待合室まで動物病院の人に、奥の部屋から連れてきてもらう。再入院後1週間程は、ご飯が食べられない以外、比較的元気な様子だった。しかし、その後徐々に体調が悪くなり4/6の朝、病院より緊急の連絡が入った。とても具合が悪いので、早めに一度来て下さい!と言われ急いで母と二人で彼女に会いに行く。今回は待合室まで連れてきてもらうのではなく、入院中のカゴがある部屋まで行ってみた。動物病院の建物の南側に、約12畳程のネコ専用のガラス張りのサンルームがあり、ネコ用の運動グッズやアスレチックなどがある。パット見は非常に良い。そこに病院の先生の飼い猫や病気で入院中のネコ、ケガで入院中のネコなどがたくさんいる状態。病気やケガで入院中のネコはカゴに入れられているが、健康なネコは自由に動き回っている。そのサンルームの外には、飼い犬や入院中の犬がたくさんいる。人がくると連鎖反応で一斉に吠え出す!20~30匹はいるだろうか?サンルームのガラスを1枚隔て、約2m程先の距離に自分の体格より数倍大きな犬達がいる。また、健康で元気な飼い猫達が彼女のカゴに登ったり、隙間から手を入れて遊ぼうとしている。もし、自分が体調を崩し入院している状態で、横からチョッカイを出されたら、とても耐えられないかもしれない。気が気では なかっただろう。
2006.04.07
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